少し早い大掃除の前に
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/01 17:43



■オープニング本文

 −−武天は安神、とある氷屋の奥座敷。
「そろそろ村に戻って大掃除の時期かぁ」
 早々に出した炬燵に入って蜜柑を剥きながら、実(みのり)は独り言ちる。
 この店の名物は、カキ氷にアイスクリンといった冷甘味。変わったところでは最近カキ氷細工(名称募集中)なるものが加わったが、結局のところ「美味しい氷」、これに尽きる。
 ではその氷はどうするかというと、これから冷え込む季節に清水を凍らせて十分な量を確保し、それを一年間氷室で保管しながら少しずつ使うことになる。それなりの大きさの池というか湖の一角を利用して量を用意するのだが、氷の質を確保するための事前の準備が重要だ。落ち葉を取り除いたり、作業に必要な道具の修繕をしたりと、これが地味で根気の必要な作業なのだが。
「冬にならないと作業出来ないのが厳しいよね」
 秋の味覚とか励みがあれば作業も早いのにな、と炬燵に突っ伏して呟いてみる実。そんな格好でも暦を見ながら出発の算段をつけていると、店先から呼び声が掛かる。
「ごめんください。何方かおいででしょうか?」
 こんな寒い日にお客さん? と訝しんでは見るものの、条件反射的に店先まで飛び出す。
「はい、いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
 実はとびきりの笑顔で客を迎えるが、相手は済まなそうに用件を切り出す。
「すみません、今日は言伝を届けにきました。えと、開拓者ギルドからというか、晴さんという少年からというか」
「ギルドから? それに晴って‥‥ まさか村で何か起きたの!?」
 勢い良く身を乗り出す実に驚いて目を瞬かせるが、結夏と名乗った使いの女性は静かに言葉を続ける。
「その、こちらの氷屋さんの氷室に、何かが入り込んでいるから何とかして欲しいとギルドに依頼がありまして」
 意味を掴みかねた実が疑問符を飛ばす中、結夏は続ける。
「氷室の入口の木製の扉が、何やら粉々に砕かれていたとか。ケモノの類の跡では無さそうで、それに氷室の奥から物音が聞こえるのでまだ何かが居るだろうと」
 とにかく急いでギルドに連絡を付けたということらしい。ついでに、片が付くまでは危険だから来ない様に言付けまで頼んだとか。
「村に被害は出ていないということですから安心してください。それでは‥‥」
「待ってください! その、結夏さんは言付けだけしに来たんですか?」
 いえ、このままその村まで行きますが、とまで結夏が答えたところで勢い良く割り込む。
「私も行きます! 一緒に行かせてください!」


■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
ダイフク・チャン(ia0634
16歳・女・サ
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
柏木 くるみ(ia3836
14歳・女・陰
紅蓮丸(ia5392
16歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
雲母(ia6295
20歳・女・陰


■リプレイ本文

●村に向って
 ここ数日と比べると暖かい日和だったが、やはりそこは季節柄。街道沿いに人の姿は少なく、収穫も終わった田畑が広がる景色は物寂しい。依頼を受けた一行はそんな道を、目的の村に向って少々のんびりと歩く。
「アヤカシに酒の味が分かるのかねぇ。‥‥それはそれで勿体ねえんだが」
 ぷかりと輪の形に煙を吹いて鬼灯 仄(ia1257)が苦笑いする。
 氷室に篭った理由がその中身にあるのなら、氷が無い今、貯蔵してある天儀酒か糖蜜が狙いだろうと当たりをつけた。ケモノでなければアヤカシに違いないとは思うのだが。
「物は試しというところだろうな。酒好きの鬼、というのは確かにありそうだが」
 心配事を気にする様子で答える恵皇(ia0150)。話を聞いて天儀酒だけでなく泰国産の古酒も用意してみたが、流石に季節はずれの糖蜜は手に入らなかった。それ自体は仕方がないとしても、相手がはっきりしないというのが些か気になる。結夏の占いに『誤解の暗示』と出ていれば尚更というもの。
「まさに『鬼が出るか、蛇が出るか』と言ったところでござるな」
 からからと笑うのは紅蓮丸(ia5392)。それを想像してしまった鈴木 透子(ia5664)と柏木 くるみ(ia3836)は、思わず顔を見合わせる。式による偵察でそれらを最初に見るのは、多分自分達のはず。
「‥‥結夏殿は遅いな。そろそろ村が見えてくる頃ではないか?」
 道脇に立つ一里塚に目を向けた柳生 右京(ia0970)が呟く。後で追い付きます、と神楽の都で別れた結夏は一向に現れない。早馬か何かで来るつもりだろうが、今のところそんな気配は欠片も無い。
「みゃ? どうしたみゃ、綾香様?」
 一点を見据える飼い猫に声を掛けるダイフク・チャン(ia0634)。その視線の先には、空に浮んだ小さな点が一つ。しかしそれが徐々に大きさを増していくのに気付いた。
「みゃ、みゃみゃ?!」
 その何かは、遥か上空で悠々と頭上を横切った。それが不意に方向を転じたかと思うと、物凄い勢いで降下しながらこちらに向ってくる。
 天を見上げたまま驚きの表情でそれを目で追うダイフク。ある者はその様子を不審に思い、ある者は微かな悲鳴のようなものに気付いて目を向けた先には、こちらに滑空してくる一体の紅い龍。
 皆が呆気に取られている間にその龍は目の高さにまで降りては来たが、着地することなくそのまま一行を大回りに旋回すると、結夏の一言と別の少女の悲鳴を残して飛び去っていった。
「えっと、先に行ってます、と言ってましたね」
 あっという間に木立を飛び越えて視界から消えた方向を見やり、呆然と呟く透子。
「一緒に乗ってた方、大丈夫でしょうか?」
 あたしはあんな乗り方をしたことが無いけど、とくるみが恐る恐る他の一行の顔色を窺えば。驚きを貼り付けたままの顔と苦笑を滲ませた顔が半々くらいに並んでいるところだった。

●情報収集
 晴少年の氷室への不法侵入が事の発端には違いないようだったが、村ではそれ以上に得られる情報は無かった。とはいえ犯行の証拠としては十二分、その顛末に晴少年を締め上げ始めた実を、結夏は静かに諭す。
「晴さんの取った行動は決して褒められたものではありませんが、村にとっては僥倖だったと思いますよ?」
 氷室に引き寄せられる事が無ければ、その何かは既に村まで降りてきていたかも知れない。
 実も人命が何物にも変え難いことは言われるまでも無く。一頻り絞り上げたところで手打ちとし、荷物を抱えて一行と氷室に向かう。

 山道を登り辿り着いた氷室は広場に面していた。脇には小さな泉、少し離れた場所には畑らしき畝。道すがら実に聞いた通りの風景である。‥‥氷室の扉が確かに粉々になっている以外は。
「鬼の足跡らしきものは、見当たらんでござるな」
 風向きを気にした透子が広場の手前で一行を止め、まずは少し離れた場所からの調査となった。
 だが紅蓮丸が呟く通り、見る限り怪しいものは見つけられない。強いて言えば、何か尖った物で地面を引っ掻いた様な形跡が見つかるが、それが何かは見当が付かない。
 軽く地面を蹴りつけ、乾いていることを確認する仄。
「最近、この辺りは雨も降ってねえって話だしなぁ」
「みゃ、足跡残るほど、大きくないのかも知れないみゃ?」
 しぃ、と口先に人差し指を当てるくるみに、慌てて自分の口をふさぐダイフクと、軽く目を眇めて謝る仄。
 既にその隣では、透子が人形を抱えて精神集中を始めている。
「扉の奥は短い通路と部屋が一つだけ。窓とか無いから、結構暗いよ」
 実の言葉に頷く透子の前に、不意に現れる小さな猫。だがその大きさには似合わぬ機敏さを見せ、広場を横切り氷室の奥に走りこむ。
「ま、正体判明も時間の問題だろう」
 便利なものだ、と呟く右京に目配せして次の準備に移ろうとする恵皇は、だが透子が思わず息を呑む様子に気付いてそちらに駆け寄ることになる。

「‥‥カブトムシ?」
 くるみにも確かめてもらった透子がその正体を明かすと、一行の雰囲気は少々緩む。だが続く言葉は、中々刺激的だ。
「角以外に鋏も付いてる。あれで扉、砕いたのかも」
 そう答える透子の顔色は青い。
「‥‥ふむ。まあアヤカシなら、そういうこともあるでござろうか?」
 扉を壊す意味が分からんでござるがと零す紅蓮丸に、透子はふるふると首を振る。
「それははっきりしています。扉が邪魔だったんです」
 首を捻る一行に向かって、くるみが続ける。
「全長二メートルというところですね。超大物、です」
 言葉少なに固まる一行であった。

●誘い出し
 だからと言って、結局やることに変わりはない。狭い氷室内に踏み込む愚は避け、外まで誘き寄せて出てきたところを皆で狙う。
 先ほどの偵察で、どうやら酒類にはほとんど手を付けていないらしいことが分かった。それならばと、村で調達してきた桶に糖蜜をあけて氷室の前に仕掛けることにした。奥まで香りが届くか気になるところではあったが、直ぐに氷室の中から、壁に何やら大きく硬いものがぶつかるような振動が響いてくる。
「結夏は回復支援を頼む。実は‥‥どっか隠れてろ!」
 恵皇の言葉に慌しく返事する結夏と実。実が広場の端まで移動する間も無く、ぎちぎちという妙な音が奥から響く。
「数は三体、間違いねえ。ま、早い者勝ちだな」
 意識を集中して心眼にてその気配を察知する仄。思わず軽口を叩いてみるが、通路から現れる姿とその様子に思わず顔を顰めてしまう。
 現れたそれは、概ね予想通りの形をしていた。突き出る角、両脇に生える短いながらもがっちりと咬み合う鋏。口にあたる部分に突き出た嘴のようなものは、少々予想と異なるかもしれない。だが一番の違和感は、その体の色だろう。光沢ある外殻は、鋼を思い起こす鈍色。まれに光を返すそれは、巨大な斧にも似た雰囲気を滲ませる。
 一匹が顔を出したと思った瞬間、その一匹を押し出すかのように都合三匹が転び出る。それらはあっという間に桶に群がり、その中身を貪り始めた。そしてそれを乾す寸前に、我に返った一行は行動を起こす。
 最初に素早い身のこなしで駆け寄ったのはダイフクだった。果敢に振り下ろした刀は、その外殻を見事に捉える。
「みゃっ!?」
 刃筋の立った一撃だったが、その外殻には傷一つ付かない。それでも打撃は通ったのだろう、痛むそぶりを見せて向きを変える化甲虫。
「立派な鎧みたいだが‥‥ 腹はどうかな?」
 化甲虫の動きに逆らわず、むしろその流れを促すように低い姿勢で横腹を突き上げる恵皇。
 ごろん、ときれいに転がったアヤカシに、続けて斬撃を叩き込むのは仄と右京。
「ちっ、腹も硬えっ!」
 燃える紅葉を撒き散らす仄の刃も、その外殻を切り裂くには至らない。だが同じ場所を狙った右京の刃は見事にその綻びを付き、その根元深くまで刃が突き立つ。
「ここを狙え!」
 後衛に場所を示し様、素早く刀を引き抜き身を翻す右京。
「「縛!」」
 間髪入れず透子と結夏から呪縛の符が放たれ、化甲虫は更に動きを緩慢にする。そして止めとばかり、薄手の刃に続いて火炎の輪が狙い過たず刀傷に炸裂する。紅蓮丸の手裏剣にくるみの式が放つ火輪だ。
 しかしここまで攻撃を受けても、化甲虫は動きを止めない。短く羽ばたくだけで器用に体を浮かせて、難無く態勢を整えてしまった。そしてそのまま羽ばたきを強め、化甲虫は勢いを付けて突進する。
 その鈍さに失笑して軽くかわそうとする右京だったが、後方で実が息を呑むのに気付いてその場に留まる。腰だめに刀を構える真正面に、鈍色の突撃。
「なかなかの突撃だな‥‥ だが、そうでなくては面白くない」
 敢えて受け止めはせず打ち落とした化甲虫は、方向を変えて広場の端まで弾けとんだ。その勢いを利用した交差法であったが、その外殻はまだ健在である。機嫌良さそうに刀を構えなおす右京は、他の二匹も同じように羽ばたき、体を浮かせ始めるのに気付く。だがその向かう方向は、一匹は広場の端に隠れる実、もう一匹は村へと下る山道。
「刃を構えた者を無視するというのか? ‥‥逃げようなどと思うな」
 右京が殺気を乗せた言葉を放つと、それを理解したかのように向きを変える二匹の化甲虫。右京はそれでよい、と声に出さずに呟くと、両手に構えた刀を軽く掲げ、間合いを読み始めた。
「みゃみゃい〜んすらっしゅ!」
 ダイフクによる弐連撃と恵皇の空気撃が、最初の化甲虫に止めを刺す。顔を見合わせ笑みを浮かべる二人だったが、直後に響く破壊音に思わず肩をすくめてしまう。
 振り返った先には、広場を囲む木々が宙を舞う非常識な光景。
 すかさず突撃を繰り出した化甲虫の仕業なのだろう。一匹は右京と仄が押さえ込んで地面に叩きつけたようだが、もう一匹は広場を横切って木立に突っ込んだと言うことらしい。
 紅蓮丸が間一髪、くるみと透子を抱えて飛びのき、結夏も何とか実の手を引き難を逃れる。
「こいつらは私に向かってくる。突進する方向に気をつけてくれ」
「何、次は両方叩き落すさ。追撃頼んだぜ!」
 油断無く二方に視線を配る右京に、ふわりと態勢を整えた化甲虫に舌打ちしつつ檄を飛ばす仄。
 一行は皆、己の位置と化甲虫の位置、今居る位置と数瞬後に転がるであろう位置を素早く確認して行動に移る。その獲物を見据え、己の得物に力を篭めながら。

●退治の後は
「いや、美人の酌だと酒が美味いな」
 良い酒が更に美味くなる、と上機嫌に仄は笑う。
 結局、氷室の扉と広場の木立が数本倒された以外、損害を出さずに化甲虫を退治することが出来た。勿論組み付かれた右京や仄は幾許かの打撃を受けていたが、くるみと結夏の術にて回復済み。氷室の中身も糖蜜以外に大した被害は無く、実の機嫌も良い様だった。
「皆さん、今回は本当にありがとう! 何より村に被害が無くて良かった」
 氷室前での激闘に思うことがあったらしい。すっかり感激した実は、運べて飲める分なら存分に、と秘蔵の天儀酒を蔵から出してくれる。それに化甲虫が村まで降りた時のことを考えたのだろう、晴少年も許してやることにしたようだ。‥‥とても厳しく、釘を刺したようではあるが。
「ここの所、山には入れなかったからこんなものしかないんだけど‥‥」
 酒盛りを始める一行に、晴少年が捕まえてきた鯉を使って料理を振る舞うこととなった。洗いと鯉濃、刺身と濃い目の味噌汁で煮込んだ鍋を中心に、川魚の焼き物や煮物まで振る舞ってくれる。
 残念ながら氷は残ってないということで、年少組は帰り道にお店で存分に冷甘味を食べさせてもらう約束を取り付けるに留まってしまったが。
 またたび酒に気持ち良く酔う猫を交えながら、年長組は賑やかな宴を存分に楽しむこととなったようだ。