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■オープニング本文 「水っ! 泳っ! ですわああああ!」 砂浜で絶好調になって叫ぶのは、豪奢な金髪、もみあげ縦ロール、ひんそーな胸、そして水着着用の少女、雲切であった。 「やっぱり夏と言えば泳がなければ始まりませんわね!」 ちょっと離れた所で釣りをしている中年男は、釣り竿を立てたまま首だけを回してそちらを見ていた。 「‥‥いや、始まるっつーかもう終わるだろ夏。水冷たいぞおい」 もちろん聞こえるような大声では言わない。関わり合いになりたくないのである。 いっちにーさんしーと準備運動を始める雲切。 「水着も新調しましたし! 存分に泳いでくれますわっ!」 軽く運動した後、一瞬の躊躇もなくおりゃーっと湖に飛び込む。 「‥‥おい、新調って、あれ、水着て‥‥うおっ! あいつマジで飛び込みやがった!」 中年男が驚くのも無理は無い。 水着を着ていると主張する雲切は、顔だけ出ている全身鎧を身にまとっていたからだ。 凄まじい水飛沫と、見るからにありえない程の運動量で、鎧を着たまま泳ぎ始める雲切。 跳ねる飛沫は高く高くに舞い上がり、きっとあの鎧は見た目の光沢や砂に足が沈む程の重量感はさておき、紙のよーに軽いのだろうと中年男が断じる程、ありえぬ速度で岸から離れていく。 「でも、速度が落ちてきて‥‥‥あ、沈んだ」 ちゃぽんというやたら軽い断末魔の音を残し、ぶくぶくぶくぶくと沈み、遂には気泡も上がらなくなる。 中年男はこれはヤバイと立ち上がりかけるが、程なくして、浜側におっそろしい水飛沫が上がったかと思うと、水の中より雲切が走り出してきた。 「ぶはーっ! し、死ぬかと思いましたわ‥‥」 沈みきった後、湖底を走って来たらしい。もうコイツ何でもありかと。 流石に良心が疼いたのか、中年男は雲切に声をかける。 「ようねーちゃん、流石に鎧着て泳ぐのって無理がないか?」 雲切は得意げに胸をそらす。 「ふふふ、良く気付きましたわね! その通り! わたくしの水着は金属鎧なのですわ! これなら! 泳いで遊ぶと同時に体も鍛えられて一石二鳥! さすがわたくし! 頭冴えまくりですわ!」 「そりゃそんだけ中身すかすかなら頭の風通しも良さそうなもんだが。どーしてもそいつで泳ぐってんなら、せめて浜沿いを泳ぐとか工夫したらどうだ?」 くりくりっとした目を大きく見開く雲切。 「な、何と言う天才! その発想はありませんでしたわ!」 「‥‥こいつ、なんか疲れる‥‥」 きょろきょろと周囲を見渡し、これだという場所を発見した雲切は、ありがとーございますわー、と礼を言いつつそちらに向けて走り出す。 そのあまりの速さに、中年男は追加で何を言う暇も無かった。 「志体持ってんだろうけど‥‥にしたってあれ異常じゃね?」 と、釣り仲間の友人が声をかけてきた。 「よお、あのねーちゃん何だって鎧着て崖の上何かに‥‥うおっ! 飛び込みやがった! 身投げかおい!」 中年男は焦った様子も無く答える。 「泳ぐんだと。何か俺文句言う気も失せたわ‥‥」 しばらく平穏な湖面を保っていたが、やおら大飛沫が上がりアホみたいな速さで意味不明な物体が湖を駆けるのを眺めながら、中年男は釣りに戻るのであった。 一週間後。 「ふふふふふふふふっ、修行の成果が出てきましたわ。今のわたくしなら! あの島まで泳ぎきる事も出来るに違いありません!」 雲切の狂行を延々見るハメになっていた釣り好きの中年男は、すっごい嫌だが、一言声をかけてやろうと側に近づく。 「おい、あの島は‥‥」 「いざ行かん! 未踏の大地へ!」 今度は話を聞いてすらくれなかった。 大きな湖の中にある島に向け、わき目もふらず一直線に泳いでいく。 「あそこ、アヤカシが山程居るんだってば、聞けよこら」 ざっぱーんと砂浜に打ち上げられた鯨のように浜辺に横たわる雲切。 しばらくそうしていた後、肩で大きく息をしながら立ち上がる。 「や、やりましたわ‥‥わたくしに、かかれば、この程度、造作もありませ、ん‥‥」 目標を達成し、ふうと一息つくと、今まで特に気にもならなかった鎧の内側の肌触りが少し気になった。 「何かぬめってする気が‥‥‥‥っっっ!!!!」 腕の部分だけを外してみると、内側にコケがびっしりと。 「っきゃああああああああ!!」 大慌てで鎧全部脱ぎ捨てると、湖に飛び込んで体を洗い流す。 そして今度こそようやく落ち着けたと、砂浜に腰を下ろし、対岸を見つめながら雲切は呟いた。 「‥‥服、どうしましょう‥‥」 鎧は水着であるからという訳のわからん理由で下になーんにも着ていなかった雲切は、とーぜん、まっぱなのである。 アヤカシの生息地であるせいか、島には人っ子一人居ないのが幸いであったが、この格好で対岸に戻る事も出来ず。 最初に女性に出会う確率は五分だと、こそこそ隠れながら島の中に歩を進める雲切。 少なくとも、男ではなかった。 ぐがーと叫び人の臭いに引かれ寄って来た巨人型のアヤカシは、久しぶりのエモノに嬉々として襲い掛かってくる。 これに対する雲切は、岩場やら立ち木やらの陰に隠れ、アヤカシの視界から逃れ続ける。 「は、はだかの女性を追いかけるなど! 貴方に礼儀というものはないのですか!」 無い。ついでに言うと言語を解する知能も無い。 しばらくおっかけっこというかかくれんぼが続いた後、雲切は意を決して岩場から飛び出す。 「あーもうっ! 決めましたわ! 貴方はメスに大決定! 異論なんか却下です! そして! 女同士ならはだかでも恥ずかしくありませんわっ!」 つっこみ不在の為、雲切わーるどは留まる事を知らない。 「今こそ! ジルベリアで学んだ新たな技を試す時!」 アヤカシの、決してぬるくはない豪腕を、残像が残る程の速さでくぐってかわし、がら空きの脇腹に左のリバーブローをぶちこむ。 「これで、顔に届きますわ」 アヤカシの巨体がくの字にへし曲がると、下がった頭部を下から体ごと突き上げるような右拳でぶっ飛ばす。 更に、その場で上半身を八の字に回しだす。 「くっもーきりっ、くっもーきりっ」 誰も言ってくれないので自分でそう口にしながら、大きく横に振った遠心力を込めて、全力の左拳を叩き込む。 それで止まらない。そのまま左拳を振り抜き、今度は逆側に大きく振った反動で、右拳をぶちこみ、再びこれを繰り返す。 何度も何度も、強固なアヤカシの外皮と強靭なアヤカシの体力をして堪えきれぬ程の拳撃を。 爆ぜるような打撃音が繰り返され、遂にアヤカシが膝を折る。 二度と立ち上がれぬそれを見て、雲切は片腕を振り上げがっつぽーず。 「あいあむちゃんぴおん! ですわー!」 全裸でやっても締まらない事この上無いのである。 雲切の世話を頼まれていたジルベリア開拓者ギルドの係員は、報告を受け、即座に救出作戦を計画する。 「‥‥腕が立つ分他が致命的か。世の中ってな上手く出来てるもんだな‥‥」 |
■参加者一覧
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
フィリー・N・ヴァラハ(ib0445)
24歳・女・騎
愛鈴(ib3564)
17歳・女・泰
針野(ib3728)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ざざざーんと打ち寄せる湖の水、砂浜になっている一角にソレはあった。 「‥‥雲ちゃん。鎧着て泳ぐって‥‥相変わらず出鱈目だなぁ‥‥」 鬼灯 恵那(ia6686)は何処か遠い目でそう呟く。 話を聞いた皆は半信半疑であったのだが、証拠品である脱ぎ捨てられた鎧を見つけてしまっては、逃げ道は無い。 銀雨(ia2691)はこほんと一つ咳払い。 この島に渡る前、雲切がそうしたと聞いて、自分も当然鎧着て泳いで島に渡るつもりであったようで。 雪切・透夜(ib0135)は、片目を瞑り、人差し指を立てて対岸を見つめる。 風光明媚なこの土地は、彼の絵心を刺激して止まないらしい。 そんな透夜に御凪 祥(ia5285)が声をかけてくる。 「暢気だな」 「あ、あはは。僕もそう思うんですけど、ちょっと、邪魔しずらいというか‥‥」 ふうと小さく息を吐き、祥もこの意見に同意する。 「気持ちはわからんでもない」 二人が揃って目をやる先で、フィリー・N・ヴァラハ(ib0445)が、絶好調に巨人型アヤカシと殴り合い中であった。 よーはアヤカシをぶったおせばいいんだよね、だそうで。あながち間違いでもないと敢えて誰も説明してなかったり。 銀雨も、気まずい気分を誤魔化す為か、当人の好みか、これに参加しとっても原始的な鉄拳万歳バトルが繰り広げられる。 と、案外タフな巨人型アヤカシの前に、愛鈴(ib3564)がひょいっと移動する。 「うーん‥‥金髪とか縦ロールの特徴とは、ちょっと違うような‥‥」 捜索対象雲切との相違点に首をかしげている。 これと見間違えたとかいったら、当人発狂しそうなぐらい違いすぎる。 俺の肉体美とあんなひんそーな胸を一緒にすんじゃねー、的な怒りが込められてるかどーかはわからぬ巨人アヤカシの拳が愛鈴へと迫る。 「わたっわたたっ! あぶっあっぶないじゃないの!」 文句を言いつつも、身長差を逆手に取って下をくぐる。 「ふふーん、せっかくの豪腕も下からの攻撃には当てにくいでしょ」 余裕があるんだか無いんだかわからない愛鈴に、針野(ib3728)が警告を発する。 「追加! 二匹さー!」 「へ?」 一匹には針野の放った矢が牽制となるが、もう一匹は巨体を大きく揺らしながら突進してくる。 「きゃー! 無理無理ー! 1匹ずつ順番に来なさいってばー!」 とりあえず最初に相手していたのには、フィリーと銀雨が両脇より拳をぶちこみ黙らせる。 そして、突進してくる一匹は、鬼灯 仄(ia1257)が足を薙いで姿勢が落ちた所を頭部に木刀の一撃。 見物に回っている残りの面々にも声をかける仄。 「忍ばずのシノビの嬢ちゃんだ。さわいでりゃひょっこり顔を出すだろ」 恵那、透夜、祥はこれに頷き、それぞれの得物を手にする。 「さあて、派手にやらかすか」 巨人アヤカシ十六、狼アヤカシゼロ、が現在までの戦果である。 散発的な攻撃であるので、切羽詰った戦闘になる事もなく探索は進む。 銀雨がアヤカシは沿岸部に多いのではという、実に理に適った発案をし、皆これに従って移動している。 粗野に見えがちな銀雨であるが、意外にこういった発想はしっかりしていると皆感心したものだが、直後、じゃあどっちでもいいけどとりあえず右回りで行こうかと自分で言っておきながら右手の方に進みだす。 祥が何かを言いたげにしていたが、彼女が言った通りどちらでも大差ないので、やっぱり彼は黙ったままであった。 アヤカシが出る度ひたすらに殴って殴って殴り続けていたフィリーは、後ろ頭で両手を組む。 こうすると伸びをする姿勢になり、彼女の豊満な胸部がこれでもかと、実に素敵に強調される。 「結構な数が居るね。殴り甲斐はあるけど」 すぐ隣では、同じく鉄拳にてどついてどついてどつき続けていた銀雨がひーふーみーと指折り数を数えている。 「1、2、3、4、5、6、7、8、7、6、5、4、3、2、1、2‥‥うん、これまでに倒した数は二匹か。大した事ないな」 祥はまたも何かを言いたげに銀雨を見るが、それだけで、はた目から見る分にはわからぬ程微かに肩を落とす。 「‥‥何だろう、この脱力感」 ふと、浜辺から少し離れた林の影が光って見えた。 目を凝らすと、確かにそこに、金色の髪が。 「ん? まさか‥‥」 そこであまり表情を表に出さぬ祥の眉根に皺が寄る。 木の影より覗き込むようにこちらを見ている、あれは女だ。 というか、何故にあの女は服を着ていないのだろう。 これを見つけたフィリーがすっとんきょうな声をあげる。 「あー! いたっ!」 声に驚いたらしい雲切が、木の陰から更に体の半分程を乗り出してくる。 そして針野の容赦ない追撃。 「うおあああっ! な、なななんで雲切さん、一人で大自然を満喫してるさー!?」 ちなみに祥は、周辺を見渡し周囲にアヤカシが居ないかどうか確認中。ついでにアレから注意を逸らして『これ以上』見てしまわないよう気を配る。 銀雨は何をするでもなく暢気にもらす。 「あれが雲切か。先住民の裸族かと思った」 当の裸族さんは後ろも見ずに走り出す。これを追う恵那。 「くーもちゃーん! 逃げるなー」 銀雨同様、暢気に見送る愛鈴。 「あーあ、男性諸君が穴があくほど凝視したから逃げちゃった」 透夜の抗議と仄の笑い声がこれに答えた。 「見てませんっ!」 「小娘のひんそーな身体じゃその気にならねえから安心しな」 そして薮蛇にならぬよう、口を開かぬくーるな祥君であった。 雲切の基礎身体能力が異常に高い事を知っている恵那は、このまま追いかけっこをしても余裕でぶっちぎられると良くわかっている。 男性陣にはここで待つよう伝えておき、何とか振り切られぬよう女の子だけで話が出来るような位置に辿り着ければと思っていたのだが、仄がここで口を出して来た。 「おーい、ちょいまて!! 俺は女だから逃げなくても大丈夫だって!」 声からして男々しい仄であり、面識もあるはずなのだが、この声で足を止めてしまうあたり雲切の類稀な知性の低さがわかろう。 「え? そうでしたの‥‥って他にも殿方いらっしゃいますわ!?」 透夜はというと、発見の瞬間に針野に目隠しをされ偶発的な事故を防いでもらったので、これ幸いとそっぽを向いている。 実に如才ない動きである。 銀雨が目を丸くして仄に問う。 「へぇ、女だったんだ。わかんなかったよ」 「‥‥信じたのか、お前」 追っかけている恵那が声を上げる。 「大丈夫だから、男の人にはそっぽ向いてもらうからとまってー」 恵那の声を聞いた透夜、仄、祥は雲切にもわかるようにそちらに背を向けると、ようやく雲切は足を止めて振り返り、ついでに駆け寄る恵那に向かって走り出した。 「うわあああああん!」 「へ?」 恵那が何を言うより先に飛びつくとぴーぴーと泣き喚き始める。 「寒かったですわあああ! ひもじかったですわあああ! 寂しかったですわあああ!」 よしよしと恵那があやしている間に他の女性陣もこれに追いつき、人垣を作ってやる。 一体何のつもりで用意していたのか、恵那はジルベリア製の女性用作業服、通称メイド服一揃えを用意していた。 「喜寿さんが用意してくれたんだよ。気に入るといいけど」 ぱーっと雲切の顔中に輝きが広がる 「かっ、可愛いですわあ」 男達が後ろを向いた挙句人垣がある安堵感からか、裸のまま服を手に持ちくるくる回って喜ぶ雲切。 ここで銀雨が実に余計な事を口走る。 「隠すとこねー」 「どーいう意味ですかっ!?」 反射的に反応しておきながら、じっと銀雨を見つめる事によってわかったあまりの戦力差に絶望する雲切。 いい加減面倒になったフィリーが雲切にさっさと着替えを促すが、このタイミングでの発言は彼女へのトドメに他ならない。 「あー、もうどうでもいいから服着な服」 「わ、わかって‥‥って、こちらにも雄大な双丘がああああああ! こ、こんな現実最早見るに耐えません!」 おりゃっと自らの両目に指をつっこみ現実逃避な雲切さん。 「ほら、ヘッドドレスもあるよ。喜寿さん気がきくよね」 「目があああああ!」 「先住民の儀式か何かか?」 「目ええええがああああああ!」 「だーかーらー、転がってないで早く着替えるっ」 「私の目えええええがあああああああ!」 「胸なんて気にする事ないって。大丈夫大丈夫、雲切超可愛いから男性陣、心の中でよっしゃだよ」 「のおおおおおおおおおおお!」 「‥‥誰か、この現状を何とかしてーさー」 「わあああたああああしいいいのおおおおめええええがああああ!」 突然の阿鼻叫喚に、後ろを向いたままの男性陣を代表して透夜が少々慌てた口調で問う。 「大丈夫ですか? その、そろそろ後ろを向きたいのですが‥‥」 と、祥が隣から抗議の視線を向けている事に気付く透夜。 彼は、そこでようやく自らの失策を悟る。 この発言には二種類の問いが含まれているのだ。 つまり大丈夫であるかどうかと、後ろを向いていいかどうかだ。 しかも大丈夫でなかった場合の返事は『大丈夫ですか』に対する答え『いいえ』と、『後ろを向いていいか』に対する答え『はい』のどちらでもいけてしまう。 大丈夫でなかった場合、アヤカシの襲撃等瞬時の対応を要する事を考えるに、問い返すのも難しい。 ここがアヤカシ割拠する無法の地である事を考えれば、事故(らっきーすけべ)覚悟で返答問わず振り向くのが正しい。 だが、そこで透夜の持つ良識が立ちはだかる。 苦悩する透夜。しかし救いの手は祥とは逆側に居る仄よりもたらされる。 『俺に任せろ』 そう目線のみで語る雄々しき姿は、正に男の中の男。 祥もまた感謝の意を視線で返し、鯉口を切る。 三人の男性陣は、たった数秒でこれだけのやりとりを行い、切り込み隊長仄が勇躍身を翻そうとした時、針野があっけらかんと答えてくる。 「まだこっち向いちゃダメなんよ」 こうして、三人の社会的な立場は守られたのであった。 恵那のちょっぷでよーやく落ち着いた雲切は、涙目で目をこすりながらメイド服を着てくれた。 針野は、深く深く嘆息する。 「あれだけ騒いでれば当然なんだけど‥‥アヤカシ、わんさと出てきたさー」 祥はようやくまともな会話が出来そうだと思ったのかどうか知らないが、真顔のまま問い返す。 「数と位置は?」 「包囲、三十は越えてるさー」 三十対九、攻めるか守るか判断に迷う所だが、真っ先に飛び出すのは、金色をふりふりとたなびかせるアレである。 「服さえあれば百人力ですわ!」 いや、金色が二つだ。恵那もまた並んで飛び出している。 「ふふっ、そういえば雲ちゃんと一緒に戦うのは初めてだね」 今回は援護役を自らに課している仄が雲切に向かって脇差を放る。 「使え!」 雲切が後ろも見ずにこれを受け取ると、恵那は駆け寄り抜けざまに巨人アヤカシの片足を一刀で斬り落とす。 ぐらっと崩れ落ちてくる巨人アヤカシの上体。 僅かに遅れて雲切が飛び上がりながらこの首を斬り飛ばす。 ずしーんと倒れる背後の巨人アヤカシではなく、恵那、雲切は互いをちらと見合わせた後、更なる標的へと狙い定める。 そうこなくっちゃと嬉々として続くは銀雨とフィリー。 体重の軽さで僅かに勝る狼アヤカシが、フィリーへと飛び掛る。 これに対し、下がらずむしろ前へ出て敵の攻撃有効度を落としにかかるフィリー。 踏み出した足と残した足を踏ん張り、腰をねじり込みながら全力の右拳。 拳打は今にも食らいつかんとする狼アヤカシの側頭部に命中、そのまま、めきりと人間でいう頭蓋骨に当たる部位を文字通りひしゃげさせる。 狼アヤカシの重量が右拳のみならず、腕、肩、胴、腰、両の足にまでずしりとかかるが、大地を支えに剛拳はフィリーの指し示す軌道に従い振りぬかれる。 銀雨は同じ狼アヤカシを相手にしながらフィリーとは異なる拳を放つ。 野生の勘とでもいうべき感性で間合いを計り、突き出した拳を支える為動作に関わる全ての間接を固定し、拳面に乗せられるだけの体重を乗せた剛拳を。 ばかりと開いた狼アヤカシの口の中に向けてぶちこんだのだ。 鋭い牙が握った親指の裏、手の甲を裂くも、拳打は止まらず狼アヤカシを内側よりぶち抜いた。 針野が引き絞った弓、番えた矢は、製作時同様、藍色に、白銀に輝いていた。 しかし、これは弓術師針野が必勝を期して引いた会。 ただ無機質な器物のままでいられるはずもない。 大気に流れを生み出し、集った気が弓に、矢にみなぎっていく。 針野が弦を支える手を離すと、相対する巨人アヤカシの首が大きく後ろに跳ね下がる。 ぐらりと後ろに崩れる巨人アヤカシ。 こうして出来た正面の死角に、愛鈴が飛び込む。 間合い直前、走りながら両手を大地につくと、両足がくるりと上を回る。 前へと向けられていた足のベクトルが大地についた両手を軸に、弧を描いて大地に沈み込む力と変わる。 ここからは全身のバネの出番だ。 巨人アヤカシが額に突き刺さった矢もそのままに首を引き起こすと、その眼前には愛鈴の腰が。 左右の連蹴打がこれを襲ったのは直後の事である。 透夜は、迫るアヤカシを斬り伏せながら、並んで戦う祥にぼやく。 「先程までより、余程気が楽です」 守りではなく攻めに動くつもりが、元気な女性陣が飛び回ってくれるおかげで後衛の防御に回っている祥も心から頷く。 「‥‥同感だ」 仄は、彼我の数の差からじわりと削り取られるこちらの怪我の具合を確認し、近接二人に頼む。 「少しの間、こいつら引かせてくれるか」 心得たと祥の十文字槍が薙ぎ払われる。押し寄せる狼アヤカシは前足を斬り飛ばされつつ、接近する間を奪われた。 即座に斬り返し、この速さが、他アヤカシに踏み込む隙を与えない。 透夜も眼前の巨人アヤカシに、半歩踏み込みつつ必殺の術技にて斧を振るい、返す斧にて開いた傷口を更に抉り取る。 「抉り込み…そう呼んでいる。戦斧騎士のオリジナルですよ」 倒れる巨人アヤカシはそのまま後続への壁となる。 頃合は良しと仄は刀を構えながら戦場の只中にあってその目を閉じる。 水平に構えた刀からゆらりと光が漏れたかと思うと、仄の全身を清らかな輝きが包み込む。 光は仄のみならず皆の怪我を癒し、更なる戦闘を可能とする。 「‥‥とりあえずこいつら全部斬りゃ、あの嬢ちゃんも満足するだろ」 などという仄の希望は容易く崩され、結局島中回って残るアヤカシも張り倒すハメになったのだが、一行はようやく島を後にする。 帰りの船の中、針野は彼方の空をぼへーっと見上げながら、故郷を思う。 拝啓 故郷のじいちゃんばあちゃん‥‥世の中、いろんな人がいるんだと実感する今日この頃なんよ‥‥ |