【陰影】光輝なる地味花
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2009/12/14 07:19



■オープニング本文

 夜も眠らぬ歓楽街、楼港「不夜城」――
 賭仕合の舞台にこの街が選ばれたのは、慕容王が裏社会の顔役を務める一方、四大流派の影響下に無い中立的な街だからだ。
 酒場や遊戯店が並ぶ一方で、合法、違法を問わずに賭博が開催され、街のあちこちには天然温泉の湯気が立ち上る。高級な遊郭から場末の酒場まで、利用者も千差万別。一度足を踏み入れれば身分不問とするのが暗黙の了解でもある。
 楼港における、とある高級遊郭。
 その最上階の畳部屋。火鉢前の座布団に腰掛けたその女性、年の頃は二十代前半。彼女は、お淑やかな所作で茶に口をつけている。
「慕容王」
「‥‥はい」
 ふと、名を呼ばれて振り返った。
 一人のシノビが小さく頭を下げる。
「両里の代表者が到着致しました」
「解りました‥‥一部強硬派は、既に動き始めています。早急に護衛を付けて下さい」
 過去の賭仕合においても、度々代表者の暗殺が試みられてきた。
 賭仕合まではまだ日数がある。今回だけつつがなく執り行われる等という都合の良い話は無いであろう。いくら警戒しても警戒し過ぎる事は無い筈だ。
「御意」
 シノビは静かに応え、その場を辞す。火鉢の灰の中、炭が弾けた。



「ほーーーーーっほっほっほ! 良くいらっしゃいましたわね開拓者のみなさんっ!」
 犬神と朧谷の代表者同士による果し合い。
 その代表者が果し合い前に闇討ちなぞ受けぬよう、犬神代表者の護衛を依頼された開拓者達は、案内された先で出て来た物体を見て言葉を失う。
 両腕を腰に回し、大して無い胸を思いっきりそらす事で無理矢理強調しようとして派手に失敗している姿勢。
 短いズボンの下からは若鮎のように瑞々しい足がすらっと伸びている。
 薄茶色の瞳は大きな眼のせいかくりくりっと可愛らしく、くるみのようにまん丸く見える。
 象牙で作られたかのような真っ白な肌は、しかし人のソレである証として僅かに上気し、ほんのりと赤らんでいる。
 端正な顔立ちはそれだけで人目を惹くに充分であるが、それ以上に、誰もが最初に目を奪われるものがあった。
 腰まで伸ばした黄金に輝く豪奢な髪がそうだ。更に顔の脇に垂らした分はくるくると縦に巻いてある。
 というかお前どーやっても忍べないだろと誰もが思ったわけで。
「私が犬神の代表者! 雲切ですわ!」
 即座の反応は無し。
 脇に控えていた女シノビは、慌てて雲切の側に駆け寄る。
「ちょ、ちょっとくもちゃん。思いっきり引いてるよみんなっ」
「え? ええっ、そ、そんなはずはありませんわ‥‥わ、わたしは少しでも犬神の威厳をと‥‥」
「あーっ、もういいからくもちゃんは引っ込んでて」
「え? そんな、まだ私が昨晩徹夜で考えた挨拶が‥‥」
 愚痴愚痴言ってる雲切を、女シノビは無理矢理部屋から押し出す。
 ぱたんと障子を閉め、しずしずと女シノビは畳に正座する。
 彼女は凛とした態度と口調で、武家の女として恥ずかしくない作法に乗っ取り挨拶を行う。
「ようこそお越し下さいました。これより詳細の説明に入らせていただきたいと思います」
 まあ、かっこつけた所で今更なのであるが。

 彼女からの説明はこうだ。
 どうやら敵は開拓者を雇ったらしく、忍びだけでは対応しきれぬ場合が出るかもしれない。
 ならばこちらもという事で信用出来る筋から集めた開拓者が貴方達であると。
 又、雲切の希望で、訓練の相手をしてもらいたいと。
 彼女はこうして敵に狙われている間も、訓練を絶やすのを嫌ったのである。
「日々の弛まぬ訓練こそが明日の勝利を生むんですのよ!」
「はいはい、だからくもちゃんはあっちで引っ込んでよーねー。アメちゃん用意してあるからねー、良かったねー」
「わーい! ‥‥って子供ですか私はっ!?」
 さっさと追い出される雲切。
「と、いう訳でして。どうか訓練の付き合いと、訓練中の警護も含めまして、よろしくお願いします」



 灯りを最低限しか用いぬ薄暗い部屋に、7人の男が集まっている。
 一人を除き皆が偽士である。
 志士が持つような清廉さなど欠片も見られず、汚泥の底のような濁った目で上座に居るシノビを見つめる。
 6人の中でも、とりわけ人相の悪い偽士がいやらしく口角を上げた。
「で、俺達はそのアホ女を殺せばいいってわけだな」
 シノビは無表情に頷く。
「敵は開拓者を招いたらしい。シノビのみならばと思いお前達を雇ったのだが、流石に奴等も馬鹿ではないか」
「いいさ、やる事は変わらねえんだろ。‥‥追加料金はいただくがね」
「‥‥わかった。上に話を通しておこう」
 男は大仰に手を叩いてみせる。
「はっははは! 二つ返事と来たか! そうこなくっちゃいけねえよ! 金ももらえて殺しも出来るなんざたまらねえ仕事だなおい!」
「志体を持つ外道とはな‥‥これほど手に負えぬ者は他におるまい」
 男はぐいっとシノビに顔を寄せる。
「そんなクズに仕事を頼む、アンタも相当なモンだろう?」
「シノビは貴様等のように殺しを楽しんだりはせん。一緒にするな」
「おいおい、人を狂人みたいに言うんじゃねえよ。俺は殺しを楽しんでるわけじゃねえ」
「ほう?」
「刀を突き刺した奴の泣きっ面を拝みてえだけさ! 助けてー! 痛いよーってな! くはーっはっはっは!」
 何が面白いのか、残る七人の偽士も声高らかに笑い出す。
 シノビの無表情がようやく崩れたのを見て、偽士は更に笑いを深める。
「‥‥まあいい。で、何時仕掛けるのだ?」
「外道の仕業ってな夜討ち朝駆けが相場だろうよ。お前は黙って見てりゃいい、護衛とやらも俺達がまとめて皆殺しにしてやるよ」


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志


■リプレイ本文

 三笠 三四郎(ia0163)は珠刀で雲切の忍者刀を弾くと、驚く程簡単にコレを跳ね返せる事に思わず苦笑する。
「流石に、一休みした方がよくありませんか?」
 雲切がぶんぶんと首を横に振ると、顔横の螺旋もみ髪がくるるんと跳ねる。
「い、いいえっ。疲れた時に動くからこそ、意味が、あるん、です、わっ」
 にしても限度ってあるだろうとか思うのだが、へろへろに見えていざ剣を合わせてみると、これが案外にしぶとい。
 結局最後まで押し切れずに、次の者へと交代する。
 まずはサムライの動きを、そういう注文だったので、次は鬼灯 恵那(ia6686)が相手をする事に。
 双方が熟練の武芸者である。木刀なぞ使わず、むしろ真剣の方がためになると三四郎は実剣で相手したのだが、恵那は旅籠の土産物屋にあった木刀を手にしている。
「あら? わたくしは真剣で構いませんのよ」
「んー、真剣だとちょっと怖いんだよね」
 歴戦の開拓者とも思えぬ言葉に、雲切は揶揄するように笑う。
「随分と弱気ですわね」
「依頼人、斬っちゃったら流石にまずいしね」
 恵那が何処まで本気なのかわからない雲切は、後でどういう事かを三四郎に尋ねようと心に決める。
 無論、三四郎にも答えようなぞないのであるが。

 菊池 志郎(ia5584)は旅籠の夕食の仕込みを何故か手伝っていた。
 客なのだから大人しくしていれば、と従業員にも言われたのだが、性分なんでと穏やかに言い含める。
 人当たりの良さも手伝って、あっという間に旅籠の従業員達と親しくなってしまう。シノビというクラス柄を考えても、これは天性の才能であるとでも考えるべきであろうか。
 洗濯物を取り込んだ後、すぐ隣を通りすがった佐久間 一(ia0503)にそれとなく小声で呟く。
「‥‥一人二人、小金を掴まされてそうですね。筒抜けとまではいきませんが、流石にその程度はやっていましたか」
「こちらも幾つか、裏の生垣、二箇所が外れるようになってました。他には床下、ですね」
 ふうと嘆息する志郎。
「存外に芸が細かいですね」
「せめても見つけられる程度ですからいいんですけどね」
 これで一応不意打ちの為の策は潰した事になるが、あくまでこれは前哨戦である。
 向こうもこの程度であっさりと抜けられるとは思っていないだろうと、気を引き締める志郎。
 一は引き続き屋内の調査を続けるべく、今度は天井をと調べに向かう。
 ちょうど屋根を上ろうとした所で、浅井 灰音(ia7439)と出会った。
「一応、いざって時の逃げ道は確保してきたわ。人様の家の中何軒かつっきる事になるけど問題無い。話は通してきたわ」
「ご苦労様です。これで逃走用の足でもあれば言う事は無いんですけど」
「それは贅沢ってものよ。まさかこんな所に竜連れ込むわけにもいかないでしょ」
 まったくもってその通りなので、一は苦笑だけするといざという時の逃亡ルートを頭に叩き込む。
 二人が話をしているのを見計らったかのように、福幸 喜寿(ia0924)が声をかけてきた。
「只木さんから報告ー。従業員の裏は取れたってー。後お金に困ってる従業員を調べておいたから参考にしてって。いやー流石に仕事が速いさね」
 一は口元に手を当てて考え込む。
「泊り客は?」
「そっちはもう少しかかるって。それに何をどうしたって他所の街から来た人はお手上げさね」
 襲撃は必ずあるだろう。それまで隙を見せずに相手を焦らし切れれば‥‥既に、戦いは始まっているのであった。

 護衛開始より三日目、雲切の訓練に付き合う日々にも、それなりに慣れてきた。
 志体を持つ一ですらついていくのがやっとの速度で走る雲切に、恵那はやんやと声援を送る。
「ほらほらー、そんなんじゃ息の根止まらないよー」
 声が聞こえるなり、もう一段速度を上げる雲切。彼女の意地っ張りっぷりが最近の恵那の楽しみの一つである。
 泥のようにでろでろになりながら戻った雲切。ちなみに一緒に走っていた一も、超がつくぐろっきー。
 しかし彼女の体力は、というより体力が無い状態で動き回る事に慣れている体は、雲切がそうあれと念じるだけで、あっさりと立ち上がる。
 アルティア・L・ナイン(ia1273)は満面の笑みで大きく頷く。
「例え狙われていようとも鍛錬を続けるその意気や良し」
 両手にそれぞれ刀を構え、低く身を落とす雲切と相対する。
 体力が尽きかけている相手に本気で挑むのも少々申し訳無い気がしないでもないが、雲切が元気いっぱいなのは朝一番の時のみで、それ以外はもうほとんどの時間汗だくになってヘバっているのだ。
 少々常軌を逸していると思わなくもないが、それほど重要な仕合であるという事は、誰しも理解はしている。
 それに当の雲切が泣き言ひとつ言わないというのであれば、外野がこれ以上騒ぐわけにもいかないのだ。
 梢・飛鈴(ia0034)が、早く代われとばかりに待ち構えているが、アルティアは何やら賭けをしているようで、半ば以上本気で刀を振るっている。
 怪訝そうな飛鈴に、灰音が説明してやる。
「勝ったらあの螺旋髪、いじらせてもらえるんですって」
「‥‥緊張感が無いのはお嬢だけじゃないアルか」
 そういう癖なのか右目を瞑る灰音。
「お嬢、ね。確かに、あの子はそんな感じするわ。苦行をすら楽しんでやろうって心意気はまあ、悪い方向じゃないんじゃない?」
「まーガタガタされるよりはマシかもしれんガ」
「ああ見えて犬神の代表ですものね。‥‥なんと言うか‥‥職業間違えてないかなこの子‥‥って感じはあるけど」
 アルティアと訓練中の雲切は、まるで硬くて長くてぶっといものでも突き刺されたかのように大きく仰け反る。
「隙あり」
 アルティアにぱこんと頭をこづかれて、決着である。
 飛鈴と灰音は顔を見合わせる。
「‥‥もしかして、アレ、気にしてたアルか? いやものすごい今更でしょうガ」
「あー、ちょっと悪い事しちゃったかしら」
 灰音に向かって、良い援護だと白い歯を見せるアルティア。そうまでしてあの髪をいじくりまわしたかったのか。確かにぽよよんと跳ねそうな愉快な髪ではあるが。
 よよよ、とヘコむ雲切を喜寿がまあまあと宥める。
「シノビは、静かに隠れるだけがシノビじゃないと思うんさねー」
 雲切は雲切らしいシノビを目指すよう励ますと、そうですわね! とあっという間に機嫌を直す。
 この程度であっさりヘコんだ挙句隙を作るとか、コレをどうシノビと認識していいのかわからん残りの面々は、せめても仕合当日が無事に終わってくれる事を祈るのみであった。



 夜は八人が二交代で警護に当たる。
 真っ先に気づいたのは屋根の上で見張りをしていた、三笠三四郎であった。
 旅籠に泊まるつもりだ、そう言わんばかりに堂々と入り口に向かってくる五人組。
 警戒を促す、どころではない。
 今すぐ動かねば、アレを相手にしては間に合わない。
 口笛‥‥は駄目だ。奴等に気づかれる。
 アレは、まずい。下手をすれば数十人の部隊でも止められないかもしれない。そんな、殺意と圧力を感じる。
 シノビのみを配し、猪口才な逃げ手でかわしおおせようとしていたならば、腕づく力づくで粉砕されていた。
 そもそも、それが当初の腹積もりだったのだろう。街の警邏が何人束になろうとまるで話にならぬ腕利き達。
 三四郎が屋根からそっと降りると、既に抜き身となった刀を月光に晒し、恵那が庭先で呆と突っ立っていた。
「‥‥ようやくお出ましか」
 この場を任せ、三四郎は雲切の寝室に。もちろん、闇討ちを警戒して移動した先の部屋の方へだ。
 飛鈴があんまりに側で控えているので雲切は文句を言ったものだが、知らんがな。死ぬよかマシ、と一蹴された。
 三四郎が部屋へ向かうと、すぐ外で待機していた一、中に居た飛鈴も動き出す。雲切はというと、起こされるなりこう漏らしたそうな。
「うにゅっ‥‥くましゃん何処でしゅか」
 飛鈴が頭をひっぱたくとすぐに目を覚ましたが。
「て、敵襲ですか!? 面白いですわ! このわたくしの‥‥」
 一は護衛についてから何度も繰り返した言葉を、再度告げて釘を刺す。
「雲切さんは大人しくしていてください。怪我でもされたら、私達が困るんですから。というかそもそも全身の筋肉痛どーするんですか」
「こ、この程度痛い内に‥‥」
 ていっと飛鈴が腕をつつく。
「いいいっ! 痛い内には入りますけどっ! ででででも全然我慢‥‥」
 今度は飛鈴、むにっと腕を掴んでみる。
「できひゃうっ!? き、今日の所はみ、みなさんにお任せしますわっ!」

 戦場は庭で。
 そう示し合わせていたので、雲切含む皆は庭へと向かう。
 僅かの間、待ち構えていた開拓者達の前に、襲撃者一行が姿を現した。
 若干呆れ顔で襲撃者のリーダーはぼやく。
「おいおい、逃げねえのかよ」
 アルティアが皆を代表して答える。
「こっちの台詞だ。夜襲なら夜襲らしく、もう少し控え目に推参したらどうだ」
 男は笑う。夜陰に乗じた襲撃者とは思えぬ程豪快に。
「がははっ! そういうシノビ臭ぇのは性に合わねえんだよ! まずはてめえらを殺す。次に、護衛が居なくなった目標を殺す。それで、終わりだ」
 飛鈴は心底不愉快そうに、装備した手甲を打ち鳴らす。
「戦術は杜撰、やることは行きばた、後は‥‥護衛を過小評価しすぎってトコか? そんな三流のアタマでのさばられちゃ開拓者の評判が落ちるシ、さっさと引導渡してやるからありがたく思うアルな」
 これ以上語る事などない。皆が武器を抜き放ち、シノビの代表を狙う闇討ちとはとても思えぬ、まるで戦のような始まり方でこの戦いは開始されたのだった。

 敵は五人、対する開拓者達は八人。しかも全員が前にて戦う者ばかり。
 一対一が二組、二対一が三組と、開拓者有利な状況であるが、雲切に敵の手が回らぬよう配慮しながらなので、飛鈴と一は好きには動けない。
 敵も味方も巫女はおらず、文字通り斬るか斬られるかの修羅場となった旅籠の庭。
 一人を咆哮にてひきつけた三四郎は珠刀を斜め下に下ろし、じっと相手の動きを見据える。
 しかし敵もさるもの、三四郎の誘いには乗らず、遠間から大きく刀を後ろに引き絞る。
『平突!?』
 即座にこれを見抜くと、三四郎は突きに合わせて刀を振り上げる。
 双方の刀が絡み合うように、しかし三四郎の狙い通り上へと跳ね上がる。
 外されたと見るや、余計には踏み込まぬ決断の早さは見るべきものがあったが、三四郎は、内心だけで駄目出しをしてやる。
『入りと出がはっきりしすぎなんですよ!』
 振りあがった刀をまっすぐに降ろし、力を込めて放つは地断撃。
 これならば間合いも何も無い。刀より放たれし衝撃が偽士を切り裂いた。

 イボ蛙みたい。
 短い刀を二本下げた敵に対する、飛鈴の持った第一印象である。
 敵一人一人の力量がちょっと笑えないレベルであると見た飛鈴は、雲切を一に任せ、内の一人を請け負っていた。
 元々低い背の所に、更に低い姿勢に構えられるとすこぶるやりずらいのは事実だ。
 また急所をいきなりではなく手足の先を狙うやり方も、悪くは無いと思う。
「腕が良いのは認めてやるネ。でも‥‥」
 低く下から掬い上げるような剣撃。
 これを更に下から蹴り上げると、速度が上がりすぎた刀は狙いを僅かに逸れて、薄く飛鈴の肩を凪ぐ。
「その程度アルっ!」
 気を纏わせた拳が、通称イボ蛙君の胴体ど真ん中に突き刺さった。

 喜寿が杖を抜き放ち中に隠されていた刃を振るうと、対峙していた男は苛立たしげに怒鳴る。
「てめぇ! 真面目にやる気ねえのか!」
 鉄傘を振り回していたかと思えば、手裏剣で不意打ち仕掛けて来た挙句、今度は軌道の違うダーツで間合いを外しに来る。
 彼はすこぶるやりにくいのを、こうして人のせいにしてるわけである。
 暗器を得意とする喜寿は完璧に近い形で戦闘を進められている。
 しかし、この男の技量は並大抵ではない。このまま押さえ込めるかというと少々自信がもてなかった。
「くそったれがああああああ!」
 ちまちまとした戦いにキレた男は、絶叫と共に力を放ち、刀身が炎に包まれる。
「うわっ、まずっ」
 が、それはあくまで見せかけであった。
 するりと脇をすり抜けて、奥に居る雲切へと迫る男。
 よし出番だとばかりに構える雲切の前に、一が立ちふさがった。
 刀で真正面から受け止めると、男の刀から炎が降り注ぎ、一の全身を覆い尽くす。
 気合一閃、袈裟懸けに刀を振るう事でまとわりつく炎を振り払い、その斬撃は彼の体勢を大きく崩す。
 それは、一をアテにして追撃の機会をうかがっていた喜寿にとって、この上ない好機となる。
「最後の暗器は……見えない武器さねっ!」

 恵那の技術は攻撃に特化しているといってもいい。
 これは巫女の居ない現状では危険極まりない立場であるのだが、そんな状況何処吹く風と、恵那はいつもどおり刀を振るう。
 このままでは倒されるか相打ちか、それほどに敵も腕が良い。
 そう判断した志郎は恵那が嫌な顔をするのもかまわず、手を出す事にした。
 案の定恵那は露骨に渋面を見せるが、志郎が援護に徹しているとわかると、不機嫌そうな表情は消える。
『あー、斬れれば、それでいいんですか、ね?』
 口に出すのはちょっと怖いので、黙ってフォローに回る志郎であった。

 アルティアが二本の刀を振りかざす。
 その速さ、正に疾風怒濤の如し。
 手数と剣速では圧倒しきれているが、敵もさるもの。技と力にて丁寧にこれらに対する。
 手加減無用とばかりに、灰音はここにショートソードをもって乱入する。
 先に一に襲い掛かった男同様、剣に炎をまとわせてである。
 ついでとばかりにダーツの一撃も打ち込むあたり、容赦とかする気がまるで無い気配が感じ取れ、とても好感が持てる。
 などと、おかげで隙が出来た男に刀を振りながら、アルティアは考えていた。



 敵は、信じられない事だが、最後の一人が倒れるまで、戦うことを止めようとはしなかった。
 生かしておいて事情を吐かせる、そんな真似が出来そうな敵でもなく、斬って完全に黙らせるしかなかった。
 そこまでの余裕は持てなかったのだ。
 それでも、こうして見事敵を撃退した後は襲撃を受ける事も無く、つつがなく日々は進み、遂に決戦の時を迎えた。
 これでお役御免となる皆に、雲切は一言一言かみ締めるように言った。

「み、みんな、色々とありがとうっ。わ、わたくしはっ、こんなだから‥‥他に役に立てる所もないしっ‥‥だからっ、一生懸命がんばりますわっ。それが例え一瞬でも、輝く為にこそ私は生きてきたのですから」