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■オープニング本文 結夏(ゆいか)と名乗った女性は奇怪な格好をしていたが、依頼は更に突飛な内容だった。 「占い師の護衛とサクラ、ですか?」 「はい。そうです。」 カウンターでは話しにくい内容という依頼人、あまり注目を浴びるべきではないという受付、双方の合意の下に奥の座敷で話をすることになったのだが。確かに昼日中、信用商売の窓口でしてよい話では無い気がする。 「あ、といっても、それがメインという訳では‥‥ あるような、ないような?」 どっちなんですか、と突っ込む気が薄くなる独特なテンポで、結夏は詳しいことを語りだした。 この依頼、実はある町の商店街の意向を含めたものだという。 何でも、最近色々な店がそこかしこに出来ているのだが、お互い誰がどんな商売をしているのか把握できていない。そこで、口利き屋というか、商売の情報を把握して客を巧く捌くような紹介所を作らないかという話が出たそうな。出た意見は二つ、『あれば便利、早速作ろう』と『不正の温床をわざわざ用意するな』という全く正反対の相容れないもの。商店街も物の見事に真っ二つに分かれてしまったという。 「それで?」 「はい。第三者がしばらく試行してみるという線で落ち着きました。その、町人にはあからさまにばれないような、形と規模で」 受付の顔に浮かんだ疑問符に、相槌一つ頷くと、結夏は続ける。 「つまり、占い師という形で町の皆さんの問題ごとを受け付ける。勿論必要があれば占いも行いますが、大抵は町で商売されている方をご紹介すれば済むはずなんです」 まあ確かに、気になる娘に気の利いたものの一つでも贈ってみようという話になれば、余程の物好きか大金持ちのご子息で無い限り、町の買い物で事足りる。 「事情は分かりましたが‥‥ あなたがその、依頼人というのは何故です?」 受付の目の前に座る女性は、鮮やかな紫のローブを頭から被り、顔は下半分を白い布で覆っている。ローブは絹、しかも金糸で刺繍が施されていたり、身に着ける装飾品も品がよく高価なものに見える。占い師としては腕というか信用度は高そうだが、あからさまに怪しい格好に、受付の些か胡乱な目付きになるのは仕方が無い。 「それは勿論、私が開拓者だからですわ。どこの世界も信用第一、ですからね」 鑑札を取り出して己の身分を明らかにする結夏。 (「そ、それでかたが付くのか‥‥」) 喜んでよいのか悲しむべきなのか、判断に困った受付だったという。 |
■参加者一覧
六道 乖征(ia0271)
15歳・男・陰
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
天雲 結月(ia1000)
14歳・女・サ
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
露草(ia1350)
17歳・女・陰
凛々子(ia3299)
21歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●店開き 武天は安神、大通りの一画にて。 「お嬢さん。隣町まで行くなら、もう一つ先の道を通ったほうが良いですよ。あ、そこのお兄さん。傘はお持ちですか? この先に良い貸し傘屋がありますよ」 道行く人に気さくに声を掛ける女性の姿は、場所柄かなり浮いていた。 紫のローブに顔の下半分を隠すヴェール。声を掛けられた人は狐につままれたような受け答えをして先を急ぐ。 「そんなところで泣いてたって、お父さんは見つけてくれないわよ?」 泣いてなんかないやい! と見栄を張る男の子ににっこり笑いかけると今回の依頼人である占い師の結夏(ゆいか)は続ける。 「ほら、これでお団子でも食べて待ってなさいな。お店はこっち、この通りの三軒先にあるから」 戸惑う男の子を送り出すと。 目聡くすぐに、通りをきょろきょろ見回す男性に声を掛ける。 「待ち合わせですか? 喫茶店で? ああ、二つ先の通り‥‥でしたかしら?」 「‥‥判断に困りますね」 チラシに書く文句を考えながら、お茶を啜る橘 琉璃(ia0472)。占い師の宣伝というのは初めてで、護衛を兼ねて様子を見ながら検討すると言っては見たものの。この状況からその腕前を推察するのはかなり難しい。 「とりあえず、『どんな些細なことでもお受けしますのでお気軽に』というところからでしょうか。ふふ」 「化粧師」としての準備を整えながら、明智珠輝(ia0649)は答える。 ここは大通りから小間物屋が並ぶ一角へと分かれる、通りの入り口に面する一室。口利き屋用にと用意された店を臨時の詰め所とし、それを偽装するために珠輝が店先で化粧屋を始める事となった。『占いは露店で』という依頼主の強い要望からの成り行きだが、壁一枚隔てるだけで待機が可能なこの場所は、護衛兼サクラとしては都合が良いことこの上ない。 他の面々は、先ほどまでまとめていた情報を結夏と共有した後、各々の店に連絡しに行っているところだ。あとは口コミでの宣伝、それらしい人の客引き、そしてサクラとして自ら客となり占いの席に座る手筈になっている。 「上手く行くと良いんですが‥‥ でも、いつもと勝手が違いますので」 どうなる事やら、と呟きながら、とりあえず筆を執ってチラシに向かう琉璃であった。 ●一日目 お八つ時 最初の客は、小さな猫を抱えた少年を連れた六道 乖征(ia0271)だった。 「‥‥この子の悩み、聞いて欲しい‥‥」 泣きはらした顔で少年が言うには、意を決して連れ帰った子猫をけんもほろろに捨てて来いと母親に突っぱねられてしまったとのこと。いじめっ子からやっとの思いで救い出してきた猫を捨ててなんて来れないと、川べりで途方に暮れているところを乖征が見つけてきた。 「中々出来ないことです。うん、えらいぞ少年」 労いの言葉を掛けつつ占い札を一枚引く結夏。 「ふむふむ。水、流れない水‥‥ 氷屋さん? そういえば、新メニューと一緒に『猫喫茶』とかいうのを始めたいので、器量の良い子猫を探しているって言ってました」 え?と少年が聞き返す前に、乖征が割り込む。 「‥‥新メニューって、甘味の? ‥‥それ、ちょっと詳しく‥‥」 勢い込んで身を乗り出す乖征に向かって、苦笑しながら「確か氷とあいすくりんを組み合わせた、新しい‥‥なんだったかしら」とか言いながら、すらすらと地図を描く。 「はい、ここになりますから。少年と一緒に見てきたらどうですか?」 「‥‥少年、行こう‥‥」 目を白黒させる少年の手を取り、早速氷屋に向かって歩き出す乖征。結夏は振り返る少年に手を振り、静かに笑いながら見送った。 ●一日目 夕暮れ過ぎ そろそろ回りの店も閉まろうという頃合いになって、厄介な客が現れる。 「あっれー、こんなところでどうしたのお姉さん? ん、お姉さんだよなぁ?」 「お、珍しい格好だねぇ。え、占い師? なら占ってもらわないとなあ。一杯飲みながらどうよ?」 臨時の詰め所でそれを聞いてしまったのは葛城 深墨(ia0422)。 「荒事には巻き込まれたくなかったのに‥‥普通の人相手に術も使えねぇし」 普段使い慣れない薙刀を持ち出し、嘆息をひとつ。戦闘の専門職には敵わないが、一般人の威嚇ぐらいは問題ないだろう、そう思って表に出ようとした所、肩を押さえて止められる。 「明智さん?」 「そんな得物を持ち出す必要はありません。それに、待ちに待った私の出番です」 しーっ、と人差し指を口の前に立てて深墨を落ち着かせた後、耳を澄まして合図を待つ。 「『すぐ近くに運命の人がいる』? なんだ、じゃあ問題ねえじゃねえか。良い所、知ってるんだよ付き合えよ」 「喜んで付き合いましょう! 私と相性バッチリだと思いますよ、ふふ‥‥!!」 結夏ににじり寄っていた男の両手はいつの間にか目の前に現れた珠輝に握り締められていた。 「んん? ‥‥まあ良いか! よっし、じゃあ飲み直しと行くか!」 いきなり現れた人物に驚きはしたようだが、かなりの酒量のせいか、儚げな美形であることに満足してしまった様子。もう片方の連れは雲行きが「妖しい」事に気付いていたようだが、がっちり掴まれた首根っこが発言を封じている。 「ということですので、ちょっと良い所に行ってきますね? あ、やだな、ちゃんと宣伝してきますから、色々と! ふふ」 呆気に取られる結夏と思わず店先まで出てきた深墨に向かって、とても楽しそうに手を振りそんな一言を残すと、素敵な笑みを零しながら飲み屋街に消えていった。 ●二日目 お昼過ぎ 紹介してもらったお店で友達になった女の子達と連れ立って、天雲 結月(ia1000)が訪れた。 「昨日はありがとうっ! 色々と良い小物を見つけた上に、友達まで出来ちゃったんだよ!」 ぺこりとお辞儀をした瞬間、風が結月のミニスカートをそよがせる。本人は気付かないが、その瞬間を見てしまった周りはふと顔を赤らめて視線を逸らしてしまう。首を傾げる結月に、含み笑いを見せながら続きを促す結夏。 「えっとその今日は‥‥ 素敵な人との出会いの運勢、占って下さいっ!」 言っちゃった言っちゃった、と顔を真っ赤にして飛び跳ねる結月に、私も私もと群がる少女たち。手馴れたようにその興奮を一旦収めると、厳粛な仕草面持ちで札を操る結夏。 その一言一言に、また都度歓声や嬌声が挙がる。その度何事かと立ち止まる人々に、それとなく近づいてはチラシを配るのは凛々子(ia3299)と琉璃である。 「本当に良いのか、護衛は明智殿に任せてしまって?」 「ええ、昨日の飲み屋街、凄かったです。あれは話を聞いただけでも、結夏さんをからかおうとする人は出てきませんよ」 実際に様子を覗いてきたらしい琉璃が、顔の前に翳した扇越しに笑いをこぼす。 「それでも来るかもしれないぞ。道理が通らないのが酔っ払いだからな」 ご自身の経験からですか、との切り返しに少し憮然となる凛々子。 「大丈夫です。昼間から酔っ払いが出歩くほどこの街は乱れている訳では無い様ですし、そうなっても明智さんの楽しみが増えるだけ。誰も困りませんよ」 酔っ払いには同情しないことにしているんだがと呟いてみる凛々子。でも何となく、明智殿が起こした惨状とやらを少し眺めてみたいと思ってしまった。 ●二日目 夕暮れ前 今日、それとなく見回りをしていて、結夏に掛けられる言葉をいくつも聞いた。 「昨日は助かったよ、途中でにわか雨に降られちゃって。傘無かったら預かった大事な作品、台無しにする所だった」 「お姉さん! 昨日鼻緒が切れたんだけど、丁度下駄屋の前で! なんか都合良過ぎて、嫌な気持ちがすっと無くなっちゃった」 これは本物かもしれない。いや、ここで聞かなくて誰に聞く! 向井・智(ia1140)は心の奥で決心を固める。 そして辺りに夕暮れが迫り始め、ふと露店前から客が途絶えた瞬間。結夏の前に人影が走り込む。 「あら、智さん?」 「胸が‥‥欲しいです、先生‥‥!」 唐突にぶちまけられた悩みは、悲壮な何かに塗れていた。 「え、えーと‥‥」 思わず固まった結夏だったが、周りからも、ちらちらとこちらを気にする視線を感じると、おもむろに札を切り分け、占いを始める。 「先生?」 「‥‥その」 丹念に並べた札を見詰めていた結夏が、ちらっと智を見る。そこに期待に輝く顔を見つけてしまい、思わず目を逸らしてしまった占い師。 智の傍目にも強張る体と、これでもかというほど落ちる肩。‥‥そこには同情の言葉を掛けられる余地はこれっぽっちもない。だがそれ故に、占い師は声を掛ける。 「‥‥覚悟があるというなら、手が無いでもありません」 「あります! 超あります、先生! どんなことにも耐えて見せます!」 真剣に見つめあう二人。観念したようにため息をついた結夏は、智の耳に口を寄せてその言葉を発する。 「強制?」 「違います、『矯正』です。ジルベリアから伝わったらしい、禁断の品物です。呼吸するのも厳しいほどの難行を伴うとのことですが‥‥」 「任せてください。その苦行、乗り越えて見せます!」 その店までの地図を渡すと、智は打って変わって笑顔で走り出した。その後姿からそっと目を逸らすと、数名の女性がそわそわとこちらとお互いを見つめているのに気付く。 「お一人ずつどうぞ。どんなご相談にも乗りますよ」 先程のやり取りは忘れ、物柔らかな、それでも少し音量を抑えた声で女性たちを呼ぶ結夏であった。 ●三日目 お昼前 露草(ia1350)が急ぎの連絡を終わらせたところで一旦詰め所に戻って来ると、たまたま客が捌けたところなのか、手持ち無沙汰な結夏が目に入った。丁度良い、と姉さんかぶりの手拭いを解き帯を調え、占いの席に向かう。 「おや。待ち人来る、でしょうか」 「え?」 聞き返す露草には何でもありませんとにこやかに返しながら、鮮やかな手つきで札を切り始める。 「いつもおいしいご飯をご馳走してくれる友人に、いつものお礼で、何か使い勝手と切れ味のいい包丁を贈りたいんです。いいお店はこのへんにないですか?」 料理の出来る方って素敵ですよね、と結夏が和みつつ札を捲る。 「良い選択みたいです。相手はきっと喜んでくれますよ。でも高価なものよりは‥‥ そう、丈夫なものの方が良さそうですね。恋人ではなくお友達に贈るものなのでしょう?」 「え? あのその‥‥」 (「こ、恋人相手だと結果が違うのかしら?」) 思わず顔を赤らめてしまう露草に笑みを返しながら続きを告げる結夏。 「この鍛冶屋は宝珠こそ扱っていませんが、良い素材を使って刃物を打っています。特注もお手ごろ価格で応じてくれるということですよ」 ちょっとびっくりして、それでも素直に感心して相槌を打つ露草。 「なるほど。ではそこに伺うとしましょう」 丁寧に礼を述べて退席する露草は、自然と満足そうな笑みを浮かべて店に向かって行った。 ●一旦、店仕舞い 「お疲れ様でした!」 詰め所で杯を掲げる面々は、皆疲れてはいたが、充足感に満ちていた。 占い師の評判は上々、口利き屋としても一行が小まめに店を回ったおかげで不公平感も無く、飲み屋街では迷惑な酔っ払いも減ったと言う、まさに大成功。街の顔役から届けられた差し入れを前に、陽気な笑い声が響く。 「深墨さんは結夏さんに占ってもらわないの? 僕は三つも占ってもらっちゃったよ!」 「んー‥‥ なら俺と結夏さんの相性で」 一気に盛り上がる場の中心では、驚いた表情を見せはしたが、結夏がうれしそうに占いを始めている。 その脇で。 「どうしたんですか、智さん?」 「ええ‥‥ 試着で‥‥ 精魂尽きました」 口から何か出掛かっていた智がぽろりと零す。疑問符を浮かべた琉璃に、大慌てで何でも無いですとぱたぱた手を振っている。 「それにしても見事な腕前だ。札同士の関連がこうも繋がると信憑性が出てくる」 己の金運に対して助言を貰った凛々子は、だが不思議そうに呟く。 「あ、でも商品の紹介するときは一枚だけ引いてぴたりと当てるよね、あれはどういうことなの?」 無邪気な結月の問いに、種は明かせませんが、と言葉を潜める結夏。 「一枚ぐらいなら、思い通りの札を出せるんですよ」 良く切った札から一枚、自分には見えないように引いてもふらさま、といって結月に差し出す。 そこには確かに、野原を気持ち良さそうに(あるいは何も考えずに)歩く、神様を意匠した絵が描き込まれている。 「ええっ! じゃあ、じゃあ。占いの結果はインチキなの?!」 「違います、占いを始めるためには必要な手順というだけですよ。相手の本質を掴んだ上で、そこにつながる事象を写して解く。それが『現解き』という‥‥」 幾分誇らしげに語った結夏だったが、周りの要領を得ない状況に苦笑する。 「ですから‥‥ そう、占いに関しては誠心誠意、真面目に読ませていただきました。嘘偽りは一切ありません」 「そういうことにしておきますか。その方がこの先、楽しそうです。ふふ」 幸運の暗示「は」出ていた珠輝は、それで問題なしと言い切ってみせる。そんな様子に、周りは思わずといったように笑わずにはいられなかった。 ‥‥一人を除いて。 「智さん? 大丈夫ですか、しっかりしてください!」 「インチキ」の辺りで凄い勢いで再起動した直後、ショックのあまり力尽きてしまったようである。 |