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■オープニング本文 「‥‥確かに『人』とは言ってなかった気がする。うん、そういえば」 飛空船から降りた西渦(iz0072)は、達筆な字で『歓迎 ギルド職員様』と書かれた看板に出迎えられた。どうやら長柄の武器の先に引っ掛けられているようだが、それを支えているのは鈍色に光る土偶である。 「やや、もしかするとあなたがが西渦殿でござるか?! 女性だとは露とも思わず!」 西渦以外に近寄る人影を見つけられず、そこに至ってその可能性に気付いたらしい。錫箕(すずみ)と名乗った土偶は非礼を詫びた後、結夏殿も人が悪いと一頻り苦笑いするしかない様子である。 (「ま、多分本気で言い忘れただけね」) 西渦は心の中で呟きながらも、口に出してはそうねとにっこり笑って見せるのだった。 「それで、状況はどうなのかしら?」 開拓者より一足先に現場入りした西渦は、その知識を活かして下調べを済ませておくことになっていた。宿への道すがら、早速まずは状況の確認。一番気になるのは、何といっても最近の動向である。 「ずっと洞窟の奥に篭っているでござる。目端の利く者が交代で見張りに付いておりますゆえ、その点に間違いはありませんぞ?」 どうやら結夏が神楽の都に戻る前に手配していた監視は、上手く機能していたらしい。その仲介を頼まれたらしい錫箕は誇らしげに答えた後、それにしても随分悠長なアヤカシでござるなと、少し変な風に感心してみせる。 「鬼っていう話だから、もっと動き回っているものかと心配してたけど‥‥ まずは一安心、としておこうかしら?」 理解不能なアヤカシの行動原理は気にしていても始まらない。それが少々不満ながらも西渦はその話題はあっさり切り上げると。次は持ち込んだ資料と目撃情報から戦力分析と予測と行きたい所だが、流石に歩きながら出来る作業ではない。 「そうそう。そういえば、何でわざわざこっちの街に逗留することにしたの?」 不意に後ろを振り返り、渡ってきた大きな橋とその奥に見える別の街の門を見ながら問う。 「西渦殿は蟹が好きだと聞きましたのでな。漁特料理(ぎょとくりょうり)を出す『回上(かいじょう)』にしたのでござるよ」 自信満々に答える錫箕は、まだ説明の足りない西渦の顔を見て言を次ぐ。 「川を挟んで反りの合わない街が睨み合ってましてな? 料理の好みもがらりと変わるのでござる」 「ってことは、えっと‥‥川の向こうは香滋料理(こうじりょうり)が名物?」 確か南北で料理が分かれるのよね、と少々自信無さそうに尋ねる西渦に、何故か重々しく頷く錫箕。 「名物というより、基本的に香滋料理しか出ませんな」 ふーん、とその場は興味無さそうに頷いていた西渦だったが。にやりと笑みを浮かべた顔には「明日は向こう岸ね」としっかり書かれていた。 |
■参加者一覧
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
鈴 (ia2835)
13歳・男・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
御形 なずな(ib0371)
16歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●嵐の前のひととき 空は晴れ、日差しは柔らかく。森には緑こそまだ無いが、そこかしこに溢れる精霊力から春の到来を感じ取ることが出来る。心の底からうれしくなった御形 なずな(ib0371)は、思わずリュートの弦に指を掛けるが。状況を思い出しては我に返り、危ない危ないとこっそり呟く。 (「気付かれて逃げられてしもたら大変や」) 目の前に口を開いた洞窟の入り口は高さ三メートルと周りと比べて一際大きく、奥行きは少なくとも三十メートルはあるとのこと。祥の心眼に反応があったことから逆算した値であったが、曲りくねった道のために直接目視は出来ず、その先どこまで続いているかも確かめようが無い。 『それにしても雷鳴鬼とやらは何故この洞窟に‥‥ 大戦跡に何か関連があるのでしょうか』 資料を捲る西洋人形がその動きを止め、首を傾げて呟く。‥‥かの様に、もう片方の手で書類を抱えた青嵐(ia0508)がそれを読みながら人形を操り言葉を発した。大典・回上の東、少々離れた場所には大戦跡が残っており、アヤカシが跋扈しているとのことではあるが。聞く限りは一匹だけで遠く離れたこの地に留まる理由に関係があるとは思えない。 「アヤカシが何考えてるかなんて、分かる訳無いじゃない」 考えるだけ無駄よ無駄無駄、と鴇ノ宮 風葉(ia0799)はばっさりと切り捨てるが、杖に木剣を携える姿はヤル気を隠そうともしていない。 「‥‥一撃必倒と行きたいところだな」 そんなやり取りを聞くとはなしに聞いていた御凪 祥(ia5285)が、隣で身を固くする 鈴 (ia2835)に向かって声を掛けた。入れ込みすぎとは思えども、その姿勢には好感が持てる。柔らかな表情に、言われた鈴もそれを感じたのだろう。幾分肩の力を抜いて同意して見せるが。 (「この間の借りは必ず返します‥‥」) 胸の内ではそう呟き、思いを新たにしていた。 (「そろそろでしょうか?」) 薄暗い洞窟を歩きながら、息を潜めるコルリス・フェネストラ(ia9657)。所々にぼうっと光る苔が生えているため、日は差さないが目が慣れさえすれば行動に支障は無い。先行するシノビの体捌きに感心しながら、少しでも音をたてぬ様にとその後に続く。 (「この先の様でおじゃるな?」) 目を閉じ耳を澄ましていた詐欺マン(ia6851)は、珠々(ia5322)の肩を軽く叩いてから手振りでそれを告げる。眼に気を集中させていた珠々も、僅かながら光苔とは異なる明かりが零れていることに気付いていた。 (「数は‥‥ 分かりませんか」) 動く気配は複数だが足音は無し、との合図に一瞬躊躇した珠々ではあったが。戻る理由にはならないことを悟ると、打ち合わせ通りに手振りで拍子を取って一斉に躍り出る。そして五メートル先の行き止まりに雷を纏った鬼を見つけた一行だったが。 「にゃーっ?!」 目線を合わせてにやりと笑う鬼の表情とその両手で一際強く光る雷を見て。思わず上げてしまった悲鳴を場違いだなと思うくらいには、自分は冷静だと思いたい珠々だった。 ●狼煙代わりの轟音響いて 間髪入れずに飛び出してきた三人を迎えて、一行は緊張を高める。激しい火傷を負った珠々とコルリスに気付けば、素早く癒しの光で二人を照らす風葉。 「一本道で行き止まり、すぐ来ます!」 呻きながらも皆に伝える珠々に、詐欺マンも己が見てきたことを続ける。 「数は四つでおじゃる!」 な、と皆が絶句する中。祥が口を開く前に、洞窟の入り口に中から伸びてきた手が掛かった。ほぼ洞窟と同じ高さの巨体がその姿を現せば、その周りに一抱えもある雷球が浮んでいる。その数、三つ。心眼で察した数と異なることへの疑問は、そしてすぐに氷解した。その雷球がぶれたと思った瞬間、各々が二つに分かれたのだ。雷球の数はこれで六つ。 「‥‥流石アヤカシ。出鱈目じゃないの」 二人を癒しながらもそれを見ていた風葉は、だが不敵に笑いながらそう呟く。 『あ。だから数体って記述だったってことですか?』 慌てて資料を閉じながら、青嵐は気になっていた箇所に合点がいったと頷く。だがそれに答えることすら惜しむように、一行は得物を構えて鬼たちに向かった。 最初に動いたのは珠々。前衛から右翼に滑り込むと、雷鳴鬼に向かって水流を叩きつける。そしてその死角に更に身を沈め、刀をぶら提げる左肩に向けて手裏剣を放つが。 「え?」 だがそれはどちらも雷球に当たると、その軌道を逸らされて少し離れた地面を打つ。 続く詐欺マンは反対側左翼へ回り込むと、手近な雷霊を狙って手裏剣を投じる。一つ二つとそれは過たずに雷球に突き立ったように見えたが。雷球に潜り込んで見えなくなってしまったかと思えば、勢いを弱めた手裏剣は見当違いの方向に飛び出していった。 続く祥の槍も鈴の斬撃も。コルリスの矢すら、雷球に尽くいなされる。その合間に雷鳴鬼から放たれる雷撃が呪歌を奏でるなずなを貫いた。既に精霊力を集めた鎧が皆の身を纏ってはいたが、続けて二撃目を受ければ、それは既に致命傷に近い。 そして再度前衛の四人が攻撃を繰り出すが、その尽くを雷球に阻まれる格好となる。青嵐が放った術も、雷閃は全く効果無く、どうやら斬撃符すら受け流されている様子。 (「雷球は属性持ちという訳ですね。武器や術を受けて無傷という訳では無い様ですが」) 雷球は確かに皆の攻撃に動きを鈍らせ、そしてその度合いは武器より術による攻撃が効いている様に思える。だがその術すら受け流す雷球に痛撃を与えるのはかなり困難であるらしい。青嵐が思わず唇を噛んだ瞬間、それを見た雷鳴鬼は確かに笑った。いや、皆が笑われたと、雷鳴鬼と視線が合ったと思った瞬間に。丁度戦いを繰り広げる場の中心に雷が渦巻き球を形作ると、瞬時に全方位に向かって弾けた。 ●反撃開始?! 弾けた雷は、敵味方を問わず近くにいたものを貫いた。開拓者は全員がその一撃を受け、その苦痛に顔を歪める。範囲内にいた雷霊も同じように雷撃を受けてはいたが、青嵐の雷閃を受けた時のように全く堪えた様子は見せていなかった。 「やってくれるじゃないの、アヤカシの分際で!」 風葉はその言葉に反して柔らかな癒しの光を発し、崩れそうになる戦線を瞬時に立て直す。後手に回っていることを苦々しく思うが、一筋縄ではいかない敵であることを認識し、今は高ぶる気持ちを押さえるしかない。 「野分!」 癒される傷に気力を奮い起こし、素早く引き絞った矢を続け様に放つコルリス。だが鬼を狙った矢はやはり雷球に逸らされ見当違いの岩壁に突き立つ。それでもコルリスは諦めることはできずに矢を番え続ける。 (「‥‥このまま、なす術も無く終わるしか無いのですか?!」) 仲間の焦りを感じながら、こちらも術を放ち続ける青嵐。己が対していた雷霊を何とか一体切り払っては見るものの。予想以上の消耗に冷や汗が背を伝う。 (「このままでは拙い‥‥」) 何やら違和感は感じるのだが、焦りがそれを妨げている事も同時に感じては臍を噛む青嵐。 「くっ! ‥‥でもここは通しません!」 遂に雷鳴鬼の斬撃を受けてしまう鈴は、それでも膝を付くことを拒否して咆える。だが雷鳴鬼に向けて繰り出す斬撃は、やはり寸前に滑り込む雷球に阻まれる。鍔迫り合いの格好になった鈴は一頻り腕に力を篭めて押し込むが、すぐ傍に雷球が浮いていることに気付くと慌てて飛び退る。反撃を予想して身構えた鈴だったが、そこに振り下ろされるのは雷鳴鬼の追撃。牽制の飛苦無を放ちつつ、鈴は更に距離を取る。 鈴が感じた違和感を言葉にして見せたのは、その動きを傍で目にした詐欺マンと。中衛に留まりこれまでの戦況を隈なく見ていたなずなだった。一行の攻撃を受けた後の雷球は、すぐに攻撃に移ることは無い。攻撃しないのではなく、行動が出来ないからだとしたら? 「そういうことでおじゃるか!」 「みんな、ばらばらやのうて! 同じ雷霊狙ってみてぇな!」 その言葉に最初に反応した珠々は、前衛の誰もが狙える位置にいた一体に向けて手裏剣を放つ。一撃、二撃と放たれたそれは、先程までと同じように逸らされるが。 「その隙、逃さないでおじゃる!」 詐欺マンの放った手裏剣は雷球に吸い込まれ、そして雷を貫通して後方に飛び出す。今までの様に受けられた訳ではないことは手裏剣の変わらぬ勢いを見ても、雷球がその光を弱めて見せたことからも明らかだった。 『そうと分かれば! 斬撃姫!』 青嵐の斬撃符は、急に動きを鈍くした雷球に正面から突き立つと。先程までの防御が嘘であるかのように真っ二つに切り裂いてみせ、雷球はそのままあっさりと瘴気に帰って宙に消える。別の雷球へ放ったもう一撃は、今までと同様に明らかにその威力を相殺されるのだが。続く鈴の苦無が逸らされる間に白鞘が突き立てられれば、これまた雷球は瘴気に帰り跡形も無く消えてしまう。 「鴇ノ宮さん、御形さん!」 薙ぎ払うような斬撃で雷球を誘って隙を作ると、自身は次の技に備えつつ合図を送る。 「そうね。アンタの雷よりは効くかもねッ!」 好機と見た風葉は、一歩踏み込んで雷球に清浄なる炎を重ねて思い描く。瞬間、雷球の内部が爆発的に膨らみ、続けて念じられた炎が炸裂すると雷球は爆ぜて跡形も無く消えた。『劫火絢爛』の二つ名は伊達じゃないわ!、と風葉は不敵な笑みを浮かべて言い放つ。 「今ここに溢れ満ちる精霊の理よ‥‥」 そして調べに言霊を乗せ、その流れを導くなずなの呪歌は。祥の身に幾重にも精霊を纏わせていく。 (「残り二体。この一太刀で勝負を掛ける!」) だが一行に傾きかけた流れは、ここで更にその向きを変える。雷鳴鬼が咆えれば、雷の渦が今度は一行を挟むかのように二つ現れる。そしてそれは先程より大きな球を形作っては続け様に弾けて皆に痛撃を与えれば。放置されていた二つの雷霊は、嘲笑うかのようにその体を震えさせると二つに分かれ、更に続けて二つに分かれる。雷鳴鬼が六つに戻った雷霊を従え、確かに得意げな笑みを浮かべるのを、一行は思わず苦々しくも見つめてしまう。 ●最後まで抗い続けるもの それでも突破口を開いたと信じる一行は、攻撃を集中させて雷霊を一つずつ落とす戦術を続けるしかない。だが放置された雷霊が攻撃に転じれば、その体当たりは受ける武器をすり抜け雷撃が体の芯を焼く。そして再三放たれる、雷鳴鬼が放つ雷の渦。祥の槍に限れば雷霊を捌いて見せるが、広範囲に弾ける攻撃は流石にその全てを担うことは出来ない。そして一つ二つと雷霊を落とすのだが、時折とはいえその身を分けては雷霊は数を戻す。 誰もがこれは根競べだと認識し、そしてまだ戦闘を続ける余力は十分と踏んでいた中。後衛の三人は風葉が焙烙玉を取り出すのを見てぎょっとする。そしてすぐさまその真意を理解すると、目配せしてそのタイミングを計る。 積極的に受けに回る相手に業を煮やしたと見えて、雷鳴鬼がこれまでに無い調子で咆えると。雷霊は一斉に祥に向かって突進する。それを舞うような体術と槍を組み込んだ型がいなして見せては、一瞬雷鳴鬼が無防備な姿を見せる。 だが前衛がそれに気付いて踏み込む前に、風葉が飛び込むのとその他の後衛の叫び声が逆の行動を取らせる。 「「「皆、下がって!」」」 雷鳴鬼に向けて飛んだ焙烙玉は、一瞬早く雷鳴鬼の刀に叩きつけられ地面で弾ける。だがそれゆえに、乾いた土を巻き上げ辺りの視界を奪い。結果的に飛び下がった両者は僅かながら距離を開いて対峙する結果となる。 「どういうことだ?」 雷鳴鬼から視線を切らず、構えも解かない祥が静かに問う。だがそれ以外の三人の前衛は、風葉の顔色と滴る汗の量にその訳を察する。 「残念ながら、こちらの練力切れよ。あと二回は『閃癒』を飛ばせるけど、これ以上の危険は冒せないわ」 正直癪だけど、と告げる口調は軽いが。命を預かる巫女の言葉は重く、握り締められた拳は血の気を失うほどに固い。そんな覚悟を見せられては、誰も何も言えはしなかった。 果たして雷鳴鬼もそれを感じたのか、だが急に興味を失ったように刃を収めれば。警戒しつつもこの場を離れ始める。一行はそれを見送るしかなかったが、その方向が大典・回上とは逆というのは救いと言えるだろう。 『追い払いはした、という事になるのでしょうか?』 視界から雷鳴鬼が消えたところで、西洋人形がかくりと首を傾げて呟いた。 「あの、このまま野放しにしてしまってよかったのでしょうか?」 恐る恐るとコルリスが呟けば、珠々と詐欺マンが顔を見合わせ脱力する。 「大丈夫です。他のシノビが後を追ったみたいです」 「例の監視者とやらでおじゃるか。まあ、この戦いも見ていたのであれば無謀なことはせぬじゃろう」 一応身の安全が確保出来て、心配の種も無い事にして良いとなれば。皆思い思いの格好で地面に座り込んでしまった。 「あー もう、疲れたっ‥‥」 天を仰いで呟く風葉に、なずなは水筒を手渡すが。 「むぅ。団員がいれば帰り道は肩車でもさせるのに」 ありがと、と受け取って喉を潤す風葉を除いた一行は、こんな状態でも苦笑するしかなかったとか。 |