MAMA
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/11 14:43



■オープニング本文

 彼等が信じられるのは血の繋がりのみ。
 同じ境遇で同じ苦しみを味わって来た運命共同体である六人の兄弟は、余人を一切信じず、彼等のみにて全てを解決する。
 志体を持つ彼等は、その力を、信じる事すら出来ぬ他人の為に振るってやる気などさらさら無かった。
 全ての力は自分の為。なんとなく夢見が悪い気分を晴らす為、良い女を連れている男にカチンと来た為、腹が減った時たらふく上手い物を食う為、存分に発揮する。
「おいっ、何か今日気分悪くねえか?」
「じゃあよ、俺一人二人さらってくるから、どういじめるか考えとけよ。俺もう一昨日のお遊びでぜーんぶネタ使いきっちまったよ」
「まーかせろ。タはすげぇ面白い事思いついてよ‥‥」

 都からは随分と離れた僻地の村。
 朝早く、井戸周辺に集まった主婦達は、何時も飽きずに同じ話題を繰り返す。
「やっぱり奥さんの家はしっかりしてるわねぇ。息子さん達も立派になってて羨ましいわぁ」
「おほほほほ、皆持って生まれた志体を、喜んで世の為人の為に役立てておりますわ。先日の手紙にもまた手柄を立てたとありまして‥‥」

「はーっはっはっは! すげぇな人間! ここまでしても死なねえもんなんだなおい!」
 無残な姿で弱々しく吐息を漏らす彼が何をしたわけではない。
 憤怒の表情で六人組の一人が彼を何度も何度も蹴り飛ばす。
「ふざけんなてめえ! 俺が目つけてた女に手出しただと!? 許さねえ! マジぶっ殺してやらぁ!」
 爆笑している残り五人。
「ぶはははは、お前が目付けてる女なんざごまんといるじゃねえか、無茶言うんじゃねえって」

 井戸で話をしていたのと同一人物とはとても思えぬ顔で、中年の女は怯え蹲る七人目の息子を何度も何度も蹴り飛ばす。
「何で! この子はわかんないんのよ! 貴方のお兄さん達はあんなに立派に戦ってるっていうのに! この子はたかがアヤカシの一体も倒せないなんて! 何て情けない子だい!」
 全身痣だらけで、それでも母が相手では息子は逆らう事も出来ず、小動物のように縮こまるのみ。
 人は、決して逆らわぬと確信出来る相手に対し、それでも横暴に振るわずに済ませるには、相応の人徳が必要であるようだ。

 度重なる彼等の暴虐に対し、街の有力者は腕の立つ者を護衛につけつつ、まずは話し合いをと接する。
「皆困っている。少し自重してはもらえんか?」
 六人は口々に叫ぶ。
「ふざけんな! それが命懸けでアヤカシ追っ払ってやった俺達に言う言葉かよ! 軍を抜けてまで俺達はてめえらに肩入れしてやったんだぞ! このぐらいでぐだぐだ抜かすんじゃねえ!」
「ったく、こいつらと来た日にはよぉ。恩とか義理って言葉知らねえのかよ。まあ別にいいけどさ、お前等が無法に俺達を追い出そうってんなら、俺も正義の剣を抜くだけだ」

 中年の女は激昂して怒鳴り散らす。
「税を納めろですって!? 貴方は我が家がどれだけこの国に貢献しているかわかってて言ってるの!? 先日も息子達は必死の思いでアヤカシ被害を食い止めたと手紙があったばかりだというのに‥‥おおっ、息子達よ。この国は貴方達の働きを認めないばかりか、なけなしの金をすら絞り取ろうというのです。母は、情けなくて情けなくて涙すら出ませんっ!」
「いや、軍の給金や手柄への褒賞と税とは全く別の問題でして‥‥」
「何時もそうよ! 貴方達は小難しい事を言って結局は自分が肥え太る事しか考えていない! 結局貴方達の掲げる正義なんてその程度のものなのよ!」
 話にならないとはこの事である。
 ただ、志体を持つ息子を六人も軍に送り込んだという名誉ある家であるのは確かなので、徴税人も強引な手を取りずらいのだ。
 仕方なく、収穫の多い家数軒から、口実を付けてより多く税を取る事で全体の帳尻を合わせる。

 中途に豊かな街であり、村であった。
 横暴を受け入れて尚、全体では余力を保つ程度には。
 しかし、個々に起きた被害は深刻で、彼等の心は憤怒に塗り込められる。
 特に、六人の息子の乱暴狼藉被害に遭った者は人死にすら出しており、被害者の親族は連日街の長の所に通い詰め、脅しやら泣き落としを何度も何度も繰り返し、遂に開拓者を雇わせる事に成功するのだった。

 かつて六人が軍に在籍していた時、同僚であった男は語る。
「あいつら駄目だ。どういう育ち方したか知らねえけど、人間が腐りすぎてる。敵がアヤカシだろうと人間だろうと関係ねえ、相手が弱いと見るやここじゃ口に出すのすら憚られるような嬲り方した上で、ひでぇ殺し方しやがんだ。へばってる味方を助ける事もない、普段も発想からしておかしいから話しする気も起きねえしよ。正直、軍追い出されてくれてほっとしてるよ。あんなのと仲間だなんて思われたくねえって」

 ギルド係員は六人の所業を調べ終わった後、淡々と受付処理を済ませる。
 街を救ったというアヤカシ退治も、実際はさほどの戦力ではなく、彼等が何時も行なっている弱いものイジメの延長であったらしいとわかって、彼も容赦する気が失せたのだ。
 唯一の心残りは、六人の心配をしているだろう故郷の母の存在だ。
 模範的な母であると伝え聞いているが、それでも親子の情はあろう。
 全てが終わった後、どうやってこれを伝えたものかと考えると、暗澹たる気分になるのだ。
 ギルド係員は、僻地故に六人が軍を抜けた事すら故郷に伝わっていないなどと夢にも思っていなかった。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
花脊 義忠(ia0776
24歳・男・サ
相馬 玄蕃助(ia0925
20歳・男・志
朱点童子(ia6471
18歳・男・シ
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰


■リプレイ本文

 横暴を振るわれる街人の気持ちを、開拓者達は心底から理解出来た。
 街の皆はこれに耐えてきたのかと思うと、志藤 久遠(ia0597)は自らに課せられた使命に身が引き締まる思いだ。
 花脊 義忠(ia0776)は何度も深呼吸を繰り返し、無理矢理に自分の心を落ち着かせている。
 大の字になって寝転がっている朱点童子(ia6471)も、顔が引きつったままで朝比奈 空(ia0086)の治療を受けている。
 こちらが反撃しないとなった時の連中の横暴っぷりは度を越している。
 志体がなければ、誰か死んでいてもおかしくはなかった。
 わざと無法者達の暴力にその身を晒し彼等の油断を誘う策は、完璧なまでに果たされたが、それで怒りが消えてなくなる道理もない。
 治療を行なう役割上、怪我の度合いを見なければならない空は、あまりな惨状に眉を潜める。
「しかし遠慮も何も無いですね‥‥他人を物と何かと勘違いしているのでしょうか」
 この策は目標を達する為の布石として以上に、開拓者達に理解を与える。
 街の皆がどんな気持ちで開拓者に依頼してきたのか、それが、実際に暴力に身を晒した三人だけでなく、昼の間に準備を整えていた他の皆にもきっちりと伝わりきる。
 ロクな抵抗も出来ぬ相手に、志体を持つ無類の腕力を武器に蹴るわ殴るわ。
 途中浴びせられる罵声、嘲笑。ただの一言ですら素通り出来ぬだろう噴飯物の言葉の刃を、飽きる事なく繰り返す。
 これで怒るなという方が無理な話だ。
 相馬 玄蕃助(ia0925)は宿に下働きとして入り込んだのだが、目が合ったというだけで顔に痣を作るハメになった。
 同じく宿に入り込んだオドゥノール(ib0479)は、他の従業員の注意に従い彼等との接点を最小限に留めた。
 洒落にならない程下品な行為の、標的にされかねないからだそうだ。
 そんな中、ちょっとバツが悪そうなのは五十君 晴臣(ib1730)だ。
 気配り配慮が得意な晴臣は、連中の内の一人にちょっと気に入られたっぽい。
 無論、仲間の惨状を見知ってはそれで情をかけようという気にもならないが。
 街人との段取りをつけてきた北條 黯羽(ia0072)は、敢えて連中の無法っぷりと彼等への怒りには触れず必要な事柄だけを事務的に皆へ伝え、最後に一言付け加える。
「それじゃ、反撃といこうか」

 深夜、宿でどんちゃん騒ぎ中の六人組に酌をする役をオドゥノールが引き受けようとした所、宿の女中がこれを止める。
「これは私の役割だ。気にする事は無い」
「いいえ、酌ならば私達にも出来ます。オドゥノール様は戦いに集中してください」
「しかし‥‥」
 女中は深々と頭を下げる。
「これが最後と思えば、どんな仕打ちにも耐えられます。ですからどうか、どうかよろしくお願いします‥‥」
 横暴に耐えに耐えてきた女中の心中を察したオドゥノールは、彼女の肩をぽんと叩く。
「わかった、あなたに頼もう。だが、無理だけはしてくれるなよ」

 玄蕃助が戸を開くと、二人は泥酔しきって寝転がり、三人は徹夜で飲む気らしく、ちびちびと機嫌良く杯を重ねている。
「あん? おお、ちょうどいい、酒とツマミ追加で持って‥‥」
 ぞろぞろと六人が入ってくると、流石に戦場経験があるだけに事態を察する。
 中に義忠の姿を見つけると、サムライは身構えながらげらげらと笑い出す。
「くはは! 昼間のボンクラが仲間連れて意趣返しか!? 雑魚の分際で笑わせ‥‥」
 玄蕃助の刀がそれ以上の寝言を塞ぐ。
 恨みを買う事が常の彼等の人生は、何時いかなる時でも得物を手近に置いておく習慣を育んでいた。
 玄蕃助は、これと口をきくのも不愉快だと無言のまま刀を打ち込む。
 右より袈裟に振り下ろし、自身は右に飛ぶ。
 構えは下段に。
 横薙ぎに振るわれるサムライの刀を掬い上げるようにして弾き、上がった刀を左より袈裟に振り下ろす。
 サムライはこれをかわしきれず胴に斜めに傷が走る。
 玄蕃助の腕が想像以上であった為、サムライは明らかに怯んだ表情を見せる。
 だからと手を止めてやる謂れもないのだが。
 オドゥノールは志士の刀を盾でがっちり防ぐと、盾の角度を僅かにずらし、かかる力の方向を逸らしながら渾身の力で押し返す。
 あちらは両腕で刀を、こちらは片腕で盾をだが、肘を入れてきっちり体重を乗せてやれば、両腕と遜色ない力を発揮出来る。
 大きく刀を弾き飛ばした所で、重心の位置を一度後ろ足に戻し、今度は満身の力を剣へと。
 盾と剣の用い方は、一見力任せに見られがちだが、そこには正確な体重移動と剣先、盾を操る手練の技がある。
 遠心力を乗せた剣は受けようとした刀ごと志士を吹き飛ばす。
 酒が入っている不利とオドゥノールの技量に、焦りの様子を見せる志士。
「お前達にとっては理不尽かもしれない。しかし、これがお前達がしてきた事であり、その報いだ」
 オドゥノールの言葉を十分の一も理解せぬ志士は、今のは偶然だと自らに言い聞かせ再度斬りかかってくる。
 木製の盾なぞ粉砕してやるとばかりに、ありったけの剛剣を見舞う志士であったが、オドゥノールは盾の縁の金属部分にまず刀を当て、滑るように斬る刃を硬い木で流す。
 そしてがら空きになった正面より剣を突き込む。
 辛うじて急所のみを外した志士は、ようやく、自らの陥った窮地を悟るのだった。
 黯羽は欠片も容赦する気はなく、殺意にか騒ぎにか反応して身を起こしかけた男に術を放つ。
 身を起こしきる前に数撃をもらった男は、しかし反撃とこちらも術を打ち込んで来る。
 それは決して無視出来るような威力ではなかったが、黯羽は臆する所なく撃ち合いに応じる。
 三度術を交換し、男は彼我の力量差を察する。
 身を翻しかけた男は、視線の先にある真っ暗な壁を見て思わず足が止まる。
 黯羽は術を止め、酷薄に笑う。
「どうした、飛び込むんじゃないのか? 運が良ければ窓から逃げられるかもしれんぞ」
 脱出路ともなるだろう窓周辺は、黯羽の術により黒い瘴気の壁に覆われていたのだ。
 仮にも陰陽師、この術の効果も知っているはずなのだが、動揺した彼は言われるがまま壁に飛び込み、弾かれた。
「‥‥本当に飛ぶ陰陽師があるか」
 畳下より伸び来る呪縛符が陰陽師を捉えると、彼は必死に叫ぶ。待て、話を聞けと。
「ああいいさ、聞いてやるから好きに話せ」
 そう言いながら、黯羽は斬撃の術を放ち続ける。
 彼が倒れ伏すまで、黯羽の術は絶える事は無かった。
 完全に動きを止めた陰陽師に歩み寄った黯羽は、背中に足を乗せて押さえこみ、首に斬撃符を撃ち下ろす。
「因果は巡る糸車‥‥っと、死ぬ理由はあの世に逝ってから考えな」
 晴臣は確実に動きを止めるべく、まず呪縛符を放つ。
 仲間を起こそうとしていた泰拳士がこの術にかかり、続いて斬りかかる義忠の剣を受ける。
 寝起きの陰陽師は、寝転がったまま術を唱え義忠を斬り裂くが、義忠は動じず泰拳士への攻撃を続ける。
 すぐさま晴臣からの斬撃符が泰拳士へ。
 これを受け仰け反る泰拳士は、踏ん張り堪え義忠に上段回し蹴りを。
 斬りかかるそぶりによりこの蹴りを誘った義忠は、一瞬で振るう足をくぐり側面を抜ける。
 狙うはまだ倒れたままの陰陽師。
 僅かに、陰陽師の術が早い。
 眼前に現れた火の獣が炎を吐き、義忠の全身は紅蓮の吐息で覆われる。
 一直線に伸びる炎が歪む。
 一部が盛り上がったかと思うと、火の粉を散らしながら大上段に刀を振りかぶった義忠が飛び出して来た。
「チェストォォォォッ!」
 真っ向唐竹割りは、身を捩った陰陽師により、肩口から胴の半ばまでを裂くに留まる。
 尚も逃げ続ける陰陽師の後ろ足を、引っ掛けるように前足で掬う。
 つんのめる陰陽師。
 それでも辛うじて転倒は免れるが、たたらを踏んでいる間に、義忠がただの一歩で間合いを詰めきる。
 刃が背につく程に振り上げられた刀。
 必死に腕を掲げる陰陽師は、上げた腕ごと、真っ二つに叩き斬られる。
「貴様らはしてはならん事をしすぎた‥‥力は自らを守ると同時に、弱き者をも守るために使うもんだ!」
 晴臣へと迫る泰拳士。
 符を手にした腕をだらんと垂らし拳打に集中する晴臣は、上体のみを逸らして初撃をかわす。
 次撃、低い回し蹴りを飛び上がって避けつつ、至近よりの斬撃符。
 放った直後、服の袖を大きく翻し、泰拳士の視界を塞ぐ。
 着地と同時に右に飛ぶ。
 晴臣は後退したとばかり思っていた泰拳士は、一歩だけ、無為に前進してしまった。
 それで充分と、晴臣の斬撃符が再び泰拳士を斬り裂く。
「なるほど。動きが鈍っていてくれれば、私でも何とかなる程度ですか」
 再び呪縛符を決められた泰拳士は、不利を悟ってか俊敏な動きを駆使して部屋の外へと逃げ出して行った。
 晴臣は無理に後を追わなかった。
 義忠は責めるでなく、意外そうに問う。
「見逃したのか?」
「余計な配慮とも思うんですけど‥‥ね」

 厠に立っていた志士は、宿の庭にふらりと出た所で、立ち回りの音を聞いた。
 志体を駆使し、二階へ飛び上がろうとしていた彼は、無視出来ぬ殺気に振り返る。
「厠にすら刀を持ち運ぶとは‥‥存外に用心深いのですね」
 抜き身の刀を下げた久遠であった。
「‥‥そうか、昼間のありゃ俺達を油断させる罠か。はっ、手の込んだ真似をしてくれるな」
 昼間会った時との鬼気の差に気付いてるようだ。どうやら彼だけは他と毛色が違うらしい。
「かけた手間の分は、回収させていただきました」
「らしいな」
 上の喧騒から大まかな襲撃者の数に当たりをつけた志士は、刀を鞘に収めたまま腰を落とす。
「厠の中で仕掛けて来なかったのは何故だ?」
「偉そうな顔が出来る程、貴方達には技量が無いと思い知っていただきたく」
 久遠は僅かに刃を寝かせた青眼の構え。
 二階より聞こえる立ち回りの音のみが、いや、それすら二人の世界から消え失せる。
 じわりじわりと近づいた両者の制空圏が、触れ、弾ける。
 銀光が煌き、二つの影が交錯する。
 久遠の刀は志士の胸部喉下に吸い込まれ、志士の刃は久遠の腹部へと。
「‥‥確かに‥‥俺の敵う相手じゃ、なかった、みたいだ、な‥‥」
 久遠は途中で突きを片手に切り替え、残る手で肉厚の短刀を抜き志士の刀を防いでいた。
「未熟なのは剣の腕だけではないと気付けなかった事が、貴方の敗因ですよ」

 必死に逃げ出す泰拳士。
「よう、昼間の続きをしようや?」
 行く手に立ち塞がりそう声をかける朱点童子の声に、びくりと一度震えた後、泰拳士は引きつったものでありながら笑みを見せる。
「へ、へへっ、誰かと思えば昼間の雑魚じゃねえか。お、脅かすんじゃねえよ。おら、殺されたくなきゃ道を‥‥」
 言い終わる前に朱点童子の術が飛ぶ。
「てめえ! 陰陽師だったの‥‥」
 驚く泰拳士に、更なる斬撃が。
「お、おいっ! ちょっと‥‥」
 朱点童子は術を撃ち続ける。
「くそっ、逃げ‥‥」
 既に怪我を負っていた泰拳士の足は、集中攻撃に耐え切れず千切れ飛ぶ。
「まて、まってく‥‥」
 血飛沫が舞い、床といわず壁といわず、そこら全てを赤に染め上げる。
「死ぬっ‥‥死んじまっ‥‥」
 声が止んでも、術が体を切り裂く音が止む事はなかった。

 完全に奇襲が決まり、圧倒的なまでに優位な体勢。
 空は治癒より攻撃に比重を傾ける。
 巫女の持つ攻撃術浄炎は、炎でありながら人体やアヤカシ以外に影響を及ぼす恐れは無い。
 これを空程の術者が唱えると、陰陽師のそれをすら上回る強力無比な攻撃手段と化す。
 遠慮呵責の無い砲撃に、オドゥノールと対していた志士は、こちらでも勝てぬ事もあり、やぶれかぶれで空に飛び掛る。
 背を向けた志士に対し、オドゥノールは必殺の間合いに踏み込む事が出来たが、空の目を見た事で剣を止める。
 空はゆっくりと、腰に差した刀を抜く。
 相手は巫女と侮った大振りの刀。
 志士の目から空の姿が消え失せる。
 彼女が何処に行ったのか、気配から察し振り返る志士は、何故か斜めにずれていく視界に驚き、そのまま永劫に救われぬ闇へと吸い込まれていった。
 背後に抜けざま、振り上げた腕ごと首を一刀で斬り落とした空は、一振りで血を払い落とし鞘に刀を収める。
 それは情けであったのだろうか。
 一言、消え入るような声で術を唱える空。
 落ちた生首が、正視に耐えぬ程醜悪な顔で笑った。
 不思議そうに何をしたのか問うオドゥノールであったが、空は曖昧に笑うだけで、決して、志士が最後に見た彼の望む景色を口にする事は無かった。

「くそっ! くそっ! てめえら汚ねえ不意打ちなんてしやがって! 剣に生きるのなら正々堂々戦いやがれ!」
 最後に残ったサムライは、あくまで自分は悪くないと強く主張し続ける。
 これと剣を交えていた玄蕃助は、ふうとため息をついた後、何を思ったか刀を畳の上に置き、あぐらをかいて座り込んだ。
「ならば、これでどうでござろうか?」
 いきなりの事に驚くサムライと仲間達。
「おい、てめぇ‥‥」
「まだ足りぬでござるか? では両手を後ろに縛って‥‥」
「なめてんのかてめえ!」
 キレたサムライが刀を振りかざし斬りかかってくる。
 瞬時に座った姿勢のまま刀を取りつつ斜め前方に飛ぶ。
 斬撃は飛ぶ一挙動のみでかわしつつ頭頂を軸に一回転、背なより回すよう振るった刀は、正確に男の首を捉えていた。

 まだ夜も明けぬ内であったが、依頼成功の話を聞くと何処から沸いて出たのか、物凄い人数が宿に殺到して来た。
 すぐに死体の片付けに取り掛かっていた朱点童子は、彼等がぞろぞろ現る前に遺体を処理し終えられ、ほっと一息をつく。
「一般人は見なくても良いもんだ。特に子供なんかはなぁ」
 宿にて歓迎の宴をとなりかけたのだが、流石に惨劇の直後でもありそれはまずいとなると、では何処でもいいと通りを占領して皆でバカ騒ぎを始める。
 空の治癒に頼るまでもなく、開拓者達はロクな手傷も負っていなかったので、逃げる言い訳もなくこれに付き合わされる。
 六人組の被害者親族から涙ながらに感謝を述べられると、やってる事は人斬りなだけに何と言っていいものか返答に困る。
 空はギルドの係員に、六人組の一人が最後に見た景色含め、彼等の母に報告するなら付き合うと申し出たのだが、それは私の役目ですと彼は笑って答えた。

 空が気にしていた事もそうであるし、素晴らしい母であると聞いていた事もあり、ギルド係員は遠い村までこれを報告に行った。
 全ての役目を終え、ギルドに戻った彼は、向こうでの出来事を言葉少なにこう語った。
 女を見る目が変わったよ、と。