辻斬り三郎太
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/03 18:12



■オープニング本文

 号外の叫び声と共に、宿場町を瓦版屋が駆け回る。
 皆に配る号外の見出しには『鬼畜生の三郎太、悪鬼怨霊となりて蘇る』とある。
 瓦版を手にした年の頃十二、三の少女は震えながら瓦版屋に食い下がった。
「そんな! これは何かの間違いですっ!」
「おいおい、俺っちの瓦版に文句でもあるってのかい?」
 ぎろっと睨まれると少女は容易くすくみ上がるが、今にも消え入りそうな声でか細く抗議する。
「‥‥えっと、で、でも、この人は‥‥もう亡くなっていると‥‥」
「だからすげぇんじゃねえか! 辻斬り三郎太が怨念纏いて蘇る! ほら、記事にも書いてあるだろ。こりゃアヤカシと化したね。俺の勘に狂いはねえさ」
「ででででもっ‥‥」
「あー仕事の邪魔しない。号外ー! 号外だよー! ‥‥‥」
 瓦版屋が走り去ると、少女はきゅっと瓦版を握り締め、口惜しそうに唇を噛んだ。

 土間と八畳間しかない小さな庵。
 少女は家に戻ると、かまどに火をつけ夕食の準備に取り掛かる。
「お帰り、今日は遅かったね」
 八畳間から優しげな男の声が聞こえてくる。
 少女は土間と部屋とを分けている襖を開く。
 中には所々染みのある布団に横になったまだ若い青年の姿があった。
「ご、ごめんねお兄ちゃん。すぐお夕飯作るから」
「いやゆっくりでいいよ。何時も済まないね、俺がこんなんだから‥‥」
「あーもうっ、それは聞き飽きたって。今日は安いお魚が手に入ったの。楽しみにしててね」
「そうかい‥‥じゃあ、俺も少し手伝おうか、な」
 布団から青年が身を起こす。
 足が上手く動かないのか、両手で這いずるようにしながら土間に向かう。
「わあっ、もうっ、お兄ちゃんはいいから寝てるのっ」
「いや、そうは言うけどね。日がな一日中寝てるか本を読んでるかというのも退屈なもので‥‥」
「だーめっ。どうせ私が居ない時はあっち行ったりこっち行ったりしてるんだから。私が居る時ぐらいは大人しくしててっ」
 完全に見透かされた男は、降参とばかりに両手を上げる。
 そんな青年の姿がおかしかったのか、少女は満開の桜が零れるように笑った。
 食事が終わると、青年はお茶をすすりながら少女に文を渡す。
 これを宿場町の開拓者ギルドに届けて欲しいと伝えると、少女は訝しげにしながらも了承する。
 青年は、少女に聞こえぬよう、一人呟いた。
「‥‥責任は、取らねばな」
 これ以上少女の足枷になりたくない兄は、そろそろ潮時と覚悟を決めたのだ。

 開拓者ギルドに依頼が入る。
 内容は宿場町を夜な夜な徘徊する辻斬りの成敗。
 そして、彼の妹である十二才の少女の為の、住み込みの奉公先を探す事。
 注意すべき点は、辻斬りは巷で言われている三郎太の犯行ではなく、その評判を利用した別人であるとの事。
 驚くべき事に、依頼をしてきたのはかつての辻斬り犯であり、死んだと目されている三郎太であった。
 調査の結果、呉服問屋の六郎の商売敵が次々狙われている事や、最近になって流れのならず者を呼び寄せたらしい事から、彼が犯人と思われる。
 元凶を斬らなければ問題は解決しない。取り巻きが居るがそれらを斬り抜け、黒幕たる六郎も倒して欲しいとの事。
 報酬は開拓者八人を雇えるだけの充分な額を揃えてあるので心配は無用らしい。
 以上の話が依頼人三郎太からのものであると、依頼人の妹香苗には決して漏らさぬよう条件が付け加えられていた。
 奉公先は三郎太から香苗に伝えるので、話だけまとめてきてくれれば良いとの事である。

「きっと何かの間違いだよ。だってお兄ちゃん、夜はずっと私と居たもん」
 三郎太が寝静まるのを確認した香苗は、一人庵を抜け出す。
 香苗は不安であったのだ。
 かつて三郎太が剣の道にとりつかれ、夜な夜な腕の立つ武芸者に挑んでいた頃を思い出して。
 ある時兄は返り討ちに遭い、こうして不自由な足を抱えるハメになった。
 血塗れで戻った兄を、妹は必死に庇い続け、今こうして皆が忘れる頃まで守り抜いて来たのだ。
 兄が戦で稼いだ大量の金子があればこそではあるが、それにしても当時十歳の少女には酷な出来事であったろう。
 それから二年、香苗は誰にも頼らず兄と共に暮らし続けて来た。
 再び三郎太探しが始まれば、今度こそ捕まってしまうかもしれない。
 そんな不安から、香苗は真犯人を見つけ出すべく深夜の宿場町を徘徊する。
 それがどんなに危険な事かも理解しているが、聡い少女はまだ、自らの感情を押し殺しきれる程成熟してもいなかったのだ。


■参加者一覧
神流・梨乃亜(ia0127
15歳・女・巫
斑鳩(ia1002
19歳・女・巫
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
鶯実(ia6377
17歳・男・シ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰


■リプレイ本文


 神流・梨乃亜(ia0127)と斑鳩(ia1002)の二人は香苗の奉公先を探すべく奔走していた。
 旅籠という旅籠を当ってみるも、しかし即座に良い返事はもらえない。
 疲れきった梨乃亜は、旅籠でおだんごをいただきながら一休み中である。
「どうしよ斑鳩〜、これで宿は全部回ったと思うよー」
 斑鳩はお上品にお茶をいただきながら、それでも慌てた様子はない。
「後は商家ですか‥‥呉服屋とかいいかもしれませんね」
 そんな相談をしていた二人は、不意に視界の先に、依頼人三郎太の妹、二人が当人に内緒で奉公先を探している香苗を見つける。
 買い物ならば旅籠が並ぶこの辺りに用は無いはずである。
 何やら嫌な予感がした二人は、こっそりと香苗の後をつける事にした。

 設楽 万理(ia5443)と王禄丸(ia1236)はギルドで依頼の裏を取る。
 六郎の町での立場などを確認した王禄丸は、三郎太が斬れと依頼した理由を理解する。
「財力は相当ある。人脈もな。これじゃよほどの証拠を突きつけない限り官憲も動けない」
 万理も調べれば調べる程に正攻法では難しい事がわかり、うんざりしている。
 ずーんと沈んでしまいそうな話であったが、王禄丸は殊更に明るく言い放つ。
「ま、これで色々思い悩む必要は無くなったという事だ」
「ですね。状況証拠は真っ黒ですし、後はバレないように辻斬りと六郎を斬るだけですよ」

 鶯実(ia6377)は皆と別行動を取り、一人三郎太でも出来る仕事を探していた。
 剣術道場の師範の口などを当ってみたのだが、やはり足が不自由であると聞くと渋面を見せる者が多く、難航していた。
 とにかく一度仕切りなおしと鶯実は仲間達と合流する。
 集合場所として一行が選んだ旅籠に居たのは、風鬼(ia5399)と鬼灯 恵那(ia6686)の二人のみであった。
 どうだったという鶯実の問いに、とっつきにくそうな外見のワリに口調は親しみやすい風鬼が役に立ちそうな話だけを伝える。
「瓦版屋、どうやら六郎に金をつかまされていたみたいですな」
「瓦版?」
「死して尚蘇る人斬り三郎太の恐怖っ! 憎むべきはアヤカシと三郎太であって、間違っても人斬りの結果商売が楽になった六郎を責めるんじゃありませんぜ、って内容ですな」
「後ろ半分も瓦版に書いてあったのか?」
「いえいえ、これは私の注釈って奴でして」
 何処まで本気なのかわからない風鬼の言葉を聞いていたが、恵那はさして内容に興味は無いのか途中で席を立つ。
「‥‥次の標的は?」
 これには何時の間にか調べていたらしい鶯実が即答する。
「一応目星は」
「ならそこに行こう。今夜にも動くかもしれない」
 風鬼と鶯実は一瞬顔を見合わせるが、恵那の言葉に正しさもあるので、ここは黙って従う事にした。

 護衛にでも雇ってもらうかと考え、目指す商店までぶらぶらと歩く三人。
 ソレに真っ先に気付いたのは恵那であった。
 それなりに人出のある雑踏にあって、彼だけ背景から切り取ったかのような違和感。
 衣服、容姿、そんな次元ではなく、存在そのものが町に相応しく無い。男はそう見えてならない。
 もう一人いる高価な衣服に身を包む男は、まるで平凡な気配しかせぬのにというのに。
 ほどなく風鬼と鶯実もコレに気付くが、しかしその男以上に、すぐ側の、仲間であるはずの恵那にこそ恐怖を覚える。
 鶯実は眉根を顰め、風鬼は愉快そうに口笛を吹く。
 無論、向こうの二人も気付いている。
 安っぽそうな着流しを着た男は、誰よりも恵那に惹かれ、吸い寄せられるように眼前に立ちはだかる。
「‥‥お前、人、斬り、だろ」
「‥‥‥‥」
「そのワリに、血の、臭いがしねぇ‥‥何で、だ? メスだから、臭い強いのは、嫌か?」
「あなたから血の臭いがしないのは何故?」
「この男が、うるさい」
 そう言って高級着物男を指差す。
 彼は考え深げに顎に手を当てている。
「おい、この女お前の同類か?」
「あ、ああ、‥‥こいつ、も人斬り、だ」
 後ろに居る風鬼と鶯実にも視線を送ると、むしろ着物男はこちらの方に興味を示す。
「お前達、仕事が欲しければ後で俺の旅籠を訪ねろ。悪いようにはせん」
 それだけ言い残し、二人の男は去って行った。
 風鬼と鶯実は、それでも全身から緊張を解く事が出来ない。
「‥‥間違いない、アレが今回の標的だよ‥‥」
 着流し男の姿を認めてから、完全に戦闘態勢に入りっぱなしの恵那が、恐ろしくてならなかったからだ。
 それでも減らず口は叩けるのか、風鬼は鶯実にだけ聞こえるように呟く。
「どっちが辻斬りだかわかりゃしやせんな」
「‥‥同感だ。勘弁してくれ‥‥」

 叢雲・暁(ia5363)は街中での情報収集と情報操作を終えると、街角でうんっと伸びをする。
 変装やら化粧やらで原型を留めていない容姿を鏡を眺めつつ元に戻すと、健康そうな小麦色の肌ときらきらと輝く金髪が目につく。
 必要と思われる情報は一通り揃った。他の可能性を全て潰し、出た結論はやはり六郎が黒幕であるという事であった。
 さて、今度は六郎の屋敷にでも忍びこんだろかと思っていた暁は、何ともいえぬ顔でソレを眺めやる。
 人混みをすり抜けるように走る少女香苗、その後ろから見知った顔が隠れ隠れしながら後をつけていた。
「‥‥どうしたの?」
 梨乃亜と斑鳩の二人は渡りに船と暁に協力を頼む。
 万難を排して香苗の情報収集を阻止すべしと。
 このまま調査を進め、真相に至った香苗が一体どんな動きをしてくれるか予測が立たないせいだ。
 開拓者でも何でもない小娘、梨乃亜と同い年であるが、比べ物にはならないだろうと思っていた暁は、ものの一時間もせぬ内に考えを改める必要性に迫られた。

 夜が更ける前に全員で一度集まり、それぞれの情報を交換する。
 ちなみにこの段階で一番疲れていたのは、梨乃亜と斑鳩であった。
「‥‥うぅっ、まさかあそこまで一人で調べあげるなんてぇ‥‥」
「子供と侮ったのが間違いでした‥‥誤魔化すのにどれだけ苦労したか‥‥」
 香苗は一人で辻斬り事件の裏を調べ、あっと言う間に六郎にまで辿り着いてしまいそうであったのだ。
 これはマズイとあの手この手で香苗の邪魔に入り、同じく調査を進めていた暁にも協力を頼み、三位一体で見事、本日の香苗ちゃん捜査を無駄足とせしめたのであった。
 あの調子では間違いなく夜も動く。そう確信した梨乃亜と斑鳩は、夜も二人がかりで香苗につく事にした。
 幸い、その日の夜は動き無し。仕事は翌日以降に持ち越される。

 庵の中で、三郎太は静かに妹が戻るのを待っている。
 読書の習慣がついたせいか、剣を振っていた頃と比べ目が悪くなったようにも思えるが、知識の量はとんでもなく増えている。
「‥‥誰、だい?」
 襖の奥に気配を感じた三郎太が問うと、静かに襖が開き、風鬼が姿を現す。
「君は、依頼を受けてくれた開拓者の、確か風鬼君だったか」
 三郎太の言葉になど興味はないと、風鬼は言いたい事だけをつらつらと述べる。
「神隠しもお縄も、自殺も事故死も「保護者」の心に後を引きます‥‥」
 優しげに垂れ下がっていた三郎太の目尻が鋭い皺を湛える。
「もう少しだけ時間をかけることです。医学書を読むと良いでしょう。自然死に見える薬もあります」
 不躾な言い草であるが、心当たりのある三郎太は言い返す事が出来ない。
 風鬼は三郎太が返事に困っている間に姿を消し、以後庵に近づく事は無かった。

 昼日中、暁は旅籠で遅めの昼食を頬張りながら、ようやく仕事を完遂した二人を労う。
「へえ、僕てっきり一週間ぐらいはかかると思ってたのに、梨乃亜も斑鳩も良く頑張ったね」
 香苗の奉公先を見つけた二人は、しみじみと述懐する。
「‥‥どんだけ仕事速いかーとか、目端がきくかーとか、もうこれでもかってぐらい見せ付けられたもん」
「私達ですら、気を抜けば出し抜かれかねません。あの子本当に町に住む普通の娘さんなんでしょうか」
 そうこうしていると、鶯実が嬉しそうな顔で旅籠に戻ってくる。
「三郎太の仕事先、寺子屋の先生って事で何とかなりそうですよ」
 鶯実と同じくその点を気にかけていた斑鳩も嬉しそうに手を叩く。
「良かったです。これで先々の事は心配いりませんね」
 暁はふと思った事を、しかし口には出さず、もぐもぐと握り飯を飲み込む。
 張り込みをしていた万理が戻って来たのは、王禄丸が調べ物を終えた頃であった。
 弓を扱うだけあって目の良い万理は、六郎達の同行を逐一監視していたのだが、辻斬り男と数人の男達が夕方前に六郎の屋敷を出たのを見て、遂に敵動くとこうして知らせに来たのだ。
「全員、わかりやすい顔して出て来てくれました。今晩決行と見ましたが」
 一同は顔を見合わせ頷き合う。戦闘開始であった。

 手に持った提灯の灯りと月の白を頼りに路地をひょこひょこと歩くは、とある呉服問屋の若旦那である。
 ここらは街中とはいえ、夜中は人の姿が極端に減るのだ。
 生垣のせいで見通しも悪く、数箇所を抑えてしまえば、完全に逃げ場を失ってしまう、そんな暗がりであった。
 さて、そろそろかと植え込みの中から姿を現す辻斬り。
 しかし彼が目にしたのは、月光を照り返す金の髪と闇に溶け込む黒の着物、そして刀身から輝きが零れる鍛え抜かれた見事な刀。鬼灯恵那であった。
「ふふっ、辻斬りが獲物になっちゃったね。すぐぶった斬ってあげる♪」
 やはり、辻斬りは先日出会った着流しの男であった。
「‥‥お、前は俺と同類、だ‥‥だから、斬るより、抱きたい‥‥」
 銀閃がひらめき、着流し男の右腕に朱の筋が走る。
「うふふ、あはははっ。もっと斬らせてよ、君は辻斬りに斬られた可愛そうな犠牲者なんだからっ」
 双方共に、相手の言うことなど聞く気は無いらしい。
 鋼同士が激突し、雄々しくも儚い金属音が木霊する。
 時折、周囲でずっと生垣がズレる音が聞こえる。
 路地の入り口で、路地の出口側で、生垣の奥で、或いは逃げ惑い路地に飛び出した所で、一人づつ、辻斬りの見張りをしていた男達は処理されていった。
 全ての見張りが斬り殺される頃には、着流し男と恵那の決着はほぼついていた。
 斬り付けられたせいで無様に垂れる着流しの切れ端を引きずりながら、男はこけつまろびつ逃げ回る。
 恵那は笑みすら浮かべ、これを背中から斬り倒した。
「恨みたいなら怨霊を利用して辻斬りさせてた馬鹿な六郎を恨めば?」
 因果応報、そんな言葉が口をついて出そうになるが、鶯実はぐっと堪えて着流し男を見下ろす。
 恵那はもう満足したせいか、トドメを刺すつもりは無いらしい。
 いずれ時間の問題であるが、それは、彼にどれほどの苦痛をもたらすか。
「‥‥何処か、見たい景色はあるか?」
 男は救いを求めるように鶯実へと手を伸ばす。
「せん、じょう‥‥俺の、全て‥‥友も、仲間も、全てを手に入れ‥‥全てを失っ、た。忘れえぬ魔の、森‥‥」
 朦朧とする意識、苦痛にうめく声を、鶯実は一刺しで終わらせてやった。
 不思議そうな顔の恵那は、姿を現した風鬼に鶯実の理由を問う。
「さても、シノビの考える事ではありやせん」
「意味があるのか?」
「鶯実さんにとっては、という事でしたら意味はあるんでしょう。貴女が人を斬りたいのと一緒ですよ」
 今一納得は出来なかったが、そういうものだと受け入れる事に恵那は決めた。

 六郎の寝室にて太刀を抜く王禄丸。
 辻斬りを倒した事が六郎に知れ、下手な動きをする前に全てにカタをつける。
 そういった段取りを組んだ王禄丸は、背後からひゅんひゅんと音を立てる見えない刃を信じ、遮蔽もない庭を堂々と母屋に向かって歩き続ける。
 誰何の声を上げる間もなく、次々と、暗闇の奥から狙う鷲の目は決して焦る事も、いきり立つ事もなく、正確に、確実に、六郎屋敷の住人を射殺していった。
 王禄丸を囮に、何事かと近づいてきた者を万理が射倒すといった策であった。
 王禄丸が寝室まで乗り込むと、大声で人を呼ぶ六郎であったが、既に屋敷中から人の気配はせず、誰一人返事をしてこなかった。
 一歩一歩と迫る王禄丸に、六郎は足元に転がっていた布団を王禄丸に投げつける。
 王禄丸は、彼の動きを完全に読みきっていたので、無理に動く事はしなかった。
「かひっ!」
 笛を吹き損ねたようなか細い擦れ声のすぐ後に、どしゃっと崩れ落ちる音が聞こえた。
 王禄丸が正面から乗り込んでいる間に屋敷の中を綺麗にしていた暁は、すれ違いざまに六郎の首を斬り落としていた。
「これで一件落着?」
「他の奴等がうまくやってればな。辻斬りと六郎を同時にしとめたんだ。後はさっさとずらかるだけだ」

 辻斬りの死体を隠し、仲間割れを演出した一行は、三郎太に頼まれていた奉公先の件を報告に向かう。
 といっても報告だけなので、梨乃亜と斑鳩と鶯実の三人だけであるが。
 誰にも見咎められずに事を為した自信はあれど、不必要に危険を犯すのは熟練の開拓者がやる事ではないのだ。
 香苗の奉公先だけではなく、三郎太の仕事先まで見つけてあると言われ、彼は何とも形容しようのない顔をする。
 が、気を遣わせたね、ありがとう。と快くこの仕事を引き受けた。
 全てが終わった事を確認した三郎太は、あらいざらいを梨乃亜と斑鳩の口から香苗に話すよう頼む。
 終わってしまった後ならば、香苗がどう動こうと問題は発生しえない。むしろ終わってしまっているのにまだ動かれる方が困るという事らしい。
 梨乃亜と斑鳩は、そりゃーもう色々と言いたい事があったのか、はたまた香苗の調査を影から妨害している内に話をしたいと思うようになったか、やたら嬉しそうに、楽しそうに香苗と話をしていた。
 そして、最後に三郎太は鶯実に、この場に居ない風鬼へと伝言を頼む。
「うまくやれるかどうかは五分といった所でしょう。医学書を用いるかどうかは‥‥ふふっ、貴方ならどちらに賭けますか?」
 意味がわからぬといった顔の鶯実。そんな二人を他所に、子供達は大層賑やかであった。
「えー! じゃあっ、あの時商人さん達が留守だったの梨乃亜の差し金‥‥?」
「ご、ごめんー。で、でもほらっ、下手に六郎に調査してたのがバレたら香苗も危なかったし」
「うーっ! 道理で色々と上手くいかないと思ったぁ〜」
「香苗すっごく鋭いし、こっちも必死だったんだよぉ‥‥」
 悩みごともあるのだろうが、そんなもの吹き飛ばす勢いで騒ぐ二人を見て、斑鳩は達観した顔の三郎太に語る。
「香苗ちゃんの為に頑張るっていうのは、きっと貴方にとって何より楽しい事であると思いますよ」
 敵わないな、そう口に出さず表情で返す三郎太は、仕方が無いと童向けの本を手に取り、斑鳩に向けてひらひらと振ってやる。
 満足気に頷く斑鳩。これから先、苦労もあろうし平穏無事に過ごしていけるという保証など何処にも無い。
 それでも今、こうして前を向いている二人の兄妹に、斑鳩は精霊の加護を祈らずにはいられなかった。