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■オープニング本文 シノビのアヤメは、子供二人の子守を引き受けていた。 その子達は洗脳を受けたとかで治療の最中であるらしい。 子供の身でありながら心に深い傷を負うような、そんな境遇の彼女達の力になれればと思って引き受けたのだが、実情は、想像とはほんのちょびっと違っていた。 「あやめー! おそいおそーい!」 「‥‥しぃちゃん、もう少し‥‥ゆっくり行こう‥‥あやめさん大変そうだし‥‥」 現在二人は、洗脳のせの字も感じさせぬ元気溌剌ぱぅわーで木々の間を駆け巡ってるわよ! 何なのこの子等!? 私だってちょチと前までは第一線で仕事してたのよ!? その! 私が! 全てにおいてこの子等に負けてるってどういう事よっ! 一体どんな教育受けて来たの! この子等相手に鬼ごっことか隠れんぼとか無理! ああっもうっ! 見事すぎるわよ犬神洗脳治療! 余りに見事過ぎて私の苦労がまっはなんですけどおおおおお! アヤメを遙か彼方に置き去りにしつつ、ここらで一番高い木のてっぺんに、燦と詩の二人は登っていた。 地上からだと木々が邪魔し、また霞がかっていて良く形をすら掴めない、周囲をぐるっと取り囲むような山の尾根も良く見える。 「ねえ燦ちゃん。あの山の向こうって、どうなってるのかな?」 詩は両腕を組んで考え事を始める。 曖昧に頷きながら、燦もまた考える。 燦自身は、自分が洗脳されているといわれても今一ぴんと来ないのだが、ここしばらくの詩の変わりようを見ていると、やっぱり何かあったのかなという気になれた。 以前からの付き合いだが、こんなに話す子だったなんて全然知らなかったのだ。 「よしっ!」 「ん?」 「行ってみようよ! あの山の向こうに!」 「‥‥‥‥‥‥え?」 再び考え込む詩。 「えっと、こういう時って何ていうんだっけ‥‥この間、ちょっと教えてもらった‥‥」 「‥‥あ、あの、しぃちゃん?」 「そうだ家出だ! 家出しよっ!」 アヤメが屋敷に乗り付けてきた馬を一頭、勝手に拝借して詩は走り出す。 何故か付きあわされ一緒に乗ってる燦。 「し、しぃちゃん‥‥やっぱり、まずいよ‥‥」 「大丈夫っ! だって家出だもん! みんな通る道だっておいしゃさんも言ってたよ!」 「‥‥いや、そういう問題じゃ‥‥」 聞いているのかいないのか、馬の速度をぐんと上げる。 二人の小柄な体躯のおかげで、二人乗りでも馬が苦労している様子は無い。 「ほらほらっ! 風が気持ち良いよー!」 目指す山裾までは遮るものもない一面の野原が続く。 丈の短い野草により緑一色に染められた原野は、日の光を浴びて植物独特の光沢をいっぱいに放っている。 何処まで駆けても、何処まで速くしても、終わりは見えない。 だからこの風を切る心地よさは、何時までだって続いてくれるのだ。 「うん‥‥たしかに、気持ち良いね‥‥」 遠く彼方まで見える景色と何処まで走っても変わらぬ碧の海。 「おおおっ! あれに見えるはあまぐもさん!?」 遠く遠くまで見えるおかげで、空の一部に浮かぶ薄灰色の雲を見つける事が出来た。 良く見てみると、その雲の下だけは薄暗い影に覆われている。 「‥‥あ、じゃあ迂回して‥‥」 「このまま突進だー!」 馬の速度は存外速く、あっという間もなく雨雲地帯に突入。 派手な飛沫が二人と馬の全身を跳ねる。 「あははははは! いたいいたいっ! あめいたいよー!」 「‥‥そりゃ、この速さじゃ‥‥」 「みてみてー! 着物の前半分だけほらっ! 濡れちゃって色が違うー!」 騒ぎすぎて燦の言葉など全然聞いていない詩。 「おおおっ!? あれに見えるは雨のおわりっ! いざゆかんおてんとうさまの世界へー!」 雨雲地帯をすら一息に突破する程の速さである。そりゃ雨が痛いのも当然であろう。 「さーん、にー、いーち、とっぱーーーーーー!」 掛け声と共に水の壁を突き抜けると、再び燦然と光が降り注ぐ。 「面白かったねっ、雨ってこんな楽しかったんだぁ」 終始困った顔をしていた燦だが、そうは思っていてもやっぱり、楽しいものは楽しいのである。 「‥‥うんっ」 「このまま一気に山を越えるよー!」 山を越えた先には、一面の花畑が広がっていた。 真っ白な花が見渡す限り広がる様は、ただただ呆然とする他無い。 二人共目をきらきらと輝かせたまま、しばしこれに魅入る。 ぴょんと馬から飛び降りた詩は、近くの花を摘んでみた。 長い茎の先にちょんとついた花は、何処か可愛らしく、見る者を引きつけて止まない何かがあるように思われた。 「あれ‥‥この、花って‥‥」 浮かれに浮かれて花畑を走り回る詩を他所に、燦は既に花が枯れて実となりかけている茎に手を伸ばす。 「あ、人が居るー。おーいおーい!」 その正体に気付いた燦は青ざめる。 これは、栽培が制限されているはずの、危ない薬の取れる花であったと。 詩が見つけた男は、大慌てで怒鳴り声をあげた。 「侵入者だああああああ! ぶっ殺せおらああああああ!」 燦は慌てて馬に飛び乗り、きょとんとしている詩を引っつかんで乗せるともんのすごい速さで逃げ出した。 どうにかこうにか連中を振り切った二人。 山を降りきるとなだらかな丘陵に入り、街道らしきものに出た。 こからんこからんと、さっきの騒ぎが嘘のように果物を載せた荷馬車が走っている。 まったく懲りていない詩は、元気に声をかける。 「こんにちわー!」 「おおこんにちわ、元気良いねぇ。その年で馬に乗れるのかい?」 「うん!」 荷馬車を引いている男は顔をくしゃくしゃにして笑う。 「そうかいそうかい、エライねぇ。どうだい、林檎食べるかい?」 「え! いいの!?」 「おう、ほれ、二つもっていきなさい」 感謝の言葉と共にこれを受け取り、しゃくっと一口。 「おいっしー!」 「‥‥あまい、ね。すごくあまくて、おいしい‥‥」 この世に子供が嫌いな奴ぁ居ないとばかりに、男は再び破顔するのだった。 荷馬車と別れ街道を進むと、大きな街が見えて来た。 「まっちっだー!」 賑やかな喧騒が入る前から伝わってくるような活気のある街。 二人は、ここを探検する事に決めたのだった。 置手紙を見て絶望感にうちひしがれるアヤメ。 「‥‥『家出してきまーす』‥‥ってこの子守どんだけ難易度高いのよ!?」 嘆いていても始まらない。 ともかく二人を見つけねばと、大人の知恵と知識を総動員して行く先を突き止める。 そこまでは良かったのだが、おそらくこの街だろうと思われた街の何処に居るかがわからない。 一人で探すのにも限度があるし、そもそも相手は志体を持つ腕利きシノビ。 アヤメは恥を忍んでその街に居る知り合いのギルド係員にこれを打ち明け、協力を依頼する。 彼はちょっと頬を引きつらせながら申し出を受け入れ、開拓者を手配する事にした。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
レイシア・ティラミス(ib0127)
23歳・女・騎
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
鬼灯 瑠那(ib3200)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 じーっと見つめる先は、ひょこひょこと動く猫のしっぽ。 半数は上の猫の耳に釘付けである。 遠慮呵責のないガン見である。 鬼灯 瑠那(ib3200)は、年の頃が捜索対象である燦、詩と同じであるネネ(ib0892)と共に、ネネが好むような場所を当たっていたのだが、そういった場所は、もちろん子供が好くような場所である。 ねこの獣人である瑠那と、それを模したねこみみをつけたネネの耳尻尾を、子供達がじーっと見つめながら道行く二人の後をついてまわっているのだ。 最初は数人であったのだが、気がつくと十人以上に増えている。 困り顔のまま一言言ってやるかと瑠那が振り返った瞬間、それは起こった。 「痛っ」 僅かに耳を引っ張られた感覚を覚え、瑠那が声を漏らす。 と同時に、背筋が凍った。 誰かが側面を通り過ぎ頭部に触れたはずなのだが、気配をまるで読めなかった。 ネネもまた気付いたのだが、それは通り過ぎた後だ。 二人同時に再度振り返る。 そこには、後をついてきていた少女の内の一人が居た。 「はいっ」 そう言ってネネから何時の間にか外し取っていたネコミミを返し、二人の後方に居る子供達に得意げに語る。 「ほらー! やっぱり片方だけだったー!」 子供達は口々に当たっただの外れただの、ちくしょうフェイクかふぁっくだの、リアルに価値はねえだの、言いたい放題騒いだ後、瑠那とネネの怒ったような視線に気付くと蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。 当然、最初にネコミミをすり取り、耳に触れて真偽を確かめたあの少女は、誰よりも早く風のように走り去っていた。 怒りを通り越して呆れた顔の瑠那。流石に子供相手にムキにもなれない模様。 「‥‥まさか、あの子がですか?」 バツが悪そうに頬をかくネネ。 「本当にまさかでした、ああまで街の子達に溶け込んでいるとは。私も燦さんの方なら面識があったのですが」 「街で遊びなれてないと聞いておりましたが、いやはや‥‥」 「い、いい事だとは思うんですけどね」 ふうとため息をついた後、瑠那はさして落ち込んだ様子もなく、街を再び歩き始める。 「まあ、ここで逃したとして、さしたる問題ではないでしょう。街には既にエサ、まいてありますので」 フェルル=グライフ(ia4572)と酒々井 統真(ia0893)の二人は、街の東側の捜索を担当していた。 「基礎能力が高い分『遊び』の水準が高いのは困りもんだ」 そうぼやく統真に、フェルルはくすっと笑みで返す。 「頼りにしてますよ、お父さん」 「それはこっちの台詞だ。燦探しに期待してるぜ『フェルル母さん』」 そんなほほえましー話をしていると、路地を入った所から、エライ騒々しい音が聞こえた。 例えるならば、屋根を飛び伝いながら高速移動してはぐれた仲間を探していたシノビが、思わぬ人物の登場に驚き慌てて体勢を崩し、屋根より落下して隅に重ねてあった桶の山に頭から突っ込んだような音である。 「‥‥何か前にも似たような事が‥‥」 統真のつっこみを他所に、人影が高速で人波をすり抜けながら駆け寄って来る。 自ら口にした通り基礎能力がべらぼう高い証であろうが、忍ぶのも忘れる所は何とかしろ、と思ったとかそうでないとか。 果たして、眼前に姿を現したのは燦であった。 身振り手振りのみで、どうしてここにだの、本当に驚いただのが伝わる程、わかりやすいうろたえ方であった。 フェルルは、まず怒ろうと思っていたのだが、その前にと燦の乱れた髪や衣服を整えてやり、にっこり笑って言った。 「こんにちわ、元気だった?」 「あっーーーーー!!」 そんな大声が通りに響く。 子供が好きそうな場所を捜し歩いていたレイシア・ティラミス(ib0127)とグリムバルド(ib0608)の二人は、声に振り向くと、見知った顔が驚いた様子でこちらを指差している。 「‥‥案外あっさり見つかったな」 グリムバルドが呟くと、レイシアは愛らしく片目をつむってみせる。 「あら、久しぶりね。元気してた?」 小走りに駆けて来るのは詩だ。 「えー! なんでどうしてー! もしかしてこの街に住んでるとかっ!? すっごい偶然だねー!」 明るくなったとは聞いていたが、ここまでぶっちぎりで騒がしいとは想像の外である。 それは喜ばしい事なのだが、とグリムバルドは戸惑いを隠せない。 同じ状況にあるはずのレイシアはというと、質問攻めに遭っているが、にこにこしながら一つ一つ丁寧に答えてやっている。 こういう時、女の方が腰が据わっているとは良く聞くが、と苦笑するグリムバルド。 話も一段落した所で、グリムバルドは皆が燦と詩を心配して探している事を伝えた上で、いたずらっぽく笑って言った。 「折角来たんだ。色々見て回ろうぜ」 大道芸人が集まる場所というものが大きな街には一つはあるもので。 アルーシュ・リトナ(ib0119)は、そんな場所の一角に腰を下ろす。 まずは調弦、気温が高いせいか僅かに響きが高いので弦の縛りを変えて調節し、自分の声の調子と合わせる。 音楽をやっていない者には不思議で仕方が無いらしいのだが、ずっと音に触れていると、自然と高い低いが聞いて取れるようになるものなのだ。 御凪 祥(ia5285)が人ごみの中から頷くのを確認し、歌を始める。 二人は当初食事処を中心に探して回ったのだが、手がかりらしきものもなく、ならばおびき寄せる手に出たのだ。 決して強い歌ではないが、染み入るような声音に聞き入りながら、祥は家出中の二人に思いを馳せる。 さて自分の子供の頃、似たような真似をした事があるかと考え、武芸一本やりだった自らを思い出し苦笑する。 その頃の自分の修行が手抜きだったとは思わないが、恐らくそれ以上の過酷な境遇を強いられていた二人がこうして楽しんでいるという話は、耳に心地よい報せであった。 関わった皆がそう感じているのだろう。 数曲歌った所で、アルーシュは竪琴を置きながら、きらきらした目でこちらを見ている二人に問いかける。 「‥‥可愛らしいお嬢さん方、お名前を教えて下さい」 一人は元気良く。 「詩ですっ!」 一人は控えめに。 「‥‥燦です」 「アルーシュ・リトナです。よろしくお願いしますね」 統真が、フェルルが、レイシアが、グリムバルドが、ネネが、瑠那が、そして祥が、自然と下がる目尻に逆らう事なく微笑ましい顔でその様を見つめていた。 お菓子やらおもちゃ各種やらを万端用意してあり、最初っから一緒に遊ぶ気満々の面々。 気分は孫に会うおじいちゃんおばあちゃんだ。 皆一様にアヤメに心配をかけた事は怒るのだが、その後はもう甘々である。 燦はこの場に来る時していた、右手を統真に、左手をフェルルに握ってもらって三人並んで歩くのが大層気に入っていた模様。 ちなみに、皆はこれにつっこみを入れないだけの優しさを持っていたもよー。 おかしをおいしそうにほうばる詩に、祥は疑問に思っていた事をぶつけてみる。 「そういえば、途中腹はすかなかったのか?」 「ん? 大丈夫だよー。私達飲まず食わず寝ずでも三日は動けるもん」 藪蛇だった、と思ったのだが、辛うじて顔には出さずに済んだ。 「そうか、凄いな」 「‥‥でもおにーさんにはやられたー。次は負けないけどっ」 猫被っているつもりだったレイシアが、思わずこれ見よがしに手をわにわにと動かしてしまうと、詩も口を尖らせる。 「ふーんだ、もう喰らわないもーんだ」 「へー‥‥」 年齢差はさておき、お互い武芸を嗜んでいる者同士。 そこには言葉が表すのみならぬやりとりが含まれる。 突如半身になりつつ片腕を伸ばすレイシアに、詩は仰け反りながら腕を取って飛び上がる。 片足を肘にかけ固定しようとした所で、レイシアが肘を落として詩の飛び十字固めを外す。 「あり、外された。おねーさん反応早いねぇ。でもっ、シノビに同じ技は二度通用しないのだっ」 「ふーん‥‥あれ?」 ふと詩から目をそらし、その背後に目をやる。 つられて詩もそちらに目をやった隙に、その頭をふにっと掴むレイシア。 「はっはっは、甘いあまーい」 「あーずるいー!」 こめかみの辺りをむにむにと揉みほぐされながら抗議の声を上げる詩に、優しく諭すように語る。 「全くもう。あんまり犬神のシノビ連中困らせちゃダメよ? じゃないと‥‥またこうよ?」 アルーシュが歌に乗せて語る異国の話を、燦は目を白黒させながら聞いている。 その燦であるが、それとなく衣服で変装を施してある。 フェルルが服屋で見繕ったのだが、その際、お揃いになるような装飾品を統真がフェルルと燦に贈っている。 曰く、男の甲斐性だそうで。 何度も鏡を見てはお揃いである事を確認してにまーっとする燦を見て、そんな燦の姿に相貌を崩すフェルルを見て、実に安い買い物だったと思うのだ。 燦がアルーシュの歌に聞き惚れているのを見るグリムバルドは実に満足げである。 上機嫌のまま隣に座ると、ひょいっと懐から妙な物を取り出す。 「ほれ」 それは刀を模した飴であった。 「わあ‥‥こんなあめ、あるんだ…‥」 実はこの甘刀正飴、持って来た人間が他にも居たりする。皆、考える事は一緒らしい。 「こらこら、こいつはやるから飴に気を取られすぎんなよ。歌聴け歌」 くすくすと笑いながらアルーシュが演奏の手を止める。 「子供ですし女の子ですから、歌より甘いものなのでしょう」 ちょっとムキになってグリムバルド。 「そんな事ないって。そこらの歌ならともかく、アルーシュの歌なら‥‥」 そこで、不安そうに二人を見上げている燦に気付く。 あちゃー、と頭をかくグリムバルドと、口元に手を当てて笑いを堪えながらアルーシュ。 二人が揃って、ケンカしてるわけではないと伝えると、安堵した燦に笑顔が戻る。 堅い表情で刀を振り回す所を見ているグリムバルドは、実に感慨深いと頷きつつ、あの時の苦労を思い出してちょっと嫌な汗が出てたりする。 それでも、こんな顔が見られるのなら、無茶にも甲斐があるってもんだと思えるのだ。 瑠那とネネを前に、詩は悪びれた様子もなく、再びその耳尻尾をガン見している。 あっちこっちとすぐに興味が移るのは実に子供らしいと思えるのだが、どうしたものかと思いつつ、ネネはとりあえず話を逸らしてみたりする。 「なるほど、知人の少ない二人ですから、見知った顔が街を歩いていれば声をかけてきますね」 「そういう事です。が、その‥‥えっと、詩さん?」 まだ見ている。 「‥‥‥‥」 もう穴でも開くんじゃないかってぐらい見ている。 「‥‥‥‥‥‥‥‥苦手ですけど、どうしてもとおっしゃるのでしたら」 「いいの!?」 つまり、詩はその耳尻尾に触らせろと無言の要求を突きつけていたわけで。 いやーな予感のするネネは確認の為に問う。 「いいんですか?」 ちょっと引きつった顔で、しかしぐっと親指を立てて見せる瑠那。 「このくらい既に通ったことですっ」 となれば、残る燦もそうしたいかなと人身御供を自ら進んで買って出た瑠那には頑張ってくださいっ、と言い残しつつ、ネネは燦の元へと。 燦は、これでもかという勢いで触れまくってる詩を見て、流石にあれはまずいのではーとかいう顔である。 「えと‥‥私は、獣人の子と一緒の班だった事、あるから‥‥」 深く考えるとヘコむので、ネネはそれ以上その話題には触れない事にした。 と、不意に燦がぼそりと呟く。 「‥‥みんな、凄いです」 「ん?」 ネネとは年頃が一緒な分、他の人より話しやすいのか、燦は常より少しだけ饒舌になっていた。 「あんなに強いのに、凄い優しくて‥‥私、そんな人ずっと見た事無かった‥‥」 気安い返事はせず、静かに燦の話を聞くネネ。 「‥‥私も、あんな風になれるかな」 ネネは、率直に感じた事を言葉にしてみる。 「わかんない、です。でも、私もそうなりたいとは思っているんです」 顔を見合わせ、ちょっと難しい顔をした後、燦は両手をぎゅっと握り、一度だけちらっと他所を見た後、強い口調で語る。 「絶対‥‥なるっ」 「はいっ」 こう言い切れるのがこの子の強さなんだろうなと、ネネには思えてならなかった。 「‥‥んんっ‥‥ちょっ、ちょっと待ってくださいもう少し手加減を‥‥っ!」 何やら悲鳴が聞こえて来た。 そりゃーもー子供ですから遠慮なんてしませんですぜー、的な勢いで詩がいじくりまわすせいで、瑠那がそれはそれはエライ事になっている。 「ちょ、ちょっとしぃちゃん、ダメだって、そんな事しちゃっ」 慌てて燦が止めに入るが、その頃には男性陣が故意に余所見しなければならないよーな事態に陥っていたり。 何やら悩ましげに首を傾げる詩。 「うーん、耳と尻尾もそうだけど、あの服って何でか色々いじりたくなるんだよ」 どうやら詩はメイド服の魔力にやられたらしい。瑠那、超南無。 これを見ていたフェルルは、隣でお茶を飲みながら団子に手を出している統真に問う。 「やはり、ああいうのは可愛らしく見えるものなのでしょうか」 「まあ、気持ちはわからんでもないが‥‥限度ってのがあるにしても」 と、フェルルは思いつきなのか意を決してなのか、頭の上に両手をあげて一言。 「にゃ、にゃあ」 「ぶふぉおおおおおっ!」 盛大にお茶を噴出す統真。 「だ、大丈夫ですか?」 噴出すだけでは済まず延々咳き込むハメになり、背中をさすってもらいながら、統真は心底からの抗議をさせてもらう。 「ごほっ‥‥おまっ、それ、反則だって‥‥」 決して嫌だとは言っていない正直な統真君が実に素敵であった。 戦い済んで日は暮れて。 子供の相手が如何に大変かを思い知る程遊んで回った一行は、複雑そーな顔で出迎えるアヤメに、いっせーので頭を下げた。 いい年をした連中にまでそうされては、アヤメも怒るに怒れず、次からは自分も誘うようにと意味のわからん事をぬかしつつ、二人を連れて引き上げていった。 その背が、何故か霞んで見えたのは、夕暮れ時が降らせる赤い輝きのせいであったのかもしれない。 |