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■オープニング本文 ある所にそれはそれは平和な領地がありました。 街は栄え、領民は活気に満ち、数代に渡ってこれを治めて来た領主一族は、慈悲深く聡明な名君ばかり。 そんな領地で、当代の領主様には一つ悩みがありました。 彼の子供は、娘が一人いるだけなのです。 これでは跡継ぎには出来ません。 領主様は悩みに悩み、領地中に触れを出す事にしました。 『真の強さを持った勇者を姫の婿とし、次代の領主とする』 自らの力に自信のある若者達は、こぞって領主の呼びかけに応えました。 そして様々な試練を終え、遂に候補は四人にまで絞られます。 『萩峠の英雄』刃亜斗。兵士出身でその勇敢さは領内随一。実にふくよかなボディを持ツが、血を見ても暴れたりしない。 『魂の庭師』大耶。庭師組合期待のホープ。彼の手がけた庭にはそれ自体に霊力が篭もるとまで言われている。 『Lord of Butler』スペード。執事検定永世七段を許された執事の中の執事。 『最強の白黒』黒葉。白馬にまたがり黒い鎧を身に纏う騎士。時々葬式帰りと間違えられる。 いずれも素晴らしい夫となるだろう人物ですが、お姫様は憂鬱そうに空ばかり見ています。 何故なら姫は、隣領の一人息子に恋をしていたからです。 選別も大詰めを迎える段になり、姫は意を決して城を抜け出します。 大好きなあの人に会う為に。 しかし、お姫様の行く手には、困難な壁が立ちふさがります。 姫の居る領地と隣領地の境には、最近になってとあるアヤカシが住み着いたのです。 険しい山と深い森の中で、魔女と呼ばれるアヤカシは踏み入る者をぱくりぱくりと食べてしまいます。 姫はもちろん武術の心得も何もありません。魔女に襲われたら一たまりもないでしょう。 姫が幼い頃よりその世話をして来た侍女は、そんな姫を守るべく、領主にも知らせず屈強な戦士達を雇いました。 そう、それが、開拓者なのです。 ギルド係員は、当然領内に出されたおふれを良く知っていたので、この依頼をどうしたものかと頭を悩ませる。 姫の逃亡を助けるという事は、領主にケンカを売るのと同義である。 となれば公にこの依頼を受ける事も出来ず、しかしこのままでは姫の命は間違いなく失われる。 本来は領主に報せ、領主が兵を出して姫を連れ戻すというのが正しいやり方なのだろうが、これをやってしまっては開拓者ギルドを信頼し依頼してきた侍女を裏切る事になる。 頭を悩ませながらとりあえず開拓者の手配だけは先にしておいた係員の元に、夜中秘密の使者が訪れる。 何と彼は、領主様であった。 優秀だと言われている領主だ、とーぜん娘の逃走にはすぐに気付いたのだ。 しかしさしもの優れた領主様も、姫がここまで思いつめているとは想像だにしていなかったらしい。 普段が大人しいだけに、今回の行動は余程追い詰められての事であろうと、領主は涙を溢す。 大っぴらに候補者を集っていただけに、姫の逃亡は領主にも痛手であるのだが、こちらは領主が何とかするので、どうか姫の護衛を頼むと言ってきた。 「既に城の侍女より依頼を受けておりますので、ご領主様より二重に依頼を受ける事は出来ません。ですが、姫の護衛は必ずや成功させましょう‥‥‥‥いいんですか、本当に向こうの領地にやっちゃっても」 「四人の候補より一人を選び、養子に迎えるしかあるまい。いずれにしても、姫が隣領に入ってしまっていれば、後から何を言っても仕方が無くなろうて」 「それまでは、事を内密に進める必要がある。それが故の開拓者というわけですな」 「理解が早くて助かる。無理に姫を残したとて、集まった四人が四人共、優しさと行動力を備えた青年達だ。婚約までこぎつけたとしても、姫の想いを知ったならば、私ではなく姫についてしまいかねん。そんな真似されてみろ、以後彼等を重用する事なぞ周囲が許してくれなくなるわ」 こうした大人の事情により、姫の逃避行は領主認可の元、敢行される。 領主は隣領への書状を用意し、開拓者からこれを向こうの領主に渡してやれば後は問題無いだろうと告げる。 実に至れり尽くせりな家出である。 |
■参加者一覧
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
露草(ia1350)
17歳・女・陰
伊狩幸光(ia8597)
25歳・男・志
リーナ・クライン(ia9109)
22歳・女・魔
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 何とも不思議な一行が道を行く。 見るからに屈強そうな男が居ると思えば、たおやかで幼いと言っていい年の女の子も居る。 ただでさえ目立つ一行は、旗を掲げており、彼等が旅芸人であるとわかる。 この旗、石動 神音(ib2662)が命名した『運命の輪』という一座の名前が書いてあるのだが、露草(ia1350)やらリーナ・クライン(ia9109)やら侍女がよってたかって絵柄にああでもないこうでもないと注文をつけた結果、とても、なんていうか、つまる所少女趣味全開のファンシーすぎるものになってしまっていた。 旗作成に携わった神音他三人は大層この出来に満足しているのだが、健全な男子である伊狩幸光(ia8597)は、文句があるではないが少々思う所があるわけで。 「‥‥流石に、少し恥ずかしいですね」 同じく健全な男子であるはずの鷲尾天斗(ia0371)はというと、まるで気にせず平然としているのだが。 「いや、むしろこれでいいんだ」 「というと?」 「良く考えてみろよ。雄々しい旗なんぞ掲げてたら集まるのはむさっくるしい男ばっかだろ。野朗やとうの立った女なんぞに用はねえ、っつーか美少女以外何処でどう生きてようと知った事か。そう考えたら正にこの旗こそ最適解だろ」 話を振る相手を間違えた、そう悟る幸光であった。 天斗曰くのむさっくるしい男筆頭、恵皇(ia0150)はというと背に天下無双の陣羽織を背負い、威風堂々と道を行く。 羅喉丸(ia0347)が頬をかきながらぽつりと一言。 「目立ってはまずいのでは?」 「はははっ、こっちに注目してくれれば、それはそれで目的は果たせるだろ」 「そういうものか‥‥だが、注意はしていた方がいい。この地にはあの拳法殺しの刃亜斗様がいるらしいしな」 「望む所だ。あんただってそうだろ」 図星をつかれ苦笑する羅喉丸。 「まあ、な」 露草がほどこした化粧は、姫と侍女をそれっぽく見せる事に成功していた。 可愛いですよ、と露草が声をかけるも、姫はもう真っ赤になって侍女の後ろに隠れてしまう。 リーナが注意事項を伝えた時も、聞いているんだかいないんだか、侍女の後ろでもじもじっぱなし。 旅慣れていないだろう姫は、不調を訴えねばならぬ時、これでどうやってやっていくのだろうと不安になり、リーナも露草も事ある毎に気にかけていた。 シャンテ・ラインハルト(ib0069)は、横目に姫の様子を伺いながら、時折笛に手を伸ばす。 皆の歩調を緩めたいと思った時、一歩づつ進む足の調子を測り、これに僅かに遅れる速度で音を奏でる。 生まれのせいか品のある彼女の曲調は、姫の琴線に触れうる音楽であった。 それを口に出せる姫ではなかったが、それでも曲が流れている間、姫は疲労を忘れる事が出来た。 「白銀の魔女対アヤカシの魔女って言うのも、なかなか面白い光景だねー」 老婆を最後方に、アヤカシの群が姿を現すとリーナはフードに手をかける。 「でも魔女はこの場に2人もいらないよ?」 敵味方陣形が整う前に、こちらの前衛が踏み込みきる前に、フードを被りながら翳した杖より氷龍の吐息を放つ。 「無邪気なる氷霊の気まぐれ‥‥吹雪け」 駆け出す前衛の隙間をぬって放たれた吹雪は、視界をすら一瞬で奪う真白き闇。 こちらの前衛と同じく踏み込まんとしていた猫アヤカシ、花アヤカシを極寒の凍土へと誘う。 リーナは敵を見据えたまま姫と侍女に一言注意を。 「キミ達は無茶しちゃダメだよー。だいじょぶ、ちゃんと私達が守ってあげるからね?」 瞬時に下がった一帯の大気を、押し包むように常の温度が寄せてくる。 冷え凍えたアヤカシ達を救う温度のある風と共に、開拓者達はアヤカシへと襲い掛かる。 ブリザーストームが荒れ狂い、その冷気覚めやらぬ戦場に、二人の男が走る。 右に左に跳ね迫る猫アヤカシ。 ほんの僅かだけ先に出たのは恵皇だ。 両足を交差させつつ深く沈みこみ、爆発的な脚力にて一息に距離を詰める。 あれと思う間もなく敵の懐へ。 恵皇の目には猫アヤカシの正面が映っていたが、より深く、本質を見定めんと瞳を凝らす。 六ヶ所、正面からだとこれだけの箇所に輝きが見えた。 もちろん輝きというのは比喩であり、アヤカシの点穴を見切った事の表れだという話である。 既に恵皇の経絡は開ききっており、脈動する気塊は速やかに拳へ、その先の拳頭に吸い寄せられていく。 初撃は点穴の内でも猫アヤカシの重心が乗っている箇所、頭部中心の鼻っ柱に叩き込む。 これで突進を止めると、引いた左拳で少々狙いずらい位置にある顎先へと。 少し冷や汗を掻いたが、先端を掠めるように拳は打ち抜かれ、かつ充分な程に気を叩き込む。 通常であれば二撃目だけで転倒程度は見込めるのだが、アヤカシは多少事情が異なるようで。 それもまた承知の上。 猫らしい身のこなしで即座に体勢を整え、拳を振り切った恵皇へと飛びかかってくると、猫アヤカシの視界より一瞬で消え失せる。 恵皇は、飛び上がる猫アヤカシの下をくぐっていた。 両足を一杯に開き、滑り込むように前へと。 眼前より突如恵皇が消えた事により、猫アヤカシは間合いを外されてしまうが、その目は正面を捉えたまま。 そう、恵皇の影に隠れ飛び込んできた羅喉丸の背に釘付けとなっていた。 瞬間、恵皇の極神点穴が効果を発揮し、がくんと衝撃にブレる猫アヤカシ。 羅喉丸は体内に、寄せては返す細波のごとき気の流れを感じていた。 これを意図的に、より大きく激しい波へと育てていく。 波は無為に放たれぬよう円を描き、虚実が十対零となる瞬間へと誘われる。 全ての気力はこの一撃に。 課される力が大きければ大きいほどこの操作は難易度を増すが、羅喉丸の気脈に一切の乱れは無し。 そして豪快極まりない振脚にて反動を支え、背一面に破壊の権化と化した気塊を注ぎ込む。 傍目にはただの体当たりにしか見えぬであろう。 背を向けたのは、体当たり時互いに受けるだろう衝撃を自分だけは緩和させんが為と見えても仕方があるまい。 最後の瞬間まで、猫アヤカシもそうであった。 その背に触れた瞬間、身中より八つの方向に飛び散る絶大な力を感じたのが、猫アヤカシの最後であった。 恵皇に深く傷つけられた頭部は言わずもがな、特に身体の弱い部位が真っ先に吹き飛び、内部にあった瘴気が噴出される。 振脚を支える大地程の頑健さを持ちえなかったアヤカシは、羅喉丸が大地を踏みしめた轟音の半分程の音量で、ぱんっと弾け消えていった。 二人は、目論み通りアヤカシ一体を速攻にて粉砕せしめたのである。 シャンテは、奏でていた笛を止めていた。 いや止めざるを得なかったのだ。 大地を這いより、全身に巻き付いた赤錆びた鎖は、両の足を、腕を、胴を、首を、締め付ける事で全ての行動を阻害する。 元よりさほど声を出すシャンテではなかったが、今は出したくても出せぬ状況である。 辛うじて、これだけは決して手放さぬと笛を堅く握り締め、苦痛に耐える。 常の術ならば、大抵の物に抗し得るシャンテをしてこれである。 しかも拘束時間が異常に長い。 歌い花を率いている故か、魔女は真っ先に吟遊詩人のシャンテを狙って来た。 鎖の拘束が緩むと、シャンテは即座に霊鎧の歌を奏でる。 再び、魔女の鎖が伸びて来た。 今度こそと魔女の呪いに戦いを挑むシャンテは、心中に渦巻く想いを盾に悪意に抗する。 言の葉に乗せる事こそ無いものの、豊かな感受性に支えられた感情の波は、強く激しくシャンテの内に潜んでいるのだ。 シャンテを一巻に覆った鎖は、程なく粉々に砕け散る。 それでもシャンテは止まらない。 がんばれ、そう皆を支える事しか出来ぬ、しかし卑下するでもなく誇らしげに歌う。 『これが私の戦い方、なんです』 歌い花へと狙いを定める幸光。 歌を歌いだす前にと踏み込んだのだが、歌い花はその巨体を前のめりに倒し、巨大な花弁を大きく開いて喰らい付きにかかる。 虚を付かれたのは確かだが、予備動作が大きすぎるこんな攻撃をまともにもらってやる謂れもない。 頼みの大剣に今回は頼る事なく、花弁の下方をするりと抜ける。 懐の奥にまで入り込むと、大剣は振るいにくくなるものだが、それは敵も同じ事。 首にあたるだろう茎を振るい、花弁を真横に薙ぎにかかるが、位置が深すぎるせいか、その強烈な一撃も効果を発揮しずらく、背に添うようにかざした大剣に流される。 「―‥‥残念ですが、そう易々と喰らいませんよ」 その胴というか茎は剣の間合いに近すぎるが、振りぬかれた花弁は正に絶好の位置。 一歩を踏み出しながら弾くように縦に斬る。 大剣の重量からか、鞠のように跳ねる花弁。 振るった剣は既に体の脇へと引いてある。 そして、一歩を出た事で茎部との間合いを取った幸光は、これを横薙ぎに大きく払う。 花弁をかわしにかかる所からここまで、全ては完璧読み通り。 その重量からどうしても鈍重な動きになりがちな大剣を、使いこなすとはこういう事なのである。 露草は敵を見つけるなり結界呪符の黒を用いる。 姫と侍女を守る為の処置だ。 視界の通らぬこれに阻まれていれば、眼前に他開拓者もいることであるし、そうそうは敵も二人を狙う事はあるまいという話だ。 元々この二人に、敵が来たら安全な場所へ逃げろ、という指示も難しいのだ。 何せ二人には何処がどう安全なのか全くわからないのだから。そう考えると実に適切な動きである。 そして戦況であるが、早々に敵の一体を撃破出来たのはいいが、敵魔女の鎖の術はどうやらかなりのものらしく、歌の援護を受けて尚、まともにこれを抵抗出来そうなのはシャンテと露草ぐらいである。 ここは、こちらの損害を減らすより火力を増す事でより早い殲滅を図る方が効率的だと判断した露草。 呪符と共に前方に手をかざす。 透き通るような詠唱の後、梵字を刻んだ手の平大のうさぎが現れる。 それも本物のうさぎではなく、よりふわふわで、愛嬌のある顔をしたぬいぐるみ型。 露草の念に従い、うさぎは中空をぴょんぴょん跳ねる。 見るからにもふもふの白い毛玉を見て、誰がこれを強力な陰陽術と察し得ようか。 焚き火の中へ自らの身を躍らせるかのごとき純真さと切なさ、例え攻撃術であろうと抱きしめずにはおれぬ愛おしさと愛くるしさがそこにある。 ずどーん。 まあ、だとしても当たればこうなるわけで。 これを喰らった歌い花は、何処かやるせなさそうな挙動で身震いした。 ぶるんと天斗が槍を振ると、ハンパに突っ込みをかけていた笑い猫は踏み込みきれず大きく後ろに下がる。 「さぁ、槍で突かれるのがイイか、鎌で命を刈られるのがイイか。どちらか選びな!」 長柄の武器は、支配空間が他武器と比べとてつもなく広い。 人間大とはいえ、一飛びでかなりの距離を稼ぐ猫アヤカシの足をもってしても、自在に動き回れぬのはこのせいだ。 無論、長柄ならではの動きの重さが付き纏うのだが、先に幸光がそうしたように、術技によってこれを補う事も可能だ。 鎌で薙ぎ、柄で牽制しつつ、槍で突く。 それだけで笑い猫の動きを封じてしまうのだから、粗暴に見えてどうしてどうして理に適った槍捌きだ。 これでは削り取られるのみと思ったか、笑い猫は大きく回りこむように更に後方を狙う。 「だァれが回り込ンでイイっつったァ!」 笑い猫もまた見事なもので、小刻みに大地を蹴る事で、必殺の瞬間を跳んでかわそうと試みる。 回避挙動ごと斬り裂かんとする天斗に対し、笑い猫は大きく上に跳ぶ事でこれを回避する。 「間抜けがァッ!」 上に跳べばその分速度は落ちる。 その隙に迫り寄ってきた神音は、天斗の方へと押し出すように猫アヤカシを蹴り飛ばす。 そして再び、待ってましたと構える天斗。 満を持しての斬撃にも、笑い猫はいまだ五体を残したままであったが、笑い猫が再び動くより先に幸光の叫びが響く。 「ッ、リーナさん! 今です!」 残るアヤカシの配置は、彼等がそうしむけたブリザーストームを撃ちうる状態であったのだ。 リーナの術により、既にかなりの損傷を負っていた笑い猫、歌い花は凍りつき、砕け散った。 天斗は獰猛な笑みのまま吠える。 「さて、ラスト・オーダーといきますか!」 羅喉丸、恵皇は、瞬脚を用いて吹雪の範囲より逃れつつ、最奥の魔女に迫っていた。 そろそろ心もとなくなってきていた練力を振り絞り、点穴を打ち抜き、衝撃を叩き込む。 更にもう一つ。 神音もまた瞬脚にて魔女へと迫り寄っていた。 魔女が術を唱えると、大地を蛇のように鎖がうねり寄る。 『きっとお姫様は神音達を信じてくれてる。だったら神音はその信頼にこたえなくちゃ!』 これに抗しえぬのは既に理解している。 ならば、身を封じられる前に打ち砕くのみ。 踏み出した軸足に鎖がからみつく。 問題無い、既に間合いの内。 薄気味悪い冷たさが腿を伝い這い上がってくる。 我慢出来る、後ほんの少しだけ。 神音が引き絞った右正拳は、まっすぐに魔女の胴中央、正中線を射抜く。 重苦しい手ごたえ、しかし、突き出した右拳にも鎖が巻きついてくる。 次いで、反動をつけていた左腕にまで伸び来たが、それでも、神音は諦めていなかった。 僅かでも動いてくれれば、まだ戦えるのだ。 前に出した軸足、左足を這い登っていた鎖は、後ろに引いた右足には未だ至ってはいなかったのだ。 鈍い動きで崩れそうになる姿勢を必死に維持し、右腿を胴にぴたりと寄せる。 後は、体を固定せんとする鎖の力をすら頼りに上体を真後ろに逸らす。 これで、近接距離でありながら、足一本分、振りぬく余地が出来上がる。 「たーーーーーーっ!」 魔女の顎下より強烈な蹴りを見舞うと、魔女は倒れ、鎖はぼろぼろと錆びれ落ちた。 祝福と共に隣領に迎え入れられた姫と侍女を見届け、開拓者達は城を後にする。 羅喉丸は目を細める。 「天は自ら助くる者を助くか」 城壁より見送る侍女と姫に天斗は手を振る。 「また遊ぼうな〜」 領主の息子と顔を合わせた時の姫の表情を思い出しながら、幸光はくいっと眼鏡を上げる。 「お気を付けて。‥‥貴方に幸運を」 恵皇は少しだけ不安そうだ。 「仕方が無いとはいえ、結局姫さんには怖い思いさせちまったな。気にしてねえといいが」 しかし露草は、穏やかな表情のまま。 「それまでの自分を捨てて、自分で決めて実行したんです。きっといい思い出になりますよ」 城壁上でまだもじもじしている姫を見て、リーナは隣のシャンテをつつく。 了解しましたと、シャンテは道中聞かせてやった笛の音を奏でる。 姫は、やはりおずおずとしたままであったが、ゆっくりと、手に持った布を皆にも見えるように広げた。 神音はそんな姫に向かって、満開の笑顔で何時までも手を振っているのだった。 |