黒の行進
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/16 23:08



■オープニング本文

 若者は恋仲の少女と共に山奥まで遠出していた。
「ねえ、遅くなっちゃったしもう帰ろう」
「だーいじょうぶだって。夜の方が風情あるじゃん」
「でも、ほら、この辺って‥‥」
「おいおい、もしかして村のじいさま達の話真に受けてんのかよ」
「で、でも‥‥ここ、黒の行進の通り道だから、昔から夜には絶対近づいちゃいけないって」
「子供が夜遊びしないようにって与太話だっての。お互いもう良い年なんだからそういう迷信は無しにしようや」
 少女も若者と居る事自体は嫌ではないし、二人っきりの時間もあまり取れないので、若者が強くそう言うと抗いきれない。
 何時しか月も雲間に隠れ、薄暗がりとなった木の下で、二人の唇がゆっくりと近づく。
 光が見ヲた。
 閉じかけた瞳を開き、少女はそちらに目をやる。
 奇妙な光景であった。
 炎ではありえない白い光が点々と続き、無数の影が光に照らされ地に落ちている。
 だが、影には本体があるはずだ。
 にも関わらず、光と影しか見えないのはどういう理屈か。
 同じく気付いた若者もそちらに目をやる。
 二人が食い入るように見つめていると、ようやくその正体がわかった。
 光を伴うあの行列は、全て黒一色の何かであると。
 彼等は陽気に踊り、歌う。
 闇夜の中にありながら、いや闇の中だからこそ、祭りの喧騒と興奮を思い出させる何処か滑稽で調子外れで、それでいて間違いなく愉快であると言い切れる行列。
 一体何事かと目を凝らして良く見てみた二人は、ある瞬間、全身が凍りつく恐怖に晒される。
 人の身に見えた黒達は、ある者は四本の腕を持ち、ある者は六本足で蜘蛛のように歩き、ある者は明らかに人間とは思えぬ巨体を持ち、ある者は人の身には長すぎる腕を伸ばす。
 突如、二人の背後より、がさっと草を踏む音が聞こえる。
 驚き振り返る二人の前には、異国の黒い上下を纏い、同じく真っ黒の帽子を被った男が。
 彼は慇懃無礼に、帽子を手に持ち大きく会釈する。
 気付いた時にはもう遅い。
 何時の間に迫っていたのか、二人の周囲を先程の黒い影達が取り囲んでいた。
 笑い声が木霊する。
 人のそれとは似ても似つかぬいびつな声達であるのだが、何故かその声は笑っているように感じられたのだ。



 開拓者ギルドに依頼が入った。
 黒の行進と呼ばれるアヤカシの群を撃破せよというものだが、係員が眉を潜めたのは、この群の数も詳細も、一切不明だという点だ。
 まずは調査をと当該地域に送り込んだ開拓者は、命からがら逃げ戻って来た。
 五人で向かった彼等は、五十を越えるアヤカシが相手ではどうしようもないと報告する。
 かといって大軍を差し向けるには出現場所が悪すぎる。
 しかも、彼等は一瞬にして彼方の距離から移動してくるのだ。
 そんなのが相手でそもそもどうやって逃げて来たのか不思議であった係員だが、五人の内の一人が、必死に逃げ回りながらもアヤカシ達の習性をある程度観察していたのだ。
 まず、彼等の瞬間移動はジルベリアで言う所のタキシードにシルクハットの人型アヤカシが中心となっており、移動は全員が一度に同じ場所へ飛ぶ事。
 そしてタキシードアヤカシさえ振りきれれば彼等の追跡をかわせる事。
 更に、付近の村で近づいてはならないと言われている地点を越えれば、それ以上追跡してこない事だ。
 以上の事から、この集団はタキシードアヤカシが全ての基点となっている可能性が高い。
 係員は、ならばと第一陣の開拓者はタキシードアヤカシのみを倒し、残りは第二陣で掃討するよう考えた。
 それでも第一陣は危険な任務となろう。
 腕利きを集め、更に朋友の協力を得つつ戦えるよう手配する。
 危険地域に入りさえしなければ被害は無いと長年に渡り放置されてきた黒の行進だが、注意を信じず、またそれと知らず踏み込んで被害者が出てしまう現状を鑑み、周辺の村々がお金を持ち寄って依頼してきたのだ。
 彼等が支払った金銭の重さを、係員は十二分に理解していた。
 全てに万全を整えられぬのは今に始まった話ではない。
 負担をかけるのはもちろん心苦しい事なのだが、それでも開拓者達ならばと係員は黒の行進に挑む。
 ウチの猛者達ならば、最悪の場合でも脱出だけはしてくれると信じ。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
桐(ia1102
14歳・男・巫
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰


■リプレイ本文

 地上より問題地域に侵入した叢雲・暁(ia5363)の、頬に一筋の汗が流れる。
「いや〜、話には聞いてたけど‥‥」
 そのすぐ隣に居るブラッディ・D(ia6200)も、似たような顔だ。
「いっそ壮観だよな、こんだけ囲まれると」
 真珠朗(ia3553)は、驚いてるんだかどうなんだかわからない、飄々としたまま。
「あれっ、と思ったらこうですからね。こりゃ、長年続いてたのもわかります」
 一人真面目くさった顔で、羅喉丸(ia0347)は仲間達の頼もしいんだか、現実逃避なんだかよくわからん声を聞き流す。
 遠目に目標である行列を見つけ、すわと意気込んだ瞬間、気がついたらもう回り中アヤカシアヤカシアヤカシだらけ。
 もう包囲の奥がどうなってるのか、地上からは見る事も出来ない。
 一方、空にて龍を駆る黎乃壬弥(ia3249)は、呆れたように呟く。
「こう来たらああする‥‥なんてな大体役に立たんもんだが」
 風雅 哲心(ia0135)も、話に聞いていたにも関わらず、何より先に驚愕が出てしまう。
「ほんの少し前まで何も無い草原だったよな。上から見てるとその異質さが良くわかるぞ」
 ぶるんぶるんと首を振る天河 ふしぎ(ia1037)。
「でも、驚いてばかりもいられないよ!」
 敵総数を数え終えた桐(ia1102)が、視線を鋭くする。
「敵52体、内、特に注意すべきは4体です。皆さん、幸運を」
 タキシードアヤカシが地上組の前で深々と一礼を終えた直後、一斉に開拓者達は動き出した。

 下の四人はタキシードが隣接している初手が肝心と、のっけから全開でタキシードに集中攻撃を仕掛ける。
「先手必勝」
 一瞬で間合いを詰めた羅喉丸が、懐にて背を向けながら僅かにかがみつつ、大地を強く蹴り出し背撃を叩き込む。
 熟達者のそれは、跳ね飛ばさず吸い寄せる。
 衝撃に崩れるタキシードに、再度の背撃が。
 無論、飛ばすか寄せるかは羅喉丸の胸先三寸であり、放つ威のあり方を操り次に繋ぐ為真横に飛ぶ。
 呆と姿の消えたブラッディは、アヤカシの群の中に現れる。
 これはちょうどタキシードの背後の位置だ。
 羅喉丸の二撃目により衝撃に揺れるタキシードに向け飛び込んで行く。
「人型でもアヤカシはアヤカシ、殴ってもやりすぎても怒られない! ギャハハ!!」
 人に向けてやってはダメですよと注釈つけられるような強烈な棍打がタキシードを捉える。
 右前の半身で突き出した棍は、瞬時に引かれ今度は左前の半身へと。
 無論、逆側の棍の先を突き込むようにしながらだ。
「おーっし来い!」
「はいはい」
 ブラッディは二撃目の棍をタキシードの背に突き立てたまま、やる気の無い声で応えてきた真珠朗の前方よりの一撃に備える。
 タキシード前方に位置していた羅喉丸と入れ替わりで踏み込む真珠朗。
 低い姿勢のまま飛び込み、眼前にて地をなめるようにくるりと一回転。
 勢いをつけた刀を突き刺しにかかるが、やたら堅いアヤカシの皮膚に刃は通らず。衝撃が逃げぬよう背後よりブラッディが抑えているにも関わらずだ。
 それでも衝撃が突き抜けただろうし損害無しとは思わないが、これは倒しきれないと判断し、これ以上の無理押しは控える。
 合わせてブラッディも飛びのいており、タキシードは振り上げかけた拳を中途で止める。
 二人がタキシードより飛びのいたのは、反撃を恐れてだけではなかった。
「ぬぬぬぬぬ〜」
 暁の術により、彼女が手にした手裏剣がばん、ばばん、ばばばんと大きくなっていく。
「これぞNINJAの必殺奥義! HUMASYURIKENだー!」
 露出度で目立ち、言動で目立ち、挙句投げた手裏剣もエライ目立つ。
 人間サイズよりデカクなった手裏剣は、きらきらと閃光を放ちながらタキシード目掛けてかっとんで行く。
 輝きに視界を奪われながら、それでもタキシードは回避の動きを見せるが、ごいーんと命中した派手な音が響く。
 これら全ては彼らの出し得る最大の攻撃でもある。
 正にのっけからクライマックスな連撃であったのだが、真珠朗が手ごたえから察したように、タキシードはまだまだ健在であった。
 しかも、速攻後退を始める。
 逃がすかと追いすがるブラッディであったが、後ろも見ずの後ろ蹴りに吹っ飛ばされてしまう。
 ただの一撃見せただけである。
 しかし、熟練の開拓者である皆は、その蹴りの中に込められた呆然とする程の技量に驚く。
 重さ、速さ、正確さ、どれを取っても一級品だ。
 気が遠くなる程の年月を修練に費やし始めて得られる域に、このアヤカシは居るというのだ。
 蹴り飛ばされたブラッディは綺麗に着地を決めるが、額に青筋がぴきぴきと走っている。
 駿龍翡翠が、着地地点でのフォローに回ってくれているのだが、これを労う心の余裕も無いらしい。
「‥‥この野朗‥‥」
 主に目が怖い。
 今にもぶちキレて襲い掛かりそうな勢いであるが、現状、それは実に正しい動きだ。
 タキシードを倒す事が目的なのだから、多少の損害覚悟の上で、張り付き続けなければならないのだ。
 暁が走り、進路上の雑魚アヤカシを蹴散らしにかかると、その足元を忍犬ハスキー君が付き従う。
 真珠朗は後ろよりアヤカシを掻き分け前へ出ようとしている巨人を迎え撃つ。
 羅喉丸は、わっと全方位より襲い来るアヤカシ達の相手はしてられぬと、暁共々前へと進む。
 後方、側面から迫る敵、奴等以上の速度で前へと出ねば、この数が相手では如何様にもし難くなってしまうのだから。

 空の四人も、もちろん黙って見ているわけではない。
 哲心は出来れば地上の皆とタキシードの間に居るアヤカシを狙いたかったのだが、後ろより迫るアヤカシ達を防がないと地上組が完全に動きを封じられてしまう。
 急降下と急上昇を繰り返し、背後より迫るアヤカシ達を龍の巨体と降下の勢いで牽制する。
「よし、いいぞ極光牙。次はこいつだ。すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」
 もっとも、牽制だけで良しとするような哲心ではなく、降下の度、極光牙の頭突きだけでなく、自身も龍の背より身を乗り出し刀を振るっているのだが。
 攻撃を終え上昇を始めた哲心の視界に、ちらとふしぎの姿が映る。
「おい! 無茶すんな!」
「任せて! 天河ふしぎ、天空竜騎兵(スカイドラグーン)出るっ!」
 それこそ地上のアヤカシから手が届く程の低空飛行にて、地上組が突破出来るよう前をぶち抜きにかかったのだ。
 速度の出ているグライダーにぶつかればアヤカシとてタダでは済まない。
 数体はこの勢いに怯え道を空けるが、反応が鈍いのが二体程。
 グライダーをここまで低く飛ばすのも大した技術であるが、この状態で障害物にでもぶつかった日には失速は目に見えている。
 ふしぎのこれは、あくまで示威であるのだ。
 地表との距離を目測で計り、機体を左に傾ける。
 空を飛んでいる時とは違う、速度の比較物がすぐ側にあるやたらスピード感を感じ易い状況にあって、ふしぎは冷静に翼端が地表を掠めるぎりぎりの角度で旋回し、そのまま旗首を持ち上げる。
 これをやると前方、地表が良く見えなくなるのだが、ソレが視界から外れる寸前、タキシードの側に居る手の長いアヤカシが動くのが見えた。
 急上昇をかけながら、強引に機体を捻り、ちょうど九十度回転させた所で機体のすぐ側を何かがすりぬけていく。
 目の端でこれを確認したふしぎは、ちょっと信じられない思いでこれを見送った。
「何か投げるかと思ってたんだけど、まさか手を伸ばしてくるとは思わなかった‥‥」
 長い手を更に伸ばして攻撃したらしい。これに捕まっていたらと思うと少し背筋が寒くなったが、機体にはためく大紋旗が、ふしぎに再び挑む勇気を与えてくれる。
 壬弥の甲龍定國は、その堅さが売りである。
 多少深くまで降下してしまったとしても、厚い鎧に任せつっきる事が可能だ。
 この利を活かし、わらわらと寄ってくる敵に囲まれがちな地上組の援護を続ける。
 他にも撤退の期を逃さぬよう引き際を常に頭に入れていたりと、容姿から想像される豪放さのみの男ではないのだろう。
 タキシードの瞬間移動術は見た。
 アレは、運用如何によっては回避不能の必殺武器となろう。
 なればこそこちらは細心の注意を持って事に当たらなければならない。
 同じ事を、桐も感じているのだろう。
 戦場全域を視野に修め、都度皆に指示を下している桐も、タキシードへのマークだけは外そうとはしない。
「暁さん! そこ出すぎです!」
「りょーかいっ!」
「ブラッディさん! 右に二体追加!」
「あいよ!」
「真珠朗さんは現状維持!」
「それ、しか、出来ま、せんて」
「羅喉丸さんそこでボケて!」
「わかっ‥‥ボケ? 何?」
 指示の意味がわからず踏み込む足を止めた羅喉丸は、辛うじて必殺の間合いから外れる。
 後方に引っ込んでいた手長の手が伸び、アヤカシ達を縫うように羅喉丸へと迫っていたのだ。
 のけぞりかわす事に成功した羅喉丸は、もうちょっとわかりやすい指示がいいなーと思ったとかそうでないとか。
 こうした空からの指示により、一瞬だけだがタキシードへの道が開く。
 すわと移動術を駆使し接近する地上組。
 壬弥の目がその瞬間を克明に刻み込む。
 タキシードが俯き加減に何事かを呟き、とんっと軽く跳ねる。
 それで、再びアヤカシ達はタキシード周辺に集まり、タキシードへと至る道が塞がれてしまう。
「見たか桐」
「はい。思っていたより予備動作は小さいですが‥‥隙を、つけますか?」
「つけなきゃ押しきれん。哲心とふしぎにも伝えとけ。二度もやられてたまるか」

 真珠朗は巨人と対峙する。
「いやいやいやいやいやいやいやいや‥‥無いでしょう、それは。というか無しにしてくれませんかねぇ」
 前に立つ巨人、そして、真珠朗の真後ろにも巨人が居た。
「いやホント、世間様ってのは理不尽に出来てるもんですよねぇ」
 御丁寧に初撃は背後の巨人より、拳を前に倒れ込むようにかわすと今度は前方の巨人が蹴飛ばしにかかる。
 全身を回しながら脇に避け、地についている足に全身の捻りと練力を注ぎ込む。
 同心円状に広がる大地の亀裂は、巨人二体の全身を激しく揺るがす。
 それでも巨人は巨人らしいタフさを見せ、二体がかりで真珠朗を攻め立てる。
 いわゆる特攻隊長的な位置づけらしい存在と思われたが、やたらひらひら柳のように動く真珠朗が気に食わないのか、倒れるまで狙い続けるつもりらしい。
 手に余る、そう口にするのは簡単だが、さりとて他所も余裕があるわけでもなく。
 上から危険を察した桐が声をかけてくる。
「真珠朗さん! もう少ししたら援護回せますから!」
 先に小声でぽつりと呟く。
「金の重みが命の重みだって話でして。命くらいは賭けますよ。御代の分くらいはね」
 相変わらず危機を感じさせぬ何時も通りの態度のまま、真珠朗は似合わぬ言葉を口にしてみる。
「別に倒してしまってもかまわんのだろう?」
「死亡フラグ! それ死亡フラグですからああああああ!」
 何気に暢気な二人であった。
 暁は、実にちょこざいである。
 迫る敵に向けさらっと撒菱バラまいてみたり、後ろを取ろうとした相手には忍犬ハスキー君が構えていたり、シノビの技か走り回りながらまるで止まらず戦闘を続けたり、敢えて敵にトドメをさすまで手間をかけず、ある程度行動を制限出来たらそれで捨て置いたりと。
 一つ一つはそれ程でもないが、積み重なるとわらわら迫る雑魚アヤカシに負けないくらい、実に鬱陶しい戦い方となる。
 とてもシノビらしい動きでもあるのだが、彼女がそうすると驚きがつきまとってしまうのは何故だろう。
 外見と言動が他人に与える印象というものは、かくも強いのかと再認識するものである。
 さておき、上から指示があるおかげで、暁は自分がどうするべきかだけではなく、他者への指示から現状がどんな位置取りになってるかを類推する事が出来る。
 戦場を駆け巡る事が出来る暁は、羅喉丸とブラッディが同時にフリーになる瞬間を待ち続けていた。
 そしてそれが成った直後、見渡した戦場にて妨害足りうるアヤカシは二体のみ。いやもう一体いるがきっと羅喉丸とブラッディなら抜けてくれると信じ動く。
 今対峙しているアヤカシの脇をすり抜け、その奥に居るアヤカシに助走をつけての飛び蹴りが一発。
 派手にこれを吹っ飛ばした後、風魔手裏剣でもう一体の動きを牽制しつつ、駆け込んでの体当たり。
「おっけー! 道開いたよー!」

 空で指示を出し続ける桐の邪魔さ加減に気付いたのか、地上のアヤカシから攻撃が加えられる。
 雑魚アヤカシ十体が集中して桐を狙い、何やら黒っぽい塊を投げつけてくるのだ。
 桐の龍歌月は甲龍であるが、何時までもこんなものをくらい続けていては保つはずがない。
 治癒が追いつかぬ程の戦闘であり、遙か上空に逃げるも拙いと思っていたのだが、これではそうするより他は無いと臍をかむ桐。
 突然、一騎の龍が桐と歌月を守るように並ぶ。
 それが真珠朗の乞食暗愚だと分かると、彼はとても複雑そうに、しかし嬉しそうに笑う。
 桐はこの援護を受け、アヤカシの群の中に道が開いた事でタキシードが動く前に、勝負をかける。
「ふしぎさん!」
 合図に合わせ真っ先に突入するふしぎこそ、タキシードの裏をかく肝となる一手。
 グライダーで迫るふしぎの術が、世界全てを凍りつかせる。
 それでも届かぬと、グライダーから飛び降り、大地を駆ける。
 止まった時の中で、風すら追い抜く速度で迫り、
「時の影よ、今僕に力を‥‥瞬・影・剣、刹那時空斬!」
 世界ごと動きの止まったタキシードの急所を貫くと、クロノスの余所見は終わる。
 タキシードのすぐ上、駆け抜けたふしぎの背後より迫るグライダーに再度飛び乗ったふしぎは叫ぶ。
「時の間にだって影は出来るんだからなっ。今だみんな、一気に畳みかけて!」
 だがしかし、時の庇護を得られぬ皆には尚難題が残る。
 タキシードの前に立つ強力なアヤカシ手長である。
 これには、より対処が早い空から壬弥があたる。
 定國を高速で飛ばしながら寸前で飛び降りると、前へと進む勢いが消えぬまま、大地に両足がつく。
 ふしぎがそうしたように、時を止めるなどの手を使わなければ、慣性を打ち消す事も出来ぬのだが、壬弥はそれでいいと両足を広げ姿勢を維持しつつ、勢いに任せて滑り進む。
 両足がガリガリと大地を削りながら、目指す手長の眼前に。
 もちろん手長もこれをただ見ているだけではない。
 長い手を鞭のようにしならせ壬弥へと叩き付ける。
「遅い!」
 閃いた銀光が一閃にて手長の腕を断ち切る。
 居合いはしかし、抜いた後が弱点ともなりうるのだが、壬弥の刃はその常識を超え、既に鞘へと収められている。
 手長もう一方の手は間に合わない。
 それでも伸ばし足掻かんとするその動きこそが、致命となる。
 攻撃とは即ち前へ体重を踏み出して行なう行為。前に寄らんとする加重移動は壬弥の刃の格好の餌食だ。
 自らの居合いの速度を知り尽くしている壬弥は、ギリギリまで抜刀を堪え、手長の体重が一番前に傾いた瞬間刃を抜く。
 深々と手長の体内に斬りこまれた刃は、しかし止まる事なく鞘に再び収められる。
「我が居合に隙無し!」
 ぐらりと倒れる手長。
 迫る地上組二人の、タキシードへの進路はこれで完璧にクリアされた。
 ブラッディ、羅喉丸の踏み込みは、泰拳士の技を用いた常のそれとは比べ物にならぬ距離を誇る。
 併走していた二人の進路が交錯、いやブラッディの後ろに羅喉丸が滑り込む。
 背を向けながら、先程タキシードに強烈な一撃をくれてやったあの背撃の構えにて、速度を合わせたブラッディとは背中合わせに。
「頼むぜ!」
「任せろ」
 強烈な衝撃がブラッディを跳ね飛ばす。
 そう、打撃技としてではなく、この背撃を加速手段として用いたのだ。
「蹴りのお返しだっての! ギャハハ!」
 静止状態の者から見れば、端がブレて見える程の速度と共に突き出された棍は、タキシードを打つのではなく、その脇腹を完全に抉り取る。
 当然急所を狙った一撃であったのだが、この速度にすら反応するタキシードの回避能力は流石であろう。
 しかもタキシードは、脇腹を奪われたまま、瞬間移動の予備動作無しでその場からかき消える。
 追撃を考えていた羅喉丸が動いた。
 それはタキシードが先の連撃を学習しこれを回避すべく動いただの、瞬間移動ではなく自らの俊敏な動きを用いて一瞬にして二人の視界外に移動しただの、そういった事に気付いていたわけではない。
 ただ、狙う獲物の殺気を決して逃さぬよう全身を緊張で覆っていただけだ。
 タキシードがブラッディにそうしたように、後ろも見ぬままで槍を脇の下に通す。
 構えは四度背拳の構え。
 大地を踏みしめる強烈な震脚、全身を漲る練力と功夫は、背面ではなくただ一点、背後へ伸ばした槍の先端へと。
 槍先に鈍い抵抗を感じるも、その先端が確実に突き抜けたと察した羅喉丸は、槍の柄に手をかけ、テコの要領で貫いたタキシードを空高くに掲げ上げる。
 羅喉丸へと殺到するアヤカシ達は、甲龍頑鉄が大地に降り大きく翼を広げ、そのものずばり盾となって防ぎ続ける。
「頼むぞ、頑鉄」
 タキシードの俊敏な動きにより、連撃へと繋げる間を外された哲心であったが、極光牙を信じ、龍の出来うる限界値な旋回を命じる。
 外へと引っ張り込まれる衝撃を龍背にて堪えながら、羅喉丸が必殺の機会を作ってくれた事を確認し、そこから更なる急角度に切り上がる。
「まったく、何処までもお高くとまったアヤカシだな。へっ、手前ぇらの行進もここで終わらせてやるぜ」
 極光牙の強烈な頭突きがタキシードに叩き込まれると、羅喉丸はこれを傷つけぬよう槍を抜く。
 主の指示を受けるまでもなく、極光牙はタキシードが主にとって最も狙い易い位置に飛ぶよう、頭突きの瞬間、首を上へと捻る。
 舞い上がるタキシードは、ちょうど哲心のまん前に位置していた。
 絶好必中の機会。
 しかしこれが好機であればあるほど、心は平静に保たなければならない。
 周囲の景色が、戦場の騒音が、なさねばならぬ責任が、全てが哲心の心より消えてなくなった瞬間、刃は哲心の伸ばした腕の先に閃いていた。
「これで終わらせてやる。雷撃纏いし豪竜の牙、その身に刻め!」
 更なる一撃は、無心ではなく有り余る闘志を刀に伝え、雷神の稲光を発する。
 タキシードへと叩き付けられた刃は、その全身に余す所なく電の鳴く声を轟かせつつ、タキシードアヤカシを両断せしめたのだった。

 タキシードアヤカシが倒れると、有象無象は瘴気の塵となって消え失せた。
 逃げる手間が省けるのはありがたい話であるし、ギルドの係員も二度目の手間がいらぬとあれば喜ぶだろう。
 こうして開拓者達は悠々と帰路につくのであった。