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■オープニング本文 日課を終えた伊鈷(iz0122)が、いつものように幼馴染みの家を訪れてみれば。珍しいことに計名(けいな)が昼食の準備をしているところだった。 筒状に纏めた生地を腕に乗せ、煮立った鍋を狙って包丁で削ぎ飛ばす。手並みが鮮やかなのは然ることながら、茹で上げた食感と喉越しはまさに絶妙で、黒酢を使った秘伝のタレも絶品。もっと作ってくれといつも伊鈷は言うのだが、錫箕が居らず、しかも計名の気が向いたときにしか作られることがない、幻の逸品であった。 「本借りに来たんだけど‥‥ 錫箕(すずみ)、いないの?」 「昨日、山に入るって家を出たんだけどな。っと、まだ帰って来てねえよ?」 全く何やってるんだか、と計名はぼやくが特に心配する風ではない。それが親代わりに対する信頼なのか、無関心なのか。伊鈷でも少し、計りかねる様子と内容であった。 「すみません。こちらに錫箕さんという方がお住まいと伺ってきたのですが‥‥」 以前の依頼の事後処理にと、開拓者ギルド同心の東湖(iz0073)が村を訪れると、入口で不安げに顔を突き合わす村人たちに迎えられた。何やら只ならぬ雰囲気の原因を尋ねれば、常日頃霧が立ち込める近くの山で、ここ数日、聞き覚えの無い咆哮や羽音のようなモノを聞くようになったのだという。その上、東湖の探し人(?)は、その山に入って既に数日が過ぎているらしいとのこと。 「分かりました、すぐに開拓者ギルドに依頼を出しましょう。アヤカシの情報と、あと錫箕さんが向かいそうな場所が分かると有り難いのですが‥‥」 この辺りで絶叫草以外のアヤカシを見たという方はいますか、という質問には誰もが首を振るだけであったが。 「錫箕は、これと同じ地図を持って出掛けていると思うの。えっと、あまり人には見せるなと言われているので‥‥」 言い難そうに、もじもじと手に持った巻物を広げるでもなく伊鈷が答えれば。 「分かりました。‥‥私には見せなくて構いませんけど、開拓者の人には説明してもらえますか?」 東湖があっさりそう応じると、ほっとしたような笑顔を見せて頷く伊鈷だった。 |
■参加者一覧
百舌鳥(ia0429)
26歳・男・サ
花脊 義忠(ia0776)
24歳・男・サ
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
鳴海 風斎(ia1166)
24歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
千古(ia9622)
18歳・女・巫
観那(ib3188)
15歳・女・泰
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●到着 神楽の都で準備を済ませてきた一行は、飛空船を降りると街には寄らず、そのまま村を目指した。 「‥‥こんなに天気も良いってのに、霧なんか出てるもんなのかねぇ?」 籠にまとめた道具一式を担ぐ百舌鳥(ia0429)は、揺れるたびにからからとなる鈴が気になるのか誰にともなく問うてみる。それ以外に準備したものを挙げてみれば、視界を確保するための松明に、目印とするための色とりどりの布切れ。荒縄に至っては、はぐれたりしないように各々の身を繋ぐための分まで用意している周到振りである。 「確かに、こんな夏空‥‥ からりと晴れているとは言えないですけどねえ」 鳴海 風斎(ia1166)は見上げた空のあまりの眩しさに目を逸らすと、無言で首を振りながら汗を拭う。 「以前来たときはどうだったろうか。千草殿に千古殿、何か覚えておられるか?」 件の山と方向は聞いた気もすると首を傾げる皇 りょう(ia1673)だったが、山そのものを見た覚えは無かった。 「そうね。この前は皆、絶叫草を気にしていたし、すぐ森に入ってしまったものね」 でも確か、と辺りを見回す深山 千草(ia0889)に、こちらだと思います、と指を差して告げる千古(ia9622)。 「あの山の向こうになるかと思います。‥‥けど、良く分かりませんね」 視線の先には鬱蒼と木々の茂る山々と、その空には地平線の奥から立ち上る大きな入道雲。その一部が霧なのかどうかは、ここからでは判別できそうにない。 「霧深い山か‥‥ 視覚も限られれば、聴覚も残響に惑わされるやもしれん」 特に神経を集中させねばな、と自戒する煉谷 耀(ib3229)に対して。 「何、準備は十分してるんだ。焦りさえしなければ仕損じることはねえだろうさ。‥‥だが、錫箕とやらは少々心配だよな」 したり顔で応じる花脊 義忠(ia0776)は、だが最後は首を捻って言を継ぐのだが。 「でも土偶ゴーレムさんって、お腹減らして目を回すことは無いんでしょ?」 観那(ib3188)の無邪気な問いに、確かにそのようだが、とりょうは思わず応えていたが。各々無いはずの光景を想像した一行は、応えた本人も含めて吹き出してしまっていた。 ●霧中 その山を登り切れば、峰から見下ろす先には森が広がり、そしてその中央に一際大きな山が聳えているはずなのだが。目の前にあるはずの何もかもが、深い霧に沈んでいた。 「はっはっは、こりゃ笑うしかねえな」 思わず大笑する義忠だったが、少々覇気に欠けているというか、そうするしかなかったというか。既に身の回りも薄っすらと煙り始めているのだが、見上げる先の視界はどこまでも白い。 「‥‥これは本当に、単なる自然現象なのだろうか?」 ぽつりとりょうが呟けば、思わず皆の視線が千古に集るが。 「特に瘴気は感じられません。アヤカシが原因という訳ではないようです」 瞑っていた目を開いた千古は、瘴索結界に反応するものは無いと首を横に振る。 「ま、準備が無駄にならなかったってのは良いこと‥‥ と言って良いのか分からんけど」 がしがしと頭を掻いた百舌鳥が背の荷物を下ろせば。 「そうだな。仕度を整え臨むとしよう」 しゃがみ込んで地に手を当てていた耀は、道らしきモノが無いことは半ば諦めていたものの。上げた視線がその痕跡を捉えると、ふと考え込んだ後に錫箕の背格好や装備について心当たりを尋ねてまわった。 まずは錫箕が向かったと思われる目印を目指すと決めて、一行は村を出発していた。 「それとなくだけど、危ないから絶対近付くなって言われた印が三箇所あるの」 そういって伊鈷が指したのは、地図の中央右寄りに少し離れて記された三つの印。村がある南側から向かうとすると、一つ山を越えてから尾根に沿って進む格好になるらしい。道が険しいのは承知の上、それでも迷う危険を減らすことが出来るならと皆が覚悟を決めていたのだが。そこには思い掛けない助け舟が漂っていた。 「やはり錫箕は興味深い御仁のようだな」 鎌で枝や下草を切り払って道を作りながら、耀は時折ぴっと耳を動かしては辺りを見回す。大体等間隔に見つかるそれは、目線より少々上で折られた梢の数々。足跡のような分かりやすい跡は残っていないのだが、その位置や切り口を見るに、錫箕が得物を使って付けたものなのだろう。‥‥偶に切り落としてしまったり、滑りでもしたのか得物で地を突いた跡が残っていたりするが。この悪路では逆に微笑ましさを感じて和むほどである。 「さっきの広場も、絶叫草が生えてただろうって話だしなぁ。‥‥案外出来る奴なのかもな」 先ほど到着した地図一つ目の印は、綺麗に草が刈られて広場となっていた。話を聞く限りはもっとこう、と首を捻りながらの百舌鳥だったが、それを語ってみせた千草の方も思わず苦笑を浮かべるしかなかった。 「錫箕ー、どこにいるのー!」 「聞こえたら返事するんですよー!」 伊鈷の呼びかけに、観那の声も重なり響く。後ろを振り向き観那へ笑いかける伊鈷からは、切羽詰った感じは大分無くなっていた。難航すると思っていた痕跡はあっさりと見つかり、それも先へと続いているとなれば尚更の事。 (「だからこそ、厄介な事になって無ければ良いんだがなぁ」) じゃあ、りょうも蹴鞠やってみる? と唐突に飛び跳ねて転びかける伊鈷を支えてやりつつ。内心は悟られぬように笑みを浮かべると、気を付けてくれよと応える義忠である。 「そろそろ、次の印でしょうか‥‥ ありがとうございます、風斎さま」 道と地図、そして方位磁針とを睨みながら歩測を続ける千古が、礼を述べつつ視線を上げれば。松明を差し出す風斎は、その顔を真白い空に向けていた。だが千古の視線に気付けば、額に手を当て首を振るのみ。 「多分気のせいですよ。ちょっと神経質になっているんでしょうね」 その様子が気になり、更に問おうとする千古だったが。前から掛かる呼び声に風斎が向かえば、そこは一旦着いて行くしかなかった。 ●飛骸 「これ、錫箕の方天戟だよ!」 集った一行は、伊鈷が上げる驚きの声に顔を見合わせていた。先程と同じ様に、印のあった場所は広場になっていたのだが。その入口の木にぽつんと、錫箕の得物が立て掛けられていた。所々掘り返された跡があるが、それは先程も同じ。下草まで払った跡だと思えばそう不審にも思えない。 「まずはこの場を捜索、だろうか。先に進むとしても」 頭を撫でられる伊鈷に気を使いながら、皆に語り始めたりょうだったが。千草を見やれば、同じように何かに気付いたのか、その手を止めて空を見上げている。 「捉えたわ、あっち!」 瞬時に心眼を研ぎ澄ませた千草が、広場の向こう側を指し示す。そしてその瞬間には既に、皆の耳に何やら風を切る音が届いていた。 (「気のせいで済ませたかったんですけどね」) 松明を片手に掲げたまま、太刀を引き抜き体を結ぶ荒縄を断ち切る風斎。他の面々もそれに倣おうとしたところで、広場に飛び込んだ何かが地面に風を叩きつけ、そしてそのまま通り過ぎた。 (「でかいなっ!」) その突風をまともに受けた義忠は、りょうと共に咄嗟に伊鈷を庇いながらも心の中で快哉を上げていた。自分と伊鈷を繋ぐ荒縄を力任せに解くと、伊鈷を抱えてりょうに預ける。 「万が一って事もある。まずは辺りを確認してくれるか?」 出掛かった悲鳴と抗議を飲み込み、伊鈷とりょうは一旦広場の縁まで下がる中。義忠はゆっくりと広場の中央に歩み寄る。 「すぐ戻ってきます! 皆さま、お気をつけて!」 千古の警告が飛ぶと、その反対側へ駆け込んでいた面々は、素早く一行の位置を確認して顔を見合わせる。中央の義忠単騎は危険だが、その背後にはりょうが控えている。それを挟んで向こう側には千古と観那に風斎。こちらは百舌鳥、耀、千草。 「手筈通りに。耀さんは遊撃、もしもの時の壁役には百舌鳥くん、お願いね」 三人は頷くと、既に二刀を構えていた百舌鳥が縄を切り飛ばし、それを合図に広場に駆けた。 そしてその時にはもう既に、空を飛ぶ何かは広場の上に戻ってきていた。その場でばさりと翼を羽ばたかせる度に、辺りの霧が少しずつ散ってゆく。未だ頭上に留まるそれが、皆の視線の先に姿を見せ始めると。それは最初、巨大な龍の形をしているように見えた。 「気をつけてください、反応は一つではありません!」 千古の言葉が意味するのは、言葉通りに相手が一体ではないこと。そして、相手は瘴気を発するアヤカシであること。その全てを理解する前に、その異形は咆哮で最後の霧を蹴散らし、その姿を皆に晒していた。 「これは酷い‥‥」 顔を顰めるりょうの頭上には、確かに以前は龍と呼ばれたであろうモノがゆっくりと羽ばたいていた。だがその表面に張り付く鱗は生気など無く、まるで蝋で模られた作り物のよう。しかもそんな紛い物の鱗すら、全体の三分の一も残っておらず、それ以外の場所からは白骨を覗かせていた。 「チェストォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!」 一瞬流れた逡巡ごと断ち切るかの如く、義忠は長大な斬馬刀を最上段から叩きつけていた。その気合いに突き動かされるように行動を開始した皆は、だがその一撃が不自然に逸れて地面を穿つ様を見る破目になった。 (「莫迦な、打ち落とされた?!」) 勿論龍が刀を持って後の先を取った訳ではなく、狙われた頭を振るう訳でもなく。訳が分からないながらも、確かなことは今現在、己の背が隙だらけということ。 「義忠殿!」 「義忠くん!」 瞬時に飛んだ声を追い越し、白く澄んだ精霊の力と真空の刃が迸る。だがやはりその軌道は狙いを外れ、龍の首筋と皮翼をそれぞれ浅く切り裂くに留まった。そしてそれに気付いたのは、瘴索結界を維持していた千古と、義忠の手助けにと至近距離まで駆け寄っていた耀と観那。斬撃は龍の体表に触れる前に力を逸らされており、そして今の斬撃に飛び散った龍の欠片は、地に落ちる事無く宙に留まり続けた。 (「なるほど、既に生物というより、瘴気の宿った物品に近しいということか!」) 義忠に突っ込んだ耀と観那は、そのまま義忠を抱え込んで距離を取ろうとする。無理な体勢ゆえに数歩の距離しか稼げはしなかったが、それでも何とか龍の一撃は掻い潜る。 「何か小さいモノが飛び回っていて、それがこちらの攻撃を邪魔しているみたいです!」 「どうやら鱗のようだ。斬撃には滅法強い」 観那と耀、二人が飛ばす言葉に、龍は羽ばたきを持って応える。その風に乗って広場に撒き散らされる鋭い鱗は、だが別の雄叫び、百舌鳥の咆哮に引き寄せられていく。 「そんな、無茶です!」 その数を捉えて千古が悲鳴を上げる中、好機と飛び込んだのはまたも義忠。再度振り下ろされた斬馬刀を、龍は今度こそ、その鋭い牙で打ち落としに掛かる。だがそこでお互い刃をかみ合わせてしまえば、始まるのはお互いの得物を押し合う力比べ。そしてそこに振り下ろされるのは、まだ自由な龍の両腕。 「そこ!」 龍が無理な体勢で押し込もうとしたためだろうか、一瞬崩した姿勢を逃さず、りょうが突きを放つ。その一撃は見事に龍の首を貫けば、均衡していた力は義忠に有利に働き。斬馬刀が首へと滑り込むと、そのままの勢いで龍の胸まで一気に切り下げていた。断末魔を上げる間も無く事切れる龍を横目に、だが百舌鳥は必死に防御を固めている。 「畜生、親玉はもう落ちてんだぞ?!」 両手の刀を巧みに扱い、龍の鱗を受けては薙ぎ払うも、その数は一向に減らない。棍を振り回す観那がまず飛び込み、千草と耀が援護に入り、更に義忠とりょうが駆けつけようとしたところで、けだるげな声が掛かる。 「百舌鳥君、当たったら済まない」 だが十分に時機を見計らって風斎が投げつけた焙烙玉は、百舌鳥を巻き込みはしたものの、一網打尽に全ての鱗を吹き飛ばしたのだった。 ●入寨 慌てて駆け寄る一行に大した事無いと手を振る百舌鳥だったが、皆がそれで済ますはずも無く。良い機転だったと大笑いするものもいれば、無茶し過ぎと怒るものもいる中、全てを差し置いて巫女がその傷を癒す。それでもその硬い視線に耐え切れず、目を逸らした百舌鳥は、龍の体がもそりと動くのに気付いてしまった。 「ほら、さくっと片付いたのは確か‥‥ じゃねぇ、みたいだな」 皆が一斉に臨戦態勢を構える中、千古だけは首を傾げている事に気付いた耀だが。声を掛ける前に、その龍の皮膜の下からは荒縄が絡まった鈍色の何かが這い出てきた。 「「「錫箕?!」」」 「おや皆様方。お揃いでどうしたでござる?」 起き上がれずにもがく土偶は不思議そうに皆に尋ねると、いやそれよりもこの縄をどうにかしてくださらぬかと悪戦苦闘を再開すれば。一行は思わず肩を落とし、盛大な溜め息を吐いてしまっていた。 「いや面目ない。入口で奴と鉢合わせしてしまいましてな? 飛び立つのは阻止出来なかったでござるが、人里にだけは出すまいと、必死に奴を押さえていたのでござる」 方天戟は生憎手放しておりましてな、とからから笑う土偶には、皆何となく生暖かい目を向けるしかなかったのだが。 「錫箕、その『入口』っていうのは、何なの?」 疲れた口調で、伊鈷が突っ込みを入れれば。先程の広場から斜面を降りてきていた一行を振り返り、錫箕はここでござるよ自慢げに胸を張る。 「何よ、何も‥‥」 「あと三歩、前へ進んでくだされ。ささ、皆様もどうぞ」 半信半疑ながら進んだ一行が、一際濃密な霧に踏み込むと。その先には一転、霧の晴れた見晴らしの良い高台が広がっていた。 「先程の龍は、元はここに飾られていた守り神でござった。残念ながら瘴気に当てられて、付喪神型のアヤカシになってしまったのでござろう」 だがそんな錫箕の解説は、一行の耳には入らない。目の前に広がる光景に、ただただ茫然とするばかり。 「錫箕。あれ、何なの?」 一行の目の前には、山の中腹に作られた巨大な石造りの砦が広がっていた。軽く見積もってみても、数百人は立てこもれそうな、本格的な要害である。 「某の最初の親方様が、王朝に叛乱を起こした際の拠点でござる。叛乱と言っても、やましいものではござらぬ」 錫箕の声には昔を懐かしむ響きと、それを誇る思いに溢れている。 「悪政を正そうと声を上げ、遂にそれを成し遂げた一団の拠点の一つ。ここがその白霞寨(はっかさい)でござるよ」 |