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■オープニング本文 今にも崩れ落ちそうな石造りの建物は、それ自体が城壁を為すかのごとく、窓は上方にしかなく、建物への入り口は唯一正面のみ。 正面には鉄ごしらえの巨大な扉があつらえており、仕掛け抜きでは開閉すら容易ではないだろう。 かつてはこの砦を基点にアヤカシ撃破の軍が数多出立したものだが、今ではそんな光景を望むべくもない。 内部はかなり大きく作られており、包囲に対しても千人の兵員と充分な蓄えを維持出来るような規模となっている。 もちろん軍事目的であるのでそれほど快適とは言いがたいが、それでも生活空間と呼べるものも用意されており、長きに渡ってこの砦が機能してきた証ともなるだろう。 そんな砦も最早風前の灯。 周囲を夥しい数のアヤカシ達が取り囲み、僅かに残った砦の人間を食い尽くさんと牙を研ぐ。 これまでに与えた損害から考えれば、アヤカシ達がこれを見逃すとは考えられぬ。 明日の朝にはアヤカシ達は完膚なきまでに、砦ごと消滅させてくれんと襲い来るであろう。 この砦に僅かに残った開拓者達に与えられた選択肢は、如何に死ぬか、のみであった。 |
■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
鬼限(ia3382)
70歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
伊狩幸信(ia8596)
25歳・男・サ
贋龍(ia9407)
18歳・男・志
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)
15歳・女・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰 |
■リプレイ本文 暁を覚えぬうららかな春の眠りに誘われ、皆さんはひと時の夢を共にします。 既に外では正面扉を破らんとアヤカシ達が大挙してこれを叩き、押し破らんと攻め寄せて来ている。 どおん、どおんと響く音。 その度、部屋の隅に蹲っているフェルル=グライフ(ia4572)はその身をびくんと振るわせる。 窓一つ無い薄暗がりの部屋。差し込む光もなく、ただただ漆黒の中に沈み焦点の合わぬ瞳を床へと向ける。 両膝を抱えて座り込み、膝の間に顔を埋めるように項垂れる。 かたかたと小刻みに音が響く。 正面扉を叩く音とは別の、もっと近くから鳴るこの音にもフェルルは気づけぬまま。 「死にたく‥‥ないよ‥‥」 戦場での数多の勝利、武勲、賞賛、全て役に立たぬ。 圧倒的なまでの死。決して避けえぬ努力も工夫も及ばぬ運命。 優しい人達の居るあの場所に戻りたい。それだけが、今の彼女が望む全て。 そんな彼女の潜む部屋の、扉が控えめにきぃと開く。 差し込む僅かな光。 姿を現したのは一人の少女。 ゆっくりとフェルルに歩み寄り、フェルルが戦の時は常に身に着けている鉢金を差し出す。 「‥‥お姉ちゃん、これ」 これは、フェルルが少女を勇気付けようと与えた物であった。 「もうダメだから‥‥」 誰からともなく正面扉の前、アヤカシ達が外よりこれを破らんと四苦八苦している真っ最中であるココに皆が集まる。 ユリア・ヴァル(ia9996)は持参した杯を皆に配る。 皆が同じ事を考えたのが嬉しかったのか、高倉八十八彦(ia0927)は嬉々としながらこれを受け取る。 「最後くらいは恰好よくゆうのには賛成じゃのう」 常と変わらぬ、いや僅かに高揚したように見える鬼限(ia3382)。 「働かば働くだけ結果が残る。‥‥悪くない。寧ろわし等には勿体無い程に良き死に場よ」 浅井 灰音(ia7439)はこの状況にあって尚、獰猛な笑みを失わぬ。 「せめてあの上級アヤカシ、あれにくらいは一泡吹かせてあげたいね」 やるべき事がはっきりしている伊狩幸信(ia8596)に迷いは無い。 「あんたらも気ィ付けて、‥‥精々最後まで遣り切ってやろうぜ?」 何やらすっきりとした顔の贋龍(ia9407)。長年のわだかまりから開放されたような、そんな顔をしていた。 「人間なんていずれ死ぬんですよ、遅いか早いか‥‥ただそれだけです」 奥歯をぎゅっと噛み締めながら杯を受け取ったのはナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)だ。 「ぐぬぬ。震えてなどおらぬ! 奮えてなど!」 ユリアは周囲を見渡すも、この砦に残された人間、残る二人の姿は見えない。 静かに鬼限が首を横に振る。 頷きかけたユリアは、その視線の先に二人連れを見つけ僅かに頬を緩める。 昨夜はもう見ていられない程憔悴しきっていたフェルルの瞳に、かつての輝きが蘇っているのを見て、灰音はそう来なくては水杯を少女と二人分用意する。 「それじゃ、向こうで会おうか、皆?」 皆、一息にこれを飲み干す。 ちょうど、正面扉がぶち破られる。 ユリアは全員の顔を見回し、記憶に深く刻み付ける。 「幸運を」 堰き止めていた水が決壊したかのように押し寄せるアヤカシの群。 対する開拓者はたったの八人。 しかし、死を覚悟した彼等彼女等の働きは凄まじいの一言に尽きた。 正門前の激戦は半日程続き、何と、彼等は押し寄せるアヤカシ達をじわりじわりと押し返し始めたではないか。 扉程の広さしか通路が無い事もあったが、正に決死の剛勇とでもいうべきか。 しかし戦局の変化は彼等の後方よりもたらされる。 砦の中からの轟音。これは、堅固な砦の外壁が突き破られた音だと誰もが即座に理解する。 ちょうど開いた扉前の敵を軒並み打ち倒した後でもあり、皆は砦に篭る利を捨て外へと駆け出す。 鬼限はその動きの、余りの無謀さに思わず叫ぶ。 「戻られよ! その陣形で動けば‥‥」 八十八彦はここまで巫女として十全な働きをこなしてきた。 これほどの戦場であっても戦える、そう思えた事が嬉しく、英雄譚にあるような胸のすくような働きが自分にも出来ると信じ始めていた。 だから、皆が飛び出すに合わせて自分も後に続き、これを援護しつつ群がるアヤカシ達を蹴散らしてくれん、と意気揚々であった。 数匹のアヤカシ、他の仲間達は容易く蹴散らすこれらに、この程度笑わせるなと剣を向ける。 他の仲間達はもちろん、この動きに気付いている鬼限ですら、援護にいけぬ状況であるのに。 八十八彦の剣は空を切り、アヤカシの爪が片足を斬り裂く。 後ろから背を貫かれ、右脇腹にも剣が深く突き刺さる。 「あ‥‥」 何時もならば援護に入ってくれる仲間も、誰もが自分の周りで手一杯。 恐怖に駆られ、剣をその身につきたてたまま走り出す八十八彦。 あまりに慌てたせいか、周囲を取り囲むように堀られていた堀に落ちてしまう。 落下する八十八彦の目は、堀の底に剣山のごとく立てられた竹槍に釘付けとなる。 これを避けられる体術は、八十八彦には無かった。 「やだやだ、こんな死に方は嫌だ‥‥わしもあにさんや、あねさんみたいになるんじゃけえ」 衝撃と激痛。 最後に、僅かに残った意識は、同じく槍に突き刺され死んでいるアヤカシ達を捉える。 八十八彦では手に足も出なかったアヤカシ達を、この仕掛けは何体も仕留めてきたと絶望の中認識し、全ては闇に消えた。 「56」 ユリアが長槍を振るうと、狼のようなアヤカシが地に臥せる。 戦場とはとても思えぬ程小奇麗に整えた身だしなみも、流石に長時間の戦いのせいか乱れが見え始めている。 それでも、流れるような銀髪も赤銅の鎧も美しさを失わぬのは、纏う者の美々しい姿あってこそであろう。 こういった戦闘において、最も有効であると信じる槍は、彼女の信頼を裏切らぬ働きをもたらしてくれる。 正面から飛び掛ってくる勇敢なアヤカシに穂先を突き出すと、急所をえぐりつつも刺さらずにその脇を斬り裂くように突きぬける。 この期に及んで、彼女は何処までも冷静で、強かった。 「私を仕留めるつもりなら、血の川を踏み越えて来なさい」 突き出した槍を、短く持ち変えつつ袈裟に薙ぎ、同時に後ろに石突を突き出してこれを回し牽制とする。 次の敵の足元を払い、顔の中央部に突きを。 「はしゃぎすぎだ、貴様」 何時の間に迫っていたのか、その気配すら感じえなかったのは、敵の技量のせいだけではあるまい。 言葉を話すのはより高位のアヤカシである証。 「良い男ね、貴方。アヤカシにしておくのが惜しいぐらい」 男はずぶりとユリアの胸に突き刺した刀を抜く。 大地に倒れるまでの僅かな間、ユリアは幼馴染の泣き顔を思い出し、願いを込めて祈る。 『願うなら一つだけ。覚えていて、私がいたこと。ユリア・ヴァルが生きていたこと』 灰音は倒れるユリアと、その前に立つ男を交互に見やる。 「ユリアが一撃、ね。中級、いや、上級アヤカシって所かな」 何時までも倒せぬ開拓者達に業を煮やしたのであろう。 灰音は駆ける。 途上のアヤカシを切り伏せ、突き飛ばし、どうせ死ぬなら一矢報いてやらんと己の全てを叩き付ける。 男の刀が同時に灰音へと伸びる。 その首筋へ、明らかに灰音の剣よりも早い速度で。 だが、一瞬、その動きが止まる。 既に倒れたユリアの槍が、男の足の甲を貫いていたおかげだ。 「はあ‥‥はあ‥‥せめて‥‥一撃っ!」 刀をくぐるように抜け、必殺の一撃が男の胴を薙ぐ。 深々と抉りとったその感触にも、男は微動だにせぬまま。 闘志をむき出しに、再度これに斬りかかる灰音。 二者の交錯。 振り返った灰音は、ふと、体に違和感を覚える。 「何だこの感か‥‥く‥‥?‥‥え‥‥?う、嘘‥‥腕が‥‥!?」 上級アヤカシが灰音より一瞬で奪い取った左腕を、見せ付けるように口にくわえ、ばりばりと食い尽くしてしまう。 余りの事に、その場にへたり込む灰音。 幸信が叫ぶ。 「馬鹿ッ! 動け灰音ェ!」 震え、怯える灰音に幸信の声は届かない。 わらわらと灰音を取り囲むアヤカシ達。 「あ‥‥あぁ‥‥嫌‥‥来ないで‥‥!」 必死に駆け寄ろうとする幸信の前に、アヤカシ達が立ち塞がる。 「‥‥っだらァ! 邪魔すんじゃねェ!」 幸信が辿りつく頃には彼等は灰音を半ばまで食い尽くし、最早彼女であると外見で見分ける事は不可能となっていた。 「つくづく、やってくれるなテメェは」 「次は貴様か?」 返事代わりに斧を振り下ろす幸信。 これを刀で受けようとした男は、その身を蝕む損傷に気付いていなかった、いやさ、人の攻撃がそもそもまともに通じるとは思っていなかったのだろう。 振り上げる刀は重く、受ける事も適わぬまま斬撃をまともに喰らう。 怒りと共に刀を斬り返すが、幸信は以前に男の剣筋を見た事でもあるのか、斧の表面を滑るようにしてこれを受け流す。 「テメーの刀を二度も受ける程俺も落ちちゃいねーってな」 男は明らかに動揺しており、この機を逃す幸信ではない。 ひゅっと下段を薙ぐように大斧を回し、その足元を斬り裂く。 そして恐るべき事であるが、勢いそのままに何と男に背を向けてしまう。 大斧は振るわれた速度を失わぬまま角度を真上へと変え、背後から背負うようにこれを振りかぶる幸信。 「俺の右目とダチの背中ン分だ、しっかり受け取れやァ!」 後先を考えぬ、必死必殺の一撃。 これを振り切った幸信は、そのまま大きく体勢を崩して大地を転がる。 すぐに身を起こすべきなのだが、どうにも体が動かないのは、背を向けた時、男に刀を突き立てられたせいであった。 視界の隅に倒れる男の姿を見た幸信は、小さく息を吐いた後、仰向けに倒れたまま大空を見上げる。 地上の凄惨さなど知らぬとばかりに、空には何処までも青が広がっていた。 「‥‥仇は取った、ぜ‥‥親父さん、―」 有象無象を蹴散らし続ける贋龍の側から、アヤカシ達の気配が消える。 空から轟音が舞い降り、飛びのいた贋龍の脇を一匹の龍飛びぬけていく。 「龍‥‥最後の敵としてはお誂え向きですね‥‥」 龍が狙いを定めたのなら、他のアヤカシが避難するのもわかる。 再び舞い降りてくる龍。 贋龍は腰より低く体を落とし、片手を刀の背に当て支えつつ全体重を乗せてこれを縦に振り切る。 龍の腹部が深く裂け、しかしこれ程の質量を斬ったにも関わらず刀は折れぬまま。 まるで龍との戦いが始めてではないような見事な技である。 激怒した龍は、急降下攻撃ではなく、その身を大地に置き贋龍へと首を伸ばす。 贋龍は巨体故に死角となる位置を走り、鱗の隙間に刀を突き立てると、龍は身もだえしながら飛び上がる。 刀を支えにこれに飛び乗る贋龍。 龍の上昇速度は凄まじく、贋龍は必死に刀にしがみつき振り落とされぬよう堪える。 既に落とすだけで龍の勝利が決まる高度。 そこが龍の上昇限界高度であるのか、龍は身をくねらせて降下の体勢を取る。 馬鹿げた剣術と鼻で笑っていた、その技の数々は、この時の為であると始めて理解出来た。 そして最後の秘奥。決死の覚悟無くば用いてはならぬと言われた最後の技。 贋龍は刀から手を離すと、一直線に龍の背を駆け下りる。 不確かな足場を物ともせず駆け抜け、もう一本の刀を抜き、狙うは龍の後頭部。 「辰巳流剣術後継者、辰巳龍斗‥‥参る」 吸い込まれるように根元まで刺さる刀。 断末魔の叫びと共に、贋龍、いやさ龍斗は宙へと跳ね飛ばされた。 きりもみしながら落下していく龍を横目に、龍斗は笑みと共に懐かしき父の顔を思い浮かべる。 「最後に孝行出来たかな‥‥馬鹿げた理想を‥‥叶えることが‥‥」 八十八彦の死を目の当たりにしたナイピリカは、遂に精神の限界を迎えたのか、全身から震えが止まらなくなってしまう。 その背を守るように立つ鬼限であったが、それでも、全てを守る事は出来ぬ。 遂に、敵の鋭い牙がナイピリカの腹部に突き刺さり、致命傷と思しき傷を負ってしまう。 苦痛と恐怖にその身を折りそうになったナイピリカへ、鬼限の声が届く。 「全てを屠るも『一匹でも多く屠る』も同じ事。やる事は変わらぬ。何時も通り総力を尽くさば良いだけじゃ」 「え‥‥うぇ」 「一秒でも長く戦い、一体でも多くを屠らん。今の我等に必要な事は、それだけであろう」 戦前とまるで変わらぬ鬼限。 窮地にあっても、決して逃れえぬ死を前にしても、多分この人はこのままなのだろうと、極自然にそう思えた。 「それでも、どうしても恐れが取れぬのなら‥‥声を限りに叫ぶのじゃ。自らのありたい姿を声高にな」 死ぬと覚悟していても、何処かで生き残れるかもしれぬと思っていたのかもしれない。 何か都合の良い事が起こって、後で笑って話せるようになると。 でも、そんな事は起こってくれなくて、やっぱり死ぬしかないとわかった今、全てをかなぐり捨ててでも生きたいと思ったけれど、ぎりぎりで残ってくれた意地が言う。 この人に、幻滅されるような真似だけは御免だと。 「尚武の家名に恥じない働きを、剣に誓って! いざ、参る!!」 改めて死地に入る。 二度と会う事のない人達に、この声はきっと届くと信じて。 「無双コナン流が精髄、見せつけてくれる!」 彼女の記憶はここで途切れる。 疲労と苦痛から意識も定かならぬまま、それでも、ナイピリカが剣を手放す事はなかった。 ナイピリカが倒れた後も、鬼限は拳足を振るう事を止めなかった。 腕が千切れ、胴の半ばをもぎ取られても、片足が動かぬ程の打撃を積み重ねられても、それでも鬼限は戦い続けた。 扉の内にて中級アヤカシを仕留めた鬼限は、周囲全ての敵を倒したと知り、その場に座り込む。 へし折れ、曲がった足は座禅を組んでいるかのようだ。 外で暴れていた者達が倒れたのか、再び中へと殺到してくるアヤカシ達。 これを迎え入れる鬼限は、最早立つ事すら適わぬその身でありながら、昂然と言い放つ。 「よう参られた。我が全霊にて歓迎致す」 全身をアヤカシにたかられ、最早意識もロクに残らぬ鬼限は、一番最初に教わった拳を握る。 胸の脇に肘を引き、拳は上向きに。 目指す標的に対し一直線に、腕を捻って突き出す。 こんっ、とアヤカシの顎を打った拳が、鬼限最後の一打であった。 「離れないでね、お姉ちゃんが安全な場所まで必ず連れていくからっ」 そう言って飛び出したフェルルであったが、包囲は突破出来ぬと悟り、近くの窪みに少女を押し込める。 ずっと、フェルルが守り続けてきた少女は、言われるがまま、信頼のまなざしを向ける。 フェルルは大切な宝物を隠すように彼女に覆いかぶさり、背なに殺到するアヤカシの気配を感じながら、言い訳も、悔やむ言葉も口にせず、ただただ、祈るように告げる。 「貴女は生きて、ね」 さてみなさん。良い夢は、見られたでしょうか。 |