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■オープニング本文 アヤカシは天儀において最も忌むべき敵である。 しかし、アヤカシにもピンとキリがあるようで、今回村に現れたアヤカシは、ここらを巡回する衛士でも何とかなる程度の、そんな強さであると思われた。 十人がかりで一体を斬り倒した衛士達は逃げるアヤカシを追い、ねぐらと思しき洞窟を発見する。 最早袋の鼠と勇躍洞窟に乗り込む衛士達。 しかし、その最奥にでんと座る人型のアヤカシが、ぎろりと睨むとそれだけで衛士達の肝が冷える。 人型アヤカシの側には、先程蹴散らした狼型のアヤカシがたむろしており、再び戦いの構えを取っている。 見た目は老人が琵琶を持っているだけに見えるが、これほどの存在感は衛士達にも経験が無かった。 色を失った瞳、額に刻まれた深い皺、骨ばった指等、何処を見ても枯れ木な老人にしか思えぬのに、対する衛士達は震えが止まらなくなる。 それは老人、琵琶法師が身に纏った瘴気のせいであろうか。 衛士達は皆、実戦経験をさして持たない。 志体を持つ者から見れば、それこそ素人に毛が生えた程度でしかないはずの彼等にもそれとわかる程異質な、そう、これこそがアヤカシであるのだ。 最前列の衛士が、一歩だけ、後ろに下がる。 それを合図に、アヤカシ琵琶法師は琵琶の弦を一つ奏でる。 琵琶の中心に、拳大の黒い渦が生じた。 超常の理に従い黒い渦は勢いを増し、楕円を描き衛士へと迫る。 その直撃を受けた衛士は、身につけた鎧ごと、肉を大きく抉り取られたのを見て、声も無く意識を失う。 彼が地に倒れ伏す音が合図となって、一斉に狼アヤカシが襲い掛かって来た。 命からがら逃げ出せた幸運をかみ締める余裕も、彼には無かった。 同じ釜の飯を食った仲間が、半数以上アヤカシの餌食となったのだから無理も無い。 恐怖に震えながら衛士の詰所に逃げ込み、そこでようやく彼は悟る。 狼アヤカシは逃げ出したのではなく、彼等を主の下へ誘い込んだのだと。 詰所の仲間が事態を問うも、彼等が事情を説明出来るようになるのには、丸一日の休息が必要であった。 開拓者ギルドにアヤカシ退治の依頼が入る。 洞窟の奥に居る琵琶法師を倒せというものだ。 琵琶法師自体は他所でも目撃例があるアヤカシであり、極端に強力なアヤカシであるという事でもない。 ならば開拓者としてまだ経験の少ない者に任せるのも良いかと、そういった趣旨で依頼文を作り上げる。 もちろん、油断などして良い相手ではない。 相手は既に被害者も出している、人を喰らうアヤカシなのだから。 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
古月 知沙(ib4042)
15歳・女・志
リュミエール・S(ib4159)
15歳・女・魔
黒霧 刻斗(ib4335)
21歳・男・サ
ニット フェリス(ib4557)
19歳・女・泰
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰
幻獣朗(ib5203)
20歳・男・シ |
■リプレイ本文 風下から近づくなどの工夫をこらしたおかげか、途中妨害にも合わず開拓者一行は洞窟の前に辿り着いた。 幻獣朗(ib5203)は一つ頷き、作戦通り囮役として洞窟内に先行する。 外で待ち構えるリュミエール・S(ib4159)は、少し落ち着かない様子である。 「さて! 華麗に私の大活躍ー! できるといいなっ」 苦笑しているのは古月 知沙(ib4042)だ。 「期待してるよ」 「え!?」 「ん? しちゃまずいかい?」 わたわたと両手を振る。 「う、ううん! ぜ、ぜぜぜ全然平気だよ! もう頼りに頼りきっちゃってよ!」 ニット フェリス(ib4557)は二人の様子をほほえましげに見た後、残る面々に目をやる。 琉宇(ib1119)は手にした楽器とは別にナイフの位置を確認しており、随分と落ち着いているように見える。 一方、まるで表情が読めないのが黒霧 刻斗(ib4335)と龍水仙 凪沙(ib5119)だ。 「黒霧やん黒霧やん」 「ん?」 「もふら飴たべる? あ〜ん♪」 刻斗は六尺半(約二メートル)もある大男である。間違ってもあーんとかが似合う男ではなく、当人もその自覚はある。 冷や汗が一筋。 「あーん」 ニットはにこにこ顔のままだが、勘弁してくれ的なオーラを漂わせる事でこれを回避せんと試みる刻斗。 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 ニットの表情が、少し寂しげに曇る。 「‥‥‥‥」 「はいっ♪」 小さく口を開いた刻斗に伸び上がって飴を押し込むニット。 ニットは続いて凪沙に同じ事をしようとする。 凪沙は先人の轍を踏まぬようすぐにこれを受け入れた。賢明である。 巴 渓(ia1334)は彼等から離れた場所で、木に登りこの様子を眺めていた。 「過保護だとは思うんだがな‥‥」 ギルド係員より、後詰というかもしもの時のフォロー役を承った渓は、木の枝に器用に座ったまま、おにぎりをほうばる。 塩味がきいていて実にうまい。 瞬く間に二つ平らげ、三つ目に手を伸ばす。 「もう少し近くまで寄っておくか‥‥‥‥って甘っ!?」 三つ目のおにぎりを口にした途端噴出しかける。 「何? 塩味の握り飯に砂糖ぶっかけてあんのかこれ?」 「これお母さんからー」 「あん?」 「あやかし退治に行くんだよね。お母さんがおにぎりもっていってってー」 「おい、俺は別に‥‥」 「すごいね。あやかしって怖いのにやっつけちゃうんだよね」 「だからそれは俺の役じゃ‥‥」 「えへへ、私もこれ作るお手伝いしたんだよ。頑張ってね」 「だ〜か〜ら〜」 「私おうちでお祈りしてるね。お兄ちゃんがあやかしをやっつけられますようにって」 「‥‥‥‥もういい、好きにしてくれ」 娘が手伝ったというのは間違いなくこの塩むすび砂糖風味であろう。 口をへの字に曲げると、一息におにぎりをほうばり、喉に流し込む。 とんっと枝を蹴って飛び降り、着地。 ぼっこぼこにどつかれた二体の狼アヤカシが転がっている脇を通り過ぎ皆の側に向かうが、そこで、はたと気付いた。 「‥‥誰がお兄ちゃんだコラ」 幻獣朗が洞窟の中から走って来る。 がるるとこれを追いかけてくる狼三匹。 流れるような黒髪が跳ね、美麗な容姿が不安げに後ろの狼を伺う。 身軽なシノビの足であるが、狼相手の追いかけっこはキツかったのか、汗の雫が滴り、衣服は変色しべったりと肌に張り付いている。 張りのある肌が日の光に照らされ、健康的な光沢を放つ。 むしろ比喩的な意味での狼に追いかけられている方が、よりらしいのではと思えるような場面である。 刻斗がすらりと太刀を抜く。 「行くぞ」 ちらとニットの様子を伺った刻斗は、僅かに眉を潜める。 「‥‥おい」 思いっきりニットの腰が引けている。 挙句、ヤケにしか見えぬ様で狼アヤカシに突貫。 そして同じようにテンション上がっちゃってるリュミエール。 「さぁ! 焼き尽くしてあげるわー!」 こちらはせめても仲間に当てるような真似はしていないが、ニットはもう目でもつぶってるのかというヤケクソっぷりだ。 知沙は狼アヤカシが洞窟内に逃げ込めぬよう、洞窟入り口を塞ぐように位置する。 「琵琶法師の前哨戦、手堅く‥‥いけそうにないなコレ」 琉宇は静かにヴァイオリンの弓を引く。 精霊語による歌と共に流れたこの曲に特殊な効果は無いが、言語の通じぬ相手にすら届くだろう歌は、舞い上がった二人に自分を取り戻させるきっかけとなる。 凪沙は歌い続ける琉宇に微笑みかけつつ術を唱える。 「お見事」 目にも留まらぬ刃が走り、狼アヤカシを切り裂く。 続く刻斗の太刀が狼アヤカシにぶち当たると、これを真っ二つにするにとどまらず、二つに分かれた狼アヤカシが三間程かっとんでいった。 知沙は、やはり苦笑しながら刀を振るう。 「こうなると、幻獣朗さんの囮作戦大当たりだったね」 危険な琵琶法師戦の前に、一戦して慣れておけたのはありがたいという話である。 残るは琵琶法師のみであるが、一人これを目にしている幻獣朗は予定の変更を申し出る。 アレには下手な小細工は通じないだろうと、そのどろりと濁った目を見た瞬間察したのだ。 洞窟内には狼アヤカシも居ない事だし、後は力で押し切ろうと一行は洞窟内に踏み込む。 さして強くないなどととんでもない。 七人で囲んですら、その存在感はこちらを圧倒しているだろう不気味な琵琶法師。 刻斗は自らの恵まれた体躯の持つ役割を理解していた。 これに、誰より先に飛び込むのは、自分の役目だと戦慄を振り切り踏み込んでいく。 琵琶法師からの術が飛ぶ。 楕円軌道のせいで狙う先が読めないが、それが刻斗を狙ったものでないのだけはわかる。 無視されたようで、頭に血が昇る。 岩をも砕きそうな上段よりの斬り降ろし。 琵琶法師はこれを老いた見た目からは想像もつかぬ動きで真横に飛びかわす。 「ちょこまかと‥‥鬱陶しいんだよ!」 刃を返しつつ、両腕をぴんと伸ばし、剣先に引っ張られそうになるのを強引に腕力で止めにかかる。 そこから体を真横に引く。 下へと向かう刃に対し全身で逆らうと、刃に力の溜めが篭もる。 それがある一点を越えた瞬間、弾かれるように真横に太刀が走った。 この斬り返しの速度は読めなかったのか、琵琶法師の胴横に太刀が叩きつけられるが、練力を込めた一撃にもその手応えは鉛の塊を斬るようで。 最初に感じた威圧感が誤りではなかったと刻斗に教えてくれた。 琵琶法師の術、初撃をもらったのは凪沙であった。 志体のある凪沙でさえ痛みに顔をしかめる威力だ。 これを相手にした衛士の事を思うと、痛さも吹き飛ぶ勢いで怒りがこみ上げてきた。 「演奏は間に合ってるわ。また今度にして。‥‥今度はないけどね!」 斬撃符で斬り刻んでやりたい所だが、刻斗との動きを見る限り、あの動きを封じるのが先決であろうと呪縛符を用いる。 熱くなる事で強く激しく戦えるのは剣士であり、陰陽師は冷静に事を運び優位に戦うものなのだ。 瘴気が琵琶法師を囲み、捉える。 術の手ごたえから、やはりというかこのアヤカシ術にも充分な抵抗力を持っている事が知れる。 それでも上手く決まってくれた事でほっとしたのだが、ふと、隣からどよーんと沈んだ気配を感じる。 見ると、琉宇が見てわかる程にヘコんでいる。 「あ、いや違うから。あなたの事じゃ全然無いしっ。ほ、ほら、さっきの曲もすっごい良かったし、頼りにしてるってば」 「‥‥うん、頑張るよ」 気を取り直して演奏を始める琉宇。 何かアヤカシに呪縛符決めた時よりほっとした、とかあまり場にそぐわぬ事を考える凪沙であった。 幻獣朗は交戦開始から、琵琶法師の挙動を観察していた。 物理攻撃にも強く、術に対してもそうだ。 また、近接時に琵琶を叩き付けている所から、琵琶自体の強度も大したものなのであろう。 琉宇あたりに言わせれば、楽器で殴るなんてとんでもない、といった所なのだろうが。 気付いたのは一点、琵琶法師の攻撃は、術を用いるより物理で仕掛ける方がより弱いという事だ。 近接距離に相手が居る場合、高確率で琵琶で殴りかかる事も。 となれば、短刀で迫るがより効果的であろうと、ひょいひょい動き回る琵琶法師の動きを追う。 近接組から一足で距離を取る程の脚力を持つ琵琶法師だが、じっくりと動きを見れば先が見える事もある。 術の間合いを取りたがるだろうと読めれば、後は簡単な話だ。 琵琶法師が飛んだ瞬間、幻獣朗は走る。 うまく懐に潜れたので、短刀で琵琶を狙うと、弦を切る事に成功する。 ついでに全力で蹴り飛ばし、近接組の方に放り込んでやる。 琵琶法師は、転がりながら弦が無いはずの琵琶をかきならした。 幻獣朗は、アヤカシとは実に理不尽な存在だと思ったが、それでも近接組への術攻撃を防げた事で良しとする事にした。 琵琶法師が放った術は、リュミエールを直撃してしまう。 「あっ、やだ、痛い、痛いぃっ‥‥」 弱気を見せたのが良くなかったのか、琵琶法師は続けて術を唱えるも、琉宇が慌てて奏でた曲が間に合う。 甲高い音が洞窟に鳴り響き、琵琶法師の術と激突。 ぎぃん、という音が鳴り、リュミエールに二撃目が叩きつけられるが、先程痛いとは感じなかった。 よしっと気合を入れる。 いまいち良い所がないし、修行としてこの場に居るのに、ただうろたえるだけという訳にもいかない。 自分と琵琶法師だけに意識を集中させる。 呪文は自然と口を出てくれた。 これまで積み重ねて来た訓練に感謝しながら、自分と琵琶法師との間に一筋の線を繋ぐ。 ここまではリュミエールの意識の中だけの話。 そこに、術の詠唱終了と共に力を通わせる。 ぱちりと雷が跳ねる。 まだ、もっと、強い力を。 そうあれと念じると、陰陽師のそれとは違う、より自然に近い力が放たれる。 波打つ雷が現界したのは瞬きする間であったが、これが確実に効果を発揮した事は、リュミエールに自信を与えてくれるのだった。 そして、汚名挽回を狙うもう一人。 ニットが琵琶法師に迫り寄る。 不意に琵琶法師の動きが鈍る。 琉宇の曲が変わり、重苦しく低いものとなったせいだ。 あどけない顔で、精一杯視線を鋭く琵琶法師を睨む。 弓が引かれる度、ずん、ずんと琵琶法師の上に重りが乗っているかのように体が揺れる。 ここまで援護をもらって結果を出さなきゃ嘘だと、ニットは両手で上段中段を防ぐよう構えつつ、右足を伸ばす。 軸足を捻り、腰を乗せ、膝はぎりぎりまで曲げたまま。 ぴたりのタイミングで足を伸ばす。 これなら狙う先を読まれにくいのだが、琵琶法師は上段頭部を狙った一打目を腕を上げて防ぐ。 すぐにニットの足先が鋭角的に滑る。 逆くの字を描き、下段への回し蹴りへと変化したのだ。 上段を守っていた左腕を後ろに引き、本命であるこの一撃により強い反動を与える。 敵頭部を狙い高く振り上げられた足は、重力に引かれる勢いも相まって強烈な一打となる。 これに腿を強かに打たれた琵琶法師は、思わずその場に膝を落としてしまう。 崩れた琵琶法師を知沙が狙う。 表情をゆがめながら、足が痺れるのか術にて対抗する琵琶法師。 その直前、琵琶法師の手元を斬り裂いたのは凪沙の斬撃符だ。 ただでさえ皺の多い琵琶法師の顔が、憤怒に歪みもう見れたものではない有様となる。 知沙は刀を鞘に収めたまま、必殺の間合いへと。 踏み出した足、これを不用意に出しすぎると、体勢が崩れ剣撃もブレてしまうので特に気を遣った。 重心を前に移す。この時、刃を鞘走らせ抜き放つ。 刀身が鞘を離れる瞬間、刀を持つ手ごたえに変化が生じる。 ここに、居合いの極意が詰まっているのだ。 そんな色々を考える余裕は無いが、感じ、反応する事は出来る。 紅蓮の炎を吹き上げる刀が、琵琶法師に吸い込まれていく。 難しいのはここからだ。 鞘から抜けた瞬間、そして命中の瞬間、それぞれ刃の扱いを変化させねばならない。 ただ棒をぶつけるのではない。 引き斬れてこその刀であるのだから。 理想とする一撃には至らねど、知沙の刃は琵琶法師を捉え、堅い皮膚を斬り裂き、その傷口を焼く。 それまで皆が削り取った分、体幹にまで至ったと確信出来る、必殺の一撃であった。 刃を返し、鞘に収める。 その頑強さからは想像もつかぬ軽い音と共に、琵琶法師は倒れた。 「アヤカシの琵琶法師の演奏なんて聞く気にもなれないよ」 洞窟から出てくる開拓者一行。 渓はその表情を見ただけで、成果を察する。 怪我はあるようだが致命的なものはない。 狼アヤカシを分散させ、琵琶法師をより確実にしとめにかかる動きも、実に理に適った策であった。 何より、仕事を果たした一人前の顔をしている皆を見て、大きく頷く。 「十全だな」 ギルド係員には良い報告が出来そうだと、上機嫌で渓は踵を返した。 村に報告を済ませ、さんざっぱら歓待を受けた開拓者一行。 酒やら食事やらがもらえるとかそういった事ではなく、皆が安堵した顔で喜びを見せてくれるのが、何よりも嬉しいのだ。 そんな中凪沙は、回収した遺品を衛士達に届けてやった。 「あそこは‥‥眠るには寂しすぎる」 |