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■オープニング本文 以前はれっきとした寺であった建物。 その無駄に大きな前庭で、十人程の男達が雄叫びを上げる。 『気力だああああああああ!』 どんな流派にもありえぬ奇妙な構えと共に吠え叫ぶ。額に浮かぶ青筋がちょっと怖い。 男達の前に立つ初老の男性、北光坊は、険しい表情のまま彼らの声に負けぬ大声で怒鳴り返す。 「気力が足りん! 貴様らそれで大錬寺の師範代が務まるとでも思っているのか!」 胸いっぱいに息を吸い込んだ北光坊は、これが見本だと喉がぶっちぎれる勢いで吠える。 「わぁあああああおっ!」 男達もこれに続いて叫ぶ。 『わぁあああああおっ!』 「良し! その気力だ! 気力を全身に漲らせる為に必要な事は何だ!」 『魂の叫びです!』 「そうだ! 魂の持つ猛き意思こそが気力の源! 何時如何なる時でも気力を漲らせていれば敵なぞ恐るるに足らず! さあ続けろ! お前達の気力を私に見せつけてみろ!」 『気力だあああああああああああああ!!』 大錬寺は現在、門下生も百人を超える勢いがあり、今この街で最も熱い武術寺となっている。 だが、為政者にとって彼等の存在は、正直得より迷惑の方が多い。 寺からはえらい距離がある場所まで届く奇声が常時発せられるし、門下生達は修行と称してあちらこちらで場所時間も考えず絶叫を上げ始めるしで、いい加減地域住民の堪忍袋も限界となってきている。 そして何よりも問題なのが、一度大錬寺に入門したものは、何があろうと抜けさせてはもらえない事だ。 無理に抜けようとすると、必ず門下生より制裁が加えられる。 ほとんどの門下生は熱狂的に大錬寺の教えに従っている為、こういった事が起きてしまうのだ。 また、表には出ていない問題が一つ。 門下生より集めた金を、寺である事を利用して賽銭扱いで処理する事により、非課税にしてしまっているのだ。 勢いのみで生きてるように見える大錬寺住職、北光坊であるが、それだけの男では無いようだ。 さて、ここに一人の男が居る。 元々サムライとして剣技を極める修行を行なっていたのだが、気を練る術において不足を感じていた彼は、大錬寺の噂を聞いてこれに入門する。 サムライの術理に長けた彼は、師範代になるまでの修行の数々を見て、学ぶべき所無し、紛い物の類なりと即断していたのだが、師範代になって北光坊より気を操る術を学ぶとその優れた技術に驚く。 これを修めた男は、修行の合間を縫って研究にいそしみ、遂に従来あった技、隆気撃の改良に成功する。 しかし問題はここからであった。 今の男は大錬寺の所属、もし男がギルドに改良の登録を行なえばそれは大錬寺の名で登録される事になろう。 それでも、大錬寺がれっきとした武術を学び、追求する場所であれば文句も無かったのだが、男は、この場所を救えぬ馬鹿共の集まりと見なし、軽蔑すらしていた。 気を練る術は確かに素晴らしい。 しかしこの技を学べるのはごく一部の師範代のみ、それも、学ぶ側に系統だった深い武術の知識がなくば身につけられぬような教え方をする。 実際、師範代達の中でもこれを身につけているのは、男ともう一人ぐらいだ。 残る八人の師範代はここでの修行の結果強くなったのではなく、元々強かった者ばかり。 その全てが、まるで洗脳のような鍛錬に染まりきり、疑う事すらしない。 ましてや門下生に至っては、戦の役になど到底立ちようのない無為な吠え声しか教えられぬのだ。 何故そんな真似をしているのか。 答えは簡単。 北光坊自身はそこそこの拳士ではあるが、術理をもって、他と比較出来る形で武術を教えるよりも、酩酊状態に近い興奮を与え、熱狂させられれば門下生はさして教えるのも上手くない北光坊に心酔し、金を集め易いという話である。 これは真摯に武術に対してきた男にとって、許しがたき行為であった。 だが、男にも責められると返せぬ所もあった。 サムライである事を隠し、泰拳士を目指す修行者と偽って寺に入り込んでいた部分だ。 大錬寺の門下生は周辺の街至る所におり、逃げ出すのも難しい。 ならばと男は一計を案じる。 近場の徴税人を仲間に引き入れ、大錬寺脱税の証拠を強制捜査によって明るみにしてやろうと考えたのである。 帳簿を手に入れ、定期的に同じ人間達から一定の金額を得ている事を証明すれば、これはもう賽銭だなどと言い逃れも出来まい。 こうしてその権威を失墜させれば、門下生の熱狂により支えられた秘密主義にてこれを守って来た北光坊の企みも、いずれ白日の下に晒す事が出来よう。 徴税人は治安側にすら居る大錬寺信奉者の妨害を避けるべく、開拓者を雇い強制捜査員とする。 恐らく実力にて妨害に出るであろう大錬寺の師範代を蹴散らし、寺の中を調べて力づくにて帳簿を奪取する。 乱暴ではあるが、この手で行こうと男、そして徴税人は腹をくくるのであった。 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
藍・小麗(ib0170)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ブラッディ・D(ia6200)は首尾の良さにほっこり笑い中である。 酒場やらで他所の道場に徴税人が強制捜査に入ったとの噂を流すと、他人の不幸は蜜の味と皆喜んで話を聞いてくれた。 茶屋で志藤 久遠(ia0597)と合流したブラッディは、嬉々としてこの戦果を語る。 「久遠ねぇ、そっちはどうだった?」 少し疲れた顔の久遠。 「‥‥月謝というには少々高い金額を取られているようですね」 「なんだよそれ。何でもっと安い所行かないんだ?」 「高いお金を取る分より優れた道場である、らしいです。それで皆納得してるのですから、世の中ってわからないものですね」 バカじゃねぇの、とはブラッディさんの率直すぎる感想である。 アグネス・ユーリ(ib0058)は、夏 麗華(ia9430)と共に合流場所に戻って来る。 何やらアグネスは気合充分な顔をしている。 「よしっ、これで歌の準備はおっけー。ただ怒鳴るだけの声なんて蹴散らしてやるわっ」 一体何をするつもりやら。そんなアグネスを他所に麗華は粛々と報告を行う。 「内通者様から侵入路と寺の見取り図を手に入れて参りました。帳簿の特定にはまだ至っていないそうで、後は当日出た所勝負になりそうです」 無邪気な顔でアグネスが問いかける。 「それで帳簿見つからなかったらどうするの? そもそもそんな物無かったりとか」 即答するブラッディ。 「ぎゃは、依頼人にごめんしてバイバイってのはどうよ」 久遠が深く嘆息する。 「依頼人さんも安くないお金をかけてるんですし、そうもいきません」 久遠への慰めか、麗華は優しげに言った。 「私達を雇う程度には依頼人に確信があるという事でしょう。いずれ金銭の収支は記録しなければ覚えられませんし、心配しないでも大丈夫だと思いますよ」 藍・小麗(ib0170)、大蔵南洋(ia1246)、真珠朗(ia3553)の三人は、すぐに志体を持つとわかり、師範代達の勧めで寺に寝泊りし師範候補として訓練するよう勧められる。 では試しにと三人が泊まる日取りが決まり、ガサ入れ決行はその日となった。 真珠朗がさりげなく聞き出し、北光坊の寝床やらも確認済み。 寺の人間の所在を全て確認した上で、真珠朗と南洋は最終確認を済ませる。 「帳簿は日々記入してくものですから、奥深くに隠したままって事は無いと思うんですがね」 「となると、寝室と北光坊専用の茶室辺りが怪しいな」 上手い事言って、北光坊や師範代達から色々と聞き出した真珠朗は所見を述べる。 「どうも危機感が無いように見受けられますねぇ。税を誤魔化したぐらいでお上が動くものか、ってな勢いかもしれません。ま、その分強制捜査が実際に入ったら相当に慌ててくれるでしょうが」 「ふむ。内通者殿は?」 「北光坊を見張ってますね。夜の訓練をしたいから代わって欲しいとか」 「‥‥‥‥あの叫ぶ訓練を彼も?」 「いえいえ、何でも北光坊から教わった気を操る技術は素晴らしかったらしくて、それをまっとうな剣技に応用したいとかなんだとか」 無言のままの南洋に、真珠朗は皮肉げに口を歪める。 「得意な事があるんなら、それを伸ばしてまっとうなやり方してればお上に目をつけられる事も無かったんでしょうがね。寺での訓練は常軌を逸してます。コレ、小麗さんも言ってましたがお上に仇なす不穏な気配って見られたんじゃないんですか?」 口元に手をあて少し考え込んだ後、南洋は思い出したように言った。 「して、彼女は?」 と、外から絶えず聞こえ続けていた大声の中から、一人だけ他と異なる響きが。 「っだー! うるさいっ! わかったからもう少し小声で言ってよ!」 男の園に紛れ込んだ白馬のお姫様とでもいうべきか。 小麗さん大人気で夕方の自主訓練を断りきれずに、師範代達と一緒にやっていたりする。 ふむ、と南洋はそちらに目を向ける。 「彼女、案外筋が良いのでは?」 「それあの娘の前では言わない方がいいですぜ」 寺の門は締め切られていたが、こちらはお上のお墨付きである。 知った事かとアグネスは、たのもーと門を叩く。 庭から聞こえてくる騒々しい声は恐らく師範代達の訓練であろうし、流石にこれで居留守は使えまい。 男が一人、寺の門を開き用向きを聞くと依頼人は、これはわざとであろうが、居丈高に脱税の疑いがある故強制捜査を行なうと一方的に宣言する。 止める男を振り切って一行は中に入るが、中では五人の男がこちらに敵意を向けている。 よく見るとそこに女性が一人居るが、まあ、つまり、小麗である。 師範代達は流石に骨があるのか、役人相手でも一歩も引こうとしない。 最初に出て来た男も含め総勢六人で行く手を塞ぎ、そんな話は聞いていないと突っぱねる。 もしかしたら小麗に良い所を見せようとしているのかもしれない。 通せ通さぬの押し問答が続く中、アグネスは内の一人に目をつける。 「誰にも負けない気力を持ってる、って聞いたけどホントかしらぁ?」 男はむっとした顔で即答する。 「当たり前だ! 師範には及ばぬが俺の気力は天をも貫くぞ!」 ブラッディがたまらずに噴出す。 「ぎゃは、気力だなんだっていうけど、ぎゃーぎゃー叫んでるだけしかみえねぇな」 「何だと貴様!?」 アグネスは扇情的な衣服をふわりと揺らし、腰に両手を当てる。 「なら‥‥あたしの歌にも負けないって言い切れる?」 「何?」 「気力勝負よ! まさか、逃げないわよね?」 「抜かせ! 歌だと? そんなものでこの俺の気力が打ち破れるとでも思っているのか!」 含むように笑うブラッディ。 「ま、お手並み拝見ってとこか」 突然、男がもうこれ山鳴りかという勢いで雄叫びを上げる。 言うだけあって洒落にならない。耳どころか脳にまで響いてきそうな声だ。 アグネスは叫ぶ声の調子に音を乗せる。 喉の奥より響く音色は、どんな楽器より多彩な音を奏でる。 息を吸い、吠える。 静かな音を、沈鬱な音を。 息を吸い、叫ぶ。 穏やかな音を、薄暗い音を。 叫ぶ(静かに)吠える(長閑に)猛る(地の底で)絶叫する(絶望の中で)‥‥‥‥ 雄叫びの合間合間に音を染み込ませる。 それは何事も無く過ぎ去っていく日常であり、現状のまま何処までも生きていこうとする、何処か投げやりな意志である。 「さぁ、怠惰に支配され、ひさまづくがいいわー」 いつしか皆が見入っている気力対決。 結局、男は吠えるのを止めると、その場に崩折れてしまった。 仲間達は口々に男を非難するが、男はこれに抗弁すら出来ずただ項垂れるのみであった。 激怒した仲間の一人がアグネスの襟首を掴もうとするのを、ブラッディが横より手を伸ばして止める。 それだけで済ませず、思いっきり蹴り飛ばしてやったが。 「何だやるのか? 面白ぇ相手になってやる! さぁさぁ、かかってこいよ! 俺がイイ声で鳴かせてや‥‥」 じとーっとこちらを見る視線に気付いて、ちらっとそちらを見やる。 「む、久遠ねぇ」 久遠は側に来て小声で耳打ちをする。 「あくまで時間稼ぎですよ?」 「分かってるってば。邪魔しないで、殺しはしないから喧嘩してもいいじゃんかー‥‥ねーねー、いいでしょ? ねー?!」 無論駄目で怒られた。 元々はそういう策であったのだが、どーにもブラッディからやりすぎる気配がふんぷんすぎたらしい。 殺し合いにでもなりそうな勢いのブラッディに代わり、久遠があくまで腕試しの域であるよう気をつけながら挑発する。 「それほど、気合・気力というのなら、いいでしょう。本当にやましいことなく道に邁進しているのか、その気力を私達にぶつけて見なさい」 南洋は入門の際、協力者である男と接点が持てるような話をしていたので、ごく自然に一緒に居られるようになっていた。 そのせいで、協力者の男が師範代の中の一人にあまり好かれていない事も聞き知っていた。 それまでは師範代の中で一番強かった男は、協力者の男の登場でその地位を奪われかけていたのだ。 何もこの時でなくてもと思うが、間の悪い時というのはあるもので。 南洋は彼を狙った短刀、それを持つ手首を掴みながらそんな事を考えていた。 「き、貴様新入りか! 何故ここに‥‥」 まさか馬鹿正直に強制捜査に備えていたとは言えまい。 「術技の事を伺おうと訪れたのだが‥‥そちらこそ一体どういうつもりだ?」 口篭る男に、協力者の男が強烈な一打を加える。 その技が気になった。 「隆気撃? いや、にしては気の流れが微妙に違う?」 倒れる男を見下ろし、協力者の男は感心したように笑みを見せる。 「いかにも、私が工夫に工夫を重ね改良した技。許可さえ降りればいずれギルドにも登録しようかと思っている」 短い期間ではあるが寺の実情を体験している南洋は、同じサムライである彼の気持ちがすぐに理解出来た。 「なるほど。苦心の末開眼しえた技を、この寺の名で登録されたくはないな」 「そういう事だ」 小麗は門での出来事を師範である北光坊に伝える役を仰せつかり、彼の元へと向かった。 突然の出来事に慌てふためく北光坊。 小麗は、こちらが身だしなみを整えるまで、絶対に寺の中に入れてはならないとの師範代への伝言を賜ると、素直に部屋から引き上げる。 部屋を出た後、影に隠れるようにしていた真珠朗と合流する。 「あれ、絶対証拠隠そうとしてるよっ」 「そうしてもらわないとこちらが困りますって」 すぐに書物を抱えた北光坊が部屋から飛び出して来る。 立ちふさがるように、真珠朗がその前に立つ。 「北光坊、徴税人が来てますよ。面倒な事にならない内に帳簿をどこかに隠していまいませんか?」 慌てる北光坊は真珠朗を怒鳴りつける。 「わかっている! 帳簿ならここにあるから妙な心配をするな! お前もさっさと行って連中の無礼を正して来い!」 「ああ、やっぱりソレ帳簿だったんですね。一応、確認ってのも必要かと思いまして」 不穏な気配を感じ取った北光坊は懐の奥に帳簿をしまうが、もう一人、怒り心頭の者が。 「このインチキ師範! 教え方が全くなってなかったよ! 人の迷惑も考えられない馬鹿大量生産した挙句に脱税ってどーゆーつもり!? むしろ町に迷惑料払えっての。あと私にも慰謝料!!」 激昂する小麗。北光坊がハメられたと気付いたのはこの瞬間である。 「き、貴様ら‥‥」 「すっごく恥ずかしかったんだから! 何が気合だよ!」 最早問答無用と小麗は踏み込み、北光坊の足を全力で払う。 足払いというよりはもう下段蹴りの勢いで蹴り飛ばした後、肩口を北光坊の胸に押し付けると、全力で勁を叩き込む。 しかし師範を名乗るだけはあるのかそれだけでは降参もせず、得意の大声を張り上げる。 真珠朗の棍が伸びる。 これを北光坊は片腕を上げてそらしにかかるが、この棍、実は七つの節を持つ七節棍であった。 手首の操作で軌道を変化させると、北光坊の背に強烈な一撃を喰らわせる。 更に一度引いた棍が、地を這うように足元を狙う。 飛んでかわそうとする北光坊であったが、棍というよりは鞭や鎖に特性の似ている七節棍は、真珠朗が先端を地面に叩き付けると跳ね上がり、飛んだ北光坊を捉える。 が、そこまで。 声を聞きつけて現れた二人の師範代が、事情もわからぬままに真珠朗と小麗を止めにかかる。 後は任せたとすたこら逃げ出す北光坊であったが、開拓者達の準備は万全であった。 脇より現れた麗華がダーツを抜き手も見せずに放つ。 足を止め両腕を眼前に交差させる北光坊であったが、放たれたのは殺気のみ。 逆腕より飛ばす流星錘が本命なのだ。 先端に刃の付いた分銅がまるで生き物のように右に左に飛び回ると、ただただこれに翻弄されるのみ。 狭い屋内にも関わらず、いや、むしろこれだけ扱いきれるのならばこの限定された空間は有利に働く部分もあろう。 北光坊は無茶を承知で麗華に向かって突進、その脇をすりぬけていったが、当然、無茶の分損傷は負う。 逃げ足もおぼつかぬ様でようやく寺から外に出た所で、更に二人の男と出会う。 「この騒ぎは何事でございますか?」 「お前達! 後を追ってくる女を‥‥」 峰打ち一閃。 南洋の一撃がトドメとなり、北光坊はその場に倒れ伏した。 表で師範代の相手をしていた久遠は、三人程叩き伏せた所で彼らに厳しい視線を向ける。 「皆、あまりに未熟すぎます。泰拳士の技はもっと洗練された素早く、力強いものです。ブラッディ殿、彼らに手本を」 お預けくらってちょっとヘコんでいたブラッディは、待ってましたと飛び出し、あっという間に残る二人をぶちのめしてしまう。 踵落しのせいで石畳に顔面から突っ伏し気を失っている二人を見下ろし、久遠はやっぱりと嘆息する。 「‥‥ブラッディ殿、やりすぎです」 「加減はしたよー。思いっきりやりたかったのにさ‥‥」 「いやそれ死んじゃいますからっ」 潜入組が戻って来ると、証拠の帳簿を手にした徴税人は、ほくほく顔で北光坊を引っ立てて行った。 後日、大錬寺は脱税額があまりに大きすぎる事から閉鎖処分となったらしい。 そして流行というのは廃れ易いもので、北光坊が逮捕されると潮が引くように門下生も減っていき、遂には大錬寺の名はこの世から消滅してしまったそうな。 南洋は新たな技のギルドへの申請を行なった協力者の男に、確認するように問う。 「良いのですか?」 彼は登録の際、自分の名を残さぬようギルドに頼んでいた。 「ああ、これでいい」 問いはしたものの、南洋にも彼の心は良くわかっていた。 あのようなヒドイ所であったとはいえ、技の完成に大錬寺と北光坊は不可欠であったのだ。 もし彼の名を残さぬというのなら、自分もまた倣うのが筋であろうと。 こんな不器用なサムライを、そのあり方を、南洋はとても尊いものだと思えたのだ。 |