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■オープニング本文 無残に焼き尽くされた村に、鎧を着た大男が部下を引き連れ入っていく。 これを出迎えるのは童顔のせいか年齢より随分と幼く見える志士だ。 「すみれ様、こっちはカタつきましたが‥‥笑えないお話が一つ」 「どうした?」 「能登がやられました」 黒沙八王の一人すみれ。名前に似合わぬ大男である彼は、二人の特に優れた部下を持っていた。 一人は童顔の志士、つむぎ。 そしてもう一人、能登という志士がおり、今回つむぎと一緒に犬神の出里強襲の任についていたのだ。 「何だと!? で、能登は何処だ!」 「焼け残った屋敷の中に置いときました。すみれ配下の双璧ともあろう者が、みっともない話ですよ」 つむぎの言葉を最後まで聞かず、すみれは屋敷へと向かう。 すみれはもしゃもしゃと食事の真っ最中。 これを横目につむぎは報告を続ける。 「‥‥って訳で。案外てこずりましたね」 「能登は相打ちだったか。なら能登を討ち取った猛者の遺体は何処だ?」 「怒らないで下さいね。結構手強い二人組だったんですが、残る一人が抱えて逃げちゃいました」 ばりっと骨ごと肉を食い千切るすみれ。 「‥‥お前、まさか俺に黙って‥‥」 ものっすごい嫌そうな顔でつむぎ。 「すみれ様じゃあるまいに。人肉なんか煮ても焼いても食えやしませんよ」 すみれは、既に半ばまで食い尽くした能登の遺体を見下ろす。 「ふん、まあいい。しかし、やはり食うのなら勇者の肉に限るな。つむぎ、お前も死ぬまでに衰えるなんて事無いようにしておけよ」 「絶対にご免ですので、貴方より長生きしてみせますよ」 黒沙八王の一人すみれ。『人アヤカシ』という彼の二つ名は、黒沙ですら類を見ない程特異な嗜好によりつけられたものだった。 出里の一つが強襲を受けたとの報せが入り、犬神のシノビ達は急ぎ救出に向かう。 途中、脱出に成功した者達と幾度もすれ違う。 女子供も容赦無く、楽しむように殺していく敵のやり口に、脱出した者達は皆悔し涙を流していた。 そして生存者最後の一人が、彼等と合流を果たす。 彼女は、まず自分が最後である事と、把握出来た限りの敵戦力を報告し、ぺこりと頭を下げる。 「ごめんなさい‥‥こんな事しちゃいけないってわかってるんだけど‥‥」 まだ十歳前後にしか見えぬ彼女は、同じく十歳前後の少女を背負ったまま、ここまで逃げのびて来ていた。 修羅場を潜り抜けてきた後であろうに、報告も的確で無駄がなく、シノビとはいえこの年でここまで出来るのは稀有であろう。 「もう、死んじゃってるって、わかってるんだけど‥‥」 涙の一つも溢さず、無表情を保ったまま、彼女、詩は言った。 「どうしても、燦ちゃんを置いていく気になれなかったの。勝手な真似して、ごめんなさい」 詩は友人の遺骸を抱えてくるなんて真似をしながらその点には一切触れず、ただ、シノビらしからぬ無駄に脱出の成功率を下げる真似をした事を、謝るのだった。 すごく良くしてくれたんです。 しぃちゃんと一緒に、同じ年の子とたくさん遊べました。 しぃちゃんと二人でのかくれんぼも楽しかったけど、いっぱいいた方が、いっぱい楽しかったんです。 大人の人も、私に楽しそうに声をかけてくれました。 ちょっと照れちゃうぐらい、綺麗にみんな笑うんです。 あの人達みたいに、それが、凄く嬉しかったんです。 だから私、頑張ろうって思ったんです。 敵が強ければ、負けて死んじゃうのは仕方が無い事なんだけど、でも、それが嫌だったから。 本当に強い人でした。 何度斬りかかっても全然通じなくて、すぐに向こうの方が強いってわかりました。 でもでもっ、不思議と怖くないんです。 理由はわかんないけど、嬉しくて、体中から力がわいてくるみたいで。 そうしたいから戦うって、そうしなさいって言われて戦うより、もっと頑張れるんだなって。 後ろにしぃちゃんがいてくれて、それが何時もそうであったはずなのに、何時もよりずーっと頼もしくって。 本当に嬉しかったなぁ。 私が頑張れば、みんなの役に立てるんだって思えて、そんな風に頑張れる自分が嬉しくて、きっと何処まででも戦えるって思えて。 私が洗脳されてるって話、ようやく実感出来ました。 きっと今までの私は自分で決めて生きていなかったんだって。 でも、みんなに助けられて、私は自分で生きられるようになって、自分で決めて刀を振るえるようになって、それが、こんなにも嬉しい事だなんて。 嬉しい。嬉しい。嬉しい。 苦しかったあそこでの訓練も、きっとこの時の為なんだ。 あそこで頑張ったから、今ここでこうしてみんなの為に役に立てるんだ。 えへへっ、だから最後の最後まで諦めないで頑張って、やっと、勝ったんですよ。 私、頑張ったよね‥‥だから‥‥褒めて、もらえるかな‥‥ ‥‥ぇ、るる、お‥‥ねぇ‥‥ちゃん‥‥ ギルド係員の栄は、犬神からの通達を受け取ると、大きく嘆息する。 予想していたとはいえ、犬神がこの件から手を引くという報せには、何ともやりきれない思いにさせられる。 これを伝えに来たシノビは、もう見るからに不服そうな様子であった。 出里一つを潰されているのだ。当然と言えば当然であろう。 「ここが正念場、か」 犬神が引く以上、残るギルドが踏ん張るしかない。 如何に黒沙とはいえ、ギルド全体にケンカは売れまい。 もちろんギルドもギルドで制約があり、その範囲でしか動けぬ以上、犬神の支援無しに動くのは危険極まりない。 それでもやる。 栄も既に二度、黒沙の刺客により命を狙われギルドの護衛により救われており、二度目の襲撃の際、護衛の長に、次は守りきれんぞと言われているが、それでも、やる。 栄は陰殻に持つツテ全てを駆使し、かき集められるだけの人を集めた後、最も重要な役割、敵主軸を討ち果たす人間を募集する。 恨み骨髄の犬神には悪いが、八王すみれはこちらで殺ると。 「出し惜しみしてる場合じゃないしな。後の事は後で考えるとして、今は全力で当たらせてもらうさ」 薮紫の配慮で、燦と詩が黒沙と関わりがあるという事を知っているのは犬神でも極一部であった。 なので、これを恨む者もなく、燦は新参とはいえ立派に戦った犬神の一員として葬られる。 詩は、仲間の仇が討てぬと怒り悲しむ他犬神の皆の中にあって、一人無表情のまま、まんじりともせず燦の遺品である半ばからへし折れた刀を見つめ続けていた。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
レイシア・ティラミス(ib0127)
23歳・女・騎
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
鬼灯 瑠那(ib3200)
17歳・女・シ
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 開戦、開拓者軍がすみれ軍へと迫るも、すみれ軍は重厚な布陣にてこれを迎え撃ち容易に近づけさせぬ。 しかし老練を持ってなる開拓者軍の将は、巧みな用兵術によりその狙いを隠しつつ両翼を広げ陣の厚みを奪い、急転直下、包囲覚悟で本陣に強襲を仕掛ける。 曰く、どの道開拓者どもが勝ってくれん事には勝ち目なんぞ無いわい、だそうである。 前衛を担うレイシア・ティラミス(ib0127)は、常の戦時とは違うまっさらな顔のまま、脳髄まで真っ赤に燃え滾る程の憤怒を吐き出す。 「‥‥もうこれ以上の事はうんざりよ‥‥。黒沙八王‥‥貴方達は‥‥いや、貴様らは絶対に潰してやる‥‥!」 接敵の瞬間、鎧を着込んだ兵が真横に跳ね飛んだ。 波打つ大剣の横薙ぎの一撃により、兵の体を宙を舞ったのだ。 グリムバルド(ib0608)の怒声が響く。 「どけよてめえら!」 乱雑に振り下ろされた槍は、刃ではなく柄の部分が敵兵を打つも、あまりに重い一撃に兵は押し潰され大地に伏す。 続く掬い上げる一撃は、鎌の刃にて次なる敵を逆袈裟に斬り上げる。 フェルル=グライフ(ia4572)は迫る敵の中で特に意気軒昂な者に、己が剣気を叩き付ける。 「殺しをするなら‥‥死ぬ覚悟も十分ですよね?」 前衛が怒りに塗れて暴れまわる中、秋桜(ia2482)はその機を逃さず、突破の障害となる敵兵に向けクナイを走らせる。 同時に、残る障害には色 愛(ib3722)が向かっていた。 保護色を用いた隠行により、不意をついた愛は、体ごと斬りかかり、その余地を作り出す。 か細いが一本の道が開けた瞬間、秋桜が叫ぶ。 「酒々井様!」 酒々井 統真(ia0893)は、兵達が群がる前衛をつきぬけ、単身後衛に居る敵陰陽師へと踊りかかった。 いや、単身ではない。すぐに秋桜と愛が神速の歩法にてこれについていっている。 統真は敵陰陽師に痛烈な連撃をくれてやると、後を秋桜と愛に任せ、後ろも見ずに更に奥へと突き進む。 ネネ(ib0892)、鬼灯 瑠那(ib3200)は後衛を担うが、後衛といっても突入組だ。 程なくして周囲に敵の姿が迫り来る。 こちらの前衛を抜ける、そう確信した敵兵が踏み出した瞬間、瑠那のクナイがこれを貫く。 「黒沙の連中は後悔などしないのでしょうね。だから‥‥今迄で一番の苦痛と共に逝かせてやる‥‥」 ネネは戦が始まってもまだ悲しげな表情のまま、静かに役割を果たしている。 「‥‥不思議です。怒りよりも今は哀しくて悲しくて、ただひたすらに心が冷えているんです」 開拓者の突入開始から時が経つにつれ、更に後方で敵を支えている兵士達に苦戦の色が見られるようになる。 また開拓者達も優勢とは言いがたい。 数の差からか最初に突破した者以外は、敵前衛を斬り崩せぬままなのだ。 業を煮やしたレイシアは、強引に敵騎士との距離を詰め、叫ぶ。 「ここは私が。貴方はつむぎをやってきなさいっ!」 雑兵と騎士に押さえつけられていたフェルルは、この機に前へ前へと突き進む。 舌打ちする騎士に、レイシアはオーラを漲らせポニーテールを振り乱し斬りかかる。 「貴様の相手は私だ‥‥!」 敵泰拳士の足刀は、瑠那を捉えたかにみえたが、はらはらと舞う木の葉がこれを惑わす。 同時に背後に回った瑠那は、足払いをかけ転倒しかける泰拳士の背に刃を突き立てる。 ぐりと抉ってやると苦悶の声が彼より上がるが、まるで同情する気になれない。 巫女であるネネに望まれている事は、適切な治癒、適切な支援だ。 それらは冷静に戦場を見渡す観察眼無しに果たせる仕事ではない。 それでも、どうしても戦場に集中出来ない。 大きく膨らんだ喪失感は、少しでも気を抜けば体中に広がってしまうだろう。 『親しい人が死ぬということは、その人の笑い顔しか思い出せなくなる事だって母が言っていました。でも、やっぱり生きて笑っていてほしかった』 ぱんと両頬を自ら叩き、自身を戒める。 見れば、レイシアは多数の敵を相手に自ら踏み込み、オーラの光に包まれたまま、右に左に敵を蹴散らしている。。 瑠那もそうだ。近寄りがたい程の殺気は彼女の怒りの表れであろうに、それでもネネを守る役目を放棄する事は決してない。 二人共、あれだけの怒りを見せる程に悲しいにも関わらず、剣を、足を止める事はない。 「私も、頑張らなきゃっ」 突出しすぎた事を悔いたのか、泰拳士は一時後退し、これを追おうとした瑠那は、新たな敵影にネネの元へと戻る。 奇妙な兵であった。 小柄な体を全身鎧で覆っているのだが、何故か、戦場にありながら刀を抜くでもなく、ぼうとした足取りでこちらに向かってくる。 ネネがまさかと声を上げかけた時、兵の鎧がぽろりぽろりと外れ落ちた。 「いぬがみは戦わないって、だから、私、ダメだってわかってるけど、一人でやろうって思って‥‥」 その兵は鎧に細工をして、更に小さな体を大きく見せようとしていた。 「我慢、出来なかったの。叱られると思ったけど、なのに、こんなにいっぱいの人が来てくれるなんて‥‥」 最後にころんと落ちた兜の下には、詩の顔があった。 「みんなも、来てくれるなんて‥‥」 ネネが駆け寄りその肩を優しく包む。 「‥‥やっぱり、来ちゃってたんですね」 「ご、ごべんだざい」 涙目でそう言う詩は、きっと決死の覚悟で敵陣に潜入し、たった一人でも討ち果たさんとしていたのだろう。 シノビとして、戦士として育てられた詩には、それがどれほどやってはならない事か、痛い程わかっているからこそ謝り、そして今ここに皆が居る事が如何に困難であるかを知るが故に、嬉しくてならないのだ。 でも、とネネは詩を掴む手に少しだけ力を入れる。 「詩さん‥‥戦が終わったら、一緒に、泣きませんか?」 詩が望む事を為したいと思ったのなら、今すべき事は泣く事ではないと言下に伝える。 詩は一度だけ目尻を拭い、不安そうに問う。 「私も、いいの?」 瑠那はクナイを手元でくるりと回す。 「詩さん‥‥思いつめないでくださいね。貴女は、一人ではないのですから」 そして少し遠くから、レイシアがはっぱをかけるように声を張り上げる。 「足手まといならご免よ! しっかりやれるんでしょうね!」 きっ、と視線を強くし、詩は駆け出す。 ネネはそんな彼女を、とっておきの舞で送り出してやった。 愛は一瞬だけ秋桜に視線を送る。 それだけで、意図は通じてくれた。 秋桜が抜く手も見せずクナイを放つと、敵泰拳士はその身軽さで身を翻そうとする。 が、挙動を読んでいた愛の鞭が早い。 近寄りながら鞭を胴と右腕に絡め、そのまま背後に回る事で鞭の根元まで使って縛り上げる。 同時に逆手に持った鞭を振るい、こちらは胴と左腕に根元まで巻きつき、完全にその動きを封じてしまう。 その時既に、秋桜は宙を舞っている。 膝を泰拳士の肩に乗せる事で、僅かの間でもバランスを維持しつつクナイを泰拳士正面の胸元に深々と突き刺す。 秋桜が飛びついた衝撃は、泰拳士の背後に居る愛が支えたので、反動で勢い良く後ろに跳び下がる秋桜。 その後を追うように、ずぬっと泰拳士の胸元より刀が突き出てくる。 ぴたりの間で鞭を離し、背後より刀を突き刺したのは愛であった。 二人は絶妙の4連舞踊を披露しておきながら、倒れた敵には目もくれずそれぞれの次なる標的を狙う。 敵の位置取りや移動を把握し動かなければ、後ろと前で距離が空いてしまっている開拓者達はかなりの不利を背負う事になってしまう。 それを防ぐが二人の役目。 「‥‥損な役回りだわ」 と嘆く愛であったが、秋桜共々、最後まで冷静に事を運ぶ役目を自らに課していた。 兵が四人すみれ達の居る本陣奥へと向かう。 秋桜はただの一足でこれに追いつき、クナイを手にする。 目線は一番左の男に、そこで大きく踏み込み左から二番目の男に斬りかかると見せかけ、右から二番目の男を蹴り飛ばす。 左二人は斬られると思い足を止めており、残るは一番右の男。 自分には来ないと思ったか背を向けて走る彼に向け、強烈な打剣を打ち込む。 仰け反り苦痛の声を上げた男が振り向いた時には、秋桜は既に残る三人と交戦中。 再度奥に行こうと振り向いた彼に、こちらの三人無視でもう一発打ち込んでやると、彼もまた泣きそうな顔をしながらこちらに向かって来る。 これで十全、と秋桜は四人との戦闘に集中する。 愛もまた、今にも崩れそうな戦闘バランスを維持すべく、敵兵士を踏み台に高く高く飛び上がる。 狙うは敵サムライの一人。 放った二本の鞭はサムライの両腕に巻き付き、愛は踏み台にする際軽く目をを蹴ってやった兵士の眼前に着地。 伸びた鞭は兵士の両肩に、自身は足で兵士を支えつつしゃがみ込みながら一瞬で、全ての力を込めて鞭を引く。 兵士の体がその衝撃に負ける前に、肩を軸に斜め前方にサムライは引き寄せられる。 体勢を崩し踏ん張る足場を奪われたサムライは、そのまま敵兵士の背にぶつかってしまう。 「死鬼家忍法 毒蜘蛛」 愛は、抜き放った刀を兵士ごと、後ろのサムライに突き刺した。 グリムバルドが真っ向より飛び込んだ先に居たサムライは、一騎打ちでもなくば手に余る程の剛の者であった。 それでも、いや例えより強者であろうとも、グリムバルドが臆する事は無かったであろう。 槍を受け止められた事で動きが止まったグリムバルドに、敵兵三人が殺到する。 両腕に憤怒が篭もると、敵が何者であろうと振り払えるだけの力が漲ったと確信する。 槍を受け止めたサムライごと、自身の全周をぐるりと槍をぶん回す事で迫る敵兵全てをふっ飛ばす。 ‥‥1人でも多く逃がす為に、頑張ったのかな。燦は、良い子だな。‥‥本当に良い子だ。 グリムバルドは、ただの一歩たりとて引こうとはしなかった。 前後左右より押し寄せる雑兵、鋭さと力強さを兼ね備えたサムライ。 それらの刀をその身に幾度受けようと、怒りの雄叫びと共に槍を振るう。 鎌が真っ赤な血で染まり、雑兵の全てが倒れ伏した頃、サムライは確かに怯えの表情を見せていた。 ちょっとした言い合いを、ケンカでも始まったかと不安そうにこちらを見上げていた燦の顔が浮かぶ。 ‥‥叱るのはフェルル達もやりそうだからな。俺は褒めるだけにしておくぜ。 どうしてこんなにも違うのだと、激情を槍に乗せ、技も何も無く力任せに叩き付ける。 ケンカではないと知って安堵し笑う燦を、二度と見る事が出来ないと思うだけで胸が張り裂けそうだ。 敵サムライの斬り返しにて胴を深く薙がれても、胸の痛みに比べればどれほどの事があろう。 サムライが必殺を期した斬撃であり、故に出来た隙をつき、グリムバルドの槍がこれを刺し貫いた。 ‥‥だってかわいいからなぁ。会うとつい甘やかしたくなるんだよ。 統真の挑発に対し、すみれはにやりと笑いこれを受け入れた。 見るからに恐ろしげな大斧を振りかざし、その巨体から想像もつかぬ身軽さで前方に一回転。 望み通りの最強斬撃を叩き込みにかかる。 対する統真もまた全身全霊、気力の全てを注ぎ込み、真正面からの拳撃にて迎え撃つ。 中空より全体重を乗せ斧を振り下ろすすみれと、大地を支えに全身で拳を叩き込む統真。 命賭けるなつったろうが‥‥この、馬鹿娘‥‥誉めてなんかやらねーからな。 嫌な音が響き、大斧に亀裂が走る。同時に、統真の鍛えぬいた右拳にも激痛が走る。 どちらも弾かれたのは、その威力に差異が無かった故か。いや、事後の体勢は明らかに統真が優位だ。 そも、足を止めての一撃勝負はサムライであるすみれにこそ有利であったのだ。 これを五分以上にまで持ち込んだ統真は、泰拳士の優位を活かし、連撃に移る。 左拳は打ち込みつつ距離を詰めると、続く頭突き、右肘と近接距離にて痛撃を加える。 ただ‥‥あとは、休め、ゆっくり。 右肘を打ち込んだだけで右拳が痺れるように痛むが、薄紅を纏う統真の常軌を逸した速度は止まらない。 すみれもまた八王に相応しい反撃を何度も仕掛けて来たが、武器が砕かれている為、削りあいとなれば不利は否めず。 統真の練力が切れ、右手がぴくりとも動かなくなる頃、すみれは遂に、その動きを止め大地に伏す。 ほぼ同時に統真自身も限界を迎えるが、それでも、両足だけは折らぬまま意識を失った。 黒沙とは‥‥きちっとカタつけっから。詩も、他の子供も‥‥今度こそ、守るから‥‥な。 刀身を走る炎か、それとも自身が放つ剣気故か、フェルルは終始つむぎを圧倒し続けていた。 つむぎはすみれ直衛の任から離れず、これを抑えずしてすみれへの攻撃はありえなかったのだ。 しかしフェルルの猛攻も、疲労、消耗と紙一重だ。体力が尽きた瞬間、つむぎの逆撃が彼女を襲うだろう。 つむぎは、そんな戦いの機微がわかっていても、応えるように全力を出さざるを得ない。 まるで荒れ狂う炎の海原に放り込まれたようで、今はただ目の前の波をやりすごすしか手はないのだ。 どんな想いで戦ったかは想像しかできない‥‥きっと頑張ったんだよね つむぎはフェルルを理解できずにいた。 迫る剣撃は、見る者全てを巻き込みかねない熱情の表れであるはずなのに、何処か凍土を思わせる。 心中より吹き荒れる噴煙は触れる事すら許さぬ熱気を帯びているというのに、その最奥からは冷え凍るような風が吹く。 生命そのものを一個の弾丸とし撃ち放っているように見える彼女は、しかし後に残してきた世界を忘れず。 すみれ、つむぎ側に迫る敵が居ないか、常に確認しながら剣を振るっているのだ。 しぃちゃんも傍にいて絶対に負けられないって。よく頑張ったね‥‥燦ちゃん フェルルにも、つむぎにも、フェルルの限界まで後僅かである事がわかった。 至極単純な図式、これをしのげばつむぎが勝ち、仕留めきれればフェルルが勝つ。 同時に踏み込み、フェルルは長巻を振るい、つむぎは刀を突き出す。 とさっ、と軽い音と共につむぎは崩れ落ちた。後一手つむぎに手があれば、敗れていたのはフェルルであろう。 そんな接戦を制したフェルルは、最早周囲に敵が居ないと知ると、堪えきれず膝を折る。 ‥‥笑えない‥‥こんな酷い顔、燦ちゃんに見せられない‥‥よ‥‥ 戦が終わっても、激戦の疲労からか開拓者軍から勝ち鬨の声は上がらなかった。 開拓者達もまた、座視出来ぬ怪我を負った者も多数おり、死者こそ出なかったものの、誰しも声をかける余裕もない。 代わりに、何処からか聞こえてきた歌が戦場中に響く。 まるで戦場に似つかわしくない、子供が目をきらきらとさせながら喜び聞き入るような歌であったが、何処か悲しく、切ない思いを抱かせる歌であった。 |