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■オープニング本文 女郎部屋に一人の美女が居た。 夕姫と呼ばれている彼女は、美人揃いの女郎部屋の中にあって尚輝く程の美貌と、何より気風の良さから、店を訪れる皆に愛されていた。 こういった店では女同士のいがみあいが絶えないが、彼女が居ればそれだけでいさかいは収まる。そんな頼りがいのある女性であった。 店の看板ともいうべき夕姫を、常連達は惜しいと思いつつも身請けする者は居なかった。 彼女がそれを望んでいないと、ごく自然に納得させられていたのだ。 身請けの規則は絶対だ。それを守るからこそこの世界は成立する。 ある意味とても不自然な状態であったのだが、周囲の皆がこれを認めざるを得ない程、彼女は誰よりも光輝いていたのだ。 そんな光を翳らすのは、やはり同じだけの暗さを持つ闇。 店の持つ様々なツテなど一顧だにせぬ圧倒的な武力と、底知れぬ薄気味悪さを持つ陰陽師釘丸は、身請けの代金を店に持ち込み夕姫の引渡しを要求したのだ。 しかし、夕姫はこれを笑い飛ばす。 「はっはっは、残念だったねぇ。あたしはついさっき、身請けされたばかりだよ」 誰が何を言おうと断固として身請けを認めなかった彼女の言葉に仰天する釘丸。 彼女は、今まで贈られた様々な物を全て質に入れ、自らを買い取ったのだ。 いずれはこんな事もあろう、そんな覚悟を決めていたのか、彼女の決断は早かったのだ。 釘丸は、拍子抜けする程あっさりと引き下がった。 望むのならまた店で働けばいい、そんな意見もあったが、身請けの決まりは決して蔑ろにしてはならないと彼女はこれを断った。 これから先、どうやって生きていくのかもまるで決まっていないが、傘張りでもやって過ごすのもいいねぇと暢気に笑う。 別れを惜しむ仲間達に、彼女はやはり陽気に笑って返す。 「死ぬわけじゃないんだ、また、いつだって会えるよ」 三日後、彼女は無残な遺体となって発見された。 「はんっ、炎蛇とまで呼ばれた陰陽師様が! 女一人かどわかすのにこんだけの男を集めなきゃならないとはね!」 とっつかまえられ、釘丸の前に引きずり出されたというのに、夕姫は怯えもせず昂然と胸を張る。 「目的の為に手段を選ぶ程上等な人生は送っていないさ。ま、しばらくは牢にでも入っていなさい。気が変わったら声をかけてくれたまえよ」 夕姫は笑う。仰け反って堪えきれぬと哄笑を挙げる。 「はーっはっはっは! こいつはお笑いだ! アンタみたいな貧相な小男があたしの気を引けると本気で思ってたのかい! 笑わせるんじゃないよ! 部屋を出たからにはあたしのこの身はあたしの物だ! 誰にも好きになんてさせるものかい!」 何処で学んだのか取り押さえる腕をすりぬけ、最後の一撃にと隠していた手の平大の短刀を取り出す。 「せめてもの情けだ! 死体はくれてやるよ! せいぜいイタズラでもしてな変態野朗!」 止める暇もない。 一切の躊躇無く、彼女は自らの首を短刀で掻き切った。 川に打ち捨てられた夕姫の遺体を見て、女郎部屋の主人は激怒のあまり倒れてしまった。 話を聞いた部屋の他の女達も同様だ。 しかし、お上に話を通しても、釘丸が殺したなどという証言も証拠も出て来ず、たかが女郎一人とそれ以上は取り合ってもらえなかった。 釘丸は非公式にだが、陰陽術に関する街の相談役のような立場に居る事も有利に働いていた。 かくして、釘丸は無罪放免。今日も大手を振って街を歩いている。 それが、どうしても、彼女達には許せなかった。 「俺は金を払って身請けまでしてやろうとしていたのだぞ? もちろん贅沢させてやるだけの蓄えもあった、そんな俺が、何故彼女を殺さねばならん」 実際、釘丸はさらわせる時も、他の男達が夕姫に手を出すのは断固として禁じていた。 彼なりに大事にするつもりはあったのだろう。 しかし、彼のこの言葉も残された女達にとっては、火に油を注ぐだけだ。 復讐を決意した彼女達は、以後その決意を心の奥底に沈める。 そして釘丸の話に納得したような顔をしつつ日々を過ごし、静かに調査を進める。 そんな日々を半年程続け、遂に釘丸の配下であった男を一人篭絡し、その日の夕姫の話を聞く事が出来た。 女達も今更お上に上申した所で釘丸にお咎めがあると思う程抜けてはいなかった。 だから、彼女達は罠を張る。 釘丸を女郎部屋に招き、そしてそこで殺してしまおうと。 半年間の苦行は、彼女達に鉄の意志と結束を与える。 例えにっくき仇であろうと、笑顔で迎え入れてみせると豪語する彼女達の目は、紛れも無い戦士のそれであった。 女郎部屋の主人は苦悩する。 このままでは彼の商売は間違いなく破滅である。 もちろん彼も釘丸への怒りはある。殺してやりたいと短刀を握った事も一度や二度ではない程だ。 しかし同時に彼は部屋の主であった。 彼女達をこの道に引き込んだのも彼ならば、守らなければならないのも彼なのだ。 そして彼も腹をくくる。 女達が一線を超えるのなら、主は彼女達を守るためより以上に飛び越えて見せようと。 正規のルートではダメだ。開拓者ギルドは人殺しを請け負わない。 彼は財産をなげうって、ギルドを通さず開拓者を集められる人物と接触する。 そして頼むのだ。釘丸の殺害を。 女達の策はこうだ。 釘丸を部屋へと招き、これまでの無礼を詫び、今後も贔屓にしてもらえるよう歓迎の席を設ける。 同時に疑われぬよう、二人を釘丸の家へと迎えにやり、一人はそのまま釘丸を女郎部屋まで案内し、一人は釘丸の家に残って家の者を接待する。 つまり人質を置いてある形になるというわけだ。 もちろん表向きは、せっかくですので留守を守る方にも、といった配慮のフリをしている。 そしてもしもの時は人質を見捨て、酔いに酔った釘丸を毒殺するといった段取りだ。 人質になる予定の女、お蝶も、家まで案内する女、お時も、今の女郎部屋を引っ張ってきた女傑である。 この二人ならば不足の事態にも対応しうると期待されている。 主は、この迎えに行く護衛として一人、そして残りは途中の道にて待ち伏せ釘丸を討って欲しいと語る。 そして出来れば、人質役の女も助けて欲しいと付け加えた。 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は男装が上手くいっているようだと内心安堵しつつ、屋敷内での話し合いを見守る。 これといった問題も無く、釘丸と三人の護衛が出立するという段になって、釘丸はヘスティアにお蝶が帰る際の護衛も出来るよう屋敷に残り事を勧める。 お時は店までは釘丸に守ってもらえるからとヘスティアに残るよう頼むと、これに無言で頷く。 脱出路の確認は既にしてある。ならば、お蝶の側に居られるのは都合が良いのだから。 釘丸達が橋の半ばまで来た所で、行く先を塞ぐように紬 柳斎(ia1231)が姿を現す。 続いて現れた紫焔 遊羽(ia1017)もが仮面をつけているのを居て、釘丸達は即座に臨戦態勢に入る。 ひょこっと、柳斎の後ろからもう一人、シュラハトリア・M(ia0352)が顔を出すのと同時に、釘丸達が来た道を戻れぬよう、逆側にも人影が。 逆側を塞ぐ形の鬼灯 恵那(ia6686)は、不思議そうに一人だけお面をつけていない野乃原・那美(ia5377)に問う。 「お面、無くていいの?」 「顔見られて困ることもないしねー」 鬼灯 仄(ia1257)はぼそりと呟いた。 「いや、シノビが一番忍んでないってどうよ」 なんて軽口の後、前衛組は釘丸目掛けて飛び込んで行った。 残されたヘスティアとお蝶。 こういう時は酒の席でも設けて、といった形から入るのだが、ご褒美に浮かれる男達にそんなもの通用せず。 一々覗く趣味も無いとヘスティアは別室に控えようとするが、それを男の一人が止める。 「お前さぁ、さっきっからひとっ言もしゃべんねぇけど、もしかしてビビっちゃってる?」 声でバレるかもしれないだけだクズ共、と怒鳴りつけてやりたいのを必死に堪えるヘスティア。 「うはは、用心棒がコレかよ。マジよえー、つーかコイツ面白ぇから見物させてやろーぜー」 堪忍袋の緒がぴくぴくと震えているのが自分でもわかる。 が、お蝶が目で逆らうなと言ってくるので、仕方なく堪える。 「前からさーあの店の女郎ってお高く止まっててムカツイてたんだよね。おもしれーから‥‥」 いきなり一人の男がお蝶を蹴り飛ばす。 「コイツぶっ壊しちまわね?」 反射的に動こうとしたヘスティアに、それでもとお蝶は首を横に振る。 すると、今度は奥から一人の男が駆け込んで来た。 「そんな貴方に朗報っ! 釘丸さん愛用のトゲトゲ鞭〜〜〜! これで傷だらけにしてやればもう売りもんにならねーだろうし、二束三文で買えるようになるぜっ!」 「おおう、こんな所に策士が居たとはっ」 「天才現る」 それでも尚、恐怖に震える様も見せぬお蝶の根性は大したものであろう。 が、もう無理。 堪忍袋が破裂する音をヘスティアは聞いた気がした。 更にもう一人が駆け込んで来る音。 知った事かと拳を振り上げかけた所で、ふとそれが止まる。 「ゆ、ゆ、夕姫が出たあああ!」 前にはサムライと志士が、そして後ろにはもう一人のサムライが釘丸を守るように構えている。 その位置取りから、釘丸はまずは後方へと術を唱える。 幽鬼のごとく立ち上る薄茶色の式。 これを隷役にて強化し、一切の加減躊躇をせず最大最強攻撃を初弾からぶちかましてきたのだ。 同じ陰陽師であるシュラハトリアが驚きに眼を見張る程巨大な蛇が、まずは仄の全身を捕らえる。 苦悶の声を上げる事すら出来ない。 むしろ術にこそ強いはずの仄は、あまりの衝撃に意識を手放しかける。 更にもう一匹。 同威力の大蛇が今度は恵那に向けて飛び掛る。 かつて、ただの一撃でこれほどまでの衝撃を受けた事があろうか。 体力の半ば以上をむしりとられ、飛び込む足も止めざるを得ない。 そこに、敵サムライが斬りかかってきた。 苦痛と衝撃に視界が波打ったようにゆらりと揺れるが、この辺かとあたりをつけて振り上げた刀が何とか斬撃を受け止めてくれた。 が、敵の斬撃は受けた刀ごと恵那の体を吹き飛ばす。 欄干に叩きつけられ、しかしそれでも恵那は刀を落とさなかった。 いやそれどころか、怪我の具合を確かめもせぬまま、一歩を踏み込み強引に刀を振り上げる。 サムライは完璧な形でこれを受け止め、そのまま鍔迫り合いとなる。 「ふふっ、強いね」 この期に及んで、そんな言葉と共に笑う恵那に、サムライは僅かだが恐怖を覚える。 直後、恵那が動いた訳を知る。 背中に裂傷を負ったサムライは、振り向くわけにもいかずその攻撃には身を晒し続ける事しか出来ぬ。 「ほらほらぁ、こっち向かないと痛いよぉ」 橋の向こうより幼子の声が聞こえた気がする。あの小娘が陰陽師であったかと臍をかむサムライ。 シュラハトリアの斬撃符は、恵那が抑えるサムライの命を着々と削り取っていく。 踏み込む柳斎に対するはサムライと志士。 初撃より全力。 そう決めていた柳斎は、最後の一歩を深く踏みしめる。 奥まで引いた刀こそ主とばかり思っていた二人は、その失策を悟るも僅かに遅れる。 柳斎が逆腕に持っていた鎌を振るうと、旋風が巻き起こり、二人を同時に斬り裂く。 小ぶりの鎌なれど、そのありえぬ威力にたたらを踏む二人。 鎌を翻し刀を下げ構える柳斎。 その姿が、二人まとめてかかって来いと言葉より雄弁に語っていた。 遊羽は青ざめた顔で用意していた舞を引っ込め、神風恩寵へと切り替える。 巫女をやっているだけに、怪我の具合がどれ程かは見ただけでかなりの所を把握出来る。 それ故に、大蛇の直撃を受けた二人がどれほど危険かもすぐにわかったのだ。 もう一度同じ事をされたらと思うと背筋が凍る思いだ。 二人の怪我を癒し、次弾に備えさせる。 そして、多大な犠牲を払ってでも踏み込みきった二人を祈るように見つめた。 前二人が大蛇に飲まれた瞬間、那美は敵サムライの足の動きを見て恵那へと向かうと察すると、好機到来と足に力を込める。 その姿が、釘丸の視界より消え失せる。 人と橋との隙間を縫うような瞬足の踏み込みは、しかし釘丸へと至るものではなく、その背後を取るためのもの。 何処だと見渡す釘丸の背後より、この場にそぐわぬ軽快な声が。 「蛇の斬り心地はどんなのかな?」 背中に走る激痛に背後を振り向くも、そちらには既に誰もおらず。 とんっと何かを蹴る音を聞いた。 そちらかと振り向くと、そこには大上段に刀を振りかぶり、欄干の上より飛び降りる仄の姿があった。 「蛇を殺すにゃ頭からってな!」 大蛇の猛攻を受けて尚仄は怯む事なく、それどころか戦闘中の恵那とサムライを避けるように釘丸へと飛び込んでいたのだ。 那美のように早駆を持たぬ仄は、欄干に飛び乗りこれを駆け、釘丸へと迫る。 振り上げた刀身より零れるは紅色の燐光。 持久戦ではなく即座の決着を狙っていたのは仄も一緒であった。 振り下ろした刀は、袈裟に釘丸を斬り裂き、返す横薙ぎで腹部を。 危機に気付いた敵志士がこちらへと駆けよりざまの一刀。 手首を返し、肘を上げつつ足を踏み出し体勢を整える。この一挙動で受けの姿勢を作って刀を止める。 「おいおい、こっちばかり気にしてていいのかい?」 後ろからは釘丸のくぐもった悲鳴が。 那美がまとわりつくように釘丸の周囲を飛び回り、今度は脇腹に短剣を突きたてたのだ。 戦況は開拓者側に有利だが、遊羽は釘丸の動き次第でいつでもひっくり返ると戦いに眼をこらす。 遊羽が味方の怪我の度合いを見誤れば、間違いなくこちらにも犠牲者が出てしまうのだから。 「はぁ? お前何寝ぼけてんだよ。いいよ、俺が行って見てくるから」 そう言って男は短刀を抜き廊下を走って行った。 男が廊下を駆ける音、斬撃音、衝突の音、斬撃音、ばたばたと忙しなく走る音、斬撃音、沈黙。 俄然喚き出したのは、夕姫が来たと叫んだ男だ。 薄気味悪くなった男達は、今度は三人でと廊下の奥に向かう。 残った男達もあーでもないこーでもないと大騒ぎであり、ヘスティアはこの隙にとお蝶を連れてそーっと部屋を出る。 「姐、さんが‥‥?」 お蝶は呆然としたままであったが、仕掛けに心当たりのあるヘスティアは、調べてあった屋敷の内装を思い出しつつ、夕姫っぽいものが居るらしき場所に向かう。 既に立ち回りの真っ最中、お蝶に大人しくしているよう言って男達を夕姫っぽいものと一緒に叩きのめす。 「効果覿面だねぇ」 ヘスティアの言葉に、夕姫に扮した霧崎 灯華(ia1054)は笑って答える。 「みたいね。あんたの大剣は入り口に置いてある。裏と表口に罠張ってあるから大丈夫とは思うけど、あんたは外に逃げようとする奴仕留めてくれる?」 「すまないね。中は一人で大丈夫かい?」 「あいつ等ビビりすぎ。あんなへっぴり腰じゃ刺せるものも刺せないわよ」 「くっくっく、違いない」 そこでヘスティアは真剣な顔になりお蝶に語る。 「あんた等の企みは知ってる。そいつも含めて悪いようにはしないんで黙って従ってくれないかい?」 少し考えた後、お蝶は小さく息を吐く。 「‥‥で、あたしは何をすりゃいいんだい?」 納得した、というか他にやりようが無いので腹をくくった模様。 ヘスティアが表口に出ると、ちょうど二人の男がこけつまろびつ表門から外へ出ようとしている所だった。 「ちくしょう! 釘丸さんに早く知らせねえと!」 「ま、待ってくれ! 置いてかねえでくれよう!」 一人の男は既に傷だらけであり、元気な男を追いかけていたが、元気な方が表門に達すると突然、下から黒い瘴気の塊が男の体を覆う。 「うわぁ! こ、こっちもダメだ!」 そう叫んだ傷だらけの男を、真横から大剣でぶった斬ると、斬り裂かれつつ吹っ飛ばされごろごろと転がり、ぴくりとも動かなくなった。 「お、お前っ!?」 有無を言わさず、もう一人の男の頭上より大剣を振り下ろす。哀れだ何だと僅かな情も沸かなかった。 「さて、後は‥‥」 そのまま庭へ走ると、案の定灯華にビビりまくった奴が縁側より外に飛び降りて来た。 これをさっくし仕留めると、縁側を登り、屋敷内で声のする方へと戻る。 廊下は使わず部屋を通り抜け奥に向かうと、いきなり眼前の襖が開く。 慌てず騒がず、襖を開いた男を蹴り飛ばして部屋に叩き戻す。 「よっ、外で三人だ」 斬撃符を飛ばして逃げようとした男にトドメを刺しつつ、灯華は満足げに頷く。 「そう、じゃあこれで最後ね」 腰が抜けたのか、部屋の隅でがたがた震えている男。 「ま、待ってくれ。お、俺はあの店のお町と良い仲なんだ。なあ夕姫、俺は助けて、くれる、よな?」 気が動転しているせいかまだ気付いてない男の耳元に、灯華はゆっくりと顔を寄せる。 「だぁめ」 すぐに金目の物をかっぱらって来たお蝶と合流すると、表門より人の声が聞こえてきた。 数人居るらしく、灯華はちっと舌打ちする。 「こりゃ火をかけてる暇無さそうね」 「いや、流石にそりゃマズイだろ」 そうかい、と本気なんだか冗談なんだかわからない顔の灯華と、お蝶を引きつれ、ヘスティアは予め調べておいた経路を使って外へと逃げ出す。 半ばまで逃げた所でヘスティアは足を止める。 「んじゃ、あたしは向こうの連中の道案内してくるよ」 灯華は頷き、そしてお蝶に向き直った。 「あんたともここでお別れだ。誰にも見つからないよう店に戻りな。それと‥‥」 「なんだい?」 「そろそろ、釘丸も死んでる頃じゃないかな」 「なっ!?」 いただいた金は夕姫の供養にでも使うんだねと言い残し、灯華もヘスティアもお蝶を残し去って行った。 サムライは自身の全てを賭けた両断剣による連撃を柳斎へと叩き込む。 今までこれを受けて崩せぬ者など一人も居なかった、剛剣を得意とする男のありったけである。 無傷ではない。 その程度でしかなく、これを受けた柳斎は深手を負うでもなく、動きを崩すでもなく変わらぬ姿勢のまま。 鎧が優れている、受ける武器が優れている、剣技が優れている、鍛えた体が優れている。 全てが高次で成立して初めて、サムライの剛剣をこうまで無力化出来るのであろう。 「俺の剣が効かねえなんて、そんな奴が居るのかよ‥‥畜生」 柳斎も決して無傷ではないし、むしろこれ程やれるサムライも数少ないと思える強い剣力だと柳斎は思っていた。 だからここまで自らを鍛えあげた男に敬意を払い、出しうる全力でもってこの連撃に応える。 各所より血しぶきを上げて倒れる男。 その躯を見下ろして呟く。 「かような形で出会わねば、あるいは良き友となれたかもしれんが‥‥それもまたやむなしか」 全身を裂傷に塗れさせた男は、ロクに動けもせぬ体でぼうと首筋に迫る最後の一撃を見ていた。 しかしその刃が皮一枚にて止まる。 「ふふ♪ それじゃ、あの世で女遊び楽しんでね」 無邪気にすぎるその声が、地獄の断崖まで自らを追い詰めたサムライとはとても思えず、既に諦めきっていた心にほんの僅かながら火が灯る。 誘われるように刀を突き出す。 が、当然恵那がより速い。 刃を当てた状態から引き斬るのみで骨をも絶ち斬り、男の首が宙を舞った。 那美は釘丸の斬撃符により、元々低くない肌の露出度を上げつつ、流れる鮮血の赤にてこれを覆う。 既に刺し傷だらけの釘丸の背中に、胡蝶刀をゆっくり、ゆっくりと押し付ける。 「もう諦めちゃったの♪ ほらほら♪ 頑張らないとこの先は心の臓だよ♪」 「よせっ、わかった。金はある。俺が‥‥お前等を、言い値で雇って‥‥」 「ダァメ♪」 突き刺した刀身の先端を背骨に引っ掛け、横に押し斬る。 肉を捌く時のような、外より斬り殺しにかかる感触とはまた違った手触りに那美は満足気に頷くのであった。 斬るのではなく、どかす意図で振るわれた刀をくぐりつつ、仄は真横を駆け抜ける志士を一瞬だけ見送り背中より逆袈裟に斬り上げる。 一瞬大きくのけぞった志士はふらふらと橋の欄干に近寄る。 「逃がさへん」 不意に足を襲った強烈な歪みの力を堪えきれず片足から崩れるように倒れ、次いで放たれた地を滑るような刃の衝撃に斬り裂かれて絶命する。 にっこりと笑って見上げるシュラハトリアに、可愛らしい妹でも見るような遊羽。 シュラハトリアは小首を傾げ、人差し指を口に当てる。 「ん〜。シュラハはぁ、やっぱり用心棒役でも良かったかなぁ」 「どうしてそう思うん?」 「だってぇ、それならお蝶おねぇちゃんと一緒にぃ、気持ちよくなれるよねぇ♪」 笑顔で皆の治療をするシュラハトリアに、深く考えたら負けと自分に言い聞かせる遊羽。 戦闘を終えた仄は彼女達の雄姿を思い出し、しみじみと語った。 「‥‥女は怖いねぇ」 女郎が釘丸を訊ねた事を知る者も無く、犯人はとっとと街を出てしまった事もあり、番所の調査はあっさりと行き詰まる。 恨みつらみを半年間我慢し続けた女郎達を、疑う者も居なかったのである。 |