弓術師チャップマン
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/03 01:11



■オープニング本文

 ゆったりとした椅子に深く腰掛け、肘掛けに肘を置きけだるげに頬を支える男は言った。
「お前達、この世で最も優れているものは何?」
 男の前に並ぶ兵士達は、直立不動のまま両手を後ろに組み、胸をそびやかしながら答える。
「サー! 弓術師! サー!」
「この世で最も美しいのは?」
「サー! 弓術師! サー!」
「この世で最も強いのは?」
「サー! 弓術師! サー!」
 椅子から立ち上がった男は、前髪を手馴れた仕草でかきあげる。
「そう、だから弓術師最強。だって、近づかれる前に撃つし。狙い外さないし。というわけで、そこの弱い騎士は死刑。だって騎士とか存在意義からして意味わかんないしっ」
 男と兵士達との間には、傷だらけで縛り上げられた男が座り込んでいた。
「弓術師チャップマン‥‥優れた弓術師とは聞いていたが、こんな気狂いであったとはな。さっさと殺せ、今更この世に未練なぞない」
 全身より血を流しながらも、捕らえられていた騎士の牙は折れぬまま。
 チャップマンと呼ばれた男が窓の外を指差すと、部下の兵士達が騎士を窓の側へと引っ立てる。
 二階になっているこの場所からは、すぐ下の広場が良く見えた。
「キサマッ! これは一体何の真似だ!」
 騎士が怒鳴ったのは、目隠しをされた二人の兵士が広場の端に立てた木の柱に縛りつられているからだ。
 二人共、チャップマン捕縛を命じられていた騎士の部下である。
 チャップマンはやはりけだるそうな顔のまま、あくび交じりに言った。
「そういうの未練って言うんだよ。知ってるぅ?」
「黙れ恥知らず! 正々堂々剣を交える事も出来ぬ臆病者が覚悟のなんたるかを語るな!」
 その言葉に、弓術師が揃っているチャップマンの部下達から強烈な殺意が騎士へと放たれるが、チャップマンはというとちょび髭の具合が気になるのか、ひっぱったりなでたりしているのみ。
「じゃあその覚悟とやら、見せてちょうだい」
 チャップマンは椅子に腰掛け、足をずいっと前に差し出す。
「この裏、なめたら二人共助けてあげるぅ。大丈夫、チャップマン嘘つかないから、やれば本当に助けてあげるし」
「ふざけるな! 奴等も覚悟を決めた戦士だ! 今更命乞いなぞするものか!」
「それがしちゃうし」
 チャップマンが指示を送ると、二人に一本づつ矢が飛んでいく。
 急所を外し続けた矢がちょうど七本突き刺さった所で、騎士は折れた。
 二人と長く一緒に居た彼は、あの二人は後ほんの少しで、戦士の誇りをかなぐり捨てるだろうと、わかってしまったのだ。
 大切な部下に、それだけはさせられぬと、騎士は折れたのだった。
「騎士の誇りも戦士の勇気も、折れちゃうんだよねぇ。やっぱり弓術師がさいっきょうだから」
 チャップマンはすぐに二人の兵士を騎士の目の前で逃がすよう命じる。
 それを確認させた後で、さあ靴の裏をなめろと言うと、騎士はチャップマンを鼻で笑った。
「馬鹿が! 二人さえ無事ならばそんなふざけた話誰が聞くものか!」
 チャップマンがここまでしてやったのにと、部下達は皆色めき立つが、チャップマンはというとからからと笑い出す。
「命をチップに乗せた約束を守らない騎士、だって。ひどいよねぇ。ねえみんな、コレ、もう騎士とか認めたくないし、面倒だからコレも逃がしてあげよ」
 部下すら呆然とする事を言い、チャップマンは本当に騎士を解放してしまった。
 彼の去り際、チャップマンはこう言ったという。
「また来てね。今度は君よりマシな奴連れて。正直、君程度じゃ弓術師最強な気分味わえないし。ほら、そういうのってあるじゃん。兵は兵を知るとかなんだとかっ。好敵手を求める気持ちとか、そういうのわっかんないかなぁ」

 屈辱に身を震わせ帰還した騎士は、軍には戻らず自宅に向かい、ありったけの財産を開拓者ギルドに持ち込む。
「そんなに強敵が望みなら、良かろう、開拓者ギルドの腕利きをぶつけてやろうではないか。皆が皆志体を持つ連中だ、私にそうしたように、貴様の矜持ごと一切合財を消し去ってくれよう」

 ちょっと目の色が素敵すぎる騎士の依頼を受けた係員は、これは要調査だなと下調べを入念に行なう。
 案の定、怒りに冷静さを欠いている騎士は大事な事を伝えていなかった。
 チャップマン一党は山岳地帯に根城を構える元軍人の盗賊集団で、山を越えようとする商人達から勝手に通行料をせしめている。
 この山というのが曲者である。
 付近は馬鹿みたいに風の強い地域で、龍すら近寄るのを避けるような場所である。
 飛ぶ鳥すらないこの山の難所は二つ。
 今は流れる水も枯れ果てた谷底の道、かつて近隣に名を馳せたとある領主が作らせた木製の橋だ。
 谷底の道は両脇を切り立った崖が囲んでおり、身を隠す岩もなく、一直線に伸びている事から、奥よりの射撃を防ぐ手段が無い。
 彼等はここで隊を二つに分け、一隊が攻撃している間に後退を繰り返し、突破までに甚大な被害を与えてくる。
 橋は、崖と崖を繋ぐ唯一といっていい存在で、これが無ければ荷馬車はもちろん人ですら反対側に渡るのは困難となっている。
 もちろん橋を渡る間は、周囲に遮蔽物の全く無い状態が続く。敵は橋の向こう側から岩に隠れつつ矢を放ってくるので、どちらが有利で不利かは考えるまでもない。
 しかし、この橋さえ突破してしまえば後は盆地であり、どうとでも追い詰める事が出来よう。
 一応、本拠地の二階建ての建物周辺には木の柵があるが、ここらにはロクに木も生えていない事から、開拓者なら力づくでへし折れる程度の強度しかない。
 彼等は恐らく、この山から逃げる事は無いだろう。
 この地で敗れれば、彼等に後なぞ無いのであるから。

 連中は特に射程の長い弓を備え、元軍人だけあって実に統制の取れた動きをしてくる。
 しかも総勢二十人の内、チャップマンを含む実に八人が志体を持っていると来る。
 更に更に、チャップマンと副長である国政は、軍に居た頃から弓術師としての腕前を認められていた強者である。
 係員は頭を抱える。
 これでは如何に開拓者とて、相応の備え無しで突っ込んでは勝ち目が無い。
 係員は役に立つかはわからぬがと、鉄製の、頭をかがめれば人間一人をすっぽり覆える盾を人数分用意する。
 もちろんいざ斬り合いとなれば邪魔以外の何物でもなく、そもそも重量と大きさから移動速度が半分になるようなシロモノであるが、一方的に撃ちまくられる事が予想される状況では、有効に働いてくれよう。
 これを使うかどうかは開拓者に任せるし、何か策があるのならそちらを優先してくれて構わないが、とりあえず自分に出来る事はこんなものだと皆に後を託すのだった。
 またこれ以外にも人数分の馬や、鉄の盾を運ぶ馬車を用意も出来るのだが、敵と遭遇したら真っ先に射殺されるだけの話であろうし、鉄の盾も自分の手で運ぶしかないだろうと言っている。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
バロン(ia6062
45歳・男・弓
雲母(ia6295
20歳・女・陰
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
風和 律(ib0749
21歳・女・騎


■リプレイ本文

 谷底の道を進む開拓者一行。
 その先頭で、風和 律(ib0749)が体全体が隠れる程の大盾を前にかざし、じりじりと進んでいた。
 ひっきりなしに響く、がこんがこんという衝突音。
 細長い矢だから威力も弱いだなどと寝言甚だしい。
 矢が盾にぶち当たる度、支える腕に重い衝撃が響く。
 まるで水中を進んでいるかのように、数歩進むだけで多大な労力を必要とする。
 力を込め続けていないと矢に押し返されてしまうので、呼吸の間を取りずらいのも水中と一緒だ。
 隣でぴったりと寄り添うように盾を構えている秋桜(ia2482)も同じ苦しみを味わっており、苦々しい顔を律に向ける。
「想像、以上、です、ね」
 ごんごんと単語のごとに矢の衝突音が響くせいで声がぶつ切りに聞こえる。
「これじゃ、突破、出来ない、のも、わかる」
 秋桜とは逆隣にいる野乃原・那美(ia5377)は、何故か楽しそうであった。
「あは、はは、何これ、こんな、矢の中、進むの、初めて、かもー」
 彼女達のように近接格闘をこなせるぐらい体力が無いと、前面装甲を担当するのは難しい。
 盾の重量だけなら他の皆も持てるのだが、そこに矢雨をぶちこまれながら力任せに進むのだから、仕方の無い所だ。
 もっとも、そうは言っても他の皆も遊んでいるわけではない。
 矢の軌道をすら変化させうる弓術師の技に対応するため、側面の防御も決して疎かには出来ないのだ。
 そんなわけで、肉体労働には向かない陰陽師の檄征 令琳(ia0043)も盾を持つハメになっている。
「こちらからも反撃出来ないんですかね。こう撃たれっぱなしだと、気分悪い通り越して気持ち悪くなってきました。いや別に盾が重いと遠まわしに文句を言ってるわけじゃなくですね、一般論的な話でして」
 少し困った顔で盾の内側に隠れる只木 岑(ia6834)は答える。
「焼け石に水、かな。この立地は射撃を集中させやすいし、反撃するんだったらこちらも射手の数揃えない事にはどうしようもないよ」
 良く見ている、とバロン(ia6062)が嬉しそうに頷いている。
 そうそう、と北條 黯羽(ia0072)が術の準備を整える。
「ここは俺の出番さね」
 一定の距離を詰めると、敵集団は一度後退を始める。
 更に後ろの集団が援護射撃をしている中なので、無理に進むことは出来ないのだが、ちょうど後続部隊と彼等がすれ違う瞬間、黯羽の式が放たれる。
 盾の隙間を縫い、矢の雨をすり抜け、式は前方に突如巨大な黒い壁を作り出した。
「急ぎな! この矢の数じゃそれほどもたない!」
 真っ黒な壁は防御能力もさることながら、視界を塞いでしまうのが大きい。
 それまで小気味良く鳴り響き続けていた音が、散発的なものになる。
 ここぞと前衛三人組は盾を大きく前進させ、距離を大きく詰める。
 これを繰り返せばほぼ無傷で谷を突破出来るだろう。
 だが、敵は作戦を変更する事もなく、同じ事を繰り返して都度大きく前進を許す。
 雲母(ia6295)はふんと鼻を鳴らす。
「陰陽師の消耗狙いか。引き際がさっきまでより数歩分早い」
 黯羽は苦笑いで返すしかない。
「といって、壁無しでってわけにもいかないだろ」
「盾だけで押し込んでたら橋まで盾がもたん」
 少々の変形を始めてはいるが、盾はまだまだ健在。
 律が怪訝そうな顔で、盾ならば充分だろうと問うと、バロンが事も無げに言う。
「いずれ着矢のムラから特に弱っている部分が出てこよう。腕の良い弓術師ならば移動中であろうとそこを狙いとおす事も出来るだろうな」
 盾の隙間からちらりと敵射手との距離を見る。
 いやもう、狙うとか無理だろこの距離と思えたのだが、雲母だけでなく岑も特に反論していない辺り、多分本気で狙える模様。
 心底嫌そうな顔で秋桜が言う。
「‥‥申し訳ありませんが、黯羽様にはこのまま黒盾侵攻をお願いしたく‥‥」
「わかってるよ。元よりそのつもりだ、気にすんな」

 谷底を抜けると以後、敵の襲撃はぴたりと止む。
 途中何箇所か矢で射るのに良い場所があったのだが、弓術師トリオ曰く、逃げ場が無いから盾で押し切られたらそれで終わる、だそうである。
 遂に最後の難所、橋の所まで辿り着くと、遠目に立地を確認する。
 ヒドイ立地である。向こう側には隠れる遮蔽が山程、こちらは吹きっさらしを抜けるしかない。
 そんな中、相変わらず陽気にからからと笑う那美。
「ま、それでも行くしかないんだけどねー」
 気合一発、盾を構えて橋を渡りにかかる。
 一息に渡れれば、そんな淡い期待もあったのだが、橋の半ばまで来た所で雨霰と打ち込まれる矢を見て、無理と即座に悟る。
 谷での射撃は隊の半数づつであったが、今度はこれが一度に飛んで来る。
 盾の隙間から顔をちょこっと出すのすら憚られる程で、更にド正面担当の律の盾に向けては、大砲でも撃ってるのかという衝撃が叩き込まれ続ける。
 橋のど真ん中で行くも戻るも至難な状況、こんな中で笑っているのは、おーおーすごいねーと騒いでる那美と、存在がそもそも不敵な雲母ぐらいであった。
「さて、そろそろ挨拶といくか」
 岑が盾の内側で二方向を指差す。
「多分、正面と左斜め前、例の手強いのはそこにいると思う」
 弓術師ここにあり、その初弾は岑からだ。
 矢豪雨にすらある隙間を縫うように盾より身を出し、本当に狙いを定めているのかわからぬ速さで矢を放つ。
 弓術師の距離感覚、遠方の空間把握能力は飛びぬけて高い。
 岑が敵を目視していた時間は刹那程しかなかったが、その瞬間に必要な距離と方角を定め、距離を測る試しの矢すら無しで一発目から命中矢を出した。
 これだけ馬鹿みたいに打ち込みながら、最初の命中は、開拓者側であったのだ。
「よくやった!」
 雲母が嬉々として身を乗り出し、同時にバロンも動く。
 命中矢に敵が驚き、矢の雨が僅かに衰え、それを取り戻すべく敵主軸が動く。
 二人はそれを読んでの射撃である。
 バロンはちょうどこちらに向け矢を引き絞っている男を、敵首魁の内二人と断じた。
 初撃。
 互いに狙いをぶらす動きを見せ、双方命中無し。
 が、その後の足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引き分け、会までの動きが圧倒的なまでにバロンが早かった。
 一射のみで引くと思っていた敵のしまったという表情が、この距離でありながらバロンにはくっきりと、すぐ前に居るようによく見えた。
 放った矢はそれでも弓射の間を知る敵の見事な動きにより急所こそ外したものの、これは見てわかる程敵は動揺を始める。
 雲母は、この弓術師の特性を活かした戦術の見事さは認めていたものの、自身もそうしようという気にはあまりなれなかった。
「私は一撃必中の方が好みだ」
 大鷲が空を舞うように悠々と弓を引き、弓射の極致へと。
 弓を構える所から心のありようを操作し、引き絞りきったその瞬間に全てが頂点に至るよう完璧なまでにこれを操る。
 何が嬉しいかといえば、敵もこちらが狙っているのに気付いていながら、まるで動じた気配もなく六節までは完璧な動きを見せてくれた事だ。
 微かに笑い、笑った気がした。
 お互い必中を期した一撃。
 放った後の矢羽がしなる様までくっきりと見えていた雲母は、同時に迫る鏃もはっきりと見据えていた。
 互いの矢が交錯し、雲母の頬をかすめ、敵の頬をかすめて飛びぬけて行く。
 必中を期した一撃は、命中への確信と共に放たれたのだが、これを互いの矢がすれ違う時、矢羽を僅かにかすめたため狙いが逸れたのだ。
 ただそれだけのやりとりで、数百の言葉を交わすより雄弁に敵を知る事が出来た。
「‥‥そうか。なら、私に敗れて死ね」

 橋の上での弓術師三人はまさに鬼神のごとき、であった。
 残った皆で遮蔽を維持しつつ前進出来たのは、三人の反撃あったればこそであろう。
 もちろん三人も無傷ではいられなかったが、令琳の治癒符がこれを癒し、遂に反撃の時となる。
 彼等はそれぞれに目標を定め三手に分かれた。
 那美は腹部を深く貫いた刃を抜くと、やっぱり笑顔のまま引き際の肉の感触を愉しむ。
 矢は盾無しでは受けにくい。
 ならば俊敏な動きでかわしにかかる那美とは相性が良い、わけではない。
 何せ弓術師という生き物は狙いが鋭いのだ。
 やたらうっすい衣装を好む那美とは心底相性が悪いと言えよう。
 それでも、
「ちょっ! 無茶ですって!」
「練力残ってないんだし、こうするっきゃないだろ」
 陰陽師が刀持って暴れるのとどっちがマシかは判断に迷う所だ。
 黯羽は突っ込む那美に合わせ自身も飛び込み近接攻撃を仕掛け、それを見て慌てて令琳が後を追っているという図である。
 存外堂に入ってる構えから、上段に振り上げ右よりの袈裟にて、急所を一刀にて斬り裂いた。
 絶命し、前に倒れ掛かる男。
 が、その後方には、既に弓を引き絞っていた別の敵が居た。
 黯羽は慌てて自分の体を後ろに倒しつつ、倒れ掛かってくる男の体を蹴り支える。
 ぎりぎり、男の頭部に矢は突き刺さってくれた。
 おかげで死体にのしかかられるなんていうエライ目に遭うハメになったが。
「今、撃ったの、誰ですか?」
 これに怒ったのは令琳だ。
「‥‥誰だって聞いてんだよ!」
 その様に少し驚きながら、黯羽は自分の式も令琳に合わせる。
 令琳より憤怒と共に放たれた符は、途中黯羽の式と合流し、重ね合わさった瘴気が渦となって敵へと襲いかかる。
「不意打ちは悪くなかったけど、迂闊だねぇ。この距離は陰陽師の間合いさ」
 二筋の斬撃に体をぐらりと揺らせた男は、志体を持つだろうに、ただ、それだけで痺れたように動きを止める。
 男の更に背後から、含むような笑い声が。
「やっと減ってきたかな? 今まで好き勝手してくれた分‥‥倍返しにしちゃうんだぞ♪ うふ、うふふふふふ♪」
 先程から、縦横無尽に暴れまわっていた那美であった。
 最初こそ、数が多すぎて斬り心地が確かめられないとぶーぶー言ってたのだが、いざ斬り合いが始まるともうあっちを斬りこっちを刺しとやりたい放題である。
 近接距離を得意とする抑えの役が一人も居ないのが、全ての原因であろう。
 抜かれたら終わり。最初から双方それはわかっていたのだ。

 バロンと岑の正確な射撃は、先行する秋桜の動きに良く合わせている。
 味方をすら犠牲にしつつ距離を取った十人の元へ、一直線に駆け抜ける秋桜。
 五人の内一番の難敵である国政は、バロンが集中射を加える事で動きを封じ、残る敵への牽制は岑が。
 もちろん二人で全てを封じるのは無理だが、低く斜めに射線をくぐるように駆ける秋桜への援護には充分だ。
 先程から敵は、一人喰らいつかれるとそれを見捨てて距離を開け、再び攻撃をという事を繰り返している。
 踏み込みの最後と、攻撃の瞬間だけはどうしても動きが止まってしまうため、秋桜も無傷ではない。
 三度目、同じ手を使って後退しようとした所で、秋桜の動きが変わる。
 みぞおち深くに拳を打ちつけた男の手首を掴んだかと思うと、軽く捻るだけでこきりとへし折ってしまう。
 更にその男を抱えると、これを盾に一直線に走り出す。
 途中の敵には目もくれず、その足の速さで彼等を追い越し先頭の男へ。
 当然後ろから射られる事になるが、後ろに目でもあるのか、気配だけでこれを察してかわしてしまう。
 狙う男、国政よりの躊躇無い一撃は、男の体を貫き秋桜とこれを縫い付けるが、それでも秋桜は止まらない。
 力づくで男を引き剥がし、国政の視界を覆うように放り投げる。
 国政は全ては目くらましと見切り、後ろを向いて走り出す。
 全力で、全速で駆けた国政は、滑るようにその先へと回り込んで来た秋桜の常人離れした素早さが、信じられず、納得出来ずに首を一度だけ左右に振った。
 右上段回し蹴り、えぐるような中段の前蹴り、一歩踏み込み、顎を真下より蹴り上げる。
 蹴り足を引き、両の拳で正中線を守るよう構えて次の動きを待つ。
 だが、その連撃で国政の命は尽きていた。
 残る敵も決死の反撃を試みたが、全て討ち尽くすと、バロンは大きく肩を落とす。
「良い腕であったな。惜しい事をした‥‥」
 岑もやるせない顔を隠せない。
「‥‥ほんの少しだけ、彼等を羨ましいと思えました」
「そうか‥‥」

 後方へと至る射撃は、全て我が身で防ぎきる。
 それまで持っていた大きな盾を放り捨てて尚、律は全身で盾たらんとし続けていた。
 接敵までの攻撃は全て任せたと大剣を持ったまま敵がどう動こうとそちらに向けてつっ走る。
 まったくもって正しい。しかし、この正しさを実行に移すには死をもたらす矢に対し恐れず向かっていく勇気が必要なのだ。
 騎士たらんとする者に、最も必要とされる資質を律は持ち合わせていたのだ。
 敵も一人減り、二人減り、そして最後に、最も厄介な男チャップマンが残る。
「騎士さんねぇ。この間の人の知り合いとかぁ?」
 この期に及んで暢気な声を出すチャップマン。
「誰がどう言おうが、無関係だ。私は私として、騎士の矜持を貫く、その一点に尽きる。ただ‥‥いかな理由であれ折れた「騎士の無念」ぐらいは、同じ場に連れていくに吝かではない」
「騎士の矜持、ねえ。んじゃまずは盾になるっていうその誇りから、いただくとするよっ」
 背の後ろに用意していたもう一つの弓、機械弓を構えざまに放つ。
 両腕を交差しこれに耐えんとする律であったが、矢こそ止まったものの、更にその後ろに居て、暴れまわる律を確実に正確に援護してくれていた雲母にまで衝撃が突き抜ける。
 雲母は片腕をあげて頭部を庇い、それしか出来なかった。
「貴様っ!」
 怒りに震え斬りかかる律。
 近接同士ですら攻撃しずらい超近距離まで踏み込み、大剣を重量ではなく刃の鋭さで斬り上げるべくチャップマンの足に沿わせる。
 そこから力任せに全力で振り上げると、片足を深く斬り裂かれながらチャップマンの全身がふっとばされる。
 着地まで待っていたら、律の次撃を受ける。
 だからチャップマンは空中で、今度は弓を構え、そしてとても嬉しそうに笑った。
「そう、チャップマン死ぬんなら矢がいいね」
 片腕を犠牲に衝撃を防いだ雲母は、残る腕で弓を支え、口で弦をくわえて引いていたのだ。
 そんな無茶な体勢でもきっと雲母は外さないと、チャップマンもまた先のやりとりで彼女を理解しており、予想通り彼女の一撃は性格に彼の心臓を射抜いてくれた。
 ようやく難敵を倒した達成感から一息ついた律がふと隣を見ると、絶命寸前のチャップマンの側に雲母が立っていた。
「弓術師が最強、大いに結構、しかしだ‥‥弓術師の最強は誰か、名言してないな、貴様」
 チャップマンは何かを言い返そうとしてしえず、力尽きた。
 呆れた顔の律。
「今度は雲母が彼に続くと? 勘弁しろ」
「なら‥‥」
 雲母はチャップマンすらしえぬだろう、実に年季の入った偉そうな態度でふんぞりかえる。
「我が覇道の前に立ち塞がるのは止める事だな」