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■オープニング本文 扉を開けると、そこはジルベリアでした。 店を一歩入ると、そこは天儀とは思えぬ異国情緒漂う別世界となっている。 テーブル、椅子、カーテン、建築様式すらジルベリアのそれに沿った物としてある。 天儀での高級品とは全く違う、上品でいて豪奢な作りは、ただ店に入っただけで自身を異国の貴族と錯覚させるような明るく華やかな彩りに満ちている。 それでいて、天儀の者も戸惑う事のないよう随所に天儀式の使用方法が出来るような工夫が施されてある辺りは、訪れる者に配慮しての事だろう。 この空間は、徹頭徹尾訪れたお客様の為の空間であるのだ。 女性が様々な産業で実力を発揮するようになった昨今、彼女達をターゲットにした産業も注目を浴びて来た。 その一つがこのホスト業である。 優れた能力とそれに見合った収入を持つ女性に、一時の心の安らぎを提供するホスト業は、一大勢力とまではならずとも、一定の需要を見込めるワリの良い商売である。 ただこの仕事の一番の問題は、ホスト業に耐えうる男性を見つけずらい事だ。 女に媚び諂う真似が出来るか、そんな風潮が、興味がある者の足をすら遠ざけるのだ。 ここに、一人の若き商人が居る。 彼はホスト業にその人生を賭けると意気込み、店の内装から立地から完勝を期して全てを整え、ホスト及び店のスタッフへの教育も充分に行なった。 宣伝もばっちり、おかげ初期投資もかなりの額に上ったが、それでも回収しきる自信が彼にはあった。 そして開店三日前、運命の谷底が彼を待ち受けていた。 「しょ、食中毒だとおおおおおおおおお!」 前祝だと昨晩出かけたホストが全員、集団食中毒にあたってしまったのだ。 医師は仕事が出来るまで十日はかかると行っている。 既に宣伝も終え、初日から来店を見込める客も多数居るというのに、これでは開店すら出来そうにない。 ホスト達は、腹痛を堪えながら口惜しそうに店主に詫びる。 これまで一生懸命に訓練してきた成果を、発揮出来ると意気込んでいたのは店主だけではないのだ。 開店を延ばすか、そう考えもしたのだが、如何せんしょっぱなが大事と初日に力を入れて宣伝を繰り返してきたのだ。 これで開店出来ずでは、期待してくれた方々に申し訳が立たない。 この際収益云々は度外視しても、人を集めなければならない。 それもそこらに転がっているような有象無象ではなく、ある程度の教育を受け、立派に振舞う事の出来る優れた人物を。 そして何より、ホストという仕事に興味を持って取り組んでくれる者を。 店主は、祈るような気持ちで開拓者ギルドの門を叩いたのだ。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
安達 圭介(ia5082)
27歳・男・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ウィリアム・ハルゼー(ib4087)
14歳・男・陰 |
■リプレイ本文 日はとっぷりと暮れ、月は立場を弁えぬ自己主張。 雲も流され星がきらきらと瞬くまさにホスト日和の夜。 開店を前に、店の入り口外で真珠朗(ia3553)はお空を見上げ呟いた。 「隕石でも降ってくればいいのに」 隣で出迎え準備中の安達 圭介(ia5082)は、少し意外そうな顔だ。 「開店、嫌なんですか?」 「あたしゃ女の人が苦手なんすよぇ‥‥ぶっちゃけ。酒も甘くないと飲みたくないんすよねぇ」 「それはまた‥‥」 そう言うワリに、研修期間中は一、二を争う程要領良く仕事を覚えていった様を思い出す圭介。 怪訝そうな顔の圭介を見て考えている事を察したのか、真珠朗は表情を丁寧に作ってお返事。 「まぁ、そこを何とかしちゃうのが、ぷろふぇっしょなるだって話なんですがね?」 そうこうしてる内に後ろから、ぞろぞろと他の面々も出て来て、初来店のお客様迎撃準備完了。 きゃっきゃと賑やかな女性達に向かって一斉に一礼。 『いらっしゃいませお嬢様』 圭介は少し話し疲れたらしい担当女性に一言断り、酒を取りに席を立つ。 来てくれた方々に少しでも楽しい時間を、癒される時を過ごしてもらおうと張り切ってみたが、うまくやれてるかどうか自分では良くわからない。 お相手は良家の子女らしく、あまり口数多くはないが、思いつく限りの楽しい話を、微笑みながら聞いてくれているので、まあ良しとする事にしたが。 皆はどうだろうかと気になり、他の席に目をやってみる。 「‥‥いえ、あたしにはそんな浮いた話は‥‥っと、グラスが空いてますね」 「まあ、これ以上飲んではわたくし酔ってしまいますわ」 「それはあんまりです。あたしは既に、貴女に酔っているというのに‥‥」 「まあまあまあまあ、もうっ、お上手なんだから」 以上、冒頭で愚痴っていた真珠朗君の会話模様である。 プロなんだなぁ、と感心するやらちょっと怖くなるやら。 圭介が次のテーブルに目を向ける前に、賑やかな笑い声が聞こえて来る。 「そんでな、せっかく仕入れた酒を積んだ船が間違えて着いた先っちゅうのが‥‥」 笑い声の中心で、天津疾也(ia0019)は人差し指を立てて声を潜める。 よほど疾也の話が楽しいのか、三人の女性は興味津々といった顔で注目している。 「東房の安積寺やで。坊さんばっかで酒なんか飲まんっちゅーねん」 開拓者という職業上、戦闘云々の話をしたくなりがちだが、そこは相手を見て話題を選んでいるようだ。 珍しい話に愉快な落ちをつけるその話術は巧みの一言であろう。 「‥‥あの人、元々こういう仕事に向いてるんじゃないでしょうか」 今も話は続いており、かの席からは笑い声が絶えない。 感心しながらカウンターを目指すと、通り過ぎた席で奇妙な事をしていた。 「やっぱり時代はついんてーるですわ」 「あら、でも‥‥ほら、こうやって御髪を上げて‥‥」 六条 雪巳(ia0179)が、二人の客に囲まれ、その長髪をすき放題いじくりまわされている。 「ほふぅ、やっぱりお綺麗です。殿方の御髪を手入れ出来る日が来るなんて夢にも思いませんでしたわ」 雪巳はというと借りて来た猫のように大人しく笑っていたが、一言断って席を立つ。 「では、ここで一つ。せっかくですので、白拍子の舞といきましょうか」 苦手という事で酒に手をつけていなかった雪巳は、女装を模しての舞を披露する。 「っきゃー、白拍子なんてとんでもありません。五節の舞姫のようですわ」 芸事を得意とする雪巳らしい、実に典雅なおもてなしである。 思わず足を止めてしまっていた圭介。 「‥‥いやもう、つっこむ云々とかいう気すら吹っ飛びます‥‥」 ふと、同じく酒を取りにいっていた弖志峰 直羽(ia1884)とすれ違う。 何気なくすれ違った後、驚いてもう一度直羽を見直す。 恐ろしい程にタキシードが似合っていた。 清潔感のあるオールバック、洋装をぱりっと着こなすぴんと伸びた背筋、小物一つ取っても一部の隙も見えぬ。 その上で、長い後ろ髪を丁寧にまとめ、堅苦しくなりすぎぬよう一筋垂らしている。 「慣れて、るんでしょうか‥‥」 酔った客がしきりに外で云々と話をしているも、これを顔色一つ変えずさらっと受け流している。 「戯れを越しては、其方にもご迷惑がかかりますので」 その上で更に酒を勧め、どの道正気には戻らぬだろうと潰しにかかる手練の技よ。 「百戦錬磨? いやもうホント、本職コレでしょ皆さん‥‥」 カウンターから、しゃかしゃかと軽快な音が聞こえる。 仮面を被った竜哉(ia8037)がシャイカーを振っている音だ。手首の返しがいかにも玄人っぽい。 彼が担当する席から、あまり品が良いとは思えぬ客の喚き声が聞こえてくる。 「はい、直ちに」 ちらっとシェイカーの側の酒を見てみる。 ちょっと笑えない度数の酒がぞろぞろと。御丁寧に口当たりを良くする果汁も揃えてあるではないか。 圭介と目が合うと、いたずらっぽくうぃんく一つ。 間も無く席の女性はのっくあうと。周辺の席は平穏を取り戻した。 「アリなの、あれ?」 当人は飄々としながら倒れた女性を籠で送り出し、次の客に向かっている。 「あの、私、お酒は‥‥それほど‥‥」 「ではこちらのハーブティーはいかがでしょうか」 何処に用意していたものか、即座にこれを出し、驚く女性に優しげに微笑みかける。 そして何やかんやと酒と感じ難いカクテルを出し、穏やかに酔えるよう配慮している。 圭介はこれもつっこむのは止めようと、今度こそ自分もカウンターへと。 覚えたてのカクテルを用意していると、あちらこちらと引っ張りだこになっている羽喰 琥珀(ib3263)が目に入る。 何処の席に顔を出しても、その子供っぽさと、けものちっくな耳と尻尾でものっすごい勢いで可愛がられている。 当人も満更では無い様子で尻尾をぴこぴこ左右に振る。 それがまた女性達の心を掴んで離さないらしく、一度捕まると逃げ出すのに苦労している模様。 自分の担当席がある関係上、これはまずいのではと思えたのだが、琥珀はカウンター側にある席に戻ると、少しきつめの女性の隣に座り言った。 「ごめんっ、こういう役所出来るの俺だけなんだよね」 「みたいね。でも、私をほっとくのはどうかしら」 琥珀は、意地の悪そうな顔をしながら、指で彼女の頬を撫でる。 「妬いた?」 「っ!? そ、そういうわけでは‥‥」 指先で、頬から顎にかけてゆっくりと触れる。 「相手は俺だぜ。素直になっても誰も怒らないよ」 「〜〜っっ!?」 明らかに琥珀のペースである。 何か何ていうか、見てはならないものを見てしまった気がして、ふいっと目を逸らす圭介。 そこに、一番の衝撃が待っていた。 「‥‥‥‥ウィリアムさん、胸が無くなってます‥‥‥‥というか、あれ、無くなるんですか? 着脱可? いやもう、えっと、 ど う す れ ば い い ん だ」 みんなでそれぞれ源氏名を決め、店内ではそう呼び合うようしていたのに、それすら忘れる程の衝撃である。 引きつった顔をしている圭介に気付いたウィリアム・ハルゼー(ib4087)は、そりゃもう文字通りいたずらに成功した子供みたいな顔をしていた。 趣味が悪い、と心の中だけで愚痴ってみる。 しかし、そんないたずらはさておき、ウィリアムはウィリアムで、きっちり仕事をこなしているらしい。 女性の衣服に造詣が深いウィリアム(彼と呼ぶべきか彼女と呼ぶべきかさんざ悩んだ挙句、名前で統一すべしと自己解決したらしい)らしく服の生地やら装飾品やらの話を楽しそうにしている。 この世の不思議を実体験した圭介は、ホスト業の奥深さをしみじみと噛み締めつつ担当席に戻る。 「申し訳ありません、遅くなりましたね」 「‥‥い、いえ‥‥」 ひっじょーに引っ込み思案の彼女は、喜怒哀楽がとてもわかりずらい。 それでも、少し眠そうにしているのはわかったので、それとなく一休みを勧めてみる。 それが恥ずかしいのか真っ赤になって俯くが、そこに、僅かな違和感を覚える。 「あの‥‥何か、欲しいものとかありますか?」 ふるふると首を横に振る。 「では、何かして欲しい事は?」 更に真っ赤になって小さくなる。 焦り急かすような真似はせず、笑顔のままじーっと彼女を待つ。 「‥‥‥‥お、おひざを、お借りして、も‥‥」 すぐにぴんと来た。ほとんど自己主張をしない彼女が、ここに来て初めて見せてくれた希望であるのだ。 多分、引っ込み思案で口下手な彼女がホストに来た理由は、これであったのだろうと。 「はい、どうぞ」 おずおずと、圭介の膝に頭を乗せる。 「‥‥わ、わたし‥‥お父様に、こうしてもらうの‥‥大好きで‥‥でも、もう、そんな年じゃないし‥‥」 途切れ途切れにそう言った彼女は、恥ずかしがりながらも、今までで一番の笑顔を見せてくれた。 仕事としてはこういうのはどうかとも思ったが、彼女がとても幸せそうにしているのを見て、これもまたホストだろうと考え直し、上着を彼女にかけてやるのだった。 日を重ねる毎にホスト側も客側も慣れてきたのか、こまごまとした不手際等も減って来る。 連日盛況で超ご機嫌な店主と、ベッドの上で焦燥に駆られる食中毒ホスト達を他所に、開拓者達は絶好調である。 「昼と夜。男と女。騙し騙され。どーにもこーにも因果なモノで」 ハイソな恋話を聞きながら、真珠朗はワインを注ぐ。 「どうせ旦那も出張先でせっせと浮気相手に通いつめてるだろうし。私だって可愛い子の相手でもしてないとやってられないのよ」 「それはそれは」 「まさか家でこんな真似は出来ないし」 「なるほど。ですが、あたしを指して可愛い子ってのはちょっと無理がありませんかね」 ころころと女性は笑う。 「武術に長けてる程度で可愛い気が抜けるとでも思った? 血臭一つ漂わせない男なんて、犬と変わらないわよ」 ばつが悪そうに頬をかく真珠朗。この店に来てそんな話をした記憶は無い。 「おみそれしやした」 「嘘おっしゃい。この程度で貴方が恐れ入るものですか」 一番の嘘つきは間違いなくあんたでしょ、とか思った真珠朗だったが、不思議と不快感は無かったので、彼女同様何処か芝居めいた笑顔で応えるのだった。 疾也は『つかみ』を自らの役割として課す。 指名に慣れぬお客さんを集め、愉快な話と陽気な雰囲気を提供する事で、緊張をほぐすのだ。 そして自然な会話の中で女性の好みを聞き出し、すいっと好みに合うと思われる男性を紹介する。 もちろん中にはひたすら陽気な時間を過ごしたいという女性もいるので、彼女達の相手は自分が引き受ける。 いわゆる三枚目に当たる役であり、店主にその配慮を褒められるも、当人は平然としたものだ。 「まあ、これも客商売の一種やからな。商売絡む以上俺に隙はないんやで」 「後でその辺りの流れのもっていき方をうちの連中に教えてやってくれ。何というか、こちらが勉強になるよ」 「そら何よりや」 二人はちらとウィリアムを見やる。 メイド喫茶で鍛えたという接客術は、当初男女の違いに若干の戸惑いが見られたものの、今ではすっかり手馴れたもので、どちらも基本にさして違いは無いという事らしい。 女性が好む話題に詳しいというアドバンテージがどれ程有用なのか、ウィリアムを見てると良くわかる。 「‥‥衣装は素晴らしいですね。生地も勿論ですが縫製が素晴らしい! このような衣装をお持ちの方に釣り合う飲み物となると、それなりのものをご用意させていただかないと失礼にあたると思うのですが如何でしょうか?」 わかってるわねぇ、と上機嫌で衣服の話を始める女性。 疾也は肩をすくめる。 「俺に限らず、今回の接客に関する覚書出させた方がええかもな」 「そうしよう。しかし‥‥」 「ん?」 「ホストクラブで仮面を着けるという発想は無かった」 ぷっと吹き出す疾也。 竜哉は指名を受けた相手の前で、ようやくその仮面を外す。 流れるような黒い長髪に相応しい涼やかな顔に、女性はそれだけで頬を染めているではないか。 香りに関する手配は竜哉が一番気が利いていた。 あくまで喧騒とは一線を画し、香りによるリラクゼーションを考えるやり方も、個性を出すのに一役買っている。 「個性は大事や。竜哉、っとディーはようやってると思うで。‥‥せやけどあれはちとやりすぎだったかもしれんな」 ちょうど、その時間である。 簡易のステージに雪巳、直羽、琥珀が集まる。 まずは音程の調整。 雪巳が笛を鳴らすが、何故か今日は音が合わない。 「す、すみません」 直羽が心配気に声をかける。 「らしくありませんね。体調でも悪いのですか?」 顔を近づけ、額同士をつけようとする直羽に、頬を赤らめた雪巳は弾かれたように後ろに下がる。 「なっ、何でもありません。大丈夫ですから‥‥」 琥珀の眉根に皺が寄る。 「へー、なんとも無いんだ。そういう顔してないみたいだけど」 少し青ざめた顔で雪巳。 「ち、違っ‥‥こ、これは別にナオトがどうという事じゃなくて‥‥そ、それよりハク、演奏をしませんと!」 「ふーん、別にいいけどね。後で理由を聞かせてもらえるんだよな」 「あ、後で!? う、うん、わ、わかりました‥‥」 そして、二人のやりとりを何処か切なげに見つめる直羽。 ちなみにこの寸劇の間中、各席よりきゃーとかぎゃーとか歓声だか悲鳴だか良くわからん叫びが聞こえてきている。 そして三人による曲と舞が行なわれると、三人の名を呼ぶ黄色い声が木霊するのだ。 店主はうんうんと頷いている。 「素晴らしい。これこそ私が理想とする店の姿だ」 「‥‥さよか」 疾也はやたら賑やかになった店内の一角、喧騒から取り残されぽつんと二人ぼっちの席を見て、堪えきれず微笑を漏らす。 そこでは、圭介とその膝に頭を乗せ横になる女性が、二人仲良く寝息を立てているのだった。 「まあええわ。何やかやと、俺等も楽しませてもらったしな」 |