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■オープニング本文 実に明快な答えがあったとして、そいつをこれでもかと眼前に突きつけられても納得の出来ぬ人種が居る。 彼にとって最も優先すべきは自らが納得する事であり、結果として周囲を巻き込み全てを灰にしてしまう事も、ままある。 そうやって納得を得た彼が、失われた者達に対し責任を感じず、自らの得た納得に満足しているかといえばそんな事もない。 悔恨と慙愧の念は、何時までも彼を苛み続ける。 それがわかっていて、それでも止まれない男も、この世には居るのだ。 犯罪捜査をとことんまで突き詰められるのは完璧な法治国家のみである。 そんな法制度など望むべくもない天儀において、ましてや一役人に過ぎぬ男に出来る事など限られている。 三つの街にその領域を広げている組織、集団があったとして、彼等が自分達の利益を守る為に役人に融通を効かせるよう手を尽くすのも良くある話だ。 藤瀬は理想に燃える男でも、正義に目覚めた熱血漢でもない。 何処にでも居る、敢えて言うなれば優秀なと分類される、それだけの役人だ。 そんな彼の元に届いた金子は、現在彼を取り巻く状況から鑑みるに、たった一つの証拠を見なかった事にしろという意味であろう事は容易に想像出来た。 それで全てが丸く収まる。それが分からぬ程藤瀬も子供ではない。 彼等は犯罪行為を生業にするが、それでも、周辺都市とは上手く付き合えている連中なのだ。 それが生業故、後先を考え、理性的に犯罪を行なう。そして内容が犯罪であるからこそ、所属する社会における自らの位置付けには敏感だ。 余程突発的かつ感情的に犯罪を犯す連中の方が度し難かろう。 藤瀬がその所属する組織に求められているのは、そういった度し難い連中をどうにかする事であって、街の一部として成立している連中にちょっかいを出す事では断じて無かった。 「悪いがこれは受け取れない。見なかった事にしろというのならそれもいいだろう。どうせこの程度の証拠でお前達に届くとは思っていない。だが、俺がこれを受け取るのだけは‥‥その、何だ、つまり、俺が気に入らないんだ」 「それではウチの大将が納得しない。無理矢理にでも置いていかせてもらう」 「なら仕方が無い。アンタに言っても無駄だってんなら、直接大将とやらに届けるまでだ」 実行に移した所、翌日には彼は捜査員を解雇されていた。 「馬鹿じゃないの!? アンタの正義ごっこに付き合ってこれ以上巻き込まれるのは御免よ!」 そう藤瀬に怒鳴って家を出た恋人は、翌日、うつ伏せのまま川に浮かんでいた。 藤瀬の恋人を売ったのは、藤瀬のかつての同僚であった。 それでも、藤瀬は自らを曲げる事は無かった。 藤瀬の親友、仁清は開拓者ギルドに乗り込み、風呂敷にありったけ詰めた金目の物を係員の前にぶちまけ、大至急開拓者を手配して欲しいと叫ぶ。 仁清の家に放り込まれていた資料は、玉川組の詳細な調査資料であり、組織内の金と人の流れが事細かに記されていた。 最後に『後は頭を潰しとけば何とかなるだろ、よろしくな』と書かれており、付き合いの長い仁清は藤瀬が頭である玉川勘兵衛を一人で殺しに行ったとすぐに理解し、即座に玉川組の目の届かない街の、開拓者ギルドに駆け込んだのだ。 「アイツ刺し違えてでも玉川組のボスを殺る気なんだよ! 開拓者なら連中相手でもビビる事はねえだろ! 頼む! 大至急腕の立つ奴集めてくれ! ああっ、くそっ! あの野朗相変わらずぶっちぎりにイカレやがって! 今度こそ全てが終わったらアイツとは縁を切ってやる!」 藤瀬が乗り込むのは玉川組組長、玉川勘兵衛の屋敷だろうと言う。 間に合わないかもしれない。いや十中八九間に合わないだろうが、勘兵衛は恨みのある相手をすぐには殺さず存分にいたぶってから殺すので、もしかしたら生きながらえているかもしれない。 藤瀬の資料の中に勘兵衛の屋敷の見取り図も含まれている。 居るとすれば地下牢であろう。ここに忍び込んで生死を確認して、生きていれば助け出して欲しいという依頼であった。 ギルドの係員は問う。 「救出のみか? 組長は斬らんでもいいのか?」 「あん? いや、そりゃお前、斬れるもんなら‥‥って出来るかそんな事! 屋敷には50人近い人間が居んだぞ! どいつもこいつも肝の据わった連中だ! ビビって逃げるような奴なんざ一人も居やしねえんだぞ!」 「ウチにもシノビはいるが、シノビのみの集団って訳じゃない。この資料が正しいっていうんなら、正直、朋友一緒にぶちこんでどいつもこいつも叩っ斬って、さっさと逃げ出した方が依頼としちゃ安全な部類に入るんだが」 係員は次に、別の資料を仁清の前に放り出す。 「良く出来てる。確かに頭さえ潰せば、これで連中を全滅とはいかんが、勢力をごっそり削り取るのも可能だろう。お前さんにその気があればの話だが」 「ふざけんな! これ以上あの馬鹿の都合に振り回されるのなんざまっぴらだ! ‥‥組長だけじゃなくて、屋敷に居る三人の幹部も殺れるか?」 「そういう依頼ならば、な。まあ集まる面々次第なんで確かな事を言い切るのも難しいが」 「何だそりゃ、アテになるんだかなんねえんだかわかんねえなおい。絶対条件は藤瀬の救出だ。勘兵衛の始末、幹部の方は出来ればって事でいい。後はてめえらの考える事じゃねえよ」 見取り図には広大な勘兵衛の屋敷の細部まで描かれており、ご丁寧にどうしようもない戦力に攻め込まれた時の逃げ道まで記されている。 表門からすぐの所にある厩舎とは別に、数頭の馬が繋がれている小屋が裏口から少し離れた所にあり、屋敷からここにまで至る逃走ルートを抑えておけば逃げられる事もないだろう。 何せこちらの戦力は十人以下なので、余程の事が無い限りはいきなり逃げは打たないであろうが。 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
タクト・ローランド(ia5373)
20歳・男・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔 |
■リプレイ本文 広大な屋敷の表門。 そのすぐ脇にある通用口に、暗がりのせいか、顔の見えぬ女性が一人歩み寄る。 険しい雰囲気で門番の一人が彼女に声をかける。 「おい、この屋敷に何か用か」 女性は首だけを上に向け、夜空を見上げる。 「良い、月だね」 「あん?」 返事をするのと、門番が血煙に沈むのがほぼ同時であった。 こんな刃傷沙汰も日常茶飯事だと言わんばかりに、即座に構える門番、残る二人。 全てを斬り伏せる間に中に連絡が行ったらしく、何やら賑やかな気配が漂ってくる通用門を潜る女性。 「さぁ、楽しい楽しい斬り合いを始めよう?」 鬼灯 恵那(ia6686)は、中庭の奥より殺到してくる男達を、愛おしげに見つめながらそう呟く。 『油断して泣くなよ?』 猫又の輝血が足元でそう注意を促すが、恵那は口を尖らせる。 「いつ油断した事あるのかな? 私はいつも真剣だよー」 瞬く間に十人程が集まり、恵那を取り囲む。 気兼ねなく、何処までも斬り続けていいのがよほどお気に召したのか、ちょっと見ない程上機嫌の恵那は、十人から更に増えていく男達にもまるで怯えた風もない。 上空から風切り音が響いた。 大地ごと削る程の衝撃に、包囲の一角が崩れる。 更に、上空からの急降下攻撃を敢行してくるのは龍である。 その巨体を警戒し、包囲を更に大きくする男達。 ふと気付くと、侵入者が三人に増えていた。 月明かりがまるで昼間のように煌々と大地を照らす中、ぼうと三人の薄白い顔が浮かび上がる。 一人はだらりと刀を下げる恵那。 もう一人は動き易そうな服に身を包み、とんとんと爪先で大地を叩き、硬さを確かめている。 殺気に満ちた男達など見えぬとばかりに、上空を舞う愛龍嵩天丸に声をかけるのは、嵩山 薫(ia1747)である。 「御苦労様。後は好きなように暴れてなさい‥‥サボりは駄目よ?」 先程の衝撃波は、嵩天丸によるソニックブームであった。 そして最後の一人、これも女性だ。 極めて肉感的な肢体を持つ、夏 麗華(ia9430)は、指に円月輪を引っ掛けたまま、手元も見ずにくるくると回している。 上空では駿龍の飛嵐が、旋回しながら開始の時を今か今かと待ち受けている。 「近接十二、弓四、って所ですね。弓は私が引き受けます」 不意に、麗華は斜め後ろに向け円月輪を投げ放つ。 表門の屋根に上り射角を取って弓を構えた男が、悲鳴と共に落下してく。 「不注意ですよ。弓は引き受けますと言ったばかりですのに‥‥」 それが合図となった。 「ぶっ殺せええええええええっ!」 タクト・ローランド(ia5373)は、半ば呆れ、半ば感心しつつもやるべき事をこなす。 その男は、手を鎖で縛られ、両足に大きな鉄球を括り付けられながら、どうやってか牢番の刀を奪い、地下に居た番人達を五人斬り殺していた。 そして六人目、どうやら志体を持つらしい奴を相手に苦戦しているようなので、敵さんの後ろに回りこみ、遠慮とか躊躇とかを何処ぞに放り捨てたような不意打ち奇襲。 前後を挟まれた敵志体持ちは、それでも逃げようと努力していたが、最後はタクトの刀に斬り伏せられた。 ようやく一息つけた男は、今初めて思い出したようにタクトに問う。 「で、お前誰だ?」 「一緒に戦う前に確認しろよそれ」 「いやまあ、敵じゃ無さそうなのはわかったんだが‥‥で、何処のどちら様だ?」 確保してあった鍵を使い、男の鎖を外してやる。 「仁清ってのにお前の救出を頼まれた開拓者だ。まったく、捕まったってんなら少しは大人しくしてろっての。可愛げの無い奴だな」 男、藤瀬はタクトを鼻で笑う。 「可愛げのある奴が、こんな地下牢にぶちこまれててたまるか」 詳しく話を聞くと、どうやら藤瀬は忍び込む手間を省く為、わざと捕まったらしい。 この地下牢に辿り着くのにシノビの技術を駆使して尚、冷や汗を数度かいたタクトは憮然とした顔をする。 そんなタクトの様子を見て取った藤瀬は釘を刺す。 「お勧めはしないぜ。正直、少し後悔してる」 良く見ると、藤瀬の全身至る所に打撲傷らしき物が見て取れる。 「誰がやるか。例え抜け出すアテがあったとしても、そんなボコボコになるまでぶん殴られるなんざまっぴら御免だ」 シュラハトリア・M(ia0352)の斬撃符により、逃げるその背を二つに裂かれた男は、這いずるように屋敷に向かおうとするが、土偶ゴーレムの拳が無慈悲に振り下ろされる。 『恨みはあらしまへんが、消えとくれやす』 そのままずるずると死体を引きずり、茂みに隠すのはシュラハトリアの土偶ゴーレム、ナハトゥスだ。 「ん〜、こっちはこんなものかなぁ」 裏庭、というには少々広すぎるこの敷地を巡回している何人かを手分けして処理している最中である。 こいつらが動き回っていては、仕掛けをするのも面倒なのだ。 一通りを見回った野乃原・那美(ia5377)が問題ないとの合図を出してきた。 「逃げ道は出来るだけなくしておかないとね♪」 では、とシュラハトリアも地縛霊の準備に入る。 あまり数を仕掛けすぎると予想される戦闘時、錬力不足で困る事になるので、最低限必要な分のみに絞る。 一通り終わると、同じく仕掛けをしていた四方山 連徳(ia1719)の愚痴り声が聞こえてくる。 「ここが魔の森だと楽なのでござるが‥‥」 確かにここは悪事の吹き溜まりであるが、魔の森と同一視は流石に無理がある。 「何故魔の森に建てなかったのか問い詰めたくなるでござるー」 つまり連徳は、地縛霊によって消費した錬力を瘴気回収にて回復しようと試みているわけだが。 まあ普通に回復する分ぐらいはあるので、それで良しとして欲しい。 ブローディア・F・H(ib0334)は、ごく普通に思った事を口にする。 「魔の森を隠れ家にするような間抜けなら、私達が手を下すまでもなく勝手に死んでくれるのでは?」 「何だと!? たった三人で正面から突っ込んだだぁ!?」 タクトが作戦内容を説明すると、藤瀬はすっとんきょうな声を上げ、タクトが止める間も無く表へと駆け出す。 それでも見つからぬように動く程度の分別はあるようで、タクトの超越聴覚により屋敷内の人の動きを探りながら、外が見える位置へと向かう。 そこで、暴れる三人と三匹の姿を目撃する。 開いた口が塞がらなくなっている藤瀬に、タクトは言い聞かせるように言ってやる。 「な、大丈夫だろ」 「‥‥何だありゃ」 十数人が既に倒されながら、まだまだ押し寄せる男達を、ちょっとイジメ臭すらする程に圧倒している。 「お前もシノビのワリに随分と刀使える奴だとは思ってたが‥‥開拓者ってな、アヤカシの一種か?」 「言うに事欠いてアヤカシ扱いかよ。おまえ、あいつら怒らせて殴られでもした日にゃ痣すら残らないぞ」 更なる増援三人。二人はその気配を察せられる程度には、修羅場を潜っていた。 「出て来たか、志体持ち」 藤瀬は舌打ちすると、刀一本持っただけ、鎧すら着ぬまま外に飛び出す。 「っておい! おまえ何しやがんだ!」 「せめてザコぐらいは引き受けてやらねえとな!」 止める暇もあらばこそである。 天を仰ぎ、その後を追うタクト。 「くそっ、嫌な予感はしてたんだ。要救助者が一番ヤバイ囮役買って出るってなどういう話だ一体」 それでも、先の戦闘を見ていたタクトには、コイツが突っ込もうとどうにか出来るぐらいの実力を持っている事、そして、タクトが援護してやればある程度役には立つ事もわかっていた。 不意の乱入者にも、敵はきっちり対応してくる。 藤瀬へと踏み込む敵に対し、藤瀬の足元、視界に入らぬギリギリの位置に駆け込んだ猫又のふぇりすが閃光を放つ。 動きの鈍った敵へ、藤瀬の一撃が入る。 「ふぇりす、そっちは任せるぞ。‥‥シノビが姿現した挙句、大立ち回りなんて冗談じゃねえぞ」 裏口側より、十人の男達が駆け出してくる。 彼らに動揺した気配はなく、足を揃え、素早く裏庭を駆ける。 先頭の二人が、突如足元より現れた瘴気に包まれる。 即座に迂回、は当然しない。 その場に留まり残った人間が重要人物の護衛位置に移動する。 しかし、そんな見事な立ち回りも、ブローディア相手にはまるで意味が無かった。 かざしたアストラルロッドより、豪雪が吹き荒れ、渦を巻いて彼等へと襲い掛かる。 守るも何も、全員がすっぽり包まれる、いやさその後方まで凍て付かせる程の吹雪だ。 走った事で噴出した汗が瞬時に凍り、霜のように皮膚を覆う。 それでも吹雪の嵐は止まらない。 雪山にしか存在しえぬ恐怖の自然現象を、必要な時に必要なだけ、殺意と共に放てるのが魔術師なのである。 更に、白い渦と化した空間を、漆黒の剣が一直線に突き抜ける。 ぐえっという悲鳴は、護衛の隙間をすり抜けて標的へと突き刺さった証。 ブローディア同様、待ち構えていたシュラハトリアの式である。 顔を押さえる男に手を貸し、護衛がそれを引き抜きと、凶器は剣ではなく鴉であったとわかる。 眼突鴉、特に眼球部分が好物で、式としてのそれも同じ習性を持つ。 片目を潰され、顔の半ばを血に染めながら、それでも肝は据わっているらしく、残った瞳でシュラハトリアを睨みつける。 その意思に応えるかのように、攻撃を担う男が吹雪をつきぬけ、シュラハトリアへと迫る。 「だぁめ♪」 飛び込む男の前に、茂みの脇より人間大の器物が姿を現す。 人に似た姿でありながら、一つ目であったり、腕が奇妙に長かったり、下半身の比率がおかしかったりと、見た目だけで怯えを誘えるような容姿であるのだが、主であるシュラハトリアはこれを指して可愛い、とのたまうらしい。 そんな土偶ゴーレムのナハトゥスは、文字通り体ごとぶつかって男がシュラハトリアに斬りかかるのを防ぐ。 上空より攻撃を仕掛けるのは四方山 連徳(ia1719)だ。 炎龍きしゃー丸に乗り、高空から鋭く攻め入る。 上からならば、脇をどう囲もうとこれを防ぐなど出来ようはずがないのだ。 狙いはもちろん幹部らしき、守られる側の敵。 斜めに急降下し、最も高度が下がる場所が敵の位置になるように。 そして下に伸びる足を立て、通りすがりに爪を叩き込む。 敢えて斬ったり突いたりする必要は無い。 刃のように鋭い部位をぶつけつつ通り過ぎるだけで、充分その効果を得られるのが龍の攻撃なのだ。 斬られるというより吹っ飛ばされたように大地を転がる男。 更に空中で連徳は符を放つと、守られる男に張り付き、急速に命そのものを吸い上げる。 そして必要量を奪うとぺらりと剥がれ、高速で移動する龍の後を符が追い、吸収した命を連徳に与えるのだ。 しかし、男達もまたやられっぱなしではなかった。 敵が術者ばかりと見るや、体を張っての護衛は意味が薄いと近接戦闘に持ち込むべく踏み込んでいく。 それでも、守るべき人間を守れる程度には人数が残っていたはずなのだが、開いた僅かな隙間に強引に体を割り込ませる影があった。 護衛は既に抜いてある刀を振るいこれを防ごうとするも、当たった、と思った瞬間はらはらと木の葉が舞い命中の手ごたえが無い。 那美はシノビらしく堂々と後ろを取り、幹部だかボスだからしい男の背に刀を突き立てる。 すぐにひらりと身を翻す。 別の護衛が那美を狙ったのだ。 「あん♪ 僕の足止め? でも甘いね♪ 楓やっちゃえ♪」 幹部を守るべく踏み込みかけたその足に、忍犬楓が爪を走らせ動きを止める。 その頃にはもう那美は、先に斬りつけた男の背後を再び取っている。 「背中がから空きだよ? うふ、心臓みーつけた♪」 恐ろしげな台詞と共に、男の体内を滑る刃の感触を確かめる。 先端の抵抗具合から、彼女はその先が心臓であると確信したのだ。 まあ、刃の先で心臓を確認したという事は、既にその切っ先は心臓に至っているという事で。 ごふっと血を噴出し、男はその場に倒れる。 男達の間で那美が好き放題やっている間にも、遠距離攻撃組の猛攻は続いている。 雷が、符が、斬撃が、容赦なく志体を持たぬ幹部達に襲い掛かり、一人、また一人と組織維持に無くてはならぬ者が倒れていく。 必死にこれを黙らせんと、飛び込む者も当然居る。 だが、土偶ゴーレムの頑強な体がこれを防ぎ、また、ブローディアにも彼女だけの護衛が存在した。 鬼火玉のフォイヤーバルがその角で突きかかり、ブローディアが敵にしか効果の無い不思議な吹雪やら、雲も無いのに走る稲光などで攻撃するのを援護する。 最後に残ったのは、やはり志体を持つ二人のサムライであった。 かなり前より二人共が、護衛任務をこなすではなく、この場より如何にして逃げ出すかに専心していたが、広範囲に広がる魔法、神出鬼没のシノビ、二種の符を使い分け放つ陰陽師、上空より監視する目等々揃っている状況で一体どうやって逃げろというのか。 それでも、サムライの一人は、残る一人がヤケになって突撃するその背を蹴り飛ばし、サムライと、これを防がんとしたフォイヤーバルごとブローディアにぶつけにかかった。 バランスと陣形を崩してしまったブローディアの脇をすり抜け、厩舎へと駆けるサムライ。 背を貫く稲光は、輝きのみならず、焼け焦げたような臭いと激痛をサムライに残す。 地を這うように迫る斬撃。 刀すらないのに遠距離の相手を斬り刻むという不公平極まりないこの術に片足を深く傷つけられ、それでも、サムライは走り続ける。 上空よりこの動きを見ていた連徳は、きしゃー丸に命じて右側面からの攻撃をしかける。 かわされた。しかしそれでいい。 ソコ、に足を踏み入れたサムライは、大地より生えるまとわりつくような瘴気に苦悶の声を上げる。 が、引き千切るように走り、そして、次の自縛霊に引っかかる。 「危うい場所全てに仕掛けた甲斐があったでござる」 ダミーも合わせると、かなりの量が仕掛けてあったりする。 そして、サムライの足で、シノビである那美を振り切れるはずもなく。 「あはは♪ 僕から逃げようなんて‥‥いけない人だね♪ 僕と遊ぼうよ♪」 全身全霊を込めて断る、と刀を振り上げるサムライ。 その足元から、突如水柱が吹き上がる。 崩れたバランスのせいで目測を誤った刃を、那美は半身になるのみでかわし、同時に腹部の下側よりダガーを突き上げる。 致命傷故、動きの止まったサムライの腹を大きく裂くと、液体以外のものを溢しつつ、サムライは倒れた。 前衛のサポートに徹していた麗華であったが、志体を持つサムライが三人も現れたのではそうも言っていられない。 とにかく距離を詰めようと迫るサムライに対し、牽制と攻撃とを織り交ぜた投擲を続け自らの間合いを崩さない。 それだけの種類、量を一体何処に隠し持っているのかという程、次から次へと新たな投擲武器を使ってくる。 意を込めた飛苦無を放つ動きで惑わし、体の後ろに隠した逆腕でダーツを放つ。 他の敵に気を取られた、そう思った瞬間、抜く手も見せずに妙に可愛らしい手裏剣を放ったかと思うと、その手裏剣は炎を纏い、間を外されたサムライは冗談みたいな武器で信じられぬ深手を負う。 それでもようやく投擲武器が尽きたのか、今度はサムライの間合いより内へ、近接素手格闘を仕掛けてくる。 刀というものは、近すぎても威力を発揮しずらいのだ。 舌打ちしつつ、半歩下がるサムライ。 待ってましたとばかりに麗華はその体を蹴り飛ばし、更に距離を取る。 蹴飛ばした反動で双方の姿勢が崩れる。 大地に腕をつく、そう思った瞬間、麗華は大地に倒れる体を庇う事もせず支えとするはずの腕を横より半円に振るう。 崩れた姿勢だがかわせる。そう思い身をよじったサムライは見た。 放った金属の何かは、尾を引くように紐がついており、麗華は逆の腕でその紐を叩いたのだ。 紐を叩いた部分を支点に、先端の刃がぐいっと弧を描く。 それは、かわそうとした先へと追いかけてくる動き。 僅かにかすめただけのその刃は、確実に、正確に、サムライの首筋を斬り裂いて行った。 返り血がひどすぎて、咽るような血臭が漂う。 そんな吐き気をもよおすような惨劇の中にあって、恵那は歓喜と共に刀を振るう。 速さを活かして、包囲を崩しにかかる薫。 中距離戦を得意とし、援護に徹する麗華。 この二人と違い、恵那は好んで戦の中心にその身を置き、構えなおす暇すら惜しんで斬り続けていた。 無論無傷などではありえない。 漂う錆びた鉄のような香りも、幾分かは恵那自身のものであったろう。 志体を持つサムライが参陣した時も、これを相手取りつつ、他の敵をも受け持ち続けていた。 命を賭けた戦において、確実に不利であるはずの相手がこうまで嬉々とした表情をしていたら、攻め手はこれを訝しまずにはいられまい。 何かあるかもしれぬ、そう心の何処かで思ってしまっている刃は、常のそれとは当然伸びが違う。 確実に捉えたはずの一撃も、僅かな伸びの足りなさから必殺となりえず。 そして恵那は、致命傷以外の傷では、決して動きを止める事は無い。 素人が見てすらわかる程の恐怖の雄叫びと共に、サムライは恵那へと斬りかかる。 一撃必殺、示現の技。 その顔周辺に、大気の渦が生み出される。 表皮を削る程度でも、血を流させるぐらいは出来る。 流れ出た血はかまいたちの風に舞い、僅かでも狙いがそれてくれとの猫又輝血の援護だ。 受けようと刀を振り上げかけた所で、自らの失策を悟り肩口ごと振り下ろしてくる刀身に体当たりを仕掛ける。 ぎりぎり、間に合った。 恵那が突き出した刀はサムライの胴に突き刺さり、サムライの刀は、踏み込んだせいで鍔元が当たり、その威力を発揮しきれなかった。 『だーッお前に付き合ってちゃ寿命が縮むー!』 輝血のそんな悲鳴もむべなるかな。 「でもなんだかんだ言って付き合ってくれるんだよね」 反論する元気も失せたのか、うにゃーっとうなだれる輝血であった。 途中からタクトと藤瀬の二人が参戦して来た時は、心底肝を冷やしたものだ。 まさか救助に来た相手が、逆にこちらを助けに来るとは思わなんだ。 何の為にわざわざ陽動を、と文句の一つも言いたくなったのだが、ザコを引き受けてくれる見事な動きに免じて、取りあえずは何も言わないでやる事にした。 重装甲、重武装、騎士とは攻防の違いはあれど、サムライの戦闘思想は非常に似通っている。 そんな彼等からすれば、こうして薄着で長物も持たぬこの身は、さぞ弱々しく映るのだろう。 現に、薫の拳を敵は受け止めて防ごうと狙っている。 「徒手空拳とて侮ることなかれ。私の掌打は避けた方が身の為よ?」 忠告に従わず、サムライは厚い鎧を頼りにこれを防ごうとして、失敗した。 初手の三連撃を受けきれたからと、鎧を頼りに点穴を晒したサムライの不覚を、薫は決して見逃さなかった。 体内が破裂でもしたかのような苦悶の顔で、サムライは薫には鎧なぞ通用しない事、そして自らの不利を悟る。 「尤も、避ける事も叶わないでしょうけど」 サムライは、薫に背を向けての逃亡を選んだ。 それほどに、あの一撃は衝撃的であったのだ。 薫に背を向けて走るサムライの、何故か眼前に薫が居た。 決して素早いとはいえぬ拳を伸ばす。 受けずに避ける、そう決心して体を動かすのだが、サムライには決して理解出来ぬ術理により、薫の拳は吸い寄せられるように点穴へと伸びていく。 この速度を何故かわせぬ! それが、サムライの最後の言葉となった。 組長含む主要幹部全員と、最も頼れる護衛達全てを一夜にして失った組織は、その巨大な体をもてあまし、幾つかのトラブルを引き起こした後、街から姿を消して行った。 その最中、藤瀬のせいで仁清が負ったあろう苦労は、この件に関わった開拓者達、特にタクトには痛い程理解出来るのだった。 |