|
■オープニング本文 ある朝目が覚めると、おうちの外に何処までもお空へと続く階段を見つけました。 「私も、階段、昇るの‥‥死にたく、無いよ‥‥私、まだ、見つけて、無いの、に‥‥」 それを最後の言葉に、ののかの親友は帰らぬ人となった。 ののかの歌を初めて理解してくれた、大切な人をののかは失ってしまった。 家に居ても親友を思い出すだけ。 ならばとののかは旅に出た。 吟遊詩人として、歌を頼りに様々な街を回る。 幾つもの歌をつくり、曲を奏でた。 ある街で、音楽というものを学問として研究している男と出会う。 彼の系統だった音楽への理解は、ののかに深い影響を与える。 人を喜ばせる音楽、落ち着かせる音楽、悲しみを癒す音楽、疲れを和らげる音楽、ののかは彼から様々なものを学んだ。 それでも、彼は最後まで、ののかの作詞の才能だけは理解が出来ないと、嬉しそうに語っていた。 他の誰にも見えない階段は、恐ろしくて、優しそうで、揺れているようで、がっしりと伸びていて、先は、どんなに目を凝らしても見えません。 彼が死ぬと、ののかは再び旅を続けた。 途中、一人、また一人とののかの仲間は増えていった。 神秘的なののかの歌は、人を魅了して已まない。 だが、ののかは仲間にして欲しいと声をかけてくる者を、決して仲間にはしなかった。 その時既に三人の仲間が居たののかに、仲間入りを断られた女性は理由を激しく問い詰めた。 ののかは言い募る女性を不思議そうに見つめ言った。 「だって、貴女はきっと、私といても楽しくないよ?」 数日後、彼女は行方をくらました。 意を決し、階段に足をかけました。一つ、二つ、三つ、昇るにつれ、どんどん楽しくなっていきます。 跳ねるように、飛ぶように、階段を駆け上がると、また更に楽しくなっていきました。 雀がちゅんちゅん鳴いています。鷹がびゅーっと飛んでいます。 そして何時しか鳥も見えなくなりました。 仲間が五人になった所で、ののかは初めて皆を見渡してみた。 全員、仲間になってと頼んだつもりもなければ、仲間にしてくれと言って来たわけでもない。 気がついたら何時の間にか一緒に居たのだ。 一人は頑強な鎧を身にまとった、如何にもな強面騎士。名をさらむと言った。 一人は神経質そうな顔で、長大な刀を下げた女志士。名をるるみと言った。 一人は何処かぼやーっとした顔のまだ年若い男サムライ。名をほらいと言った。 一人は薄汚れた着物を決して脱ごうとはしない幼い少女。名をめんめと言った。 一人は近寄る事すら困難な程の殺気を周囲に振りまく男。名をろっかと言った。 ののかは問う。 「みんな家に帰らなくていいの?」 五人は異口同音に構わないと答える。 なのでののかはそれ以上この件を口にする事はなかった。 この五人は、亡くなった親友と同じ、ののかの歌をわかってくれる人だったから。 あおい空が真っ黒になって、またあおい空が戻って来てをくりかえし、ふと気がついて階段を振り返ります。 そこには空が広がるだけで、昇ってきたはずの階段は、何時の間にか消えていました。 それでも前に映る景色が綺麗すぎて、戻る事をすら、すぐに忘れてまたのぼり続けます。 そこはもう鳥もいない空。手を伸ばせばきらきら光るお星さまにも手が届きます。 もう誰にも邪魔されない。一番高い所にいるんだと嬉しくなり、大きく呼びかけてみました。 「ねえ、この先はどうなってるの? もう私しかいないから教えて」 返事に代わりに、何処までも続いていた階段は先の方よりがらがらと崩れ始めました。 「お終い?」 答える者はいません。ただ階段の崩れる音と、ずっと先に見える綺麗な綺麗なお日様がぴかぴかと光るだけでした。 五人はののかと出会い、彼女が最初に作った歌『お空のかいだん』を聴いた時、この歌の最後が違う気がし、それをののかに問うてみたのだ。 ののかは不思議そうに彼等に問い返す。 「そうなの?」 彼等は皆、同じ事を考えていた。 『 』 都度ののかはびっくりして、満面の笑みを見せた。 彼等の言葉は、かつて親友がののかに語った言葉そのものであったのだから。 開拓者ギルドは余程の理由がなければ殺人を引き受けない。 だが、その手の依頼者は絶える事がなく、必然的に、ギルドとは関連しないよう計らいつつこういった依頼を斡旋する者が出て来るようになった。 今回開拓者を集めた彼も、そういった者達の中の一人だ。 彼は言う。 吟遊詩人ののかを消せと。 彼女の通った街では、彼女が去った後、爆発的に自殺が増加するのだ。 これを関連付ける理屈は存在しない。 そもそも彼女の歌を聴いた訳でもない人間も死んでいるのだから、これを理由にののかを捕らえる事は出来ない。 しかし、ののかを調べに調べた者の報告にはこうある。 『ののかの歌に深く入れ込んだ者は、ほとんどの場合で周囲への当たりが極めて厳しくなる。人が変わったかのように考え込み、苦悩し、時に周囲に当り散らす。結果、近しい人を追い詰め死に追いやるケースが後を絶たない。そして何より、それを注意した所で改善する様子が一切無い』 ただ、彼女の音楽の才が極めて高いのも事実である。 大抵の者がそうであるように数度聴く程度ならば、単純に歌の素晴らしさに酔いしれるのみで済むので、これまで敢えて公儀が動く事もなかった。 しかし、と彼は言う。 「膨大にすぎる才能を理解せず、ただただ周囲に殺意の種を与え続け当人はそ知らぬふりだと。ふざけるな、てめぇにとっては容易く影響下に入る程度の小さい人間だってな、てめぇなんぞより遙かに一生懸命生きてんだよ」 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
月酌 幻鬼(ia4931)
30歳・男・サ
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
猫宮 京香(ib0927)
25歳・女・弓
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
灰夢(ib3351)
17歳・女・弓
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ
アル・アレティーノ(ib5404)
25歳・女・砲 |
■リプレイ本文 秋桜(ia2482)はこれまであったののか一党の被害まとめを確認し、その調査を行なっていた。 待ち合わせの酒場でアル・アレティーノ(ib5404)が、銃の手入れをしながら内容を問う。 「で、どうだったの?」 「七割確認は取れました」 「七? えらく半端な数値ね」 事が直接被害ではなく、また自殺等恥に類するような話であるので、関係者の口は重く、これでもかなり確認出来た方なのだ。 「全ての裏を取るのは不可能です。それでも‥‥」 口篭る秋桜に、アルが言葉をついでやる。 「少なくとも撃つに充分なだけの材料は揃ったと。確認出来ただけで何人死んでる?」 「‥‥三十二人、です」 「並の人斬り相手なら、きっと街中手配書だらけよ」 確認が取れない者、現在進行形で歌の影響を受けた人間に著しい迷惑を被っている者はこれに含まれない。 と、ののかの仲間を調査していた猫宮 京香(ib0927)も酒場へと戻って来た。 「『めんめ』と『ろっか』の二人以外は、大まかな所は終わりました〜」 内容を確認しつつ、ふと、京香は酒場の隅に佇んでいる灰夢(ib3351)に目をやる。 硬質な雰囲気を崩さず、意識の所在すら虚ろな今にも消え入りそうな彫像。 声をかけるのが憚られる。 それでも確認しなければならない。京香は灰夢の側に歩み寄り、失礼にならないよう気を使いながら口を開く。 「えっと、襲撃に参加してくれると思っていいのですよね?」 灰夢は少し目を伏せ、こくりと小さく頷いた。 藍 舞(ia6207)は最年少の年を利し、町娘に扮してののかの歌を聴いていた。 耳障りの良い響きと、言葉をすら音楽となしうる韻の絶妙さは流石に評判になるだけはあった。 その上で、歌詞で遊ぶ余裕があるというのだから、確かにこれは天才だと唸らざるをえない。 「ふうん、思ったより良い曲ね」 聴衆は惚れ惚れとこれに聞き入っているが、舞はふうと息を吐く。 「でも、何でかしらね? むしろ負けられない気分になってきたわ」 と、舞の目に、同じく歌を聴きにきていたらしい月酌 幻鬼(ia4931)の姿が見えた。 彼は演奏に耳を澄ませているようで、目線のみぼろぼろの衣服を着た奇異な少女、おそらく彼女がめんめであろう、に向けていた。 ののかの五人の仲間は、幾人かは聴衆に紛れているようだ。 用心深いというよりは、恐らくだが以前に嫌な目に遭ったせいだろうと思われた。 歌が一段落すると、幻鬼はふらりと人ごみより立ち去って行った。 皆で集まって色々話す時は、こんな依頼にも陽気に立ち回る人だと思われたのだが、今立ち去って行った姿からは、そんなとっつき易さも感じられない。 何処か納得したような顔で舞は呟く。 「何とも、含蓄のある人よね」 色 愛(ib3722)は、単身ののか一味への潜入を試みていた。 斡旋者による事前調査の情報を持っていた愛は、ののかに自分の希望を告げた後、返事も聞かずそのまま同行してしまう。 恐ろしい事に、誰からも文句は出なかった。 キツめの外見に似合わず、案外に面倒見の良いるるみが、ちょっと特殊な一行の衣食住を説明してくれた。 めんめは、手持ちの甘いものを食べさせてやると、衣服のぼろが気にならないぐらい可愛らしく笑った。 調理担当、薪を集める担当、歌唱時の護衛、聴衆に紛れ怪しい人物を探す等々、仕事は都度簡単な話し合いで役割を決め、各人ごと払う労力に差があるにも関わらず、皆特に不満も漏らさずこの生活を続けているらしい。 思っていたより常識的な一行である、というのが数日を共にした愛の印象だ。 愛が行動に出たのは、ののかとさらむ、そして愛の三人のみとなった時だ。 思い切ってお空のかいだんの歌詞に関し自分の思う所を告げた所、ののかではなくさらむが口を開く。 「‥‥お前の目的はそんな事ではないだろう。いきなり斬ったりはせんから言いたい事を言ったらどうだ」 肩をすくめる愛。 「貴方にいきなり斬られるような覚えはないわよ。私は、ののかの考えてる事に興味があるってだけよ」 「そいつは聞くだけ無駄だ。未だに俺にも良くわからんのだからな」 どうやら警戒されているらしいが、だからと毛嫌いされているような気配でもない。 ののかはむすーっとした顔でさらむに抗議する。 「別に変な事なんて考えてないよ。歌を歌って、喜んでくれる人が居て、それでご飯が食べれればいいなって。それだけ」 愛はもうここが限界点であろうと考える。もう少し粘れるかどうか、それは当事者にしかわからぬ微細で曖昧な感覚だ。 現場に居てこそ判断出来る機微を、シノビである愛は、正確に、確実に受け止めていた。 「結果、誰かが悲しむような事になっても?」 「え?」 愛の知人がののかの歌によって変貌してしまい、自らの命を絶ったと伝える。 一瞬、二人の表情が硬くなる。これは、初めて聞いた話題への反応ではなく、似た話を聞かされた事のある反応だ。 結局、その後情理を尽くして説得を試みた歌詞改変要求への返答は、拒絶であった。 煉谷 耀(ib3229)は、ののか一行の元を離れる愛の足音を聞きながら、ほうと胸をなでおろす。 超越感覚が許すギリギリの距離で一行の動向を監視していた耀は、最悪愛を助けにあの場に突っ込むつもりであったのだから。 中でもろっかという男の鋭さは並大抵のものではなく、監視は相当苦労させられたものだ。 『ともかく、これで万端整ったというわけだな‥‥己の踏んだ階梯を省み、他人の階段の存在を知り得る事ができれば、結果は違っていたかもしれぬが』 付近の地形も確認し奇襲の可否も確認し終えた。後は、やるだけだ。 正面より挑む面々は幻鬼、舞、耀、愛の四人。 ののか一行はともかく迎撃をと各々が動き、ののかは後衛にて歌を歌い始める。 それが見て取れる程、残る五人の動きが良くなる。 と、ろっかが叫ぶ。 「下がれほらい! まだ敵はいるぞ!」 しかし、既に充分な距離へと迫っていた秋桜は一息に本陣ののかを狙い飛び出す。 同時に放たれる二矢。 京香と灰夢のそれだ。 身を捩りこれらをかわそうとしたののかだが、どれ一つ避けられず傷を負う。 そこで、ほらいがののかに襲い掛かる秋桜に斬りかかる。 ただの一振りで秋桜は理解した。無理して抜きにかかれば座視しえぬ怪我を負うのは秋桜の方だと。 それでもこちらには弓射が二人、そして。 ののかを守るように立つほらいの肩が、轟音と共に弾ける。 砲術士アルの銃撃である。 「しかしあれだね、初めての依頼で人狙うことになるとは思わなかった。まっ、請けた以上はやるだけだけど」 射撃組の存在は、前衛を支える面々をただそれだけで援護しうる。 ののか一行の前衛達が焦燥に駆られているのがわかった。 それでも、愛は対峙したるるみを斬るのではなく、抑える為に刀を振るう。それが、彼女の規範なのだろう。 舞は、前に立つろっかが恐ろしくてならない。 これまでこんなにも剥き出しで、底冷えのするような殺気を感じた事などなかったのだから。 「怖い、怖いわ。でも負けない! 乗り、越える!」 自らを守る本能にすら抗い、死を予感させる間合いへと勇躍踏み込んでいく。 元より防御は性に合わないのだ。 果たしてろっかもまた両手に持った双剣を受けにではなく攻撃に専心させ振るってくる。 全く同タイプ。前へ出て、速度と手数で敵を圧倒する軽戦士の動き。 だからこそ、ろっかの考えている事が理解出来た。 その剣筋からののかを守る為舞を殺すと考えている事が、歩法からすぐに殺してののかを狙う弓術師を殺すと考えている事が、そして、僅かに舞が動きでろっかを凌駕している事が。 前へと出たからこそ、勇気を出して踏み込んだからこそ理解出来た事だった。 もちろん舞の意志もろっかにも伝わっている。言葉ではなく刀でもなく、殺意で二人は会話を交わしていたのだ。 灰夢の矢は、ただ作業のようにののかを射抜いていく。 集中力が続く限り、少しでもはやく矢を番え、弓を引き、これを放つ。 一本、また一本とののかの体に矢が突き刺さっていく。 矢筒より矢を取り出し、指の先端で軽くこれを跳ねさせ、先端がくるりと前を向くに合わせ弓を持つ手で掴む。 矢の固定を指先の感覚のみで確認し、全身を開いて弓を引き絞る。 この時、既に視線は標的を捉えている。 見ている、のとはまた少し違う。 もちろん見てはいるが、ののかの動きを捉えるのは、普段物を見ている視線とはまるで違うものだ。 空間を捉える為には、標的のみを見ていては上手くいかない。 比較対象物があって初めて距離を知る事が出来るという話だが、それだけでは決して説明がつかぬ命中率を、弓術師たる灰夢には要求されているのだ。 感じる、そう言葉にするのが一番しっくりくる感覚で狙いを定め、体を開く挙動で生じるブレが収まった瞬間矢を放つ。 そこに、余計な感情は存在しなかった。 幻鬼と対峙しためんめは、少女らしい面影は鳴りを潜め、ただ冷徹に幻鬼を見据える。 一言、死を交える前に幻鬼は問う。 「めんめ、おまえは人を何人殺したことがある‥‥?」 「‥‥? 数えたこと、ない」 幻鬼の構えに押されたのか、動かぬまま答えるめんめ。 何が嬉しいのか、幻鬼は僅かに笑った後、大斧の先端をかすめるように振るう。 めんめはこれをくぐり、伸びきった幻鬼の左腕を取る。 咄嗟に片手に持ち替えた幻鬼の大斧は、円を描きつつ両断せんばかりの勢いで縦に振り下ろされ、取られた左腕は、折られても構わぬと体に引き寄せられる。 めんめは大きく後ろに下がり、振りの大きい大斧の決して間に合わぬ速度で再度の踏み込みを。 幻鬼もまた斧先を大地に下げたまま、斧を両逆手に持ち交錯する。 或いは、めんめが人を殺し得る踏み込みの深さを知らなければ、こうまで深い傷を負う事もなかったろう。 脇腹を抉りとられためんめは大地に伏し、苦しそうに口を開くのみ。 水筒を差し出し、幻鬼は優しげに言った。 「飲むか‥‥?」 既に自分で飲む事も出来ぬめんめにこれを飲ませてやり呟く。 「最後はなんだかんだで二人とも無事に生きてたら良かったんだがな‥‥」 ののかに強烈な一撃は通した、そう確信した秋桜は、ののかは射撃組に任せほらいと刃を交える。 ほらいの切っ先が衣服を薄く斬り裂く。 元より防御薄紙のようと比喩される程、軽装甲というか無装甲に近い状態である。 受ける止めるは考えず、身のこなしと刀捌きのみにて凌ぎきる。 斜めに仰け反り袈裟斬りをかわしつつ、無理な体勢のまま逆手に持った刀を振り上げる。 ほらいの腕を刃が走る。 同時にほらいの体を軽く押す。 重心の位置を読みきった上でのこれは、なでるようなものでありながら大きくほらいを崩す。 前へとつんのめりながら踏み出した足で堪え、振り返るほらいの更に後ろに回るよう、大地を滑るように移動する秋桜。 刀の間合いで打ち合ったら、この敵相手に打ち勝つのは至難。 極めて近接したこの間合い、そして。 「ちいっ!?」 まるで距離位置関係無く振り上げられたほらいの逆袈裟が、逸らしにかかった刀を弾き、腕を、肩を深く斬り裂く。 同時に距離をあけられる事になるが、それで優位に立ったとほらいが考えた瞬間、遠間より奇怪な音と共に手裏剣が飛ぶ。 つまり、刀の届かぬ遠距離も、秋桜の間合いだという事だ。 アルは先にほらいを狙い倒すつもりであったのだが、どうやら敵が存外手強いのは吟遊詩人ののかの力であると察し、まずこれを落とすべく銃を構える。 まあ、近接格闘中の敵を味方に当てず狙うのがキツイというのもちょびっとあったりしたが。 懐より弾を取り出し口で紙袋を食い千切る。 千切った反動で銃に手を寄せ火薬を装填、蓋を閉めると、ここからが職人芸だ。 銃の台尻を大地につきつつ、銃身を滑らせるように手を走らせ、先端より弾と火薬を詰める。 込め矢を何回の挙動で抜くのか、これは各人それぞれであるが、この回数を決して間違えてはならない。 込め矢を抜き、銃口より差し入れ押し込む操作は威力と命中精度に大きく関わってくるのだから。 常と同じ動作を繰り返す事が何より肝要。 込め矢を納めた後は、台尻が胸元を添うようにしながら持ち上げ、右手で打ち金を倒しながら台尻を掴み、構える。 バカンッ、と小気味良い音が響くと、すぐに立ち位置を移動する。 「スナイパーは自分の場所を悟られたら負けってねー」 耀が相手をしたさらむは、流石に騎士なだけあってその動きに迷いも揺れも見られない。 そのまま戦っては剣術に長けたさらむに一日の長があろう。 ならどうするか。 武器の取り回しの軽さを利し、出入りによってこれを崩す。 正面のみの限定された空間ではなく、八方を戦場とし大剣の間合いをまず潰す。 円月輪を片手指にかけ、見せ弾にしつつ左方より踏み込む。 鋭く伸ばした短剣を防がんとするさらむの大剣。 この表面を滑らせ、持ち手を狙う。 手首を返し手甲にて受けるさらむは、片眉を潜めながら後退する。 逆手の円月輪を耀が至近距離にて放ち、足を刻んだせいである。 追撃。 振るわれた大剣を、威力が乗り切る前に脇腹にこちらから当てにかかる。 青あざぐらいは出来たろう。 そのまま剣の柄を掴みつつ引いてやると、豪腕を誇るさらむとてたたらを踏まずにはおれず。 逆手に持った短剣を首元へ突き立てるのに、絶好の好機となったのであった。 最後の最後まで、歌い続けていたのは何故だったのだろう。 仲間への歌が、戦線を維持する重要な要素である事は彼女も理解していたのだろう。 だが、それにしてもと京香は思う。 体中に矢が突き刺さり、銃弾による大穴から滴る血が足元を染め上げていようとも、ののかの歌に乱れは無かった。 青ざめた顔、足元は震え、肌は血の気を失い蒼白になっている。 それでも急所だけはと動き続けていた彼女の動きが、止まった。 京香と目が合った。 限界まで引き絞った弦。弓射はこの引き絞るに合わせて自らの気を高める。 であれば、射ち放つのも常と変わらぬ調子でなければならない。 にも関わらず一度手を止めたのは、ののかの表情を目に焼き付けておきたかったからかもしれない。 「残念ですがこれが依頼ですので‥‥ごめんなさいね〜? せめてこれ以上苦しまないようにはしてあげますので〜」 赦しを請うでなく、無念を呪うでなく、生を諦念するでなく、矢を見つめる彼女の顔は、とても深く印象に残った。 あの歌、本当は聴いた人が最後どうなるかを考える歌なんだよ。 でもそれだとみんなわかりずらいからって、今歌ってるのは私の考える最後を歌う事にしたの。 一人生き残ったるるみが考えた最後は、結局昇るのを諦め引き返す、であった。 |