復讐の末路
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/21 22:45



■オープニング本文

 日野忠治は丘の上よりその野営地を見下ろしていた。
 広い原野のど真ん中に布製の簡易な家を作り、恐らく彼等は中に居るのだろう。
 彼等は俗に馬賊と呼ばれる強盗集団であった。
 都心部より離れた農村ばかりを狙い、復興に数十年を要する程の大打撃を与え風の様に去って行く。
 各国の国境を越え、今日は北面、明日は武天と居を次々移していくので、当局が対応しようと動き始める頃には時既に遅しである。
 必要物資ですら馬で持ち運べる物に限っているので、事が起こっても練達の馬術を用いてあっという間に姿を消してしまう。
 そんな連中を、忠治は遂に発見しえたのだ。
 奴等の襲撃により全てを失った忠治は、それ以外出来る事などないと、馬賊を追い続けてきた。
 皆殺しにされた村の唯一の生き残りである忠治には、奴等が馬で運べなかった村の財産があった。
 これらの財物があれば、彼一人の人生を立て直す事も容易であったろう。
 だが、彼は何処までも復讐に拘った。
 村人の死体を全て一人で埋葬し、国には盗賊被害を報告せず、何食わぬ顔で村の財物全てを金に変え、奴等を追う旅に出たのだ。

 時折思う。
 俺は既に死んでいるのではないのかと。
 かつては色鮮やかだった目に映る景色は、最早白と黒の集合体でしかない。
 体が必要とするからと食事も口にするが、上手いのかまずいのかまるでわからない。
 夜毎襲い来る悪夢は、最近では見慣れてしまい朝起きると同時に取り乱すような事もなくなった。
 街を歩く時、すれ違う人間の姿が奴等に斬り殺された皆の姿とだぶって見えても、もう何も思う所はない。
 それでも、週に一回ぐらいの頻度で体の内より湧き上がる衝動を堪えきれなくなる。
 最近では慣れたもので、そんな気配を自分に感じるとすぐに街を離れるようにしている。
 叫び暴れ近くのものに当り散らした後、傷だらけの自分を治療する虚しさにすら、慣れてしまったと思う。
「なら、それでもいいさ。生者では出来ぬ事も、死者ならば或いは‥‥な」

 延々奴等を追って来た忠治は、彼等の手口を嫌と言う程良く知っていた。
 次の、標的になりそうな村ですら。
 しかし忠治はただの農民にすぎない。
 国にこの事を報告し軍を出してもらったとして、彼の必殺の策を受け入れてもらえるかはわからない。いや、一顧だにされぬだろう。
 奴等の馬術が相手では、並のやり方では突破されてしまうのにだ。
 忠治はここが金の使い所と、開拓者ギルドの門を叩いた。

 ギルド係員は忠治の策を聞き、その実行の困難さに眉をしかめるが、理路整然とした必要性を説く忠治に、頷かざるをえなかった。
 標的となるだろう村に赴き、彼等の協力を得るべく村長他村の有力者に会った係員と忠治は、丸一日かけてこれを説得する。
「‥‥流石にギルド係員をやっているだけあって、見事な説得術だったな」
「貴方が持って来た作戦が優れていたからですよ。そうしなきゃならない理由まで聞かせられて、その上で村人一人説得出来ないようじゃギルド係員なんてやってられません」
 こうして下準備は全て整った。
 忠治の策はこうだ。
 襲撃されるだろう村をすっからかんにしておき、ここに罠を張る。
 村の周囲には木で防壁を造り、馬の出入り口を限定し、馬賊が入り次第内側に向けて馬止めを仕掛ける。
 彼等は自らの馬術を信じきっているからこそ、馬を置いて逃げるという事をしない。
 何処かに彼等の馬術で抜けられる道があると信じて村の中を駆け回るだろう。
 この間に、彼等を全て斬り伏せる。
 もちろん馬止めも防壁も、全て彼等の馬術に合わせた造りにしておくのが大前提である。
 こんな困難な条件を、忠治とギルド係員はどうにかこうにか達成する。
 事情を聞いた村人が忠治の執念に感銘を受け、手を貸してくれたのも大きい。 
 後は、村の中に封じて尚強力な彼等を倒せるかどうかだけだ。
 ギルド係員は少しでも作戦の成功率を上げる為、朋友の使用許可を取る。
 忠治は、最後まで自分も戦闘に加わると言い張ったのだが、係員はこれを決して許さず、こう言い放った。
「ウチの開拓者達を信じて下さい。どうでも納得出来ぬというのなら、もしこれに失敗した時は、私の命、好きになさってくれて結構です」
 命を捨てて挑む者を説得するには、こちらも命を賭ける必要があったのだ。


■参加者一覧
相馬 玄蕃助(ia0925
20歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰


■リプレイ本文

「全部終わったら馬焼肉にしよう」
 とは叢雲・暁(ia5363)の言葉である。
 お、いいわねと乗って来たのは霧崎 灯華(ia1054)だ。
 メグレズ・ファウンテン(ia9696)は、全力ジト目でそんな二人を見ている。
「‥‥戦を上手く勝利で終えたとして、死体がごろごろ転がる場所で焼肉、ですか‥‥」
 二人はメグレズの言葉にも、それの何処に問題が、と首を傾げる。
「神経が太いのは結構ですが、もう少し情緒というものも持ちましょう」
 同意を求めて隣の石動 神音(ib2662)にメグレズは目線を向けるが、少し彼女の様子がおかしい事に気付く。
「どうしました?」
 声をかけられると、飛び上がって驚く神音。
「ふぇ!? え? 敵? もう来たの!?」
「いえ、まだですが‥‥どうかされましたか? あまり調子がよろしくないよう見受けられますが」
「あ、うん、大丈夫だよ! さーかかってこいあくとーども!」
 いやだからまだ来てないと言ったでしょーに、と思ったのだが、深く追求するのも何だと思い口にするのは止めにした。
 誰しも、戦の前ともなればそれなりに思う所があるものだ。
 まるで普段通りすぎる、馬の調理法で盛り上がっている二人の女性の方が特別なのである。

 愛龍大孔墳を前に、相馬 玄蕃助(ia0925)は、突入時の位置を何処にすべきかで真剣に悩んでいた。
 いざ突入となった時に、先陣を切って飛び込むべきか否か。
 志士として恥ずかしくない振る舞いをと考えるのなら当然先頭を担うべきだ。
 しかし、もし、他の誰か、特に律と灰音がどうしても先陣を切りたいというのであれば、これに譲るもまた男の度量ではないだろうかと。
 この場合、当然玄蕃助が第二陣、すぐ後ろにつく事になるわけで、ずっと後ろから追っていればあのひらひらと邪魔な布がまくれて中が見えてくれるような幸運も、もちろん不本意ではあるが、あるかもしれない。
「いかんいかん! 依頼人もギルドの方も命を賭けておられるのだ! 今はこのような事を考えている場合ではないっ!」
 何時もの調子で鼻血を噴出しそうになるのを必死に堪える。
 そんな自らの存在意義を賭けるレベルの戦いが行なわれてるとは露知らず、風和 律(ib0749)が当然といった顔で主張する。
「封じ込めに成功したら、自分が先陣を切る。こちらに攻撃が集中しても気にする必要は無い、各々狙う標的を仕留める事を考えてくれ」
 何故そこで鼻血? と心底不思議そうな顔で五十君 晴臣(ib1730)は玄蕃助を見るが、気遣い無用、というか見なかった事にして是非、的な視線を向けられてスルーする事に決めた。
「私は回復を受け持とうと思ってるけど、専門家じゃないし、何より村全体が戦場になりそうだから、全てには目が行き届かないと思う。だからもし危険な状態の仲間を見つけたら、すぐに知らせてくれるかな」
 浅井 灰音(ia7439)はその配慮の正しさを認め小さく頷くと、敵はまだかと嘶く炎龍ロートリッターの首筋を撫でてやる。
「馬賊か‥‥。ふふ、楽しめそうな相手だね」

 メグレズが仕掛けた縄を引くと、村へと飛び込んだ馬の一頭が盛大にひっくり返る。
 一度に複数は、流石の志体持ちでもこちらが引きずられてしまうだろう。
 馬とはそれ程の生き物なのだ。
 現に、落馬した騎手を狙うメグレズは切らしていなかった集中力のおかげで回避出来たが、寝転がった状態からこちらを払うように放たれた馬の後ろ足攻撃の鋭さは、志体持ちの攻撃と遜色ない。
 当たれば鎧すら千切りかねない強烈無比な一撃である。
 不利な体勢で尚闘志を失わぬとは、これがケモノの有り様とは思い難い。
 なればこそ、メグレズは惜しいと思えるのだ。
 落馬した男も痛む体を鞭打って馬の背に。
 前足は間違いなく痛めているはずの馬は、健気にも立ち上がろうとするのだが、これをまず馬を斬る事で崩し、恐怖の目で見下ろす男を下より斬り上げ一刀で叩き落す。
 メグレズの口から出かかった謝罪の言葉は、もちろん男へのものではない。
 数多の戦場を駆け抜け、自らの意思によらず悪行の手助けをさせられてきたこの優れた馬へのものである。
 馬は致命傷を負っていながら、闘志と怒りをむき出しにしてメグレズを睨む。
 それでいい、とまるで人に対するかのように、メグレズは馬がこれ以上苦しまぬよう最後の一刀を振り下ろすのだった。
 主の心を表すかのように、空より突入を開始していた甲龍の持国が、かぼそい声で一声鳴いた。

 暁の投げた焙烙玉に、二頭の馬が驚き前足を高く上げ嘶く。
 落とし穴に落ちた奴やら、縄で転んだ奴は後回しである。
 今はそれらをすら突破しえた敵を屠るのが先。
 忍犬ハスキー君が暴れる馬を恐れもせず、側面より騎手へと飛び掛る。
 そちらに注意が一瞬逸れた隙に、暁は逆側より踏み込み、それと気付かれる事すらなく騎手の片足を斬りおとした。
 これで馬を操るのも難しかろう。
 そう思ったのだが、何とこの馬、騎手の指示すら受けぬまま暁に反応してきた。
 驚き大きく距離を取る暁の背後より、今度はもう一頭の、焙烙玉に驚いていたはずの馬が襲い掛かる。
 騎手はまだ焙烙玉の煙でこちらが見えていない。馬は単体で敵を見定め、今度はその意志を持って前足を振り上げて来たのだ。
 向けられる殺意の濃度は最早アヤカシと大差無い。
「ここまで来ると、朋友そのものだね」
 それで怯えてやる程こちらもヤワではないのだが。
 二本の前足の、真ん中をすりぬけつつ馬の首に刀を突き立てると、ことさら派手に血煙が舞うよう横に斬りぬく。
 吹き上がる血潮で再び暁の姿を見失った騎手は、崩れ落ちる馬の背から飛び降りようとした所で、側面へと回り込んだ暁に首をはねられる。
「‥‥人だと出来るんだけどねぇ。馬は太すぎだよ」
 地に落ちた死体二つ。首が胴と辛うじてでも繋がっているのは馬の方であった。

 晴臣は空中組の突入から僅かに遅れて戦場へと飛び込む。
 やはり彼我の数の差からか、初撃で落としておくべき敵が残ってしまっている。
 駿龍の初瀬はよく晴臣の言う事を聞いてくれてはいるが、無茶な動きはさせられない。
 そう操れる自信も無いことであるし。
「だけど、さっ!」
 こちらを陰陽師と見抜いたらしい弓術師がばかすか矢を打ち込んでくる現状、そんな事も言ってられないわけで。
 陰陽師と弓術師、二つの職の決定的違いを活かすべく初瀬の最高速を引き出しつつ、弓術師の頭上をすりぬける軌道を取らせる。
 闇雲にではない、きっちり狙って放った矢が、こちらも飛んでいる関係上、通常の倍速ですれ違っていく。
 こんな真似をしてしまう自分の正気をちこっと疑いつつ、最も弓術師に接近した瞬間術を解き放つ。
 射程の長さは弓術師の方が圧倒的に上だ。しかし、陰陽師の術は、弓術師と違って当たらないという事はない。
 どれほど当てにくい状況であろうと、射程内で遮蔽が無ければ当たってくれるのだ。
 後方に抜けていった初瀬は、大きく弧を描きながら再び弓術師へと進路を向ける。
 相手は志体持ち、一撃で倒れてくれる程甘い相手ではないわけで。
「‥‥この心臓に悪い突撃、後何回しなきゃなんないんだろうね」
 そんな言葉も漏れようて。

 舌打ちを禁じえない灰音。
 騎乗した敵の動きは、それと聞いていて尚予想を外される程、卓越したものであった。
 空からの攻撃に慣れてでもいるのか、空中から弓にて狙うも、障害物だらけの村の中を器用に駆け回り、遮蔽を取りつつ時折飛び出しては弓にて反撃を仕掛けてくる。
 人馬一体とは正にこの事かと、何処か楽しげに弓を仕舞う。
 炎龍ロートリッターに地を嘗めるような低空飛行をさせ手をひらめかせると、きんっと小気味良い音と共に剣が抜かれる。
 地上の敵も灰音の動きを見て、その正面より飛び込めるよう走り出す。
「そうこなくっちゃ」
 龍に乗る灰音と、馬にまたがる馬賊は、互いに正面より迫る。
 間合いに入るかなり前だ、馬賊の気合の声と共に馬が跳ねた。
 いやさ、これは跳ねたという次元ではない。
 低空飛行といってもまだまだ龍の高度は二階建ての建物と同等の高さがある。
 これを一飛びにて越え、灰音の頭上より槍を降らせる。
 眼前で羽を羽ばたかせ急減速? いや、ロートが羽ばたいた程度では馬も人も怯まないだろう。
 それよりも、地を這う生き物の分際で天を舞う龍の頭上を取ってくれた不届き者への、ロートの憤怒に任せた方がいい。
 突き出された槍なぞ知った事かと、ロートは首を伸ばして馬の首筋に喰らいつく。
 灰音は身を乗り出して槍を弾きつつ、返しの剣で馬の鐙を斬りおとす。
 踏ん張る場所を失い宙に投げ出される男。
 そのまま落下し、手ひどい怪我を負ったらしい男に、首筋から血を噴出しながらその乗馬はすぐに駆け寄っていく。
「全く‥‥良く訓練されているみたいだね。厄介な話だよ‥‥!」

 地上には罠、空には龍と備えられては、如何に個々の戦力が高かろうと抗しきるのは難しい。
 ましてや敵全てが志体を持つ開拓者ときては、個々の戦力ですらアテには出来ない。
 現に、一人、また一人と歴戦の馬賊達が討ち取られていっている。
 玄蕃助もまた、手間はかかったが一人を仕留めると、逃げを打った敵を追う。
 その走り去る様の見事さはどうだ。
 これだけの仕掛けをし、空という絶対的な領域を抑えても、罠、初撃全て合わせて三分の一も敵の馬をしとめられなかったのだ。
 依頼人が注意に注意を重ねた仕掛けを用意すべしといっていた理由もわかろうものだ。
 炎龍の大孔墳は、この追跡の本来の目的を忘れる勢いで馬賊達に追いすがる。
 ムキになっているせいか、建物にぶつかる程の低空飛行を行いながら、家々の隙間を駆ける馬賊を追う。
 翼の先端が庄屋の家の二階の物干し竿を引っ掛け倒し、屋根すれすれをすりぬけ茅葺を空へと舞い上がらせ、方向転換の為に振った尻尾が井戸の汲み取り装置を吹っ飛ばす。
「こ、これ! もう少し遠慮して飛ぶでござるよ!」
 聞いているのかいないのか、大孔墳は吠え猛りながら馬賊を追い詰める。
 まったく、と困った顔の玄蕃助であったが、そろそろだなと既に追跡相手しか見えなくなっている大孔墳の意識をそらせるべく全力で手綱を引く。
 抗議の声は聞こえないフリ。後であのぶっ壊した物直すのは玄蕃助であるのだから、この程度は許されるだろうと思うわけで。
「さて、頼むでござるよ風和殿」
 村の地形は完璧に頭に入っている。
 そしてこちらはより視界の広い空。
 敵を更なる罠へと追い込むのに、これ程有利な条件があろうか。
 果たして、彼等の行く先に待ち構えていたのは、騎士律であった。
 全身を漲る力、オーラの脈動が外からですらわかる程、まるで炎のように燃え盛っている。
 甲龍砦鹿の上で、大剣を両手に持ち、ゆっくりと頭上に掲げる。
「かつて略奪された者達の恐怖を知り‥‥罪を償え」
 まっすぐ振り下ろされる大剣。この刀身全てに行き渡っていたオーラの力は、律の怒りに応え真白き閃光となって先頭の男を貫く。
 長大な大剣とはいえ、龍騎乗時はどうしても届く範囲に限界がある。
 これを補い、かつ威力もと考え編み出した技であったが、これならば案外使い所がありそうである。
「ふむ、オーバードライブ、とでも名付けさせてもらうか」
 馬賊の後方より、玄蕃助が攻撃を仕掛け始める。
 ここは上からの攻撃を防ぐ遮蔽が少なく、追い詰める場所としては実に都合がよろしいのだ。
 律もまた正面より馬賊へと迫る。
 騎士の鎧も、砦鹿の甲殻も、馬賊ごときに砕けるものかと言わんばかりに。

 落とし穴に落ちた仲間を救おうと穴の側で馬を止めた馬賊は、しかし、異常に深く大きい穴の底から響いてくる仲間のくぐもった悲鳴を聞きその救出を断念する。
 とにかく現状を把握せねばと、六騎は止めていた馬の足を再度走らせようとして、やめる。
 ふらりと、路地より白装束の女が現れたせいだ。
「まずは奇襲成功っと♪」
 こんな言葉と共に現れてくれたのだ、敵以外の何者でもあるまい。
 恐ろしい勢いで殺到する六騎に、白装束の女、灯華は、くすくすと忍び笑いを漏らす。
「そんじゃあ怨念でも喰らってみる?」
 それは女の声。
 決してにやにやと笑う灯華のものではありえない、絶望と慟哭に満ちた絶叫。
 世界の全てを呪い、恨み、怒りの声を上げる事でしか積もり積もったものを吐き出せぬ。
 耳にするだけで全ての生けとし生けるものを、醜悪な地の獄へと引きずり込む悪意に満ちた音。
 六騎がこれに苦しむ様を見て、まだ声も収まらぬ中、灯華は哄笑を上げ長大な鎌を振りかざす。
「久々に返り血いっぱい浴びれそうだわ♪」
 これを自分だけで楽しむため、朋友をすら置いてきぼりにしてきたのだ。
 厩舎でしょぼーんとしているかもしれない駿龍君、超南無。

 ギルド係員は、村から離れた場所にある小高い丘で開拓者達の戦いを見守っていた。
 共にある依頼人、忠治は遠眼鏡にかじりつくようにして推移を見つめ続ける。
 作戦は滞りなく進んでいる。
 しかし忠治はにこりともせぬまま。
 係員は彼の抱える闇の深さを知るが故に、敢えて言葉をかける事もなかったのだが、忠治は遠眼鏡を覗いた姿勢のまま、ぶるぶると震えだす。
「どうかしましたか?」
 そう声をかけるも忠治は目に映る光景に釘付けのまま。
 ただでさえ悪い顔色が土気色に変わる段になり、流石にまずいと思ったか係員は無理矢理遠眼鏡を奪い取る。
「調子が悪いのですか? ならばこんなものを見ていては‥‥」
 忠治は、声を限りに叫んだ。
「やめろ! これ以上‥‥殺さないでくれえええええ!」
 驚く係員を振り切り、忠治は村へと駆けていく。
 忠治の目には、皮肉にも、次々斬り倒されていく馬賊達が、彼等に襲われた村の仲間達の姿に見えたのだ。
 目は血走り、言動も不明瞭。完全に錯乱したと判断し、係員は強硬にでも彼を止めるべく、その後を追うのだった。

 ただ必死であった。
 相手は人間、そう思えたのは最初の一人目だけで、敵が何者なのかなど、思考の外に追いやられる。
 馬上より突き出される槍は、地上にあってこれを突きこまれる数倍の威力を持つ。
 また下手に馬に近寄れば、何倍もある体重差から容易く跳ね飛ばされてしまうだろう。
 神音は、周囲一体を満たす悪意と殺意の群に抗うので精一杯であった。
 訓練の時どう動いていたかなど、思い出す余地すらない。
 がむしゃらに槍をかわし、これ以上斬られぬ為に拳を振るう。
 そこかしこに負った傷の痛みもわからない。
 死ぬ、殺される。これに必死に抗い続けるのみであった。

 ぱこん。

 そこだけ殺気とはまるで無縁の音と、苦痛を伴わぬ痛みに神音はようやく、周囲を見渡す余裕をもてた。
 見ると、猫又のくれおぱとらがこちらを見て睨んでいるではないか。
 どうやら神音の頭を引っぱたいてくれたのは、この愛すべき朋友であるようだ。
 冷静になれ馬鹿者、と言ってるような顔つきが、こんな戦場の最中にあっても、何処かおかしくて、そんな事を考えてしまっている自分もまた、おかしいと思えてしまう。
 敵はまだまだ残っている。
 神音は一つ頷くと、今度は訓練通りに構えを取る。
「くれおぱとら、お願い!」
 ふん、世話の焼ける奴だ、とでも言いたげに鎌鼬を放つくれおぱとらは、やっぱり何処か可愛らしいと思えた。

 そんな快さも、周囲の敵全てを倒しきる頃には消えてなくなる。
 躯を晒す馬賊達が如何に非道な奴等かは聞き知っているが、それでも、そんな事とは全く別次元の所で、これを気にかけずにはいられないのだ。
 神音は長い間見つめた後、ぽつりと呟いた。
「あなたの未来を奪ったこと、神音はそのことを忘れない。忘れないから‥‥」
 一人の男が、ふらりと姿を現す。
 何故か彼は、滂沱と涙を溢していた。
「依頼人、さん?」
 その場に跪いた男、忠治は、搾り出すように声を発する。
「その、言葉が、聞きたかった‥‥」
「え?」
 涙交じりの声はひどく聞き取りずらかったが、それでも、神音は一言一句聞き漏らすまいと彼の言葉に注意を傾ける。
「だって、ひどいじゃないか。殺すだけ殺して、殺した奴はその事を覚えてないなんて、そんなのひどすぎるじゃないか。あいつらの事、覚えているのが俺だけなんて、そんなのひどすぎるじゃないか」
 理路整然とした話では決してなく、見るからに錯乱している男の声を、神音は静かに聞いていた。
「殺す事、ないじゃないか。あんなにたくさん、みんな悪い事なんてしちゃいない。気の良い奴等なんだ‥‥俺の、自慢の村だったんだぞ‥‥」
 作戦説明の際も終始堅い声で淡々と話していた忠治は、まるで子供のように言い募る。
「悔いなくてもいい‥‥せめて、その事だけでも、覚えていてくれよ‥‥俺だって、もう‥‥みんなの顔思い出せやしないんだから‥‥」
 何処まで正気で何処から錯乱しているのか、当人はもちろん、余人にも計り知る事は出来ない。
 わかっているのは、忠治が極めて危険な状態にある事だけだ。
「だめっ!」
 懐より短刀を取り出し掲げる忠治に、神音は駆け寄り手を伸ばす。
 一歩、間に合わない。伸ばした手は短刀の切っ先に触れる事なく、空を切った。

「‥‥ふう、ぎりぎりだったな」
 他の敵を片付けた律が、忠治の側面より迫り短刀を弾き飛ばしていた。
 安堵からかへたり込む神音を他所に、同じく駆けつけていた玄蕃助が忠治を取り押さえる。
 死なせろと叫ぶ彼を必死に宥め、錯乱が落ち着くまではと縛り上げた。
 
 路地裏の奥、外から見られぬ場所で、晴臣が心底からの呆れ顔で灯華を見下ろす。
「‥‥死にますよ。本気で」
 灯華が肩にかけるようにかつぐ大鎌にはぬぐいきれぬ程の血痕が残り、白装束は見るも無残に赤黒く染まっている。
「こんなに楽しかったのよ。この程度、許容範囲よね」
 顔中に飛び散った返り血をすらぬぐわず、満足げに斜め上を見上げ瞳を閉じる。
「死にかける程の大怪我もですか?」
 片目を開き、晴臣の前に人差し指を立てる灯華。
「それがいいんじゃない」
 実に晴れやかに笑う灯華を他所に、大きく嘆息しつつ治癒を開始する晴臣。
 長男を延々やらされてきたせいで、やたら面倒見が良くなってしまった我が身が実に呪わしかった。

 メグレズが馬賊やら馬やらの埋葬を行なっている間中、後ろに張り付いている声があった。
「やきにくーやきにくー」
 くるっと振り向くメグレズ。
「勇敢に戦った者、優れた技には敬意を払いましょう。それが例えケモノでも」
 延々文句を漏らしていた暁は、ぽんと手を叩く。
「うん、僕の血肉にするのも十分な供養だと思うんだ」
「はいはい」
「さらっと流されたー。楽しみにしてたおーにーくー」

 順番で忠治の見張りをし、灰音の番となった時、落ち着きを取り戻した忠治は口を開いた。
「‥‥死人のままでよかった‥‥」
「ん?」
「あの係員といいお前達といい、勝手に死人を生き返らせるような真似をしてくれるな。こちらにも予定というものがある。‥‥いや、無いのか」
 灰音はくるくると手の中でダーツを回しながら、彼女独特の片目をつむる癖を見せる。
「目の前で関係者に死なれるこっちの身にもなってよ。寝覚めが悪いったら無い」
「‥‥そうだな」
「それだけで、ここまでやる人も珍しいけど」
 忠治の前には、ギルド係員が用意した仕事先の詳細が書かれた書類が積み上げられていた。
「目ぐらい通してあげたら。そのぐらいの借りはあるはずだよ」
 まったくもってその通りなので、仕方なくといった顔で忠治は書類を手に取る。
 灰音は、誰かが言っていた言葉を思い出す。

『拾う神もある、か』