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■オープニング本文 森にはアヤカシが出る。 それがわかっていて森に近づく者はいないだろう。 しかし、少年三郎太がずっと小さい頃から、アヤカシに襲われたという人の話は聞いた事が無い。 大人達はしきりにアヤカシが出るからと森に行く事を禁じるが、行ってはいけないと言われれば行きたくなるのが人情というもので。 子供達が大人に内緒で森の側まで行く事を度胸試しとしていたとしても、全くもって不思議は無い話である。 三郎太はいつも幼馴染の女の子美代と遊んでばかりいた。 そのせいでか他の男の子達には、女のくさったのだの、弱虫だのと貶される事も多かった。 もちろん三郎太もそんな悪口を不満に思っており、機会があれば勇気を示してやりたいとも思っていた。 ある日、三郎太は他の男の子達とのケンカが高カ、一人で度胸試しに行ってやると口にしてしまった。 大人には内緒のこの肝試しを、三郎太は美代に誇らしげに伝える。 「何時もはみんなで行くんだけどさ、俺は一人で行くんだぜ! 凄いだろ!」 「で、でも‥‥本当にアヤカシが出たら‥‥」 「大丈夫だって! 俺の脚の速さ知ってるだろ? アヤカシなんてあっという間においてきぼりさ!」 どう見ても死亡フラグな台詞を残し、ちょっと丈夫な木の枝を手に、三郎太は度胸試しに向かって行った。 その日の夜、何時までたっても戻って来ない三郎太を不審に思った両親が仲間の子供達を問い詰めると、遂に度胸試しの話が大人に漏れる事となった。 仰天したのは両親だ。 あの森は、村付近はそうでもないが、奥に進むと常の森から様相を替え、瘴気漂う魔の森が広がっているのだ。 話を聞いた村の皆は、若い衆を集め森へと向かう。 そこで若い衆達が見つけたのは、血痕の付いた三郎太の草履であった。 三郎太の母親は半狂乱になり、父親はそれを抑えるので手一杯。 子供達は皆青ざめたまま、しでかした事の大きさに恐れおののくのみ。 しかし、一人美代だけは三郎太の草履を見て確信する。 「大丈夫だよ。三ちゃん草履脱いだ方が早いから、本気で走る時は何時もこうするだもん」 「馬鹿言うんじゃない! 幾ら三郎太の足が速いからって、相手はアヤカシだぞ!」 「大丈夫だもん! 三ちゃん木のぼりも上手だし、絶対大丈夫なんだもん! その血だって、走りながら脱いだ時は何時も縄で足切っちゃってるし!」 大人は皆美代の戯言に耳を貸そうとはしなかったが、三郎太の母親は美代の言葉に大いに勇気付けられ、村長に三郎太捜索を懇願する。 徐々に広がる瘴気の森に対し、いずれアヤカシ退治を頼まねばと思っていた村長は、半ば押し切られる形で開拓者に依頼する。 この際、ギルドに急ぎ向かった美代と三郎太の母親の連携にはギルドの係員も閉口した。 「あの子を助けて下さい! 一刻も早く! こうしている間にもあの子は! あの子はあああああああああ!」 「あのね三ちゃんきっとお腹すいてるの。三ちゃん足はやいけど、お腹すいてきたらきっと遅くなっちゃうから大変なの」 「私には見えるんです! あの子が不安そうに森を彷徨っている姿がああああああ!」 「三ちゃんなら多分木の上にのぼってるの。ずっとずっと上にのぼっちゃえばアヤカシも届かないでしょ? だから上の方見て探してあげて」 ギルド係員も村長同様二人に押し切られる形で、大至急開拓者を手配するのだった。 |
■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
エステラ・ナルセス(ia9094)
22歳・女・シ
エレイン・F・クランツ(ib3909)
13歳・男・騎
鬼灯 那由多(ib4386)
19歳・男・志
ルー(ib4431)
19歳・女・志
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 森の中へ足を踏み入れた開拓者一行。 平地のそれと違い、森での捜索は困難を極めた。 伸び放題の下生え、鬱蒼と茂った薮、秩序も何もなくやけくそに伸びる木々。 常の森とも趣の違うこれは、確かに瘴気の森近くと言われれば納得出来る。 エステラ・ナルセス(ia9094)の極めて優れた聴力にも、まだ反応は無い。 三郎太を案じる母の気持ちが痛い程わかるエステラは、焦る気持ちを隠せない。 ルー(ib4431)は、エステラの背を軽く叩いてやる。 「捜索と焦燥は揃えてもあまり良い事はないよ」 必死になった分集中力が増すかもしれないが、視野が狭くなってしまうのは広範囲の捜索には向いていないと告げる。 知らずきゅっと握っていた自身の拳に、エステラはようやく気付けた。 「‥‥そうですね。戦闘も考えなければならない状況でした」 「そういう事。気楽にとはとても言えないけど、それでも、私達がしっかりしないと」 超越感覚使用時は、通常時と比べ聴覚が得る情報量が格段に跳ね上がる。 これらを処理判断しなければならない為、気を張ったままでは頭が疲れるのも早くなるのだ。 エステラがルーに感謝を述べていると、エレイン・F・クランツ(ib3909)が、二人の会話を遮る。 「ねえねえ、これどう思う?」 指差す先には、明らかに外部からの力によって最近折られたであろう枯れた茂みが。 有栖川 那由多(ia0923)は、頬をかいている。 「なるほど、俺も下には気をつけてたけど、背の分差が出たか」 三郎太の子供サイズが移動して出来た跡を見つけるには、やはり低身長の者がよりやり易いであろう。 鬼灯 那由多(ib4386)は感心したような呆れたような様子だ。 「よくこんなところに入ろうと思ったな。子供は怖いもの知らずってか?」 既に結構奥にまで入っている。途中、子供なら泣き出してしまうような気味の悪い所も何箇所かあった。 ふん、と鼻を鳴らすシルビア・ランツォーネ(ib4445)。 「森の中に勝手に入って襲われるだなんて自業自得ね」 「その通りだが、随分とキツイな」 鬼灯の言葉に、急に慌て出すシルビア。 「べ、別に、悪ガキが心配なわけじゃないんだからね? そりゃま確かに、同じ様な経験してる身からすれば気持ちは‥‥あ、いや‥‥」 含むように笑い出す鬼灯。良く見ると、他の者も笑いを堪えている。 「な、何よ!?」 有栖川は感慨深げに頷く。 「俺も、子供の頃オトナの言う事きかなかったからなー‥‥これも順番だな」 助けてみせるさ、という彼の言葉は、皆の総意でもあった。 警戒を促すエステラの声。 音もなく包囲にかかる狼アヤカシ達に対し、きっちりと対応出来たのはこのおかげであろう。 群の先頭にずいっと姿を現したのは、一際大きな狼アヤカシ。 これが出てくるという事は、瘴気の森との境界が近い証である。 三郎太の痕跡を追ってここまで来てしまったという事に、不安を覚えずにはいられない。 それでも、これを突破せねば確認すら出来ぬ。 先制は鬼灯の弓だ。 まずは数の差を埋めるべしと、シルビアが続いて狙いやすい真っ先に動いた狼を狙うべく弓を引く。 的当てと違い、動く目標相手であまりに細かすぎる部位は狙いずらい。 しかし、良く見ると軸線さえずれていなければ、相手は単純な上下運動のみである。 特に高速移動を行なっている時が狙い目となる。 全身のバネを用い、体を伸び縮みさせる事で速度を出す関係上、四本の足が完全に大地から離れる瞬間があるのだ。 襲歩と呼ばれる実に野性味溢れる走り方なのだが、こうした移動術への知識は射撃精度を支える大切な要素である。 狼達は一斉に襲い掛かったつもりだろうが、やはり固体差が出た。 鬼灯へと迫る狼が一番早く、次にシルビアを狙う狼。 それでも予定は変えず、シルビアに至る前に狼に一射。 そしてあっという間に懐に踏み込んで来た狼の牙が。 かわしそこね、腕を弾かれる。 拍子に思わず弓を取り落としてしまうも、手を離れた弓が地に着く前に、足の甲にてこれを受ける。 この時、同時に新たな矢を手に持ち、弓を蹴り上げるとこの矢を持った手で弦を握る。 狼が一撃離脱で離れていったのを確認し、体の向きをシルビアに向ける。 弦をしならせつつくるりと回転し、右手の中で矢を射る形に整える。 そして、一番最後に弓本体を逆の手にて握りつつ前に押し付け弦を張る。 こんな無茶な取り回しが出来るのも、戦弓「夏侯妙才」の取り扱いやすい造りのおかげであろう。 放たれた矢はシルビアを狙い飛びかからんとした瞬間を捉え、動きの止まった狼にシルビアはきっちりトドメを刺した。 ルーの咆哮は四体の狼を吸い寄せる。 先頭を切る一体に対し、真っ向からこれを迎え撃つ。 攻撃範囲に入ってから仕掛けるまで、どちらが早いかの勝負だ。 ルーは半身になって体を伸ばし、飛びかからんと踏み出した際を狙い頭部を斜めに斬り裂く。 腕一本分ルーの方が早かったという話であるが、この速度差をもってしても、先頭の狼の背後より左右に展開する残り三匹を同時に相手するのは難しかろう。 剣を持った腕をだらんと垂らしながら、上体を逸らし、捻り、最後に真上に軽く飛び上がる。 右、左から頭部と胴を狙い、最後の一匹が脛に喰らい付きにきたのを、全て流暢にかわしたのだ。 着地と同時に、振り向く暇すら惜しんで真後ろに飛ぶ。 体を捻りながら腰は残して溜めを作る 頭部を真っ先に捻った事で背後が見える。予想通り、方向転換すべく首を翻している狼がそこに居た。 こちらは両足が大地より離れてしまっているので力を入れずらいが、その分を回転にて補い胴を薙ぐ。 叩くではなく斬る。 押し付けるではなく滑らせるように刃を振るうと、狼の脇腹より瘴気が噴出した。 そして、ここからが難しい所だ。 左足を限界まで大きく開き、大きく倒れこんだ姿勢を無理矢理支える。 大地を足が滑るが、卓越したバランス感覚でこれを維持。 左足が足応えを取り戻した瞬間、飛びかかってきていた二体の狼への回避運動を開始。 正面から来ていた狼には、踏み出しつつ背を向けるようにしゃがみ込む。 更に真横から飛びかかってきていた狼の横っ面を軽く押し出しながらのけぞりかわし、半回転する事で再び進路側に体が向く。 この挙動でも数度体が崩れそうになるが、都度支える側となっている足を踏ん張る事で耐え忍ぶ。 要は力を入れるタイミングの問題であり、これを万全にこなしたルーは、再び初期位置である中衛二人を守れるような位置に戻るのだった。 前を担うエレインは、ルーが咆哮で引き付けきれなかった狼を相手していた。 動きの早い狼に翻弄されぬよう盾をしっかりと構え、挙動を見極めんとする。 しかし人とは違う四本足での移動は間合いの取り方が難しく、構えた盾の届かぬ逆腕や足を噛み裂かれてしまう。 あちらこちらと動き回る素早さに、対応しきれぬと歯噛みするも、そこで挫けたりヤケになるようでは開拓者は名乗れない。 「いくらボクがヒツジでも、大人しく食べられてあげる訳には行かないから‥‥ね」 まず、半身で盾を構えた状態で敵を正面に捉えられるように。 動きの癖が見えてくると、何とかそう出来るようになった。 だがこれでは、側面より同時に仕掛けられる攻撃に無力。 ではと片方の敵を正面に捉えながら、側面や後方に回った敵が仕掛けてくる前にこちらから敵に向かって踏み込んでいく。 誘われるように、正面の狼は盾の無い足元を狙ってくるが、この体勢ならばどうとでも捌ける。 走りこんだ勢いそのままに飛び上がり、低い姿勢の狼を踏みつけ飛び越える。 後ろより迫っている狼は、間合いを外され攻撃の機会を失ってしまったようだ。 「うん、なるほど。速さに差があっても、動き回るのは有効なんだね」 諦めずに考え、行動し続ける事が、新たな展開を生み出す。 次は受けかわしながら如何に攻撃を仕掛けるかだ、と剣を強く握り締める。 ふと、視界の隅に座視出来ぬものが見えた。 大狼アヤカシが動き出したのだ。 有栖川は、治癒術で援護を続けながら、大狼アヤカシの動きに注視していた。 突撃の合図らしき声をあげた後、こちらをまんじりともせず見つめ続ける奴の動き次第では、何とか保てている陣形が崩されかねないのだから。 だから動き始めた瞬間も、見落とす事なく即座に対応する。 呪縛の符が大狼を捉え、瘴気の渦がこれを取り巻く。 「アオオオオオン!」 しかし、大狼は一声嘶きこれを一蹴すると、猛然と走り出したではないか。 「まずっ!」 その勢いを、見据える先を見た有栖川は直感する。狙いは自身だと。 大狼はその巨躯からは想像しずらい俊敏さと身軽さで、前で戦う二人、ルーとエレインを大きく飛び越えてきたのだ。 もちろん狙いは有栖川。 めっちゃくちゃ痛いだろう一撃を、根性で耐える覚悟を決めたのだが、ここで同じく中衛に居たエステラが動いた。 シノビの身軽さを持って飛び上がると、何と大狼の首根っこに組み付いたのだ。 おかげで大狼の狙いは逸れ、顔の引きつる有栖川の真横をすり抜けていってくれたが、人一人を首に抱えたまま、大狼は尚も体勢を崩さず。 しかるにエステラもまた、弾き飛ばされぬよう首に短刀を突き刺しながらその背にまたがったまま。 「無茶が過ぎるよ!」 下手に振りほどかれたらそれだけで危ない。 激しく体を揺する大狼を抑えるため、再度呪縛符を仕掛ける有栖川。 今度こそ瘴気は大狼を捉え、四本の足が自在に動き回るのを封じる。 大狼は振りほどくのにやっきになっているせいか、一度は中衛ど真ん中に着地したのだが、すぐに陣の外に飛び出していく。 エステラが突き刺したままの短刀からは煙のように瘴気が漏れ出している。 大狼が全力で暴れる中、ばすんばすんとその背で跳ねるエステラであったが、両足を開いて胴を挟み込み、うまい事その位置を確保し続けたまま。 もちろん途中で木に背をこすりつけられる等で痛い目には遭っているのだが、有栖川が即座に治癒符を飛ばすので何やかやと持ち堪えているのだ。 シルビアは、これは好機と大狼に向かい十字剣を振り上げる。 タイミングが悪かった。 身を捩る大狼が、前へと跳ねた瞬間に踏み出してしまったため、ちょっと切なさが漂うシルビアの胸部に大狼の頭がぶちあたる。 吹っ飛ばされたシルビアは、憤怒の表情で起き上がった。 「こんのバカ犬〜〜〜〜っ!!」 激怒しながらも頭部のみを狙う辺り、味方を巻き込まないぐらいの分別は残っている模様。 真横から体重を乗せきった十字剣を叩き付けると、大狼は皮膚の硬さからか斬れず、ビンタでもされたかのように大きく真横に仰け反る。 更に追撃。 振り切った十字剣を今度は逆側に返す。その様正に往復ビンタのごとし。 有栖川の呪縛符、エステラの組み付き。 この二つで大きく動きを制されている大狼は、シルビアが何度も繰り返す斬撃をかわすも防ぐも難しい状態となっており、もう言うなればビンタ乱舞だ。 見てる有栖川が可愛そうに思えてくる程、乗っかってるエステラが徐々に弱る様を体感出来る程、ぼっこぼこに顔面を斬られ続ける大狼。 遂に大狼は、自爆覚悟でエステラを乗せたままぶっとい樹木への体当たりを敢行し、ようやくエステラを振りほどく事に成功した。 大狼と三人が戦っている間に、残る狼アヤカシを片付けたエレイン、ルー、那由多もこれに加勢する。 敢えて大狼の視界に収まる位置から、那由多は矢に炎を纏わせる。 必殺の気と共に矢を放つ。 が、あくまで放ったのは殺気のみ。 間を外された大狼に、今度こそ弦を弾くと、矢は大狼の片目を射抜いた。 より強い殺気、いやさ剣気を放つのはルーだ。 飛びかかる大狼以上の跳躍を見せ、これを上にかわしざま剣を閃かせる。 有栖川は、これが最後とあらん限りの気合を込めて、呪縛の符を撃ち放つ。 もう何度目になるか、湧き上がる瘴気が大狼を包み込む。 エレインは狼相手に学んだ術を活かすべく、囲まれた時自分がやられて一番嫌だった前後同時攻撃を試みる。 エステラが片手を肘より直角に曲げ、手裏剣を構えると同時に踏み込みタイミングを合わせる。 後ろ足を斬り、そして残るもう片方の目を潰す。 更に何時の間にか木に登っていたシルビアが、おりゃーっとばかりに飛びかかった。 剣を前に突き出した姿勢で、体を捻り全身を回転させながら錐のように突っ込むなどと、普通はおっかなくて出来はしないだろう。 幸い、後ろからこれを覗く者もいなかったので、回転によってひらりと開いたスカートの裾、更に奥の素敵ワールドは誰にも見られなかったが、見事痛撃を与え大狼にとどめを刺した後、落下の勢いを殺しきれず、めたくそ痛そうな音と共に地面に激突していた。 有栖川が人魂を頭の上に乗せると、最も高い視点を得られる事もあり、木の上の上に居た三郎太を一番最初に発見する事が出来た。 こちらを見つけるなり大声で泣き出した三郎太を、木に登って抱えて下ろしてやる。 「よく頑張ったな。けど‥‥あんまし無茶すんなよ。母さん、心配してたぞ」 いつまでも泣き続ける三郎太をあやすのは、やはりエステラが一番上手であった。 しゃがみこんで視線を同じ高さにもっていき、服についた汚れを払ってやると、少し泣くのが収まる。 そして笑って頑張りを褒めてやると、ぴーぴー泣いてたのも何処へやら。得意げにえへんと鼻をこすり出す。 目的を達した一行は、長居は無用とすぐに森から脱出する。 村に戻ると、美代は満面の笑みで、三郎太の母は号泣でこれを出迎えた。 戻ったら説教をしてやろうと思っていた者も、村中みんなでよってたかって怒られる三郎太他子供達を見て、流石にそれ以上言う気にはなれず。 ついでに大狼アヤカシを退治したと伝えてやると、皆歓喜と共に開拓者を歓待し、大層賑やかなまま村の夜は更けていくのであった。 |