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■オープニング本文 犬型アヤカシ。犬と狼はそもそもが間違いやすいが、アヤカシともなるとよりわからなくなる。 何せ犬歯が派手に伸びてくれているので、もうお前素直に狼名乗れと言いたくなってくる。 しかし、それぞれに詳しい人間から見れば一目瞭然らしい。 それはそれで不思議な世界であるが、今回退治を依頼されたのはその犬アヤカシの群である。 犬だから狼より弱い、なんて事は全然無く、俊敏な動作も、喰らい付く牙も、斬り裂く爪も、人を殺傷しうるに充分なものなのだ。 犬アヤカシの群の先頭に、一際巨大な影がある。 形状は犬アヤカシに似ており、そのまま大きくしたといった感じだ。 しかし影の大きさは犬の遙か頭上にまで至っている。 何故か。 それは、その大犬アヤカシが、直立二足歩行をしているせいセ。 どういう理屈か頭に鉢巻を締め、だるっそうにぷらぷらと先頭を歩いている。 ふと、大犬アヤカシは振り返る。 つい先程周辺にエサを探しに行かせた群は、少しだけ疲れたように大犬アヤカシの後に続いている。 突然、内の一匹を、大犬アヤカシが掴み上げる。 不自然さを全く感じなかったのだが、そう、その一匹だけは、狼アヤカシであったのだ。 立てコラァ! とばかりに首根っこを引っつかみ、狼アヤカシを引きずり上げる。 狼アヤカシは後ろ足二本のみが辛うじて大地についている状態。大犬アヤカシにとっての立っている状態になっている。 と、右の手に唾を吐きかけたかと思うと、大犬アヤカシは狼アヤカシを掴んでいた手を離す。 正に閃光のごとき拳。 スナップを利かせた左で一撃くれた後、ほぼ同時に渾身の右を狼アヤカシにぶちこんだ。 どうしたぁ、かかって来いやあ! とでも言わんばかりに両手を前に翳したまま、軽快にステップを踏む。 しかし、狼アヤカシは最初の二撃で中身を粉砕されたのか、びくんびくんと跳ねた後、動かなくなってしまった。 けっ、つまらねえ野朗だ、と思ってるかどうかは定かではないが、狼アヤカシに唾を吐き捨て、大犬アヤカシは振り向き先へと進んでいった。 犬アヤカシの群の侵攻速度はさして早くは無い。 同じアヤカシであろうと、近くを根城にするケモノであろうと、全てを撃滅してから移動しているせいだ。 基本的には大犬アヤカシが敵の主力を粉砕し、残る犬アヤカシ達が蹴散らすといった形である。 この犬アヤカシの群に対し、どうやら進行方向と被ってしまっているらしいとわかった村は恐れおののき、開拓者を雇う事に決めたのだ。 勇敢な村人が偵察した所によると、あの犬とはとても認める気にならない大犬アヤカシはともかく、他の犬アヤカシは口さえ開かなければただの犬にしか見えないらしい。 レトリバー、シェパード、ドーベルマンといった如何にもな犬アヤカシから、チャウチャウ、チワワ、プードルといった人を食うとはとても思えぬような犬までいる。 気候環境なぞ様々なものを無視する辺り、流石アヤカシといった所であるが、あまりに統一感の無い一行からは、二本足で立つリーダーも含め恐怖を感じずらい。 おかげで遠眼鏡で探りを入れていた村人も、危うく油断して見つかりそうになってしまった程だ。 しかし、あれがアヤカシである事に変わりはなく、村へと至る一本道をじわじわと進んでいるのも事実なのだ。 幸い、まだ村までは距離があるので、開拓者達は邪魔の入らない開けた場所でこれを迎え撃つ事が出来る。 実にふざけた連中だが、配下の犬アヤカシは数も多いので、係員は朋友の使用許可を出す。 非常に好戦的な連中なので、逃げられる可能性も低く、完膚なきまで叩きのめすよう係員は開拓者達に伝えるのだった。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓 |
■リプレイ本文 フィン・ファルスト(ib0979)は空にて龍にまたがりながら暢気な声で言った。 「ボクシングするわんこ‥‥ちょっと興味あるなぁ」 グライダーに乗る朱鳳院 龍影(ib3148)は、そんなものかと肩をすくめる。 「犬か‥‥別にどうってこともないが‥‥」 アヤカシはアヤカシと割り切るタチらしい。 朽葉・生(ib2229)は少し考えた後、視界に入ったソレを指差す。 「‥‥犬?」 目標犬の群発見。その中に一際巨大な、直立二足歩行する犬っぽいモノが。 前後左右にフットワークしながら頭を大きく振っており、時々狙い済ましたような拳を放つ。 フィンは心底より叫んだ。 「アレをスーパードッグと呼べるかー!」 一方、地上組も目標を捕捉していた。 鬼灯 恵那(ia6686)はこれらを見渡し、至極まっとうな反応を見せる。 「おー、大きいの以外はホント普通の犬みたい。てか犬ってこんなに種類いるんだね。一遍に見ると面白いなー」 人妖の翠華が訝しげな顔をしている。 『‥‥これを機に犬を飼おうとか言いませんよね。ダメですよ、誰がお世話すると思ってるんですか?』 「や、いらないいらない。躾とかめんどくさそうだし」 神町・桜(ia0020)も、それほど強く衝撃を受けた様子はない。 「やれやれ、猫の次は犬かの。この次は何が出てくるのやら‥‥」 胸元からにゅっと顔を出すは猫又の桜花だ。 『きっともふらにゃね』 そして、かなり衝撃的な視界にやられている菊池 志郎(ia5584)。 「あれは最強です‥‥っ」 子犬やらの尻尾がふりふりされているのが、洒落になってないらしい。 忍犬初霜のじと目でようやく自分を取り戻す。 「み、見とれていた訳ではないですよ、ジルベリア風の犬が珍しかっただけで!」 犬神・彼方(ia0218)も、冷静ではいられず頬をひくつかせている。 「なぁんともはや‥‥俺に喧嘩を売ってるのかぁねぇ、こいつは‥‥いいぜぇ、その喧嘩、買ってぇやるよ!!」 相当にキレてる。犬大好きなだけに、アヤカシで、しかも意味のわからん犬モドキが許せぬらしい。 からす(ia6525)は、ふと思い出したように呟く。 「地方によっては犬を食糧とする処もあるそうだ」 びくんと初霜、彼方の忍犬黒曜が反応する。 「まあアヤカシは喰えないが」 そう付け加えるも、二匹の警戒が薄れることはなかったそうな。 彼方は半ば以上ぶちキレながら大犬と対するも、先制の一撃をもらった所で少々認識を改める。 槍で完璧以上に受け止めてやったが、その重さはかなりのものだったのだ。 それに動きが滅法速い。 巨体を思わせぬ俊敏さで踏み込み、渾身の一打を入れると足捌きも見えぬ程の速さで後退する。 脇腹を抉るような一撃に、思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。 槍で抑えたものの衝撃は鎧を貫通し、彼方を貫いていったのだ。 ただの一撃で足に来かねない威力だ。 彼方は槍先を下に、両手を大きく開いて柄を掴む。 足を開き半身になって構えるは、痛打にも負けぬ不動の構え。 出入りのタイミングは先の一撃で掴んでいる。 とーんとーんと跳ね間合いを計る大犬の足元が、それまでより僅かに深く沈みこむのを、彼方は見逃さなかった。 大犬が出ると同時に、十文字槍を突き出す。 両脇に伸びた二本の刃が、大犬が左右へと逃れる余地を奪った為、大犬はかわしきれず片足を抉られてしまう。 瘴気をすら纏った一撃は、決して軽視出来るものではないはずなのだが、大犬の動きが乱れる事はない。 たっぱの差か、この間合いからでも大犬は上体を前に倒し腕を振るう。 伸び上がるようなこの一撃を、急所のみ辛うじてかわすも肩先を引っ掛けられ、半回転してしまう彼方。 踏ん張る両足が大地を滑るが、しかしこれはちょうど殴りぬける大犬に対する形にもなれるので、体勢をだけ崩さぬようにしつつ敢えてこの勢いに逆らわず。 それでも、大犬の次撃が速いはず。 突然、大犬が一度大きく後ろに下がる。 黒曜が先程彼方が抉った傷口を、更に斬り裂いていたのだ。 警戒対象が増えた為、動きの止まった大犬に、漆黒の炎が襲い掛かる。 桜の猫又、桜花の技である。 『ふ、我に隙を見せるとはいい度胸にゃ!』 桜は改めて近くで見るこの大犬に、ため息と共に苦情を漏らす。 「しかし大きい犬というのは可愛くないものじゃのぉ。や、可愛くても嫌じゃが」 『可愛さでは猫の勝ちにゃね。犬は猫には勝てないことを教えてやるにゃ!』 彼方と黒曜が一人と一匹をじとーっと見ていたり。 「‥‥悪かったぁな、大きくて」 『‥‥‥‥』 一瞬の間の後、誤魔化すように大薙刀を構える桜。 「と、ともかくっ! 巫女とて白兵戦は出来るのじゃ!」 大犬は、ほほう、ならばかかってくるがいい、とばかりに手首をくいっくいっと動かす。 「と見せかけて力の歪みじゃー!」 くいくいやってた手が、あらぬ方向にぐにゃりと曲がっていく。 何とか骨折は根性で免れたが、大犬は激怒して桜の方へと向かっていく。 大慌ての桜花が閃光の術を放つ。 『にゃ、来るんじゃないにゃ! 目くらましにゃ!』 が、それでも大犬パンチの鋭さは失われず。 ついでに、桜の後ろからは他犬アヤカシが数匹駆け寄ってくるではないか。 「前は任せぇろ!」 駆け寄ってきた彼方が大犬の真横より一撃くれてふっ飛ばし、桜は背後より迫る犬に薙刀を立てる事で噛み付きを防ぐ。 そこで、ようやく鉄壁が現れてくれる。 これで、以上の増援を、そしてこちらから外に向けての大犬の侵攻を、防ぐ事が出来る。 彼方の治療を行いながら、桜は少々の不利を悟る。 出来ればこちらはこちらだけで片付けてやりたかったが、どうもこの大犬、中級アヤカシの名に恥じぬ実力者であるようだ。 外見はさておき。 朽葉・生(ib2229)の初手は、犬アヤカシと大犬アヤカシを分断する事であった。 鉄の壁を構築するアイアンウォールは敵の分断には最適の術であるが、何せ詠唱に時間がかかるので、計画的な運用が必須となる。 すぐさま傍らに控えさせていた駿龍ボレアにひらりと飛び乗る。 鉄壁は高さ18尺(約5メートル)近くもあり、空に飛ばねば壁の向こうを確認するのは難しい。 見てみると、やはり数匹は大犬の方に残ってしまったようだ。 申し訳ないが、あちらはあちらで対処してもらうしかない。 空から見下ろすもう一つの利点は、敵の配置が良くわかるという点だ。 地上のからすに目配せする。 上から生が、広範囲を巻き込む事が可能な位置を確認し、吹雪の嵐の術を唱えた。 同時に、その範囲へとからすが乱射を射ち込む。 これならば味方を巻き込む恐れもない。 他の皆のように犬にそれほどの思い入れもなく、アヤカシと断じる事が出来る生の術は、荒れ狂う猛吹雪を呼び、五匹の犬をまとめて凍えさせる。 急激な戦闘機動を取っているでもないので、ボレアも指示に対し完璧に応えてくれている。おかげで射角がすこぶる取り易い。 アイアンウォール、ブリザーストーム、共に練力消費激しいのが難点だが、それでも複数匹をまとめて攻撃する事が出来るなら、練力効率は他の術を凌ぐ。 数が減り始めてからではこの効率も落ちるだろう。 そんな冷静な判断の元、丁寧に、的確に、地獄の豪雪を敵へと誘う。 また、雪の粒の合間を縫って飛ぶ矢の嵐が冷え凍え硬くなった敵の皮膚を割るように引き裂いていく。 「降り注げ赤き雨」 からすが放つ乱射は、正確に表記するなら『乱』というのは相応しくない。 乱雑に放たれた矢では決してなく、無造作に撃っているようで鏃が敵を捉える正確さは弓射らしい鋭さを伴っている。 もっとも、当人に言わせればこんな精度ではとても弓射とは言えぬという所であろうが。 ふと、からすの肩に乗っていた人妖琴音が読んでいた本を閉じる。 現状、効果的に何か出来る事があるわけでもなかったのでそうしていたのだが、琴音は主の射撃の邪魔にならぬタイミングでぽつりと漏らす。 「‥‥もしかして、連れてくる朋友間違えた?」 からすは無言のまま表情を変えず。 しかし、一筋頬を伝う汗が、主のほんの少しの動揺を伝えていた。 「珍しい事もあるもんだ」 空を飛ばずとも問題はない。犬アヤカシの攻撃対象になるかもしれぬ所が問題といえば問題であるが、からすの技量ならばこれを凌ぐのも不可能な話ではない。 物事に動じぬというのは、単に反応が鈍いという事ではなしえない。 思わぬ事態に遭遇した時、いきなりの事だろうとその時出来る最大限を、淡々とこなす事が出来るという意味でもあるのだ。 それでも琴音に役割を作ってやれなかった事を申し訳ないと思う分が、一筋の汗なのであった。 さておき、二人による範囲攻撃は、確実に犬アヤカシの群を削ぎ落としていた。 数による圧差は、こうして見る間に埋められていった。 龍影はグライダー『ブレイズヴァーミリオン』を駆る。 秦の龍を模したグライダーは、犬アヤカシの塊へと飛び込んでいく。 最も地表近くまで降下した所で反転しつつ、練力の篭もった叫びを。 大気が震え、これを耳にした者の情動を激しく揺り動かす。 抗しきれぬ犬アヤカシがグライダーの後に続くが、ブレイズヴァーミリオンの宝珠が光り輝く。 急速な推力増加に、危うく首を真後ろにもっていかれそうになりながら、龍影は地上から追いすがらんとする犬をあっさりと振り切り、範囲攻撃組に任せる。 何時も思う。 この急加速の時、顔といわず体といわず、前面から襲い来る圧力は一体何なのだろうかと。 まるで深海の中を進むかのように重苦しく、それでいて人肌のような柔らかさを持つ抵抗、そう抵抗としか言いようがない。 伝え聞いた話によると、これは空気の壁らしいのだが、そう言われても今一ぴんと来ない。 速度を上げる限り吹き続ける暴風、そう言われた方がしっくり来るかもしれない。 これさえなければもっと高速機動が楽になるのにとぼやくも、同速度であるのなら相手も同じものをもらっているので、それで我慢する事にしている。 咆哮を用い、生やからすの範囲攻撃をしやすく誘導を重ねていたが、そろそろこれも難しくなってくるとこの戦術に固執せず、次なる手立てを。 鮮やかな赤と白に彩られた弓を引き、上空より射下ろす。 元より紅に染まった衣服をまとい、グライダーもまたこれに倣っているせいか、とかく目立つ。 空の青に、龍影の全てが赤々しく映える。 ちなみに、この巨大な胸でどうやって弓を引いているのかに関しては、世界は秘密と神秘に満ちているという事で一つ。 範囲攻撃組はかなりの戦果を上げているものの、近接攻撃組は苦戦を強いられていた。 駿龍バックスに乗り空を舞うフィンに向け、ひゃんひゃんと威嚇の声をあげる犬アヤカシ。 「う‥‥アヤカシのくせにこんな姿にならなくても」 範囲攻撃を最大限活かすよう、龍影の動きにも気を配って動いていた最初の内は良かったが、個別に敵を討たねばならぬ段になると、どうにもやりにくくて仕方が無い。 地上に降り、攻撃を仕掛けつつ範囲攻撃の標的にならぬよう、すぐに龍に飛び乗って離脱を繰り返していたのだが、そろそろかと龍から降りたまま長大なポールハンマーを振り回す。 バックスは充分に仕事を果たしてくれた。今度はこちらの番なのだが、どうにも気合を入れずらいのも確かだ。 抱き上げたらもふもふまっくすなんだろうなーとか思える子犬が、健気な様で飛びかかってくる。 思わず抱きとめたくなるのを我慢してポールハンマーをかざすと、これに、不似合いな程長く鋭い牙でかみついてきた。 「むしろ怖いわー!?」 力任せにふりほどいた後、ハンマーで全力つっこみ。 ばっこーんと子犬はふっ飛んでいった。 不意に背後で聞きなれた羽ばたき音が。 驚き振り返ると、背後より迫っていたシェパードを、バックスが力強く羽ばたく事で牽制してくれていたのだ。 「よーっし、やるぞバックス!」 もう外見なんぞに惑わされずに済みそうだ。 集中し、犬の踏み切りの瞬間と距離を見切る。 飛び込んできた犬に、長柄槌をかざし押し付けるように一歩踏み出す。 今度は噛み付く事すら許さずこれを弾き飛ばし、すかさず両腕を回すと頭上で槌が唸りを上げる。 位置、距離、問題なし。 いずれも柄を持つ位置を操作すれば自在にこれを操れるのだ。 そして槌部の重量を利したフルスイングを叩き込み、自慢の豪腕をこれでもかと披露する。 「さーどっからでもかかって来い!」 こうしてフィンはアヤカシ攻撃に集中する事が出来たのだが、どうにも難しいのが一人。 志郎は、弱点である尻尾を出来るだけ見ないようにしつつ、犬アヤカシに対する。 何故か苦手な犬種ばかりが周囲を取り囲んでいる。 「‥‥なーぜーでーすーかー」 ちょっとでも気を抜けば、ここを楽園と勘違いしてしまいそうな程のもふもふ攻撃。 じゃれ付くようにふりふりと尻尾を振ってないだけまだマシと、無理矢理思い込む。 常時範囲攻撃を狙う二人の射線を意識しつつ、攻撃範囲よりはずれた敵を狙うべく犬の群を走り抜ける。 いや別に可愛い犬から逃げたわけでは決してない。 移動しながらの攻撃は、志郎の最も得意とする所である。 乱戦の最中で届かぬ敵に、シノビらしい俊敏さと共に迫りこれを仕留める。 特に大きな犬には、影のごとく忍び寄り、敵にそれと知られぬ間に急所を刺し貫く。 敵集団の中に突っ込む形になってしまうが、時にアイアンウォールを背に、時にまるで瞬間移動したかのごとき常軌を逸した動きで凌ぎ、注意すべき敵を確実に一体ずつ倒していく。 これに付き従う初霜は、忍犬とはいえ志郎の後を追い続けるのは至難の技であった。 志郎はさして派手な体術は用いないものの、いぶし銀とでもいうべき細かな神技を積み重ね、忍犬とてそう容易く追いきれぬ移動を繰り返してきたのだから。 それでも、必死にこれを追い、役目を果たすべく志郎の死角を援護する初霜。 他の犬に心惹かれた自らがちょっと恥ずかしいとか思う志郎は、仕事が終わったら初霜をたっぷり労ってやろうと心に決めるのだった。 近接組最後の一人恵那は、人妖の翠華に背後の監視を任せつつ、可愛いかろうと何だろうと委細構わずずんばらりと斬って捨てている。 飛び込もうと間合いを詰めてきた犬に、一歩踏み込み飛びかかる前に頭部を縦に絶つ。 「犬はねぇ。忠犬なら大好きなんだけど、狂犬は好きじゃないんだよねー」 その姿勢のまま真横に体を振ると、大地に触れていた刀が体重に引かれ逆袈裟に飛び上がる。 『ちょっと意外です。‥‥恵那さんなら狂犬は遠慮なく斬れるから好き、とか言うかと思いましたけど‥‥』 真横より迫っていた犬をこれで顎から吹き飛ばす。 「だって人間じゃないじゃんアレ。狂犬は狂犬でも獣とかアヤカシじゃねー」 更に、刀が伸びる先より犬が迫る。 『もう‥‥、そんな拘りいりませんよ』 突きに最適な位置だが、次に繋ぐ事を考えた恵那は、犬の顎下に刀を沿わせるように当てる。 受けに近い形だが、恵那の狙いはあくまで攻撃。ここで翠華より敵接近警報あり。 顎から首裏にかけてを、半回転しつつ引き斬る。 これは同時に後ろを振り向く挙動であり、飛びかかってきた犬の牙は、刀の柄で強打する事で弾いて見せる。 「隙を見て襲うのはいいけど、故意に見せた隙にも飛びかかってくるし、駆け引きの余地も、楽しむ余裕も無いじゃどうしようもないよね」 実力差があるとはいえ、敵は殺意溢れるアヤカシだ。 そんな最中、夕餉の食器を片付けるような気安さで、次々アヤカシを屠っていく恵那。 流麗で、見事にすぎる剣術ではあるが、確かに今の恵那は最も強い恵那ではない。 笑顔のまま殺意と鬼気を撒き散らし、流血をまとう剣姫の姿とは、似て非なるものであった。 彼方の豪槍より、もう何度目になるか瘴気の渦が吹き上がる。 「いい加減落ちろってぇの!」 大犬の両足は既に随所が崩れかけているのだが、ピーカーブースタイルが崩れる様子は無い。 寸前、桜の真っ白き閃光と、桜花の黒炎が入り混じった術撃が大犬を襲う。 弾け、燃え上がる大犬に、彼方は頭上で槍を数回転させながら迫る。 仕掛ける間を読ませぬ程の回転速度から繰り出された薙ぎ払いは、大犬の足の付け根に深々と食い込んだ。 上空より叫び声が。 「そのまま抑えておくのじゃ!」 龍影がグライダーを駆り大犬へと迫る。 防御に構えた大犬の両腕を、初撃で上より払い落とし、二撃目で顔面を刀で薙ぎ払う。 硬くて斬れない。 それでも龍影の剛力は充分に痛打たりうるのだが、最後の最後に本命が待ち構えている。 振り下ろした長巻は、手首の返し一つで逆を向き、下より斬り上がる。 グライダーの離脱の勢いをすら乗せた一撃は、それでもと防がんとした大犬の両腕を千切るように深手を負わせる。 生は事前の打ち合わせ抜きで、アクセラレートの術をいきなりかけてやる。 きっと対応出来ると信じて。 これをもらったフィンは、いきなり足が速くなった事に驚きバランスを崩しかけるも、根性で堪えてポールハンマーを振りかぶる。 「カッ飛べこのエセ犬!」 その巨体をすら揺るがす程の強烈な一撃。 恵那がその服からは信じられぬ速さで、体勢を崩した大犬に走り寄る。 「手足とかぶった切れば動けなくなるでしょ」 彼方がさんざ狙い続けていた短くぶっとい大犬の足を、傷口に添うよう綺麗に斬り裂いてやる。 片足が斬り落とされ、全身に大怪我を負った身でありながら、大犬は近場に居る者へと拳を振り抜きにかかる。 「残念ですが、それはいけませんよ」 止まった時の中、志郎は刀で斬りつけ大犬の拳の向きを逸らしてやる。 明後日の方向に振り抜かれ、何が起こったかわからぬままの大犬の、額を狙い構えるからす。 「葬送曲だ。受け取れ」 甲高い女性のそれに良く似た歌を引き連れ、飛び行く必殺の矢撃。 着矢の瞬間、それまで聞こえた声が漏れ聞こえただけのものとわかる。 何処からそんな音が飛び出したのかわからぬ程の大音量が、矢の突き刺さった大犬の額を粉々に砕き、決着であった。 |