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■オープニング本文 狂った志士、長谷部小十郎。 彼が率いる郎党は、主にアヤカシ被害の多い土地で強盗活動に精を出していた。 つまり、アヤカシ対策に忙しいお上の隙を狙う形だ。 もちろんアヤカシと遭遇する危険もあるし、そもそもこういう土地は豊かではないので、略奪もさほど効率的ではない。 だが、組織的に狩り出されるような事が少ないというのは大きな利点である。 小十郎の参謀役をこなしている良治は、そんな理由付けで部下達を納得させていた。 ちなみに大将である小十郎はというと、自分がどれだけ人を斬り殺せるのかにしか興味が無いので、その辺は良治に全て任せっきりである。 八つの年に初めて人を斬り殺して以来、小十郎はずっと自分が斬った人間の数を覚えていた。 後少しで百人に達する。 そこで初めて見えてくるものがある、そう彼は信じきっていた。 しかし、九十七人まで来た所で小十郎は不安を覚える。 残る三人、どうでもいいような腕の奴を斬ったとして、それで得られるものなどあるのだろうかと。 なので、小十郎は良治に内緒で、隠れ家の居場所を開拓者ギルドに漏らしたのだ。 志体を持つ集団、さぞや強者も居ようとほくほく顔である。 流石に三十人も四十人もでぞろぞろと出て来られたら危険だが、その時は逃げてしまえばいい話だ。 もし少数精鋭で来るのなら、こちらは十二人。志体を持つ者だけでも五人も居る。 他の連中に足止めさせている間に、一人づつ、目をつけた強者を斬り倒してやればいい。 充分な勝算と共に、小十郎はその時を待つ。 かつて寺であった建物に小十郎一党は潜んでいるらしい。 ギルドの係員は小十郎一党のこれまでの経歴を元に、必要な戦力を割り出し若干の余裕を持たせつつ募集をかける。 山奥に建てられた寺は、修行を行う者達が五十人近く滞在出来る程の大きな建物であったのだが、代替わりした住職が色に狂ったせいで人が減り、今では訪れる者も居ないあばら家となっている。 治安当局との話し合いも済んでいる。これを撃破すれば報酬も得られよう。 係員は祈るように募集の張り紙を見つめる。 「ダチが五人もやられてるんだ。頼むぜ、これ以上連中の好きになんてさせないでくれ」 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
辛島 雫(ia4284)
20歳・女・サ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎 |
■リプレイ本文 開拓者六人は、寺の敷地と外を隔てる山門を開き、中へと入り込む。 警戒は怠らぬが、かといって恐れる気もなく悠々と足を進める。 かなり広く作られている敷地内を半ばまで進んだ所で、後ろから二人、右から二人、左から二人、そして正面より六人が姿を現す。 雲母坂 優羽華(ia0792)は注意深く彼らの顔を確認する。 彼等は皆、開拓者としての戦いの中で幾度もお目にかかった、人を傷つけても何とも思わぬような者達に共通する嘲る形で固定した下卑た顔をしていた。 優羽華の耳元に口を寄せ、小声で囁くのはアルクトゥルス(ib0016)だ。 「飛び道具は無いようだ、後は近接だけを注意すればいい」 こくりと頷く優羽華。 正面より現れた男達の一人、小十郎は両手を大きく広げて一歩前に出てくる。 「ようこそ強盗団の根城へ! 運が良いなお前等! 今俺は強烈に機嫌が良い! 腕がヘボならなぶらず殺してやるから金目の物を残らず出しな!」 シュヴァリエ(ia9958)は、頬をかこうとして兜で覆っていた事を思い出し手を引っ込める。 「強盗風情を相手にビビる開拓者が居ると思うか?」 小十郎の表情が変わる。 「はぁ!? お前等が開拓者だぁ? おいおいお前等女ばっかじゃねえか。そんなんで俺等をどうしようってんだ。なんだよそれくっだらねぇ。やる気超失せた。こんなザコ斬って百人斬り達成なんて冗談じゃねえぞ」 鬼灯 仄(ia1257)は大して興味も無さそうに答える。 「数えられる程度しか斬ったことがないようならまだまだだな」 「あん?」 「先人として言わせてもらえりゃ斬れば斬るほど血煙りでなにも見えなくなるのがオチだ」 目を見開く小十郎。 「お前! 百人斬ったのか!?」 「だから数えてねえって言ったろ」 煙に巻くような仄の言葉に、小十郎は苛立たしげに怒鳴る。 「どっちだボケ! いいぜ、なら口だけ野朗かどうか試して‥‥」 風和 律(ib0749)もまたいらいらしつ小十郎の言葉を遮る。 「いいからやるのかやらんのかはっきりしろ、口だけ男」 憤怒の表情となった小十郎は、寺中に響く程の大声で攻撃開始、というかぶっ殺せの合図を出す。 待ってましたと部下達は踊りかかってくる。その中で一人、足の速い不幸な馬鹿が一人突出してしまう。 彼は誰よりも早く斬りかかり、誰よりも早く悲鳴を上げるハメになる。 ジルベリア式戦闘用斧に肉をごっそり抉られ、激痛にのたうちまわる。 辛島 雫(ia4284)は早速血に濡れたバトルアックスをゆっくりと振り上げる。 「弱者‥‥死すべし‥‥於於於於於!!」 といったやりとりを影に隠れて見ていたのは梢・飛鈴(ia0034)である。 「この手のバカは、何処行っても居るものカ」 寺の裏側より侵入し、仕掛けやらに注意しつつ小十郎達の背後に回る。 逃げられぬよう厩の存在やらを一応確認し終えた叢雲・暁(ia5363)が飛鈴の元へと戻る。 「どう? どれが誰かわかった?」 「巫女と、多分この期に及んで動いてないのが参謀ネ」 暁は何故かうきうきで出番を待ち構えている。 「何か良い事あったカ?」 「ふふん、今回は頸刎ねを狙おうと思っててさ」 「何デ?」 「何時か全裸の徒手空拳で頸刎ね連発できるように成る日を目指してっ」 飛鈴は小十郎の言動を見始めた辺りから感じているこのやるせなさというか、どうでもよさというか、その辺のものを句で表現してみる。 「気狂いに 持たすな志体と 刃物なり ‥‥ああ、お粗末」 衆に任せての攻撃に手馴れている無法者達は、優羽華を守るように立ちはだかるアルクトゥルスの正面に決して立とうとはしなかった。 嫌がらせのように優羽華を狙うフリをしつつ、これを守りに入るアルクトゥルスに斬りつける。 一つ一つの動きが、一々癇に障る。 かといって自分の立ち位置を見失う事も無いが、その範囲で、暴れる分には問題は無い。 左右より同時に斬りかかる無法者達に、片方へと踏み込む事で間合いを外しつつ左の剣で斬り上げ腕を止め、反対より迫る刀を右の剣にて弾く。 腕を斬った男は残る腕で下から逆袈裟に斬り上げようとするが、これはアルクトゥルスの誘いであった。 足を踏み出し刀を踏みつけるとそのまま大地に抑える。 動きの止まったアルクトゥルスに、もう一人の男が刀を振りかざすも、双剣を交差させてこれを受け止める。 刀を足で踏みつけたまま、交差させた剣を片側に引き寄せる。 つんのめるように体が前に流れる男。そこからの手練の技を、男は見切る事が出来なかった。 何時の間にか絡み合った剣が抜けており、これが十文字に男を斬り裂く。 そして踏んだままの刀から足を外し、刃を蹴り上げると、引き抜こうと力を込めていた男は勢い余って後ろへと倒れそうになる。 左の剣は胴を貫き、右の剣は首を刈る。 どちらを受けるか迷った男は、結局どちらも受けられず双剣を急所にもらい倒れ伏した。 律は振り下ろされた刀を無視し、シザーフィンという独特の形状を持つ剣を突き出す。 袈裟に振るわれた無法者の刀は律の鎧表面を滑るのみ。対して律の剣は避け損ねた男の胴を貫く。 背後でぎぃんと金属同士が音を鳴らす。 無法者がもう一人、体重を乗せ律の背中に突きかかったのだが、鎧の表皮を削る事すら出来ず弾かれたのだ。 「てめえ汚ねえぞ! 鎧無しでかかって来い卑怯モンが!」 戦場で敵に鎧を脱げと言われたのは初めてだ。 恐らく、自分に都合の悪い事は全て卑怯だのズルイだのという話になるのだろう。 「救いがたいな、お前等」 ずいっと一歩を進めると、男は仲間を求めて視線を彷徨わせる。 先の展開を読んだ律は、最初の攻撃を足に定め、片方を使い物にならなくしてやる。 案の定男は逃げ出そうとしたのだが、バランスを崩して転倒する。 「待て、待ってくれ!」 「戦わぬ者を蹂躙した罪、血と痛みをもって知れ」 情けをかける事は、しなかった。 飛鈴より焙烙玉が投げ込まれる。 爆音と煙に紛れ踏み込むが、流石に志体持ち、良治は体勢を崩す事も飛鈴を見落とす事も無かった。 一息に懐へと狙ったのだが、刀撃の鋭さにこれをくぐりきれず。 僅かでも気を抜けば吹っ飛ばされてしまう程の威力を、体全体で抑えつつ篭手で受け止めると、ぎりぎりと音を立てる力比べになる。 「アンタを潰せば後は烏合。ちゅーわけでお命頂戴」 肘を入れると刀が篭手の上を滑り外れる。 同時に下を潜って良治とは顔を付き合わせる程の距離へ。 下がって距離を取ろうとする良治であったが、飛鈴が振り下ろした踵が足の甲を打ち付けており動けぬまま。 肩の尖った部位を鳩尾に叩き付ける。この辺りの超接近戦は泰拳士の独壇場だ。 逆腕にて脇差を抜きにかかる素早い判断は悪く無いが、未練がましく刀を握ったままなのがよろしくない。 どちらの腕で抜くのかがわかっていれば、これを押さえる事も容易い。 そのまま頭突き、脇の下をくぐって後頭部に向けて後ろ回し蹴り。 重ねて言おう。常時体の何処かが触れ合う程のこの距離は、泰拳士の距離なのだ。 飛鈴と同時に踏み込んだ暁。 振り向いた巫女には、その姿がかき消えたように見えた。 直後、背筋を走る悪寒に従い前へと飛ぶ。 冷たい、最初に感じたのはそれであった。 すぐに首後ろに火鉢を押し付けられたような激痛が走る。 危険を感じ、自らに神風恩寵を行なう。 ようやく敵の姿を視認出来たが、次は右鎖骨から肩口にかけてに血の筋が走る。 顎下を、肩甲骨上を、耳をと執拗に首を狙う敵。 暁の姿を視界に納め続ける事すら出来ず、恐怖からひたすら自らに神風恩寵をかけ続ける。 まるで自分の首を外側から削り続け、じわりじわりと頭部を掘り出そうとしているようで、巫女は自らの役割をすら忘れる程の恐怖に駆られる。 狙いが首ならばと両手を上げてこれを防ぎにかかるも無駄である。 どういった理屈からか攻撃は腕をすりぬけ、首周辺のみが抉り取られていく。 息苦しいのは攻撃のせいか、それ以外の理由からか。 不意に、まとわりつくような気配が消え失せる。 誰かの助けかと安堵しかけた巫女は、真後ろより飛来した巨大な手裏剣により頸部を完全に切断され、ごろりとその首が落ちた。 毎度の事であるが、優羽華はあちらこちらへと忙しなく術を唱え続ける。 サムライと三人の騎士がきっちり周囲を固めてくれているので、接敵をほとんど考慮しないでいいのはありがたい。 重装甲に身を固めた彼等の頼もしさはちょっと尋常ではない程だ。 おかげで回復より神楽舞に集中出来そうだ。 こんな悪党に手を貸す敵の巫女には色々と言いたい事というか、浄炎でも叩き込んでやりたい所だが、順番があるので我慢する。 何処もさして不安は無いように思えるが、流石に志体を持つ相手とやりあっている場所は傷を蓄積させているようだ。 まずは一度目、閃癒を放つと、敵方の巫女が眼を見張る。 すぐにそれぞれの敵が舌打ちなりあからさまな失望なりを見せてくる。 同時に、ふざけんなの顔でこちらを睨む。まあこれもいつも通りである。 そして各自が戦闘の最中にも関わらず、味方達から僅かな感謝の合図が。 ちらとこちらを見て軽く会釈、笑みを見せてくれたり、手を小さく上げてくれたりと一瞬の事なのだが、優羽華は全体を俯瞰せねばならぬ立場でもあり、ほとんどの合図を見落とす事は無い。 巫女をやっていて良かったと思える瞬間である。 シュヴァリエは位置の関係か、しょっぱなに斬りかかってきた志士の相手をし続ける事になった。 後方で見に回っている良治も気になるのだが、こうなってしまってはこちらも動けない。 志士の刀が盾に打ち付けられると、シュヴァリエは全身の力を込めてこれを押し返す。 守りに入っている側ながら、こうして相手の体勢を崩しにかかれるのが盾の良い所だ。 天儀ではあまり盾は使われていないらしい。アホみたいに斬れてかつ重い刀が出回っているのであれば納得出来なくもない。 現にこの盾も受け方を失敗すると端を斬り取られてしまいそうだ。 志士も何とか盾を抜こうと工夫する。 横薙ぎからの変化で頭上に刀を跳ね上げ、盾の無い方から袈裟斬り。 それでも、間に合わず。 同じく頭上に掲げた盾にてこれを防ぐと、更に盾を持ち上げ、下を抜くように槍を突き出す。 ブラインド効果もある盾の有効活用法である。 同じ手を何度ももらってくれるほど間抜けでもないだろうが、こちらは盾越しでも敵の急所を狙う修練を重ねてきているのだ。 シュヴァリエの卓越した防御術は、本来著しく攻撃効率を下げるはずの技を、最低限の減少に抑える事が出来る。 前面を槍傷だらけにした志士は、槍が完璧に急所を捉える最後の最後まで、決して膝を折る事は無かった。 「おめぇのその力、こんな事の為に使って欲しくはなかったぜ」 彼もまた救いがたい悪党ではあるが、他所の戦闘であった見苦しさを、彼だけは見せなかったのだから。 奇襲組が襲い掛かるまで、雫は目に付く敵に次々襲い掛かり続けていた。 雄叫びと共に振るう斧は天儀ではあまり見ない両刃の戦闘用斧。 これを片手で振り回し、目の色を変えて殺意を振りまくのだ。 十人居たら十人がビビる。 それでも荒事慣れした無法者は逃げ出すような事は無かったが、結果として無残な躯を晒すハメになる。 狂戦士の様そのままであった雫は、しかし外界の情報全てを遮断もしておらず、焙烙玉の合図も聞いていたし、その後の戦況の変化も見ていた。 既に無法者も数人倒しており、優羽華の護衛も充分。 騎士の本分が守る事なら、サムライの本分は攻める事だ。 敵の志体持ちの中で完全なフリーハンドを与えられているたった一人、陰陽師。 これに狙いを定めると、躊躇いも恐怖も母の腹に置いてきたとばかりにまっすぐに駆け寄っていく。 当然、攻撃もある。 斬撃が貫き、炎に皮膚を焼け焦がす。 しかし引かず止まらず。怒りを煽っただけだとばかりにより一層の速度で陰陽師へと迫る。 近接戦闘に慣れぬ陰陽師に、不利な戦況の中、この恐怖に耐えろという方が難しかろう。 踵を返す陰陽師は、しかし一歩遅れてその背に斧が突き立つ。 「逃走、不許可‥‥汝、此処にて‥‥死すべし‥‥!」 小十郎は、言うだけの事はあった。 仄の紅蓮紅葉と小十郎の紅蓮紅葉が絡み合い、真紅の軌跡を中空に残し、戯れるようにぶつかりあう。 「いいぜテメェ! 98人目としちゃ悪く無い! いやいっそ100人目でも文句無しだぜ!」 「だから数えるなって。ガキが手柄自慢してるわけじゃあるまいに」 お互い口がきけたのは最初の内だけだ。 それ以上の会話は剣にて交わす。 小十郎が至高と信じる逆袈裟から横薙ぎへの繋ぎ。 これに、流行の技は見切られやすいぜと受けかわす仄。 ならば強力な一を用いて後は不要とするのはどうかと、小十郎は大上段より振り下ろす。 何処かで聞いた台詞は、完全に自分の物にしなきゃ恥ずかしいだけだぜと、踏み込んで止める仄。 だったらてめぇはどうすんだよと小十郎が八双に構える。 まあ見てみろと、砂を蹴り上げ目潰し、そして逆袈裟からの横薙ぎに見せかけた煙管による突き。 喰らうかボケと低く構えて全てをいなす小十郎。 それは剣に生きる者のみに通じる言語。小十郎はこれを交わし得る相手であった事が驚きである。 小十郎もまた、救えぬ外道でありながら、剣の道に生きた男であった。 だから最後は、剣で送ってやりたいと仄は思ったのだ。 全身に傷を負い、最早立っているのも困難なはずの小十郎は、悔しそうに仄を見つめる。 その顔は、悪逆非道な強盗団の頭領などにはとても見えぬ、ケンカに負けた童そのものであった。 「じゃあな」 一刀でこれを斬り伏せ、戦いは終わった。 賊の埋葬が終わり、証拠品を回収した後、優羽華は静かに祈りを捧げる。 「ほんのちょっと選択が違うとったら、うちらと一緒に戦うとったかも知れまへんな‥‥成仏しとくれやす」 それを見守った仄は誰にともなく呟く。 「‥‥刀ってな危ない道具だ。ガキの持っていいもんじゃないって‥‥教わんなかったんだろうな」 |