騎士、ジスパール
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/09 19:50



■オープニング本文

 男は閉じていた目を静かに開く。
「状況は?」
 妙にギラギラした目つきの男は、淡々と報告を進める。
「作戦は半ば成功。村を一つ壊滅させましたが、騎士達が駐屯していたせいでこちらにも三名の被害が出ています」
「‥‥良く無いな。毒の入手は?」
「必要量は持ち出せませんでした。今のジルベリアにも稀にこういった骨のある騎士が居るようです」
 報告をしている男以上に、爛々と輝く瞳を細める。
「殺したか?」
「無論です。まだ年若くはありましたが、早期に発見出来た事は幸運であったと」
 にこりともせず退出を命じると次なる客が。
 中年太りのせいで動きの鈍い、商人の男だ。
 彼は居丈高に男に向かって唾を飛ばす。
「一体どういう事かね! 頼んでおいた王都の撹乱は‥‥」
 やはり男は表情一つ変えぬまま。
「必要量の毒が集まらなかった。目標を変える」
「な、何を言っておるか!? あれだけあれば充分であろう!」
「皆殺しにはあまりに足りなすぎる」
 絶句する商人。
 その反応を見た男は、やはり淡々としたまま立ち上がり、作業のように剣を抜き、邪魔な木々を払うように商人を斬り捨てた。

 男の名はジスパール。
 はるかな昔、もう何十年も前にジルベリアに破れた国の騎士であった男だ。
 陥落する故国の王都を前に、まだ若く、それでいて責任感もあったジスパールは国の復興とジルベリアへの復讐を誓う。
 それから、頭髪に白い物が混ざり始めるこの年になるまで、ジルベリアを倒す事のみを考え続けたジスパールは、何を前にしても全く感動せぬようになっていた。
 長い年月はジスパールより憎悪や憤怒をも奪い去り、ただただ淡々と、作業のようにジルベリアへの攻撃を繰り返す。
 彼の目に人間として映るのは、故国の血を引くもう残り少なくなった六人の部下達のみ。
 ジルベリアへの反乱軍と称する数多の者達とも接触を取ってきたが、皆ジスパールの元には残らず、或いは戦死し、或いは裏切り者として処理してきた。
 先ほど斬り捨てた商人を利用する事でしばらくの間は裕福な資金状況を続ける事が出来ていたが、それもこれまでだ。
 金は無く、しかし手元に大量の毒は残った。
 ならばと、男は毒にて都市を一つ潰し、しばらく潜伏して力を蓄えようと決める。
 ジスパールはジルベリア帝国に対し効率的に損害を与える事のみしか、考えていなかった。

 商人の息子、アルは進退窮まっていた。
 帳簿に不備があり、これを一人で調べていると、何と商会の主である父自身がこれを行っているらしいとわかる。
 訳がわからなくなり更に調査を進めると、どうやら父は商会の人間達に内緒で誰かに金を送っているらしい。
 胡乱な気配を感じ取ったアルは、これは表沙汰にしてはならぬと密かに金の送り先を突き止め、そして絶望した。
 帝国で指名手配されているジスパールの名にぶち当たればそれも無理からぬ。
 父は商会で現在抱えている大量の不良在庫を帝国に売り込むため、ジスパールによる事件を欲しているというふざけた話なのだ。
 もしこれが発覚すれば、いやさ実行に移されたりした日には、一族郎党を巻き込む大犯罪となってしまう。
 帝国を頼る事も出来ぬ。既に金を流してしまっている以上、お咎め無しなどという事もあるまい。
 父を尾行させ、ジスパール達の居所も掴んだ。
 そして、その建物より父が何時まで経っても戻らぬと報告が上がり、アルは商人の域を飛び越える覚悟を決める。
 帝国にこれを秘したまま、開拓者にジスパールの殺害を頼む事にしたのだ。
 ギルドを通さず、秘密を守れる人間をと特に念入りに頼み込む。

 商会が保有していた、ロクに価値もない古びた洋館にジスパール達は潜伏している。
 かつてとある変人が建てた街から遠く離れた山奥にある洋館は、今は訪れる者も無く、草木も生え放題となっている。
 入り口は正面扉と裏口の二つ。
 またこの建物には無駄に大きな地下室があり、ここに倉庫の他、寝室や書斎があるらしい。
 これ以外の屋敷の内装もアルより手に入れる事が出来、無事全てが終わったなら屋敷に火をかけ全てを炎の中に消し去ってくれと頼まれている。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
神凪瑞姫(ia5328
20歳・女・シ
煌夜(ia9065
24歳・女・志
レイシア・ティラミス(ib0127
23歳・女・騎


■リプレイ本文

 煌夜(ia9065)の心眼によるとすぐ近くに人影は無し。
 では、と神凪瑞姫(ia5328)は聴覚神経を限界まで絞り上げつつ調べを進める。
 罠を抜け、二階に居る見張りらしき人物の死角より屋敷に迫り、するっと滑るように三人は屋敷内部へと潜入を果たす。
 ここで煌夜は待ち構える策を提案する。
 例え裏口の伏兵策を見破られても、既に屋敷内部に居るとなればまた話は別であるからだ。
 二人はこれに頷く。
 真亡・雫(ia0432)は不安そうな人妖の刻無の頭を撫で、言葉によらず安心するよう伝える。
 それを見た瑞姫は、自らの朋友、忍犬の黒疾風をちらと見るが、こちらは当然といった顔で大人しくしたままだ。
 もっとも、少しぐらいなら甘えてくれてもいいのになぁ、とか思ったとしても、それを顔に出す瑞姫ではないのだが。

 レイシア・ティラミス(ib0127)は、そろそろ頃合かと屋敷の前へと駆けて行き、両手一杯に抱えた草木に火をつける。
 すぐにその場を離れ、他の表門待機組と合流し様子を伺う。
 しばしの間、動きは無し。
 ぱちぱちと火が爆ぜる音のみが聞こえていたが、不意に大きく状況が動く。
 屋敷の奥が俄かに騒がしくなったかと思うと、表門がばんと開き、五人の男達が火を踏みしだいて飛び出して来た。
 そこに一切の迷いはなく、一丸となって脱出を計る動きであった。
 潜んでいた場所より飛び出し、これを迎え撃つ開拓者達。
 まずはありったけで足を止めると、風雅 哲心(ia0135)は相手と同速度で踏み込みつつ、先頭の男に斬りかかる。
 委細構わず、鎧に任せて駆け抜けようとした男は、突如方針を変更。
 剣を抜きざまこれを受ける。
 否、白光煌く哲心の刃は受けた剣ごと男を斬り裂いた。
 そして、それは同時に、男の足を止める事にも繋がる。
 無機質、それでいて底光りのする目は、哲心を映しているのかいないのかすら定かではない。
 しかし繰り出される剣には必殺の技と力が込められている。
 薄気味悪い、それが哲心の第一印象であった。
「コイツがジスパール‥‥か。まさに人の皮を被った悪魔、だな。まぁ、手加減なしで行ける分やりやすいが」
 大蔵南洋(ia1246)はその人数、そして手配書で顔を確認してあったジスパール自らが居る事からこちらが本命であったと考える。
 哲心の必殺の一撃が敵の要を足止めしてくれたおかげで、奴等の動きも変化した。
 敵が何者であろうと力づくでの突破を狙う算段であったのだろうが、決して失えぬジスパールの足が止まった事で、他の者も足を止めての斬り合いに切り替えたのだ。
 敵側に龍が居る気配もない。確かに、龍を飼うような目立つ真似はジスパール一党の立場では難しかろう。
 ならば後は、と刀を大きく後ろに引き、刀身が敵に見えぬ脇構えにて備える。
 切先が完全に後ろに向いてしまっているこの構えが珍しいのか、敵の騎士はそこで初めて感情の動きらしいものを見せる。
 が、それも一瞬で最も素早い一直線の突きにての攻撃を行なってくるのは、流石というべきか。
 一歩引きながら刀を振るう。
 狙うは突きかかってきた刀身。
 見切りを誤れば急所への一撃を許してしまう受けだが、これを見事に為した南洋は、後ろへと引いた分威力のある剣撃により、体重を乗せたはずの突きを大きく弾き飛ばす。
 対するこちらは、敵の剣の重さにより刀の位置は僅かに左に流れたのみ。
 引いた足を前に踏み出し、万全の位置からの袈裟斬り。
 受けの剣が間に合うのは予想済み。それをすら万全の体勢ならば凌駕し得ると踏んでの事。
 しかし、鎧と受けの技術からか与えた損傷はさほどでもなかった。
 予想した通り、どうやらこの相手には小手先の技ではない、大きな振りで挑むしか無いようである。
 柳生 右京(ia0970)の振るった斬馬刀に向かって、この小癪な敵は何と大きく前へと踏み込んで来た。
 斬馬刀の長い刀身は、当然鍔元よりも剣先の方に威力がある。
 しかし、それとわかっていてもおいそれと出来るものではない。
 これに向かって踏み込むなど、余程頑強な鎧を着込んでいるか、間合いを計る己が目を信じていなければ出来ぬ芸当であろう。
 事実、刃は鎧を打ち抜き得ず。
 ただ、右京の豪腕ばかりはどうしようもなかった。
 重厚な鎧を着こんだ騎士の全身が、そのままの姿勢で真横にブレる。
 鍔元でこの威力である。
 驚愕に見開かれる騎士の目。
 右京は行けと合図のみを送る。
 これを受けて更に奥へと踏み込むのはレイシアだ。
 二人の魔術師、これを放置しておくのはあまりに危険すぎる。
 と、八嶋 双伍(ia2195)が叫ぶ。
「いけません! レイシアさん堪えて!」
 魔術師がかざした手の平の前より、強烈な吹雪が噴き出して来たのだ。
 真正面よりこれをもらったレイシアはもちろん、治癒の事もあり大きく後ろに下がるような真似をしていなかった双伍も含む全員に吹雪が襲い掛かる。
 慌てて双伍が治癒符をレイシアに飛ばそうとするが、まだ吹雪も収まらぬ中、風雪を物ともせずレイシアはこれを為した魔術師に肩口より体当たりのように飛び込む。
「この距離‥‥逃がしはしない」
 常ならば左頬にあるペイントは当人の手によって消し取られ、そのせいか明るく陽気な普段の雰囲気は鳴りを潜め、人を傷つける事をまるで厭わぬ冷酷な表情を見せる。
 抉り刺すような一撃、そして超接近状態にありながら、自在に、かつ効果的に振るわれるファルシオン。
 魔術師は、にっと相貌を歪める。
 直後、二発目のブリザーストームが放たれた。

 屋敷の裏口側に潜む雫、瑞姫、煌夜の三人は、フル装備で外へ飛び出そうとする二人の騎士を見つける。
 後続の気配は無し、動くかどうか僅かに迷うが、騎士二人相手では流石に外に居る煌夜の炎龍レグルスのみでは抑えきれない。
 瑞姫は朋友、忍犬の黒疾風に先行させ、そちらに注意を引かせておいて後背からの一撃を。
 しかし騎士もさるもの。
 瑞姫の飛ばした鎖分銅に巻きつかれる事無く、振り返りざま剣で弾いて飛ばす。
 煌夜が同じ騎士へと。同時に雫はもう一人の騎士を抑えにかかる。
 薄紅を纏った刃にて強打を叩き込む煌夜。しかし騎士の鎧は容易くは致命傷を与えさせてくれない。
 雫もまた同様で、騎士が抜き放った剣に斬撃を止められ、鍔迫り合いとなる。
 残る敵が気がかりな煌夜は、戦闘の最中ながら再度心眼を用いてみた。
 居た。この二人を合わせ総勢七人。残る五人は近づいて来ている。
 さー来るかー、と待ち構える煌夜であったが、五人は固まったまま表口の方へと向かっていった。
『‥‥なるほど、この二人は囮役だったって訳ね』
 表口からの燻り出しを見て、敵は裏口こそが本命と見たのであろう。
 事実は裏の裏で、煌夜達は表口にこそ人数を割いていたのだが。
 燻り出し開始からさして時間も経っていないというのに、こうまであっさりと二人の騎士を捨て駒に出来るその判断の早さに、人数もさしていない中でこれほどの腕の持ち主を容易くそう出来る神経に、煌夜は僅かながら恐怖を覚えた。
 刀を交えれば、お互いの考えている事はある程度伝わってしまうものだ。
 少なくとも雫が人間と戦う時はそんな傾向が強かったし、ましてやたった二人で突破せんと飛び込んで来た騎士達ならば、断固たる決意のようなものがあるだろうと、そしてそれが剣先を通して伝わってくるだろうと思っていた。
 しかし騎士にそんな気配は無く、まるで日々の農作業の延長であるかのように淡々と剣を振るう。
 アヤカシと対した時ですら、こんな無味乾燥な攻撃にはお目にかかれない。
 彼等には少なくとも殺意ぐらいはあった。
 慣れぬ相手に戸惑う雫。騎士は、そんな迷いを見逃さなかった。
 しゃがみこんで姿勢を低くした所から、両手剣を全力で突き上げる。
 鎧の隙間に見事命中した一撃は、雫の胴を深く斬り裂いたのだ。
『しまったっ!』
 畳み掛けるように次撃を放ち、肩口からも血を噴出す雫。
 更なる攻撃の前に体当たりで敵をずらし、距離を取ったが全身を走る激痛の波に思わず眉をしかめる。
 ふと、その痛みが軽くなった。
『マスター!』
 人妖、刻無の神風恩寵である。
 何とか建て直しに成功した雫は、大きく息を吐いて心を仕切りなおす。
 敵のあり方に思いを馳せるのもいいが、まずは刀に集中すべきだ。
 ここで斬り倒されては、何も成し遂げる事など出来はしないのだから。
 瑞姫は黒疾風に牽制を任せつつ、二人の背後を上手く取れるよう回り込むが、そう簡単には思うように行かぬ。
 ならばいっその事と、風魔手裏剣で狙いを定め、敵の動きに合わせ、ゆっくりと、しかし確実にこれ放つ。
 手裏剣が狙うは急所に非ず。
 剣撃を加えんとし引いた肘である。
 命中した手裏剣は騎士の腕に振動と衝撃を伝え、乱れた挙動に煌夜が合わせる。
 全力で突きかかった煌夜の一撃にも鎧は貫けず。
 が、その力で息でも止まったのか、騎士の動きが止まる。
 それあるを見越していた瑞姫は既に踏み込んでおり、鎧の上からでも構わぬと全力で刀を叩き込む。
 有効なのは斬撃より打撃。
 ならばその鎧、べっこべこにしてくれると瑞姫は刀を構えた。

 合計五発。ブリザーストームをぶちこんでくれた魔術師を、レイシアはようやく仕留める事が出来た。
 おかげで皆見事にぼろぼろである。
 しかし休む間も無く、次の標的へと。
 彼女が次に狙ったのはもう一人の魔術師である。
 こいつのフローズは、さっきから延々右京に集中攻撃を加えており、ブリザーストームの分も相まって右京の攻撃が精彩を欠いて居る。
 しかし、ブリザーストームの使い手を倒した事で、開拓者側も一手加える事が出来る。
 レイシアの甲龍、イグニスが天空より飛来し、通りすがりざまその足で魔術師を蹴り飛ばす。
 更に双伍の炎龍、燭陰がこれに続く。
 遙か上空からの急降下、地表すれすれにて羽ばたき浮力を得るも、降下の勢いが失われぬ絶妙のタイミングで魔術師を蹴り飛ばす。
 こちらの魔術師は先ほどの奴より耐久力に欠けるのか、この二つで既に体がぐらついている。
 レイシアはブリザーストームのもらいすぎでもうロクに感覚も残っていない体を無理に動かす。
 左から右に滑るように。慌てて上げた杖を弾きつつ、腕の半ばまで斬り落とす。
 更にくるんと手首を返して一回転させたファルシオンにタイミングを合わせ、軸足から前足へと加重を移しつつの斬撃。
 激しき舞踏の締めの一撃。だんと大地を踏みしめる音と共に振り下ろされた剣は、魔術師の首元から下を斬り、魔術師は絶命した。
 右京は全身を覆う霜が、ようやく解けてきたかと斬馬刀をより強く握り締める。
 と、上空より甲高い鳴き声が聞こえる。
「来たか、羅刹」
 鬱陶しい吹雪が消え、ようやく暴れられると舞い降りて来たのは右京の朋友、炎龍羅刹だ。
 それまでの鬱憤を晴らさせろと、右京の前に立つ騎士に喰らいつく。
 ぶちりと嫌な音がした後、それでもとこの龍に剣を突き立てる騎士。
 羅刹もまた同様。流れる血に興奮したのか、更に激しく、騎士へとつっかかる。
 まるで気配の無い一撃であった。
 ふと騎士が気がついた時には、とんっという軽い音と共にその肩に右京の斬馬刀が乗せられていた。
 刀身から伝わる万力のごとき膂力に、騎士の背筋が凍った。
 裂帛の気合と共に、右京は押し当てた斬馬刀を引き斬る。
 そもそも斬馬刀は斬る為の刀ではない。
 常人ならばこれでモノを斬るのは至難であろう。
 しかし、無理を通すが達人の技。
 長大な刀身を活かし、手前に引きずり込むように、一瞬で剛刀を振り切るはサムライの技あってこそ。
 その場で無理矢理前転させられた騎士は、くるんと回って着地する頃には、左半身を胴より失ってしまっていた。
「魔術の援護が無くばこの程度か。下らん」

 思わぬ痛撃をもらってしまった雫だが、その後は危なげなく戦い続ける。
 そして、騎士は自らの不利を悟ると、静かに降伏の意を告げた。
 剣を前に向かって放り投げ、腰に刺した短刀も雫の前へと投げ出す。
 未だ煌夜と斬り合っている騎士が怒鳴り叫ぶ。
「貴様っ! 裏切るのかジスパール様を!?」
「黙れ。結局全ては無駄だったではないか。何一つ為しえず、ただいたずらに人を傷つけ、一体何処に行くつもりなのだ。もうこれ以上、ついてはいけん」
 ひたすらに寡黙であった騎士は、何処にそんな激情を隠していたのか、真っ赤になって怒り、喚く。
「う、裏切り者が! この俺を前にして良くぞ抜かした! 今すぐ殺してくれるわ!」
 煌夜に背を向け、剣を投げ捨てた騎士へと飛び掛る。
 それを黙って見過ごしてやる程、煌夜は腑も気も抜いていなかった。
 急所に一突き。
 無念の涙を流しながら、怒れる騎士は絶命した。
「‥‥今、言うべきではない事かもしれぬ。だが、俺の知る限りのジスパールの活動全てを話すつもりだ。だからどうか、命だけは助けてくれまいか。俺は、人殺ししか知らぬまま死にたくはないんだ」
 ぽつり、ぽつりと溢すように呟く騎士。
 煌夜は刀を遺体より引き抜くと、一振りで血を払い、鞘に収める。
 驚いた顔の二人に、煌夜は沈痛な面持ちで語る。
「私達だけで、判断出来ないでしょ」
 仕事の内容上、この騎士を生かして返す訳にはいかない。
 しかし、こう口にした煌夜の気持ちも、騎士が捨てた刀を拾おうとしている雫の気持ちも、瑞姫には痛い程理解出来る。
 依頼主に事情を話し、何処か別の土地で暮らす事を条件に妥協を願う事も出来よう。
 何なら騎士の誠意を信じ、話す事すらせず条件だけ提示して見逃すのも手だろう。
 剣の腕はそれなり、しかし噂に聞いたジスパール程の力量も備えていないだろう騎士を一人見逃しても、それ程のリスクではないと考える事も出来る。
 それでも、逆目の存在をシノビとしてさんざん見聞きしてきた瑞姫は、それがどれ程危険な事なのか、こうして闇に生きてきた住人の言葉がどれ程信用出来ぬものなのかも良く知っていた。
 泥は自分が被ろう。そう決意し、背後より刀を突き刺さんと踏み出しかけた時、それは起きた。
 まるで瑞姫の気配に合わせるかのごとく、僅かに腰を曲げた雫目掛けて騎士が突っ込んだのだ。
 腕の一振りで仕込んであった隠し刀を抜き放つと、雫の首筋目掛けて伸ばしてくる。
 隠し刀の存在には気づいていなかったようだが、油断もしていなかったのだろう。
 無理な体勢でありながら髪の毛一本程の差でかわす雫。
 その脇を走りぬけ、一気に外へと脱出せんとする騎士。
 煌夜は叫ぶ。
「レグルス!」
 裏口のドアを開け放ち飛び出した直後、騎士の眼前を遮るように立ちはだかったのは炎龍レグルスだ。
 爪の一撃のみでこれを弾き飛ばし、屋敷の中に再度叩き込む。
 騎士が転がり戻る先、そこには駆け寄っていた雫が居た。
 心の臓を一突き、それでケリはついた。
「‥‥あ、後、一人、二人、ジルベリア人を‥‥殺せる、と‥‥思ったん、だが、な‥‥」
 そんな遺言と共に倒れる騎士。
 雫はゆっくりとその場に両膝をつく。
「貴方達は‥‥っ何のために騎士になったんだ!」

 甲龍、八ツ目の巨体は、これにてジスパールの姿を隠すだけでも充分に役目を果たしていると言えよう。
 そしてそれは、注意を全て自らに引き受ける事で、俺を倒さねば先は無いぞというあまりにも分かり易すぎる指針を騎士に与える。
 剣に寄って立つ身同士、これが良いと南洋は上段に構える。
 南洋の全身にも凍傷による怪我の痕が見られる。
 さもありなん、双伍はレイシアの治療にかかりっきりであったのだから。
 しかし両者の技量の差は、それで埋まる程ではなかった。
 大剣を手に、これが最後と横薙ぎに払う騎士。
 心持ちしゃがみ、刀身を左腕に乗せるようにしてこれを受け、全身の力で一気に跳ね上げる。
 重量のある大剣はその軌道を変えられ斜め上に抜けていく。
 同時に左袈裟に振り下ろす。
 跳ね上げられた騎士の大剣は、しかし引力と腕力に導かれ再び南洋の元へと。
 これに左からの逆袈裟を合わせる。
 一撃目にて力を失っていた騎士の両腕、そして腕と刀に守られた胴は、最後の一刀にて遂に急所ごと斬り裂かれるのであった。

 哲心は愛龍、極光牙に後退を命じる。
 必殺のスカルクラッシュにより返り血を浴びた極光牙は、甲龍の名が嘘と思える程はげた鱗を他所に、まだ戦えると小さく鳴いて抗議するが、再度哲心が命じると渋々上空へと上がっていった。
 そして当の哲心である。
 ブリザーストームにさんざ悩まされていたのは皆と一緒だが、それでも彼だけはこの吹雪の嵐に感謝している面もあった。
 もう何処を斬られたんだがわからぬ程に傷だらけの体から、血が流れ出る前に凍り付いてくれるおかげで、すこぶる気分の悪い、液体が体を滴る感じを得ずに済んでいるからだ。
 最初に最大の攻撃を叩き込んだのは最善だったと後から理解した。
 そうでもなくば、あの時コイツを止める事など出来はしなかっただろうから。
 今こうして立っていられるのが奇跡ではないかと思える程、この男、ジスパールは強かった。
「ほう、お前程の男がてこずるか。手強いな‥‥貴様がジスパールか?」
 後ろより現れた頼もしすぎる声。柳生右京のものである。
「すまない、遅れた」
 怪我をしていようと常と変わらぬ口調、歩調で南洋が歩み来る。
 双伍は、やはり沈痛な面持ちで、しかしはっきりと声を発する。
「貴方の命を‥‥刈り取りに参りました」
 ジスパールはやはりさして感慨も無さそうにこちらを見据えるのみ。
 一番怪我のヒドイ哲心に、双伍が治癒の術を唱えた瞬間ジスパールは動いた。
 後一撃、そう踏んでいたのだろう哲心目掛けて。
 一撃目は南洋が真っ向より受け止める。が、その膂力に踏ん張りきれず体ごと後退する。
 二撃目は右京が横合いより斬りつける事で相殺を狙う。が、その剣筋の鋭さに右京と斬馬刀をして弾かれるハメに。
 ジスパールが攻守交替だと剣を引きかけた時、既に哲心は踏み込みを終えバックスイングに入っていた。
 これだけ打ち合っても、ジスパールをもってしても、いまだ読みきれぬ哲心の剣筋。
「こいつはアヤカシ用の奥義だが、貴様相手なら問題ないな。星竜の牙、その身に刻め!」

 双伍は、皆が最後の後始末をしている間に片っ端から治療をして回る。
 一緒になって治療して回ってもらえるものだと思っていた雫の朋友の刻無は、主がひどく落胆しているのを慰めるのに必死でこっちまで顔出してくれなかった。
 そしてこちらもまたエラク沈んだ様子のレイシアだ。
「‥‥過去の事を思い出して取り乱したわね」
 最後はもう根性とかそこら辺の何かで動いていた彼女。多分、今回彼女が一番きつかったのではないだろうか。
「本当に、ご苦労様でした」
 次に、というか負けず劣らずキツかったのが哲心だ。
「悪い双伍、しばらく動けそうにない」
「わかってます。移動は半日程休んでからにしましょう」
 ふと見ると、南洋が屋敷より戻ってきていた。
「どうでした?」
「‥‥せめても遺品だけは届けられそうだ」
 煌夜と右京は準備を整えると屋敷に火を放つ。
 燃え盛る屋敷を見上げ、煌夜はぽつりと溢した。
「貴方達さえ忘れてしまったもの、覚えていてあげる‥‥だから、もう終わりなさい」
 右京は何も言わず、屋敷に背を向けた。
 瑞姫は燃える屋敷を見ず、じっと自分の手を見つめていた。
 双伍は何か言葉をと思い考えるも、かける言葉が見つからなかった。
 少し目を瞑った後、静かに、しかし良く通る澄んだ声で双伍は誰にともなく語った。
「今ここには居ない、たくさんの命を私達は救えたんです。それは例え公に口に出来なくても、自分の胸の中で、誇っていい事だと私は思っておりますよ」