紙の御代は?
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/24 22:32



■オープニング本文

「こんにちはー、清風(せいふう)さんがこちらに居ると伺ったのですが」
 紙袋を抱えた若旦那といった風体の男が天幕を覗くと、そこそこ大きい外見に反して、中は殆どの荷が出払った寒々しい様子が広がっていた。片隅に残る幾つかの荷を帳簿と見比べていた男性が、声に気付いて答える。
「はい、私が清風です。どういったご用件でしょうか?」
「良かった、少々お聞きしたいことがありまして。あ、私は理穴の荷で商いをさせていただいている、調(しらべ)と申します」
 良かったら温かい内にどうぞ、と手の紙袋を笑顔で渡す。
「これは‥‥ 焼き栗ですか?」
「はい、まだ試作品で恐縮なのですが、匙要らず、素手で簡単に皮が剥けるのが売りなんですよ」
 ほう、と興味深そうに一つ手にとって見る清風。
「では早速いただきましょうか、詰め所でお茶でも飲みながら。構いませんよね?」
 はい、と嬉しそうに答える調。着ぶくれしていても外は雪。寒さに弱い調にとって、何より有難い申し出だった。

「そうですか。やはり荷が入って来てもいませんか」
 炬燵で湯飲みを抱えたまま、締まらない様子ではあるが調が呟く。栗に舌鼓を打っていた先程とは打って変わって、清風も難しい顔で帳簿を捲る。
「ええ。この辺りも雪でこの有様です。山の方はもっと積もっているでしょうし、荷を運ぶに運べなくなってしまった、という所でしょうか」
 合戦の物資には気を配っていたのですが、と清風は少々落ち込んで答える。
「そうなのでしょうね。‥‥うーん、上質の紙が手に入らないのも痛いのですが、山から下りて来られなかった村で冬準備が十分に出来ているものかどうか」
 万が一の蓄えはあるだろうが、今年は合戦もあった。それに無事に合戦を切り抜けたなりに、しっかり新年を祝って欲しいとも思う。
「虎の子の飛空船も、山には着陸出来ないし‥‥ これはまた、ギルドに頼んだほうが良いのかなぁ」
 なるほど、と手を打つ清風。
「最近ギルドも積極的に龍を運用し始めたという話でしたね。まさに適任ではないでしょうか?」
 積載量の少なさや村の反応など、考えただけでもいくつか問題点が浮んだ調ではあったが。
「‥‥とりあえず相談に行ってみるか」
 文句は付けても人助けに躊躇はしないだろう、調はそう算段してギルドに向うこととした。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
鬼限(ia3382
70歳・男・泰
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂
露羽(ia5413
23歳・男・シ


■リプレイ本文

●荷造り
「あまり無理はするなと言うておろうが」
 鬼限(ia3382)は溜め息を付くのを我慢しながら、長年の相棒である甲龍の結(むすび)を諭す。それでも結は米俵を背に積んだまま歩いて見せて、得意そうに鳴き声を一つ上げる。
「分かった分かった、お前がそれしきの米俵を運ぶなど雑作も無い事は。だがな、米ばかり一俵は多すぎるのじゃ。他にも運ぶものがあるからの」
 お前が好きな物を届けたいというのは分かるがと続ける鬼限に、仕方ないという風に俵を下ろす結。
「そう慌てるな。ほれ、他の者とも相談がある、少しは落ち着いて待っておれ」
 内心相棒の負けん気を好ましく思うのも束の間、物資が積まれている天幕に首を突っ込もうとするのを止めに入る鬼限だった。

 その天幕の中では、積まれた俵や箱の中身を覗いては静かな歓声を上げる人影が一つ。
「ほほぅ、中々良い物が揃ってるじゃないか。飛行船持ちのセニョール、羽振りが良いだけのことはあるねぇ」
 乾物の詰まった俵を開いて思わず嬉しそうに呟く喪越(ia1670)。熨斗の付いたあたりめを見つけると、一本足を失敬して顔を緩める。
「うむ、宝の山だな、こりゃ。‥‥っと、鮑までありやがる」
 流石にこれは拙いか、といいつつ手を止めない喪越の後ろから、鎧阿(がいあ)の鼻面が突き出される。
「なんだぁ、お前も食いたいのか? しょうがねえな、他の奴らには‥‥ うそうそ、冗談。だからやめろ、な?」
 そのまま静かに口を大きく開けて噛み付く姿勢を見せる鎧阿。喪越は慌てて手に持ったものを俵に戻しながらも、素早くあたりめの足を自分と鎧阿の口の中に放り込む。
「これで同罪ってな」
 すかさず尻尾で喪越の背中をどついた鎧阿だったが、あたりめの味は気に入ったようだった。

 ここは調が理穴で活動拠点としている街の倉庫街。雪がちらつく中、運ぶ荷物の選別が行われていた。調は急用が出来たと飛空船共々既に街を離れていたが、この街に常駐していた官吏の清風が後の事を引き継ぐことになったらしい。里に運ぶべき物資の優先度や、借りることが出来る物資について調整が進められている。
「海のものなら昆布に鰹節、それから塩というところでしょうか?」
 岩塩出るとは聞いていませんし、と倉と天幕を行き来しつつ帳簿を捲りながら清風が数え上げる。
「お、塩引きだけじゃなくて新巻鮭もあるみたいだな。これも持って行くか」
 清風が顔を上げると、風雅 哲心(ia0135)は入り口脇に縄を掛けて吊るされている鮭を見つけて気軽に言う。それに付き従う極光牙(きょっこうが)も、賛成の意を示すように首を振る。
「いやあの‥‥ それ、かなり上物ですよ?」
「大丈夫だ。調もここにあるのは何を持って行っても良いと言っていた」
 お、数の子発見、と呟いてはそれも極光牙の背負う籠に放り込む哲心。味見をしたそうな相棒の鼻面を撫でてやりながら、向こうに着いてからなと苦笑しながら宥めている。
(「まあ、調さんには投資だと思って諦めて貰いましょうか」)
 そうならないかもしれませんがと苦笑しつつも、目録に書き付けていく清風であった。

 村への物資以外の準備を進めていたのは真亡・雫(ia0432)とその相棒であるガイロン。
「天幕は流石に無理だよね、ガイロン」
 倉庫の奥から引っ張り出された包みが目の前に置かれているが、どうも山で張るには大きすぎるようだ。それに龍で運ぶには嵩張る上に重すぎる。ガイロンもそれが分かるらしく、一瞥しただけで興味を失ったようである。
「そうなると風除けを雪で作る形になるか。スコップは後で探すとして‥‥」
 これお願い、と雫は後ろに向けて無造作に、手に取った布の塊を放り投げる。どうやら寝袋の類のようだが、それを受け取るガイロンも息が合ったもの。ひょいひょいと頭や翼で方向を変えて一箇所にまとめていく。
 そのまま奥へと進路を作りながら進み続け、行き当たった先に並ぶのはジルベリア風の長持。
「この中、良さそうな防寒具があると良いんだけど。‥‥うーん、確かに暖かそうだけど?」
 目に飛び込んだのは原色の派手なコートやズボンの数々。防寒性能は十分なのだろうが、熊の着ぐるみまで見つけてしまうと心底対応に困ってしまう雫であった。

●空の旅
 早朝から天は重い雲で覆われており、空気は肌を突き刺すほどに冷たい。それでも空から一面の銀世界を眺める機会はそうあるものではなく、澄んだ空気は凍えさせる以上に心地よく身を引き締める。龍で空を駆け続けてそろそろ半日にもなるが、不思議と景色に見飽きることも無い。
「中々気分が良いものだな」
 隊列の中段で、鬼灯 仄(ia1257)が徳利を傾けながら独り言ちる。周りに荷物の輸送を受け持つ龍が六体。上空では護衛の三体が少し範囲を広げて哨戒を行っている。急な機動も織り交ぜてはいるようだが、その危なげない手綱捌きは見事と言うほか無い。
「あれなら、アヤカシが来ても大丈夫だろ」
 そんな気配も無えしな、と更に徳利を呷る仄に、相棒が唸って見せる。
「あん? お前は着いてからだ。しょうがねえだろ、お前の口まで届かねえんだからよ」
 更にやり取りを続けていた仄は、両側から零れた笑いに我に返り、ばつが悪そうに苦笑う。
「お二方とも、仲が良いのですね」
 隣から露羽(ia5413)が笑いかけると、一緒に飛ぶ月慧(げっけい)も同意するように軽く鳴き声を上げる。仄が駆る甲龍より細身なの当然として、他の駿龍よりもしなやかな巨躯に似た、柔らかな響きである。
「その子もお酒、好きなんですか?」
 反対側を飛ぶ雫が不思議そうに尋ねると、龍が嬉しげな声を上げる。声にびっくりしつつも破顔する雫が荷物を探り始めると、そちらに寄ろうとする龍の手綱を慌てて引いて止める仄。
「止めてくれ、雫。‥‥お前も。いい加減にしないと、ここで煙管吸うぞ?」
 いがみ合いつつも楽しそうな仄とその相棒に、やはり笑いを浮かべてしまう露羽と雫であった。

 その上空では、シエラ・ダグラス(ia4429)が螺旋を描きながら一行の周りを旋回していた。直線で飛行する他の龍とは比べ物にならない速度で飛びながら、それでも身を翻らせる様は非常に鋭い。最後は錐揉み状に降下しながらも態勢を素早く立て直し、死角を通って二龍の脇に滑り込む。
「パティに任せるとこれくらいですね。戦場ではもっと細かい動きが重要になりますし、それは騎手の判断と、相棒との意思疎通によります」
 流石に息を弾ませ、手櫛で髪を整えるシエラが告げると、それに合わせて相棒であるパトリシアが機嫌良さそうに一声鳴く。
「実戦を潜り抜けてきた技ということか。ためになる、ダグラス」
 しきりに感心する天目 飛鳥(ia1211)は、シエラにじっと視線を合わせて礼をいう。
「た、大したことではありませんよ?」
 慌ててぱたぱた手を振るシエラが気に入らないのか、パトリシアは飛鳥を睨み付けるが。飛鳥はそれに気付かぬ様子で相棒の黒耀(こくよう)に声を掛けながらパトリシアを検分している。
「ふむ、鱗のつき方は駿龍だな。風雅の極光牙と形こそ似てはいるが、幾分軽くてしなやかというところか」
 隣を飛ぶ極光牙は呼ばれた声に、暢気な鳴き声を返す。同じ純白の甲冑を思わせる造りであるが、甲龍の鱗は重厚さが違う。
「黒耀、お前もしっかり目に焼き付けておけ」
 それを実直に指示と受け取ったのか、黒耀は一声鳴いて答えると、少し後ろに下がりパトリシアの飛び方を真似し始める。始めは詰まらなそうにしていたパトリシアの方も、自分の動く通りに飛んでみせる黒耀が気に入ったのか、多少の合図をしながら体勢を変えてみせる。
「あらあら、こちらは賑やかですのね」
 戯れるように飛び回る二体の龍を眺めていた哲心が振り向くと、上がってきて早々楽しそうに笑う結夏と視線が合う。
「そろそろ休憩でもと思ったのですが‥‥ もう少し後にしましょうか?」
「いや、確かに頃合いだろう。山に入ったら降りることすら間々ならないかもしれない。良い場所見つけてしっかり休むとしよう」
 地図を畳みながら哲心が答えると、極光牙も早速下りる場所の当たりを付け始める。
「では、皆にそう伝えてきますので、先導お願いしますね」
 結夏も笑みを浮かべて頷くと、輸送組へと戻っていく。
「茶店で団子と行かないのが空の旅だけどな」
 ま、この時期の旅はどこもこんなものか、と思い直す哲心。周りを飛ぶ二龍に一声掛けると、相棒が示す川原に向かって下りることとした。

●日が暮れる前に
 何とか日暮れ前に、冬山の中腹にへばり付く小さな集落を見つけることが出来た。そしてそこから幾らか下った所に、小さな広場のようなものまで見える。人気の無いそれが何のためにあるのか分からなかったが、龍を下ろすには広さといい位置といい、申し分ない。物資を届けるためとあっても、見慣れぬ者は龍の魁偉に恐慌を起こしかねない所。集落へ直接降りるのは避けるべきというのは、皆の一致した意見であった。
「どうやら夜営っていう、最悪の事態は避けられそうじゃないか」
 哲心が振り返って声を上げると、飛鳥とシエラは共にほっとしたように頷く。相変わらず雲は厚いが夜が近づく気配は肌がしっかりと感じている。天幕なしの夜営を覚悟してはいたが、避けられるに越したことは無い。
「誰から下りる? 少なくともこの位置での見張りは残しておいても良いと思うが」
 飛鳥が問えば、高さを測ったシエラが答える。
「そうですね。この高さなら地上へも十分対応できますし、見通しも利きます」
「なら、俺と飛鳥がここに残ろう。シエラはそれを輸送組に伝えて、まず露羽と下りて村に向ってくれ」
 哲心の言に異存が無いことを飛鳥にも確認すると、シエラはゆっくりと高度を下げて輸送組の一行と合流する。

「そうか! いやいやそれはめでてぇ!」
 戸惑うシエラを他所に、喪越がそう叫べば笑い声が一斉に上がる。
「あの‥‥?」
 シエラはそのまま置いてけぼりで、いきなり乾杯の音頭が取られる。輸送組の全員がそれに加わっているのを見ると思わず泣きたくなったシエラだったが、露羽と雫が苦笑しながら近づくのに気付くと、気を取り直して問う。
「その、これは一体?」
「‥‥止める間も無く、始められてしまいました」
 済まなそうに雫が続けるが、適度に体を温めておくのが重要であるとか、これも夜営準備のうちだとかいう理由をつけて、少し前から酒盛りが始まってしまったらしい。そんな理由が出てくること自体、既に酒が入っていたのではと思ったシエラだったが、触れて欲しくなさそうな二人の表情を見てそのまま口を噤む。
「しょうがありませんよね。この寒さときたら、お役目が無ければ私も飲んでしまいたいところでしたし」
 そう露羽に返されてようやく目的を思い出し、シエラは上でのやり取りを二人に告げる。
「なら僕がここを受け持ちます。広場が空いたら、順に下りてもらいますよ」
 そう請け負う雫にこの場は任せ、降下を始めるシエラと露羽であった。

 そんな緩んだ雰囲気であっても、皆熟練の開拓者。森の中、村からその広場へと続く小道に、急拵えの様だが頑丈そうな柵が立てられている。最初にそれに気付いたのは仄だった。
「あれは‥‥ 随分物々しいな」
 何気ない呟きだったが、喪越も鬼限もそれを聞き逃すほど酔い潰れてはいない。
「ふむ。ちと、距離を詰めておくかのう?」
 弓を構える仄と符を取り出す喪越に、静かに問う鬼限。雫にも声を掛けると高度を少し下げ、周囲の警戒を始める。

 降下を始めていたパトリシアが、不意にそれを躊躇った。すかさずシエラは目を閉じ、心眼で様子を探る。
「小屋に何かいます!」
 それを聞いて露羽は手裏剣を構えて周囲に視線を飛ばす。広場に面する場所には茅葺の小屋が一軒、東屋のようなものが一軒。どちらも火の気は無いが、わずかながら確かに小屋の中から気配を感じる。
 シエラと視線を合わせ、その場で旋回を始めて様子を見ようとした刹那。屋根の茅が飛び散り、同時に広場に面する壁が内側から弾け飛ぶ。屋根への攻撃は一行の誰かの仕業だろう。言いたいことは山程あったが、結果的には潜む小屋から追い出すことになったようだ。そして誰かが謝るらしき声が聞こえたが、意識は広場から離さないシエラと露羽。
 その二人を始め、広場を注視していた者が見たものは真っ黒な毛皮の塊だった。壁を突き破って飛び出したが別に慌てた風ではなく、直ぐに体勢を変えて仁王立ちすると、空に向って鋭く長い咆哮を上げる。空気が震えるほどの憤りは受け流したが、雫は別の驚きは隠せずに思わず呟く。
「あれが、熊‥‥?」
 熊などあまり見るものではないが、見間違えるものでもない。それでも、両手を広げた大きさが龍に迫るとあっては明らかに普通ではない。そして更におかしなことに、というか。どうやらアヤカシという訳ではないらしい。
 対応に躊躇したのはほんのわずかな間のみ。それでも降下中だった二人と輸送組が行動を起こす前に、唐突にその長々しい咆哮は断ち切られた。上空から振り下ろされた光刃が化け熊の喉元を貫く。それでも倒れず踏みとどまった化け熊だったが、上体が仰向けに流れたところへ黒い風が滑り込み、その爪が顎を搗ち上げる。同時に紅い炎を宿した刃が翻ると、あっけなく化け熊の頭部は宙を舞っていた。
「凄い‥‥」
 シエラは感嘆の声を上げ、傍まで下りてきた雫も頷くばかり。そして他の一行は拍手喝采でその技を称え、そのまま乾杯に繋がったようだが、それはさておき。
「なるほど。氏族が龍を囲い込みたくなるというのも頷けます」
(「使いこなせるかどうかは別として、ですが」)
 感心しながら露羽が見つめる先では、上空に戻る飛鳥と航路を器用に交差させた哲心がお互いに拳を突き出し打ち合わせ、笑顔を見せていた。

●到着した先で
 最初の遭遇はぎこちなかったが、清風が持たせてくれた紹介状と目録がその場を繕い、紙漉き場の化け熊を倒したことを告げると劇的に変化した。
 村の若者が数人駆け出していったが確認を取るまでも無く、露羽とシエラは村長宅に通される。先ほどの咆哮は村の誰もが身を震わせて聞いていたに違いなく、途中で途切れたことも気付いてはいたのだろう。
「すぐ、食事の用意をいたします。まずはこれでもお飲みになって、疲れを癒してくだされ」
 村長らしき男が、神棚に供えられていた銚子と盃を露羽とシエラに差し出すと、表に出て若い衆への指示を出し始める。怒鳴っているといっても良い大声は、それでも喜びに溢れているのが分かり、怒鳴られたほうも嬉しそうに指示に従い始めているようだ。
 思わず顔を見合わせてしまった二人だが、どちらとも無く笑い出すとお互いに注いだ盃を静かに干す。‥‥それはとても不思議な口当たりをしていた。どうやら酒であるようだが、とろりとした口当たりは不思議と疲れを癒す甘さを含んでいる。黄金色に輝くその雫は、まさに甘露というに相応しい。
 そんなものを口にして、張っていた気が緩んだのだろうか。視線を感じて見回すと、障子の影からこちらをのぞいている子供と目が合う。見たところ、五、六歳くらいの男の子が一人。
「こんばんは」
 露羽とシエラが挨拶をすると、目を大きく見開いて驚いたようだが、おずおずと出てきて炉辺に座る。精一杯、姿勢を正して正座する姿は非常に可愛らしい。
「お行儀良いですね。お名前はなんていうの?」
 尋ねるシエラに、ぼそぼそとした言葉が返るばかり。上手く聞き取れずにもう一度聞こうとしたところに、意を決した男の子の質問が被さる。
「おふたりは、かみさまなの?」
 思わず間の抜けた声を上げそうになるのを、どうにか飲み込むシエラ。それを横目に訳を尋ねる露羽へ、男の子は真摯な目で答える。
「みたこともない、まっかなふくです。さいしょみたとき、あかおにかとおもいました。でも、やまのようにおおきなくまをやっつけてきたんだよと、とうさまがいったのです」
 そこまで言って、あっと口を押さえる男の子。思わず上目遣いで二人を見るが、怒った様子が無いのに気付くと、胸を撫で下ろしてから先を続ける。
「そのおさけは、かみさまのものだから、ふつうのひとはのめないのです。それにおねえさんはみたことがないくらい、きれいなかみのけだし、おにいさんはおねえさんみたいだし‥‥」
 じっと見つめられて恥ずかしくなってきたのか、自分の考えが纏まらなくなってきたのか、言葉はそこで途切れてしまう。だがその目は純真な期待に輝いている。
「私たちは、サ‥‥」
 サンタクロースと言い掛けた所で、動きを止める露羽。不審に感じて振り返るシエラに、小声で確認を取る。
(「この子に渡せそうなプレゼント、持っていますか?」)
(「え? ‥‥あ」)
 真っ赤なサンタクロースの衣装を赤鬼とは、流行とは程遠い村人達が不審に思った訳も解けたようなものだが、この子に対してはどう説明したらよいものか。
「この人たちはな。そう、年神様の見習いというところじゃな」
 何時の間にやら話を聞いていたらしい鬼限が、男の子の頭を撫でて言う。
「まだ神様じゃないけど、見習いだから飲ませていただきました」
 話を合わせる露羽に、シエラもこくこくと頷いて同意を示す。
「‥‥としがみさま、くるのはやくない?」
 おしょうがつまだだよ、と意外に鋭い突っ込みに言葉を詰まらせる二人。
「この村は困っていたようだから、早く来たんだよ」
 それともお前が良い子にしていたからかな、とは後に続く哲心と仄。
「ほら、忘れ物だ。お年玉を忘れては世話が無い」
 飛鳥が放り投げた袋には、独楽やお手玉など、子供向けの玩具が詰まっている。
(「清風さんが入れておいてくれたそうです。あとでお礼、しないといけませんね」)
 こっそりと雫が耳打ちするが、一行に付いてきた子供達に既に囲まれて届いていない様子。
「さて、お子様は年神様に任せて、本格的に飲むとするか。セニョリータは占い得意なんだろ、来年の運勢でも占って貰おうかね」
 そういう喪越を、一瞬見つめて意味ありげに笑う結夏。
 それを聞きつけて話に加わりたそうなシエラは、既に子供達に揉みくちゃにされつつあったが。和やかなまま夜は更けていったようである。