鉄球先生
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/27 19:04



■オープニング本文

 今日は数多居るアヤカシの中から『鉄球先生』と呼ばれるアヤカシについて語ろうと思う。
 北面の北部国境付近、アヤカシが出没するこの地域に、とある強力なアヤカシが居た。
 時折、森より配下を引き連れ出て来ては、甚大な被害を与えて去って行くこのアヤカシの最大の特徴は、何より目立つ手に持った鉄球である。
 トゲの付いた鉄の塊に鎖をつけ、その遠心力により凄まじい破壊力を発揮するこの武器こそが、アヤカシ『鉄球先生』の名前の由来となっている。
 では何故先生なのか?
 それはこのアヤカシは、まずは配下のアヤカシ達に戦わせ形勢不利になるまで動かない所から来ている。
 戦況が不利でこれはマズイと察した下級アヤカシは、かの中級アヤカシに駆け寄る。
「先生お願いします!」
「どーれ」
 といったやりとりが実際に行われているわけではないが、まるでそうしているように見えるので、この名がついたそうな。
 もちろんあまりに敵が強い場合はもの凄い速さで、先生お願いしますどーれの流れになるのだが。
 何処まで本当なのか判断がつかない所だが、現にこの鉄球先生の名は兵達にとって恐怖の代名詞となっている。
 配下の下級アヤカシも図体が大きく、腕力に長けた者が多い。
 この一団の攻撃力は凄まじく、同数の部隊ではあっという間に踏み潰される程である。
 強襲の為だけに存在するようなこの集団は、目下最前線にてアヤカシを抑えている軍にとっては頭の痛い存在だ。
 頑丈な木を並べて作った壁を容易く砕き、土を盛ってもこれを防げず。
 石壁をすら粉砕しうる彼らの進行を止めるのは容易な事ではない。
 また策を弄してもありあまる腕力と体力にて強引に突破され、どうしてもこれをしとめる事が出来なかった。
 前線の兵達は語る。
 鉄球先生と出くわしたなら、後ろも見ずに走って逃げろと。
 通常の兵のみではなく、志体を持った強者ですら心底からこれに同意する程の怪物が、鉄球先生なのである。

 前線を任されていた司令官は、恥を承知で実家に泣きつく。
 司令官の両親は、遠き地にて戦う息子を心配しており、その泣き言を聞いてすわと動き出す。
 お上を頼るわけにもいかぬ。
 それでは息子が無能だと吹聴して回るようなものだ。
 ならばと両親は家の金を使って開拓者ギルドを頼る。
 どうか息子の助けになるような、屈強の兵を回して欲しいと。
 ギルド係員はすぐさま現地に向かい、司令官と打ち合わせをした結果、策はまとまり開拓者の募集をかける。

 鉄球先生をおびき寄せ、開拓者の力によってこれを倒すべし。
 鉄球先生にぼっこぼこに壊され、放棄された砦を再利用する。
 開拓者達にはここでしばらく寝泊りしてもらい(辛うじて平屋の建物が一軒のみ残っている)、現れる雑魚アヤカシを倒していてもらう。
 これは手強しとなれば、おそらく鉄球先生の一団が攻撃に現れるだろう。
 ここら一帯では鉄球先生の集団が最も強いアヤカシ達であるので、それはほぼ間違いない。
 彼は他のアヤカシを率いる事は無い。
 鉄球先生が来るのなら、共に来るアヤカシは大柄な人型をした下級アヤカシのみである。
 なので、朋友やらも全力で駆使しつつ、これを迎え撃ち倒すべしとなった。

 一点だけ注意事項がある。
 鉄球先生はその巨体故動きが鈍いと思われがちだが、人が動く速度とほぼ同等に駆け回り、飛びまわれる。
 更に恐るべき事に、空の敵に対する事すら出来るのだ。
 敵が空に居る場合は、背中の一体何処に収納しているのかまったくわからない巨大な翼が広がり、わっさわっさと空を飛ぶ。
 この形態は、ジルベリアの言葉から『フライング鉄球先生』と呼ばれており、龍使いにとってもまた鉄球先生が畏怖される理由となっている。
 幸いフライング形態が取れるのは鉄球先生だけであるのだが。


■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
菫(ia5258
20歳・女・サ
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟


■リプレイ本文

 散発的に砦へと襲い来るアヤカシ達。
 しかし数、質、共に志体を持たぬ者にすら撃破出来る程度のもので、当然、開拓者たる一行の相手になどなるはずもなく。
「こらっ! おぬし等またさぼっておるな!」
 神町・桜(ia0020)が薙刀を横薙ぎに振るうと、アヤカシは間合いに入る事すら出来ぬまま両断された。
 煙管を手に葛切 カズラ(ia0725)は艶な様子で唇を尖らせ、ふぅっと煙を吐く。
「あら、私の分はもう退治済みよ。ずっと遊んでる人と一緒にしないで欲しいわ」
 カズラ言う所のずっと遊んでる人、鬼灯 仄(ia1257)は悪気も無さそうにからからと笑う。
「まあまあ、硬い事言いなさんな。ほれ、桜もどうだ、一杯?」
「いらんっ! ‥‥まったく、昼間っから酒なぞ呑みおって」
 シャンテ・ラインハルト(ib0069)は苦笑しつつ、口笛を吹き鳴らす。
 ぴっ、という軽快な音。
 巫女の身でありながら、見事アヤカシを討ち倒した桜への賛辞がそこには込められている。
 彼女独特の雰囲気に毒気を抜かれたのか、ふうと息を吐いて桜は矛を収める。
 羅喉丸(ia0347)は右方の敵にトドメを刺した後、さて残るはと左方に踏み込もうとする。
 その足先三歩前に、すとっと矢が刺さる。
 はたと気付いてみれば周囲に残る敵はただ一匹。
 わたわたと逃げ去るアヤカシを他所に、羅喉丸は振り返って感謝の意を述べる。
 これを受けた茜ヶ原 ほとり(ia9204)は静かに頷くのみ。
 鉄球先生を誘い出すという役割を考えれば、何匹かは逃がした方が良いのだ。
 後方よりの支援に徹していると、戦場全体が良く見えるという事だろう。
 鈴梅雛(ia0116)がとてとてと駆け寄ってくる。
 上から下まで羅喉丸をじーっと見つめた後、特に怪我らしい怪我もないのを見てにこっと笑った。
 良い仲間が集まった、そう実感した羅喉丸は、三人一緒に残る面々が集まっている場所へと向かう。
「だーかーら! 仕事中じゃと言うておろうが! あっ! こらっ! カズラまで何をしておるのじゃ!」
 戦闘直後とはとても思えぬ。
 仄とカズラは何処からもってきたのか長椅子に腰掛け、山に芽吹き始めた草花を肴に杯を傾けており、それを見た桜がぎゃーぎゃーと喚いている。
 そしてどうしたものかと首をかしげているシャンテ。
 ほとりは、ふふっと忍び笑いを漏らす。
「頼もしい限り、という事で」
 この光景をどう受け取ったものか困っていた羅喉丸は、彼女のお勧めに従いそう思う事にした。
 その頃雛は、戦闘が終わってわっさわっさと降りてきた甲龍のなまこさんとじゃれあってたりする。
 どうにも噛み合ってるのか噛み合ってないのか微妙な面々であった。

 夜の見張りもきっちりこなし、準備万端で待ち構える一行。
 特に夜の見張りではほとりの配慮が細やかで、見張り作業もそれなりに快適であったとか。
 この地に着いて二日目、早々に敵は動き出した。
 地平線の彼方より、大柄な人型アヤカシが棍棒を肩にかついで歩いてくる。
 十体の集団は、見るからに歴戦を感じさせる風貌で、こいつらだけでも充分砦は落とせるのではと思わせる威圧感がある。
 が、それ以上の存在感は、更に後ろに居る大男、鉄球をずるずると引きずりながら歩いている、そう、鉄球先生より発せられていた。
 ある程度の距離までくると、鉄球先生は足を止める。
 他のアヤカシ達もこれに倣い、待ち構える開拓者達と睨み合う。
 鉄球先生が腕を一振り。それが合図であったのか、アヤカシ達は一斉に砦跡地目掛けて走り出した。
 土煙が舞い、地響きが聞こえてくる。
 アヤカシにも鬨の声があるものなのか、唸り声の声量をそのまま上げたような声を大きく開いた口より発しつつ、獲物は早い者勝ちだと競いながら向かってくる。
 皆、手はず通りギリギリまでこれを引き付ける。
 表情を引き締める桜に、仄は刀を抜き放ちつつ陽気に言ってやる。
「心配すんな。ここ一番の仕事はきっちりこなすさ」
 ふん、と鼻を鳴らす桜。
「そこは始めから心配なぞしとらん」
 言ってくれるねぇと、先行する仄。並んで羅喉丸が走る。
「俺達で二体ずつ抑えるぜ」
「わかった。まずは奴等を潰す!」
 先頭のアヤカシが仄に棍棒を振り下ろす。体重任せであるが、走る勢いも乗っており速度も威力も十二分。
 仄は口元に手をやると、くわえていた喧嘩煙管を手に持ち、踏み込みつつ棍棒の根元に叩き付ける。
 ぶわっと頭部を棍棒がかすめ、短髪が風になびくが被害は無論無い。
 懐深くに入り込んだ位置では、刀より煙管が活きる。
 棍棒を叩いた反動で跳ねる煙管に体重を乗せ、手の中でくるっと半回転。
 逆手に持ってアヤカシの胸元に強く激しく突き立てる。
 ついでに肩でぶちかまし、力づくでこれを弾き飛ばすと、回り込んでいた別のアヤカシに刀を突きつける所作のみでこの侵攻を止める。
 更に一体、こちらは側面より棍棒を振りかぶるアヤカシに、煙管を頭上にこれを捌きつつ、刀を真横に振るう。
 殴りつけるような刀の一撃は、斬るのみならずアヤカシを後退させる意味もあった。
 だが、これで倒れてくれる程、簡単な相手でもない。
 傷を厭う様すら見せず、再度攻撃を仕掛けてくるアヤカシ達。
「おいおい、予定より一匹多くないか」
 仄はぼやき口調とは裏腹に、上等と言わんばかりの顔でこれを迎え撃つ。

 羅喉丸の拳が棍棒へとぶち当たる。
 真正面よりこれをしていれば、さしもの羅喉丸の拳もタダでは済まなかったろう。
 しかし振り下ろして速度がつく前に撃てば、棍棒も本来の威力を発揮出来ない。
 むしろ拳の威力に負け棍棒の方が弾かれてしまう。
 右拳を振ると同時に後ろへと引き絞った左拳。
 これを胴中央ど真ん中に叩き込む。
 正中線を狙うこの一撃は、並みの人間ならばそれだけで悶絶ものなのだが、アヤカシは空いた腕を振り下ろし即座に反撃。
 受ける事はしない。それでは次が続かない。
 振り下ろされる腕をかわしながら一瞬で股下をくぐりアヤカシの後背へと。そのまま立ち上がりざまに肘撃ちを背中へ。
 奥に居たアヤカシが、突如現れた羅喉丸に驚きつつ棍棒を振るう。
 右に、しゃがんでかわす。左に、真上に跳躍しつつ、足下を棍棒が通過する瞬間、これを蹴り飛ばして右方へと飛ぶ。
 見ると、甲龍の頑鉄も一匹を相手に大立ち回り中。空からの攻撃は有利ではあるが、地上の敵を後方に抜けさせぬためには同じく地上で戦うしかないのだ。
 その強固な甲羅は、叩き付けられた棍棒を、まるで鋼の塊を打ったかのように弾き返す。
 うむっと一つ頷き、羅喉丸は敵へと向かっていった。

 真横よりの棍棒を、シャンテは受け損なってまともに肩にもらってしまう。
 流石に十体も居ては、前二人で抑えるのにも無理があるのだ。
 ふわっと宙を舞い、直後巨大なハエ叩きにでもぶん殴られたかのような衝撃と共に着地。
 ごろんと一回転のみですぐに起き上がる。
 打たれた脇腹はじくんじくんと痛み、息を吸うと傷口が響くように痺れる。
 それでも、歌は歌い続ける。
 皆に勇敢であれと歌うシャンテが、どうして自らそれを穢すような真似が出来ようか。
 幾たびもの戦いが、シャンテに吟遊詩人の役割を教えてくれた。
 歌によって皆を守り、歌によって皆を奮い立たせ、そして最後に、どうしても防ぎきれぬ敵は我が身をもって抑えきる。
 そして今は、頼れる朋友が共に居てくれている。
 忍犬セレナーデが必死にシャンテを狙うアヤカシに喰らいつき、その注意を引こうと躍起になっている。
 友の勇気に応えるようにシャンテは歌い続ける。
 雄々しく突撃を奏でる鬨の声のように、存分に勝利への道を切り開かれんと、祈りながら。

 桜は構えた薙刀を右に左にと回転させつつ敵を牽制する。
「まずは雑魚退治からじゃの。鉄球先生とやらが出てくるまでになるべく数を減らすとするのじゃ」
 足元に降り立った猫又の桜花はふにゃっと小首を傾げて桜を見上げる。
『どうでもいいけど、その名前を聞くと力が抜けるにゃ』
 などといいつつも、猫ならではの俊敏さで足元より駆け出す桜花。
 同時に、もう一匹の猫又が桜が対しているアヤカシの元に迫る。
 猫又同士息が合うとでもいうのか、桜花の放つ閃光にあわせクロウを放つのは仄の朋友、猫又のミケであった。
「おぬし、主は良いのか?」
 にゃーと応えるミケからは罪悪感の欠片も感じられない。
 恐らく主の意向であろうと勝手に納得し、心の中だけで感謝の意を述べる。
 主に似て飼猫又も女好きなのがここに居る理由だなどと、まあ気付けという方が無理な話だ。
 二匹の猫又の妨害をくぐりぬけ、アヤカシが棍棒を振り下ろす。
 上へとかざした薙刀にてこれを防ぐも、抑えきれず肩に痛打をもらう。
 足をついて堪えつつ、ぎんっとにらみつける視線
 その先にあるアヤカシの右足の皮膚がズレ、曲がり、歪む。
 近接位置から下がる事もせず、更に次撃を。
 今度は棍棒を持つ右腕を不可視の力にて捻りあげるが、アヤカシはぎちぎちと嫌な音を立てる右腕を強引に振り上げ、棍棒を叩き下ろす。
 受けた桜の体が、その姿勢のまま大きく後ろに滑っていく。
「ふん! 貴様ら程度にわしは倒されぬのじゃ!」
 気合充分な桜に他所よりつっこみが。
『それなら我を連れてこず一人でやるにゃー』
「それだと寂しいではないか」
 にゃーと疲れたような声を上げる桜花に、言語に例えるのなら『我輩の雄姿、その目に焼き付けるが良い!』とばかりにアヤカシへと挑みかかるミケ。
 どっちが誰の朋友だかわからなくなるよーな一幕である。

 小柄な雛の前に甲龍なまこさんが立ちはだかると、まるで城壁のようである。
 ごつごつとした岩のような肌は刃を防ぐ鎧となり、雄々しく広げた翼は矛を防ぐ盾となる。
 見るからに弱々しい雛を狙いアヤカシは挑みかかるが、都度なまこさんがこれを防ぎただの一撃とて入れさせぬ。
 その間に、前衛二人に、そして弓を構えるほとりへと、神楽舞・攻を舞い続ける。
 巫女はもう一人桜が居るが、こちらはむしろ攻撃に動いてもらっている。
 だから皆への治癒は雛が行わなければならない。
 戦闘前に雛はなまこさんに声をかけた。
「なまこさん、ひいなの事、護って下さいね」
 少し低い声でこれに応えたなまこさんは、その頑強な鱗を持って見事役割を果たしている。
「ひいなも、頑張らないとっ」
 各所で戦闘が続いているが、何処も損傷無しとは言い難い。
 鉄球先生が出てくるまではと思っていたが、どうやらここで一度大きく持ち直させてもう一踏ん張りが必要らしい。
 両手を合わせ、静かに祈る。
 周囲から騒々しい戦闘の音が掻き消え、代わりに体中を精霊の声が満たす。
 これを一つにまとめるではなく、たくさんの人達へ。
 癒しの光が、あまねく仲間を満たしてくれるようにと、静かに、優しく、強く祈る。
 雛の全身がほんのりと輝き、放たれた精霊の力は仲間達全てへと降り注ぐ。
 閉じていた瞳を開く。
 ほんの一瞬の出来事だったが、やはり状況は変わらず、なまこさんの背中が大きく雛の目に映る。
 この戦いが終わったら、目一杯撫でてあげようと心に決める雛であった。

 ほとりは後方に控え、自身がどう動くべきかを考えていた。
 敵人型アヤカシは、思ってた以上に手強い相手であるようだ。
 一番厳しいのはやはり三体を一人で抑えている仄の所だろう。
 だが、ほとり自身の保有する能力を考えるに、今援護すべきはそちらではない。
 一刻も早く敵の数を減らし、本来そうすべきではない後衛職による敵の引き付けを解消する事。
 仄と羅喉丸は複数を抱えており、攻撃が集中しずらいのでダメ。
 雛とシャンテは攻撃ではなく抑えるのを主眼に置いているためこれも違う。
 桜は二匹の猫又と共に結構な火力を持っているが、次善である。
 やはり、とほとりが目を向けたのは、カズラであった。
 装甲の厚い甲龍、鉄葎にまたがり、防御はそちらに任せつつ鏃のように変形したタコの足みたいなものを突き刺し攻撃する。
 流石に歴戦の陰陽師だけあってその火力は随一だ。
 引いた弓を、カズラが狙うアヤカシに定め、放つ。
 カズラは一度だけちらっとこちらを見た。
 艶のある表情で微笑みかけられると少しどきっとしてしまう。
 それでもほとりの意図は通じた模様。
 二人は息を合わせて集中攻撃を行う。
 まずはカズラの前に居た既にぼっこぼこになっていたアヤカシを。
 次に桜がさんざ歪みに歪めたアヤカシを、そして浮いた戦力を集中させ、朋友達も含めた圧倒的な火力で雛の前のアヤカシ、シャンテの前に居たアヤカシと順に撃破していく。
 残るは六体。
 そこで、鉄球先生が動いた。
 背より生える巨大な翼。
 一羽ばたきしただけで、その巨体がふわりと宙に舞う。
 シャンテとカズラがこれを見て、鉄球振り回して飛ぶんじゃないんだと、ちょっとがっかりしたとかはまあ置いておく。
 ほとりはすぐさま控えさせていた駿龍、黒江に飛び乗り、龍上にて弓を構える。
 揺れる背にあってもその狙いは揺るがず。
 練力を込めた矢は一直線に、そして鉄球先生の眼前で急角度に折れ曲がり、その身に突き刺さる。
 同じく甲龍、鉄葎に乗ったままであったカズラが、その背中を一撫ですると、龍は勢い良く飛び上がる。
 ほとりの黒江同様、一定の距離を保ったままで居ようとしている。
 しっかりカズラの射程を理解しているらしい鉄葎に、カズラは後でねっとりスキンシップさせてあげようかしらとか考えつつ、ここが見せ場ととっておきの術を披露する。
 背後より伸び来る鞭のような、ぬめった紐のような、つまる所触手はカズラの前で長大な蛇となってこれに襲い掛かる。
 上からの一撃に、地面に押さえつけられるようにされながら、鉄球先生は両足でバランスを取り、大地を削りながら着地。
 そのまま翼をしまって突進してくる。
 元から移動の為に飛んだのか、はたまた逃げ回る気配のある空より地上を優先したのか。
 その様を見た仄と羅喉丸は舌打ちしつつ、それぞれ最も弱った敵を狙い紅蓮紅葉と空気撃を叩き込み、一撃にて葬る。
 それでも残った四体を、雛のなまこさん、桜と猫又コンビ、羅喉丸の頑鉄、シャンテとセレナーデで抑え、仄と羅喉丸は鉄球先生へと。
 先制の一撃を受けたのは仄であった。
 刀で流してやろうと構えていたその横っ腹に、唸りを上げ飛んできた鉄球が叩き込まれる。
 悲鳴だか呼気だかわからぬ声をあげ、仄はごろごろと大地を転がる。
 すぐに立ち上がる事も出来ぬ。それほどの衝撃であったのだ。
「‥‥や、べぇ。そいつは途中で変化しやがるぞ羅喉丸!」
 苦痛に顔を歪ませながら仄が叫ぶも遅い。
 このような大振りに当たってなるものかと伏せた羅喉丸は、突如眼前に飛び込んできた鉄球に吹っ飛ばされる。
 鉄球先生は手元の鎖を操って、飛び行く鉄球の距離や間を自在に操るのだ。
 前線の猛者が受けきれぬのを見て、カズラは呪縛符を放つ。
 大地より伸び来る触手の群。
 これがまとわりつくように鉄球先生の全身を這い上がる。
 だが、気合の咆哮と共に全力で身を捩ると、ぶちちと音がしてこれらが千切れ飛ぶ。
 中級アヤカシの名に恥じぬ、まさに怒涛のごとき鉄球先生の猛攻。
 これに一番最初に楔を打ち込んだのは、術を破られ内心穏やかではないカズラだ。
 再び呪縛の符を放つと、今度は念入りに足元より巻きつくように攻め上る。
 二度も破られてなるものか。そんなカズラの怒りの力か、今度こそその身を這わせる事に成功。
 それでも尚、鉄球の脅威は健在。
 身を起こし踏み込まんとする羅喉丸へ一直線に伸びる鉄球は、防ぐ事も適わず前面を直撃する。
 しかし、不思議な事に先ほどとは違い、吹き飛ばされる程の威力には感じられなかった。
 そう、シャンテが歌を切り替えたのだ。
 剛勇無双にすら立ち向かう、堅牢にして勇壮なる騎士の歌へと。
 そして桜は命じる。
「こちらは良いから行けい桜花!」
『よりにもよってアレに行けとかヒドイにゃー』
 ぶーたれつつも、桜花はとっておきをぶちかます。
 大きく息を吸い、そして口前に集めた漆黒の塊へと吹きかける。
 すると、爆発したかのように膨れ上がった塊は、黒き炎となって鉄球先生へと襲い掛かった。
 雛の閃癒が再度放たれると、満身創痍の皆が力を吹き返す。
 真っ赤に染まる羅喉丸の連撃が鉄球先生を捉える。
 刀を鞘に納めた仄は、今度こそと鉄球の動きを見切り、捌きざまに居合を放って打ち抜ける。
 こうして完全に体勢の整ってしまった開拓者達を相手にしては、如何に鉄球先生といえど抗する術が無い。
 しかも攻撃担当の面々は、鉄球先生用にと練力を温存してあり、ここぞと最大攻撃を叩き込み続ける。
 そしてほとりが、これが最後と放った影撃が首のど真ん中を射抜くと、遂に鉄球先生は地に両の膝をつくのだった。

 最後に残ったアヤカシも、頑鉄が強烈な頭突きをくれるとたまらず後退し、トドメと放った尻尾の一撃で倒れ伏した。
 さんざあの鉄球に苦労した羅喉丸は溢す。
「鉄球先生、厄介なアヤカシがいたものだ」
 心底同意しているのはほとりである。
「ここまで理不尽だと、いっそ清々しいわ」
 シャンテはじーっと鉄球を眺めていた。
 あれを回して飛ぶ所が本気で見たかったのであろうか。
 ちなみに雛は「なまこさーん」「きゅい」といった交流を深めている真っ最中。何ていうか邪魔できる雰囲気ではない。
 カズラは雛に鉄葎の治療を頼もうと思ったのだが、どうも都合が悪いようで、桜の方をちらりと見やる。
「‥‥やっぱ自分でやるわ」
 カズラが呆れたのは、座り込んだ桜が胸元に一匹、膝の上に一匹の猫又を抱えて、身動き取れなくなっているせいだ。
「これ、どうしろというのじゃ?」
 桜の元で戦い負傷したミケに膝の上で治癒を施してやったら、そのまま寝入ってしまい動くに動けなくなったという訳だ。
 桜花は桜花でここが定位置とばかりに服の中に入り込むわで事態解決に関わるつもりは無いらしい。
 そして仄である。

「あのエロ猫。猫の癖に狸寝入りとはふてぇ野朗だ」

 ちょっと羨ましかった模様。