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■オープニング本文 平蔵は持ってきた縄を縛りつけ、そろりそろりと縦穴の奥に下りていく。 上では平次が周囲の警戒を行なっているはずである。 危険なものが居たらすぐに引っ張り上げてくれる段取りであったのだが、平蔵が一番下まで降りた所で、穴の上から悲鳴が聞こえた。 「やっべ! おいこれマジやべえって! 何でこんなぞろぞろぞろぞろアヤカシさん出て来てんのよ!? お前等今まで影も形も見えなかったでしょおおおおおお!」 石畳の床に降り立った平蔵は、ちらと足元を見下ろす。 そこだけちょっと膨らんでいた石を踏むと、何故か少しがこっとへこんだ気がしていたのだが、気のせいだと思う事にした。 もんの凄い勢いで縄を伝い降りてくる平次。 「マジ死ぬ! ちょっと勘弁してよこれ!」 「おう、無事で何より」 常に無い優しげな口調でこれを出迎える平蔵。流石に悪い事したとは思っているらしい。 もちろん仕掛けっぽいものを起動させちゃったのが自分だなど絶対に言うつもりはないが。 そして、穴の底で二人は腕を組んで座り込む。 八畳間程の広さの部屋は、しかし、何処にも出入り口が無かった。 上のアヤカシだらけの部屋以外には。 「どおおおおすんだよこれええええええ! 逃げ道無いってありえねえだろ! こんなこれみよがしな縦穴なんだし金銀財宝あった上で速攻外に出るイカス出口とかあってしかるべきでしょド畜生!」 「いや大丈夫だぞ平次」 「何!? 何か見つけたのか!?」 「お前みたいなブ男ならともかく、俺のような超絶美男子がこんな穴ぐらの底で一生を終えるとかありえないから。きっと助けが来てくれるって、俺だけ助けに」 「鏡見て口開けどまんじゅう! ここは一つ囮作戦で行くっきゃねえだろお前が囮になって今すぐ地獄に堕ちろ」 上の部屋をうろついているケモノ型のアヤカシ達は、四本足のケモノ型であるだけに縄を降りてはこれない模様。 平次は何かを思い出したように溢す。 「‥‥何か俺等さあ、前にも似たような目に遭った気がするんだが‥‥」 「はっはっはっはっは、今回は欲に目が眩んで遺跡に突貫した挙句このザマだからな。ぶっちゃけ、他所からの助けとか期待出来なくね?」 「ですよねー」 乾いた笑いが穴の底に響き渡る。 平蔵と平次の二人は、栢山遺跡に挑む開拓者達の荷物持ちに雇われていた。 しかし、道中遺跡の存在を開拓者がぽろっと漏らしてしまい、これは行くしかないだろうと遺跡入り口に居る者達を誤魔化して上手いこと遺跡に忍び込んだのだ。 そこまでは良かったのだが、いざ入ってみるとアヤカシは出るわ仕掛けはあるわで、この二人の無駄に高い危機回避能力(女風呂の覗きで鍛えたらしいぞっ)を持ってしても進退窮まってしまう。 ならば素直に引き返せばいいのだろうが、逃げ出す途中で見つけた縦穴に色気を出したのが運の尽きであった。 縦穴の底で、ビビってるんだかそうでないんだかわからん調子で騒ぐ二人。 その声を、何と聞き取った者が居た。 「‥‥おい‥‥誰の、声だよ‥‥」 驚いた二人は出口の一つも無い部屋中を探し、壁の隙間から声が漏れている事に気付く。 当然人は通れないどころか、何者も通行出来ない程微かな隙間であるが、どういった理屈か会話は可能のようである。 必死に現状を伝え、助けを求める平蔵と平次。 二人の声を聞いたのは、同じく遺跡を探索している開拓者達であった。 しかも、平蔵と平次が遺跡まで荷物持ちをしたその人であったのだ。 ロクに話も聞かず勝手に遺跡へ突貫したバカ二人が相手だというのに、遺跡の入り口付近の部屋でこれを聞いた彼等は真っ青になって助けに行こうと試みるが、該当エリアに入るなり通路に溢れ出す程のアヤカシがおり、遂に後退を余儀なくされる。 アヤカシ達は一定のエリアから出て来ようとはしないので逃げる事は出来たが、三人組みである開拓者達ではこの数を突破する事が出来なかった。 それでも彼らは時間をかけ、少しづつアヤカシを減らし続ける。 丸三日かかった。 ようやくこのエリアを動き回れる程度には敵を討ち減らしたのだが、エリア内の何処にも平蔵と平次の言う縦穴のある部屋が見つからない。 この場所であるかどうか何度も二人に確認したのだが、二人が乗り込んだのはやはりこのエリア以外に無い。 アヤカシから必死に逃げ回った時もあり、若干記憶があやふやな所あれど、このエリアは途中から完全に他所とは独立しており、ここだけで完結しきっているので別のエリアに行ってしまったという事は無いだろう。 平次曰く、縦穴のある部屋にアヤカシが大量に沸き、結果、三人の開拓者が驚く程このエリアにアヤカシが現れていたので、縦穴のある部屋とこのエリアとは何処かで繋がっているはずなのだ。 しかし連戦がたたったのか、遂に三人の開拓者も限界を迎える。 精も魂も尽き果てた三人は、遺跡に赴いた他の開拓者に事情を話し、後事を託すのだった。 ●三人の開拓者による調査内容 このエリアには五つの大きな部屋がある。 目立つ何者もない内の三つの部屋には、下級アヤカシ達がたむろしているだけで目ぼしい発見は無かった。 残る二つの内、一つにはアヤカシの姿は無く、この部屋にアヤカシが入る様子もない。 この壁面には古い文字でこう書かれていた。 『餓えて死ぬか、戦って死ぬか選べ』 最後の一つ、この部屋は特にアヤカシが多かった部屋だ。 ここを制覇するのに、三人の開拓者は最後の一日全てを費やす事となった。 それぞれを繋ぐ通路は幅二間(約3.6m)程で、既に一通りを回ってはみたが、時折何処かしらからかアヤカシが沸いて出て来る。 平蔵も平次も隠し通路のようなものを通った記憶は無いとの事。 他のものと比べても一際大きな狼アヤカシは、部屋の中央にある縦穴を首だけ出して覗き込む。 やたら騒々しかった穴の奥も、ようやく大人しくなってきたようだ。 大狼アヤカシは定期的に、部屋から二本伸びている通路の奥に、それぞれ配下の下級アヤカシを送り出す。 仕掛けを知っている大狼は、最初に大量に外に送った後、仕掛けに相応しいやり方で少しづつ増援を出していた。 既に結構な数を送り出しているのだが、戻って来る者も少ない事から、どうやら倒されているらしいと彼は理解する。 大狼アヤカシは怒りのいななきを漏らす。 その様を見る限り、我慢しきれず自ら討って出るのも時間の問題と思われた。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
秋月 紅夜(ia8314)
16歳・女・陰
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 柊沢 霞澄(ia0067)が瘴索結界の結果を皆に報告する。 この内容を受け、秋月 紅夜(ia8314)は丁寧に書き連ねられている地図に新たな線を引く。 鞠を用いて通路傾斜の有無を確認し、歩く歩数から正確に距離を測る。 以前に探索した開拓者から話は聞いていたが、こうして細かく調べてみるとかなり違いが出てくる。 人の思い込みというのは、記憶や認識をすら歪めるものだと、紅夜は自身の目で全てを確認した。 緋神 那蝣竪(ib0462)の注意深い観察眼は、大抵の仕掛けや罠を見抜けるのだが、そんな彼の目にも留まるものはなかった。 水鏡 絵梨乃(ia0191)がうんざりした顔でぼやく。 「ねえ、アヤカシ何体出たか覚えてる?」 瀧鷲 漸(ia8176)も疲れが出て来たのか、警戒を緩める事はなかったが、声に覇気が無い。 「十から先は数えてない」 代わって斎 朧(ia3446)がこれに答えてやる。 「十と六体ですね。一通り退治したと聞いていたのですが、何処から沸いて出てるやら」 十六体がまとめて襲って来ていたら流石に彼等も苦戦していただろうが、小出しにちょこちょこ出て来るので、さしたる苦労はなかった。 不意に紅夜が、何かを確信したように腰を上げる。 「やはりこの二部屋がおかしい」 手帳に書いた地図を広げ、皆に説明を始める。 羅喉丸(ia0347)が地図の隙間に部屋があるのでは、との意見を述べると、紅夜は我が意を得たりと大きく頷いた。 周囲の警戒に当たっている鬼島貫徹(ia0694)は、捜索は任せたとばかりに我関せずな顔をしている。 那蝣竪の忍眼により、部屋ではなく途中にあった通路の床に何かの仕掛けらしき気配を感じ取ったのだが、それが何なのか、動作条件すら不明のまま。 これを考慮に入れつつ、様々な可能性を検討した上で結論を述べる。 「緋神君の忍眼を疑う訳ではないが、やはりこの二部屋から伸びる通路があると考えるべきだ」 部屋や通路の位置を考えるに、平蔵平次が移動したと思われる場所、全体の造りから考えて通路があってしかるべき場所。 仕掛けは見つけられなかったが、それがこの二部屋であった。 前準備をしていたおかげで、正確な地図を記す事が出来たからこその紅夜の判断だ。 内の一つの部屋に向かうと丹念に再調査を行なう。 それでも尚、仕掛けも手がかりすら見つからなかった。 しかし紅夜はめげる事なく、霞澄と朧に交互に瘴索結界を使用し続けるよう頼む。 練力の事もあり多用は出来ないのだが、ここぞという事で二人は周囲にあるアヤカシの気配を探る。 二度程下級アヤカシの襲撃を退けた後、霞澄が奇妙な気配を感じ取る。 「‥‥まだ、居ます。場所は‥‥壁の向こう?」 待ってましたと紅夜は指を鳴らす。 「よしっ! それが当たりだ」 位置を正確に確認すると、那蝣竪の地獄耳ですら防ぎうるだろう分厚い壁の向こうであった。 漸が不思議そうに問う。 「で、これをどうすんだ?」 紅夜は何処までも真顔でこう答えた。 「掘る」 丸半日がかりであったが、堅く厚い壁も開拓者の掘削に屈し、ぽっかりと人一人が通れる程の穴が開いた。 すぐに奥よりアヤカシが一匹飛び出して来たが、瞬く間に処理すると、穴の奥に広がる通路へと足を進める。 この通路に至る大穴には紅夜が自縛霊を仕掛け、後方よりの襲撃に備える。 瘴索結界にて、先にある部屋にいるアヤカシの配置、数も事前に確認済み。 突入するなり巫女である霞澄と朧、陰陽師の紅夜を、壁を背に残る五人が囲むように位置すれば、近接は避けられよう。 部屋の中には、果たして二十体近くのアヤカシがたむろしていた。 戦闘開始である。 漸のハルバードは狭い場所では少々使いずらいのだが、この部屋ぐらい開けていてくれればそんな心配も無い。 総勢三十人近くが縦横無尽に立ち回れるぐらいの広さがある。 通路での戦闘では絵梨乃に随分と気を使わせてしまった事もあり、一際張り切って敵に対する。 一撃の威力を追求し続けた武の象徴、重量から、形状から、先端に重心のあるふざけた荷重から、取り扱いがすこぶる難しいハルバードを、細かな狙いなぞ知った事かと横薙ぎに振るう。 途中にある何者であろうと千切り飛ばすだろう一撃は、大柄な犬程もあるアヤカシの胴に叩きつけられる。 斬る以上にその重量が圧倒しているせいか、頑強なアヤカシの胴体はくの字に曲がりつつ、振るわれたハルバードに乗っかってしまう。 アヤカシ一体分の重量が加算されたハルバードは、僅かに速度を落とすも軌道の変化は一切無し。 一息に振りぬかれると、犬アヤカシはハルバードから放り出され、壁際に叩きつけられる。 「ふむ、まだ甘いか」 相手はアヤカシである。一撃で倒すとか無理にも程があるのだが、彼女は満足出来ぬようだ。 と、敵味方の動きから、絶好の間合いを見つける。 先と同じように、今度は大きく奥まで踏み込みながらハルバードを横薙ぎに。 狙いは一体ではなく三体同時だ。 回転切りは一息に周囲の敵を蹴散らす技であるのだが、漸は斧部に一体目を乗せたまま次の敵に叩き付ける。 それでも、勢いは止まらず。 狙う三体目も一まとめに文字通りぶっ飛ばす。 「通路だとこうはいかんな」 漸は、実に晴れ晴れとした顔であった。 絵梨乃は後衛に対し、その前の位置、というより空間全てを支配していた。 皆可愛い女の子だ、絶対に怪我をさせるわけにはいかない、だそーである。 攻めはしない。 しかし、四方三間程の絵梨乃の支配する空間に入ったならば、決して逃さぬ。 艶のある風情でほんのりと頬を赤らめながら、覚束ない足取りで寄せる獣型アヤカシに対する。 猪アヤカシの突進、ふらりとかわしざま片前足を払い、明後日の方角に転倒させる。 跳ねる犬アヤカシ、指一本分の隙間を残し犬アヤカシの牙は絵梨乃の首元を捉えられず、同時に後ろから振り上げた足が自身の肩の上まで伸び、犬アヤカシの鼻っ面を痛打する。 猫っぽいアヤカシ、頭を撫でつつ向きをずらすと、猪同様見当違いの方向に飛んでいく。 何せ数に差があるので、一度に複数の敵を相手しなければならないのだが、後ろで見ていてもまるで当たる気がしない。 乱酔拳という独特の技術もあって、飲み屋で酔っ払いをあしらってるような気安さである。 必殺の意志を持つアヤカシも、絵梨乃の支配空間ではそこらの泥酔者とさして変わらないらしい。 時折響く派手な衝撃音は全て、絵梨乃からアヤカシへの攻撃音だ。 アヤカシ達は、ただの一撃とて絵梨乃に命中打を与えられていない。 治癒担当の霞澄と朧は、お互い顔を見合わせる。 「‥‥すごい、ですね‥‥」 「ええ。足のむきだしっぷりなどが特に」 「‥‥え? 足?」 生足を惜しげもなく振り回すせいで、薄白い肌が着物の裾からこぼれているのだ。 足技を得意とするだけに、その危険度はある意味アヤカシの脅威を上回る。 「‥‥あっ、そ、それは‥‥」 思わず霞澄が声に出してしまったのは、絵梨乃が得意中の得意技、踵落としを繰り出したからだ。 絵梨乃の頭上にまで跳ね上げられた足、霞澄が真っ赤になっているのも知らず、とりゃっとこれを振り下ろしてアヤカシをしとめると、声に気付いたのか振り返る。 「ん? どうしたの?」 物凄い勢いでぶんぶんと首を横に振る霞澄。 あらあら、とあたたかーい目で見守る朧は、これがアヤカシ相手でなかったらどうなるんだろうかなどと考えていた。 いやまあ絵梨乃はそーいうの全く気にしないのだが。 「奔れ竜牙!」 五色の輝きがアヤカシに裂傷を与える。 紅夜の斬撃符だ。 これに合わせ、那蝣竪が側面に回り込もうとしているアヤカシに刃を走らせる。 紅夜はこの相手には呪縛で手数を減らすより、一息に潰した方が効率が良いと見ていた。 那蝣竪もそんな紅夜の意図を汲んだのか、倒す動きに切り替えている。 より数に勝る相手だが、絵梨乃と漸とで目立ちに目立って数を引っ張ってくれている。 巫女も二人、練力を消耗してはいるものの元がエライ大きいので、まだまだ尽きる気配も無い。 ならば踏み込んだ攻撃で、反撃を受けるのも視野に入れての動きにて、敵が後衛に集中攻撃を仕掛けてくる前に数を減らすのが上策である。 猫だか虎だかのアヤカシは、しなやかな動きで左右に跳ねつつ那蝣竪へと迫る。 剛槍で跳ね飛ばす漸とも、稀有な体術で圧倒する絵梨乃とも違う、那蝣竪にはシノビの戦い方があった。 敵の思わざるところに潜め、とは隠行を行なうシノビの心得であるが、これは身を隠す術のみに通用する話ではない。 飛び掛ってくる大猫アヤカシに対し、那蝣竪は刃を上に立て肩に乗せ、大股を縦に開いてその真下をくぐりにかかる。 大猫の下腹を滑るように刃が走る。 腕ではなく乗せた肩の力で刀身を支えて、斬る。 着地した大猫アヤカシは即座に振り返るが、四本の足が内股にずれたかと思うとばったりと倒れ、二度と起き上がる事はなかった。 巨大な狼アヤカシを前に、貫徹は不遜な姿勢を崩そうともしない。 「ククク、貴様が此処の主か。成程、多少は骨がありそうな面構えよ」 大狼アヤカシは後ろで見ているなどという真似はせず、しょっぱなから動く気満々であった。 まだ数も多い事から、他の皆はそれぞれのアヤカシに対しているので、貫徹は一人、これと相対する。 巨躯の獣と戦う際、最も注意しなければならないのは体当たりである。 人間にはありえぬ体力は、容易くこれを跳ね飛ばし、それだけで致命傷となりうるからだ。 これをさせぬには、間合いを詰めてしまうのが一番手っ取り早い。 人間ではありえぬ、急所の頭部が前へ飛び出している姿勢の不利をつき、頭部に一刀を。 大狼は四肢を突っ張ったかと思うと、巨体が宙を舞う。 その大きさからは信じられぬ俊敏さだ。 着地と同時に溜めを作り、貫徹へと噛み付きにかかる。 刀を無理に口に当てこれを防ぐが、体力差からか支えきれない。 首を一振りしただけで、貫徹は石畳を派手に転がされてしまう。 かさになって襲いかかろうとする大狼の足が止まったのは、前足に重く鋭い衝撃が走ったからだ。 「鬼島さん!」 後衛は守りきれると踏んだ羅喉丸が援護に来る。 貫徹はというと、ゆらりと身を起こしている。 何処か空気が歪んでいるように羅喉丸には見えた。 「犬畜生風情が‥‥図に乗るでないわ!」 貫徹はもんの凄い勢いで怒っていた。 いや敵なんだしそりゃ攻撃ぐらいするでしょ、そんな怒らないでもいいじゃないですかー、とか思っても口にしないだけの分別を羅喉丸は持ち合わせていたので、少なくとも二人の間では極めて平和的な関係を維持出来たのだった。 霞澄の閃癒が皆を包み、見る見る怪我が癒えていく。 ごく一部以外は前衛も無傷ではありえなかった。 それでも巫女が二人、しかも一息に皆を回復しうる閃癒の使い手が二人も居るのだ。 これが機能している限り、前線が崩れる事は無い。 そして下級アヤカシが三分の一以下にまで討ち減らされる頃、戦況を一気に決める一撃が放たれる。 羅喉丸の抜き手が大狼の耳後ろに突き刺さり、更に顎を跳ね上げるように下から蹴り上げる。 激しく揺れる大狼の視界。 その僅かに歪んだ世界の隅に、刀を大上段に振り上げた、赤ら顔の男の姿が映る。 決して俊敏とはいえぬ貫徹であるが、その踏み込みは迅雷のごとし。 上段から斬り下ろす、それ以外ありえぬ、見切られても構わぬ、その上で尚、必殺の一撃をくれてやらんと貫徹は裂帛の気を吐く。 問題は、ない。 その為の羅喉丸の崩しであったのだから。 貫徹の刀撃は大狼の額を捉え、これを、真っ二つに千切り斬った。 このだだっ広い部屋に、問題の縦穴はあった。 上から覗き込み、声をかけると三日間放置されていたとは思えぬ程元気な声が返ってくる。 「おおっ! 精霊の加護がこんな俺達にまで‥‥貴女こそまさに精霊そのものですぞ!」 「ほら、もう少しで届くぞ? 頑張れ」 紅夜が垂らした縄に、二人は飛びつこうとするのだが、ギリギリで届かない。 「あれ? 短くね? 精霊さん? せいれいさーん?」 紅夜さん曰く、おしおきだそうな。 「さあ、懇願して見せろ」 何やかやと結局は拾い上げてやるのだが。 霞澄は昇って来た二人に治療を施してやりながら、小さな声でめっと二人を叱る。 「心配をかけた人たちに謝らないと駄目です‥‥もし死んでしまったら‥‥皆に謝る事も出来ませんから‥‥」 その心に感涙し素直に謝る平次だったが、平蔵が超真顔でほざく。 「心洗われました精霊様。これより心を入れ替え人生を生きていこうと思いますので今すぐ結婚して下さい」 平次が地を這うような拳にて平蔵の顎を殴り上げ、無礼を詫びる。 絵梨乃がくすくすと笑いながら水と食料を出してやると、平次はもうもんの凄い勢いで喰らいつきだす。 が、ぶん殴られてへろってる平蔵が擦れた声で泣き言をほざく。 「も、もう一歩動くのも辛ぇ‥‥」 那蝣竪は艶な様で、ひっくり返ってる平蔵の側に行く。 「‥‥なぁに? お腹空いて力が出ないの? 仕方のない人達ねっ。これに懲りたら‥‥って、言っても聞かないでしょうけど‥‥今度無茶な事したら「お仕置き」だからね‥‥?」 「むしろして下さい」 救いようが無いとはこの事か。 羅喉丸はそんな平蔵には特に消化の良い物を出してやる。 「相変わらずだな、思っていたよりも元気で何よりだが」 「おろ、追撃戦の時の。アンタも来てくれたのかぁ。そっかあ、ありがとな。実を言うとさ、もう俺ダメかと思ってさ‥‥」 その頃、平次はというと絵梨乃との覗き談義に花が咲いていた。 「やっぱさ、覗き穴ってな良く考えられてるわけよ。角度とか」 朧と漸の二人は顔を見合わせて嘆息する。 こんな目に遭った直後だというのにこの調子である。まさに筋金入りのバカなのだろう。 あきれ果てた二人を宥めるようにしながら、貫徹が二人の会話に割って入る。 すると、平次が飛び上がって平伏しだした。 「げげっ! 一つ目巨人の首ぶっとばした旦那じゃねえっすか! へへーっ、おれっち、わ、悪さなんてこれっぽっちもしてやせんぜー」 鷹揚にアホな平次の所業を許す貫徹。 「良い良い。それでどうだ、宝珠のふたつみっつは見つけたのか、ん?」 平次は悪びれもせずけらけらと笑って答えた。 「そんな気の利いたもんあるわけないじゃないっすかぁ。お宝もってたら例え一週間飲まず食わずでも俺等元気百倍でしたぜ」 速攻でキレた。 「何だと貴様あああああああ! これだけ手間をかけさせておいて宝珠も無いだとおおおおお!」 絵梨乃も朧も漸も、ぼろっかすにどやされる平次に対し、なまあたたかーい目で見守るのみであった。 |