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■オープニング本文 開拓者達を乗せた船は、航路にも無い島に不時着した。 そこは、無数のアヤカシが巣食う到底人の住みえぬ島。 脱出しようにも、壊れた船を直す手段もなく、また直せる人間も墜落時に死亡してしまっている。 嵐に巻き込まれ、航路を完全に見失った時より漂っていたどうしようもない絶望が真実のものとなる。 救援のアテはありえない。 そもそも自分達がどうやってこの島に辿り着いたのかすらわからないのだから。 ここはそもそも天儀の何処かなのだろうか。 それすら疑わずにはいられない。これだけ広大な島全てが瘴気の森に覆われているなぞ、まるで冥越に叩き込まれた気分だ。 今すぐアヤカシ達が船を襲わないのは、着陸の際船の巨体で周辺樹木と運の悪いアヤカシを薙ぎ払ったその威力故だろう。 そんなか細い命の糸も、もうすぐ途切れる。 術を使わずともわかる程、明確な殺気に船を取り囲まれているのだ。 包囲がじわりじわりと迫っている事すらわかってしまう鍛えぬいた感覚が何より呪わしい。 いっそ他の船員達のように、墜落の際絶命できていた方が幸せだったかもしれない。 上空より見た大きな島全てを覆う森、それが全て瘴気の森だと気付いた時の絶望感は、より逼迫したものとして心に亀裂を走らせる。 どうするか、それは未だ見えずとも、どうなるかだけは誰もが理解している。 皆は、この島で、死ぬしかないのだと。 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟 |
■リプレイ本文 船の中には怪我人もおり、周囲をアヤカシに囲まれる絶体絶命な現状。 それでも、座して倒れるは性に合わぬと、船を出て迎撃に走る開拓者達。 これを見たシュラハトリア・M(ia0352)は、心底不思議そうに首を傾げる。 「どうせもう逃げられないのに‥‥」 そこでふと思いついた考えに、少女らしい無垢な笑みを浮かべる。 「うふふ、ふふぅ‥‥♪ もう逃げられないんだもぉん‥‥みんな、アヤカシさん達とぉ、一つにしてあげる、よぉ‥‥♪」 彼女は本気で、苦しみを長びかせない事が皆の幸福に繋がると信じていた。 船の外は誰しも経験した事のないような大乱戦となる。 味方が何処に居るかもわからぬヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は大声で皆を呼ぶ。 それぞれ返事がかえってきたが、一人足りない。 「モハメドはどうした!?」 目の前のアヤカシを蹴り飛ばしながら、燕 一華(ib0718)が答える。 「わ、わかんないです! ついさっき開いた突破口の所に居たのは見たんですけど‥‥」 葛切 カズラ(ia0725)が、窮地にも失われぬ艶な声をあげる。 「罠でしょ、どう考えても。一緒に居たはずのシュラハトリアは?」 福幸 喜寿(ia0924)は船の側に自分の守備陣地を決め、ありったけの武器を置き必死に迎撃に努めている。 「一度船に戻る言うてたんよ! でも、モハメドさんは一緒じゃなかったさね!」 喜寿の後ろから、胡蝶(ia1199)が青い顔をしながら現れる。 「‥‥私も、やるわ」 「胡蝶さん!? その怪我じゃ無理さね!」 「無理でも何でも、やるしかないでしょ」 胡蝶の脇腹より滴る血は、この島に落着する際の戦闘で負った傷だ。 それでも、まだマシな方なのだ。 同じく怪我を負っている斑鳩(ia1002)は、足が折れ、挙句熱まで出してとてもではないが立ち上がれる状態ではないのだから。 モハメド・アルハムディ(ib1210)は状況が致命的である事を自覚する。 突破口を開くべく勇躍踏み込んだ先には、やはり絶望しかなかったのだから。 見上げた空より、ふわりとアヤカシが舞い降りる。 全身を包帯で覆い、頭部に金の仮面を被ったアヤカシ。 ミイラアヤカシは言葉ではなく、文字で語った。 彼を守るように、周囲を文字が取り囲む。 ただの一言とて理解出来ない。不可思議で、何処か神秘を漂わせる文字列。 モハメドは歌を持ってこれに抗する。 しかし、吟遊詩人なればこそわかる。モハメドの歌は、ただの一節とてアヤカシには届いていない事を。 以前同種のアヤカシと戦った経験もある。しかしその時もこれほどの相手ではなかったはず。 「ヤー・イラーハ、神様は、私に何を求めておられるのでしょうか‥‥」 宙に浮かぶ文字列は、ミイラアヤカシを中心に円を象り、くるりくるりと回り続ける。 何故か、他のアヤカシは近寄って来ない。 不意に、アヤカシから声、いや、音が聞こえて来た。 それがそれまでモハメドが必死に奏でていた精霊力溢れる歌だとわかった時、このアヤカシの意図を完全に理解した。 そして、今歌っている最後のレパートリーを歌い終えれば自分の命が終わる事も。 「ラーキン、しかし、私が目にすることができなくても、開かれた道を辿り、私の氏族は必ず、氏族の儀へと渡る事ができるでしょう。悲願は成就される。イラーハナー・アクバル、神様は偉大です‥‥」 文字列が広がり、我が身を削り取る様を憮然とした顔で見下ろしながら、モハメドは最後の祈りを口にした。 一時は押し返す所まで行ったのだが、やはり数の差は圧倒的で。 船全周を警戒出来た最初の陣形も、既に半分までに削り取られている。 遅延戦闘を心がけつつ、自然と皆が船入り口に戻ってくる。 一華は、最後までモハメドの行方を気にかけていた。 それでも引けたのは、残る仲間は、モハメドだけではないからだろう。 単身深くまで斬り込んでいた一華は、忸怩たる思いで踵を返し、自らを鼓舞するよう大声で叫ぶ。 「さあさあっ、元・雑技衆『燕』が一の華、一世一代の大演舞『飛燕陽華』をご覧に入れましょうっ!!」 手にした薙刀は、並み居る雑アヤカシを右に左に蹴散らしていく。 それは一つづりの演舞のようで、起があり、承があり、転があり、結できっちりと収まる。 そんな構成の最後は、ヘスティアの脇に至り皆を守る配置につく所で終わるはずであった。 ひらりと身を翻した所で、何時も目に入る小さな相棒。 ふと、それが居ない事に気付き、既に放った渡り鳥に幸運のお守りとして渡した事を思い出す。 同時に、大好きな友達の顔が浮かんだ。 「一華!」 すぐ近くでヘスティアの叫ぶ声。 力が抜けていく感覚に、不思議そうに胸元より突き出した刀を見た後、糸の切れた凧のようにふわりと地に落ちる。 もう動いてくれない体。一華は他人事のようにこれを受け入れ、最後の願いを想う。 『てるてる坊主ー‥‥てる坊主ー‥‥、皆に笑顔を届けておくれー‥‥♪』 カズラ程の腕になると、陰陽術のみならず、近接戦闘も達者にこなす事が出来るようになる。 一華が倒れると同時に前へと出るその判断力も、窮地にも関わらず実に優れたものだと言えよう。 或いは、覚悟を決めていたせいかもしれない。 彼女の積み重ねた戦闘経験は、とうの昔に詰みであると告げていたのだ。 溢れんばかりにあった練力は既に枯渇しきっている。 そして体力も底を尽きんとした時、最後に襲い来る敵アヤカシの攻撃が、触手であった事に何とも言えぬ顔になる。 「最後の相手が触手系とは‥‥因果よね〜〜〜」 頭部を痛打され、あれと言う間もなく、足をすり上がり、腿を伝い、下腹を通って胸元へ、首をなめまわすようにくるりと回って全身を拘束されてしまう。 触手より漏れ出でた粘液が全身を溶かしていく。身も、心も、共に。 ヘスティアが必死に手を伸ばしてきた。一瞬だけ、ヘスティアと一緒にというのも悪くないとも思ったが、コレを共に愉しむには少々艶が足りないと勘弁してやる。 本体側に引きずり込みながら、嬉々として全身にまとわりついてくる触手達。 既に脳髄を突き抜けるような感覚が、五感全てを支配している。 「善いわ、精々楽しみなさいな、こちらも楽しませてもらうから」 何処までカズラが正気でいれたのか、見守る者には判断出来なかった。 あられもない嬌声が、既に姿すら見えぬ触手の束の下より漏れ聞こえ、それは身体が砕けへし折れる音の中でも、絶える事はなかったのだから。 眼前で仲間が失われて尚、ヘスティアの猛勇は陰りすら見られず。 喜寿と胡蝶が船の入り口前で防衛線を築くまでの間、前衛一人で獅子奮迅の働きを続ける。 斬撃により噴出す瘴気を浴び黒ずんだ体。 これが時と共に消滅していく前に、次の瘴気をその身に浴びる。 胡蝶の叫びが聞こえて来る。 「下がって! 船を盾に支えるわよ!」 人型アヤカシの頭部を一撃で砕いたヘスティアは、彼女の声が聞こえないのか、二本の刃を止めず、踏みとどまったまま暴れ続ける。 再度呼びかけようとした胡蝶の顔が凍りつく。 ヘスティアの片腕が、突如地面より湧き出たアヤカシに食い千切られたせいだ。 しかしヘスティアは苦痛を感じないのか、残る片腕が握る刀でこのアヤカシを薙ぎ飛ばす。 その頼もしさに安堵しかけた胡蝶、喜寿は、ヘスティアの狂気に奮える顔を見る事となった。 先のカズラの末期が、ヘスティアにあった狂気を加速させたのだが、二人の恐怖に歪んだ表情で、一瞬だけ、ヘスティアの瞳に意志が蘇った。 「傑作だぜ‥‥」 それでも、ヘスティアに止まるつもりはない。 「さぁて‥‥殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」 自らの帰るべき場所はここだと、再び狂気にその身を浸す。 獣のように地を嘗め刀をくわえると、アヤカシの群へと飛び込んで行った。 そして、殺して、殺して、殺して、殺して、殺された。 「こ‥‥いうのも‥‥悪くねぇ‥‥」 魅入られたようにこれを見守っていた喜寿と胡蝶は、ヘスティアの全てが終わると弾かれたように船の中に逃げ出した。 喜寿は斑鳩を迎えに、胡蝶は船内で隠れるに足る場所を探しに、一度二手に分かれる。 胡蝶が船で一番頑丈な扉のある部屋に足を踏み入れると、そこで、直下よりの瘴気に襲われる。 両足より血を流す胡蝶。 部屋の暗がりより、人影がゆらりと姿を現す。 薄白い頬、銀色にたなびく髪、未成熟にすぎる体に不相応の艶を持った少女シュラハトリアであった。 彼女の蕩けた瞳を見た胡蝶は、モハメドがハメられた事、同様に自分をも狙っている事に気付き、絶望を口にする。 「どうして!?」 シュラハトリアは口元に人差し指を当て、首を傾げる。 「胡蝶おねぇちゃんならわかると思ったんだけどなぁ。大丈夫ぅ、シュラハが気持ちよくさせてあげるよぉ」 痛むを足を無理に引きずり部屋を飛び出す胡蝶。 その背をシュラハトリアの斬撃符が斬り裂くも、胡蝶は決して生を諦めず足を止めない。 船の廊下を走る二人。 唐突に、廊下が半ばから崩れ落ちる。 外にいた巨大アヤカシがこれを噛み砕いたのだ。 足場を失い船外に転落していくシュラハトリアと、辛うじて片手のみで柱を掴み堪えた胡蝶。 アヤカシの群に落下したシュラハトリアは、満ち足りた顔で全身に群がるアヤカシ達に向け両手を伸ばす。 「あ‥‥か、はぁ‥‥♪ シュラハもぉ‥‥皆とぉ‥‥一つにぃ‥‥♪」 一際大きなアヤカシが完全に息の根を止めるまで、シュラハトリアより歓喜の声が絶える事は無かった。 斑鳩は高熱に苦しみながらも、ベッドより身を起こし机に向かっていた。 筆は止まらない。 時折発作のように全身が揺れ、ひどい脂汗が噴出す。 筆は止まらない。 書き記す紙は、汗だか涙だかわからぬ物で歪みよれてしまっている。 筆は止まらない。 一心不乱に机に向かう。繰り返しになっても、意味が無いとわかっていても。 筆は止まらない。 人がそうするのと明らかに違う音が激しく扉を叩く。 筆は止まらない。 木製の扉が砕かれ、這い寄り、駆け寄り、迫り寄る。 筆は止まらない。 筆を持つ腕を捕まれるも、そちらを見もせず振り払う。 筆は止まらない。 斑鳩は悲鳴を上げない。何故なら不覚悟も恐怖も、全て書きなぐっているから。 寄ってたかって斑鳩を後ろに引きずり寄せようとするが、駄々っ子のようにこれに逆らい、机にしがみつこうと試みる。 血走った目は、ただ机の上のみを凝視し、以外の外界に決して焦点を合わせず。 認めず、理解せず、納得せず、許せず、救われず。 恐れ、怖れ、畏れ、惧れ、懼れ、何もかもから目を逸らしたまま。 斑鳩の望みは見事に果たされる。 向きはどうあれ、命をすら賭した強力無比な意志の集中は。 彼女より恐怖と苦痛を取り除く。 だから斑鳩は、傍から見ればどれ程判断力を失っているように見えようと。 当人にすらその正気を信じられぬ有様になっていようと。 最後のその瞬間まで、臆病でか弱い女の子のまま、死を迎える事が出来たのだった。 悲鳴が聞こえた。 断末魔のそれではなく、あくまで人間の発する声であった事に奇妙な安堵を覚えつつ、胡蝶は部屋の奥によりかかる。 脇腹を覆う包帯を見下ろす。 『はいっ、胡蝶お姉ちゃん。包帯巻き終わったよぅ』 『ありがと。大丈夫よ、私はまだまだやれるわ』 『うん、頑張ろうねぇ』 『当たり前よ。こんな所で死んでたまるものですか』 ここまで堪えてきた涙が零れる。 「どうしてっ‥‥」 それでも、胡蝶は胡蝶である事を手放さない。 どぉん、どぉんと扉を叩く音がする。 「‥‥死にたくない‥‥は、もう、叶わないのね」 ここに来て、体の奥底より更なる力がわきあがるのを感じる。 「‥‥私はジルベリアの帝国貴族にして、陰陽師の胡蝶‥‥」 結界呪符が砕かれ、部屋の中へと殺到するアヤカシ達。 「どこからでも、かかってきなさい!」 矜持を支えに、決して失われぬ闘志と共に立ち上がる。 それでも、肉体には限界があって。 身体の欠損が意識の喪失を強要する段になって、もう原型をすら留めておらぬ腕を伸ばす。 『‥‥私が帰らなかったら‥‥誰かひとりぐらい、気付いてくれるかしら』 炎の狛犬が現れ、何処何処までも失われぬ胡蝶の強靭な意志に応える。 「放て!」 アヤカシではない目標目掛けて伸びた炎の舌は、船の火薬庫に叩き込まれた。 それは完全に偶然の産物であった。 斑鳩の部屋で、彼女に群がるアヤカシを見て悲鳴を上げた喜寿は、偶々逃げ出すように走り出した先がぶ厚い扉の側であり、爆発の瞬間、これが壁となって炎と衝撃を防いでくれていた。 更にこの壁ごと外に放り出される事で、崩れ落ちる船の下敷きにならずに済んだのだ。 それを幸運と呼べるかどうかは定かではないが。 頭を振って立ち上がり、燃え盛り崩れ去った船を呆然と見上げる。 「船‥‥?! そんな、あれがなかったら、もう‥‥」 それまでの戦いで、山ともっていた武器も全て失われた。 「武器も尽き、もう体力もない‥‥あはは、絶対絶命さね‥‥」 はふー、っと一息を吐く。 そして取り出したは一枚の符。 「願わくば、誰もこの島に、これ以降人が到達しませぬように‥‥」 符にやったら厳重に仕掛けられていた封を、喜寿は一つ一つ解いていく。 髪がふわりと波立ち、霊力とも瘴気ともつかぬ力が喜寿を満たす。 アヤカシに取り囲まれ、攻め寄せられようと一顧だにせず。 ただそうあれ、と命ずるのみで常世より永久の退出を強いる。 これまで幾たびも味あわされてきた絶望が、喜寿に限りない開放の喜びをもたらす。 「すごい力さね‥‥これなら、全てをなぎ払える!」 脳裏に映るは、刃そのものと化し散って行ったヘスティアの姿。 「あははははは、うちを、私を倒せるヤツはいないのかい?!」 島中のアヤカシを向こうに回し、既に人の姿をすら失った喜寿は、猛り、嘶く。 しかしそれも、これ以上見る必要は無かろう。 これより先はアヤカシ同士の物語であり、人のそれではないのだから。 風に流され右に左に揺れる渡り鳥は、雷鳴轟く巨大な雲の壁を前に、迂回をすら許されず真っ向より飛び込んで行く。 幸運を祈るてるてる坊主が、鳥の足で一つ跳ねた。 |