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■オープニング本文 リングリースという名の吟遊詩人が居た。 抜群の音楽センス、透き通るような声、温厚な人柄、穏やかな話口調、慈愛に満ちた表情、全てが、愛されるに足る素晴らしい吟遊詩人であった。 しかし、たった一つ、そんな彼にも欠点があった。 「音楽が私を呼んでいる‥‥」 と言い残し、リングリースがジルベリアの首都ジェレゾから行方不明になったのはもう一月以上前の話だ。 彼は常人には全く理解出来ぬその独特の感性により、突如奇行に走る事があるのだ。 今回もまた何処ぞを流離った後、ふらっと戻ってきて新しい曲を披露してくれるだろうと当初は皆思っていたのだが、特に親しい友人が聞き逃せぬ情報を耳にする。 南部の反乱が起こっている地域にて、彼の目撃情報があがってきたのだ。 リングリースの友人達は心配になってジェレゾで手に入る限りの情報集めに奔走する。 すると、紛争地帯ど真ん中、リーガ城を更に南下していったという目撃証言が出てきた。 さあ、これは一大事。 あの稀有な才能をこんな所で失ってたまるかと、友人達は彼の救出の為動き出す。 しかし、帝国よりあまり良い目で見られていない吟遊詩人を救い出してくれなどと、まさか現在戦争で忙しい帝国軍に頼むわけにもいかない。 進退窮まった彼等は、藁にもすがる気持ちで開拓者ギルドの門を叩いたのだ。 決して安くはない開拓者を雇ってまでという彼等の熱意を受け、係員の一人が現地側まで向かい調査を行う。 すると、リーガ城周辺にてリングリースらしき人物がしばし滞在していたという話を聞く事が出来た。 何でも、人と人が争う、悲劇を、激情を、この目に収め歌にしたいと言っていたらしい。 芸術家らしいわがままっぷりに係員は呆れ果てるが、証言をした村人の一人は、思いが顔に出てしまったギルド係員に慌てて言葉を加える。 「いえ、あの人は決して適当な気持ちで来たんじゃありませんよ」 帝国に冷や飯を食わされているのは南部地方も、吟遊詩人も一緒だ。 しかし、それでも尚、アヤカシに脅かされているこの土地で、人間同士争いあう愚かさをたくさんの人に伝えていきたいと言っていたそうだ。 それが自身を虐げている帝国を利する行為であろうとも、そうすべきだと頭ではなく心で感じたと語った彼を、しばしの間でも共に居た者達は、とてもではないが自分勝手な人間だとは思えなかったらしい。 そして彼は、皆が止めるのも聞かず、反乱軍が支配する地域に足を踏み入れていったと。 せめてもと彼等は知人を紹介し、彼の面倒を見て欲しいと手紙をしたためたそうな。 何故そこまでするのかと驚くギルド係員に、集まった者達は照れくさそうに言った。 「だってさ、あの人の歌を、俺もまた聞きたいんですよ」 彼等の表情に納得出来る程のものを感じたギルド係員は、直ちに開拓者を手配する。 開拓者の為にその知人への手紙を書いてもらえるよう頼むと、彼等はこれを快く承諾してくれた。 開拓者達がその村にたどり着き、紹介された知人、カールに会うと、彼は非常に困った顔をしていた。 「実はリングリースさん、反乱軍にスパイ容疑で捕まってしまったんですよ」 戦時でぴりぴりしている状況で、旅人なんて胡乱な輩が現れれば誰でも警戒する。 ましてやジェレゾ住まいであったリングリースの垢抜けた雰囲気と、あっという間に他人と仲良くなってしまう人当たりの良さは、行動を起こさせてしまう程兵士達の警戒心を刺激したのだ。 現在リングリースは、村の側にある反乱軍の兵士達が常駐している大きな建物の地下牢に閉じ込められているらしい。 総数十五人。敵を止めるというよりは、敵が動いたらそれを知らせる物見のような役割だ。 カールは愚痴っぽく溢す。 「連中、村の近くにアヤカシ出ても手貸してくんないんだよなぁ。任務任務って志体持ってる奴までいるのに‥‥くそっ、融通利かないし、その癖帝国から守ってやってるんだーって偉そうにふんぞり返ってるしで、ムカツクったらありゃしない」 レンガ造りの建物は三階建てになっており、この辺りでは珍しく縦に長い造りになっている。 出入り口は表と裏に二箇所、二階と三階がそれぞれ兵士達の寝所兼生活空間となっているらしい。 また見張りでもあるので、夜中でも交代で屋上に上がり周囲を監視している模様。 もちろんこれは昼間も続けられている。 話し合いでどうこうは、カール曰く絶望的だろうと。 あそこにぶちこまれたからには、早くても戦が終わるまでは決して出してもらえないだろうし、それまで行われているだろう尋問を生き延びられる保証も無い。 知人より手紙をもらってまで面倒を見るよう言われたカールであるが、流石に打つ手が無いと半ば以上諦めている。 牢の奥で、悲鳴をすら上げられぬ様で、リングリースはひたすら苦痛に耐え続けていた。 何度も何度も、数え切れぬ程尋問の無情さと、自身の潔白を訴えたが、兵士達は誰一人これを聞き入れる気配すら無かった。 悪党め、善人面しても無駄だ。貴様等帝国のクズは誰一人生かしておかぬ、だから無駄に耐えずさっさと機密を漏らしてしまえと尋問という名の拷問を繰り返す。 リングリースはかつて出会った事のない、何処までも言葉の通じぬ悪意が、ただただ悲しかった。 |
■参加者一覧
朧楼月 天忌(ia0291)
23歳・男・サ
東海林 縁(ia0533)
16歳・女・サ
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
ハイドランジア(ia8642)
21歳・女・弓
エステラ・ナルセス(ia9094)
22歳・女・シ
マリア・ファウスト(ib0060)
16歳・女・魔
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟 |
■リプレイ本文 開始の号砲はマリア・ファウスト(ib0060)の雷とハイドランジア(ia8642)の矢であった。 三階建ての兵士詰め所屋上に居た見張りが、悲鳴と共に奥に引っ込む。 中から誰かが出て来る前に、東海林 縁(ia0533)がずずいっと前に出ると、大声を張り上げた。 「儀が呼ぶ!」 あん? と一体何事かとそちらを見直す朧楼月 天忌(ia0291)。 「龍が呼ぶ!」 琥龍 蒼羅(ib0214)は沈黙を保つ。もしかしたら反応に困っているのかもしれない。 「ヒトが呼ぶ!」 何だ何だと建物より顔を出す兵士達。これを撃ったものかどうか、やはりハイドランジアも困っている模様。 「切なる声に応え、“紅蓮の乙女” 東海林縁がタダイマを以って、参・上っ!」 マリアは何か何ていうか、その筋の人ならばその目のまま踏んで欲しくなるよーな顔をしていた。 「‥‥陽動だし、目立つのは間違いじゃない。私も派手に行くつもりだった。だが、方向性というものがあるだろう」 兵士達もとっても反応に困っているが、屋上で痛い目見た奴等の報告を聞くなり、すわ襲撃かと武装を揃えて飛び出して来る。 開戦前からどっと疲れた気がするが、天忌は気を取り直して刀を抜く。 隣に並び、同じく刀を抜いた蒼羅の姿を確認し、天忌もまた大声で怒鳴る。 「おら反乱軍のボンクラ共! 帝国軍様がぶっつぶしに来てやったぞ!」 蒼羅は頷く。自分がやってもいいとは思っていたが、やはりこういうのは天忌のようないかにもな見た目が大事である。 不意に縁が両手を合わせながら振り返る。 「ごめんっ、つい癖で帝国軍の話するの忘れちゃった」 ハイドランジアは微笑で応えつつ、一番言いたい事は内心にとどめる。 『癖になるぐらい繰り返してるんだ‥‥』 裏口に回ったエステラ・ナルセス(ia9094)は聞き耳を立てつつ中の様子を探る。 中はかなり騒々しく、一階を動き回る人の足音が響いている。 イリス(ib0247)が意を決して口を開く。 「あ、あの、出来れば命を殺めるのだけは‥‥」 エステラは少し困った顔をする。 「リングリース様の命が最重要。優先順位を誤ってはいけませんよ」 「で、ですが」 気持ちはわかるが、それでも倒されるリスクもあり、ここは引けない所だ。 「‥‥敢えてトドメを刺すような真似はしませんが、戦闘には全力で挑みますし、結果の生死は天に委ねます。いいですね」 俯くイリスの肩に、那木 照日(ia0623)がそっと手を乗せる。 「出来る、限りで‥‥頑張る」 どうやら一階の騒がしさも落ち着いてきたので、エステラが促すと三人は建物内に忍び込むのだった。 敵の一団が建物より飛び出して来る。 その後ろに魔術師の姿を見た縁は、ならばと声高らかに宣言する。 「反乱軍の悪党共め! このあたしが残らず成敗してあげるよ!」 と、先ほど偉そうに名乗りをあげた十五だか十六だかの小娘が吠えてくるわけである。 咆哮の効果があったとか云々抜きにして、兵士達はいきり立って縁に殺到してくる。 ちなみに肝心の魔術師に咆哮は効果が無かった模様。 「え? あれ? ちょ、ちょっと多すぎだってば!」 先頭の人間が振るった剣を盾にて受け止めると、すぐ後ろから次々体当たりのようにぶつかってくる。 せめても刃だけはかわさねばと必死に動く縁と、嘆息しつつ大きく息を吸い込む天忌。 うおらああああっ! と怒鳴り声をあげると、幾人かの矛先が天忌に移る。 「あんまり無茶すんなっての」 「あ、あはははは、次は気をつけるよ」 蒼羅は騎士の斬撃を受け損ない、胴の前面に太刀傷を受ける。 剣先はかなり鋭い。 そしてそれ以上に、この鎧を貫ききる自信は無い。 しかしそれでいい。 この位置を下がらなければ、後ろに抜かせなければ、攻撃は代わりに仕掛けてくれる仲間が居るのだ。 マリアより放たれた火球、これを相手にしては鎧も何もない。 鎧越しに炎熱に煽られる騎士。 敵後方に居る魔術師には、ハイドランジアが弓を放っている。 それぞれ弱点を突くという意味では悪くない組み合わせだろう。 マリアの術には雷と炎がある。 雷はより遠くに届くが、威力においては炎がより勝る。 一足で近接してしまう程の距離でしか使えないのが炎の難点だが、こうして蒼羅が支えていれば何も問題は無い。 焦った騎士の剣撃を、刀の鍔で受け止め正面よりの力比べ。 まるで巨大な岩を押しているような感覚。 敵は剣だけではなく盾も一緒に押し付けつつ、全力で蒼羅を押しのけんとする。 突き飛ばされた時、青あざぐらいは出来たかと思うが、その程度なら安いものだ。 直後、再びマリアの炎が騎士を包む。 その隙に体勢を立て直した蒼羅は、度重なる炎にたまらず数歩下がった騎士に刀を打ちつける。 「俺は俺に出来る事をするだけだ」 ハイドランジアは全体の戦況を見据えている。 敵兵士のほとんどは天忌と縁の二人にかかりっきり。 それでも二人が圧倒しているのだから、流石という他無い。 騎士は兵士達が二人に殺到するのを見て、蒼羅へと狙いを定めた模様。 こちらにはマリアが援護に回っているので任せる他無い。 魔術師へと視線を移したハイドランジアに、雷の魔術が飛んで来る。 刺すような痛みが全身を震えさせるも、怯む事無く矢を射返す。 勝てる? 負ける? わからない。 弓とは心である。 精神の置き場一つ違えただけで、命中精度は格段に落ちてしまう。 その日の自分の力具合、空気の機嫌、視界の確かさ、そして何より視野が極端に狭まり、標的以外の何者をも見えなくなる程の集中力。 射を放つその瞬間のみ、他の全てを忘れて集中しきれるかが、弓術師の腕前となる。 迷いを振り払い。今はただ一心に弓を射続けるしかないとハイドランジアは両腕に力を込めた。 シノビであるエステラを先頭に建物内に忍び込むと、おそらくと踏んだ場所にて地下への階段を発見。 幸いその先に人影は見つからず、階段を降りきると牢屋らしき部屋が数室並んでいる。 人は中に一人のみ。 怯えた顔でその男、リングリースは開拓者達を見つめていた。 イリスはそんな彼を安心させられるよう、精一杯の笑顔で言った。 「リングリースさんですね? 助けに来ましたわ」 照日が何時の間に見つけていたのか、牢屋の鍵を使って牢を開く。 かなり衰弱しているが、命に別状は無い。 さて脱出だとなった時、上から声が響く。 「ビンゴ」 かつんかつんと音を立てながら階段を下りてくる騎士。 「なーんか変だと思ったんだよなぁ。襲撃にしちゃ数が少ねえし、まさかとは思ったが‥‥なるほど、そいつ本気で帝国のスパイだったって訳ね」 得意げに語る騎士。 「それもわざわざ助けに来る所見ると、かなりの秘密を握ってるって事か。邪気のねえ面しやがってよ、危うく騙される所だったぜ」 ノリノリで語っちゃってる騎士を見て、カチンと来る部分が無いでもないが、ひっじょーに好都合なので三人共特に言い返す事もなく。 しかし唯一の出口を塞がれており、また階段の狭さから戦うのなら一人が限界であり、状況はあまりよろしくない。 照日は、おずおずと申し出る。 「あの、私が何とかしますので、リングリースさんをお願いします」 考えがあるのかと任せる二人。 三人を引き連れ、照日は先頭になって階段を昇りながら、ぱんぱんと手を叩く。 「鬼さんこちら‥‥手の鳴るほうへ‥‥」 騎士は一瞬でキレた。術の効果かそもそもの沸点が低いのかどうかはわからないが、ともかく階段を駆け下りながら剣を振りかざす。 「そして‥‥」 足の動きを読みきり、同時にこちらからも踏み込む。 階段上で足場が悪いにも関わらず、驚く程の速度で間合いを詰める照日。 お互い接近しすぎてロクな攻撃も出来ぬ距離で、照日は肩で男の腹部を強打、そして股下に腕を通し、逆の手は男の首を引っつかむ。 「鬼は、外‥‥」 見事両の肩に騎士を抱えたかと思うと、後方斜め上に向けて放り投げたのだ。 全身を鎧で包んだ大の男が、照日の力のせいか高々と宙を舞う。 呆気に取られるエステラ、イリス、リングリースの頭上を越え、牢屋の前まで一息にぶっ飛んでいく。 がらがっしゃーんと盛大な音を立てる間に、照日は階段の脇に身を寄せる。 「今の内に、どうぞ。私は後から追いかけますので」 言いたい事を、相手は乙女だしと飲み込むエステラ。 「‥‥と、ともかく。これだけ腕力あるのなら任せても大丈夫ですわね」 腕力と言われて照れたのか、服の裾で顔を隠す照日。 「いえ、その、あわわ」 最早つっこむまいと、後を任せて三人は階段を昇っていく。 流石に志体持ち、騎士はむくりと体を起こし首を鳴らす。 「あなたの相手は、私がすることになりました‥‥」 階段という極めて狭い空間で弓を突きつけられては、かわす事すら出来ない。 が、騎士の装甲を頼りに、男は剣を片手に階段を駆け上っていった。 階段を昇りきった所で、偶然かそれ以外の理由か、一人の兵士が前に立ちはだかる。 男が剣を抜くのと、エステラの風魔手裏剣が男の足に突き刺さるのがほぼ同時。 そして踏み込んだイリスが男の皮鎧ごとスパイクシールドを突き刺しつつ、斜め後方に突き飛ばす。 そのままレイピアを一刺し。 エステラとリングリースはその隙に廊下をかける。 更に敵が一人現れる。 早駆にて一瞬で間合いを詰めると、肩から低く当たりに行きつつ、右手に隠し持っていたシーマンズナイフを太ももに深々と突き刺す。 するりと後ろに抜ける。 その頃にはリングリースが追いついて来た。 ちょうど男とリングリースがすれ違う瞬間、背中より男を蹴り飛ばし、片膝をついた姿勢で風魔手裏剣を振り上げる。 肘を直角に曲げ、地面と垂直に上げた腕。 ゆっくりと後ろに引き、力強く放つ。 イリスの踏み込み直前、手裏剣は男の足に命中しその姿勢を崩す。 そしてイリスのレイピアは男の腕の付け根に吸い込まれ、男は苦しそうに蹲る。 三人は再び一緒になって建物の外へと駆ける。 エステラは並んで走るイリスに声をかけた。 「言うだけはありますわね、一人としてトドメには至っていません。騎士の技ですか?」 「はい。それに‥‥」 「?」 「ありがとうございます。エステラさん、全部急所を外してくれました」 苦笑するエステラ。 「わたくしも、別に無理をしてまで人を殺したいわけではありませんわ」 「はいっ」 縁は既に練力も尽き、後は力の限り暴れるのみと剣を振るう。 盾で剣撃を受け止め、力で押し返しつつ、逆側より迫る敵の剣をショートソードを絡めていなす。 と、背後より槌の一撃を背中にもらってしまう。 「いったー!」 何すんだと振り返ると、今度は側面より雷が奇妙な軌跡で降り注ぐ。 それでも、剣も盾も取り落とさず。 大きく剣を真横に振り、ぐるっと自分の周囲を回るようにすると、敵はざざっと潮のように引き下がる。 随分敵にも斬撃を与えたが、縁の方もそろそろ体力が危険域である。 しかし、こうして敵の引きっぷりが良いのは、向こうも限界が近い証だ。 後一踏ん張り、がんばろーと気合を入れなおす。 天忌は刀を返し、峰打ちにて攻撃を繰り返す。 峰打ちといっても、金属の塊を叩き付けるわけで。 全力で脇腹の下に叩き込んでやると、敵は悲鳴を上げて転がりまわる。 さっさと片付けて他の援護をと考えていた天忌は、まとわりつく兵士達を強引に振り切りいきなり駆け出した。 ハイドランジアの矢により、魔術師の片方がぐらりと膝を付いたのだ。 好機と見たハイドランジアは次の矢を構え、確実に射抜くべくゆっくりと放つ。 もう一人の魔術師が術を唱える。恐らく倒れる魔術師を守るつもりだろうが、こちらの方が早い。 討った直後雷をもらう事になるが、それはその時考えると覚悟は決めていたのだが、魔術師の狙いはハイドランジアではなかった。 猛然と魔術師に向かう天忌は、何と強引にハイドランジアと魔術師との間に割って入ったのだ。 その背に矢が突き刺さり、そして直後、まだ健在の魔術師より炎の魔術が天忌へと叩き込まれる。 炎に包まれながら天忌は、反撃とばかりに刀を魔術師に叩き込む。 一度、二度。 峰とはいえ、その猛打は魔術師を怯ませるに充分な威力を持つ。 たまらず建物内に駆け込む魔術師。 その間に振り切ったはずの兵士達が天忌の元に追いついてくる。 「悪い!」 いきなりの怒鳴り声。もちろん天忌のものだ。 今にも心臓が止まりそうになっていたハイドランジアは、その声で何とか持ち直す。 マリアの術を受け続けた騎士の鎧は、もう表面が煤けすぎて銀の部分なぞ残っていない。 それでも、彼は膝を屈しなかった。 呆れ顔のマリア。 「やれやれ‥‥あまりしつこいのは嫌われるぞ?」 不意に空より矢が降ってくる。 蒼羅は満身創痍のその体で、表情一つ変えぬままに告げる。 「これ以上の忍耐は不要だ。俺達は引き上げる」 は? といった顔の騎士を尻目に、開拓者達はあっというまに引き上げていった。 残された兵士達は、もう一歩も動けんと皆へたり込んでいる。 それは、指揮する立場に居る騎士も一緒で、彼もまたその場に座り込み、しばらくの間動く事は無かった。 鎧のそこかしこに矢を刺したままの騎士が叫ぶ。 「そいつを逃がすんじゃねえ!」 しかし階段の上には既に兵士はおらず。 さっさかさーと逃げ出す照日は、建物の外に出ると、合図の矢を空に向かって放つ。 結局追撃は無かった。 全員が合流すると、イリスは天忌を見ながら笑顔で頷く。 天忌もそうし返すと、それだけで互いの意図は通じる。 そしてその天忌君だが、彼はすぐにハイドランジアに平謝りする作業に戻る。 「ホントすまねえって! 俺が悪かった!」 「‥‥ボク、心臓止まるかと思ったんだよ」 どうやら天忌が無理矢理庇いに動いたせいで、味方に当てるなんてハメになってしまったハイドランジアが怒っている模様。 馬での帰路はおそらく延々その作業が続く事となろう。南無。 よくもまあ無事に戻れたものだと呆れるマリアは、リングリースに治療を施してやっている。 流石にリングリースも今回の騒ぎには憔悴しきっていたが、ジェレゾへの帰路、皆で発破をかけたり慰めたりとしていると、元の穏やかなリングリースを取り戻していく。 「人間って現金なものですね。捕らえられてる時は絶望しかなかったのに、こうして救助されみなさんとご一緒していると、苦しかった事よりこの旅の楽しかった事ばかり思い出されます」 それでも、苦しい事をすら無理にでも覚えていたいとリングリースは言う。 何故だという問いに、彼は笑って答えた。 「忘れてしまったら、その歌が歌えないじゃないですか」 |