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■オープニング本文 開拓者ギルドで保護された少女は、当初錯乱がひどくまともに会話すら出来なかったという。 事の始まりはお節介な開拓者が、通りで暴れている少女が居ると聞き取り押さえた所から。 この時志体を持つ開拓者すらてこずる程の力を発揮した少女に、これは何かあると官憲ではなくギルドに彼女を連れて行ったのだ。 毒見までしてみせて警戒を解き、何とか食事と睡眠を与えると、少女は少しづつ冷静さを取り戻して行った。 事情を聞くまでには至らなかったが、それでも少女との意思疎通が可能になってきた一週間目、彼女はギルドを脱走した。 最∴モ地になっていたギルドの係員は、その後三日で少女の行方を突き止める。 またも街中で暴れていた少女に係員が声をかけると、乱暴はぴたりと止んだらしい。 食事や寝床の面倒を見てもらった事に感謝をしていたのだろう。 その後、ギルドに連れ帰るとようやく、少女は事情を話してくれた。 「あのね、四を連れてこなきゃだめなの。四はね、私と一緒でね、人を殺したくないの。だって、やりかえされたら痛いでしょ。痛いのヤなの。もうそういうの嫌なの。他の子達みたいにいっぱいいっぱい遊びたいの。隠れんぼ楽しいの。鬼ごっこも楽しいの。だから四と逃げるの」 氏家重三が製造を依頼していた『道具』を手にしたのは二月前の事だ。 五つの完成品を前に、呆れるやら関心するやらで、いまだに感覚が慣れてくれない。 かえって六つ目が未完成であった事で、心の何処かが安堵しているとすら感じた程だ。 それ程に五つの完成品は出来が良かった。 「主様、六は追わなくてもよろしいんでしょうか」 「それは俺の仕事じゃねえ、後始末含めて風水の奴にやらせておきゃいい。それより一よ、お前仲間が逃げたってのに全然動揺しねえのな」 一と呼ばれたまだ幼さの残る少女は、眉一つ動かさずに答える。 「ありうべからざる事態ですが、問題が発生したのは六であって私ではありませんので」 「へーへーそーでしょーとも。しっかし人間味ねえなお前等。実はアヤカシですって言われても納得しちまうぞおい」 「そうあれとご命令下さればそのように致しますが」 「それで何か俺の利益になるのか?」 「主様のご機嫌を取る以外ではさして。むしろ以後の商業活動に差し障りが出るだけかと」 厭味でも言っているのかと一の瞳を覗き込むが、まるで反応は無し。彼女は万事この調子である。 「夜の相手も、たー聞いているが、さすがにコレじゃその気にゃなんねえな」 年齢にして十歳前後である。残る、二、三、四、五にした所で年齢はどっこい。女も男もばっち来いな重三であるが、幼少相手では流石にやる気が起きない。 「後三年待って下さい」 何処までわかってるんだか、とあどけない顔付きで報告を続ける一を見ながら、重三はため息をついた。 係員は頭を抱えたまま、その筋の専門家であるシノビの話を聞いていた。 そのシノビも若い女性であるが、話す内容はまるで容赦が無い。 「最低五年、世間から完全に隔離する設備と条件を整えられるのなら可能です。それと、あそこまで完成度の高い子を作り出すためには相応の試験がこなされてるかと」 「試験?」 「何処までやれば壊れるかを平均を出せる程に実地で試した、という言い方が恐らく一番理解が得られやすいでしょうね」 「っ! ‥‥全て志体を持つ子供達でか?」 「志体を持つ者とそうでない者とで、精神面における差異はそれほど大きくないというのがこの分野における一般的な見地です。でしたらそういった不経済な真似はしないかと」 「‥‥すまん、少し休憩を取らせてもらっていいか? 整理する時間が欲しい」 斬った張っただのの話は聞きなれている開拓者ギルド係員ですら、聞くに堪えない話である。 「誤解の無いよう言わせてもらってよろしいでしょうか」 「ん?」 「私も、今にも眩暈起こしそうなぐらい頭に来ているんですよ。一族のシノビでもない者を、何処かしらからか引きずって来て当人の覚悟すら決めさせず、洗脳なんて手段で人生そのものを奪うような畜生達は‥‥」 女シノビは普段は温和な彼女らしからぬ冷徹な視線を係員に向ける。 「生かしておけません。いいですよ、この間の借りもありますし、必要な事はこちらで調べておきます」 女シノビの調査の結果、六という名の少女が抜け出して来た場所の特定に成功する。 氏家重三という流れ者の下から逃げて来たのだろうと。 彼は朱藩において犯罪者同士の勢力争いに破れ、北方にまで逃げて来たらしい。 ここで新しく得た六人の配下、今は一人減って五人だが、と共に再起を図ろうというのであろう。今は近寄る者とていない山中の古城に潜んでいる。 殺さずに保護、それが出来るような相手ではない。全て志体を持つ屈強な兵士であり、主には決して逆らわぬ忠実な僕であるのだから。先に斬らなければこちらが危ないと女シノビは釘を刺す。 それでも、六が四と呼ぶ青い瞳の少女だけは、六の話を聞く限りでは救う余地があるかもしれないとも語る。 「もし、生きたまま連れて来てくれれば、その四という少女は六という子共々、ウチで治療他引き受けましょう」 四分六で結局は斬るしかなくなるかもしれないけど、とは女シノビは口にはしなかった。 「助かる、流石にこの手の症状はギルドでも対応しきれない」 「ただ、その先の彼女達の人生に影響は出ます。ウチはシノビの里ですから、無駄飯食らいを飼っておく余裕なんて‥‥」 そこで何故か一度言葉を切った後、こほんと咳払いをして続ける。 「ほとんどありませんので」 五人の少年少女達は、重三を主とみなすよう調整されている。 このため、重三が死ぬまでは五人共命を賭して彼を守り、彼の命令を守るだろう。 重三が死んだ場合どうなるか。それは女シノビにもわからないという。恐らく次の命令が下されるまでは抜け殻のようになるであろうという予測のみ。 ただ、それではこれを仕掛けた連中を見つけ出す事は出来ない。重三は生かしたまま連れて来て、ギルドにて尋問し背後を吐かせねばならないのだ。 流石の開拓者でも五人を五人共殺さず無力化し、かつ重三を生かしたまま捕らえるなどという真似は無理が過ぎるというものだ。 彼等彼女等は、充分な訓練と実戦を経験した志体を持つ開拓者に匹敵する戦闘能力を持っているのだから。 また今回は作戦地域が市街地より離れている事もあり、各種朋友の使用許可が出ている。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
汐未(ia5357)
28歳・男・弓
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
レイシア・ティラミス(ib0127)
23歳・女・騎
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎 |
■リプレイ本文 フェルル=グライフ(ia4572)と鬼灯 恵那(ia6686)の二人がそれぞれ駿龍を用いて先陣となる。 古城の城門を越え城内に乗り込もうとした時、フェルルがその存在に気づいた。 「弩!?」 上空よりの攻撃から城を守るのに必須の装備であるが、まさかこれがまだ生きているとは思わなかったのだ。 手持ちの弓ではありえぬ強烈な矢が恵那とその龍、焔珠をかすめる。 「対応が早いね。重三の指示か、子供達の動きが良いのか‥‥」 恵那は焔珠に命じると、炎をはかせ弩の破壊を狙う。 後続の進路を確保するのも先行した二人の役目だ。 強引に弩の最中を突っ切りにかかる。 フェルルのエインヘリャルに三本、恵那の焔珠に二本の矢が刺さり、それは以後の継続戦闘を極めて困難にする。 二匹とも炎龍であり炎での反撃も行なったのだが、対空戦闘を考えて備えられた弩相手では思った程効果が出ない。 だが、二匹の炎龍は見事目的を果たす。 それぞれの主を無傷で城内に下ろす事に成功したのだから。 城の中庭に足をつくと、二人は目配せをし合い同時に咆哮を放つ。 弩を操っていた二人の子供達が、結構な高さのある城の窓から恐れる気もなく飛び出して来た。 これを迎え撃つべく、恵那はすらりと刀を抜く。 「さて、清光の試し斬り‥‥とはいかないんだよねぇ‥‥」 不安気なフェルルの表情に気付いたのか、慌てて言い直す。 「あはは、生け捕りってあんまり得意じゃないけど、頑張ってみるよ」 第二陣、御凪 祥(ia5285)とレイシア・ティラミス(ib0127)は先陣の二人が弩を何とかしたと信じて戦場に飛び込む。 城からの射撃は無し。 二人の騎龍は装甲に長けた甲龍であるが、流石にあの弩を受けるのは遠慮したい所である。 レイシアの龍イグニスは、鮮やかな橙色の装甲を一切損なう事なく城の中庭に彼女を下ろすと、敵を警戒するように再び空へと舞い上がる。 祥の龍、春暁もまたこれに倣い中庭に着地するが、それを待たずに祥は大地へと飛び降りる。 「四は?」 既に戦闘中のフェルルと恵那の援護に向かったのだが、すぐにフェルルが大声で返してくる。 「碧眼の子は来ていません! こちらは私達に任せて城の中に!」 「わかった。行くぞレイシア」 走る祥の後にレイシアが続く。 恵那は冷静だ、少なくともレイシアにはそう見えたのだが、残るもう一人が問題だ。 「無茶は禁物よフェルル!」 彼女の瞳が強い意思を秘めたものであった事が、この場を去るレイシアに一抹の不安を残したのだ。 最後が本命、第三陣の重三捕縛組が突入を開始する。 酒々井 統真(ia0893)、珠々(ia5322)、汐未(ia5357)、グリムバルド(ib0608)の四人がこれに当たるのだが、グリムバルドの駿龍、ウルティウスが身を震わせて警告する。 「何?」 と、グリムバルドの指示によらず散開を始める。 ウルティウスの反応に不穏な気配を感じ取ったグリムバルドは、皆に向け大声で叫ぶ。 「お前等! 何かやばいぞ! 散れ!」 切羽詰った本気の声、これに反応した残る三騎が散開を始めるのと同時に、沈黙したはずの弩が動き出したのだ。 駿龍の身軽さでもなくば出来ぬ、水銀の高速旋回に回避を任せながら、珠々は冷静なまま状況を分析する。 「あの少ない情報量から陽動を読まれましたか」 誰もが敵は手強し、と確実に事を進めるような思考によりかけた時、統真は一人自らの龍に正面よりの突入を命じる。 汐未が疾風に、左右に大きく揺れる回避運動を取らせながら警告する。 「酒々井! 無茶が過ぎるぞ!」 二本の矢の内、一本は回避出来ず統真の二の腕をかすめていく。 「無茶? 何言ってやがる」 血の飛沫を後ろに引きながら、統真の目は遮蔽の影に隠れて微かにしか見えぬ弩の射手に注がれている。 「俺の無茶はこっからだよ!」 斜めに降下しながら城に一直線であった統真の龍、鎗真が、大きく翼を羽ばたき急減速をかける。 同時に統真にかかる前方に向けた強烈な圧力。 これに、統真は逆らわなかった。 「おい!」 汐未が思わず口に出してしまい、グリムバルドも珠々も驚きに目を見開く。 統真の体が前へと投げ出され、いや、あれはどう見ても自分から飛んでいる。 地上との距離はまだまだある。志体を持つとはいえただではすまぬ高さであり、もちろん城まではもっと遠い。 更に、空中でぐっと身を堅くした統真の背へと、何と味方である鎗真がソニックブームをぶちこんだのだ。 衝撃により前方へと加速した統真は、弩を操っている人物、壮年の男性に向けてかっ飛んで行ったのだ。 そのまま優雅に室内に着地、とはいかず、途中で弩の遮蔽の端に足が引っかかってしまいぐるんと回る。 そして部屋の中には、もう投石器で巨岩でもぶちこんだような様で文字通り転がり込む。 「痛ってぇ〜、なかなか上手くはいかねえもんだな」 痛いの一言のみで、後は何時もどおり、何事も無かったように立ち上がる。 「そう、思わねえか?」 舌打ちしている重三と、彼を護衛するようについている少女が一人。 これで、弩と同時に重三の指揮は封じる事が出来た。 中庭では見える所で二人、そして城に入ったすぐの所で喧騒の音。 フェルルも恵那も、武術の腕は一流の域だ。 しかしその二人でも、連携に長けた子供達を抑え切れぬ。 斬る、と決め付けていればまた別の展開もあったのだろうが、そうはいかないのだ。 グリムバルドは見かねてこの援護に入る。 子供達は、決して無表情ではなかった。 だが間違ってもあどけない年相応の顔ではなく、命を賭して戦う戦士のソレである。 「子供が、そんな面してんじゃねぇよ‥‥」 今にも泣き出しそうな顔で長巻を振るうフェルルの気持ちが良くわかる。 子供達の境遇に自分を重ね、腹をくくる。 「‥‥何とかしてやらねぇと、な」 城に入ってすぐの所で、レイシアと祥は背中合わせに剣と槍を構えている。 敵は一人、それでもこうしなければならないのだ。 壁も床も天井も無い。縦横より飛びかかり、一撃くれるとあっという間に離脱していく。 全身が一瞬にして視界から消え去る程の速度を、二人の開拓者相手に維持し続けるのは並大抵の体力ではないだろう。 入り口から珠々と汐未の二人が入ってくると、祥が現状を伝える。 「四は見つけた。もう一人、巫女がどうやらこの部屋の外から支援しているようだが、位置がわからん。残る一人と重三は不明だ」 かなり距離をあけた所で新たな侵入者に対し、警戒の構えを取っている碧眼の少女。 彼女に向け、汐未が口を開く。 「六からの伝言だ、よく聞いておけ」 注視していなければ気付けぬ程、微かな反応があった。 「早く来い、一緒に竹とんぼを作ろう、だそうだ」 四は口を開きかけて、しかし声は聞こえてこなかった。 「まぁだからといってすぐに裏切れはしないだろうがな、来るなら皆歓迎するが」 振り払うように体の前に刀を構える四。 それでも、反応があった事でレイシアはそこに可能性を見出す事が出来た。 「ここは私達が何とかする。だから二人は重三と最後の一人を」 しかし汐未は残る事に決めた。 レイシアと祥が負っている手傷と、四のそれとでは比較にならない差があるからだ。 これは一重に四の技量と、巫女の援護のせいであろう。捕縛の前にこちらが倒れるようではお話にならない。 珠々も同意見らしく一つ頷き、汐未の抜く手がブレて見える程素早い弓射にあわせて奥へと駆けていった。 肩で荒い息を漏らす統真。 「‥‥冗談じゃ、ねえよなぁ」 サムライらしきこの子供に対し、統真はまるで加減をしてやっていなかった。 倒しきるつもりで拳足を振るうのだが、この子供、見た目からはまるで想像がつかぬ程強い。 他の子供もこの調子であったなら、と考えるとぞっとする。 どちらにしても、ここで負けては全てが台無しとなろう。 「来いよ。ケリ、つけるぜ」 精霊の力が統真の拳へと集約されていく。 対する子供の持つ刀にも同じく精霊力が。 二人の武器は紅蓮の炎を放ち、必殺の意志と共に交錯する。 部屋の中央で二つの炎がせめぎ合うが、一瞬の拮抗の後、鳳凰のごとき炎の羽ばたきがこれを凌駕し、放たれた炎は子供の全身を包み込む。 止まらぬ冷や汗は統真のものだ。 後少しでも統真の技が甘かったなら、ああなっていたのは自分であったのだから。 しかし、統真が流した冷や汗が凍りつく。 自身最強の技の一つ、天呼鳳凰拳を受けて尚、あの子供は立ち上がって来たのだ。 「はい、そこまでです」 二人の対決は、そんな声と共に中断される。 何時の間に現れたのか、珠々が痛みに蹲る重三の背後を取っていた。 タネを見抜いた統真は苦笑いである。 「‥‥お前、俺の技を囮にしやがったな」 「もっと褒めてもいいです。ああ、そこの子は武器を捨てて下さい。酒々井さん、子供の確保願います」 子供、一は無表情のまま当身を受けた重三に視線を送る。 重三が首を横に振ると、一は素直に武装解除に応じた。 祥は敵が子供とはいえ、最初から加減をせず相手をするつもりであった。 振るう槍先に迷いは見られず、受けなければ急所をすら貫くような槍撃を放つ。 であってこそ、相手の動きも封じられるのだ。 だが、斜陽や葉擦のような敵の行動を阻害する技を駆使するあたりに、わかりずらい彼なりの配慮が見てとれる。 捕縛を狙うレイシアを助ける意味でも、祥がここで四に押されるわけにはいかない。 四は動きに癖も無く、無限にあるとも思える程各種回避の術を駆使してくるが、そうあれと誘導すれば決して当てられぬ相手ではない。 大振りに振るった槍先は、まるで手品のように円を描いて四の眼前に再び姿を現す。 これをすらくぐる四の運動能力は大したものだと本気で思えた。 抜き胴気味に後ろへと抜けながら振るった四の刀は、祥の流れるような槍に防がれる。 槍を振るうには近すぎる間合い、この位置になって初めて攻撃を仕掛ける四の目は確かなものであったが、祥の技は更にその上を行く。 右手で支え狙いを定め、左手を槍を掴んだまま下ろす。 石突を大地に向かって伸ばすこの一撃は、何と駆け抜ける四の足の甲を捉えたのだ。 近すぎるお互いの体故出来た死角への攻撃、もちろん祥にも見えていたわけではないが、四の歩法を何度も見ていたのは伊達ではない。 片足を引くようにしながら距離を取る四に、治癒の術が飛ぶ。 汐未は、これで完全に巫女の位置を特定しきった。 四への伝言は、ただ四のみへの言葉ではなかった。 共に戦う他の子供達の反応を招く誘い水。 四が反応した事に不安を抱けば、必ずや隙が出来るだろうと読んでの事。 案の定、敵の巫女は四の動きが全て見えきる位置から動かなくなっていた。 「単に何かに希望を抱いて動くって程若くはないのよな、俺も」 壁越しに、巫女が居ると思われる場所に矢を連続して射掛ける。 治癒の術を複数対象に行なう技は巫女の秘奥にもあるが、どうやらこの子供はそれを習得しておらず、ならば巫女に軽視出来ぬ傷を負わせていれば、四への回復も滞る道理である。 そうして動きの鈍った四に、レイシアが体当たりのように体ごとぶつかっていく。 この隙にと、祥は巫女が遮蔽を取っていた部屋の壁そのものを双戟槍にてぶち破ると、奥には年端もいかぬ少年が。 既に座視出来ぬ程の損傷を負っていた祥に浄炎の炎が襲い掛かるが、歴戦の志士を前に巫女の身では如何ともしがたく。 以後は攻撃や逃亡の余裕すら与えられず、みるみる怪我を増やしていき、あっという間に練力を使い果たしてしまった。 ようやく捉えたのだ、逃がしてなるものかと、レイシアはやったらすばしっこい四の右肩を引っ掴む。 四は右手に持っていた刀を瞬時に左手に持ち替え、掴む腕に刀身を突き立てるが、レイシアはというと何と剣から手を離してしまう。 そうして空いた右手は四の顔面を正面から掴み、万力のように締めあげながら体重を乗せかかる。 折り重なるように二人は倒れるが、当然、のしかかった方のレイシアが上である。 両の肩に自身の膝を乗せると、俊敏さが売りの四の体力ではこの体重差を跳ね返せない。 「少し大人しくしてなさいよっ!」 それでも四はばたばたやっていたが、レイシアの絶妙に加減された一撃をもらった四は、あえなく捕縛されてしまうのだった。 子供サムライを相手にしていた恵那は、一度間合いを取るとふう、と息を吐く。 単体でも充分にそれぞれ三人と渡り合えるこの子供二人組は、組んで動く事で手に負えぬ怪物と化していた。 「強いねぇ‥‥それだけに惜しいよ」 その一言と共に、周囲を取り囲む空間の色が変わった。 共に戦うフェルルとグリムバルドが我が目を疑う程に、子供サムライと子供シノビが知らず数歩を後ずさる程に。 「恵那、さん?」 問うフェルルにそれ以上先を言わせない。 「ダメだよ。もう決めないと」 何を、とは言わなかったが、意図は充分に通じる。 最後の最後にはと覚悟してきたフェルルであったが、剣先にある迷いを取り払える程割り切る事も出来ず。 グリムバルドもまた、必殺の意志を剣先に込める事が出来ずに居た。 この窮地において、彼が決めたのは真逆の覚悟であった。 「わかった。なら恵那、お前は少し下がってろ。せめて‥‥俺の体が動く間ぐらいは、な」 「本気?」 額から滴る赤い筋をぬぐいながら、グリムバルドは彼らしい豪快な笑みを見せる。 「コイツらみたいなの見といて放っておいたら、あの世にいる師匠に怒られちまうからな。おら、フェルルも今にも死んじまいそうな面してんじゃねえよ。ここが踏ん張り所だろ、気合入れろ気合」 グリムバルドの言葉に、味方ですら油断出来ぬような恵那の鬼気が薄れる。 「‥‥じゃあ、賭けよう」 「賭け?」 「次に城の入り口から出てくるのが仲間か、敵かで。それまでは付き合うよ」 三人ですら抑え切れぬ相手に、二人のみでなど無謀にすぎるとの自覚はグリムバルドにもあった。 「悪い、正直助かる」 重三は時折文句を漏らしては居たが、それでも子供達の戦闘力に絶大な信頼を寄せていた。 だからこそあっさりと捕らえられたのであるし、統真のようにサシで子供達とやりあえる奴もそんなに居ないだろうとの読みもあったのだ。 それが、城入り口付近の部屋では巫女の五とシノビの四が捕らえられており、城から出た所では一と並んで最強の手駒であるサムライの二と、組んで動けば勝てる奴なぞ何処にも居ないとまで思っていた三が、たった三人を倒しきれずにいた。 シノビである三か四が動ければ、隙を見て自分を助け出してくれると考えていたのだが、これでは無理だ。 敗北を悟った重三は、大声を張り上げた。 「お前等! 例え死んでも俺を殺せ!」 重三が声を上げかけた時、警戒を決して解かなかった珠々は、すぐに意図を察するが声を止めるのは間に合わないと判断。 被せるように一音節の単語のみを発する。 「耳!」 そう言って自分は捕まえていた一の耳を塞ぐ。 咄嗟の判断だが、この場で最善とも言える選択に、僅かに遅れてレイシアと祥がこれに倣う。 統真はこれを援護するように、紅蓮の炎をまとった強烈な一撃を、重三側の大地に叩き込み、轟音で声を掻き消さんと狙う。 一と四と五はこれで守れた。 だが、残る二と三は、轟音と耳塞ぎのみでは守りきれず、弾かれたように動き出す。 恵那が駆け、二の横から刀を突きかかる。 『賭け、負けてたんだよね』 必殺の間合いでありながら、肩口からの体当たりのみでその体勢を崩すと、きっとそうしてくれると信じていたグリムバルドが飛び掛ってこれを取り押さえる。 残るは三のみ。 余力も残り少ないフェルルに出来る事は、ただ立ちはだかる事のみであった。 「こんな世界じゃなく、楽しい事が沢山あるんです‥‥必ず解放します!」 それまでの戦闘で、フェルルは斬らねば止まらぬと理解していた三は、刀を水平に構え、これを貫かんと飛び込んだ。 ここで刀を捨てても、フェルルさえどかせば手裏剣の射角が取れる。 フェルルの腹部に三の刀が突き立った。 脂汗を流す三。 背なまで突き抜けるはずだった刀が止まったのは、汐未の放った矢が三を刺し貫いていたからだ。 汐未は仲間を守るためならば、子供を射殺す覚悟も決めてはいたが、自分の力量の許す範囲で、これを助けたいとも思っていた。 三の足の甲を矢で地面に縫いつけ、フェルルへの刀撃を防いでみせる神業も、もちろん勝算あっての事であった。 全てを防ぎきったことを確認した統真は、激情をそのまま重三へと叩き付ける。 「重三つったな。今は殺せねぇ、殺せねぇが‥‥必ずそのふざけた考え方はぶち壊す!」 帰路につく開拓者達。 道中重三の扱いが悪いのは仕方が無い事であろう。 皆、何時斬り殺されても不思議ではない程剣呑な視線を重三に送っている。 レイシアが彼へと告げた言葉は、統真の叫び同様、端的に皆の気持ちを代弁していた。 「‥‥本来なら貴様のような奴は生かしておく価値など無い。依頼主に感謝することだな」 戦闘中もずっと子供達の身を案じ続け、誰よりも深い傷を負っていたフェルルのお腹を、三はちらと見る。 三程の技量があれば、フェルルが手加減をし続けていた事にも気付けた。 他の子供達は、四ですら終始口を開く事は無かったのだが、ただ一言だけ、三は声を発してくれた。 「‥‥いたい?」 気を抜いたら意識すら飛びそうだったフェルルだが、心の底から湧き上がる感情に任せれば、自然と顔は笑みをかたどってくれた。 「少し、ね。だからもうこんな事しちゃダメよ」 他の誰にもわからぬだろう微かな動きであったが、三は、確かにその時頷いたようにフェルルには見えたのだった。 ギルド係員より結果を聞いた薮紫は、両のこめかみを抑えたまま少しの間ぴくりとも動かなかった。 複雑な顔で言葉を続けるギルド係員。 「正直俺も、この結果は予想してなかった」 そのままの姿勢で、薮紫は口を開く。 「‥‥信じられない事しますね、開拓者って人種は。こちらの損害は?」 「皆ひどい怪我だ。内の一人なんざ生きてるのが不思議なぐらいだったよ」 「そこまで‥‥するんですか。見ず知らずの、たまたまそこに居たってだけの子供達相手に‥‥」 頭をかくギルド係員。 「で、感想は?」 「今すぐその開拓者達全員、骨が折れる勢いで抱きしめてやりたいです」 |