【遺跡】黒い塔
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/07 23:27



■オープニング本文

 たくさんの開拓者が遺跡に挑み、困難を乗り越え、奥の奥への道が開かれた。
 一際豪勢な造りの一室は、そこが重要な施設であると教えてくれる。
 どういう理屈か、長年放置されていたにも関わらず、まるで錆の無い鉄らしき重い扉を開くと、広い、広い部屋となっていた。
 この部屋に入った者は、遂に宝珠の在り処かと期待に胸膨らませ、そして室内に鎮座する奇妙な物体に驚く。
 まずは臭いだ。
 腐敗臭が部屋中に充満し、これが危険な遺跡内部でなければ鼻と口を手で覆っていただろう。
 次に、にちゃりという音。
 固形物として形状を保ったままでありながら、僅かな挙動ごとに液体を思わせる薄気味の悪い音が鳴る。
 そしてその異様。
 三間弱(約五メートル)程の高さの黒い塔。
 中央の柱部から、たまねぎの皮がむけるように、べりりと剥がれた皮膚部が鋭い先端を天井へと向けている。
 基部には大きな瘤が幾つもあり、これらが重なり上へと伸びた巨体を支えている。
 塔部よりは触手らしきものが数多伸びており、侵入者らしき者を見つけるなりくにゃり、くにゃりと波を打つ。
 これは本当に生物なのであろうか。
 器物だったとしても、製作者の悪意しか感じられぬ奇怪さに、怖気を覚えずにはおれぬ。
 もし生物であったなら。
 こんなものを生み出してしまったこの世界には、限りない悪意が内包されているのではと疑わずにはいられまい。
 皮膚はぬらりと湿気を帯びており、奇怪な造形さえなければ、まるで子供が泥遊びで積み上げた泥の塔にも見える。

 勇敢な開拓者達は、こんな不気味で奇怪で面妖な物体にすら挑んでいく。
 そして、この物体の真の恐ろしさはその見た目などではないと悟るのだ。
「ちくしょう! 何処だ! 何処に居やがんだてめぇ!」
 めくらめっぽうに刀を振るう志士。
「くっそ、効いてるのかどうかすらわかんねえ! 剣で斬ってやってんだ! 少しぐらい痛そうなフリでもしてみたらどうだ!」
 半ばヤケになりながら刀を突き立てたサムライは、直後、触手数本にボロ雑巾のように叩き伏せられ、打ち捨てられる。
「ちょ、ちょっと! 何その殺気満々の顔ってこっち味方! 敵はあっちだってば!」
 後方から援護していた弓術師の元に、唯一残っていた前衛の泰拳士がにじり寄ってくる。
「何よ、これ‥‥黒い染みが、広がって‥‥ねえ、しっかりしてよ! ねえ!」
 戦闘開始直後、術の攻撃を受けたのか雄叫びを上げ狂ったように黒い塔に斬りかかった騎士は、早々に離脱し巫女の治癒を受けていたのだが、触手に傷つけられた腹部がドス黒く染まっていた。
 室内を縦横に飛び回っていたシノビが、巫女のもとに戻ってくる。
「瘴気感染であろう。俺もほれ、このザマだ」
 彼の右腕もまた、黒き染みに侵されていた。
 魔術師があまり鍛えていない肉体を駆使し、ぶっ倒れたサムライの回収に走る。
「よせ! そいつもう動いてねえだろ! 本当に死んじまうぞちくしょう!」
 勇敢な彼の行為は、しかし触手の強打により阻まれる。
 うねり伸びる触手は、黒い塔から距離を取っていた後衛達にも向けられる。
「おいっ! こりゃまずいぞ! ここは逃げの一手‥‥」
 正面から迫る触手に気を取られていた陰陽師は、天井を伝って頭上から降り注ぐそれに抗する術を持たなかった。
 逃げ場も無い程触手に取り囲まれた吟遊詩人は、触手に捕らえられて尚、歌を止める事はなかった。
 それが、強烈な重圧をもたらし、敵の動きを制する歌だとわかると、シノビは吟遊詩人を見る。
 触手に埋もれる直前、彼は確かに、強い意志の篭った瞳を彼に向けたのだ。
 シノビは巫女を抱えると、床をのたうつ触手を飛び、鋭く伸び来る触手の突撃をかわし、仲間の名を呼ぶ巫女の叫びを黙殺し、部屋から飛び出した。
 誰かがこの脅威を、戦闘の末路を伝えなければ、また同じ悲劇が繰り返されてしまうのだから。

「ありゃダメだ。暫くは使い物にならん」
 命からがら逃げ出して来た別室に控える巫女、その容態を確認して来たサムライは、そう言って同じく脱出に成功したシノビに問う。
「で、その部屋に宝珠があるってな本当なんだろうな」
 治療を受けながら、シノビは仏頂面で返事をする。
「‥‥そうだ。だからこそ皆、撤退の時期を逸してしまった」
 礼儀やら配慮というものが欠落しているこのサムライは、そんなシノビをせせら笑う。
「はっ、ドジ踏みやがって。悪いが、宝珠は俺達がいただくぜ」
 シノビはこれ以上注意してやる義理も無いと好きにさせた。
 そして彼が出て行き、医師も退出した部屋で、大きく息を吐く。
「退却の見極めは大切だ。さりとて命を賭けるでもなくばアレは倒せん。覚悟と技量と、共に備えた勇者のみが宝珠を手にするのであろうな‥‥」
 全身が鉛のように重いが、そんな体を無理に駆使し、部屋を後にする。
 どう言って彼女を慰めてやったものか、そういうのはお前等の役目だったろ、と随分と寂しくなった両隣に語りかけながら。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰


■リプレイ本文

 戦場において誉れとされる先陣。
 戦場に出る者なら誰もが一度は憧れる名誉な役割は、しかし担う者により以上の苦難を与える。
 酒々井 統真(ia0893)は、すうと息を吸った後、気合の声と共に部屋へと飛び込む。
「行くぜ!」
 奥に鎮座する薄気味の悪い泥の塔は、本体は悠々とこちらに対しながら、しかし触手は神速にてあちらこちらから襲い掛かって来る。
 最も重要な初撃。
 二つ捌き、二つもらった。
 全身より立ち上る程に高めた気の防御があって尚、意識が揺れる。
 だが、ここで止まるわけにはいかない。
 統真の後ろには彼の突破を信じ、続いてくれている仲間がいるのだ。
 一瞬でも集中を切らせば、あっという間にそこかしこより迫る触手に串刺しにされる。
 今回集まった面々の中で、最も防御に優れるのは酒々井統真、その人である。
 避けて耐える壁役としてこれ以上の適任はおらぬであろう。
 負った怪我の治療が見込めない以上、敵の打撃を最も効果的に防ぎうる統真に攻撃を集中させるのは誤った手ではない。
 しかし、統真の後に続いていた者達の中から、巴 渓(ia1334)が飛び出し、統真へと迫る触手の一本を素手で強引に掴み止める。
「コイツはちと予想以上だ。俺も付き合う」
 並んで駆けながら、統真は口の端を上げる。
「触手の集中攻撃はド迫力だぜ。ビビんなよ?」
「はっ! 恐怖なんてお上品な感情、俺は持ち合わせが無いんでな!!」

 統真、そして途中で加わった渓の後に続く者達も、安全なわけではない。
 壁や天井から這い寄る触手は、迫る彼等もまた『近い敵』と認識したらしく攻撃を加えてくる。
 趙 彩虹(ia8292)は走りながら上への警戒を怠らず、上より迫る触手に対し、走る足の何処から飛び出したのかわからぬ素早さで上段蹴りを放ち弾き飛ばす。
「『剣』の皆さんに攻撃を届かせる訳にはいきませんからね!」
 同じく、後ろの『剣』役を守る任についている輝夜(ia1150)が長大な刀を走らせる。
 側面より地を這うように伸び来る触手に対し、輝夜の振るう切っ先が床を滑り火花を散らす。
 と、それを牽制に別の触手が輝夜の胴中央に突き刺さる。
 ずんという深い衝撃。
 が、5尺(約150センチ)程度しかない輝夜が、この重い衝撃にブレることはなかった。
 踏みこたえる足と支える体に力を込め、全力で弾き返してしまう。
 右に彩虹が払い、左に輝夜が薙ぐ。
「次から次へと鬱陶しい触手どもじゃの」
「囮役の人達が受けている攻撃はこんなものじゃありません。このぐらいで‥‥」
 言っている側から更に新たな触手群が、上方より波のように迫る。
 一本は彩虹が槍を突き出し、その先端を貫き捉える。
 一本は輝夜が伸び筋を見切ってこれに沿うよう斬馬刀を走らせ二つに裂く。
 そして残りは全て、飛来した手裏剣が突き刺さり狙いを逸れていく。
「‥‥手伝う‥‥」
 隊列の後方に居た白蛇(ia5337)の申し出に、彩虹と輝夜は得物の届かぬ位置は彼女に任せる。
 そして、遂に間合いへと到達。
 『剣』である攻撃メンバーが統真、渓の背後より飛び出した。

 鬼灯 仄(ia1257)は、不意に視界が定かならぬ事になった不思議に、話を聞いておいてよかったと胸をなでおろす。
 でもなくば、不意打ちか何かでももらったかといぶかしんでいた所だ。
 そう来た時の対策も考えてはいたが、虚ろな視点のままで、仄はにやりと笑う。
「デクの棒相手なら心眼もいらねえな」
 数度攻撃を仕掛けてみた所、泥の塔はやたらデカイ体が災いしてか回避行動らしいものをまるで取っていないのだ。
「これなら目ぇ瞑ってても当たるっての!」
 強気の口調で自らを鼓舞するのにはわけがある。
 攻撃はいい。この状態でも効果的な斬撃を行なう自信はある。
 だが、今触手に襲い掛かられたら。
 ただでさえ異常に鋭い触手に対し、受けも避けも出来ずそこが急所であろうとまともにもらう。
 無防備のまま敵の眼前に姿を晒す恐怖に耐え、仄は攻撃を続ける。
 仄は僅かな間の戦闘で、受けに回ったら絶対勝てないと心底理解していたのだ。

「皆さんが作ったこの好機、絶対に繋ぎます!」
 飛び出すなり長巻を全力で振るうはフェルル=グライフ(ia4572)である。
 知性に乏しいアヤカシ風情にはもったいない術技と精神の結晶、柳生新陰流「焔陰」を惜しむ事なく打ち放つ。
 踏み込みの瞬間、フェルルの長く美しい金の髪が大きくたなびく。
 刀を振り下ろすのに腕だけ使う素人ではない。
 足を、腰を、胸部を、肩を、肘を、手首をすら用いてこそ人間の極めし技である。
 頭部が自然と横に流れ、髪が流れるのも当然の事。
 また、ただ練力を流す初級の技とは違い、刃の鋭さを追求し続けた結果出来た珠玉の術式。
 そして纏う炎は、刃では鋭すぎる傷口に対し考えられたこの技に不可欠な効果なのだ。
 全ての構成は一部の隙もなく作り上げられており、さながら完成された芸術品である。
 なればこそこれを為すフェルルが、金色の気高き獣に見えたとて、何処に不思議があろうか。
 炎は止まぬまま、金色の風は吹き荒れる。
 それだけが、必死に囮をこなしている二人に対してフェルルが出来る唯一の事なのだから。

 触手の痛撃を堪えつつ皇 りょう(ia1673)は、心の奥底より沸き起こるえもいわれぬ衝動を必死に堪えていた。
 激怒をすら通り越した天をつく憤怒は、肉体的ではなく、まずりょうの心底をまず征服せんと試みてきたのだ。
 これに対し、りょうは平静たらんとはせず、より以上の、怒りと共に全力で抗う。
 意志剥奪を強要するという無礼さは、全てを吹き飛ばす程の激情を生み出してくれた。
「貴様の思い通りになぞなるものか!」
 泥の塔のぶっとい胴体に真横から刀を叩き付けると、刀の術技にのっとりなめるように引き斬りながら軸足を後ろに引く。
 腰をじっくりと落とした、回避を行なわぬ敵に対する極端な構えを取ったりょうは、人間らしい知性的な瞳を持ったままであった。
「アヤカシ風情とは気力が違うのだ、気力が」
 とはいえ、予想通りの難敵に、自分はそれでも戦えていると確信出来るのは、りょうの心に深い充足感を与えてくれる。
 ただ己の力を信じ戦うのみ。
 戦とは常にそうであったとしても、磨きに磨いた自分の技が通用するという事は、つまり自分がそれまでやってきた事が正しかったと証明されるという事であるのだ。
 だが、と心を引き締め刀を振るう。
 いずれこんな術を受けずとも、何も考えられずただ戦いに集中する境地に至る。
 如何に守り、如何に攻めるか。
 もちろん、それが両立してこその戦いであり、先の暴走なぞは論外なのである。

 何も見えない。
 だが、敵だけはわかる。
 敵は倒さなければならない。
 ずっとそうやって来たのだし、これからもやっぱりそうであろうと思う。
 泰拳士なんてものをやってるのだって、敵を倒すためだし、違う、ならばその為に振るうこの拳に、止めろ、何の迷いがあろうか。
 一部の隙もないはずのこの論理に、しかし、思考がどうしてもまとまらぬのは何故だろう。
 決定的な誤りに気付けたのは、全身を駆け巡る気力の迸りのおかげだ。
 動き、耐える堅牢な砦と化したのは、一体何の為だ。
 俺は、守るため、こうして、いるん、だ。
「くっ!?」
 眼前よりの声にはっとなって統真は目を覚ます。
 何故かそこに、渓の顔があった。
「あれ?」
「あっ」
 統真は寸前で正気に戻り、拳から力が抜ける。
 だが、こうなってはとりあえず殴ってでも止めるしかないと同時に拳を振り上げていた渓はというと、危険な相手との戦闘の最中に、いきなり脱力なんて出来るはずもなく。
「おぶっ!?」
 いわゆるくろすかうんたー的な奴であった。
「おお、正気に戻ったか」
「戻ってたんだよ! ぎりぎりで!」
 再び統真は渓に向けて拳を振り上げる。
 これに渓もまた右足刀を打ち抜きに。
 統真の拳は渓の側面を狙った触手を打ち落とし、渓の足刀は統真の背後に迫った触手を蹴り斬る。
「‥‥一応、礼は言っておいてやるよ」
「そういうの、無粋って言うんだぜ」
 憎まれ口を叩きながらも、渓は統真の働きには感心していた。
 耐えるのは自分が一番得意だからといって、ああまで攻撃を受け続けられるのは余程精神が強くなければ出来ない。
 仲間がきっと倒しきる、そう信じているからこそ、一本でも多くの触手を自分にと無茶な動きを続けられるのだろう。
 迷い無くそう出来る彼を、少し羨ましいとも、感じられた。

 激戦は続く。
 幾度斬りつけても、どれだけ殴り飛ばしても、泥の塔は最初の時と全く変わらぬ様で触手を操り、衰えを見せない。
 フェルルは泥の塔の基部を支える泥の塊を集中的に攻撃していた。
 これを砕けば、支えを失い塔は倒れるやもと考えての事だ。
 触手に側頭部を跳ね上がられながら、歯を食いしばって堪え、先程からさんざん斬り続けている瘤の一つを全力で薙ぐ。
 ぼこん、と一際派手な音と共に瘤がもげ落ちる。
 と同時に、これまで微動だにしなかった泥の塔が、ぐらりと横にかしぐ。
 皆がその戦果にようやく終わりが見えたかと意気を上げかけた時、それは起こった。
 部屋中に無造作に散らばっていた触手達が、突然所構わず凄まじい勢いで暴れだしたのだ。
 何か致命的な失敗でもしたのかと青ざめるフェルルに、仄が波打つ触手を弾きながら答える。
「自分がヤバイからこその大暴れだろう、後一押しのはずだ」
 ここまで来ての大暴れは、皆の士気を挫きかねない。
 だからこそ、似合わないとも思ったが仄は大声を張り上げる。
「お前等! あと一息だ! 一気にケリつけるぞ!」

 掛け声を聞いて、真っ先に動いたのは彩虹である。
 部屋中何処もかしこも触手だらけとなり、あちこちでうねり跳ねまわる触手を、恐れるものではないと皆に知らしめるのは自分でなければならないと理解したのだ。
 地面に叩きつけられる触手が、激突し床から跳ねた瞬間を狙って下を滑りくぐり、跳ねの角度を読んでその直前に力点となる部位を腕で払ってこれを逸らし、かと思えば真後ろからの触手を身を捻ってかわしざま、その触手を掴み、つき進む触手の力を利して体勢を整える。
 右に左に後ろに前に上に下にと動き回っているようでいて、確実に泥の塔との距離を縮め、後方の床から伸び来る触手に背を向けたまま宙を舞い、何とその触手に足をつき踏み台とし、泥の塔上部の高さにまで達すると、空中で槍を薙ぎ真一文字の傷を作る。
 これが、実にわかりやすい合図となった。
 白蛇は泥の塔より少し距離を取っている分、跳ね回る触手のせいで射線が取れずにいた。
 なら、仕方が無いのである。
 気配どころか視覚にすら映らぬ隠行により、触手の海へと乗り出していく。
 触手は隠行も何も知った事かと飛び跳ねるので、もちろん危険はあるのだが、そんな最中をゆっくりゆっくりと進み、一度両手を前に振った後、仰け反る勢いで後ろに振り引く。
 顔すら上を向く程の振りかぶりっぷりでありながら、まるでその位置だけ聖域であるかのごとく、触手が白蛇に触れる事はなかった。
 指と指の間に挟んだ手裏剣は、全身をバネのように跳ねさせ放った白蛇の体から離れるや、そのどれ一つとしてまっすぐ飛んではくれなかった。
 上に、右に、左にと逸れた手裏剣は自然界のあるべき姿を易々と出し抜き、何度も何度も中途で軌道を変化させ、触手の海を泳ぎきる。
 そしてこれを防がんと動く触手すらすり抜けきった手裏剣は、一本は側面を削り取りながら突きぬけ、一本は先に彩虹が蹴り飛ばして崩れかけた部位に突き刺さり、最後の一本は瘤を失った根元へと。
 命中と同時に、やはり全てをかわしきる事は出来ず、触手に胴を薙がれた白蛇であったが、それでも攻撃を止めようとはしなかった。
 輝夜もまた、腹をくくった者の一人だ。
「泰拳士 、シノビが避けるのなら、我は耐えるとするかの」
 こちらはもう前二人とはうってかわって、触手が何してこようと知った事かと一直線に泥の塔へと突っ切りにかかる。
 鎧をがこんがこんと打ち付ける触手にも、その進む足が揺れる事はない。
 そこだけ質量の違う物であるように走る輝夜が、痛く無いわけでは無論無い。
 いやむしろめったくそ痛い。確かにタフさと重装甲には自信があるが、痛いもんは痛いに決まっているし、積み重ねられれば倒れるしかない。
 それでも、ここが勝負所と一息に近接し、巨大な斬馬刀を振りかぶる。
 練力は既に使い切った。
 だがそれがどうしたと。
 比類なき剛剣は、その程度では決して失われぬのだと、大木程もある泥の塔の幹にあたる部分に、斬るというより叩き付ける勢いで刀をぶちこむ。
 そこで気付いた。
 全く同じ事をしていた馬鹿がいる。
 奴は輝夜とは反対側から突っ込み、輝夜とは逆側より同じように、ぶっ倒す勢いで刀を叩きつけに来ていたのだ。
 皇りょう、彼女もまたここが勝負と、無茶を承知で暴れまわる触手の嵐を突き抜けてきていた。
 千年生きた大木ですら薙ぎ倒せそうな轟音が響く。
 しかし二人共それでは終わらない。
 叩き付けた体勢で尚力を抜かず、強力な腕力でへし折りにかかったのである。
 右より輝夜が斬馬刀をずぶずぶと泥の塔の体に沈めていけば、左よりりょうが珠刀「阿見」を渾身の力で押し込みにかかる。
 輝夜は当初そのつもりはなかったのだが、りょうがそう合わせてくれるというのなら、付き合おうではないかとかすかに笑う。
 りょうもまた、触手の痛打が振り注ぐ中でも決してその場を動かず、コイツを叩き折るまでは一歩たりとも引かぬと覚悟を見せつける。
 そして、これを皆に言った仄も動く。
 刀を武器に扱う者は刀が無ければ大幅に戦力を失う事になるため、大切に扱うものなのだが、それを何をする気か一目瞭然の様でふりかぶってる。
「俺は触手を抜けられそうもないしな。せめてこれだけでもって話だ」
 武士の魂、というか無いと剣士ですら無くなってしまう刀を、仄はは黒い塔目掛けてぶん投げる。
 志体持ちの腕力は大したもので、投げた刀はその重量のせいか泥の塔に深くささり、勢い衰えぬまま刃側が斬れるせいで横にずれ斬る。
 満身相違の黒い塔は、やがて輝夜とりょうの刀に根元より千切られ、轟音とともに崩れ落ちる。
 それで、決着であった。

 こうして宝珠を手に入れるも、瘴気感染を免れた者は一人としておらず、へっろへろになりながら遺跡を出ると、驚く程万全の医療体制が待ち構えていた。
 これを手配していた先の戦いを生き残った巫女は、皆の報告にも、宝珠も倒したもどうでもいい、皆が無事で本当によかったと涙ながらに訴え、それを宥めるシノビは、色々と思う所があるのだろうが、たった一言だけ、万感の思いを込めて皆に言った。

「見事だ」