【迎春】湖上で日の出を
マスター名:機月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/14 22:33



■オープニング本文

 氷屋店員の実(みのり)が、来年の準備のために店の氷室がある村を訪れた。
「今年は色々あったなぁ。来年もやりたいことは一杯あるし、気合入れて沢山良い氷を作らないとね」
 一年の反省は程々に、来年の抱負は胸一杯に抱えて意気揚々と来てみたものの。例年は快く手伝いを出している村長が、今年に限って渋い顔で出迎える。
「村の若い衆を出せないって、どうして?! ‥‥まさか晴(はる)の奴、良からぬ事を企んで」
 物騒な顔つきで幼馴染の少年を問い詰めに飛び出そうとする実を、村長は慌てて捕まえる。
「ほれ、今年は山に二度もアヤカシが出たじゃろう。暮れも押し迫ったこの時期、もし万が一にでもアヤカシが出たりなどしたら目も当てられんと言い出しおってな」
 何か言いたそうな実を手で制し、村長は続ける。
「臆病すぎると言いたいのは分かる。じゃがおぬしの様に志体を持っている訳でも、特別な訓練を受けている訳でもない。不安に思うのは仕方が無いと、思ってはくれんか」
 頭まで下げようとする村長を押し留め、その場は引き下がった実だったが。すぐに村の風信術を借りて開拓者ギルドへ相談である。

「仕事内容は‥‥ 氷がしっかりした厚さになるまでは雪や雨を除ける作業、出来た後はその切り出しと氷室までの移動、になるのね?」
 ギルド受付係西渦(さいか)の確認に、実は頷きつつ補足する。
「雨雪除けは天気が悪いときだけだけど、最悪夜を徹しての作業になっちゃいます。あとは‥‥ 氷は竹で組んだ路に載せれば氷室まで滑らせることが出来るけど、載せる前と後は、それなりに力仕事かな」
 氷室にみっしりと氷を積むのであれば、さもあらん。敢えてその大きさには触れず、口調を変えて西渦は質問を続ける。
「それじゃあ、その村の名物を教えてもらおうかな。温泉とか、名物料理とか、あるとポイント高いんだけどな」
 はっ? と素っ頓狂な声を上げた実だったが、そういうものかな、と何やら納得して考え込む。
「‥‥名物って言うのはあまり無いかな。田舎料理を喜んでもらえるなら、いくらでも準備しますけど」
 あまり煮え切らない実の答えに、西渦はじれったそうに催促する。
「即物的なもので無くても良いのよ? 何かご利益ありそうな言い伝えとか名所とか」
「うーん‥‥ あとは、湖で見る日の出、くらいかな。この辺りの神様も見に来るっていう言い伝えがあるとかないとか。昔から元旦は立ち入り禁止ということになってるけど」
 悩ましいわね、と思わず声に出して呟く西渦。聞き返す実には何でもないわと返しておいて、声に出しては一言。
「分かったわ。それで依頼出しておくわ」
 だが心の中では。
(「湖上で一杯くらいか。‥‥でも、それも悪くないかしら?」)
 自分が楽しむ算段が何とかできて、とても機嫌がよい西渦だったとか。


■参加者一覧
/ 櫻庭 貴臣(ia0077) / 神凪 蒼司(ia0122) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 犬神・彼方(ia0218) / 奈々月纏(ia0456) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 巳斗(ia0966) / 奈々月琉央(ia1012) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 巴 渓(ia1334) / 皇 りょう(ia1673) / 花流(ia1849) / ルオウ(ia2445) / 斉藤晃(ia3071) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 詐欺マン(ia6851) / 与五郎佐(ia7245) / 宴(ia7920) / 濃愛(ia8505) / ルーティア(ia8760


■リプレイ本文

●日差し無くとも賑やかな午後
 村の入り口は、そろそろ日暮れだというのに騒々しいことこの上なかった。それもそのはず、神楽の都から二日程度と微妙な位置にある村に、開拓者の約半数が龍に乗ってやって来ていた。近くに立てられた天幕を臨時の厩舎としているようだが、村の子供も物怖じせず紛れ込み、まるでお祭り騒ぎである。
「僕らも龍で来れば良かったね、蒼ちゃん」
 あ、もふらさままでいる、とその自由奔放な振る舞いに思わず笑みを浮かべる櫻庭 貴臣(ia0077)。
「遠出はもっと暖かい時分にな。この寒空、風邪でもひいては敵わん」
 神凪 蒼司(ia0122)の憮然とした表情とは裏腹に、その言葉は甘くて暖かい。そんな二人を迎えたのは、手に帳簿と筆を持ったギルド職員の西渦。
「はい、明けましておめでとう。依頼受けた開拓者の人よね?」
 西渦は二人に名前と希望する作業を聞いて帳簿に印を付けながら更に問う。
「そうそう。あなたたち、料理できる人?」

「‥‥寒い。とっても寒いわ」
 鴇ノ宮 風葉(ia0799)はぼそりと呟くと、そのままじろりと隣を見やる。その視線から逃げるように、天河 ふしぎ(ia1037)は明後日の方の空を見上げてみたりする。
「そ、そう? そろそろ日も暮れるから、かな?」
 お日様なんて出てないじゃない、と冷たい突っ込みを入れた風葉に思い掛けない声が掛かる。
「風葉お姉さま? あれ、どうしてここに?」
 心底驚いた様に、倉城 紬(ia5229)は風葉とふしぎを見比べる。そんな紬に振り向く風葉は、いつの間にか蕩けるような笑みを浮べており、早速紬に抱きつき頬をすり寄せ暖を取る。気恥ずかしいやら申し訳ないやら、紬は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「実さん、見掛けませんでした?」
 料理場を訪れた巳斗(ia0966)が、もこもこの半纏に包まって火鉢の準備をしている設楽 万理(ia5443)に声を掛ける。
「あら巳斗さん。私も探していたのだけど」
 あまりに寒くて、と熾きになった炭を火鉢に移しながら苦笑いする。
「依頼主なら、湖に行っているようだ。夕方の作業と明日の準備と言っていたよ」
 様々な食材を抱えて入ってきた雲母(ia6295)が、竈にも火を貰えるかと万理に声を掛けながら続ける。
「色々道具も積んで行ったようだ。今ならまだ追いつけると思うが‥‥ 手が空いているなら、まずは火の準備を手伝ってもらえると助かる」
 調理も人手が足りていないが、まずはあの集会場だな、と煙管を銜えたまま呟く雲母。そうそう、と身を震わせて呟く万理に思わず苦笑する巳斗は、とりあえず挨拶は後回しとすることにしたようだ。

「この大鍋、何に使うんかいな」
 仕事の後に芋煮でもするんか、と首を捻りながら荷車を引く斉藤晃(ia3071)が尋ねる。
「鍋というより釜だよな。‥‥釜飯か?」
 こちらは後ろから荷車を押すルーティア(ia8760)。この大きさなら色んなものが丸ごと入れられるな、鳥とかな、うん丸焼きも旨いよな、と目を輝かせてみるものの、そもそもそんな食材は積まれていない。
「いや、これは使わずに済んだほうが良いのだけどね」
 と乾いた笑みを零す実は、分かれ道を指してルオウ(ia2445)に告げる。
「ここ、ここから三十分くらいで氷室だよ。一本道だから迷うことは無いと思う」
 わざと獣道に入ったりしなければね、と付け足す実。
「ふーん、じゃあちょっと見てこよっかな。ついでに竹で組んだ路も見てくるぜ。辿っていけば湖に着くんだろ?」
 軽く屈伸をして腕を回し、不敵な笑みを浮かべるルオウ。そして飛び出したルオウに付いていく小さな人影。
「おいらも行ってみるぜよっ!」
 にゃりにゃりにゃりー、と掛け声を響かせてこれまた山道へと飛び込む平野 譲治(ia5226)。
「あ! 氷室覗いても構わないけど、扉は開けっ放しにしないでね!」
 わかったー、と微かに響く返事に、顔を見合わせ肩を竦める一行だった。

 山道を登りきった先には広く平らな空き地が広がっているように見えた。湖面は全て凍りついており、薄くではあるが雪も積もっているらしい。日差しも無いため湖上と地面の境は曖昧だが、少々奥まったはっきり地面と分かる場所に、何やら大掛かりに竈状に石を積む一団がいた。
 がちっと両手に持った石を積んで、琉央(ia1012)が腰を伸ばす。
「こんなもんだろ」
「もうええの? って、きゃっ」
 手頃な大きさの石を持ち上げた藤村纏(ia0456)は、振り向きざまに態勢を崩し転びかける。間一髪手を引いて受け止めた琉央に、纏は思いがけず抱きつく格好となってしまう。
「き、気をつけろよな」
 お互い顔を真っ赤にしているが、足元が覚束なく中々離れられない様子。それはそれで、纏は幸せそうであったりする。
「んー、青春ですなァ」
 初々しいったらないねェ、こんちきしょーと思わずからからと笑いながら声を掛ける宴(ia7920)。それを無言で窘めるのは花流(ia1849)。他人には分からないほどほんの少し不貞腐れた宴に、花流は思わず苦笑を零しはしたが、気付かない振りをしていた。

 薄く積もった雪を踏みしめながら、皇 りょう(ia1673)は湖上を歩く。きしきしと粉雪が微かに零す音、歩を止めれば聞こえる無音という静寂。
「何とも幽玄であるな」
 いつの間にやら湖の中央付近まで歩いてきてしまったりょうは、我に返って雪が払われ磨かれている一画へ戻る。
「どうでした、氷の様子は?」
 って問題ないようですね、と穏やかな笑顔を向けるのは菊池 志郎(ia5584)。既にぐるりと湖の周りを一回りしていたが、許されるなら氷上を一滑りと道中目論んでいたところ。
「しかし‥‥ これを明日一日で切り出すのか‥‥」
 その脇でぽつりと呟いたのは、濃愛(ia8505)。雪も氷も見慣れたジルベリア育ちとはいえ、ぽっかりと雪が払われた区域は想像以上に広い。
(「‥‥やはり路の見張りにしておこう」)
 顔には出さぬように、こっそりと心の中で苦笑を浮かべつつ、下見を済ませる濃愛であった。

「お、お前が晴少年か? 今晩の料理、楽しみにしてるぜ! ‥‥ちなみにその桶の中身は何だ?」
 集会場調理場の脇で、村での世話全般を押しつけられた村の少年に声を掛ける巴 渓(ia1334)。
「こっちは豆腐です。良い水使ってますから美味しいですよ」
 もう片方は秘密です、と晴は悪戯っぽい笑みを浮かべるのみ。渓が疑問符を浮かべる中、晴に声を掛ける者が他にも現れる。
「晴少年とやらはそちであろうか? 少々用立てて欲しい道具があっての」
 探していたでおじゃる、とは詐欺マン(ia6851)。
「ん? 筆以外に必要なものがあるのですか?」
 てっきり日の出の時間を聞くものとばかり、と意外そうな声を上げるのは連れ立っていた与五郎佐(ia7245)。
「食材止めてぇちゃいかんだぁろ。調理場はお待ちかねぇの様だぁぞ」
 と、調理場から火鉢を持って集会場に向う、犬神・彼方(ia0218)が晴を囲む一行に声を掛ける。
「手が空いてぇいるなぁら、布団集めを頼もぉか。行く先はその少年にぃ聞けば分かるのかぁね」
 顔を見合わせる一行に、少々顔を引きつらせる晴。
「まずはそちの手伝い、でおじゃるな」
 頷く詐欺マンにすぐ戻るので待っててくださいね、と晴は慌てて調理場へ向う。忘れていたでは済まされない寝具の準備に、その後急いで取り掛かる一行であった。

「‥‥こんなところでしょうか?」
 歓迎の宴といった雰囲気の集会場を眺めて、首を傾げながらからす(ia6525)が呟く。集まった開拓者の数が数だけに、急遽用意された慶事にのみ使われるという膳がその雰囲気に拍車を掛ける。
「まさに新年会って感じだね。明日の仕事に支障なければ良いけど」
 同意しながら苦笑を隠せない水鏡 絵梨乃(ia0191)。
「酒類の持ち込み禁止、というのは味気ないかしら」
 皆良い大人であることですし、と言いつつ少々自信なさげにからすが問えば、対して絵梨乃は良い笑顔で返す。
「大丈夫大丈夫。夜中に仕事を控えた仲間がいるのに、そうそう羽目は外さないって」
 日の出を待ちかねている奴も、一仕事終えた後の一杯を楽しみにしているのも多いだろうしね、と今一つ懸念が残る意見が続いてはいたが、頷くに留めるからすであった。

●宴は恙無く、静かな夜は更ける
 夕食は乾杯の後、湯葉に田楽、作り立てのザル豆腐と、まずは豆腐尽くしの料理群から始まった。鍋は湯豆腐と思わせて、豆腐にドジョウを潜り込ませた驚きの一品で。他にも囲炉裏で塩焼きにした川魚や山菜の煮物漬物など、田舎ならではの料理がたっぷりと供された。少ないながらも餅まで出された夕餉に、開拓者の一行は満足した様子。
「さてと。たっぷり楽しんだ分、お仕事頑張ってもらうわよ?」
 料理があらかた片付きお茶が配られ始めると、西渦が帳簿片手に作業分担を告げる。各自希望通りなんだから言い訳は聞かないわよ、と西渦が発破を掛ければ、ではこの後の予定を簡単に、と実が引き継ぐ。
「夕方見てきた氷の厚さは十分でした。夜間の見張りは真夜中から明け方くらいまで、仮眠と朝食を挟んで切り出しを始めたいと思います」
 作業の細かい話は現場で道具とか手順を実際に見ながらねと言われれば、特に開拓者からは異存も無い。
「あ、でも見張りに付いては提案があるんだけど?」
 万理が手を挙げて問えば、私もあります、と楽しそうに声を挙げる紬。
「じゃあ、その話はこの後しましょう。一応真夜中辺りに纏まって出発予定ということで。氷室への道を除けば一本道だから問題ないと思うけど、暗いうちに登ろうとする人は十分注意してくださいね」
 よろしくお願いします、と話を切り上げれば、食後に干し柿と焼き栗、よろしければどうぞと囲炉裏端に用意してから、見張り組みの話し合いに移る実である。

「確かにずっと全員で見張る必要はないかも知れません」
 とはいえ村から湖まで歩いて一時間弱の道のり、何かあってから行き来をするには少々遠い。話し合いの結果、実を加えて六人となった品質管理の一行は、三交代で湖上を見張ることになった。待機中の準備として、小型の天幕と持てるだけの毛布を用意し、嫌がるもふらさまを宥めすかして荷車で運んでもらう。
「うわー、少しだけど雲が晴れています。月がきれいですね」
 天幕を張り終え、その間にお茶菓子を食べ終えたもふらさまが天幕に潜り込むと、やっと落ち着いたとばかりに苦笑する一行。ふと空を見上げれば、しばらく晴れることが無かった雲の間から月が覗いていた。紬が歓声を上げれば、他の皆も湯飲みと焚き火で暖を取りながら、しばし月見に応じる。
「暈が掛かっているところに趣があるというか」
 ん、と自分が接いだ言葉にふと眉をひそめる花流。
「星が瞬いています。今まであまり見る機会もありませんでしたが、冬の夜空というのも良いものですね」
 じんわりと笑みを浮かべてからすが呟く。
「明日、このまま晴れると良いなりね。って雲がないと明け方冷え込むんぜよ?」
 皆風邪には気をつけなきゃいかんなりよと、意外と真剣に窘める風の譲治に、皆一斉に吹き出していた。

 そろそろ三番目の見張りへ交代という時分に、焚き火を囲んでいた万理と譲治は顔を見合わせる。
「なりにゃり。やっぱり持たなかったみたいぜよっ、万理」
 少し前から徐々にではあるが風が吹き始め、一時晴れていた雲も再び夜空を覆っていた。そして譲治が言っている傍から、ぽつりと雪が一片、空から降ってくる。
 雪は降り始めると、あっという間に積り始めた。二人は除雪の道具を荷車へ取りに行くと、そのまま氷作りの一画へ急ぐ。丁の字に木の板と棒を組み合わせたそれは、その形からトンボと呼ばれているらしい。確かにすいっと湖面を押して渡れば、磨き上げられた氷が簡単に顔を出す。しかしそんなトンボの通り道も、激しく降る雪には長くは持たない。
「これは‥‥ 皆呼んでこないと拙いかしら?」
 区域の中ほどで除けてきた道を見やれば、もう既に半分は氷を白く覆いかけている。万理は慌てて天幕に向うが、譲治はそれに気付かず雪除けを続けていた。
「おおぅ、トンボやるなりっ! トンボすごいなりっ!」
 一時とはいえきれいな氷が覗くのが楽しくて仕方ないらしく、後ろを振り向いては笑い転げ、遂には書初めなりよーっと、順路を無視して湖面を駆け回りかけようとする一幕も。流石にそれは皆に止められたようだが、当分明けそうにない暗闇の中、皆の笑いを誘い続けるのに一役買っていたようである。

●夜明けを過ぎても薄暗く、故に絶好の切り出し日和
 雪は夜明けを過ぎても振り続け、雪除けは切り出しが始まる時分まで続けられた。あわよくば日の出をと夜明け前に登ってきた一団は勿論、朝食を終えて準備万端登ってきた一行も皆トンボを持たされ、結局総員交代での作業となった。
「寒いのも疲れるのも、アタシは御免よ!」
 風葉はそう言い切ってふしぎを困らせたが、手際よく用意された焚き火は作業に回っていた一行に何より評判が良かったようだから分からない。
 そうして雪除けが終わると、早速鋸に群がる一行を押し留め、まずは切り出す大きさの目安をつけることになった。雪を除けた湖面は東西に細長い長方形が取られていたが、まずはトンボを前に並べた一団が東を向いて整列する。
「だいたい分かった。このトンボに合わせて切り出す印を付けていくんだな?」
 問いかける渓に頷きながら、トンボの前に屈み込む別の一団に声を掛ける。
「線はがたがたにならないようにお願いします。そうそう、そしたら端の人はこの板の分だけずれて。他の人はそれに合わせて下がってくださーい」
 その作業を延々と繰り返して西端まで達すると、今度は同じように北から南へ。先ほどより距離は短いが、横に長いので都合三回に分けての作業である。
「ふう。十四段とは、また随分と欲張るものだな」
 流石にちょっと腰に来た、と背を伸ばす晃に、りょうは首を振って答える。
「東西は結局七十段越えですよ。‥‥でもまあ、開拓者の仕事始めらしいとは言えますか」
 思い掛けない規模ではあったが、その表情は明るく不敵である。
「そうですよね。とても縁起が良さそうな気がします」
 日は出ていないのにこんなにきらきら、自然が下さった天然の宝石ですよね、と溜め息を付きながら巳斗は微笑む。
「さてと。じゃあ切り出し、始めましょうか。まずは肩慣らし、少しずつ試し切りってことで」
 実が一番端の目印で呼びかけると、最初に手を挙げたのは与五郎佐。
「実家は材木商です。鋸の扱いは慣れてるほうだと思いますよ?」
 とは言いつつも、はてこんな形だったかなと受け取った鋸を見つめる様はどうも怪しい。それでも一片分をすぐに切り出し次の者と交代したようだったが、思った通りの感触は掴めていない模様。
「ん? もう少し練習したそうじゃない。ね、こっちで試してみなさいよ」
 実さんに許可はとってあるからと、西渦は練習を終えても物足りなそうな者に声を掛ける。多少の怪しさは感じたものの些細なことだろうと、気さくに応じる者は多い。
「着込んでるのだが寒いなぁ」
 ただ待つのも芸がないと、雲母もそれに加わると、さらりと器用に氷を切り取って見せる。
「やや、これは程よい大きさでおじゃる。それを譲ってはいただけないだろうか?」
 何やら物色していた詐欺マンに声を掛けられると、無言でそれを差し出す雲母。
「ありがたい。恩に着るでおじゃる」
 満面の笑みを浮かべる様子がどうにも不可解ではあったが、まあ良いかと煙管を咥えなおす雲母であった。

「お、始まったみてぇじゃぁないか。どぉれ、御手並ぁみ拝見ってぇ奴かぁ」
 氷室とそこまでの路を見ながら登ってきた彼方が、湖岸で道具を構えて準備万端と構えるふしぎに声を掛ける。
「賭けぇの一つでぇも、したぁいとこだぁな。どぉだい、仕事の後のぉ一杯でぇも?」
 良い酒があるぞとの誘いに、結局飲むなら賭けになりませんよと苦笑いしながら突っ込むふしぎ。
「それでも面白そうではないですか」
 士郎が話に乗れば、その流れで賭けは成立。三人が各々の配当を目当てに見守る中、切り出しは厳かに始まった。

 示し合わせた訳ではないのだが、一部は本気の目つきで目の前の氷を睨み付ける。
「では皆さん。足元には十分気をつけてお願いしまーす」
 実が合図を出せば、一斉に鋸を入れ始める一行。いきなり鋸を折るものも出る中、最初に集団を抜け出したのは晃と琉央。そして続くのは気合十分の絵梨乃。
「せいッ! せいッ!! せいッ!!!」
 寒空の中でも腕まくりに鉢巻、そして威勢の良い掛け声は自身のみならず周りの闘争心をもかきたてる。
「凄い勢いでおじゃるな。ふむ、一句‥‥ おおおっ??」
 思わず両脇の晃と絵梨乃に見とれた詐欺マンは、突如として揺れ始める地面、ならぬ氷に足を滑らす。

「よいしょ。‥‥ふふ、琉央と一緒に氷作りやなんて。なんや」
 新婚さんみたいやなー、と隣を振り返れば、そこには既に相手はいない。あれ、と辺りを見回せば、一心不乱に氷を切り続ける琉央は、既に五メートルは先で鋸を振るっている。ぱきっと良い音を立てて鋸を折ってしまった所で、琉央も辺りを見回すが。自分ほどではないが、纏を挟んで反対側も既に三メートルは切り進んでいて、つまり纏の両脇は切り分けられた氷がぷかぷかと浮ぶのみ。
「おおっ、ちょっとばかし、拙いんじゃねえかィ?!」
「纏さん、お、落ち着いてゆっくりと!」
 慌てて駆け寄ろうとする両隣の宴と与五郎佐を尻目に、琉央ぅーと涙目ながらも軽やかに氷を駆け抜ける纏。
「えええっ?」
「あ」

 ‥‥ほぼ同時に三つ、大きな水音が水飛沫を盛大に跳ね上げ。それと共に出された水入り宣言に、切り出しは一時中断となった模様である。

「‥‥ほう。あれは風呂釜でしたか」
 直火で湯を沸かすとは珍しい、とその用途に得心して持ち場へ戻る濃愛。途中背後から盛大な水音が聞こえた気がしたが、多分気のせいだろうと思うことにする。
「切り出し、始まったみたいですよ。そろそろ出番ですかね」
 路と湖、両方眺めることが出来る位置に、風葉が大鍋を掛けた焚き火と共に陣取っている。持ち込んだ煉瓦を使った堅牢な竈には、既に大量の甘酒が消費された空の鍋。
「ん? あんたも飲む?」
 満足そうに二杯目の仕込みに取り掛かる風葉に、是非ご相伴に預かりたく、と笑みを浮かべながらも礼節を持って答える濃愛であった。

「お、流れてきた流れきた。って随分でかいな?!」
 ルオウは音に気付いて氷室から顔を出すと、手で抱えるには幾分大きめに切り出された氷が、一つ二つと竹で作られた路を滑ってくる。節の順目・逆目の組み合わせにコツがあるとは言ってはいたが、そこそこ急な斜面を流れているのにそれほど速度は出ていない。
「力仕事ならまかせろ。氷くらい、自分が一気に運んで‥‥ うお?!」
 釣られて顔を出したルーティアも、疎らだったのは最初の数個だけ、その後は隙間無く大量に流れ続ける氷の塊に思わず言葉を詰まらせる。

「さぁて。そぉろそろ氷室ぉに、手伝いに行くぅとしようかぁね」
 人が悪い笑顔で、彼方が手にしていた道具を置く。竹竿の先に氷を引っ掛けるための金具を付けた鳶口と呼ばれる棒だ。一度に全員での切り出しは危険という結論に達した今、半数は切り出しを続けているが、残り半数は氷の運び出しに回っていた。ぷかぷかと浮く氷を引っ掛けて竹で組んだ路まで送るという作業は、最初こそ戸惑っていたものの、慣れると流石に開拓者。流麗な鳶口捌きで次々と氷を送り出している。
「氷室のルオウさんとルーティアさん、今日はずっと氷室でしたよね。‥‥氷の大きさとか枚数、把握していないのでは?」
 ぼそりと呟いた士郎の言葉に、一瞬きょとんとした仕草を見せるふしぎだが。
「た、大変だ! 早く知らせに行かないと!」
 慌てて飛び出す二人はそのまま見送り、彼方はもう何人か見繕い始める。実ぃも人が悪いねぇ、とからから笑いながら、自身も氷室まで手伝いに向うのだった。

●そして湖上の宴
 いくつか不慮の出来事は起きたものの、氷室には何とか無事に氷をみっちりと積み込むことが出来た。穴蔵ゆえに狭く感じても、高さ三メートルにも積みあがった氷は思わず唸るほどの圧迫感がある。最後の仕上げとしておが屑を隙間無く詰めて扉を閉めれば、季節が来るまでこのまま封印、仕事も全て完了である。

 そうして一通り作業が終わると、寒さに耐えかねて焚き火前を陣取る者を除けば、一斉に湖上へ飛び出していった。村人に靴を借りて湖上を滑る者、氷塊にノミを振るう者、詩吟に興じる者。そして恋人と二人で語らい、そのまま寄り添う者も。
 そんな中、音や香りに聡い者が集まり舌鼓を打ち始める一画があった。
「うんうん。釣りたてのわかさぎをその場で空揚げ、なんて贅沢なのかしら!」
 この黒いソースってタレも合うわねー、とご機嫌なのは主犯の西渦。作業の途中から料理と釣りのサポートに貴臣と蒼司を引き抜いた、計画的犯行である。
「蒼ちゃんも釣ってばかりいないで食べてる?」
「だから蒼ちゃんは止せと‥‥」
 批判の声も上がり掛けたが、勿論独り占めする気は毛頭無く。一足先に堪能した三人は、道具一式を集まった面々に供出し、料理と釣り、二つのコツを伝授してその場を後にする。
「後は日の出が見られれば、言うこと無しだったのだけれど」
 残念よね、と振り返った西渦は不意の眩しさに目を細める。周りからも戸惑いの声が上がる中、お日様です、という声が上がると皆一様に静まり始める。
 見上げる空には、まだ中天と言って良い位置に輝く太陽。先程まで雲越しにぼんやりした明るさを届けるだけであった存在とは思えないほど、その姿は生命力に溢れていた。朝日とは趣が異なるが、これも確かに新生する火を迎える、日の出に違いない。
 ただ静かに時が流れる最中、湖上に居た者には足元からわずかな振動が伝わる。その先を見やれば、今度は湖岸の南から北に向かい、静かに、だが次々と氷の塊が隆起していくのが目に飛び込む。
「まるで目には見えない何かが、湖を渡っているみたいです」
 貴臣が感に堪えない様子で言葉を零せば、蒼司はさらりと思い付きを呟く。
「ふむ。村人が言う『神様』が、まさに目の前を通っているところなのだろうな」
 それなら楽の一つも差し上げなければ、と頷く貴臣。首を傾げる蒼司を置いて、周りに声を掛けながら湖岸に戻る。

 その後、おもむろに始まった楽の音は、笛や三味線がそれを追えば舞う者も加わり。純白の世界に艶やかな光が差す中、ゆるゆるといつまでも響き、聞くものの心を癒し続けるのだった。