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■オープニング本文 仁生の街に、新たな音楽が生まれた。 この革新的な音楽は、若年層男子に大いにウケ、取り巻き、追っかけといった問題が発生する程の大ブームを巻き起こす。 優花は、元々貧農の三女であった。 そのままであったなら同じ農村の出の青年と一緒になり、平凡な人生を送っていただろう。 たまたま、近所に吟遊詩人なる者が居を構えており、音楽に触れる機会が多かった、それだけである。 優花は自身に音楽の才能があるなどと夢にも思っていなかった。 しかし、歌を学ぶのは楽しく、暇さえあれば吟遊詩人に歌を習い、訓練を重ねてきた。 そして、彼女は運命の書物を手にする。 『こいうた!』 一人の男性を巡って、数多の女性が織り成す恋愛模様を描いた仁生のベストセラー。 この物語に感動した優花は、物語の雰囲気をそのままに歌を作った。 歌で生計をなどと夢にも思っていなかった優花であったので、知人達の中だけで、こっそりと初演を披露する。 そして一月が経ち、気がつくと優花は『こいうた!』ファンが数百人集まる会場にて十曲以上を歌うハメになっていたのだ。 この噂を聞きつけた『こいうた!』管理委員会は、直ちに優花を招き、『こいうた!』公式歌としてその全ての曲を認定する。 優花の歌手としての道が開けた瞬間であった。 そもそも『こいうた!』自体が若い男性のみをターゲットに絞った物語であり、あまりに現実離れした女性像に眉を潜める者も少なくなかった。 しかし優花はこの物語の通り、まるでおとぎ話に出てくるような男性の理想ともいうべき女性を歌う。 ありえぬレベルで男に媚びてるとしか思えぬ歌詞は、女性からは嫌悪の対象でしかない。 しかもそんな歌を歌う事でめったくそモテているのだから、女性達の感情は最早憎悪の域に達していよう。 童顔で愛くるしい顔立ちも、ちょっと小さな身長も、何もかもが気に食わないと女性達は吠える。 そんな反感を買いながらも、優花ブームは留まる事を知らず。 熱狂したファンは、腕に『我命尽迄優花一筋』などという彫り物を掘るだの、身代全て投げ打ってでも演奏会には通い詰めるだの、優花の似顔絵が描かれた着物を着て堂々と表を歩くだのとエライ事になっている。 また彼らの間で最近流行っているのは『痛馬』と呼ばれるもので、自らの乗馬に優花を称える言葉や絵を刻み込む事だ。 中には龍にそれをする剛の者も居るという。馬にしても龍にしても安いものではなく、これを手に入れられるだけの収入ある者がそうしているというのは、実に凄まじい話である。 もちろん、常の音楽を好む者からは白い目で見られるし、そもそも『痛馬』なんて真似してる馬鹿が常識ある人間からは理解されるはずもない。 様々な問題を抱えながら、優花は歌う。 自分が好きで好きでたまらない歌を、みんなが喜んで聴いてくれるというのだ。これに勝る幸福は無かろう。 彼女に歌を教えた吟遊詩人は、既に隠居の身でありながら異常なまでに懐が深く、優花の良き理解者として協力している事もあって、優花は何処までも突っ走り続ける。 『こいうた!』管理委員会より、イベントの企画が持ち上がった。 優花を中心とした、歌と劇を行なおうというイベントだ。 もちろん劇の内容は『こいうた!』に即したものであり、優花にはこの主人公の幼馴染役を、そしてそれ以外のメインキャラ四人と主人公を選び劇を行なうのだ。 しかし、そこで大きな壁が立ちはだかる。 『こいうた!』の女性ファンというものは、存在はするのだが何せ他女性の憎しみが強く、おいそれと口に出して公言出来ないのだ。 仕事として演劇を行なっている者達も、わざわざ憎まれるような真似をしたがらず、どうしても優花以外の演者が決まらない。 『こいうた!』管理委員会は、熟慮の末、恐るべき女性達を向こうに回してもビクともしない強い女性、即ち開拓者を雇おうと決めた。 これならば、練習中やステージでトラブルが発生しようと、その持ちうる武力で解決出来るだろうという読みもある。 殊に、最近は優花への嫌がらせも度を越して来ている事もあり、一大イベント『こいうた演劇祭!』を成功させるために、彼らは是非とも開拓者の力を必要としていたのだった。 「えー! じゃあ開拓者さんが一緒に演技したり歌ったりしてくれるんですか!?」 優花が驚きの声をあげると、彼女の後見人的立場の老吟遊詩人、ライナスは深く頷く。 「ああ、ありがたい事だよ」 「で、でも開拓者さんってみんなアヤカシよりも強い凄い人なんですよね。それが、私と一緒になんて‥‥」 「大丈夫だよ。きっと、上手くやっていけるさ」 ライナスにはライナスなりの計算もあったのだが、敢えて口にするまでもないと無難な言葉を述べるのみ。 そして彼女に聞こえぬよう、小さく嘆息する。 「流石に、そろそろ私だけじゃ守りきれなくなってきているしな‥‥」 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
白拍子青楼(ia0730)
19歳・女・巫
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
神喰 紅音(ia8826)
12歳・女・騎
千亞(ib3238)
16歳・女・シ
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ブラッディ・D(ia6200)は、壁際によりかかる。 口元を滴る血を拭いながら、鋭い視線で自らを囲む男達を睨む。 と、そこに現れたのは真亡・雫(ia0432)だ。 「何をしてるんですか!」 「何だてめぇ?」 男達は止めに入った雫ごと、ブラッディをさんざっぱら蹴り飛ばして去っていった。 並んでぶっ倒れる二人。 空を見上げながらブラッディは問う。 「‥‥よう、お前なんでわざわざ声なんてかけたんだよ。見えないフリして行っちまえばこんな目に遭わずに済んだろ」 それを聞いて少し不貞腐れた顔の雫。 「そう出来ないから、こうして一緒に殴られるハメになったんですよ」 「バッカじゃねえの」 「良く言われます‥‥」 突然、大地をも震わす勢いの怒声が響く。 「こおおおおおの馬鹿弟子がああああああああ!」 両腕を組んで仁王立ちで現れたのは斉藤晃(ia3071)である。 「この程度の相手に敗れるとは何と惰弱な!」 見ると二人をボコった男達は、晃に張り倒されみーんなのされている。 驚いた顔で雫は身を起こす。 「師匠!? って、見てたんなら助けて下さいよ!」 「やかましい! 大体貴様には筋肉が足りぬと常日頃から言ってるであろう! だからこのような目に遭うのだ!」 「‥‥いやぁ、だからって胸の下に巨大剣山置いての腕立て伏せは無いです。後一日十里走れとか絶対無理。途中で天に召されますってば」 ぎゃーぎゃーと喚く二人を見て、ブラッディは身を起こしながら笑って言った。 「ギャハハッ、やっぱりお前馬鹿だ」 集まった開拓者達を目にした脚本担当は、ものの数刻で新たなシナリオを書き上げて来た。 曰く、いんすぴれーしょんを刺激されただそーで、全体の構成も劇の合間合間に優花の歌を交えるといった形に変更される。 舞台での基本的な立ち回りを練習する一方、シルビア・ランツォーネ(ib4445)は原作「こいうた!」に目を通していた。 読み進めるにつれ頬がひくついているのは、内容によほど納得がいってない証拠であろう。 神喰 紅音(ia8826)が、小さくため息を漏らしながら楽屋に入ってくる。 「また、です」 手に持っているのは針の山。 優花の着替え周辺にぶちまけられていたらしい。 見回りの隙を縫っての作業らしく、細かな仕掛けは出来ず注意すればさして問題にならぬ程度の嫌がらせであるが、それでもこうも続くといい加減嫌気が差してくる。 「‥‥自分たちがモテないのを優花さんに八つ当たりしてるようにしか見えないのですよ‥‥」 彼女と共に見回りをしてきた千亞(ib3238)は悲しげな顔を見せるも、ぶるんと首を横に振る。 「負けない優花さんは凄いのですっ。嫌がらせが減るように頑張りましょうっ」 「その通りです。この劇が成功しない事には私の計画もおじゃんなのですし」 シルビアは本から顔を上げて不思議そうに問う。 「計画?」 「この機に顔を売って出演依頼が殺到、報酬がっぽり計画ですっ」 「‥‥この嫌がらせの嵐見といて良く言うわ、あんた」 何故か感心したように千亞。 「紅音さんも凄いのですっ」 そこかしこ汚れたままで帰宅する雫を、学校帰りのシルビアが見咎める。 「ちょ、ちょっとどうしたのよ!」 「い、いや、ちょっと‥‥」 語尾を濁す雫であったが、シルビアがきっつーく問い詰めると洗いざらい白状させられてしまう。 「ばっかじゃないの!? あんた弱いんだから何でもかんでも首突っ込むんじゃないわよ!」 雫がぎゃーぎゃー怒やされていると、同じく学校帰りの白拍子青楼(ia0730)が泥だらけの雫を見つけ小走りに駆け寄ってくる。 「ど、どうされたのですか」 慌てた様子で赤く滲んで見える雫の腕を取る。 「だ、大丈夫ですよ、このぐらい‥‥」 「しかし‥‥」 そこまで話してふと、青楼は雫と顔の距離が異常に近い事、その手をさらっと握ってしまっている事に気付く。 「は、はわわわわっ」 そしてきゅーばたんと倒れてしまった。 めっちゃくちゃ大仰にため息をつくシルビア。 「‥‥まったく、こんなのの何処がいいんだか。優柔不断でスケベで女ったらし、これといった取り柄があるわけでもなし、男としての魅力が何もないじゃないの」 小声のつもりが、途中から雫に聞こえる程大きな声になってしまったらしく、見るからにがくんがくとヘコんでいく雫。 演技とかぶちぬけた真実味を感じえるへこみっぷりに、シルビアは慌ててフォロー。 「あ、ち、違うわよ。あくまでこれは真亡に対してであって真亡がそうって意味じゃなくって、いやあってるんだけど‥‥っあー! だから違うってば!」 全く意味がわからない。 そうこうしてる間に青楼が目を覚ます。 「大丈夫ですか?」 ちなみに、青楼は現在雫によりお姫様だっこの真っ最中である。 数秒の間の後、事態に気付いた青楼は、真っ赤になって恥ずかしさのあまり派手に身悶える。 体勢を崩す雫。上にのしかかるように青楼。胸元がはだける着物。めくれた裾よりのぞくなまめかしい足。 雫も青楼に負けぬ程赤面してしまうが、姿勢のせいか起き上がるに起き上がれず。 「何時までそうしてんのよ!」 結果、シルビアきっくでぶっとばされたわけで。 色 愛(ib3722)は青楼と共に準備しておいた「こいうた!」原作愛好者の集会に向かう。 集まった者の話題は、時期が時期だけに「こいうた演劇祭!」絡みが多い。 特に優花への反感を持つ者が集まるよう手配したため、そこかしこから不満の声が聞こえてくる。 愛は特に目立っている者に目を向ける。 その女性は何処から聞き出したかやたらめったら内部事情に詳しく、同じく聞き耳を立てていた青楼も時折声を出してしまいそうになる程だ。 「でね! 優花の相手役っていうのがもーすっごい可愛い男の子なのよ! あームカツク!」 彼女の自慢であった名家のおぼっちゃまである元彼氏君は、優花にハマって騎龍に素敵すぎるイラスト描く程であるそーな。 髪を伸ばしに伸ばしたもう一人の女性がぽつりと問う。 「その男の子、本当に可愛いの?」 「拉致して地下室にかこっちゃいたいぐらい可愛いわ。その上礼儀正しくて優しくて‥‥今すぐ死ね優花あああああ!」 「そっか‥‥私のあの人奪っといて、そんな子と楽しくやってんだ」 長髪女はすらりと懐刀を抜き放つ。 「ちょ!? アンタそれ洒落になら‥‥」 「離して! 殺らせてお願い!」 愛は青楼と顔を見合わせる。 「‥‥一応、自浄作用はあるみたいね」 「にゃあ‥‥アヤカシより怖いのです」 何やら不安になった愛は、優花がやたら浮名でも流してるのかと確認してみると、皆彼氏や好きな人が優花に入れあげてるのを見て大喧嘩したという話らしい。 嘆息している愛に、しかし青楼は何故か嬉しそうであった。 「でも良かったです」 「何が?」 「真亡様好評みたいですし、これならきっと劇も上手くいくと思うのです」 「‥‥女に好評でもねえ‥‥」 ぽじてぃぶしんきんぐな青楼はさておきと、愛は集会に集まった幾人かに目をつけておく。 この集会においては集団で動こうという気配は無い。ここでそういった動きが無いという事であれば、後は単騎突入であろう。 ならば要注意人物の顔を後で警備担当が確認しておけば、当日の初動を抑えやすくなる。 愛は青楼にだけ聞こえる声でぼそりと呟く。 「下剤でも手配出来てれば、てっとり早かったんだけどね」 何処まで本気だかわからない愛の表情を見て、青楼はぶるると震える。 「‥‥愛さんが一番怖いですぅ‥‥」 千亞が思わず伸ばしてしまった手が、雫の服の裾を掴む。 「ん?」 「あ‥‥」 二人の動きが、そこだけ別時間になったかのように静止してしまう。 見つめあう瞳はお互いのみを映し、ただそれだけで、千亞の心臓は早鐘のように響き渡る。 そんな二人の時間は、突然現実ど真ん中に引きずり戻される。 「みーつけた」 雫の背後からぐいっと引っ張り千亞から距離を取らせたのは、愛であった。 「姉さん?」 「寄り道はだめよ。そんな暇あるんなら私と一緒に‥‥」 さりげなーく胸が当たるような配置を取るあたりに、年上の巧妙さが見え隠れしてたり。 愛はわざとらしく今気付いたかのように千亞に目をやる。 「あら、てっきり優花かと思ったんだけど‥‥貴女確か学校の後輩、だったかしら?」 千亞は、脳裏のみで言葉を走らせる。 『こ、ここには優花さんはいません。で、でででしたら、その、先輩は私がおねーさんの魔手から守らなきゃいけませんっ』 無言でこれを睨み返しつつ、雫の手を掴んで引っ張り返す。 「へ?」 「せ、先輩は私と一緒に行くところがあるんです」 『そ、そうです。これは決して先輩と一緒にいたいとかじゃなくて、その、優花さんの為でもあって‥‥』 愛もまた千亞の挑戦に対し、一歩たりとも引く気はないらしいのは、その気配だけで察しうる。 意味がわからなそうに交互に双方を見る雫。 「え? 何で? 何か変な雰囲気っていうか、何かあったの二人共?」 二人の迫力に負けて数歩後ずさると、二人の間で何やら棘というか天然というか不思議な会話が交わされ始める。 そこで、二人から見えぬよう雫で死角になった場所から声がする。 「逃げた方がいいのですよ」 驚き首だけをそちらに向けると、そこでは紅音がにぱっと笑っていた。 「お二人にはお二人のお話があるのです。だからお兄ちゃんは私と一緒にあんみつ屋に行くのです」 「い、いや、それは流石にまずいんじゃ‥‥」 「お兄ちゃんは、私と一緒、嫌ですか?」 「そ、そそそそういうわけじゃ‥‥」 「一緒にあんみつ、キライですか?」 「嫌いだなんて事ないけど‥‥」 「一緒、したくないですか?」 紅音の目に涙がたまって潤みだすと、雫にはどうしてよいのやらわからない。 「わ、わかったから、ほら、泣かないで」 言質を取るなりあっという間ににぱぱーと笑う紅音。 「じゃあすぐ行こうなのです」 「‥‥‥‥あれ?」 嬉しそうに雫の腕に飛びつく紅音。 そして、引っ張られる雫の両肩に、がっしと愛、千亞の手が伸びる。 楽屋でへろへろになって突っ伏す雫。 基本出ずっぱりなので一番キツイ役でもあるのだが、精神的な部分での負担も大きい模様。 「この作品の主人公君‥‥正直尊敬に値します。こんな生活ずーっと続けてたら身が保ちませんよ‥‥」 がっはっはと大笑いの晃。 「見回りはわし等がやっておく。雫は少し休んでいろ」 「申し訳ありません‥‥」 そのまますーっと目を閉じる雫。 ブラッディがちょんちょんと雫の頬をつつくも反応は無し。 「ま、こいつが一番頑張ってるし仕方ねえか」 愛と青楼が仕入れて来た嫌がらせ情報に従って、晃とブラッディは仕掛けをさくーっと外して回る。 と、劇場入り口にガラの悪そうな面々が十人近く集まって声を張り上げていた。 「おら責任者出てこんかい!」 「ここで毎日騒いでるせいでこちとら寝不足なんだどうしてくれんだボケ!」 劇場が賑やかなのは今に始まった事ではなく、何より周辺住民には見えぬ連中である。 晃とブラッディは堂々と正面玄関より出てこれらと相対する。 すわと迫る男達に、ブラッディは問答無用であっぱーを、晃は裏拳を叩き込む。 吹っ飛ばされた男二人は、ただの一撃であっさりと昏倒。 晃とブラッディは同時に口を開く。 『どけ』 さーいえっさー、と道が空く。 こそこそーっと二人の後に続いて優花が買い物に出かけるも、これを害しようなどという人間が出る事はなかった。 報せを受けて雫は走り出す。 その必死な様子に、これを伝えた千亞は辛そうに俯き、そして意を決して顔を上げる。 「先輩、頑張ってくださーい!」 千亞にヘッドロックくらって身動き取れない愛は、恨めしそうにこれを見上げる。 「‥‥貴女とは歌だけじゃなくて腕っぷしでも決着つけるべきみたいね‥‥」 愛は両腕を千亞の胴に回し、がっしりとクラッチ。 「ふえ?」 「私の行く道塞ごうなんて百年早いわよばっくどろーっぷ」 「ふわあああああ!?」 悲鳴をあげつつ、地面を蹴ってくるりと半回転し大地への激突を避けてたりする。 走る雫は、角を曲がった所で青楼にぶつかりそうになって急ブレーキ。 ぎりぎり間に合って軽く肩に触れる程度で済んだのだが、相手が雫とわかった青楼は、その場でへなへなと倒れこんでしまう。 「きゅ〜」 「わっ、わわっ、しっかりして下さいっ」 超がつく急ぎでもこれを無視出来ない雫は、茶屋に運び、意識が戻るよう声をかけ、落ち着いた所でようやく疾走を再開する。 すぐに次なる妨害が。 「ていっ」 紅音が綱を引っ張ると、雫は盛大にすっころんでしまう。 「お兄ちゃん、偶然なのですよ」 「え、いや今縄が‥‥」 「タチの悪いいたずらをする人も居たものです。で、この偶然を祝して一緒にぜんざいを‥‥」 「ごめん! 今日はどうしても急がなきゃならないんだ!」 珍しく強い雫の自己主張に紅音が目をぱちくりさせている間に、走り出す雫。 「あら真亡じゃない。どうしたのそんなに急いで‥‥」 シルビアがそう声をかけるも、これ以上時間を費やす訳にはいかぬと雫は聞こえないフリをして通り過ぎようとする。 「ちょっと」 足を伸ばして引っ掛けると、再び盛大にすっころぶ雫。 「無視ってどういう事よ!」 雫は即座にがばっと起き上がり、ずずいっとシルビアに顔を寄せる。 「ごめん、急いでるんですけど、何かあるんでしょうか」 言い方は少々つっけんどんだが、そんな事よりも雫の顔がすぐまん前にある事で大いにうろたえてしまうシルビア。 「いや‥‥その‥‥単に相手にされなかったのがムカついただけで‥‥特にこれと言って用事があるわけじゃないんだけど‥‥あるわけじゃ無いんだけど‥‥その‥‥」 どんどん顔が真っ赤に染まっていく。 「そっか、じゃあ申し訳ないですけど行きますね」 「へ? え、あ、ちょっと!」 荒くれ者がたむろする中に、一人飛び込んで行く雫。 「馬鹿野朗! 来るなっつったろうが!」 荒くれ者に囲まれたブラッディが叫ぶも、雫にまるで怯んだ様子はない。 何故か建物の上に居る晃が両腕を組んで吠える。 「そうだ! 考えるのではなく感じたままを口にするのだ!」 これに呼応するように、雫はきっと荒くれ者を睨みつける。 「貴女が僕をどう思おうと、僕は決して友達を見捨てません!」 一番最後、雫に優花がじと目で抗議する。 「‥‥雫、また私の知らない所で危ない事したんでしょ」 「あ、あう、えっと、それは、その‥‥」 「心配、したんだよ?」 「ごめんなさい」 優花唯一の演技場面である。ヒロインをこれしか出さない脚本家のクソ度胸は、余人の至りうる境地ではなかろーて。 ともかく、事前に要注意人物に目をつける事も出来た為、乱入なぞという真似もさせず、「こいうた演劇祭!」はつつがなく、かつ好評の内に終了したのであった。 |