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■オープニング本文 少し神経質そうに見える若者は、きょろきょろと周囲を見渡しながら宿に入る。 宿の一階は酒場になっており、皆陽気に酒を飲んでいるせいか、明らかにジルベリア人でない彼にもさして注意を払いはしなかった。 男は酒場の主人に声をかけ、ここで歌わせてもらえないかと訊ねる。 ジルベリアの王都ジェレゾでは吟遊詩人が冷遇されているが、場末の酒場に歌はつきものである。 二つ返事で了承した酒場の主人。 「いいぜ、だがここはジルベリアだ。天儀の歌が通用するとは限らねえぞ」 「‥‥それを、試しに来た」 「はっはあ、そいつはいい。あんた、名前は?」 男は左斜め四十五度の位置を保持したまま、器用に髪をかきあげた。 「闇狩人」 闇狩人はもう一週間以上この宿で歌を歌い続けているが、かつて仁生の街で取り巻きに囲まれていた頃とは稼ぎも雲泥の差があった。 それでも、幾人かは熱心に聞いてくれる。そして辛うじてだがここでの稼ぎのみを使って生活は出来る。 この国ですら新しすぎる音楽は容易く受け入れられる事は無かったが、それでも仁生の街で初めて声を上げた時に比べれば、ずっと理解のある聴衆達であった。 闇に生き、闇に死すのが俺の生き様 呪われたこの左腕に、頼らねば生きられぬ しかし、呪われた生は本当に、生きていると言えるのだろうか それでも、俺は、俺が、俺のために、この荒んだ世界を生きていく‥‥ 闇狩人の歌を遮るように、宿に若い男達が十数人押しかけてくる。 彼等は口々に叫ぶ。 「お前が闇狩人か! そうだそうに違い無い! その呪われた歌が何よりの証拠!」 「貴様は光の千年王国を脅かす闇の眷属だろう! 隠そうとしても俺達にもわかっているんだ!」 宿の主人はもうどうにもリアクションしようがなかったのだが、闇狩人は動じた風もなく彼らに言葉を返す。 「‥‥俺の、噂を聞いてきたのか?」 低く響く、しかし良く通る澄んだ声。 衆を頼りに押し寄せられても、まるで怯えた気配も見せぬ泰然とした態度。 若者達は、そのただならぬ気配に思わず数歩後ずさる。 「悪い事は言わない、今すぐに立ち去れ。俺が‥‥この左腕を抑えていられる間に、な」 若者達が恐怖の叫びを上げる。 「おおっ! あれこそまさしく悪魔の左腕! つ、遂に闇の軍勢が光の御子を察知したというのか!?」 「‥‥闇と、光が、とうとう戦う事に‥‥終わりだ、世界が‥‥この世全てが‥‥」 しかし、男達の一人が皆を鼓舞するように叫ぶ。 「ふざけるな! 俺達には光の御子の加護があるんだ! 闇など恐れるに足らず! 光の御子の御為に! 今こそ勇気を示す時だぞ!」 はっとした男達は、手に持った武器を構え、おっかなびっくりであるがじりじりと闇狩人を包囲し始める。 酒場で飲んでる面々はちょー置いてきぼりであったのだが、目深にフードを被った男が席を立ち、闇狩人に声をかける。 「若いの、事情はわからんが同郷のよしみだ。こいつらは引き受けてやるからとっとと逃げろ」 「‥‥いいのか?」 「今日は機嫌が良いでな。何時もなら金を取る所だ」 「わかった‥‥死ぬなよ」 「笑わせるな。こんな木っ端の十人や二十人に遅れを取る開拓者が居てたまるか」 闇狩人は目を伏せ、宿の裏口から走り去って行った。 走りながら、闇狩人は自嘲気味に言葉を漏らす。 「また、俺のせいで人が犠牲に‥‥。だが、それが闇の力を得た者の宿命だというのなら、俺はそれをすら背負って生きていこう‥‥」 ちなみに襲撃してきた男達は、あっという間に男にぶちのめされ、宿から叩き出されてしまった。 ジルベリアの王都ジェレゾにある開拓者ギルド。 ここに出向になった仁生の街の職員は、超がつく遠距離への転勤であるが、これも出世コースに乗ってるが故と一生懸命職務に勤めていた。 「俺の名は闇狩人、俺は今狙われている」 のだが、いきなりこんな台詞をはかれてしまったわけで。 「やみ、かりゅーど? って、えっと確か仁生の街で無駄にやかましい歌を歌ってる‥‥」 「くっ、またか。どうやらジルベリアで俺の名は鬼門らしいな。‥‥ふふっ、流石は光の国だ。全てが眩しく、そして‥‥悲しい」 「あ、いやこれ偶々私が仁生の街の出だからで‥‥」 「‥‥いいさ。呪われた左腕の運命と理解している。もう、ずっと昔から‥‥な」 ともかく護衛の依頼という事で、相手を調べてみると係員は絶望に崩れ落ちる。 闇狩人は仁生の街に突如発生した突然変異みたいなものだと思っていたのだが、どーも似たよーなのがジェレゾの街にも居た模様。 彼の名は光の御子。 一部に熱狂的なファンが居るのはこちらも一緒で、どーやら彼の主張する雷撃波な妄想に闇狩人君が吸い込まれるようにハマってしまったらしい。 係員はともかく街を離れるよう勧めるが、闇狩人はもの悲しげな言葉を漏らす。 「奴が光だというのなら、俺は戦わずにはいられない。何故なら、より鮮烈に輝く光あってこその、深奥に至る闇なのだから‥‥」 言葉の意味はさっぱりわからんが、とにかく引く気は無いらしい。 調査途中で光の御子の演奏会(ライブと称するらしい)がある事を知ると、ここに乗り込んで自らの歌を叩き付けると言い出した。 その為の護衛を出せ、らしい。 金は以前に溜めた物(ジルベリアに来てからは一切手をつけていなかった)を出すそうで、もうどーにでもしてくれと係員は開拓者に丸投げする事に決めた。 光の御子は急遽集まったファン達の前に姿を現す。 皆不安に駆られ、縋るように光の御子を見上げている。 数十人近い人数を前に、光の御子はいつもどおり、毅然とした態度で力強く宣言する。 「これより闇の軍勢に宣戦布告を行なう!」 皆の大歓声を浴びながら、しかし光の御子はにこりともせず使命感に満ちた顔で、まだ見ぬ闇への敵意を燃やすのだった。 闇狩人の申し出に、演奏会場の管理人は爆笑した後、二つ返事を返した。 観客がブチ切れて襲い掛かってくるかもしれないとの管理人の言葉に、闇狩人が護衛に開拓者を雇ってこれを防ぎ、最悪一曲歌いきるまでは持ち堪えさせると言い放ったせいだ。 今時、演奏にここまで気合を入れる奴も珍しいのだ。音楽好きの管理人がこれで彼を気に入らない訳がない。 会場の使用許可は闇狩人にも出してくれるとの事で、後どうなるかは俺の知った事ではないが、見物には行かせてもらおう、だそーである。 「一応釘を刺しておくが、人死には御法度だぜ。それ以外なら役人も大抵の事は目をつぶるっつーか放置してくれるよ」 「感謝する。これでようやく‥‥俺は、光に挑める」 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
盾男(ib1622)
23歳・男・サ |
■リプレイ本文 光の御子のステージは、正気を疑う熱気を伴っていた。 集まった群衆は、最初に聞いていた人数を越える二百人を記録しているらしい。 もしかしたら闇狩人現るの報が影響してるのかもしれない。嫌な話である。 「御子さまああああああ!」 「好きじゃああああああ!」 「頼む掘ってくれえええええ!」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)は頭を抱えていた。 「‥‥あの中に突っ込むの?」 犬神・彼方(ia0218)もまた、もんの凄く微妙な顔である。 「まぁ、なんだぁ、うん、ほら‥‥世の中ってぇ色々あるもんだぁな‥‥」 やるからにはド派手に、と考えてはいたのだが、この狂人の群を前に怯まずにいられる程正気を捨てた覚えもない。 そんな二人を他所に時を待つ闇狩人。 すぐ側では赤マント(ia3521)が片目を抑え、何事かを呟く。 「くっ‥‥! 僕の右目に封じられた赤き刻印が疼く‥‥!」 風葉の眉が凄い勢いでねじくれる。 「おいっ」 しかし闇狩人は平然としたものだ。 「赤の戦士は皆通る道だ。これ程の輝きを前にしては刻印が疼くも道理だろう」 「刻印とか何時出来た設定よ」 「そうだね‥‥わかってるよ。何せここには闇狩人、光の御子と揃っているんだから‥‥」 「無視? ねえ無視なの?」 赤マントとは闇狩人を挟んで反対側に立つミル ユーリア(ia1088)は、彼を勇気付けるように声をかける。 「存分に闇の力を見せつけてあげるといいわ。闇がこの地域を席巻する第一段階としてね‥‥」 「増えた!? あれ? 何これおかしくない? 常識人比率狂ってきてない?」 「わかってる。光に斬り込む最初の一撃だ。多少の不都合は俺が、この左腕の力を使ってでも乗り越えてみせる」 「出来るんなら最初っから全部自分でやりなさいよ」 やはりスルーされる風葉のつっこみ。 その間に、会場に変化が起こる。 見るからに光の御子ファンではないとわかる巨漢が会場に姿を現したのだ。 二百人近くの観衆の中にあっても、軽く七尺を越える長身は誰の目にも届き、何よりその奇抜にすぎる衣装が目を引く。 牛を模した被り物が頭部をすっぽりと覆っており、黒い布で全身を包んでいる。 これで光とか抜かす馬鹿が居たら見てみたいものである。 その威容に、周辺のファンは我知らず道を譲ってしまう。 黒い牛男、王禄丸(ia1236)は敢えてゆっくりと、群集の中に分け入っていく。 「さあ、百目の件ぞ押し通る」 異常事態の発生に、光の御子の熱烈なファン達は王禄丸を押し留めるべく集まってくる。 まだ色々と納得のいっていない風葉の肩に彼方が手を置くと、風葉も仕事でやってる事だとわかっているのか渋々頷く。 「はいはい‥‥分かったわよやりゃいーんでしょ‥‥」 風葉も納得してくれた所で、彼方はこきこきと首を鳴らして歩を進める。 「まずは任せぇな」 王禄丸が陽動で引き付けた側とは反対から彼方が往く。 彼程ではないが彼方もまた六尺の長身であり、すこぶる目立つ存在である。 多少の問題ごときでは光の御子の演奏も止まらないのだが、彼方の仕掛けは多少で済むようなシロモノではなかった。 静かに天へと翳した手。 その先から一瞬、瘴気が渦を巻いて飛び出したかと思うと、黒から赤へと。 演奏を行なっていた光の御子とその仲間の視線が釘付けとなる。 急に止まった演奏に何事かといぶかしんだ観客が視線の先を見ると、彼らも同様全ての挙動を止めてしまう。 「お、おい! 何だよあれ!?」 内の一人の絶叫により、全ての観客がこれを確認した。 彼方の頭上にぐるりととぐろを巻いて空を舞う、巨大な炎の龍が居た。 鱗の隙間からは絶えず炎が漏れ、人間など一口で噛み砕いてしまいそうな大きな顎を、威嚇するように開き、吠える。 突然の事態に、幾人かは悲鳴を上げて逃げを打つ。 彼方はこれを操り、一歩、また一歩とステージへと向かう。 「クックック‥‥クハーーーーーーハッハッハッハ!」 哄笑を上げ、天へと突き上げたままの腕を振り下ろす。 ステージ途中に居る群衆に向け、炎の龍は腕の導きに従い襲い掛かっていった。 これには観客も仰天し、根性のあるファンが王禄丸に引き付けられていた事もあり、彼らは我先にと逃げ出す。 そして龍の通り過ぎた後には、ステージに至る一本の道が出来上がっていたのだ。 更に、地をなめた龍は天へと舞い上がり、炎を撒き散らしながら破裂する。 その中心から、人間が飛び出して来た。 真っ赤なマントに身を包み、赤銅色の肌がそこかしこから見え隠れする赤毛の少女。 赤マントの登場である。 「僕は、僕は赤マント! この右目に封じられた赤き刻印に賭けて君を守ると誓うよ!」 「‥‥何時の間にこんな仕掛けしてたのよ」 「演出大事、だろ?」 会場の一角から再び絶叫が聞こえる。 「信じられねえ! あの衣装、まさか奴は焔陣営か!?」 「馬鹿な! 焔陣営は中立のはず! それが何故闇についたんだ!」 「いや馬鹿はアンタ等でしょ、間違いなく。てか陣営って何よ陣営って」 つっこみを忘れない風葉であったが、出番でもあるので仕方なく出来た道を進む。 赤マントは道の半ばで片膝をついて先頭を歩く闇狩人を迎えると、その後に従ってステージへと向かう。 闇狩人の後ろには、黒のめっちゃくちゃきゅーとな衣装を着せられた風葉と、気持ちびじゅある気配漂うあれんじをされた黒の忍び衣装を身につけた以心 伝助(ia9077)が続く。 演奏担当はそれっぽくせよ、というお話である。 せめても同じ演奏担当である赤マント程の無茶な演出を要求されないだけマシであろう。 そしてこの一行の中で、演奏するでもないのに異常な存在感をかもし出す者が居る。 鎧から何から真っ黒に染め、びびらせの為かフルフェイスの兜にて顔を隠しのっしのっしと進む男、盾男(ib1622)である。 遠巻きに見守る観客達からひそひそと声が聞こえてくる。 「‥‥おい、あれ闇の‥‥」 「ま、まさかなぁ。だって黒騎士は闇の軍勢の中でも重鎮中の重鎮だぜ。そう簡単に出てくる訳が‥‥」 この手の集まりには異常に空気を読むのが上手いか、全く空気が読めないかの二種類の人間しかいない。 こうしてひそひそ話をする前者と、蛮勇を奮って闇狩人の進路の前に飛び出して来る後者である。 「ま、待て! 貴様等闇の者の好きになぞさせてたまるか!」 盾男は、勇敢で空気が読めないとか、煮ても焼いても食えない男を処理すべく闇狩人の前に立つ。 「如何に強大な光の力であろうと闇の皇子たる闇狩人様の影響を受けた闇の騎士の前には無力よ」 飛び出した男よりも周囲の方がエライ騒ぎとなる。 「嘘だろ!? 闇の騎士って、マジで黒騎士出て来てんじゃねえか!? おいお前等何時までも黒騎士を見るな! 目が腐り落ちるぞ!」 「アンタ等のはとっくに腐敗臭漂ってるわよ」 「おい引け! そいつが相手じゃアーマーでも持ってこなきゃ話になんねえ!」 「アーマーと五分れるとか、どんだけ鍛えてんのよ盾男は」 大丈夫だとは思ったが、一応念のためにと盾男の隣におじゃるおじゃると並ぶのは詐欺マン(ia6851)である。 こちらはもううって変わって黒なぞ何処にも無い、派手派手しい貴族然とした格好。 王禄丸や赤マントもそうだが、素で奇抜な格好の奴等が多すぎて、そのまんまでこの場に通用したりするのが恐ろしい所だ。 「俺ぇは?」 「ギリね」 どっちにギリかは教えてあげない、ちょっと精神がささくれだってる風葉さん。 そんな事をしてる間に、詐欺マンは口元を扇子で隠しながらほほ、と笑う。 「実に無粋な奴でおじゃる」 立ちはだかる男の前で扇子を一振り。 男の足元より突如発生した水柱は、彼をふっ飛ばし道を開く。 「水使いだと!? 火があの少女で水を使う貴族まで居るとは! あちらの牛が大地を司るとするなら、もう一人! 風使いが居るはずだ!」 詐欺マンと盾男と赤マントが期待を込めた目線を風葉に送る。名前に風がついてる繋がりらしい。 風葉は今すぐこいつ等の全身をばきばきに歪めてやりたい衝動に駆られるが、そこは我慢し、せめても、そんな無茶振り対応出来るかあああああああ! な視線を返すだけで勘弁してやる。 ともかく、一行は遂にステージへと辿り着いたのだ。 「光の御子よ。俺の歌を聞き、その上で尚光の道を往くというのなら、俺はこれ以上は何も言わん」 ふてぶてしいにも程がある闇狩人の態度に、流石の光の御子も激怒しかけるが、これを盾男が制する。 「いけない、その力にのまれたら世界は!」 どよめきが観客達の間に起こる。 「おい、黒騎士が世界を心配してる? ‥‥まさか、そんな馬鹿な事が‥‥」 「いいやありうる話だ。闇もまたこの世界の一部、滅びて困るのは光も闇も一緒だ」 「なら何故光と闇は戦うというんだ!」 壇上より皆を見下ろし、闇狩人がこの問いに答えを出す。 「‥‥それが、宿命だからだ」 一際大きなどよめきが起こる。流石に闇狩人は、この数の聴衆にも怖気づく事はない。 盾男は物静かな落ち着いた調子で、光の御子に提案する。 「直接強さを競うのもいいが、まだ支配すらせぬ間にジルベリアに消えられるのは我等も本意ではない。ならば、この場で魂の強さを競うべきではないのか」 こそこそと、彼方が詐欺マンに通訳を頼む。 「つまり、歌で勝負しようという事でおじゃるよ」 「‥‥何処をどう聞いたぁらそう取れるんだ?」 光の御子の熱狂的信者は、このあらぬ状況にあっても、光の御子のステージの邪魔だけはすまいと壇上に迫る事はしなかったのだが、最早限界よと数人が殺到し始める。 まあ、自分が大好きな歌手のコンサートに、いきなり乱入なんてかまされればそりゃ誰でも怒るだろうと。 光の御子の意志はどうあれ、こういった暴走は制御しずらいものなのだ。 我先にと壇上に向かう信者達。 その前に、忽然と姿を現す者が居た。 疾風のごとき素早さで彼らの前に立ちはだかった者の名は、ミル・ユーリア。 さして体格も大きくない女の一人ごときと幾人かが襲い掛かってくるが、これを目にも留まらぬ早業で殴り倒す。 「まったく、その程度で闇の力に対抗しようとは愚かな‥‥」 たかが一般人ごとき、十人が束になった所でミルに敵うはずもないのだ。 実は中に志体持ちも一人混ざっていたのだが、まるで相手にならなかったのだから。 「見たかお前等!? あの速さ間違いない! 奴が風使いだ! 四種の精霊使いが揃うなんて一体どうなってやがんだ!」 ちなみに大地担当の王禄丸はというと、最初にわらわらと寄ってきた幾人かの内、後々面倒そうな奴を数人殴り倒していた。 手荒な真似をするつもりはなかったのだが、刃物を持ち出されては反撃もせずとはいかない。 「この密集した場所で得物を抜くなど、死人が出ればどうするつもりだ」 その手練の技に他の者達は怯え、おかげで王禄丸もあっさりとステージ側まで辿り着けた。 王禄丸にしてもミルにしても他の者達にしても、こんな依頼には過剰な程の腕利きである。 そんな彼等彼女等が何故ここに居るのか。 まっこと縁とは奇なるものである。 依頼を受けた面々を見た開拓者ギルドの係員が、もったいねー! と叫んだのも無理からぬ事であろう。 こうしてステージ前に陣取る猛者には勝てぬと悟った観客達は、ステージ上でのやりとりを大人しく見ているしかなかった。 光の御子も、闇狩人の擁する武力に力で対するのは不利と悟ったか、はたまたそもそも魂合戦とやらをやる気満々だったのか、二人の歌対決が始まった。 伝助は演奏担当という事で、笛を吹きながら二人の歌を聴き比べる。 光の御子は吟遊詩人の本場ジルベリアで活動していただけあって、かなりレベルが高い。 闇狩人も善戦はしているのだが、元の歌唱力に差があるだけに、じわりじわりと押され続けている。 となれば、闇は闇らしくやらせてもらおうかと詐欺マンに合図を送る。 曲が一段落ついた直後、詐欺マンが動いた。 「これ以上、光の音なぞ聞くに耐えぬでおじゃる。まずは‥‥そこの汝に死を賜らん」 言うが早いか、詐欺マンの周囲を炎が取り囲む。 「獄炎の詐欺マンファイアー。食らった者は死ぬでおじゃる」 光の御子の後ろで打楽器を担当していた男に向け、炎が襲い掛かる。 寸でのところで炎は男をそれ、打楽器を燃やすにとどまったが。 「ふん、運の良い奴でおじゃる」 弦楽器を担当していた男が大声で叫ぶ。ふざけるな、汚いぞと。 しかし伝助はにやりと笑いこう答えた。 「汚いは、褒め言葉だ」 観客からも怒声が巻き起こる。 「ちくしょう! なんて汚い忍者なんだ!」 「汚いなさすが忍者きたない」 「俺はこれで忍者が嫌いになった。あまりにも卑怯すぐるでしょう」 何故か嬉しそうな伝助、詐欺マンとは対照的に、王禄丸は実に不愉快そうな顔をしていた。 その間主役である闇狩人はというと、前で護衛をやっているミルの元に向かっていた。 「ん? 何か問題? ああ、ふぁいなる分身した二人の汚忍はまあ問題っちゃ問題だけど」 「‥‥護衛はありがたいが、頼むから無理だけはしないでくれ」 驚き目を丸くするミル。 彼女は以前、闇狩人の護衛任務の最中、彼を庇って毒を塗った短剣をその身に受けた事があるのだ。 それを、ずっと気にしていたのだろう。 頭の中にたどたどしい物の詰まってそうな男だけど、悪い奴ではないのよね、とミルは穏やかに微笑む。 「ありがとっ。さあ、演奏に戻りなさい。このまま終わるつもりはないんでしょ?」 「もちろんだ。俺の闇は、決して光には屈しない!」 ここ一番で最強の持ち歌を披露する闇狩人。 これだけはと全てを込めた一曲は、光の御子をすら圧倒する迫力を持っていた。 終始優位に立っていた光の御子もこれには驚き、次の曲への繋ぎを失敗してしまう。 頃合は今と、闇狩人は撤収を指示。 観客のど真ん中を突っ切って通るという無茶を行なったのだが、当然忍耐の限度を越える者も出てくる。 殴りかかってくる男に対し、伝助は砂の防壁でこれを防ぎ、鼻で笑ってやる。 「汚いなさ(略)」 「俺はこれで(略)」 「あまりにも卑(略)」 途中、群がる群衆を手加減しつつ蹴散らしながら、赤マントはじとーっとミルを見ていた。 「あの風のように素早くってやつ、僕がやりたかったなぁ‥‥」 「別に狙ってやったわけじゃ‥‥」 「僕がやりたかったなぁ‥‥」 「あーもう、悪かったわよっ」 当然、開拓者をとどめる事など出来るはずもなく脱出は成功。 そして、結局闇狩人はジェレゾに居られなくなってしまう。 「あ・た・り・ま・え・だ!」 誰がこう言ったのかは、それこそ言うまでも無い事であろう。 |