【大祭】朋友将棋
マスター名:機月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/27 20:10



■オープニング本文

 独特の鳴き声に気付いて顔を上げた調(iz0121)は、あまり深く考えずに辺りを見回した。すぐに場違いな天幕を見つけてそちらに歩を向ければ、丁度見知った顔が出てきたところだった。
「おや、こんな所でお会いするとは奇遇ですね」
 声を掛けられた東湖(iz0073)が緩い声と笑顔の主に気付くと、思わず苦笑しながら応えてみせる。
「それはこっちの台詞です。飛空船場は街の反対側ですよ?」
 そのようですねと変わりなくのんびり微笑む様子からは、やっぱり隊商を率いる様には見えないと心の内で呟く東湖だったが。
「この天幕、開拓者さんたちの朋友の仮厩舎とお見受けしましたが‥‥ 少し中を覗かせていただけませんか?」
 相変わらず掴み辛い人だと思いながらも、断る理由のない東湖は案内まで買って出た。

「新しい見世物を、いきなり大祭で試すのですか?」
 東湖はその大胆な話に心底驚き、思わず聞き返していた。対する調は、預けられていた朋友たちを見終えて満足げな様子。
「以前『遊界』で行った『開拓者同士の対決』は、ほんの数分で決着いたしました。その緊張感が堪らないと概ね好評だったのですが、流石に早すぎるとの苦言もいただいておりまして」
 もう少しのんびりしたものを催せないかと無い知恵を絞っていたところなんです、と柔らかな物腰を崩さない調。
「紅白に分かれた開拓者が、朋友を『将棋の駒』に見立てて一手ずつ指し合う、ですか。‥‥確かに、開拓者さんとその朋友さんなら、そう混乱は起きないと思いますけど」
 考え込む東湖に、まさにそれが問題だったんですと調は大きく頷く。
「そもそも数を揃えるのが難しい上、盤上を勝手に動き回られては話になりません。開拓者の朋友たちであれば問題ありませんし、事前に顔を合わせておく事も可能でしょう。競技には安心して臨んでいただけると思うのですが‥‥ どうです、この思い付きは?」
「指し手は何方がされるのですか? それによって、大分話が変わってくると思いますけど」
 透かさず東湖が答えれば。首を捻りながら、調は考えを口に出しながら纏め始める。
「番号札を事前に配るとか‥‥ いえ、あまりにも味気ないので花札辺りにしましょうか。うん、司会者がめくった札と同じ月を持った開拓者の方が、朋友に指示を飛ばせるということでどうでしょう」
「‥‥それだと一手ずつには、ならないかも知れませんけど?」
 口元に指先を当てて考え込みつつ、東湖はとりあえず一番問題になりそうな事柄を指摘してみる。
「大丈夫です。見世物は、多少は波乱があった方が楽しいものですよ?」
 悪戯っぽく笑って応える調に、やはり苦笑を隠せない東湖だった。


■参加者一覧
/ 無月 幻十郎(ia0102) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 鈴木 透子(ia5664) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / 蓮 神音(ib2662) / SID好き(ib5542


■リプレイ本文

●只今準備中
 控え室への差し入れ用にと、賑やかな屋台でたこ焼きを買い求めた矢先。踵を返した西渦(iz0072)は、堂々と通りを練り歩く三匹のもふらさまと目が合った。手元と顔を何度か往復させたもふらさまたちは、無言で大きく口を開く。
「ねえ、もふらさま。朋友将棋って、出てみる気無い?」
 熱いわよと苦笑いしながら、気前良くたこ焼きを放り込む西渦。一応は説明を聞いて見せたもふらさまたちは、むぐむぐ口を動かしながらそれぞれ応える。
「見世物になるのは、安須大祭だけでもう十分だもふ」
「他人の指図で動くなんてありえないもふ」
「屋台から良い匂いが漂ってきたら動かない自信ないもふ」
 それもそうよね、と力強く頷く西渦を他所に。もふらさまたちは次なる獲物を求めて、さっさと人混みに紛れていくのだった。

 ギルドの受付で見たことがある男に声を掛けられた酒々井 統真(ia0893)は、指差す方向にこちらを手招いている人妖を見つけて天を仰いだ。
「全く。うちの奴らはどうしてこう、気が向いたとかって勝手に登録するんだよ‥‥」
 ぼやきながらも結局付き合う主に、小さな人影は涼しげな笑みを浮かべてみせる。
「折角のお祭りなんだ、ボクも楽しんだって罰は当たらないだろう? ほんとは、ルイとか鎗真も呼ぼうと思ったんだけどね」
 おいおい勘弁してくれと流石に荒げ掛けた声を途切らせ、統真はそのまま考え込む。
(「確かに、規則には抵触しねえな‥‥ だが朋友への指示は『一手』に一回、二兎を追う余裕はねえか?」)
「まあ、的確な指示を期待しているよ、我が主」
 肩から軽やかに飛び降りた雪白は、くすりと笑みを残して白組札所へ飛び跳ねていったのだった。

「お、酒々井殿も芒かい? 酒が美味くなりそうな、良い札だよねぇ」
 ぶらりと一人で入ってきた無月 幻十郎(ia0102)が手渡された札を見ながら、賑やかな統真と雪白の二人に声を掛ける。
「楽しめれば良いと思っていたけど、密偵と同時に動けるなら連携も取りやすそうだ。ちょっと勝ちを狙いに行ってみるかねぇ?」
 駿龍の八葉を連れてくるつもりだと告げる幻十郎を加えて、早速作戦会議を始める三人だった。

「あれ、結夏さんだ! 結夏さんも調さんに頼まれた口?」
 道の真ん中で動かなくなったもふらさまを、ようやく宥めすかした実祝(iz0120)が顔を上げれば、丁度結夏(iz0039)が向かってくるところだった。あれ、依頼が重なったとか言ってなかったっけ、と首を傾げる実祝に、結夏は苦笑を返す。
「ええ、そうなんです。急な話だったので、実はあまり規則が分かっていないのですけど‥‥」
 ならボクが教えてあげるよと胸を叩く実祝は話を逸らされたことに気付かず、結夏の方も内心ほっとため息をつきながら。二人は白組札所へ向かったのだった。

●一方、紅組札所では
「良いですか、遮那王。勝てる相手は少ないのだから‥‥ そうですね。逆に思い切り動いた方が囮にもなるでしょうか」
 盛んに尻尾を振ってやる気を見せる忍犬の遮那王の様子に、考えを改める鈴木 透子(ia5664)。どうせやるなら開拓者らしく、徹底的に効果的に。まずは指示の方法をお互い打ち合わせると、市女笠を深く被って身元を隠し、手帳片手に情報収集を開始する。

(「流石に、盤上にイケメンやナイスミドルな人妖はいないよなぁ? いや、いても突撃されたら意味は全くない訳だが‥‥」)
 札所の受付が女性だったことに不満たらたらの土偶ゴーレム、ジュリエットの文句を聞き流しながら、喪越(ia1670)はさてどうしたものかと考え込んでいた。
「第一、盤上にいては白馬の王子を探すどころではなくってよ? ‥‥聞いているのかしら、モコス?!」
 いい加減に頷くだけの返事にカチンと来たジュリエットが睨みつけるのと、何やら思いついた喪越の視線がかち合った。
「何を言ってるんだい、ジュリエット! あの舞台はお前にとっての独壇場、熱い視線を独り占めできる絶好の場所と機会じゃないか」
 胡散臭い笑顔と共に親指を立てる喪越に、疑わしげな視線を返すジュリエット。だが反芻した言葉を理解すると、両手を顔の前に上げつつその場でうずくまってしまった。どうやらあまりの恥ずかしさに身悶え始めたようだと、喪越は見て取る。
「ただ‥‥ うん、あんまり勝手に盤面はうろつかねえ方がいいだろうなぁ。出来る限り淑やかに振舞っていた方が良いだろうし、失格で場から降ろされたらそれまでだしなぁ」
 考え込む様子の喪越がちらりと視線を朋友に向ければ。乙女としてがっつくのは、確かにはしたないですわと己を戒めるように頷いているジュリエット。
(「良し、これで最悪自爆は無いだろう。今日は俺、良い仕事してる!」)
 朋友に背を向けた喪越は、清々しい笑顔で額の汗を拭ってみせた。

 札所の一角では、皺一つ無い真白いテーブルクロスが掛けられた机を囲んで、賑やかなお茶会が開かれていた。
「六花にーさま、紅組勝利に向けてがんばろーね!」
 石動 神音(ib2662)が膝の上に乗せた猫又くれおぱとらと、隣に座る神咲 六花(ia8361)に向けて笑顔で語りかける。その顔を二又の尻尾がぱたりと打てば、誰に物を言っているとばかりに不機嫌そうに鼻を鳴らすくれおぱとら。それでも神音は上機嫌なまま、朋友の背を撫でている。
「大丈夫だよ、鰹節はちゃんと準備してあるからね!」
 その隣で少し小さめのティーカップに紅茶を注いだ六花は、ブランデーを一滴垂らしてからテーブルの上にうずくまる猫又のリデルへ差し出す。
「さて、うちのお姫様の為にも、頼んでも良いかい?」
 その芳しい香りを楽しみつつ、リデルは澄まして応える。
「知らないわよ、そんなこと。‥‥と言いたい所だけど。仮にも三役は大関、そのアタシが負けるのも癪よね。良いわ、あんたが言う通りに動いてあげる」
 仕方ないわね、とため息をついて見せながらも、神音とくれおぱとらのやり取りにふと表情を和ませるリデル。それに気付かない振りをして、六花は自分のカップを取ってその香りに笑みを浮かべて見せた。

「はい、紅組で参加する和奏と申します。今日はよろしくお願いしますね」
 呼び止められた和奏(ia8807)が愛想よく挨拶を返す中、それをそのまま置いて先に進んでいくのは人妖の光華。
(「何で和奏の『楽しそうだから』の一言で、こんな面倒なことを‥‥ って、待つのよあたし!」)
 不機嫌さを隠さず、独り言が声に出ていることにも気付かない光華の様子が、不意に立ち止まった拍子に明るくなった。
(「そうよ! ここで役に立‥‥って違うっ! そう、か、活躍して見せれば? 駿龍の颯なんかよりもあたしの方が」)
 だから違う違うそうじゃなくてと、赤面しながら己の思考が言葉になる前に、頭を振って追い出そうとし始める光華。
「どうしたんです?」
 追い付いた和奏の心底不思議そうな問い掛けには、何でもないわよっ! と思わず心にも無く力一杯、強がってしまう光華だった。

「あの、開拓者さんですよね。朋友さん、お連れになっていますか?」
 きょろきょろと辺りを見回していた礼野 真夢紀(ia1144)に声を掛けたのは、ギルド職員である東湖(iz0073)だった。
「えーと‥‥ はい、鈴麗と出場できる競技があると聞い‥‥」
 皆まで言わせず東湖はその腕を取ると、紅組札所へ向かって駆け出した。
「丁度良かった、これで数が揃います。あ、私は白組になりますので盤面では敵同士ですけど、よろしくお願いしますね?」

●朋友将棋、開幕
 八×八マスに区切られた広場は、その一方に数段に組まれた客席が設けられていた。盤面を挟んだその反対側、一段高い場所からは、司会を引き受けた調(iz0121)が読み上げに使う大振りな花札を脇に積みつつ、その客入りをにこやかに眺めている。観客から見て右側には紅組の、左側には白組の垂れ幕に囲まれた一角があったが、そこから次々と開拓者と朋友が現れると、自然と拍手が沸き起こった。

 その歓迎を当然のように受け止める猫又のくれおぱとらとリデルは、つんと頭を反らして尻尾を立てたまま、紅組の両角に何食わぬ顔で陣取った。お互い一瞥すると、そのまま前に視線を移して相手を見定め始める。
 それに遅れまいと飛び出したものの、入口で立ち止まってしまったのは光華とジュリエット。片や人の多さに思わず尻込みし、もう片方は獲物の多さに目移りした様子。だがお互いの様子に気付いた二人はそれぞれ気まずそうに咳払いをしつつも、自陣最前列の三列目、観客から見て奥の方へと進んでいった。

 その後ろに従うかの様に、二列目に収まったのは駿龍。真夢紀が鈴麗と呼び掛けると、きょろきょろ辺りを見回して見つけた主に、甘えるように鳴いてみせた。そして最後に忍犬の遮那王。くれおぱとらの斜め前、観客席側二列目に落ち着くと、尻尾を機嫌良さそうに振りつつも、伏せの体勢で準備を整える。

 対する白組は観客側から見て左手前の角に雪白、そして二匹の駿龍が並ぶ。西渦の夕暉に、幻十郎の八葉だ。そして二段目は実祝のもふらさまが真ん中より一マス奥に陣取って大あくびをしている中、その両脇に一マスずつ開けて結夏の炎龍夏麟と、東湖の甲龍朝暉が舞い降りる。中々どうして、様になる布陣になっていることに調は内心驚きつつも。表情にはそれを出さず、開幕宣言と共に札を捲って読み上げ始めた。

 一枚目は『柳に短冊』。六花の短い指示に、リデルが優雅に二マス前進。続く二枚目は『萩』。
「ジュリエット! サラサラヘアのイケメンが正面の‥‥ 違う違う、お前から見たら左の方向に!」
 喪越が上げた叫び声は、いるような気がする、と最後を濁して途切れる。だがジュリエットはそれに気付いた様子も無く、静々と一マス前に進んでから左に進み、そのまま観客席に熱心な視線を向ける。続く『柳に燕』に、リデルは更に一歩進んで四列目で待機。
 四枚目は『菊』、慌てて実祝が飛ばす指示に、もふらさまが前方に一マス進んでから右へ一マス動く。牡丹を挟んで、盤面が大きく動いたのは『紅葉』。くれおぱとらと光華が、軽やかに盤面を駆け抜けた。どちらも三マス進んで見せると、観客はどっと沸き上がる。それでも光華は隣のマスのもふらさままでは辿り着けず、その暢気そうな様子をかなり悔しそうに睨み付けている。
 そして続く『桜に幕』では、更に盤面が動いた。いち早く横笛の音が響けば、遮那王はその身に気を纏って飛び出して、三マス目に何とかぎりぎり飛び込んでみせる。それを牽制するかのように、西渦は二マス前進して遮那王とは隣接。鈴麗もそちらに援護に向かうべく、観客席側に向かってニマス進んで見せた。

 『牡丹』に続いて『菊に青短』が捲られると、白組実祝のもふらさまはそのまま直進する。左にジュリエット、前に鈴麗。共にニマスと射程圏内に収める好位置につける。
「もう! 何で『紅葉』が来ないのよっ!」
 遠ざかる三役を睨み付けて光華が腕を組んで膨れて見せれば、『藤に不如帰』と読み上げられた札に従い、結夏の炎龍が光華の隣のマスへとこれも暢気に舞い降りる。続く『梅に赤短』に動く駒は無かったが、その次は『芒に月』。人妖の雪白が西渦の駿龍の後ろに付けば、八葉も空いている二段目に滑り込んだ。観客席から見ると、白組は龍三匹の並びに人妖が続き、その前にも龍。中々手堅い陣形が組まれてゆくが、やはり花札が使われるだけあってか、片方の思惑通りには札は出ない。
「十三枚目は‥‥ 『紅葉に鹿』!」
 紅組札所前の和奏と盤面の光華へ、観客のどよめきが押し寄せた。辺りを不思議そうに見回した和奏は、早く呼べと声を出さずに睨んでいる光華に気付いた。
「えっと‥‥ 光華?」
 ちょいちょい、と手招きして見せた和奏の様子に満足すると、もふらさまが進んだマスを小走りに駆け抜け、同じマスに入ってみせる。得意満面の光華は、だが首を傾げたままの和奏と、これで休めるとばかりにため息をついてみせたもふらさまに思わずその感情を爆発させる。
「何なのよ、もう! 審判、早く『判定』しなさいよっ!」
 直ちに調から隠密による三役の討伐ですとの判定が下ると、観客席からは喝采が降り注ぐ。和奏の笑顔が自分を向いていることに気付くと、それまで不満げだった光華も、思わず顔を逸らしながら頬を赤らめてしまうのだった。

●大金星?
 『松』『柳に小野道風』は、東湖の甲龍が雪白を飛び越え脇を固めると、リデルが一マス中央に寄る。そして続く『芒』に、雪白と八葉が、互いに横へ一マス、前に一マスと慎重に移動する。雪白が隣接するのは、味方である西渦の駿龍と、敵三役である猫又。八葉はそのくれおぱとらとも接しているが、見据えるのは正面の敵隠密、光華。紅葉の札を持つくれおぱとらと光華は、こっちに来るなという気を無言でぶつけているが、芒の雪白と八葉は涼しげな顔でそれを受け流している。
(「覚えていらっしゃい、モコス‥‥」)
 ただ一人、別の方向に念を放っているのは、紅組のジュリエット。気付かない振りをしていた喪越だが、どう見ても三段跳びの構えを取ってこちらに向かってこようとしている土偶ゴーレムから、必死に目を逸らしながら時機を計り続けていた。
「次は十九枚目ですね‥‥ 『萩に‥‥」
 猪のいの字が調に読み上げられる前に、膝を沈めたジュリエット。だがそれよりも早く、喪越は白組札所を指差し、大げさに驚いてみせる。
「な、ナイスミドルな審判発見!」
 伸び上がり様に華麗にターンを決めると、宙を舞って敵陣に飛び込んで見せるジュリエット。踏み付け一動作で二マス目へと飛び込んでみせたが、その先に見えたのはガラガラと荷車を引いている、親切そうな清掃員(女性)。そこでまた紅組を振り向いたジュリエットは、だが予想外の歓声を受けて我に返る。
「いやだ?! ワタクシったら人前で飛び上がるなんて、はしたない真似を‥‥ でもそれが許されるなんて、何て罪作りなのかしら?」
(「これは‥‥ ひょっとすると、ひょっとするかも?!」)
 喪越を始め、その跳躍力には会場の誰もが度肝を抜かれていた。今ジュリエットがいる位置から三マスの位置には、白組隠密の雪白がいる。番狂わせ、では無いのだが、意外な伏兵登場と会場にある予感が満ちる。
「二十枚目は‥‥、『藤に短冊』です」
 だが次の瞬間。会場を満たしたのは安堵とも残念とも付かないが、紛れもない一斉のため息だった。ジュリエットがいるマスに、結夏の炎龍が軽々と乗り込むと。観客に背を向けもじもじする土偶を、その鼻先で軽く突いてみせたのだった。

 紅組札所の前で再度踏み付けが炸裂する中、朋友将棋は恙無く(?)進む。続けて『藤』が読み上げられるが、結夏の炎龍は一マス下がって、また元の位置に戻る。微妙に届かない援護を諦めたのもあるのだろうが、三マス離れたリデルを引きつけるという意味もあるのだろう。それを挑発と受け取ったリデルの表情に六花は苦笑し、猫又からの合図に頷いて見せた。

 それからしばらく、六枚の札が読まれても駒が動かないという緊迫した状態が続いた。
「おや、もう札の残りも半分を切っていましたね。二十八枚目は‥‥ 『芒に雁』です」
 開拓者同士、統真と幻十郎が視線を交わせば。朋友同士、雪白と八葉も視線を交わすと、それぞれの主からの合図を待つ。毛を逆立てる猫又のくれおぱとらには雪白が、同じく髪の毛を逆立てる光華には八葉が、そのマスに歩を進めて三役と隠密を討ち取る。
「何故、ここまでで紅葉を引かぬか! ‥‥妾に対する挑戦と思っても良いのだろうな?」
 くれおぱとらは物騒な台詞を呟きつつ、調に向かって優雅に歩み寄っていたが、直前で動きを止めたところを神音に捕獲されていた。冷や汗をかきつつ調が次の札を捲る間に、統真は西渦に声を掛ける。
「なあ、あの忍犬だけは‥‥」
「二十九枚目は、『桜に赤短』です」
 西渦が声を出す間も無く、忍犬が盤面を駆け抜けた。その先にいたのは、白組密偵の雪白。
「あーあ、ここで桜が来ちゃうのか。これも猫又さんの執念かな?」
 雪白が飛び込んできた忍犬の頭を撫でてやれば、遮那王もあらぬ方向を見やってから勝ち鬨の咆哮を上げる。だが続いて動く影が二つ。一つは同じそのマスに飛び込んできた西渦の龍。もう一つは、八葉のマスに飛び込んできた真夢紀の駿龍、鈴麗。同じ番付同士なら、マスに入った方が勝ち。駿龍同士の判定は、鈴麗に軍配が上がった。
「ちぃっとばかし、欲をかき過ぎたか‥‥」
 済まなそうに謝る西渦に気にするなと声を掛けつつも、思わず呟いてしまう統真に幻十郎は笑って応える。
「折角の祭りだし、ちょっと派手なくらいの方が楽しくて良いんじゃなかなぁ。人妖が残らなかったのは残念だけど、忍犬も落とせた訳だしねぇ」
 これで盤面に残る駒は、猫又と龍の二種類のみ。千日手に持ち込めば、勝ちは龍しかいない白組のもの。
「‥‥そういえば千日手って、何を基準に判定するんだ?」
 顔を見合わせる統真と幻十郎だったが、同時に戻ってきた朋友に褒美をねだられると。二人は苦笑を交わして会話を一旦途切らせると、互いの朋友に向き直り、盤面での活躍を労うのだった。

●千日手、それとも決着?
 桐に梅と元から配られていない札に続いて、既に駒が盤面を去った萩に紅葉。その後には、『松に鶴』『松に赤短』と一月の札が続いて捲られた。観客席側二列目にいた東湖の甲龍が、堂々と鈴麗との距離を残り一マスに詰める。
(「松も桜も、まだ札は残っている。ここさえ凌げれば‥‥」)
 西渦と東湖、姉妹が無言で示し合わせて頷くが、次に捲られた札は『柳』。観客の皆が気付いたときには、既に指示を受けたリデルが、結夏の炎龍の額にぺしんと手を置いていた。
「戦場での慢心は、慎むべきじゃないかしら?」
 じりじりとマスの端まで寄っていたのには、傍を通ったくれおぱとらの他に、少数の観客も気付いてはいた。だがその予想を上回ってみせたのは、更に最短経路となる斜め方向への侵入。リデルは何事も無かったかのように、続けて炎龍の鼻面を突いている。
「これで少しは溜飲を下げてもらえただろうか?」
 六花が軽快に振り返り、神音とその腕の中のくれおぱとらに問いかければ。
「ふむ、これは勝ちに繋がる一手じゃな。‥‥中々悪くない、むしろこの時機の計り方、猫又らしいと言って良いだろうな?」
 機嫌を直した女王様に騎士の礼を取りつつ、神音からは六花にーさますごいの賞賛を受けつつも。
「だが、妾に期待させるだけさせておいて負けるようなことがあれば‥‥ どうなるか、分かっておろうな?」
 再度深々と臣下の礼を取る六花であったが。実のところ柳は既に四回捲られており、後は運を天に任せるしかない状況。思わず背に冷や汗を垂らしてしまうのだった。

 盤面に残る朋友は残り四体。紅組の猫又と駿龍に、白組の甲龍と駿龍。そして誰も動かない六枚の札が捲られた後の七枚目。
「これを含めて残りは六枚‥‥ 『桜』です」
 一拍置いて先に指示を飛ばしたのは、西渦の方が先だった。
「夕暉、下がって!」
 斜めに隣接した西渦と真夢紀の駿龍は同時に、だが互いの思惑通りに動いていた。距離さえ取れば全滅は無いと踏んだ西渦が退けば、確実に駒を取ることを優先した真夢紀は、一マス挟んだ先にいる東湖の甲龍を討ち取る。
「これで龍同士は三マス空いたか‥‥ 何とか逃げ切れるかねぇ?」
 札所から机や備え付けの差し入れを運び出し、幻十郎は八葉と共に盃を傾けながら呟いた。
「確か、まだどちらも札が残っていると思ったけど?」
 雪白がその間に読まれた萩と松、そして残りを諳んじて見せるが、荷運びを手伝って一時席を外していた統真には、それが正しいかは分からない。幻十郎も同様に首を振れば、一旦山札から手を離した調が一行に向かって声を掛けた。

「残りの札も三枚となりました。駒も減ってきましたし、この山が無くなったら千日手と判定させていただきます」
 一瞬静まった会場は直ぐに、じゃあ決着はどうなるんだとざわめきを大きくする。それでも調がその手を札に乗せると、辺りは速やかに静けさを取り戻した。
「四十六枚目は‥‥ 『桐』です」
 どっと、詰めていた息をつく観客と開拓者たち。一方で盤上の朋友たちは、落ち着いた様子である。
(「気を付けて。柳はありませんが、桜がまだ残っています」)
 真夢紀の横合いから、市女笠を被って観客に紛れていた透子が声を掛けた。
「え? あ、はい。‥‥そういえばあたし、まだ三回しか鈴麗に合図していません」
 聞き覚えはあるが今日はまだ顔を合わせていなかった声に、それを探して視線を盤面から逸らしてしまう真夢紀。瞬間捲られた札は、だが『牡丹に蝶』と元から誰も動かない札だった。
(「すみません、驚かせてしまいましたね。でも次、来ますよ?」)
 読み上げられた札を記し続けた手帳を握り締め、傍らに蹲る遮那王と共に息を潜める透子。
「最後の札です。‥‥『桜』!」
 その瞬間、西渦は手を鳴らすと、それに向かって更に距離を広げようとする駿龍。リデルの鼻先を通ったそれは、だが更に吹き抜けた疾風に追い付かれてしまう。狙い澄まされたその一撃はまさに乾坤一擲。真夢紀の見立て通り、駿龍の全力移動は、二手分の距離を一瞬で詰めて見せた。
「うわぁー、ここで『全力移動』かぁ‥‥ 奥の手は最後まで隠せと言ったものだけど」
 完全に読み違えたと、がくりと首を落とす西渦だったが、直ぐに振り上げた顔には笑みが戻っていた。
「まあ、楽しめたからいっか?」
 それもそうだねぇと幻十郎が頷けば、統真も苦笑しながらそれは認めてみせた。
「やはり参加して良かっただろう、主?」
 雪白の物知り顔に、統真は更に苦笑を深くするしかなかった。

●戦い終わって?
 紅組勝利の判定が調から告げられると、会場は不思議な雰囲気に包まれた。席はあっても野外であれば、この時期の観戦は堪えるもの。気が付けば体の節々が強張っていたりもするのだが、その間に一斉に歓声を上げたり盛大にため息をついてみせた為か、思い掛けない爽快感や一体感が漂っていた。そして普段見ることが無い朋友の様々な一面、綺麗に札を使いきった幕切れ。周りの表情に自分と同じ気持ちを見て取った観客は、それからしばらくの間。その場にいる全員に向かって、惜しみない拍手を送り続けたのだった。

 調の呼び掛けに朋友のみならず開拓者一同も盤上へ集まると、更に拍手は大きくなる。参加者もその雰囲気に呑まれたか、紅白関係なしに、お互いの健闘を称え合い始めた。
「少々粋では無い気もするのですが、これも大祭に参加する歴とした競技です。勝敗が付いたところで、点数を付けさせていただきます」
 何度か声を張り上げて、ようやく気付いた観客が顔を見合わせ始めると。調はにこりと笑顔を浮かべて先を続けた。
「勝った紅組には、二千点をお贈りさせていただきます」
 華やかな声が紅組女性陣から上がると、観客もわずかにどよめいた。かなり開いていた点差も、これは結構な追撃となるのではないだろうか?
「そして競技を盛り上げてくださった方々には特別賞を。番狂わせを見せていただいた隠密のお二人、雪白さんと光華さんには殊勲賞です」
 両側から押し出された白組統真と雪白、紅組和奏と光華は、観客の視線と賞賛の拍手を一身に浴びせられた。お渡しできるものがないのは心苦しいのですがと苦笑う調に対して、だが人妖二人は気にする風でもなく。ただ満足げに笑みを返して見せる。
「続いて、その小さい体で盤面を駆け回り、隠密を討ち取った十両の遮那王さんには大金星を。そして勝利を決めた上に最も多くの朋友を討ち取った前頭、駿龍の鈴麗さんには敢闘賞をお贈りいたします」
 こちらも行き成り盤面の中央に押し出される透子と遮那王に、真夢紀とその頭を摺り寄せたまま続く鈴麗。二人が顔を見合わせはにかむと、朋友も揃って勝ち鬨を上げて見せたのだった。

 特別賞にはそれぞれ五百点が与えられ、結果的には紅組三千五百点、白組五百点と更に点差は大きく傾くことになった。だがそれに文句を付ける、それこそ無粋な輩は誰もおらず。楽しんだ者勝ちとばかりに和やかな雰囲気で、朋友将棋は幕を閉じたのだった。