人の知恵持つアヤカシ
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/09 20:41



■オープニング本文

 紺色の着流しを着て、腰下に刀を無造作に垂らしている男は、ガキの頃からつるんでいる相棒と、借家の縁側でお茶をすすっていた。
 相棒は男程ゴツイ体をしてはいないが、見るからに迫力のある男の風貌にもさして怯えている様子もない。
「なぁ、お前これまで何人殺した?」
 男はずずずーっとお茶をすすると、みたらし団子に手を伸ばす。
「どーだろ? 五人、だったろ確か」
「ふざけんな、十三人だよ。殺さなくてもいい通りすがりにまでちょっかい出すからそーなんだよ」
「えー、でもよう、俺ぶっ殺してえ奴以外は首刎ねたりしてねえぜ。大体、腹に刀ぶっ刺すぐらいで死ぬわけねえだろ。虫だってそのぐらいなら元気に飛び跳ねるじゃねえか」
「虫は生きてても人は死ぬんだバカヤロウ。一々ぜーんぶ足つかないように後始末してる俺の立場にもなりやがれ」
「あー、ありがとーなー、おかげで助かってるぜー」
「けっ、その気もねえのに適当な事言ってんじゃねえよ」
「いや本気でそー思ってるって。だから代わりにヤバイ橋は全部俺が渡ってるんじゃねえか」
「はいはい、そーいう事にしといてやるよ」
 人の命を何とも思わぬ外道であるが、それでも相棒の命だけは別であるようだった。

 男が駆け寄ると、相棒は口の端からごぼっと溢れるように血を吐き出す。
 それまで男が殺してきた者達と同じように、相棒もまた至極簡単に、その命を終えてしまった。
 枯れ木をへし折ったような細っちい矢が一本。たった、一本当たっただけである。
 男なら避けるも耐えるも容易い矢は、しかし相棒には必殺の一撃であった。
 周囲には六人の刺客。
 これを殲滅するのに、男は代償として片腕と片目を失った。

 山中に隠れ潜んだ男は、粗雑な治療のせいで発熱し膿んだ腕の先を怒りと共に斬り落とす。
 もちろん、それで問題は解決しない。
 更なる激痛に身もだえしながら山中を転がる男。
 遂に死すら覚悟した男は、自分の生涯を振り返る。
 そして嘆く。自らの身に降りかかった不幸を。何一つ悪い事はしていないというのに、いきなり大切な相棒を殺された理不尽を。
 どうしてこれまでと同じように、楽しく愉快に過ごさせてくれなかったのだと。
 輝いていた時間を何故に天は奪うのかと、頭上を見上げて大声で罵る。
 返事は返って来ない。
 男は、その最後の瞬間まで、全ては無理解な周囲と、天運の不足がこの窮状を招いたと心底より信じ込んでいた。
 突然、地より湧き出した瘴気が男を包み込む。
 もうロクに身動きも出来ぬ男は、ただこれを受け入れる事しか出来ぬ。
 不思議と体中を襲っていた激痛は消え、えもいわれぬ心地よさと、心の奥底から湧き上がる強烈な衝動に戸惑う。
「おおっ、天よ‥‥この俺に救いを与えてくれるのか。そうだろう、俺がこんな所で死ぬはずがないんだ。当然だろう」
 厳密に言えば、この言葉を最後に男の生は終了している。
 心の臓より絶え間なく噴出す衝動に、突き動かされるのみの人の形をした何か。
 瘴気に取り憑かれた、そう、アヤカシとなったのだから。
 天に見捨てられた男は、地に拾われ新たな生を受けたのだった。

 人の容姿を持つアヤカシは、容易く人間社会に隠れ潜む事が出来る。
 そうして夜な夜なその命を奪い、自らの糧とし続けるのだ。
 特にこのアヤカシは、その体を乗っ取る事で男だった頃の知識をも手に入れており、人間社会での法の目の潜り方や誤魔化し方を生まれた時既に理解していたのだ。
 人の恐怖と断末魔をその身に溜め込み、遂にアヤカシは中級アヤカシとトばれる程の力を身につける。
 ふと、アヤカシはたった今殺した人間の前に置かれた湯飲みを目にした。
 深い意味は無かったが、これをずずずーっと飲み干す。
「俺、これまで何人殺したっけか?」
 突拍子もなくそんな問いを発すると、部屋の隅でがたがた震えている使用人は、屋敷に居る人間の数から返事を返す。
「じ、じじじ十三人、です」
「そんなもんか。‥‥そうだ、ついこの間出来るようになった新技、見せてやるよ」
 アヤカシが合図をすると、屋敷内で暴れまわっていた人の身の半分程の大きさもある巨大なネズミが走り集まってくる。
「ハハハ、すげぇだろ。こんなナリだが、こいつら俺の言う事ちゃんと聞くんだぜ。っておい、言ってる側から勝手に動くな食うな‥‥あーあーもう原型残ってねえでやんの」
 三十匹近くの巨大ネズミアヤカシにたかられた男は、ほんの数秒で骨も残さず消え去った。
 こうして、人と会話をしたのは久しぶりであった。
 そう、したいと思って話をしてみたが、さして面白くもなかった。
 愉快な気分になれるかもしれない、とかつてそうであった頃の楽しみを一通り行ってみたが、アヤカシと成り果てた男にこれらを楽しむ事など出来なかった。
 ならばとかく危険な人里に居るよりは田舎を回った方が良いと結論づける。
 連絡も数日がかりの村ならば、例え村人全てを喰らい尽くしても、強い人間に追い回される事もあるまいと。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
朱麓(ia8390
23歳・女・泰
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
宍炉(ia9724
17歳・女・サ
ディアデム・L・ルーン(ib0063
22歳・女・騎
リーザ・ブランディス(ib0236
48歳・女・騎


■リプレイ本文

 三笠三四郎(ia0163)は怪我人を装い、村の表口よりよろめきながら入っていく。
 その目は油断無く周囲を探っている。
 それを見つけた三四郎に肩を貸すように歩いていたメグレズ・ファウンテン(ia9696)は、悔しそうに拳を握り締める。
「‥‥くっ」
 村の主道に転がる異常な程に綺麗な白骨。ちょうど三人分ある。
 宍炉(ia9724)はやたら静かな村に怪訝そうな顔をする。
「なんだい、アヤカシなんて何処にも居ないじゃないか」
 くんくんと鼻を鳴らしているのはリーザ・ブランディス(ib0236)だ。
「そうでも、ないかもね。血臭がまだ残ってる」
「言われてみればそんな気もするが‥‥にしても静か過ぎないか? とっくに村を出ちまったとか?」
「そうは考えたくないねぇ。だとしたら生存者は絶望的じゃないかい」
 三四郎は白骨の様子を調べている。
 風化した気配はない。瑞々しさの残る新鮮な骨である。
 隅から隅までなめとるでもしなければ、こうはなるまい。
「ここのアヤカシは余程腹をすかしているか、もしくは‥‥」
 ふいっと振り返る宍炉。
「もしくは?」
「そもそもが異常に貪欲かでしょうね」
 眉根を寄せながらひらひらと手を振るリーザ。
「どっちも御免被るよ。おお嫌だ嫌だ」
 メグレズは盾を構えなおし、刀を抜き放つ。
「なら全部退治しきるしかありませんね。来ます」
 家々からぞろぞろと顔を出して来るのは、大型犬程の大きさがある鼠アヤカシ達。
 開拓者達は円陣を組み、即座にこれに備える。
 三四郎とメグレズと宍炉はすうと息を吸い込み、全力で吼え猛る。
 三人の咆哮が開戦の合図となり、鼠アヤカシ達は襲い掛かってきた。

 御凪祥(ia5285)達は村の裏口側より密かに侵入する。
 建物の影に隠れながら、祥はすぐ後ろについてきていた朱麓(ia8390)に目で合図する。
 了解、と朱麓は心眼を使うも、周囲に動く者の気配は無し。
 すると村の表の方が騒がしくなってくる。
 龍牙流陰(ia0556)が、任せろと建物の影を伝って表の様子を見に移動する。
 陽動組は見事なほど完璧に敵に取り囲まれている。
 二十匹近くの巨大鼠達であり、ハタ目に見る分には相当危ないようにも思えるが、一体一体はそれほどでもないと流陰は見た。
 ならばあの四人であれば、包囲を突き抜ける事は出来ずとも持ち堪えるのは可能であろう。
 流陰が急ぎ戻ると、ディアデム・L・ルーン(ib0063)があるものを見つけていた。
 彼等アヤカシがこの村にまだ留まっていた理由。
 中途まで貪り食われている村人の遺体が転がっていたのだ。
 ディアデムの表情は特に変化が無いようにも見える。
 しかしその手が剣の鞘を掴んだまま小刻みに震えており、やはり彼女も激怒しているのだとわかる。
 祥が促し先を急ぐ。
 そこでようやく、朱麓の心眼に引っかかるものがあった。
 数は十一。どうかこの反応が生き残った村人達であるよう、今はただ祈るばかりであった。

 蟻の這い出る隙間もないとはこの事か。
 二十体の鼠アヤカシに取り囲まれた四人は、こいつらの思わぬ連携に苦戦していた。
 数が多いのもそうだが、鼠達は各々入れ替わりながら攻撃を繰り返すので、一撃で一匹を倒せぬとその鼠を再度狙おうにも何処に紛れ込んだのかわからなくなってしまうのだ。
 せめても鼠の攻撃が、咆哮を使い続けている三四郎とメグレズに集中しているのが幸いか。
 ここだけは若干陣形が崩れており、また二人は鎧も厚い事から耐えやすくもあるのだ。
 これが初めてのアヤカシ退治となる宍炉は、ケンカやらケモノ狩りとの勝手の違いに苦労している。
「あー! 鬱陶しい!」
 側面より飛び掛ってきた鼠に太刀を叩き込む。
 これは顔にまともに入ったのだが、何と乱暴に叩き付けたせいで刺さって抜けなくなってしまったのだ。
「やべっ」
 と言ってる間に後ろからもう一匹の鼠が。
 咄嗟に太刀より片手を外し、上から鼠の頭をぶん殴って攻撃をそらす。
 ついでに刺さったままで、もごもご動いてる鼠の顔面を殴り飛ばして太刀を抜く。
 すぐ側でジルベリア製の片手剣を振るっていたリーザは、苦笑しながら声をかける。
「乱暴だねぇ。それと宍炉はもう咆哮を控えた方がいいね」
「あいよ。てーかこれ以上増えられても困る」
「うん、良い子だよ」
「‥‥いや、流石にもう良い子って年でもねえんだけどさ」
 そうかい、と笑いながらリーザは両手持ちのルーンソードを振りかざす。
 腿に一匹の鼠アヤカシが喰らい付いて来た。
 だからどうしたと、これを無視して残る足を踏み出しまっすぐに剣を振り下ろした。
 頭部すぐ脇、鼠の肩から胴の半ばまでを一撃で斬り裂き、まだ足に噛み付いている鼠を引きずりながら、更に奥の鼠アヤカシに向け今度は下から剣を振り上げる。
 今度は右腕に鼠が噛み付いてくる。
 委細構わず剣を振り抜き、その勢いで腕の鼠を振りほどく。
 と、足に噛み付いていた鼠が、襲い掛かろうと構えていた別の鼠目掛けて吹っ飛んでいく。
 見かねた宍炉が援護に入ったのだ。
「乱暴なのはどっちだ。無茶しやがって」
「好きでやってんじゃないって。まったくこいつらと来たら、あんまおばさんを甚振るんじゃないよ、趣味が悪い」 
 三四郎は忙しなく動き回りながら、頭の中は凍土のように熱を拒否する。
 四人共、今の所押し切られる心配は無い。
 ここに中級アヤカシでも出てくれば別だが、最初に襲って来た数が増える気配もない。
 指揮する奴が居るのは確かだ。でもなければ二十体が一度に襲って来て、以後増える気配もないというのはありえない。
 ではそいつは何処に?
 最もこの場所が見えやすい、それも高い所から見下ろす形が最良。
 幾つかの候補地から、最も可能性の高い場所を見つけた三四郎は叫ぶ。
「メグレズさん避けて!」
 風を切って飛び来るは雷のような矢。
 大気を引き裂く音に気付いたメグレズは、首だけを後ろに向けこれを視界に納めようとするが間に合わず。
 背中に深々と矢が突き刺さる。
 射手は家の二階。
 弓を持つ隻腕隻眼の男が、癇に障るにやにや笑いを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
 アレが一体どーやって矢を放ったのか不思議でならない宍炉であったが、疑問は程なく解消される。
 男は矢を口でくわえたまま、弓の弦も同時に口に挟んで右腕のみで弓を引いたのだ。
「‥‥あれ、アリなのか? 流石アヤカシ、その発想は無かったわ」
 何て暢気な事を言ってる余裕は、実は無かった。
 男より放たれた矢が、再びメグレズに突き刺さる。
 それでも気丈に剣を振るい続けるメグレズ。
「破刃、天昇!」
 刀の切っ先で地面をすりあげながら、サムライの秘奥により衝撃を放つ。
 まさに飛ぶ斬撃とでもいうべき攻撃は、飛びかからんとしていた鼠に真正面よりぶちあたり、胴の半ばまでをただの一撃にて深く斬り裂いた。
 何とか包囲を抜け矢の射界より外れねばと思うのだが、鼠はまだまだ残っており、これを突破するのは至難と思われる。
 男はまずはメグレズを倒すと定めたのであろう。
 特に合図もせぬであるが、メグレズは咆哮の使用を控え、代わりに三四郎がこれを用いて敵の量を操る。
 敵の策ははっきりした。
 鼠をけしかけ包囲させ逃げられないようにしながら、射角の取れる高所より敵を射抜き、自身はロクな損害も受けず敵を駆逐するつもりらしい。
 ならば最早遠慮は無用と、三四郎は刀を背に回し、全身千切れよとばかりに体をねじりあげる。
 位置は二歩前、ちょい左。
 数体の敵との間合いを、同時に計って踏み込み放つ。
 咆哮が効いたのか、考えていた以上に敵が集まってくれている。
 全身の筋を伸ばし刀で体を周回させる。回転切りと呼ばれるサムライの奥義の一つだ。
 四体の鼠が同時に弾き飛ばされる。
 メグレズも同意見らしく、練力をこれでもかと消費して強打を放ち、一気に数を減らしにかかる。
 もうメグレズは男を視界に入れてはいなかった。
 これが男の策だというのなら、知恵比べはこちらの圧勝であるのだから。

 四人は一直線に駆ける。
 先頭を走る朱麓が襖を蹴倒しその部屋に飛び込んだ時、目に入った光景から外の状態を一瞬で把握する。
 宴会場なのか、広く大きな部屋の一番奥、窓際に一人の男が居て、これが奇妙な格好で弓を構え外に向けている。
 そんな男を取り囲むように十体の鼠達が。
 これが結構図体がでかいので、壁にされたら男までたどり着けない。
 槍を畳に突き刺し、両手を体の前で組み叫ぶ。
「飛べ祥!」
 問い返す事すらなく駆け出す祥。
 朱麓の側でまず一飛び、片足を彼女が組んだ手に乗せる。
「おりゃああああああああああああ!」
 朱麓は完全に体重が両手に乗り切ったのを確認し、両手にあらん限りの力を込め思いっきり前上へと振り上げる。
 祥もまた片足のみで大きく飛び上がり、天井すれすれを体をひねりながら舞い飛ぶ。
 この高さでは鼠アヤカシは手が出せぬ。
 その頭上を飛び越え、目指す男の眼前へと落下していく。
 空中で動くなどというシノビみたいな芸当をしつつ、着地ざまに渾身の力で槍にて突きかかる。
 男はぎりぎりで弓を捨て、太刀を抜き放ちこれをいなす。
 威力を殺しきれず、槍先は胴を僅かにかすめる。
 これで外に矢を放つ事は出来なくなった。
 そんな祥に、鼠達が襲いかからんとするも、流陰の咆哮にてこの矛先が変わる。
 一番近くに居た鼠が、アヤカシならではの脚力で飛び上がり流陰へと襲い掛かった。
 すっと、横より出て来たのはディアデムだ。
 半身のまま大きく前に踏み出す。
 後ろに引いたサーベルは胸前を通り頭上に、そして弧を描くように飛び上がった鼠を斬って落とす。
 体が斬られたせいで動きずらそうにもがいたその頭部を、全体重を乗せきったすくいあげるような一撃で斬り上げトドメを刺す。
 それでも流石にディアデム一人で全てを抑えきる事も出来ぬ。
 二匹が同時に左右より流陰を狙う。
 左は噛み付かんとしていたその口に脇差を当てて止め、右は身を捩りつつ振り上げた刀で受け流す。
 すぐに鼠が噛み付いている脇差を、鼠の口奥に押し込むようにしながら引き抜く。
 顔が半ばより崩れ落ちるが、まだまだ元気に動き回る鼠に頭頂より刀を振り下ろし、練力を込めた一斬のみで斬り倒す。
 朱麓は男が祥の槍をかわすのを見ていた。
 そして今も両手で持つような大太刀を片手で振り回す男を見て、これはマズイと腹をくくる。
「流陰! ディアデム! 悪いけど鼠は任せるよ!」
 これに対し流陰は眼前の鼠の顔を蹴り上げ、顎が上がった所を斬りつけながら応える。
「はいっ! こちらはお構いなく!」
 そしてディアデムはというと、鼠にあちらこちらたかられながらも、食いついて動きが止まった所にサーベルを振り下ろしつつ応える。
「鼠は引き受けますから、そちらをお願いするであります!」
 よしっと気合を入れた朱麓は、槍を掲げたまま走り出す。
 邪魔な鼠はちょうど二匹。この眼前に、畳に槍を突き立てる。
 そして勢いそのままに畳を蹴り、体重を槍に預けきる。
 槍はぎしぃとひしゃげながらもその体を支えたまま垂直に。
 槍の刺さった畳を中心に、槍を支えに朱麓の体が大きく弧を描き鼠を飛び越える。
 空中にて、この部屋天井高くて助かったーとか思っている朱麓は、とんっと祥の脇に着地する。
「祥、一気に決めるよ」
「‥‥ああ」
 既に数撃もらっており、滴る血が足首まで垂れ落ちているのだが、その程度で怯む祥ではない。
 朱麓は何を思ったか、槍の石突を自身の腰帯に差し込む。
 そして槍の一挙動にてこれを脱ぎ捨てると、槍に引っかかったまま舞う腰布が風を受けて大きく広がる。
 男が気付いた時にはもう遅い。
 帆のように広がった腰布が覆いかぶさりその視界を塞いでしまう。
 腰布の一部が破れ千切れる。
 朱麓がすぐさま放った手裏剣が布を破り男へと突き刺さったのだ。
 祥は独特の軌道で槍を振り回す。
 横で見ている朱麓は、これが真似できなんだよね、と内心でぼやく。
 歩法と上半身操る槍先が完全に連動し、優美としか言いようのない様で男へと迫る。
 近寄るにつれ青白き輝きを纏う槍。
 その光が最も力を持つ瞬間、祥の槍が男を捉える。
 男はそれでも倒れず。
 腰布を引きちぎりながら大太刀を振り回す。
「うわっ、しぶとい」
 ここは流れ的に倒れとこうよとか、意味のわからん事をぬかす朱麓。
 もし祥一人であったなら防戦に徹するという選択もあったろう。
 だが、隣には頼れる友がいる。
 ならば上等と、祥は攻撃に傾倒した削りあいを男に挑むのだった。

 宍炉は荒い息を漏らしながら壁によりかかって座り込んでいる。
「か、開拓者ってのは、いつも、こんなにキツイ、の、か?」
 隣で同じように座り込むリーザは、比較的呼吸は落ち着いているが、それでも額から玉のような汗がしたたっている。
「そうねぇ。まあ戦なんていつもこんなもんでしょ」
「勘弁してくれ‥‥しっかし、どんだけタフなんだあいつらは」
「ホントにねぇ。ほら、宍炉も私と違ってまだ若いんだから頑張らないと」
 だが断る、と言葉によらず全身で主張する宍炉。
 二人の周囲には、しゅわしゅわと瘴気に変わっていく鼠アヤカシの躯が二十体分。
 そしてこれをなした残る二人である。
 三四郎はあの男の戦力をまだ計りかねていた。
 あの四人で討ち取りきれるかどうかわからない。ならば早々に援軍に向かうべきとまだ動けるメグレズと共に家の中に飛び込んでいく。
 ちょうど血戦は佳境。
 鼠十体は倒しきったのだが、男が一人しぶとく何時までも暴れ回っている。
 怪我が危険域のディアデムは悔しそうに後退しており、戦いの行く末を見守っている。
 そして遂に流陰も限界を迎える。
「代わります!」
 入れ代わりに三四郎が男に刀を振るう。
 これにメグレズも加わると、完全に形勢は開拓者に傾いた。
 祥も朱麓も、何なら三四郎もメグレズも疲れが溜まってはいたのだが、これが最後と力を振り絞り、見事男を討ち取るのであった。

 腰帯がほどけたまま暴れまわっていた朱麓の艶姿に関して、男性陣は誰一人つっこんだりしなかった。
 誰しも藪蛇は御免なのである。
 その後村中を探索するもアヤカシの姿はなく、どうやらこれで解決と胸をなでおろす。
 生存者は、居なかった。
 せめてもと開拓者達は村人を葬って回る。
 落胆する皆にリーザが、せめてもこれ以上の被害を防いだんだ、それで良しとしとこうじゃないかとこれを励ます。
 年の功は伊達ではないのであろう。
 そんな中、朱麓は一人、アヤカシであった男を埋葬してやる。
「真っ当な人間として生まれ変わっといで‥‥あんたにだってそれだけの価値はあるんだからさ」