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■オープニング本文 フルネルソン伊藤は深い苦悩に包まれていた。 幼い頃から付きまとうこの問題に、幾度と無く挑んでは敗北し続けていたその原因を、飽きもせずまた追求する。 問題は、最初の発音ではなかろうか。 自身の滑舌に問題があり、そもそもの音を相手に伝えきれていないという事なのでは。 だからフルネルソン伊藤は、一言一言はっきりと丁寧に言葉を発する。 「俺の名はフルネルソン伊藤。言ってみろ」 フルネルソン伊藤の前に引っ立てられ、怯え震える村人は、しかしフルネルソン伊藤の期待に応える事はなかった。 「ふ、ふるね?」 「根っこか俺の名はああああああああ!」 問答無用で斬り殺し、次の村人を引きずりださせる。 「よし、次だ。俺の名はフルネルソン伊藤。言ってみろ」 「ふ、ふるねる、そんいとー?」 「そこで切るんじゃねええええええええええ! 後発音微妙すぎるわあああああ!」 やは閧ウくっとぶった斬り、次に少し賢そうな村人を招く。 「今度こそだ。俺の名はフルネルソン伊藤。言ってみろ」 「俺の名はフルネルソン伊藤」 「フルネルソン伊藤は俺だ! てめえじゃねええええええええ!」 言われた通りきっちりやりとげた村人も、やはり凶刃に伏した。 相手は頭目だというのに、そんな様を見て爆笑する数人の部下達。 彼等は先代の頭目が倒れる前から共にある仲間達である。 気心も知れており、正に腹心と呼ぶに相応しい彼等に向かい、フルネルソン伊藤は叫ぶ。 「何笑ってんだクソがああああああ! 今すぐ死ねやあああああ!」 「うおっ! 頭がキレた! 逃げろ逃げろー!」 逃げ遅れた村人の生存が絶望的なのは、フルネルソン伊藤率いる野盗達のこれまでのやり口からみても明らかだ。 それでも、命からがら逃げ延びた村人達は口をそろえて言う。 雁蛇のばあさまなら平気な顔して生きてそうで困る。 別に困りはしないのだが、所謂言葉の綾というやつで。 以前アヤカシの群に襲われた時も、地面に穴掘ってその中に三日三晩潜んで生きながらえたという武勇伝を持っているらしい。 雁蛇のばあさまは自らの屋敷の屋根裏に潜み、覗き穴に目を当ててフルネルソン伊藤が逃げ遅れた村人を処刑するのを見届ける。 「やれやれ、若い者は命を粗末にするからいけないねぇ」 全ては自分の命があって初めて為る。これが雁蛇の座右の銘である。 「年は取りたくないねぇ。五十年前なら勇んで飛び出していった場面なんだろうけど、今のあたしゃただの老婆にすぎないんだよ、まったく」 こういう時、率先して逃げを打つ雁蛇が逃げ遅れたのは、安全地帯まで走り抜けるなんて真似をしたら、途中で自分の腰がどうにかなってしまい結局捕まってしまうだろうという至極冷静な読みがあったせいだ。 後ろから雁蛇の服の裾を引く手がある。 「こらこら、こっちに来ちゃいけないって言ったよ」 「で、でも‥‥」 不安げに雁蛇を見上げる幼い瞳。 まだ五つになったばかりの孫には、こんな状況で一人にされて大人しくしているのは難しかった。 「ホントあんたは私の孫とは思えない程どんくさいんだから‥‥ほら、ばあちゃん飴玉持ってるから、これでもなめてな」 こんな時、こんな所だというのに、孫は嬉しそうに飴玉を口にする。 「ありがとー」 「‥‥肝が据わってるんだか据わってないんだかわかんない子だよ、アンタは」 襲撃に気付かず、屋敷の奥ですいよすいよと寝息を立てていた孫は、雁蛇が屋根裏に向かう途中でそれと気付き、共に隠れ潜んでいたのだ。 フルネルソン伊藤は、他の盗賊の例に漏れず用心深い男である。 心眼にて村にまだ人が残っていないか確認して回る事を忘れなかった。 にもかかわらず、雁蛇のばあさまと孫が残っているのは何故か。 屋根裏より襲撃の様を見ていた雁蛇のばあさまは、襲撃の様子から野盗の頭目は志士であると見抜き、心眼の範囲から逃れながら彼の捜索の手をかわしていたのだ。 それは言う程容易い事ではなかろう。 村には彼の部下が徘徊しており、その目をもかわしつつ、フルネルソン伊藤の移動を見張りながら隠れ場所を転々とするなど、よほど注意力と度胸のある者でもなくば出来る事ではない。 捜索の目をかわしきった雁蛇は、疲れきった顔で漏らす。 「はぁ、こんなばばあを困らせて何が楽しいんだか。フルネルソン伊藤ねえ。かっこいい名前のワリに、やる事セコいんだから」 このばあさま、感性の部分でフルネルソン伊藤と何処か通じ合える部分があるのかもしれない。 |
■参加者一覧
空(ia1704)
33歳・男・砂
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
アッシュ・クライン(ib0456)
26歳・男・騎
鬼灯 瑠那(ib3200)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 空(ia1704)が挙げた片手をひらひらと振る。 村には平屋ばかりであったので、遮蔽は取りずらいが射角の広い屋根の上に陣取った茜ヶ原 ほとり(ia9204)は、合図を受けて弓を引き絞る。 何があろうと決して離さじと弓に手を縛り付けているのは、この仕事にかける彼女の意気込み、いやさ怒りを表しているのかもしれない。 まずどれを狙うかで少し悩む。 どれもこれもとても嫌な顔をしていたが、ほとりが狙ったのはこちらに背を向け顔を見せていない、二射目を撃つまで他者に気付かれぬ位置に居た男であった。 ほとりの弓射に気付くなり、建物の影に飛び込み隠れる立ち回りの鋭さは、彼等が荒事慣れしている証拠であろう。 射手の位置を特定し、それが出来る者は遮蔽沿いにひたひたとほとりの陣取る家へと迫る。 「ま、そうは問屋が卸さねえんだけどよ」 空が内の一人の首に刃を突き立て、こじるように抉ると愉快な声が漏れだしてくる。 「え? うぇあ? おるぇ、やばくにぇ」 「悪ぃがここは通せねえ事になってんでな」 家に張り付くようにして矢の射角から外れていた男は、背筋を悪寒が走り壁から飛び離れようとしたが一瞬遅かった。 壁をぶち破って飛び出してきた腕が、むんずと男の襟首をひっ掴んだのだ。 「悪人は悪人同士仲良く殺し合うのも一興ってね」 腕一本で男を持ち上げながら、壁を崩し全身を現したのは斉藤晃(ia3071)であった。 そのまま無造作に別の男に投げつける。 放り投げる勢いで男の首をへし折りつつ、残った腕で威嚇するよう朱槍をぐるんと回す。 これを、屋根の上より見下ろしているのは真珠朗(ia3553)だ。 「斎藤の旦那とか、アレで意外と繊細だから、内心怒り狂ってそうですし。どうしましょ」 どうもこうもないのは言っている自分でもわかっている。 ではやりますか、と屋根よりふわりと飛び降りる。 三人の男が密集しているド真ん中へ、鳥の羽を降らせるような滑らかさで。 着地の瞬間、舞うような真珠朗とは真逆の現象が起きる。 真珠朗を中心とした円形に重厚な衝撃波が大地を伝う。 大きく体勢を崩す者、大地に叩き付けられ苦痛に呻く者、壁際にまで吹き飛ばされる者。 彼等に向かって、まるで緊張感の無い声で語る。 「あー動けるなら聞いとくんですが。投降しません? あんまり興の乗らない殺戮ってしたくないんですよ、あたし」 起き上がった彼等は、殺意を剥き出しに襲い掛かって来る。 「人は‥‥殺せば死ぬんですけどねぇ」 ぼやくように呟き、心底仕方なくといった風情でこれに対するのであった。 それが開拓者による襲撃とわからぬままに、賊は応戦を始める。 目に付いた敵をそれぞれ包囲し、きっちりと仕留めにかかる。 アッシュ・クライン(ib0456)もこの包囲に囲まれてしまい、身動きが取れなくなる。 ふざけた賊ではあるが、その動きは軍の一部隊と比しても遜色ない。 アッシュは大剣を頭上で一回転させ、周囲一体を薙ぎ払うようにして敵の近接を防ぐ。 じわりと、アッシュの鎧の隙間から闇が漏れだす。 気味が悪いと眉根をしかめる賊達を他所に、足を、腰を、胸部を、腕を、そして剣先にまで闇は辿り着き、金属の光沢をすら覆い隠す。 剣を握る右手、この人差し指のみを外し、指先で刀身の根元を弾く。 ちんっと小気味良い音が響き、包囲している男達が驚き身を堅くする。 大剣の動きの重さは如何様にもし難い。ならば、こちらの速度ではなく、あちらの反応を落としてやればよい。 間を外された賊の一人が、あれと思う間もなく斬り倒されてしまう。 「貴様ら悪党に後れを取るわけにはいかん。悪人に人権はないという言葉を、今から身を以て教えてやろう」 村の造りから予想される生存者の潜伏先を幾つか調べてみたが、雪斗(ia5470)は生存者らしき人影を見つける事が出来なかった。 そうこうしている間に、戦闘が開始されたらしい音が聞こえて来る。 「物騒な空気だ‥‥この中で無事であれば良いのだけどね」 所々に村人の遺体が放置されてある村だ。 無理を言っているとは思うが、それでも生き残った村人達の信頼を見てしまうと、どうしても可能性を捨てきれない。 突如、抜く手も見せずに太刀を抜き、頭上斜めに構える。 何時の間に迫っていたものか、賊の一人が刀を抜いて斬りかかって来ていた。 体重の乗った良い一撃だ。 敵の刃を太刀で滑らせ、そのまま頭上より振り下ろす。 後退してかわせば、更なる追撃をと考えていた雪斗だったが、賊は必殺の一撃であったろう逸らされた刃を、いとも容易く引き戻し自らの頭上に掲げ受ける。 魔術のごとき刀の動きは、体重移動の妙だ。 「へぇ‥‥腕は立つんだな。面白い‥‥もう少し踊れるかい?」 雪斗と手分けをし、彼とは別側を探っていた菊池 志郎(ia5584)は、自分なら、同じ状況でどう逃げ動くか考えてみた。 シノビである志郎と老婆とでは比べようもないのだが、それでも生き残っているとするなら、そこまでを要求しないといけない状況である。 例えば、怪我をして激しく動けなかったとする。 そんな時、村中に居る賊の目をかわすにはどうするか。 三軒の家が候補に上がり、更に厳しい条件を突きつけてみると、一軒だけが残る。 そしてトドメ。 自分ならばここを通ると思われた路地に、ほんの微かにだが足跡を見つける。 足の大きさから、それが成人男子でないだろう事だけはすぐに見て取れた。 村の全体図を思い出し、この家に居るだろう老婆にとって都合の良い敵の配置を考え、そうなるよう動く。 急所となりそうな敵の前に姿を現し、引き付け、誘導する。 それで敵に包囲されずに済むのは、最速で駆け寄りながら全力の打ち込みを、屋根より飛び降りざまに強固な受けを、走りながらの舞うような回避を、可能とする極めに極まった奔刃術の賜物であろう。 戦闘中、ふと漏れそうになる笑みは、腕の立つ賊に囲まれながら見事生きおおせた老婆の見事な立ち回りが、痛快でならなかったせいだ。 村の各所で戦闘の音は激しさを増していく。 鬼灯 瑠那(ib3200)は、そこが戦場であろうと決して変えぬ黒白のアレ、メイド服をひらめかせ下卑た顔をしている賊を迎え撃つ。 銀光が走ると、スカートの裾がくるりと回り、少し遅れて濃い青の後ろ髪がたなびく。 同時に、短刀を持つ手とは逆の手で後ろ手に苦無を放つが、これはどうやら熟練の者が相手であったせいか、素手で取られてしまう。 戦闘中だというのに、何処か品のある所作でそちらを振り向く瑠那。 手強い相手であろうその賊は、極めて真顔のまま言い放つ。 「俺の名はフルネルソン伊藤。言ってみろ」 フルネルソン伊藤は戦場中を駆け回りながら、各所の戦況に対し適切な指示を下していく。 自身も戦闘に加わればより有利になるのはわかっているが、それ以上に指揮者として振舞った方が全体に利すると経験で知っているせいだ。 そう、だから襲撃者皆に名前を聞いて回っているのもそのついでなのである。決してこれが主目的ではないのであるっ。 「えーと、サンドバッグ無情さんでしたっけ」 「何か長距離走が得意そうな名前ですね」 「偽名じゃあるまいし変な名前だなァ」 かなり挫けかけてた彼の心を救ったのは、まるでここが何処かわかってないような異国の着物に身を包んだ、清楚な女であった。 「はい、フルネルソン伊藤様ですね。それで、それがどうしましたか?」 女 神 光 臨 フルネルソン伊藤はその麗しい容姿も含め、ただの一言で彼女に心奪われる。 りんごーんと鐘の音が鳴り響く謎の心象風景が彼の周囲を取り囲むが、そこにぬっと現れた晃が全てをぶち壊しにした。 「あーおったおった、えっとてめぇがフルチンやろうか。名前に見合って丁度ええの」 台無しである。 頭を抱え、身もだえし、ばんばんと大地を叩いた後、フルネルソン伊藤は立ち上がって刀を抜く。 「よおおおおくわかった。よしっ! まずはてめぇを血祭りに上げてから‥‥そこの美しい君! 俺は君に求婚するぞ!」 「お断りします」 「返事はやっ! せめて求婚するまで待ってくれえええええ!」 はたと気付くフルネルソン伊藤。この即答は、もしや今現れた大男のせいかと。 「くっ、まさか‥‥君は既にそこの大男に祭りの夜無理矢理手篭めにされていたというのか‥‥俺に任せろ! このクソ男は今すぐ俺がぶち殺したらあああああ!」 「いえ、そのような事は全くありません。斉藤さんとはそういった関係にもありませんし、恐らく永遠にそうなる事もないでしょう」 こちらもまた超即答である。 流石に訓練されたメイドはこの程度で動揺する事もないのである。 「‥‥ほ、本当にか?」 「ええ、斉藤さんと男女の仲という事はありえません」 きっぱりはっきり言い切る瑠那。 無駄ならぶこめの入り込む余地もない。 正にパーフェクトメイドの所業。 そして被害者がもう一人。 「‥‥いや、まあ、ええんやけどな。わしゃ酒があればそれで文句は言わんのやけど、何やろこの胸の奥のもやもやは」 フルネルソン伊藤と晃の視線が絡み合う。 「おい、俺は今どいつもこいつもぶち殺したい衝動に駆られてるんだが」 「気が合うな。わしも今槍振り回したくてしゃあないねん」 死ねやぼけえええええええ! と二人の男は相打つ。 何故かこれを邪魔をしてはいけない気がしたので、瑠那は小首をかしげた後、この場を晃に任せるのであった。 雁蛇のばあさまは、家の影に潜みながら孫に言った。 「あのお兄ちゃんを良く見ておくんだよ」 「ねえばあちゃん。お兄ちゃんだけ何で刀使ってないの? あれ、木の棒でしょ?」 「良く気づいたね。理由はあたしにもわからないよ、でも、そうする事がどれ程大変かはわかるさ」 「何で大変なのにそうするの? 刀使えば?」 目を細めて雁蛇のばあさまは、志郎の戦いぶりを見守る。 「そうしたくない理由があるんだろうねぇ。ふふっ、ばあちゃんはああいう子、嫌いじゃないよ」 「ふーん。でもあのお兄ちゃん強いね、凄いや」 「ああ、きっと強くて優しい子なんだろうよ。お前もああいう男になるんだよ」 乱戦の最中、意識が敵一人に集中しきってしまうのは危険な行為だ。 しかし弓射は、射撃の精度を上げれば上げる程集中力を凝縮しなければならないという矛盾を抱える。 脳の何処かに全体の戦況を残したままで、意識全てを敵に向け、射撃が終わるなり意識を全体の戦場へと引っ張り戻す。 この切り替えの速さが速射を生み出すのだ。 必要なのは見る事ではない。 標的がそこにあると感じられる程に研ぎ澄まされた精神だ。 ほとりは刹那の一瞥のみで弓を構え、引ききり、放つ。 その間隔が一定なのも、射撃毎の呼気と吸気が僅かもずれていないのも、弦を取る前に一度ぴんとこれを弾くのすら、全ては射撃精度向上に貢献している。 屋根上に居る為、何時下から敵が這い上がってくるか見えずらくもある。 こちらが弓であるとわかっている敵は、屋根上に登るなり速攻で仕掛けてくる。 油断は、決して出来ない。 皮膚を刺すように伝わってくる、戦場のひりりとした空気に晒されながら、ほとりは最後の一人を射倒すまで、ただの一度も弓射の間隔をずらす事は無かった。 不利を悟った、或いは知恵の回る賊の幾人かは逃走の道を選ぶ。 逃げ散っていくというのなら、護衛の任についている空にはこれを追撃する理由も無いのであるが、本来の目的を、彼等の所業を知って尚これを見逃す理由こそない。 「逃がさねェし、逃げられねェッての!! なァおィ! 聞いてんの! 聞ケ! 聞けよ! 黙ルな! 喋るナ! 煩ェ! ヒヒ、ァハハハハッ!」 絶好調にテンション上がった空の追撃をかわせる者もなく、ほとりへと群がって来た敵は一人残らず壊滅する。 雪斗の放つ切っ先が、突如その軌道を変化させる。 円運動を基調とした太刀ならではの動きから、直線的な、針の穴を通す精密さで鎧の隙間を貫く。 「ん、大体、この動きにも慣れて来たかな」 信じられぬといった顔の賊に、慰めるでもなく淡々と告げる。 「きっと星の巡りが悪い日だったんだ。成仏しなよ」 僅かに残った生への希望は、既に死者であると断じる雪斗に打ち砕かれ、絶望と共に賊は息絶える。 さして苦しまぬよう逝かせてやった雪斗の刺突の妙技に、彼が気付く事はなかった。 洒落にならぬとフルネルソン伊藤は走る。 晃の振るう見た事も無い豪槍によって、完膚なきまで叩きのめされたフルネルソン伊藤は、必死に村中を逃げ回る。 この間注意を怠ったつもりはないが、側面からの体当たりをかわせなかったのは疲労からか怪我故か。 そのまま大剣を首元に押し付けにかかるのはアッシュだ。 支えるフルネルソン伊藤の腕を押し切り、じわりじわりと首に迫る刀身。 「ふっ、ざっ、けんなっ!」 首皮一枚くれてやる代わりに、アッシュのわき腹に膝蹴りを叩き込み、窮地を脱する。 しかし逃げ行こうとする先には真珠朗が帽子の鍔をいじりながら立ちはだかる。 「面倒ですからねぇ、逃げられると後が」 ほいっと、何気ない所作で重々しく踏み込む。 大地が揺れ、真白き稲妻が走る。 「んじゃ旦那、アッシュ君、後よろしく」 三節棍に胸板をしたたかに打ち据えられたフルネルソン伊藤はぐらりとよろめく。 「これで終わりだ。さぁ、貴様の罪を数えろ」 「殺し殺されるんが戦場や。これで終いや」 その前後からアッシュの大剣が胴を、後を追って来ていた晃が首を討ち、ただの一撃で三つにきりわけた。 全てが終わると、何事も無かったように姿を現した雁蛇のばあさまと孫に、空は呆れ顔だ。 「なんつーか、しぶとい婆サンだこと」 全員同感であったが、九死に一生を得ていながら、興奮するでなく脱力するでなく、陽気にからからと笑うばあさまを見ていると、何となくだが村人が信じる理由がわかる気がした。 その孫はというと、志郎を捕まえるなり無邪気な質問攻めにあわせている。 瑠那は、少し気まずそうに苦笑しながら、戦闘中とはうって変わって隣でにこにこしているほとりに言う。 「素敵な方ですね」 「ん、私もこういう風に年を取りたいな」 |