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■オープニング本文 栢山遺跡の内部には幾つかの難所があるが、その中の一つに法師の間と呼ばれる場所がある。 間と言っても、一つの部屋ではなく周辺区域一帯を指して言うのであるが、この難所の最奥に琵琶を抱えた法師姿のアヤカシが居る事からこの名がつけられている。 この通路の奥がどうなっているのか、それは未だ琵琶法師を抜いた者が居ないのでわからない。 が、いずれ遺跡の全てを探索するには琵琶法師の攻略は必要不可欠。 何としてでもこの難所を突破しなければならない。 一気に奥へ、そう考える開拓者が多いのも事実だが、こうして一つ一つ難所を潰して後続の者の為に道をならすのも重要な役目だ。 もしかしたらこの通路を抜ければ、他の難所を抜けずに更に奥へといけるかもしれないのだから。 法師の間までの道のりも、そうやって作られていったものなのだから。 ともかく、今回は法師の間を突破する事のみを考えればいいので、ここで戦力を使い果たしても問題は無い。 いや、それぐらいしなければこの難所は乗り越えられないだろう。 法師の間は、三つの通路から成る。 内の一つは別の開拓者が通った道で、途中に居たアヤカシは退治したのだが、通路の壁床天井から雨霰と降ってくる瘴気弾を駆け抜けねばならず、どんなに歴戦の者でも決して無傷ではいられない。 そのせいで彼等は法師を見つけるなりすぐに撤退を決意したのだ。 余程術への抵抗に自信のある者以外には勧められないと彼等は言っていた。 残る二つの道はまだ誰も手をつけていないが、瘴気弾の道を抜けた後二つの通路が合流しており、位置を考えるに恐らく先に分かれた別の二つの通路であろうと思われた。 ケモノの唸り声が聞こえてくる左端の道。 瘴気弾の襲ってくる真ん中の道。 特に何の音も聞こえて来ない右端の道。 三叉路の入り口になっている壁には、古い文字が書かれた大きな文字板があった。 『こんな かんたんなことにも きづかぬ のんきに いきてきた あかしだ うわべのみの じんせいをおくる ものたちに ら(文字がかすれて読めない) の のろいあれ』 三叉路を抜けると遂に琵琶法師との対決となるが、琵琶法師が鎮座する部屋には琵琶法師以外にも数体のアヤカシが居る。 四方を守るように鎮座する鎧武者姿のアヤカシは、それぞれ、刀、槍、薙刀、弓、を持っている。 これらを突破し、奥の通路への道を確保するのが、今回皆に与えられた任務である。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
ワーレンベルギア(ia8611)
18歳・女・陰
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 開拓者一行は遺跡内部に侵入し、問題の文字盤の前に居る。 風和 律(ib0749)は、なるほどと最初にここに至った開拓者達の気持ちが少し理解出来た。 「遺跡の中というのは、思ったより高揚しやすいものだな」 緊張の取れぬ顔でネネ(ib0892)も文字盤を覗き込んでいる。 「はいっ、どきどきしますよね」 他開拓者の報告通りの文字が記されているのを見て、横にではなく縦に順に読んでみる。 「こ・の・う・ら、ですね。案外気付き難いのかもしれません」 「簡単すぎるとも思ったんだが‥‥いざ遺跡に入っていきなりこれを出されたら、文章ばかりに目が行っていたかもしれない」 成田 光紀(ib1846)は、まずは無闇に石版には触れず注意深くこれを見る。 「文節の最初、斜め‥‥と。他にも意味がありそうな、そんな気もしないでもないが‥‥」 見ているだけでは埒が明かぬと、崔(ia0015)は石版を調べ始める。 ワーレンベルギア(ia8611)は不安そうにこれを手伝う。 「呪いってなんでしょう。もし、もしも『裸族の呪い』だったりしたら‥‥!!」 北條 黯羽(ia0072)がくすくすと笑う。 「ここに居る全員すっぱだかになるって?」 ひいぃ、と妄想に悶えるワーレンベルギアをさておき、結構な大きさの石版をいじってみると、簡単に外れてしまう。 石版自体はかなりの重量があるのだが、内側に見えないように取り付けられていた蝶番のようなもので、かぱっと横に開くようになっていたのだ。 赤鈴 大左衛門(ia9854)は、大当たりと石版の裏にある取っ手に手をかける。 一方、憮然とした顔なのは光紀だ。 「そのまんまかよ」 色々と考えていた崔も、何やら言いたそうである。 「これが奥深い人生の証明だって?」 さんざっぱら調べてみたが、この取っ手を隠す以外の機能は石版には無さそうである。 篠田 紅雪(ia0704)は一人調査の人だかりから離れ、周囲の警戒を行なっていた。 寡黙な紅雪はそれを口に出して伝える事はなかったが、そういった配慮を気付く人間は気付いているものである。 微細な変化ですら感じ取れるだろう紅雪の目は、大左衛門が取っ手を引いた時の振動をきっちりと捉えていた。 壁面であった場所がズレていき、遂には人が通れるほどの通路が姿を現すと、皆その仕掛けに目を取られていたのだが、紅雪は皆とは別の場所を見ている。 部屋の振動と、奥への通路の振動を比べてみると揺れが激しいのは開く扉周辺のみで、通路の方に振動はない。 これはつまり、この仕掛けで大きな変化がそちらには発生していないという事だ。 単純に扉が開くだけの仕掛けであるようだと、一人心の中だけで呟く。 崔が振り返り、他に仕掛けもないようだと告げると、紅雪は小さくだが頷いて見せた。 隠し通路を抜けると、途中別の通路と合流し、更に二本の通路と繋がる。 結局何処を通ろうとここだけは抜けねばならぬ、そんな部屋がその先にあった。 奥に鎮座する法師姿のアヤカシは、侵入者を見つけるなり落ち窪んだ眼窩の奥を光らせる。 同時に、がしゃと鎧の音を鳴らしながら四体の武者姿のアヤカシが立ち上がった。 光紀は黄泉笏を手に、しかるべき位置取りを外さぬよう注意しながらこれと対する。 「成程、確かに法師‥‥と、おまけか」 黯羽は敵を前に、何処か斜に構えた皮肉気な表情を捨て、攻撃用というよりは術の補佐のための合口を抜く。 「おまけの方が余程ヤバそうだがね。さて、打ち合わせ通り行くとするか」 いの一番の踏み込みは崔であった。 両足を交差させ、僅かにその身が沈んだかと思うと、爆発したかのように踏み込んでいく。 突き出す七節棍はまっすぐにではなく、波打つように弓武者へと迫る。 その腿に先端を突き立てると、崔は棍を両手に持ったまま全身をくるりと回す。 回る体に引きずられるように七節棍は円を描き、床をこすりながら崔の周囲を一回転し、充分な加速と共に弓武者の頭部に叩き付ける。 節が七つもある七節棍ならではの動きだ。通常の棍ではこうはいくまい。 崔の連撃が効いているのかいないのか、全く読めぬ面に覆われた弓武者は、緩慢に見えてその実的確な所作で弓を構える。 その足元に、瘴気で出来た蜘蛛がにじりよっていた。 光紀の術に応え弓武者の動きを封じるべく、六本の足でその全身に絡みつく。 それでもやはり、弓武者に動じた気配はない。 続く崔の棍を鎧の肩当で弾くと、近接してきた崔に向けて矢を放った。 体捌きのみでこれをかわす崔。 恐るべき強弓である。 寸前で蜘蛛が弓に足をかけていてくれたので何とかかわせたが、次そう出来る自信は無い。 外れた矢が石畳を叩くと、放たれた矢は威力に耐えかねたのかひしゃげ折れてしまう。 軽く舌打ちしつつ、棍の半ば、上から三節目、下から四節目を持ち、近接した距離にまで踏み込む。 脇の下を狙って振るった棍は、弓武者が肘の先で受けにかかるも、崔は鎖がその位置に来るよう調節していたせいでか、弓武者の肘を支点に奥の棍部がくるりと回り、背中をしたたかに打ちつける。 命中の反動は七節棍の逆端に勢いを与え、これを逃がさぬよう半歩下がりながら今度は脛に当たる部位に逆端を叩き付ける。 これで人間相手ならば痛みに怯むはずであるのだが、まるで痛痒なぞ感じていないのか、弓武者は弓筒より新たな矢を抜き、匠の動きで瞬く間もなくこれを放つ。 今度はかわしきれず、超が付く至近距離より首右側の皮膚と肉を薄くもっていかれる。 先もそうだが、これほどの強弓を確実、正確に急所へと放ってくる。 無味乾燥な反応を返す弓武者だが、その殺気だけは、痛い程に感じられた。 それは後方より援護している光紀も同様であった。 弓が相手では間合いもへったくれもあったものではない。 近寄ればこれを封じられる、そんな弓使いの定石もこのアヤカシには通用せぬとなれば、例え後方に控えているとはいえ光紀も安全とは程遠い。 威力も見た。事によればただの一矢で絶命するかもしれぬ必殺の矢である。 しかし、この恐怖を乗り越えてこその開拓者だ。 怯む事なく術を唱える。 光紀の詠唱は遺跡内より瘴気を集わせ、蜂を模った刃が弓武者へと向けられる。 不規則で高速な蜂の軌道は、弓武者と交錯した瞬間、鎧の表皮を砕き消滅する。 容易くは倒せそうにない相手だ。そして、倒しきるその瞬間まで決して気を抜ける相手でもないと、光紀は弓武者の挙動に全身全霊を集中させた。 大左衛門は自らの持つ薙刀と同じ得物を使う薙刀武者を相手に選んだ。 その後ろではネネが勇士を称える神楽舞を舞っている。 幼いと言っても過言ではない小柄なネネの舞は、優美さより可憐さがより際立つ。 舞の挙動自体は巫女のそれらしく気品のある動きをしているのだが、舞手であるネネの本来考えられていた以上に小さい体のせいで、見え方が随分と変わってしまうのだ。 ゆったりと振り上げられるはずの手は、睡蓮のごとく緑間にぽっと浮き出るような所作であるのだが、ゆったりの部分に伸びが足りないせいか、睡蓮というよりはたんぽぽがより近い。 波打つ黒髪は小柄な体で精一杯舞を表現しているせいか、時折ぴんと跳ね、全体に明るさと躍動感を与えている。 漲る精霊の力から大左衛門は舞の恩恵を受けていると理解出来るのだが、じかにこれを見る事が出来ぬのは不運としか言いようがない。 尤も、のんびり舞を楽しめるような余裕のある状況ではないのだが。 薙刀同士が中空にて打ち合い火花を散らす。 薙刀に鍔はない。 これを理するべく、薙刀武者は打ち合った瞬間、力をそらしながら大左衛門の薙刀の柄を滑らせ、持ち手を狙う。 その手練の妙は勝算に値するであろうが、大左衛門も木石に非ず。 精霊力を薙刀に走らせ、力を得たこれにて一挙動のみで弾くと、頭部目掛けて突きかかる。 腰の入った重く鋭い一撃であったのだが、薙刀武者は刃が下に弾かれるのに逆らわず、持ち手を支点に石突を眼前に持ち上げ受け止める。 大左衛門は薙刀を持った両手を交差させる。 先端まで距離があるので、それだけの動きで刃は薙刀武者を攻撃するに十分な距離を得る。 しかし薙刀使いとしては至極一般的な挙動であるだけに、同じ薙刀使いである武者はこれを読みきり、突きを受けた石突で同じく側面より斬りかかる刃を受けきった。 不意に刃の軌道が変化する。 半歩踏み込んだ大左衛門が、その穂先を下に回したからだ。 上に意識を振っておいての下段への攻撃。 これには反応しきれたかったのか、薙刀武者の片足は深く斬り裂かれてしまう。 「これがおっ師ょ様に習った、幅ァ持った攻撃って奴だス」 黯羽は斬撃符により律への援護を行いながら、全体の状況を見通していた。 崔と光紀の所は、相手が弓使いであるため、後方への射撃を封じるよう崔は気を配りながらのせいか、かなり手間取りそうである。 泰拳士である崔の動きを捉える程に鋭い矢が相手だというのも影響していよう。 せめても呪縛符があるのが救いか。しかし時間をかければ後ろを守りつつ勝利を収める事も可能であろうと思われる。 大左衛門とネネは五分といった所だ。 薙刀武者は一枚程度だが大左衛門より上手の技量を持つらしい。 しかし圧倒する程でもなく、援護に長けたネネが付いていれば問題は無いだろう。 紅雪とワーレンベルギアの所の刀武者は、どうやら最大の攻撃力を誇るらしいが、こちら側も瞬間最大火力は高い。 特にワーレンベルギアの術はかなり効果を発揮しているようなので、遠からず押し切れると思われる。 「となると、こっちに法師の術がばかすか飛んで来るのは、まあアリって事なのかね」 光栄と思うべきか、槍武者を援護する形で黯羽と律に向け、法師はアホみたいに術を飛ばして来るのだ。 ちょっと洒落にならない勢いである。 律は攻撃の手数を減らしてでも我が身にオーラを纏ってこれを凌いでいる。 「律! 怪我は治してやるからともかく今は堪えな!」 瘴気弾を額にモロに受けてしまい、仰け反りながら律が叫ぶ。 「くっ! ‥‥正直に言うが、それ以外は出来そうにない」 間髪居れず槍武者の槍が伸びてくる。 律の厚手の金属板で覆われた鎧は首元にも及んでいる。 槍の穂先を見切った律は、これで鎧の表面を滑らせるように槍をそらす。 一歩間違えば首に刺さるような真似をクリアしつつ、冷や汗を拭く間も惜しんで体ごと槍武者にぶつかっていく。 重厚な槍武者の体躯はこれを真正面より受け止めるだけの力を持つが、黯羽の斬撃符が律を回り込むようにして槍武者の足首を斬り裂くと、流石の槍武者も体勢を崩さずにはいられない。 常の騎士ならここで力任せに大剣を叩き付ける所だが、律の剣はそこに騎士らしからぬ精妙な動きが伴う。 まるで刀を扱っているかのように鎧の隙間に大剣を押し当てた後、体重を押し付けつつ引き斬る。 法師の術によりそこかしこが焦げたり切れたりしている黯羽から、それらを厭う様は見られない。 「紅雪とワーレンベルギアが突破するのが早いか、こっちの練力切れが先か‥‥面白くなってきたじゃないか」 紅雪は胴を真横に斬り裂かれて尚、刀を振るう手を止める事はなかった。 下腹部に滴るモノが何であるのかと思うと、少し怖い考えにならないでもなかったが、コイツとはどちらが先に倒れるかの剣力勝負だ。 ただの半歩ですら下がってやるつもりはない。 動きからはとてもそうとは思えないが、ぼっろぼろに崩れかけた刀武者もそろそろ限界のはずなのだ。 打ち合った刀を、全身の力を込めて脇へと弾く。 体ごと刀に乗せたせいで紅雪もすぐに次には繋げないが、刀武者の動きも止まる。 そこにもう何度目になるか、ワーレンベルギアの陰陽術が響く。 瘴気が集まり、ワーレンベルギアに招かれた雷を呼ぶ式は、その強い支配力に相応しい豪雷を吐き出す。 彼女の髪の色を薄くしたような青白い閃光は、波打ちながら崩れた刀武者の胴を貫く。 真ん中よりへし折れるようにして、刀武者は倒れ伏した。 間髪居れず紅雪は走る。 仲間に向け術を撃ち続ける法師目掛け。 武者は刀より術がより効果があった。 ならば法師は術より刀が効果的であろう。 駆ける紅雪に背後よりワーレンベルギアの治癒符により治療が、更に戦況を見てとったネネが神風恩寵を。 武者が倒れるのが想定外だったのか、法師は慌てて術の矛先を紅雪へと切り変えるが、腹部の傷も癒えた紅雪は体を術に刻まれようとも足を止めぬ。 術は確かに強烈であった。 しかしより以上に、アヤカシにしては薄い刀の手ごたえ。 やはり物理攻撃は苦手らしい。それが故の武者四人だったか。 ここでも紅雪は真っ向よりの削りあいを挑む。 ワーレンベルギアも心得たもので、その分術への抵抗は高かろうと攻撃ではなく紅雪への治癒に専心する。 法師の火力は、ワーレンベルギアの治癒をも上回る程であったが、紅雪へと攻撃が集中している間に、他の皆もそれぞれ武者を倒しこちらに参戦してくる。 こうなればもう勝負は決まったようなものだ。 最後は紅雪の駆け抜けざまの一刀で、法師の首が宙を舞う。 「滅べ」 ワーレンベルギアは、そーいえば遺跡に入ってから紅雪さんの声聞いたのこれが初めてかもー、とか暢気な事を考えていたとか。 法師が倒れ、部屋をゆっくり調べられるようになると、この部屋の奥にも更に通路が続いている事がわかった。 この通路が何処に通じているのか、それを調べるのも手であったが、未踏地に踏み込むには皆消耗が激しすぎる。 ここは一度出なおすべきだと開拓者達は引き返す事にした。 光紀が途中、石版くれとか言っていたそうだが、貴重な文化遺産でもある遺跡の物を勝手に持ち出すのは流石にマズイだろーと自重する事にしたそうな。 |