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■オープニング本文 犬神の里では、現在上を下への大騒ぎである。 一族の者がアヤカシにたぶらかされただの、他所の里への乗っ取りを仕掛けただの、賭け仕合までやった挙句シノビ同士の対決とはとても思えぬ形での敗北しただの。 そしてその当事者、賭け仕合の代表に対して、里の人間は極めて冷淡であった。 寸止めで勝ったつもりになるとか、もう犬神の恥としか言いようがない。 代表者雲切に責任を取らせるべき、そんな声がそこかしこから上がっていた。 犬神若手のまとめ役をしてる薮紫は、書簡の束を放り投げる。 「うっがー、絶縁状これで十通めよー。ご近所付き合いぐらいいーじゃないのー」 あまりに処理量が多すぎるため、手伝いに駆り出されていた幽遠は三通の密書を読みながら頭を抱える。 「どーすんだこれ、長老のほとんどが敵に回ってる。このままじゃ里長は抑えられても他の連中から雲切に刺客送られかねないぞ」 今の状況だと、雲切処分は事後承諾ですら通ってしまいそうだから怖い。 現在雲切は仕合の怪我の療養という名目で、薮紫の所有する屋敷の一つに隠してある。 犬神若手達、特に『すみれ組』(雲切命名)の人間が中心となって、雲切の弁護と意見調整に奔走しているが、それで、現状なのである。 幽遠はこれで十六回目になる愚痴をこぼす。 「あー! やっぱり素直に俺が出ときゃ良かったー!」 「うっさい、私らみんなで反対したけど通らなかったんだから仕方ないでしょ。アンタがくもちゃんに負けるのが悪い」 「アイツと真っ向からやりあって勝てるわけねえええだろうがあああああああああ!」 一しきり愚痴りあった後、両者同時に嘆息する。 薮紫は気の進まない様子で口を開く。 「ともかく、一度くもちゃんどっかに避難させないと。一族の人に襲われでもしたら、あの子一月は泣き喚くわよ?」 「どっかって何処だよ?」 「天儀の中じゃ何処も危ない。となればその外しか無いじゃない」 「外‥‥って」 いたずらっぽく微笑む薮紫。 「今開拓者ギルドはジルベリアとの交流に力を入れてる。だから私が頼めば、一人放り込むぐらい何とかなるわよ」 「ここがジルベリアですのね!」 目をきらきら輝かせた雲切は、ジルベリア王都ジェレゾの主道をくるくる回りながら歩いていた。 天儀しか知らぬ彼女にとって、見るもの全てが新しく、何より。 「金の髪がたくさんいますわ! ほらそこにも! あそこにもっ!」 天儀では、特に陰殻では珍しい彼女の金髪も、この地にはたくさんいるのだ。 しかし、彼女はこう言っているが、雲切程豪奢な金髪をしている者は少ない。 顔横のくるくるもみあげも、日の光を浴びてきらきらと輝きを増す透き通るような髪も、彼女だけのものである。 道行く人から奇異の目で見られているが、当人浮かれてそれ所ではないらしい。 新たな療養先として紹介されたジルベリアを、雲切は大層気に入って毎日あちらこちらと見て回っていた。 ある日雲切は、行き着けの食堂にて店員が話をしているのを聞いた。 「ウチの故郷の村にも、遂にアヤカシが出たんだってよ‥‥」 「そうか、軍もそうそう討伐隊なんて早々出してくれねえだろしなぁ。心配だろうが仕方ねえ、無事を祈るしかないだろ」 ふいっとそちらに口を出す。 「軍は動いてくれないんですの?」 「辺鄙な所だしな。天儀のねーちゃんも首都に居る内はいいが、外出るんなら気をつけた方が‥‥」 「そんな話がありますか!? 民が困っているというのにお上が動かぬなぞと!」 「何言ったってどうしようもねえもんはどうしようもねえさ」 勢い込んで反論しようとして、ぐっと口篭る。 犬神の里でも良くこうして他所の問題に口を出そうとして、都度薮紫他に怒られていた事を。 「あら? でも‥‥」 はたと気付く。 ここは陰殻ではない。 なら犬神の里とご近所付き合いもない。 という事は雲切が何やっても犬神に迷惑がかからない。 つまり人助けをしても誰にも怒られない。 ぱあああああっと雲切の顔が輝く。 鍛えに鍛えたこの力と技を、存分に人の為に奮って良いという事なのだから。 「話はわかりましたわ! ならいつもおいしいご飯を食べさせてくれるお礼に! この私がアヤカシを退治してみせますわ!」 言うが早いか店員から田舎の場所を聞き出し、さっさと支度を済ませて出発してしまった。 報せを聞いた薮紫は、盛大に畳の上に突っ伏す。 「何で異国の地ですら大人しくしていられないのあの子はあああああああああああ!?」 幼い頃からさんざ雲切に振り回される薮紫の姿を見続けて来た幽遠は、そんな姿も見慣れているのかすぐに対応策の話に移る。 「怪我、治ってねえよなぁ‥‥何時もの雲切なら任せちまってもいいんだが」 突っ伏したままの薮紫。 「‥‥多分、あの子怪我の事忘れてる‥‥戦闘が始まってから、なんか変だわとか言い出すに決まってるわ‥‥」 過保護がすぎるとも思ったが、泣く泣く薮紫は開拓者を手配した。 これだけ苦労させられながら、二人から本気で雲切を非難するような言葉はない。 それは他の連中も一緒だ。 少なくとも薮紫は、例え犬神の里から破門される羽目になろうとも、雲切を見捨てるつもりはない。 今、こうして薮紫が友達や仲間を大切だと胸を張って言えるのは、他ならぬ雲切と一緒に居たおかげなのだから。 アヤカシを撃退すると、雲切の前に村人達が集まってくる。 彼等は口々に謝意を述べ、雲切も満更ではない様子。 「流石騎士様だ! ありがてぇありがてぇ」 「わたくしにかかればアヤカシの十匹や二十匹、夕飯前ですわ!」 後は食って寝るだけかと。 ふと、何かに気付いた子供が雲切の腹部を指差す。 「あれ? 騎士様何か赤いよ?」 「赤? ‥‥っぎにゃああああ! き、傷口開いちゃってますわああああ! 道理で動きが鈍いと‥‥」 村から離れた山中に、鬼のごとき巨体がそびえたつ。 鬼と違って角は無いが、ぎょろっと睨む一つ目が何より特徴的であった。 彼は苛立っていた。 エサである人間が、捕食者アヤカシに歯向かって来た事が心底許せなかったのだ。 この山より動くのを好まぬのだが、怒りが常の習慣を上回る。 里の者からは一つ目巨人と呼ばれる彼が重い腰を上げると、ごく自然に彼に五体の巨人がつき従う。 ここら一帯で最も強いアヤカシである彼は、雲切の居る村へのっしのっしと歩を進めた。 |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ |
■リプレイ本文 開拓者一行が村に辿り着くと、人だかりの中にソレが居るのに気付く。 見間違えるのが困難な程わっかりやすい金髪、雲切ははちきれん程に元気そうであった。 「き、騎士様。その、お怪我の方は‥‥」 「この程度、毎日の訓練に比べれば蜂が刺したようなものですわ」 結構痛いらしい。 不安そうに、縋るように雲切を見つめる村人達を掻き分け、開拓者達がその姿を現すと、見知った顔も多い事から雲切は飛び上がって驚く。 「よっ、久しぶり」 気安い調子で酒々井 統真(ia0893)が声をかけると、雲切は皆の方へとてとてと歩いてくる。 鷲尾天斗(ia0371)は美少女が居ると聞いていたので、早速動く気満々である。 まずハグる。全てはそれからである。 天斗がごく自然な形でそう出来るよう踏み込み両手を広げた所で、何と横から統真が腕ずくで雲切を取り押さえてしまう。 「え? 何それ? 先越された?」 「な!? いきなり何をするのですか!?」 「うるさい、お前足取り重すぎだ。どうせ決闘の時の傷口開いて誤魔化そうとでもしてたんだろ。喜寿、ひとまずさっさと傷口の手当してやれ」 「うぐっ!? そ、そそそそんな事はありませんわ! ぜ、全然わたくしは元気ですわよ!」 はいはいと聞き流す統真。面識があり、どういう性格かを熟知している面々はさっさとかつぎ上げて落ち着ける場所まで移動してしまう。 ぼけーっとしてたら取り残された鬼灯 仄(ia1257)は、含み笑いを漏らす。 「なかなかに派手なシノビだな。まあ、面白いからいいけどよ」 守紗 刄久郎(ia9521)も呆気に取られている友人、天斗の方を見たまま呆れ顔である。 「またかい‥‥」 より以上に呆然としている村人は、完全に置いてけぼりであった。 手当てを行なった福幸 喜寿(ia0924)は、ぷんすかと雲切を怒る。 「も〜。くもちゃん、まだ傷が治ってないのにムチャばっかりっ!」 叱られて小さくなっている雲切。 一緒に治療を行なった鬼灯 恵那(ia6686)も苦笑している。 「雲ちゃんはどこに行っても雲ちゃんだね」 流石に女性の治療を男が行なうのは問題があるので、この二人が行なったのだ。 別室に控えていた菊池 志郎(ia5584)は、佐久間 一(ia0503)と苦笑を交わす。もうそれ以外どうしろとといった感じだ。 「相変わらず愉快な方ですね」 「なんとも‥‥あの人らしいと言えばらしいですが」 統真はかつぎ上げた時ひっかかれたらしき傷が気になるらしい。 ともかく、包帯を巻き終わると男性陣も声をかけられ、説得開始である。 当初、村を守るという役割を任せる事で彼女に対アヤカシ前線に出ぬよう話を進めたのだが、おだてればおだてた分だけ調子に乗り、煽れば煽った分だけムキになりつつも、皆と一緒に、というか自分がアヤカシ退治をしないでどうするといった事を口にする。 「私、雲ちゃんだからお願いしてるんだよ?」 恵那の強い口調に抗しきれぬ雲切は、うに〜っと渋々納得する。 「‥‥で、ですが、みんなが危なかったらわたくしすぐ駆けつけますからっ。その、む、無理だけはしないでくださいまし‥‥」 お前が言うなの極みであるが、雲切は本気でそう思っているらしい。 両脇から喜寿と恵那に抱えられると、半分涙目の雲切もようやく落ち着いて話に納得するのだった。 説得は顔見知りの連中に任せたと、刄久郎は村周辺の警戒に当たっていた。 これに付き合うのは天斗と仄の二人だ。 志郎もそうするつもりだったらしいが、相手が独特の性格であるなら、説得役は一人でも多い方が良いとそちらに回ってもらった。 仄は暢気に口を開く。 「最悪丁重に簀巻きっつーか包帯巻き? にして王都に送り付けりゃいいだろ。死にそうにない元気のよさだしな」 天斗は何やら考え込んでいる様子。 邪魔者の多さに対策でも立てているのだろうか、とは以前より付き合いのある刄久郎の感想である。 何処までも長閑な農村の景色が続くが、刄久郎は強面を更に剣呑な表情に変える。 「‥‥早速お出ましか」 仄は無言で踵を返す。これ倒せばさっさと帰れるんかね、と頭の中だけで考えながら。 陽気な兄ちゃん然としていた天斗も、目尻をにやりとひり上げる。 「いいさ、お楽しみは後にとっておいてやるよ」 アヤカシ達は堂々と人里に向かい歩を進める。 その巨体が歩くだけで、並の人間は恐怖のあまり蜘蛛の子を散らすように逃げ出す事だろう。 恐れず平然とこれに立ちはだかれるのは、それこそ開拓者ぐらいのものだ。 「さてと、オマケの仕事を片付けるかな‥‥命がけのな」 天斗の声を皮切りに、アヤカシと開拓者は激突した。 一は正眼の構えに刃を寝かせ、敵巨人の動きを注視する。 初撃をいずれが決めるか、何処に決めるかで勝敗は大きく動く。 野性味溢れる巨人の腕撃。 中途半端な術理など、この力強さの前には無意味であろう。 これに対する一の足捌きは、理に適った丁寧な動き。 体がそのまま真横にズレたように見える程、機敏で正確な歩法と共に腕をくぐる。 近接したままは拙いと、くぐった勢いで後ろに抜ける。 ここで、決める。 赤い燐光を伴った刀身は、巨人の足を後ろより斬り裂き、一は再び距離を取って構えを取る。 これでこちらの狙いも向こうは分かっただろう。足を狙いかがませた上で上半身の急所を狙う。 だとしても、既に大きく加えた一撃の影響は、最後まで尾を引くだろう。 一は、ただ野蛮に暴れるだけのアヤカシに、遅れを取る気など欠片も無かった。 考えていた技、これを実戦で試してやろうと喜寿は意気込む。 「こんな敵、すぐ倒してやるんさねっ!」 相手をする巨人を定めると、これに向かい両手を心持ち広げながら走る。 途中、両手首を軽く振ると、その両手にナイフが握られる。 赤く染まった刀身は、炎の軌跡を残しながら巨人へと迫る。 「剣舞っ! 暴風雨!」 火を纏いし稲妻は、紅い尾を引き幾たびも巨人を貫く。 目測も図れぬ速度で右足を、飛び行く先すら確認出来ぬ角度で右腕を、背後に回り脇腹を、振り向いた巨人の顎へ伸び上がりながら、上へと注意を向けておいて今度は足の甲、膝‥‥ そのまま距離を置こうと飛びのく顔前を巨人の拳が通り過ぎる。 間髪入れずダーツを放ってその動きを止めると、精霊の力をその腕に集める。 りんと鳴る音を引き連れ、巨人へと再び迫る喜寿。 「鈴の音よ、精霊に届け! 精霊剣っ!」 志郎は危なげなく戦闘を続ける。 その拳を、時に受け流し、時にかわしつつ、交錯の瞬間のみ刃を走らせ、シノビの間合いを維持する。 金髪怪我人とは何処までも好対照の、見せつけてやりたくなるぐらい惚れ惚れとするシノビの戦いである。 苛立ちから荒い攻撃を仕掛けてくる巨人、その隙を見逃さず術を放つ。 巨人の足元、影の中から針が飛び出し、その目に突き刺さる。 「相手がアヤカシなら、ためらいなく眼球が狙えます」 それでも闘志を失わぬがアヤカシだ。 志郎目掛けて駆け寄りつつ風車のように両腕を振り回し、小癪な人間を粉砕にかかる。 その時既に、志郎は次の一手を用意してある。 片目を失い生じた死角に、焙烙玉を置いてくるように丁寧に放る。 直後、耳がおかしくなる程の大音響。 黒い煙が巻き起こり、巨人を覆い隠してしまう。 静寂。風に流され煙が消えていく。 ようやく明らかになった巨人の首元には、志郎が突き出した刀が深々と刺さっていた。 少し不満気な顔で恵那は刀を振るう。 「アヤカシ相手だとあんまり楽しめないんだよね」 剣術や体術の巧みさを求めるのは、下級アヤカシ相手では難しかろう。 それでもその人間離れした体力や膂力は充分脅威に値するのだが、恵那はすねた顔で呟く。 「ああ、大きい人‥‥あなたはどうしてアヤカシなの‥‥」 理不尽な主張と、やる気のまるで感じられない声と共に、とんでもない威力の剛剣を放つ。 既に二度、叩き付けるように斬り込みを入れておいた右足に、今度こそと狙い定める。 ぼきんっ、とちょっと普通では聞けないような豪快な音と共に巨人の右足が千切れ飛ぶ。 「二、ううん、三発かぁ。結構もらっちゃったかな」 足元でもがく巨人にトドメを刺しつつ、そんな事を呟いた。 巨人は、最初の内こそ刄久郎により撒かれた撒菱を気にかけていたが、やってられるかと細かな傷を気にせず攻撃を仕掛けてくるようになった。 そうと決めても中々強い踏み込みが出来なくなるのが撒菱であるのだが、流石に相手はアヤカシだ。 駆ける度足の裏から踏んだ撒菱が跳ねるのだが、動きが鈍った様子は無い。 舌打ちしつつ、刀を受けに回すが、その剛力を支えそこない、側頭部に強打をもらってしまう。 揺れる視界の中、決してそんな事は無いのだろうが歪む視野のせいか、巨人が、見たか人間、と言わんばかりに笑っているように見えてしまった。 一瞬で覚悟が決まる。 巨人の拳を、刀の間合いより更に内側に入ってかわし、逆腕に持った必殺の武器、焙烙玉をお返しとばかりに巨人の顔面に叩き付ける。 「砕け散れぇ!」 ちょうど志郎のソレが炸裂するのと同時刻。 ぶちこんだ刄久郎の腕を巻き込み、巨人の頭部は真っ黒に焦げてしまう。 無傷の腕が持つ刀で軽く突くと、動きの止まっていた巨人は天を仰いで倒れた。 「‥‥痛ぇ」 志体を持つからこそ指も飛ばずに済んだが、まあ当然といえば当然の感想である。 一つ目巨人に、誰より先に飛び掛ったのは統真だった。 前方に盾のごとく立ちふさがる巨人達を一息にすり抜けるは瞬脚の妙技。 「てめえらの相手は俺じゃねぇ、ってな」 あっという間に一つ目の前に立つと、練力を用い身体能力を更に極限へと覚醒させる。 先手必勝、踏み込みの速度により敵の反応が遅れている今こそ最大の好機と、ありったけをここで振り絞る。 まずは掌にて右膝、そして左足を縫うようにして股の間を通し、左膝を裏より蹴り飛ばす。 当然、後ろへと崩れる。 股の下を潜り、後ろへとぐらつく一つ目の頭目掛け垂直に足を振り上げる。 どういう体力をしているのか、一つ目は頭を蹴飛ばされた反動を利用しつつ転倒を堪える。 ならば、と踏ん張っているのとは逆の足を裏から、一番足の骨をへし折りやすい位置に下段蹴りを。 更に脇腹に上段蹴り、貫くような正拳を肋骨裏へ。 そしてその体躯からは想像も出来ぬ跳躍力により、一つ目の後ろ頭側まで飛び上がる。 右回し、左前、後ろまわしの空中三連蹴りを後頭部にぶち込んだ。 ここまでが、全て流れるような一連の連撃である。 それでも、一つ目が動きを止める様子は無かった。 「流石に中級、か。いいさ、ならとことんまで付き合ってやるよ」 前面の巨人達にそれぞれ相手がつくと、天斗が一つ目の前へと辿り着く。 「さて、同じ一つ目同士。命を賭けて遊ぼうじゃないか!」 戦えるのが楽しくて仕方が無いといった顔だ。 先程までハグだのなんだのと言っていた男と同一人物とはとても思えぬ様で、先端に重量があり取り回しの難しい偃月刀を振るう。 これを、素手にて受け止める一つ目も一つ目である。 その長い足で蹴り飛ばしにかかる一つ目であるが、これを天斗は体を開いてかわす。 足の小指が僅かに鎧に触れる。それだけでぐらつく程威力のある蹴りであったが、天斗はそのブレる体勢のまま偃月刀を力任せに振り上げる。 今度は受ける事も適わず、腿の肉を削り取られる。 「どうしたデカブツ! もっと俺の血肉を熱くさせろ! 焔を統べる悪鬼を愉しませろよ!」 巨大さや統真の連撃をすら耐えうる体力をその目にしても、天斗は愉しむように偃月刀と我が身を危地に放り込む。 仄は少し離れた所で後衛の役を自らに課していた。 「まったく、あいつ等と来たら危なっかしくってしょうがねえな」 もっとも、単身先行した統真にしても、一つ目の正面からこれに挑む天斗にしても、こんな真似をしても自力で何とかする自信あっての事だろうが。 それがわかっていても、こうして後ろから見ていると何時足元がもつれて直撃をもらうか気が気ではない。 そこまで思い至ると、思わず自嘲が漏れる。 「何時もの俺、か。なら文句言える筋合いじゃねえな」 遠距離からの攻撃は、やられる方からすれば近接戦闘とは攻撃の間が違いすぎる為、近接に織り交ぜられると非常に厄介だ。 「後は味方に当てなきゃいいんだが‥‥ま、アレ相手ならそんな心配もいらねえな」 一つ目の巨体故、上半身に狙いを定めるだけで、ほとんどの場合で味方と射線が被る事はない。 愛用の喧嘩煙管を咥えつつ、弓を大きく引き絞る。 そうあれと念じると、矢に葛が巻き付き、鏃より炎が噴出す。 ぴっと煙管が上がったのを合図に、弓をも得意とする志士の技術が凝縮された矢が放たれた。 速攻を仕掛けた統真の攻撃が効いたのか、一つ目の動きが鈍るのは案外早かった。 仄がここぞと狙いを定める。 ずっと、人間様を見下してくれてるあの目が、気に入らなかったのだ。 葛を引き連れた矢は、狙い過たず一つ目のその目を貫き、奴に改名の必要を迫る。 天斗は堪えきれぬと哄笑を挙げる。 「俺の糧となりな。弱者は弱者らしくさぁ!」 下から掬い上げるような拳に向かい、駆け寄りこれを飛んでかわす天斗。 紅に染まる偃月刀の刀身が煌く。 ざっ、と一つ目の後方に着地する天斗。 跳ね飛んだ首はくるくると回って飛び、その下に居た人物がほいっと髪を引っつかむように捕まえる。 「おいおい、勘弁しろよ」 こんなものを受け取らされた統真は、ぽんと天斗に向け放り投げる。 空中でこれを偃月刀に突き刺し、天へと掲げる。 開拓者達の、勝利であった。 喜寿は心配事があり、巨人を一体倒すとすぐに村へと取って返す。 不安は的中した。 「あ、えっと、わ、わたくしもやっぱり‥‥」 戦闘に混ざろうとしたのか、雲切がこちらに向かっていたのだ。 後でこれを知った恵那は、本気で怒ったものだ。 「ねぇ雲ちゃん、あれだけ無茶しちゃダメって言わなかった? 言わなかったかな?」 今度ばかりは喜寿も味方にはつかず、一と志郎がまあまあと取り成し一応収まる。 もちろん恵那も怒っているというよりは、また同じ事をしないように言ってるのだが、怒ってる当人も、無理だろうなぁとか考えてたりする。 この辺りで最も強いアヤカシを退治した事でしばらく静かになるであろうと、雲切もようやく帰還を納得してくれた。 「ジェレゾを回るのですか!? ならわたくしにお任せですわ!」 道中ヘコみにヘコんでいた雲切は、首都で観光しようという話を聞くとあっという間に復活する。 一は首都に着いたら前に切れてしまった赤い紐の代わりに装飾品でも送ろうと考えていたのだが、この調子だと防具でも贈った方がいいのではと半ば本気で考えるのだった。 |