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■オープニング本文 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥ この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。 「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。 商人のルイスは戦に備え、クラフカウ城に攻城兵器を手配する仕事を請け負い、手持ちの輸送用小型飛空船に部品ごとにばらした攻城兵器を積み込ませていた。 本来これらは国有船での運搬が主となるのだが、今回は運ぶべき量が膨大であり、ルイスのようなフリーの人間にも仕事が回ってきてくれたのだ。 意気揚々とこれらを積み込むルイスは、保険の為にと護衛に開拓者を雇う。 龍を操る開拓者達は、こうした空での仕事では欠かせない戦力である。 何時もならば多くても一人、二人雇ってそれで終わる所なのだが、今回は特に危険な空域を突破する事にもなるので、最大で八人を雇う事にした。 ルイスは必要経費と割り切っているが、これが利益のかなりの部分を圧迫するのは間違いない。 なのでルイスと同じく小型飛空船を持ち、攻城兵器運搬を請け負った別の船長は、開拓者を雇わず速度のみで振り切るつもりで仕事に臨む。 その男、ジャンはルイスのやり方をせせら笑う。 「お前、利益計算も出来ねえのかよ。船団組んで飛ぶわけじゃねえんだし、一船のみで開拓者なんて雇ってたらワリにあわねえぞ」 「流石にタダ働きする程ウチに余裕は無いし、部下に給料払うぐらいは問題なく残るさ。それにこいつはクラフカウ城じゃ心待ちにしてる物資だ、万が一にも欠けさせるわけにもいくまい」 「足の速いアヤカシなんてそうそう出くわすもんじゃねえ。なら大型や船団と違って小型飛空船で振り切れねえわけねえだろ。ホント、頭悪いよなお前」 ルイスは特に反論するでもなく、そうだなと適当に相槌を打って流す。 ジャン同様、この仕事を請け負った他の船長もやはり開拓者を雇う者はおらず、皆ルイスの臆病さを指を刺して大笑いしていた。 全部で六隻近くがほぼ同時期に港を飛び立つ。 画一的に揃えられた船ではない。 皆独立独歩の商人達ばかりであり、船足の速さもまちまちであり、ルート選択も大まかなところはほぼ同一だが、細かな所で差異があり、揃っての移動という形にはならなかった。 ルイスは開拓者達との契約に、護衛任務中の戦闘開始終了の判断はルイスが自ら行うという点を明記させておいた。 その上で、地図を片手に頭を捻る。 この航路をかつて通った知人から得た情報を整理し、最もアヤカシ出現確率の高いルートをルイスは敢えて選んだ。 副船長は大きく嘆息する。 「あんな馬鹿共、放っておけばいいでしょうに。例えアヤカシに遭遇しようと、連中なら半数は残るでしょう」 「馬鹿言うな。アテにしていた物資が半分しか来なかったら、お上はもう二度と俺達に仕事なぞ回さんだろ」 「それを全部ウチで請け負う事も無いでしょうに」 「考えはある。さあ、ぐだぐだ言ってないで仕事をしろ」 ルイスの船がその地点にたどり着いた時、彼方の空に二隻の船を発見する。 ここは最もアヤカシ遭遇頻度が高いとされている地域。このルートを、どうやらあの二隻は知ってか知らずか通ってしまったようだ。 案の定二隻はアヤカシ達にたかられ逃げ惑っている。 どちらか一隻が囮になれば、残る一隻は逃げられるかもしれない。 だが、なかなかそうは出来ないものだ。 「取り舵いっぱい! 開拓者達に出番だと伝えろ!」 「突っ込む気ですか!? そりゃ無茶だ船長!」 「ここは空だぞ、俺達の舞台だ! 開拓者ばかりに危険な真似をさせるわけにもいかん。こいつでつっこんで敵を引き付ければあの二隻は逃げられるだろう」 「ウチはどうすんですか!?」 「その為の開拓者だ。心配するな、アイツ等やる時ぁやる連中だ。きっちり仕事はこなしてくれるさ」 「そんな、ありゃジャンの船ですぜ。何だってわざわざあんなクソったれ共のために危ない橋を渡らなきゃならないんですか!」 ルイスは今度は本気で怒り、副船長と船員を怒鳴りつける。 「馬鹿野朗! 船乗りの誇りを忘れたか!? 俺達空の人間が遭難しかけた船を見捨てるなんて事あっちゃなんねえんだよ!」 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
花焔(ia5344)
25歳・女・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
フィーノ・ホークアイ(ia9050)
27歳・女・巫
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
レイラン(ia9966)
17歳・女・騎
マリア・ファウスト(ib0060)
16歳・女・魔 |
■リプレイ本文 船長のルイスが開拓者達に、ジャン達の船を助けるよう頼む。 真っ先に口を開いたのはフィーノ・ホークアイ(ia9050)だ。 「‥‥かーっ、よくぞ言うた! それでこそ空の男よ!」 ばんばんとルイスの背を叩き絶賛する。 レイラン(ia9966)もまた好意的にこれを受け取る。 「助け合うが為の誇り、良いね。それはとても心地よい理由だよ、ルイス船長」 うむ、と重々しく頷くからす(ia6525)。 「君は目前の命を護れずして、母国が護れるというのかね?」 片手間に語る命題ではないが、共にあるからすの笑顔がそんな難しい話のつもりはないと語っている。 真亡雫(ia0432)は少し考えて言葉を選ぶ。 「貴方の船員や積荷も危険にさらすことになります‥‥なんて、目の前のこと、僕にはとても見捨てておけません。やってみる価値ありますよ」 花焔(ia5344)は感情の読めぬ顔で呟く。 「あたし達が頼まれたのは貴方の船の護衛よ。‥‥そうね、追加料金頂けるかしら」 好意的であった者達から咎めるような視線が飛ぶも、さらっと受け流し、笑いながら難しい顔をしているルイスの肩を叩く。 「冗談よ? その心意気に応えないで何の為の開拓者だっていうの」 香坂御影(ia0737)は少し外れた場所で、何ともいえぬ顔をしていた。 「あー‥‥冗談、なんだ」 マリア・ファウスト(ib0060)がそんな様を見てぷっと小さく吹き出す。 「あの船を囮にすればこっちは安全に抜けられるのに。損な性格してるとは私も思うよ。でも、あなたもあの船を助ける事には賛成なんだよね?」 「まあね」 「なら、雇われ者は依頼主様の要望に従おうじゃないか」 はいはい、と返事をすると、御影は何やら考え込んでいる此花 咲(ia9853)に声をかける。 「咲は反対か?」 「そうですね、数も多いみたいですし、敵に中級アヤカシが居るのでしたら誰かがこれを抑えている間に‥‥って、え? そういう話じゃないんですか?」 既にやる気満々である。 苦笑する御影と、肩をすくめるマリア。 かくして、開拓者一行はルイスの命に従い、ジャン達の船を救助に向かう事となったのだ。 咲はすぐにソレを見つける事が出来た。 あまりに異質な少女の姿をしたアヤカシは、ふりふりレースを全身にまぶしたスカート姿で空にふよふよと浮いていたのだ。 「‥‥色んな意味で危険ですね。私はともかく御影さんにとっては特に」 案の定龍を並べる御影は、もんのすごいやりずらそうな顔をしている。 空飛ぶスカートとか反則すぎるだろうとか思うわけで。 それでも突っ込む御影に、大人だなぁとか感想を述べつつ自らも龍の速度を上げる。 まだかなり距離があったのだが、少女に注意を払っていたのが幸いした。 咄嗟に手綱を全力で引く。 通常、龍での旋回は上に人が乗っているため、背が大地に平行を保ったまま回る形になる。 しかし急旋回を行うとなれば、龍は翼を広げ体全体を正面に向ける事で目一杯に風を受けつつ旋回する。 旋回速度はこの時どれだけ龍を傾けられるかにかかっている。 傾ければ傾ける程、受ける風の強さも上がるからなのだが、この時、龍使いは両足で龍の胴を押さえて踏ん張らなければならない。 重力に引かれ体が真横を向きながら、手綱によりかかるようにしつつ旋回が終わるまで堪えなければならないのだ。 もちろん足の力が抜ければ振り落とされ落下するのみ。 また、急な旋回であればあるほど、体にかかる力も大きくなってくる。 「こ、これは‥‥キツイ‥‥」 飛び行く龍の背後を、少女が放った炎の弾が飛びぬけていくが、そちらに意識を向ける余裕もない。 そして旋回を終える時。これがまた厳しい。 手綱を引いたままだと龍に回れと言い続けている事になるので、体がななめっている状態で逆側に手綱を引かなければならない。 そしてこの時が一番危険とされている。 旋回した時と同じ勢いで逆旋回をかけた日には、間違いなく乗っている人間は外に向かって放り出されてしまう。 通常の旋回から逆側に切り替える瞬間、旋回時には龍に押し付けるようにかかっていた力が龍から飛ばされる外側にかかってしまうのだ。 一瞬襲い来る背筋が凍るような浮遊感。 何とかこれも堪えてようやく旋回は終了する。 回避運動一つでこんなにも疲労するのが龍による戦闘機動なのかと、咲は改めて空戦の難しさを実感する。 風切り音で途切れながらだが、御影からの声が聞こえる。 「いけるか!?」 良い所で煽ってくれると片頬を上げる咲。 「御影さん、こちらに引き付けます!」 御影は少女より放たれた炎を見たが、まだそれ以上の嫌な気配をアレより感じる。 「やばそうな雰囲気だな‥‥天赦、目標はあの少女だ! 一気に行くぞ!」 少女は少しつまらなそうにしながら、手をこちらに向け翳してくる。 全身の細胞が警告を発する。 アレはとてもヤバイものだ。 騎龍天赦に命じて回避運動に入らせる。 いやそれよりもと咆哮にて注意をこちらに引き付けにかかる。 こちらを向いた。効いた? いや、あれは単にこちらに興味を持っただけだ。 少女の手より、閃光が走る。 直後、龍ごと衝撃の波に飲み込まれる。 天赦より苦悶の声が上がる。 それでも体勢は崩さず光の帯を突き抜ける。 咲が心配そうに御影を見ているが、無事だという意味で手を上げる。 「間合いは見た。二度は喰らわん」 上げた腕を少女に向けて振り下ろし、恐れる気もなく少女に向かって飛び込む。 しかし、と驚いた顔をしている少女を見て思う。 「見れば見るほど不思議だな‥‥どうやって浮かんでるんだ?」 敵の頭を抑えるべく高高度を取ったからすは、まずは小手調べと影撃による一撃を射る。 命中の寸前、鋭角的なありえぬ軌道で変化した矢はドラゴンフライの外骨格の隙間に突き刺さる。 それでも敵は動きを止めず、船への攻撃もやめない。 これは案外手強いかと次の矢を番える。 一撃の重さに賭けたからすの装備は重機械弓「重突」だ。 これはからす程の熟達の者が扱えば下手な大砲並みの威力を持つ。 だが、再装填に時間がかかるのが難点であり、鍛冶屋に頼んでさんざ精度を上げさせたからすの重突とて例外ではない。 更にフィーノより力の歪みが。それでも敵はやはりこちらを無視している。 「案外根性あるのぉ」 ならばと近接組が更に接近していく。 花焔が距離は充分と術を放つ。 「さぁて、ジルベリアのアヤカシ、お手並み拝見ね」 突如花焔の周囲に発生した炎がドラゴンフライを襲う。 この距離まで来ると流石に敵と認識するのか、そのドラゴンフライは船から花焔へと標的を変える。 これを、僅かに減速して引き付けたかと思うと、駿龍太刀風に再加速を命じる。 相手が標的を変えようと旋回している間に一気に引き離し、戦域外まで突き抜ける。 ドラゴンフライはその速度に諦め、再度船への攻撃をと戻ろうとする。 そこで手綱を引いて、再攻撃の用意を。 「一陣の風の如く、ってね。いくわよ太刀風!」 マリアもまた近づきすぎぬ程度に調整しながら攻撃を加える。 ファイヤーボールの一撃はなかなかに効果的なようだ。 怒ったドラゴンフライは船なんぞ知るかとマリアを狙おうとするが、その時には駿龍の足の速さを利して回避運動に入っている。 ノワールも中々やるものだと少々その見方を改める。 少し距離が離れたので今度はサンダーを。やはり威力は火に劣る。 攻撃されぬよう、出来るよう、微妙な距離感覚が必要になるようだ。 空の戦闘は専門ではないので、その辺はノワールに丸投げするマリアであった。 近接しつつ、速度を落として戦う雫とレイラン。 大斧をうまい事ドラゴンフライに叩きつけられほっとしていたレイランの視界の隅に、デカイ物体が映る。 「流石‥‥やると決めたら躊躇が無いね、ルイス船長」 後方より一直線に戦域へとルイスの船が突っ込んで来たのだ。 ジャンの船の側に強引につけるとルイスは怒鳴る。 「こいつらは引き受ける! 防御は考えないでいいから最高速度でつっ走れ!」 「てっ、てめえルイス! じゃあこいつらお前の雇った‥‥」 「御託は後にしろ! 積荷ごと空の藻屑と消える気か!?」 「えいくそっ! 一つ借りといてやる! チクショウ! 簡単に墜ちるんじゃねえぞテメェ!」 戦域を離れようとするジャン達の船。既に船体にはガタが来ていたが、それでも機関部だけは守りきったらしい。 これに張り付いているドラゴンフライに、ルイスの船の船員達が矢を射かけ注意を引き付ける。 ルイスは船体と並ぶように飛ぶ雫とレイランに視線を送る。 一つ苦笑を漏らした後、大きく頷く雫。 「行くよガイロン!」 レイランもまた、炎龍マティナの首筋を優しく撫でる。 「君とボクならできるって、示さないとね」 二人の狙いは矢を射掛けてもジャン達の船に張り付いているドラゴンフライだ。 四体居たこれらを、接近しての刀撃斧撃にて自らに引き付ける。 これで、後はルイスの船が落とされる前にこいつらを叩きのめすだけだ。 雫は船に張り付いたままであったドラゴンフライに、力任せに刀を叩き付ける。 同時にドラゴンフライの噛み付きを甲龍ガイロンがもらうが、硬質化により強化した鱗によりこれを耐える。 ガイロンは既に結構な数の攻撃を受けている。船体を狙うドラゴンフライの攻撃を、身をもって防いでいるせいだ。 かくいう雫も速度を落として接近攻撃を繰り返しているので、無傷などとはとてもいえぬ状態だ。 最初にジャンの船より引っぺがした二体のドラゴンフライが張り付いた状態のまま、延々船を守り続けていたのだから当然と言えば当然であるのだが。 おかげで船への損害はかなり抑えられた。庇う度に聞こえてきた船員からの歓声が、まだ耳に残っている。 霊破斬はかなりこいつらに効果があったのだが、生憎そう何度も使える程練力に余裕もなく、今はもう己が腕力と剣技を頼るのみだ。 それでも、何とか残りを叩き落した所で周囲の戦況を探る。 船のこちら側は既に片がついている。後は反対側だが、とそちらに龍を向けた。 マティナの望むがままに、進路を完全に任せきってレイランはただタイミングを合わせる事だけに集中する。 高速で迫り来るドラゴンフライ。向こうが接近しているのではない。こちらから飛び込んでいるのだ。 斜めに近寄っているため、交錯の瞬間はほんの僅かだ。 ならばとマティナの進路に合わせ、置いておく気持ちで斧を振るう。 凄まじい衝撃が腕に伝わる。 地上で斧をふるってもこれほどの反動は無いだろう。 斧ごと体を引きずられそうになるのを全身の力で耐える。 衝撃はそう長くは続かず、嫌な破裂音のようなものが後ろに響く。 振り向いて戦果の確認。 斬ったというより砕けたいう感じで、ドラゴンフライはバラバラに千切れ落下していった。 花焔は出来れば火遁を狙いたいのだが、距離があるので雷火手裏剣を。 後一押しとなればこういう手も選択の内だ。 手綱をくわえ、両手で素早く印を結ぶ。 すると術に応えて雷の刃が放たれる。 これを手裏剣と称した先人の感性を、少し褒めてやりたいと思えた。 閃きを伴い飛び行く手裏剣の軌跡に良く似た動きでドラゴンフライを捉え、薄黒く焦げた大トンボは力尽きた。 花焔の駿龍、太刀風は速度を上げたまま大きく左に旋回を始める。 後ろに張り付いた別のドラゴンフライを引き剥がしにかかったのだ。 しかし花焔はこれを静かに諫め、一定の距離を取るよう指示する。 追いかけてくるドラゴンフライの更に後ろに、マリアとその龍ノワールの姿を見つけたからだ。 マリアも花焔同様、ベストの攻撃を決めるにはある程度接近する必要があった。 しかし彼女との違いは防御能力。 下手に突っ込んで反撃をもらっては拙いのだ。 だからこうして他の誰かに注意を払っている今は絶好のチャンス。 追いすがるように隣接し、龍の爪にて強引に体を捉えさせる。 「落ちろ巨大トンボ。私達はお前の餌じゃない」 至近距離からのファイヤーボールが命中すると、空高くに居るにも関わらず、ドラゴンフライは炎に包まれる。 身をくねらせながら墜落していくこれを、さして興味も無さそうに見下ろした後、船に目をやる。 ルイス船長が甲板で忙しなく部下達に指示を下している。 墜ちる程ではないが、船体も損傷を負っている様子だ。 「仲間思いなのはいいけど、仲間のために無茶して早死にしそうな船長だね。依頼人じゃなければ好ましい性格なんだけど‥‥」 中空に留まる咲とその騎龍に、フィーノは龍を寄せ治癒を行う。 「こちらには余り手が届かなんだが‥‥随分と無茶をしたのう」 「すみません。ですがお願いします、急いでください。御影さん一人じゃアイツの相手はキツいですから」 「わかっておる、私も付き合うぞ」 神風を吹かせまくり終わると、二騎は少女の下へと飛び込んでいく。 途中で二手に別れ、咲は少女を牽制に、フィーノは御影の下へと向かう。 ここは少女の攻撃範囲内だ。咲にしたように並んでゆっくりと治療している暇などない。 御影は駿龍、天赦に回避を任せきっている。どうやら傷は深いらしい。 角度があまりよろしく無いが、悠長な事を言っている余裕もない。 速度をぐんと上げ、御影とのすれ違いざまに神風恩寵を送る。 一瞬、目だけで礼を言う御影。 しかし危ないのはココからだ。 御影へと接近する角度は、ちょうど少女に近づいてしまう角度でもあったのだ。 そら逃げろと手綱を引くが、ついた速度はそう簡単に落ちてはくれない。 そうこうしている間に、少女が咲からフィーノへと注意を移す。 フィーノの龍も必死だ。上昇軌道を取ってこれから逃れんと更に速度を上げる。 それでも逃げきれず、少女は炎の弾を放って来た。 尻尾をかすめる程の近距離を通り過ぎる炎の弾。 が、一発、二発、三発‥‥ 「ええいあいかわらずうちとこのアヤカシは風情のない‥‥!」 文句を言った所で仕方が無い。真上を向いているせいで後ろに向けて引っ張られる体を手綱を掴み気合で耐える。 速度が上がり続けているせいか、徐々にだが耐えるのがキツくなってくる。 「こ、これは厳しい‥‥って、何?」 いや後ろではなく、何と言うか、斜め後方、というか、上? 「って、宙返りだとおおおおおおおお! こら! それは幾らなんでも‥‥」 全く聞いてくれない。繰り返すが龍も必死なのである。 「待て! 落ち着け! わかった! 名前を決めてなかったのは謝ると言うておるであろうが!」 必死に鐙にしがみつきながら、もうどっちに吹っ飛ばされそうになってるかもわからず、ただただ全身に力を込めるのみ。 ようやく平行を取り戻す頃には、ぐったりと龍に寄りかかるしか出来なくなっていた。 「‥‥すまぬ。次回までには名前考えとくでな」 いや名前のせいではないのだが、と語る口を龍は持ってはいなかった。 回復を得た御影は、再度少女へと攻撃を開始する。 とにかく素早い。 何とか近接して振るった槍も一度や二度ではないのだが、おおよそ三割程しか当たってくれないのだ。 「出し惜しみして勝てる相手じゃない、か」 火力もかなりのものがある。 広範囲を巻き込むあの閃光は、二騎で相手をしていたからこそ一人が狙われるだけで済んでいたが、集団で攻撃するとなればそうもいくまい。 龍上にて槍を構え、回避を捨てる。 覚悟を決めた御影の視界に、一瞬で割り込んで来たのは咲だ。 ちょうど御影からは真横から飛んで来たように見える位置で、少女にすれ違いざまの二刀を。 虚実を操る見事な技であったが、少女はこれすらかわしてみせる。 しかし、咲は僅かに口の端を上げる。 そう、彼女のフェイントはこの一撃ではなく、行為そのものが少女へのフェイントであった。 見事、そう賞賛し槍を背に回す。 少女がこちらの接近に気付き退避を始めるが遅い。この間合いならば、例え近接せずとも方法はある。 練力を込めた槍からは龍の速度をすら上回る衝撃がほとばしる。 本来は大地を駆けるこの技は、空にて用いた時大空を貫く稲妻と化す。 少女のきゃしゃな体が大きく跳ねる。 その目が、怒りで真っ赤に燃え上がった。 アヤカシらしい異常なしぶとさであるが、しかし、装甲が薄いのは隠し得ない。 ならば後一押し。 居た。船の方が片付いたのか、一騎のみがこちらに向かっている。 集まった開拓者達の中で、最も遠距離への攻撃を行える者、弓術師からす。 見るからにごてごてしい重機械弓を構えているが、しかし位置が悪い。 あれでは自身の龍が邪魔で射角が取れない。 それを、彼女は驚くべき手段でクリアした。 龍使いならば誰もが知っている決してやってはいけない事。 龍の背が外を向く形での旋回だ。 これをやっては、それこそ龍の体に全身を固定でもしていなければ体ごと外に吹き飛ばされてしまう。 しかるに、射角を取る為に必要だと、からすはこれを行う。 上に乗る人間を落とさぬ間合いを熟知している龍でもなくば、そもそも成功すらしないだろう。 騎龍鬼鴉への絶対の信頼が無ければ出来ぬ所業だ。 もちろんいつまでもやっていられるはずもない。 だからほんの一瞬、その一瞬で狙いを定め、矢を放つ。 龍上にあって尚微塵も乱れぬ射撃姿勢、ここぞと狙い放つ矢を、御影は素直に美しいと思えたのだ。 吸い込まれるように少女を射抜いた矢は、その威力故か容易く中級アヤカシをすら貫通し、見事これを討ち果たした。 とんでもない事をやってのけた鬼鴉とからすは、しかしいつも通りの落ち着いた所作で、優雅に空を飛び続けるのだった。 これは後々の話であるが、ルイスはこの航路を通る際、常に開拓者を雇うという形を他のフリーの商人達にも徹底させた。 安定した航路の確保は取引の増加に繋がるという彼の言葉を、ジャンを始めとする他の商人達も信じたのだ。 飛ばした荷物が九割届くというのであれば、半分しか届かぬ時と比べ依頼人側としても報酬に割く金額も増えるというものだ。 しかし、何だかんだとやっぱりルイスの船は何時もかつかつであったそうな。 それでもルイスはやり方を変えるつもりはなかった。 とある理解者の言葉を、彼は今でも覚えている。 『目先の利益より信頼を築く事に気が回るのは良い商人の証拠だからね』 |