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■オープニング本文 山間を吹き抜ける風が、大荷物を抱える旅人一行の歩みを阻む。 旅の間に必要な食料だけならばこれほど苦労はしないのだが、二十人いる旅人達は金銀財宝を抱えたままであったので、その足取りは極めて重苦しい。 荷馬車でも使えればもっと楽なのであろうが、この険しい道が相手では、人力で運んだ方が応用も利き、より適した形であるのだ。 一行のリーダーである中年の男は、一人身分が高いのか大した荷物も持たず、時折遅れる部下達を叱咤している。 中年の男、ベルンスト一族の長リューリクは、ジルベリア帝国に反旗を翻したコンラートと合流すべく道を急いでいた。 既に彼に帰る場所は無い。 代々一地方の徴税人を束ねる役目をおおせつかっていたリューリクは、彼の代になって税金の一部を用いて投資を行っていたのだ。 もちろん、投資先は信頼の置ける商人達であったし、王に収めるべき税金の額を誤魔化したりもしていない。 管理すべき役割を、よりアグレッシブにこなしていただけと彼は嘯くが、世間一般ではこういう真似を『横領』というのである。 つまる所、リューリクは集めた税金を使って金儲けしていた挙句、それがバレそうになってこうしてありったけの金を抱えて逃げて来たというわけである。 そのありったけには自身の財産だけではなく、預かった税金も含まれている。 これまた彼は嘯く。これまでの働きに対する正当な報酬だと。 既に使者と金を送り、コンラートとは繋ぎをつけている。 用心深いリューリクは、反乱勢力内での地位を約束させた上でもなくば、こんな逃避行なぞ決して受け入れなかったであろう。 もちろん表向きは、別の言葉で着飾ってはいるが。 『ガラドルフの横暴許すまじ! 正義の徒たるコンラート殿の下でこの力存分に振るいたく思います!』 財務が得意だという触れ込みで大量の金を送ると、あっという間に色よい返事が返ってきた。 もちろん欲深い彼がこうまでするからには回収する目処あっての事。 反乱軍にて財務の任に就ければ、これから更に大きくなるだろう反乱軍での仕事は、彼の強欲を満足させうる事であろう。 そもそも反乱軍などという集団は、金策を得意とするような者は少ない。 理念やら復讐やらに凝り固まった奴等に、経済の何たるかなど理解出来るはずもないのだ。 ならばと、リューリクは充分な勝算をもって一世一代の賭けに出たのだ。 残る問題は、最後にありったけの金をかっぱらって来たせいで追撃隊が編成された事ぐらいだ。 これも腕利きの傭兵を雇う事で無事解決。 後はこの山を越えれば、反乱軍の勢力圏内に無事逃げおおせられる。 既にリューリクは、反乱軍内で如何に立ち回るかに思考のほとんどを傾けていた。 「なーんて事をあのクソ野朗は考えてやがんだろうなド畜生があああああああ!」 ぶちギレた声でわめくのは、リューリクの居た地方を預かる若き領主、フリッツ・ベルガーである。 王への面目だのももちろんあるが、あんなクズを代々仕えてきたからという理由で重用していた自分に対し、怒りが収まらぬ模様。 とは言うものの、それ程裕福でもない、天儀で言う所の一都市程度の小さい領地での事。 最近になって急増したアヤカシ被害への対応もあって、リューリクの雇った腕利きの傭兵を倒せる程の戦力を揃える事が出来ない。 かといってリューリクのように荒くれ者達を雇うようなツテも無い。 若いせいもあるが、彼は清々しい程に王道を歩む領主であったのだ。言葉遣いはさておき。 フリッツは一しきり喚き散らした後、よしっと手を叩く。 「おい、確かこの前開拓者ギルドの使者ってのがウチに来てたよな。そいつと会うぞ、すぐに連れて来い」 部下にそう命じると、彼等は口々に反対する。 曰く、得体の知れぬ者達だと、王は許可を出したらしいが、由緒正しきベルガー家がそのような者達を頼るのは相応しくないと。 しかしフリッツにはそれなりに勝算があった。 領内にギルドの出張所を出させて欲しいと出向いて来た使者は、賄賂を出すでもなく、辛抱強く理念と有用性のみを説き続け、受け入れられぬとなっても見苦しい様は決して見せず、凛とした態度で会見を終えたのだ。 その清廉さに、フリッツは賭けてみようと思った。 ・開拓者ギルド係員より リューリクが用いるだろうルートは、追撃隊の戦力を知っているが故に、最短の山越えルートを取るだろうと予測されます。 フリッツが移動用にと用意した馬を使い潰すつもりで飛ばせば、おそらくギリギリ領境の所で追いつくはずです。 これを捕捉し、リューリクを捕らえ金を取り返して下さい。 もちろん、取り返した大量の金を安全に持ち帰ってくるまでが仕事となりますので、その為の方法も考えて下さい。 行きに使った馬は恐らく帰りには使えないでしょうから。 金はおおよそ十人がかりでようやく運べる程の量があります。 |
■参加者一覧
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
春名 星花(ia8131)
17歳・女・巫
ベアトリーチェ(ia8478)
12歳・女・陰 |
■リプレイ本文 リューリク達に追いついた一行は、周囲の見通しが良すぎるために奇襲を諦め、連中の前に堂々と姿を現す。 警戒する彼等の前にキース・グレイン(ia1248)が一歩前に出て、胸を張って口を開く。 「リューリク、領主フリッツの命によりお前を捕縛に来た。邪魔立てする者に容赦はせんから、来るのなら覚悟を決めてかかって来い」 開拓者達は明らかに劣る人数であり、荒くれ者はこれを大笑いで迎えるが、三人の騎士崩れらしい男達がこれを制する。 そしてリューリクは、キースのその態度に常に王道を行く元上司を思い出したのか、苦々しい顔で配下に皆殺しを命じた。 柳生 右京(ia0970)の剛剣が唸る。 盾を掲げた騎士はこれを真っ向から受け止めにかかり、激しい激突音が轟く。 騎士の兜から覗く目は驚愕に見開かれていた。 「‥‥何だこの剣撃は。貴様、よもやアヤカシの類か?」 対する右京もまた驚きを隠せない。 「こうまで完璧に止められるとは、な。わざわざジルベリアまで来た甲斐があったというものだ」 今度は騎士が右手に持った剣を振るう。 回避を考慮しないと聞いてはいたが、騎士の技はただ突撃だけではないと知らしめるに足る鋭い一撃だ。 これを半歩下がって斬馬刀を引く事で受け止める。 幅広の刀は、扱える腕力と技量さえあれば盾にすら勝る壁となる。 鋭いだけではない体重をきっちり乗せた重い斬撃は、重量のある斬馬刀すら揺らす威力を秘めていた。 騎士崩れなどととんでもない。まさしく正真正銘、一流の騎士であろう。 自らの技量に対する絶対の自信が剣先より伝わってくる。 「なるほど、これが天儀の騎士か」 「サムライだ。さあやるぞ、ジルベリアの騎士よ」 鬼灯 仄(ia1257)の刀を両手槍にて受ける騎士。 槍の柄を下より振り上げると、仄はその鋭さから下がらざるを得なくなる。 そうして距離を取れば今度は騎士の間合いだ。 まっとうにやっていては、的確に振り回される槍相手に踏み込むのは難しいかもしれない。 非常に隙の無い堅実な戦い方をする男だ。 が、にっと仄は笑う。やりようなど幾らでもあるのだ。 踏み込むフリを見せ、一歩、二歩目で足を振り上げる。 騎士の視界から、一瞬仄の姿が消えうせる。 この隙に左側面に回り込み、槍の間合いから刀の間合いへと。 刀は柄にて弾くが、仄は何時のまにかくわえていた煙管を左手に持っており、これを、更に深くへ踏み込みつつ鎧の隙間に突き立てる。 騎士はたまらず後退。 それでも、以後の刀撃はほとんど防ぎきったのは騎士の技量が高い事を示していよう。 怒りに顔を歪める騎士の前で、仄は先ほど蹴り上げ目隠しに用いた草履を履き直している。 「ひ、卑怯な真似を!?」 そんな騎士を仄はせせら笑う。 「コソ泥と盗んだ金を置いていけ。尻尾巻いて逃げるんなら命だけは助けてやるぜ?」 すぐに背後より迫る荒くれ者に向け、首だけを後ろに向けつつ刀を後ろに突き出す。 たたらを踏んでとどまる荒くれ者。 乱戦の中では敵の交換などざらである。 仄に代わってこの騎士に当たるのは、鬼灯 恵那(ia6686)である。 低身長に不似合いの太刀に振り回されるように、それでいて精妙無比に騎士へと斬りかかる。 防戦一方の騎士。斬撃の度受けた槍が歪む程の強烈な一撃を、どうやってあの体躯から放てるのか不思議でならない。 突如、風切り音が恵那の耳元をかすめる。 連撃の微かな隙間を縫って、騎士の槍が突き出されていたのだ。 これを首をよじって恵那はかわしていた。 恵那は騎士の異常な堅さに驚く。 常ならばとうに槍を弾き、一撃なりを叩き込んでいてもおかしくはないのに。 耳に入るは戦闘の喧騒にすら、かき消される事のない澄んだ声。 ふと浮かんだ僅かな疑念も、戦の興奮が塗りつぶしていく。 何度も何度も打ち込んだというのに、まだ恵那は、血を見ていないのだ。 春名 星花(ia8131)は後衛からの援護に徹し、何度も矢を放っているのだが、数発を身に受けた魔術師も、平然と動き回っている様を見てちょっと自信を無くしそうであった。 「ふみぃ、この人達強いです」 ベアトリーチェ(ia8478)もまた術の通りが悪い事に苛立っている。 「まったく忌々しい。吟遊詩人の歌も、ここまで来るとまるで呪いね」 すると、今度は敵の魔術師が動く。 近接戦闘組のほとんどが巻き込まれる程の巨大な吹雪が巻き起こり視界を遮る。 その魔術的な要素により、どうやらこれはこちら側にしか影響しないらしく、開拓者達の動きは鈍るが、敵はまるで吹雪を気にした風もない。 この隙に、遂に荒くれ者が一人前線を突破し、後衛組二人に斬りかかってきた。 狙うはベアトリーチェ。 星花は半泣きになりながら、弓を構えその前に立つ。 自信を失おうと敵が強かろうと、子供っぽかろうと弓術師だろうと、彼女の奥底には開拓者の勇気が脈打っている。 その誇りが後退を許さない。 何度も練習してきた弓を引く所作は、極度の緊張状態であっても星花を裏切らなかった。 『うにっ! ボクはきられながらでも弓を射ってみせるっ!』 振り上げた剣、しかし僅かに星花の矢が早い。 男の腹部を刺し貫いた矢は、それでも男をとどめるには至らず。 既に星花は覚悟完了。歯を食いしばってこれに耐えんと全身に力を込める。 しかし男は、瘴気の斬撃に震え、びくんと跳ねた後その場に崩れ落ちた。 「やらせるわけないでしょう」 正面よりベアトリーチェの斬撃符が、そして。 倒れた男の向こう側、手をこちらに向け伸ばしているのは空気撃を放った嵩山 薫(ia1747)であった。 ふぅみぃぃぃ、と安堵のあまりへたりこみそうになる星花に、ベアトリーチェが言葉を重ねる。 「まだ戦は終わってないわよ」 冷徹に聞こえる言葉は、崩れ落ちそうになっていた星花の両膝を支える力となる。 「みゅっ!」 キースは荒くれ者を同時に三人相手にしていた。 彼は天儀でも珍しい拳にて戦うサムライである。 まるで魔法のように跳ね回る左腕が、次々敵の剣を弾いて逸らす。 鍛えぬかれ不動により強化された左腕は、全力で振るわれた金属を横からひっぱたくなんて真似をしてもビクともしない。 かわしざま、伸び上がって上より拳を振り下ろす。 荒くれ者の被っている金属の兜がひしゃげ、振りぬかれた拳のせいで大地に叩きつけられる。 すぐに腰を捻りながら曲げ、左足を後ろに向けて踏み出す。 髪を数本切り飛ばされながら、これをかわした時には既に体は背後より襲ってきた男の方へ向いている。 動かさぬままであった右足に体重が乗り切った瞬間、右の拳を男の脇腹に叩き込む。 ずんっと重い音がして、男の体が浮き上がる。 キースが男の脇の下をくぐって後ろへ抜けると、もう一人の男は今拳を叩き込んだ男が邪魔で剣を振るえず。 その間に悠々とキースは構えを取り直す。 と、キース渾身の拳を受けたはずの男が立ち上がってくるではないか。 わき腹を貫き悶絶したかと思われた男も、苦悶の表情のままであるが、まだ戦えると剣を構えている。 どうやらキースが思っている以上に、荒くれ者達は力を持っているようだ。 乱戦故か、位置が悪すぎる。 薫は表情を引き締める。 敵前衛の予想以上のしぶとさに、まだ後方への突破が行えずにいるのだ。 逆に危うくこちらの後衛まで抜かれそうになったのには肝を冷やした。 そして遊撃に徹したいのを邪魔するこの騎士である。 「ちょこまか動くんじゃねええええええええ!」 両手持ちの大剣を縦に振り下ろす。 激昂しているとはとても思えぬ正確な斬撃を、ひらりと身を翻してかわす。 この男は空振らせ大地に剣をつきたててすら、何事も無かったかのように次の動作に移る事が出来る。 ならばと動きの止まった刀身を飛龍昇で抑え、その上を滑らせるようにしながら踏み込む。 大剣を大きく後ろに引いてこれに対応しようとする男だが、薫の細工と踏み込みがより勝った。 胸部と腹部の境にある装甲の継ぎ目、これを下から突き上げる。 鎧の重量など無いかのごとく、真後ろに吹っ飛ぶ男は、左足を大きく後ろに引いて転倒を堪える。 「はっ! 武器も鎧もねえ奴にやられてたまるかよ!」 むっとしながら、真横から突きかかってきた荒くれ者の剣をかわしざま側頭部に上段回し蹴り。 足の関節外れるだろ、とか思えるような急角度で振り上げた蹴撃は、これまた男一人を吹っ飛ばす威力を持っていた。 「鎧兜身に纏う我こそが戦場の華と言いたげなその態度、実に気に食わないわね」 アルティア・L・ナイン(ia1273)は焦りを隠せずにいた。 存外腕の立つ荒くれ者達を相手にアルティアの身軽さを持ってしてもすり抜ける隙間を見出せない。 また魔術師の攻撃は、前衛を張る人間達を確実に消耗させている。 そしてこのやたら動きの良い槍騎士である。 さっきまで恵那の相手をしていたと思ったら、アルティアの動きを見るなり配下に恵那を任せこちらに突っ込んで来た。 ひっじょーに不機嫌そうな恵那を見なかった事にしつつ、仕方なくこれに対する。 仄、恵那と連戦してきたというのに、この騎士に目立った傷が無い。 鎧のそこかしこがべっこりへこんではいるが、動きもまるで衰えた様子がない。 しかし、焦れるアルティアに救いの手が届く。 「紅き薔薇よ、彼の者を絡め取れ!」 ようやく、騎士にベアトリーチェの呪縛符が通る。 騎士自体の抵抗力も非常に高く歌によって更に高められているというのに術が効いたのは、陰陽師としての彼女の意地であろう。 見ると恵那も荒くれ者を振り切って槍騎士へと向かって来ているし、ここは任せても問題は無い。 ならば。 「仄君!」 型に囚われぬ彼ならば、きっと動きを察してくれると信じて走り、全力で大地を蹴る。 果たして仄は、にやりと笑ってこれを迎える。 煙管をくわえ、刀を両手に持って頭上に向けて全力で振る。 その刀の峰に足裏を乗せ、仄の力も借りて一足で前衛を守る敵の頭上を飛び越える。 自身の脚力のみでは不可能なこれを成し遂げたアルティアに向け、魔術師からのファイヤーボールがぶち当たる。 ぶわっと、炎の中より両手を交差させたアルティアが飛び出す。 狙いは一点、防御と攻撃増強の要、吟遊詩人。 対騎士戦の心得。 高火力を後方に控えさせているのなら、騎士より先にこれを討つべし。 「落ちこぼれとは言えジルベリアが武門の出、対騎士戦の戦術は心得ているよ」 縦横無尽に振るう二刀にて、あっという間もなく吟遊詩人を追い詰める。 何度か魔術師からの攻撃魔術を受けているが、アルティアは止まらない。 敵も黙ってやられているわけではないが、泰拳士の速さに受けが追いつかず。 吟遊詩人の首筋目掛けて伸び来る剣先。 既に何度も見せ付けられた剣筋、吟遊詩人は何としてでもとのけぞりかわそうとするが、剣先はギリギリでそれまで以上の加速を見せる。 首を斬り裂かれた吟遊詩人は見た。 アルティアの左腕が剣ごと後ろに振るわれており、右腕の剣が加速したのはこれによるものだったのだと。 「敵に向けて振るだけが二刀の使い方じゃないんだよ」 星花が一発で駄目なら山ほど撃つっ、とばかりに魔術師を矢襖に変えていた。 星花から魔術師まで、中途に障害は山ほどあったのだが、隙間を通すように矢を放ち続けていたのだ。 これだけの数を打ち込まれれば装備を整えた魔術師もたまらず膝を突く。 そこに、遂に前線を打ち崩したキースが駆け寄る。 最早抗する術のない魔術師は術を唱えるでもなく、ただ、腕を前に突き出す。 キースより閃光のごとく一直線に放たれた拳は、魔術師の頭部を捉え、これを一撃にて粉砕した。 真横に振るわれた大剣を、しゃがんでかわそうとする薫。 これに対し騎士は強引に剣の軌道を変え、下へと向けて斜めに振り下ろす。 それすら、薫の手の内であった。 消えた、そう思えた薫の体は宙を舞っており、飛び蹴り一閃、いや、空中での三段蹴りだ。 着地と同時に、大気の渦を纏った蹴りを足元へ。 鎧を着た大男の体がくるりと宙を舞う。 男が大地に落着する前に、足を開き、左手を前に、右拳を腰に引いた構えをとり。 全ての基本、正拳突きを撃つ。 拳は鎧の隙間を抉り、男の体にぶち当たると、男は血を噴いて倒れ伏した。 「戦場の華らしく、美しく無惨に散るといいわ」 恵那が下段より変化した上段よりの斬り下ろしを振るうと、槍騎士の鎧が砕け、右肩の付け根から腹部近くまでを深く斬り裂く。 まだ動く。 常ならば更に踏み込むはずの恵那は、逆に半歩後ろに下がって左側面へと刀を振るう。 駆け寄っていた荒くれ者が胴を真っ二つに斬り裂かれ、どうと真っ白な雪の中に落下する。 「雪に染み込んだ血も綺麗だなぁ」 戦闘中の暢気な声にも今回ばかりは訳がある。 後退する槍騎士の、全身に薔薇の棘が巻きついているせいだ。 吟遊詩人を失った後、これにさんざ悩まされていた槍騎士は、それでもと槍を構えもう一人の敵と相対する。 「まだ、やるかい?」 刀をだらりと下げた仄が問うと、槍騎士は体に巻きついた棘ごと、裂帛の気合と共に槍を突き出す。 ぷっと口から煙管を吹き出す。 同時に紅色の逆袈裟、そして首への一撃を、しかし二撃目は不要と知り寸前で止める。 左手で落下する煙管を受け取り、ゆっくりとくわえなおす。 「‥‥大した、根性だったぜお前さん」 鎧は随所が千切れており、同様にひしゃげへこんだ盾を騎士は投げ捨てる。 大地に落ちると、その衝撃にすら耐えられず、盾は半ばから真っ二つにへし折れた。 目の前には大上段に構える右京が。 騎士はこの技を、とうとう一度も止めきる事が出来ぬままであった。 「それは、何という技だ」 「示現」 そうか、という呟きが、騎士の最後の言葉となった。 こんな戦闘を見せつけられて、下働きごときが開拓者達に逆らえるはずもなく。 領地まで財を運べと言われれば、さーいえっさーと素直に従う。 ちなみにリューリクはというと、途中で腰を抜かしてひっくり返っていた。 一向に意識を回復する気配が無いので、仕方なく下働きにこれを運ばせる。 見事任務を果たした開拓者達に領主フリッツはいたく感激し、何か褒美をと口にする。 すると誰が何を言うより先に、星花が下働き達を赦して欲しいと願う。 その優しさに心打たれたフリッツは、後の仕事先まで手配すると約束してくれた。 色々と言いたい事のある他の面々は、しかし、とても嬉しそうな星花の笑顔に何かを言う気も失せ、仕方が無いと納得するのであった。 |