蛇の目を狙えば大金が?
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/02 16:54



■オープニング本文

 開明的な興志王が行った施策の一つに、賭博による遊戯で発展を考えた街があった。城塞跡を利用して作られた街には様々な施設を備えており、動物を使った賭博用の競技場まであるとの噂。まだ朱藩内であってもあまり知られていないその街は『遊界(ゆうかい)』という名で呼ばれていた。

 賭け事が盛んならもっと有ってもよさそうだが、この街に質屋は一軒しかない。看板に『逆転屋』と書かれたその店へ、調(iz0121)は声を掛けながら入ってゆく。
「もうかりまっかー、田野吉さん?」
「そらもう、ぼちぼちでんな! ってなんや、調の旦那でっか!」
 愛想の良い笑顔で振り向いた主人の田野吉は、その相好をさらに崩して調を歓迎する。
「良い所に来はった! 昨日流れたばっかりの質草、旦那にぴったりのがあるんや!」
 ちょお待っとってや、帰ったら嫌やで? と念押しすると。苦笑しながら返事する調を置いて、店の奥に駆け込む田野吉だった。

「興行権、ですか?」
「そや。街の中心からはすこぉーし離れてるし、露天なんやけどな? 壁はぐるりと付いとって、立派に組んだ客席も付いとる。そして何より広いんや!」
 あと少しで完成ってとこで、あれや、木乃伊取りがってやっちゃ、と大笑いする田野吉。
「うーん、微妙な大きさですね。犬には大きいし、馬には小さい‥‥ 大方、珍しいケモノを準備しようとして、詰めをしくじってしまったというところでしょうか」
 思わず事の真相を突かれてバツが悪そうな田野吉だったが、図面と権利書を吟味する調はそれに気付かない。
「問題は出し物ですけど‥‥ うん、人の、武芸達者な人たちの戦い、とかどうでしょう。何か問題になりそうな点、ありますか?」
 思い掛けずに乗り気な調の雰囲気に、驚きながらも腕を組んで考え込む田野吉。
「そうやなぁ。血生臭いのはご法度やし、何より賭け事。結果が分かり易うないとなぁ」
 血の気の多い奴が集るやろうしなぁと自分で言っておいて、怖いわぁと身を震わせる田野吉。
「そういうことなら‥‥ うん、壊れやすい飾りを身に着けて貰って、それを壊した個数で勝負を決めるというのはどうでしょう」
 場所によって点数を変えるとか、勝負を決めた人が誰かっていうのも予想してもらうとか、と次々浮ぶ思い付きに、すっかり気を良くする調。
「例えばこんな小皿に、そう、分かり易く的みたいに二重丸でもつけて」
 手の平に乗るくらいの瀬戸物は白く、藍色辺りが映えそうな感じに二人とも気付くと。
「うん、いっそ薄い杯にしてしまいましょうか。その名も『蛇の目割り』という所で」
「あ、そんなら、融通の利く焼き物屋、紹介しまっせ?」
 よっしゃ、と久々の儲け話と手を打って喜ぶ田野吉に、気が早いですよと思わず苦笑する調だった。


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
細越(ia2522
16歳・女・サ
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
将門(ib1770
25歳・男・サ


■リプレイ本文

●黄昏時
 真夏の暑さを夕立が洗い流した時分を見計らって、会場では開催を知らせる大太鼓が打ち鳴らされた。実際にそれが聞こえたからという訳では無いのだろうが、客席へは早速、中々の勢いで人が流れ込み始めていた。
「初回というのもあるんだろうけど、結構な客入りだねぇ」
 陣屋の入口から客席を見上げていた不破 颯(ib0495)は、思わず笑みを浮かべて呟いた。こちらに気付いて指差す観客へは笑顔で手を振りつつ広場に視線を戻せば、客席に囲まれた決戦の場は既に煌々と焚かれた篝火に照らされている。準備万端と見て取ると、颯はそれを皆に告げるべく幕を捲って陣屋の奥へ戻る。
「しかし『蛇の目割り』とは考えたものだ。実力が拮抗していれば、良い見世物になるだろうな」
 武器の手入れをしながら、将門(ib1770)が話を振れば、王禄丸(ia1236)もくぐもった声で応える。
「多少はそう見せるべく、動いた方が良いのだろう。この格好も含めて、な」
 にやりと笑ったのを雰囲気で感じ取れば、思わず将門も釣られて笑い声を上げる。丁度戻ってきた颯は不思議そうに、だがにこやかに頷いてそろそろ出番だと告げれば。程よく緊張の解れた雰囲気の中、一行は決戦に向かう。

「‥‥もう少し、華やかな服装の方が良かっただろうか?」
 鏡に向かって『蛇の目の飾り』の位置を直していたオドゥノール(ib0479)が呟くと、同じく鏡に向かっていた水鏡 絵梨乃(ia0191)が笑いながら答える。
「そんな事無いよ。戦う騎士なんだから、凛々しい方が女の子には持てるんじゃないかな?」
 騎士なら鎧とマントは外せないよ、と重々しく頷く絵梨乃に対し、思わず目を白黒させるノール。
「まずは私が囮となろう。相手にある程度近付くことになってしまうが、その方が効果も高い」
 細越(ia2522)は陣屋の地面に枝で図を描きつつ、戦闘の展開を検討していた。弓の利点を生かして距離を取ることも可能だが、己の技を活かした戦法を選んだ結果である。具体的な策を聞けば、アルネイス(ia6104)も心得ましたですと頷いてみせる。
「私も演出を考えますので、最初は牽制から入るです。動くのは、こちらが何個か蛇の目を割ってからにするですよ」
 アルネイスがくすりと笑ってみせると、丁度係りの者から声が掛かる。何時の間にかその図を覗きこんでいた絵梨乃とノールを含め、一行は顔を見合わせ一つ頷くと。得物を携え陣屋の外へと出るのだった。

 しばらく前に太鼓は鳴り止み、客席には静かな熱が篭ってゆく。そんな中、篝火に囲まれた広場の両脇、それぞれ入口に『東軍』『西軍』と書かれた陣屋から人影が現れると、まずは歓声が弾け。そして一行の姿が灯りに当たって露わになると、次いでどよめきが広がった。
 東軍からは人影が三つ。腰に刀を差す者が二名に、長大な弓を携える者が一名。その中で目を引くのは、百目を模した被り物を身に着ける、一際大きな巨躯。
「三千世界の鴉が餌に、そっ首引いて並べるぞ」
 王禄丸を指差す観客に目線を飛ばして呵呵大笑する姿は異様であったが。一部の目の肥えた博徒は、東軍の誰もが見せる、そのしなやかな身のこなしを見逃さない。気楽な雰囲気を垣間見せながらも、隙を見せない一行の力量を見て取っては唸るほど。
 対して、西軍の人影は数が四つと一人多い。不審を思う声は、現れた姿を見て取った観客の驚きに変わる。やけに小柄と思ったのも道理、装備こそ開拓者のそれであっても、その誰もが年若い女の子であった。思わず顔を綻ばせる者、不安そうな表情を浮かべる者、黄色い歓声を上げる者と、反応は様々であったが、非難の声だけは上がってはいないと判断したのか。唐突に大太鼓が一つ打ち鳴らされると、その余韻が消える前に続けて撥が振るわれる。それに気付いて観客が静かになるまで勢いを増して叩かれ続ける太鼓。もうすぐ、『蛇の目割り』は始まろうとしていた。

●開幕
 篝火に囲まれた広場の大きさは直径百メートルほどの円形。男性陣の東軍、女性陣の西軍に分かれた一行は、そのほぼ中央にて、十メートルほどの距離を置いて相対していた。
「さて、と。みんな、準備は良いかな?」
 ぐびりと瓢箪から古酒を呷った絵梨乃の顔は、だが真剣そのもの。隣のノール、後衛のアルネイスと細越。お互い顔を見合わせ、目線で打ち合わせた事柄を確認する。
(「まずは突進してくる相手の足を止め、その隙を突いて先手を取る」)
 既に武器を構える女性陣に対して、男性陣は刀は腰に差したまま、弓は肩に掛けたまま。少し余裕を見せ過ぎではないかと思ったのは観客も同じであったようだが。一際大きく太鼓が叩かれた瞬間、まず度肝を抜いたのは東軍の男性陣だった。
「さあ、あっさり逝ってくれるなよ?」
 王禄丸が組んでいた腕を解けば、その両手には逆手に握った苦無が二つ。そのまま顔の前で見せ付けるように交差させれば、何時の間にか指に挟み直した苦無は合わせて六本。振り下ろされた腕から一斉にその刃が放たれれば、観客はどよめき、すぐに歓声へと変わった。
「くっ!」
 絵梨乃は無理に体を捻ってそれを避けてみせたが、その動きに付いていけない腕の飾りが宙に翻る。苦無はまるで的に吸い込まれるようにそのままあっさりと突き立ってしまう。他方、ノールは辛うじてその槍で受けてみせるが、完全に不意を突かれたアルネイスは構えていた扇を弾き飛ばされる。そして後を追うように飛んでいたもう一刀が、目前でくねりとその軌道を逸れて、続けて蛇の目を狙う。
 ぱきん、と続けて蛇の目が割れた様を、どれだけの観客が見て取れたかは分からない。だがその一瞬の攻防に、観客は一気に爆発する。
(「やられた‥‥!」)
 歯噛みするノールの足元には、真っ二つに割れた蛇の目が落ちていた。一投目で庇うことまで計算されていた次の一撃は、あまりにも見事に蛇の目を断ち割っていた。感嘆するべき手腕であるが、だがそれに浸るにはまだ早く、事が全て終わった訳ではない。石突で地を突いて気を引き締め直すと、その手応えを確かめつつ、ノールは槍を構え直す。
「わ、わわ!」
 蛇の目を下げていた飾り紐を断ち切られたアルネイスが、落ちる蛇の目をお手玉しながらも何とか掴み取る。そんな様子を眺めて、絵梨乃は内心、冷や汗を拭う思いだった。一投目には敢えて自分から蛇の目を当てに行ってみたが、同時に三人、それも複数の蛇の目を狙ってくるとは恐れ入る。
「だけど、だからこそ。相手にとって不足は無いってね!」
 続く二刀目は相手に背中を向けたまま、苦無に向かって倒れこむ。寸でのところでそれをかわしつつ体を捻る絵梨乃は、流れるような動作で起き上がり、瓢箪に口を付けながら、そこで漸く相手を振り向く。にやりと笑う絵梨乃に会場から声援が飛べば、ふらりとした足取りでそちらに振り向くが、酔った仕草は一向に危なげない。
「ふははっ。‥‥その言葉、そっくりそのまま返そうぞ?」
 今度は腰の二刀を引き抜いて、業物を両手に構える王禄丸が大きく一歩踏み出して見せたところで。東軍を獣の如き咆哮が貫いた。

●接戦
 咆哮の出所は、弓サムライたる細越。王禄丸と将門はその咆哮に絡め取られたかのように。構えていた武器を下段に構え直すと、申し合わせたように細越へ向かって一斉に駆け出す。
「させませんですよ!」
 透かさずアルネイスが扇を振るえば、二人に向かって刃の尾を持つおたまじゃくしが繰り出される。だが二人とも軽々と、片やその巨体を射線からずらして潜り抜け、片や両手に構えた珠刀で切り払ってみせる。
「くっ、行かせないっ!」
 それでも生まれたわずかな隙を突き、ノールは横合いから、槍の間合いを活かして将門を薙ぎ払う。激しい火花を散らしつつも受け切った将門と、続け様に斬撃を繰り出そうとするノール。だがお互い、細越と颯の射った矢を避けて間合いを一歩外せば。緊迫しつつも主導権を奪い合う、睨みあいへと移行する。
 対して絵梨乃と王禄丸は、激しい乱打戦を繰り広げていた。二刀を操る王禄丸の斬撃を、絵梨乃はほとんどその場を動くことなく、緩急自在な体捌きのみで避けきって見せる。それどころか、思い掛けない場所から跳ね上がるその足技が、一度は蛇の目の淵を掠って吹き抜ける。
「流石に嘯くだけのことはあるな。うむ、素晴らしいぞ!」
 ますます加速する二人の動きに、観客からも思わず溜め息が零れる。王禄丸の突きを仰け反ってかわす絵梨乃。その体勢から腕の蛇の目を狙って突き上げられる絵梨乃の膝と、それを肘で受けつつ踏み込んで胴の蛇の目を狙う王禄丸。その肘に手を掛け体を入れ替える絵梨乃が、王禄丸の背中を回って反対側の蛇の目を狙う。目まぐるしく体を入れ替え、刀と足を突き出し、その全てをお互いに受けきってみせる二人。
「そこっ!」
 不意に飛んできた颯の鋭い一撃に、体勢を崩した絵梨乃。それを見計らって諸手突きを繰り出した王禄丸は、だが更に加速する絵梨乃の声を真横に聞く。
「これがお酒の神様の真髄、乱酔拳ってねっ!」
 王禄丸はそこでも振り向き様に刀を薙ぎ払うが、今度こそ絵梨乃の爪先は腕の蛇の目を捉え、宙高く蹴り上げていた。

 そしてそれとほぼ同時に、ノールと将門の固着は解けていた。槍を払い抜けて細越へ迫ろうとする将門に、フェイントに続いて死角から穂先を跳ね上げるノール。空振ったかに見えた槍は、だが蛇の目を確かになぞった手応えを感じたノールがその身を引けば。
「ここなのです!」
 アルネイスが巻き起こした砂塵が、瞬時に巨大な緑龍を形取る。びくりと体を強張らせた将門は、更に細越の放った牽制の矢に意識を逸らされた瞬間。続いて突き込まれたノールの槍が、もう一つの蛇の目をぱきりと割って見せた。

●決着?!
 一瞬の間に三つの蛇の目が地に落ちると、一斉に観客が沸いた。あっという間に点数を追い抜いて見せた女性陣と、それでもあと一枚で規定の七点に達することが出来る男性陣。だがそんな細かいことは良いとばかりに、両者に言葉にならない声援が飛ぶ。
「‥‥油断は禁物、と」
 アルネイスが満足げな笑みを浮かべてわずかに気を逸らしたのを見て取った王禄丸は、その場でぐふりと小さく嗤う。絵梨乃がその意味を理解するより早く、王禄丸はその身を影と化さしめ、暗がりを伝ったかのようにアルネイスの懐へと突如現れる。だがそれを、絵梨乃の形をした赤く、そして青い稲妻が遮った。空を穿つ轟音が会場に響く前に、王禄丸の腕に下げられた七点目の蛇の目は、昇竜の如く伸び上がった絵梨乃の足に、粉々に打ち砕かれていた。
「‥‥ん?」
 残心を解いた王禄丸と絵梨乃が顔を見合わせ、目を丸くしていたアルネイスの肩や頭をぽんぽんと叩いてみせていたのだが。観客の視線は、自分たちともう一箇所を行き来しているのに気付く。そちらを見やった一行は、細越の頭に飾られていた蛇の目が、その真ん中のみを矢に貫かれているのを見て取る。慌てて反対側を振り向けば、颯がにやりと笑って弓で自分の肩を叩いているところだった。
「だがこの場合、賭けの結果はどうなるんだろうな」
 ‥‥ノールの手を借りて起き上がった将門は、その場にいる全ての人々の心の内を代弁したようだった。

 『蛇の目割り』の裁定は「壊した枚数の多かった西軍の勝ち。最後の一撃当ては、絵梨乃と颯、二名への賭けを有効とする」という線で落ち着くことになった。点数が同じ以上優劣の差は枚数でしかなく、最後の一撃が同時ならばどちらも有効とすべき、というのはまあ妥当なところだろう。それは賭け金の上限が押さえ目だったことや、ささやかながら落成祝いを兼ねた打ち上げを広場で行うと告げたためかもしれないが。大した混乱が無かった一番の理由は、やはり「良いものを見れた」に尽きるようだ。

 開拓者一行を囲みつつ、広場に出来た踏み込みや剣戟の跡に感心し、観客同士でもあそこが良かったあの一撃に痺れたと激論が交わされる中。満足そうにそれを眺め、あるいは話に加わり広場を周り続ける調は、だが内心葛藤を抱えていた。
(「うーん、技名の解説は合った方が良さそうですし、何より実況が欲しいというところでしょうか。それにこんな名勝負がこの場一回限りでは流石に勿体無い‥‥ 講談とか絵巻物なんて、考えた方が良さそうですねぇ」)
 だがそんな贅沢な苦悩は一旦は脇へ置いておくことにして。何より出し物を盛り上げてくれた開拓者一行に改めて感謝を告げるべく、取って置きの天儀酒と本場泰国の古酒を抱えて声を掛ける調だった。