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■オープニング本文 最近仁生の街で、流行となっている物語があった。 演劇としても上演され、絶大な人気を誇るこの物語は、もともと書物として書かれたものであった。 「こらー、早く起きないと寺子屋に遅れるぞっ♪」 「ほらほら、早く布団から出て。朝餉のお味噌汁が冷めちゃう前にっ」 幼馴染と妹に急かされ起きる主人公。 ふと気がつくと、何故か兎の耳を生やした女の子が同じ布団に寝ていた。 「ん〜、良く寝たウサ」 「ってちょっと! 何で二人が一緒に寝てるのよー!?」 「お、お兄ちゃん、まさか‥‥」 「コイツの布団はあったかいから大好きウサ♪」 序文を読み終えたギルド係員は、衝動に耐えかね書物を振りかぶると部屋の奥目掛けてぶん投げた。 「あーあー、何て事するんすか先輩。これ一冊手に入れるのも大変だったんすよ」 「ふざけんなあああああああああ! 何だこれ!? 薄気味悪ぃよ! てかウサってなんだよ! どーしてこんな何処もかしこも地味でしかねえ奴に色んな女が集まって来るんだよ!」 「そんな創作物の内容に文句言うなんて不毛な」 「いや最低限の現実味って大切じゃね!? 登場人物に対して殺意しか沸かない本って存在からしておかしくね!?」 「いやいや、そうは言いますけどね。最後の方まで読みきると、これが感動するんですよ。もう俺序文すら涙無くして読めませんもん」 「洗脳でもされたのかお前!? 何この悪魔の書!?」 さんざっぱら文句を言う係員であるが、この書物の新刊を一定数手に入れるべしというのが今回の任務である。 社会現象になる程の大ヒット作であり、ごく一部の年齢層にしか受け入れられていないというのに、とんでもない需要が発生している作品でもあるのだ。 ギルドというのはこれで結構なしがらみを抱えており、この新刊でなくば交渉に応じぬという連中も居るのだ。 なのでギルドは開拓者を雇ってまでこれを確保すべしとなったわけで。 ギルド職員がおおっぴらにこれを買いに動いたとあっては、モノがあまり社会的に認められているものではないだけに、風聞がよろしくない。 なので、こんな手間と金のかかる真似をするハメになってしまったのだ。 「えーっと、これ一人一冊ですから。‥‥うん、朋友も出してもらって、八人で十六冊。こんだけ揃えれば文句無いでしょう」 「おいいいいいいい! 龍とかもふらとか並ばせる気かお前ええええええええ!」 「あー、一応販売所の確認はとってます。朋友とか赤子とかも一人や一匹までなら大丈夫みたいっすよ。なんでもそれ断ったら前回暴動になりかけたので、制限つきでアリって事にしたらしいっす」 「‥‥暴動って、もしかしてヤバイ任務なのか、これ?」 「ええ、ですから有事の際は、開拓者に対応してもらって何としてでもその日に入手出来るようお願いする事になりますね。下手な問題が発生したら発売延期なんて事態もありえますし」 前日夜中より泊り込みで並んでようやく手に入る、そんなシロモノであるらしい。 一応念のため夕方より並び続けてブツを手に入れるような形となろう。 心底気は進まないが、ギルド係員は仕方なく開拓者募集を申請するのであった。 話を聞いたシノビは信じられずに問い返す。 「何? 本当にそんなにするのか? たかがうすっぺらな書物一冊だろう」 手に持ったひょうたんに口をつけ、中の酒を流し込むのは着流しの男である。 「おおよ。そいつが全部で五百冊。悪い話じゃあねえだろ?」 「それが本当ならとんでもない儲けになるが‥‥警戒の程は?」 「好きな奴以外にとっちゃ心底どうでもいい本らしいからそれ程でもねえらしい。買い手を見つけるのが少々骨だが、まあ時間をかけりゃいい話だ」 「そういうものか‥‥まあいい、分け前をきっちり払うのなら我等も文句は無い」 「決まりだ。せいぜい、派手に暴れてやろうぜ」 シノビは部下のシノビを二人、着流しの男は特に選んだ猛者を二人、引き連れる事に決めた。 いずれも志体を持つ者達だ、余程の事でもないかぎり失敗は無かろう。 「一応龍を一騎、用意しておくぞ。ブツを持って先に逃がしてしまえば後はどうとでもなろう」 「心配性だねぇ、好きにしなよ。発売日当日朝にはモノが販売所にあるだろうから、乗り込んでぶん捕るぜ」 こうして無法者達は、こいうた! 強奪作戦の決行を決めたのであった。 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫
瑞乃(ia7470)
13歳・女・弓
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
神喰 紅音(ia8826)
12歳・女・騎 |
■リプレイ本文 仁生の街にて、主に書籍を扱う大きな店がある。 この日、夕方よりぽつぽつと現れた人影は、まだ営業時間中であるにも関わらず店の前に列を作っていく。 彼等は明日発売される本『こいうた!』の八巻を買うために、前日より列を作り並んでいる猛者達であった。 それだけでも珍しいと通行人が足を止めるに十分な光景であったのだが、とりわけ奇妙な一群が列の中に混ざっていた。 「はいはーい、場所空けてねー」 瑞乃(ia7470)は持参した大きな土鍋と、薪、五徳等を設置する。 列を作る者達で、夜を明かすために弁当を持参した者は居たが、流石に鍋まで持ってくる奴など他にいなかった。 土鍋の設置が終わると、九法慧介(ia2194)が朋友の鬼火玉、燎幻に命じる。 「よしっ、じゃあ燎幻は土鍋の下で火種役なー」 抗議の体当たりをしてきた。 「こ、こら危なっ! よせって!」 じゃれあう一人と一体をさておき、野菜を用意していた綾羽(ia6653)は既に切ってあるものを持参した袋より引っ張り出す。 その準備の良さに、他の面々より拍手が起きる。 その頃、鬼灯仄(ia1257)はもってきた鴨を丁寧に捌いていた。 「おーい紅音、こんなもんでいいか?」 神喰紅音(ia8826)は火をつけた鍋の上でぐつぐつとお湯を沸かしている。 「どうせ全部食べるんですから、一気にさばいちゃって下さい。綾羽さん、だし汁はあります?」 「はい、そちらの竹筒です」 しょうゆとみりん、そして、と仄が持ってきた酒に勝手に手を伸ばす。 「やはり酒は持ってくる人いましたね」 「おいこら、それは飲むもんだぞ」 聞こえないフリをしつつ、土鍋に流し込む。 慧介は燎幻を大人しくさせると、持参してきた皿を出して材料を載せ、準備を手伝う。 すると、買出しに行っていたルーティア(ia8760)と志藤久遠(ia0597)の二人が戻って来る。 「ただいまー! おにくいっぱーい!」 「もう、ルーティア殿に任せたらお肉しか選ばないんですから‥‥大和もちゃーるず殿も荷物持ちありがとう」 二人の後に、久遠の土偶ゴーレム、大和と、ルーティアのもふら、チャールズが大量の食材を運んでついてきている。 はいお帰り、と胡蝶(ia1199)がこれを迎え、食材を丁寧に皿に載せていく。 土鍋の準備は一つだけではなく複数用意してあり、同時にかなりの量が鍋れるようになっていた。 準備が整う頃には、日は暮れ落ち、どうやら徹夜組も出揃って来たようだ。 総勢五十人程、覚悟を完了した男の中の男達。 開拓者達は鴨鍋を完成させると、自分達だけではなく他の徹夜組にも振舞った。 競争相手、ではある。確かに。だが同時に同じ物を愛好する同士でもある彼等は、すぐに皆が仲良く打ち解けあう。 開拓者達は概ね『こいうた!』が好きすぎるとかは無かったのだが、鴨鍋効果か、彼等の好意を得る事には成功したらしい。 賑やかに皆が騒ぐ中、危うく料理酒代わりに消費させられそうになった酒を呑みながら鍋に舌鼓をうつのは仄である。 すぐ隣では紅音が持参した甘酒をちびちびとやっている。 「寒空の下でつつく鍋というのもオツなものですね」 「ああ、悪く無いな。その上並んでるだけで金がもらえるってんだから言う事ぁねえ」 紅音は小さく嘆息する。 「いい仕事だから文句ありませんが‥‥なんでそんな本のためにここまでするのか理解できません」 「並んで買うほど面白い本なのかね」 突然、二人の前に男が二人顔を出して来た。 「作品を知らぬ君達が何故並んでいるのかは聞かん‥‥だがっ! 御託はまず読んでからにしてくれ。その上で駄作だと言い張るのなら、俺達は何も言わん」 勘弁してくれと仄が咥え煙管をくゆらすと、二人は猛烈な勢いで文句を言い出す。 助けを求めるように隣を見ると、紅音は素直に一冊を受け取って読み始めていた。 「紅音っ、きたねぇぞ」 「機を見るに敏なのです」 座る紅音の後ろからは、彼女の土偶ゴーレム、夜叉丸が覗き込むようにしつつ一緒に読んでいる。 男達の説教を聞き流しながら、ふと、自身の朋友、猫又のミケが居ない事に気付くが、 「何処行ったんだか。まあ、今回は子供も多いとはいえほとんど女。近くで居心地よさそうな場所でも見つけて並んでるだろ」 と、ほっとく事に決めたのであった。 「腹が減ってはなんとやら。さ、みんなで食べよー!」 瑞乃は皆に鴨鍋を配って回っていたので、自分の分を食べるのが少し遅れてしまう。 それでもかなりの量があるので、特に焦るでもなく自分の分をよそって列に戻る。 足元にすりよるは、愛犬瑞月。 「ん、瑞月の分もあるよー?」 なんて言葉が聞こえないのか、手に持った椀を器用に奪いとり、さっさと食べ初めてしまう。 「‥‥止める間も無くあたしのお椀持ってくなんて。‥‥はぁ」 他のみんなが食べている中、一人(一匹?)おあずけっぱなしだったのが良くなかったかと改めて自分の分を取り直す瑞乃であった。 一方、慧介と綾羽は、鍋を腹いっぱい食べ終わった後、仲良くなった男達に『こいうた!』の一巻を借りる事が出来た。 綾羽の両膝に、頭を乗せるようにして二匹の猫又がいる。 片方はわかる。こちらは寝るのが趣味な綾羽の猫又、絆丸だ。 そしてもう一方はというと、こちらは仄の猫又、ミケである。主に似て女好きらしい。とても心地良さそうに寝転がっている。 二人は同時に一巻読了。 難しい顔をして問う慧介。 「‥‥兎の語尾ってピョンじゃないの?」 「はい、個人的にもぴょんのほうが‥‥あぁ、いえ何でもありません」 何故か赤面している綾羽。 聞き捨てならぬと、男が数人突如沸いて出た。 「待て! それは我等が半年前に通った道! 既に論破済みよ!」 興味がわいたのか、慧介が理由を問う。 何か嫌な予感がした綾羽が止める暇も無かった。 「良くぞ聞いてくれた! 確かにぴょんの方がより愛らしさを伴う語尾であるのは認めよう。しかし彼女がいたずら好きな子であるという部分に着目して欲しい。これは毎回イタズラ好きであるという説明文を入れず、語尾に『ウサ』をつけるだけというさしたる労力も払わず、しかも愛らしさまで付け加えながらいたずらっぽさを演出する珠玉の一手であり‥‥」 二人が二巻目を読めるようになったのは、延々彼らの演説を聞かされた後となる。 食事も一段落ついてきた頃、久遠は嬉々として『こいうた!』八巻の展開予想をしている男達を横目に見ながら、ふと気になったのか胡蝶に問う。 「次のお話はそんなに楽しみなのですか?」 側には胡蝶の龍、ポチが控えている。これに生肉をやりながら話をする胡蝶の側には、流石に男達も近寄ろうとはしなかった。 「どうかしら? 六巻で新展開もってきてるし、次で大きく決着って事は無いと思うわよ」 側でうんうんと頷くはルーティアのもふらチャールズである。 ちなみにルーティアはお腹一杯になって眠くなったのか、すいよすいよとチャールズによりかかりながら寝息を立てている。 「お詳しいのですね」 「ざ、雑学の一貫としてちょっと目を通しただけよ。だいたい、三巻でとっくに終わって良さそうだったのに‥‥」 ちょっと焦りながらそう答える胡蝶だったが、ふと顔をあげるとそこには男が三人程立っていた。 他所でしていた話し合いが盛り上がったせいでか、彼等はちょっと興奮気味で、それ故龍にも怖気づかずにいられたのかもしれない。 「待ってくれ。確かにそういう側面もあるかもしれないが、もし三巻で終わってたとしたら、六巻のあの神展開はありえなかったんだぞ」 むむっとした顔で言い返す胡蝶。 「何よ。誰がどう見たってあれ三巻までの構成で作られてたじゃない。それを無理に伸ばそうとしたせいで、本来ありえた三巻最後の盛り上がりが一歩引く形になったのは確かでしょ」 「だがそれもまた次に繋がる伏線となり、五巻の最後、そして六巻の大どんでん返しに繋がったのではないか」 「あれは三巻で完結させて、番外編の四巻は別として、五巻からの内容は登場人物一新させて新たな物語として作り直せば良かったのよ。それを無理に伸ばすから五巻以降、主人公が朴念仁通り越して電波の域にまで行っちゃうハメになったわけだし‥‥」 瑞乃が二人に手を振りながら駆け寄ってくる。 「おーい、こっちでお米持って来た人がいて、おつゆで雑炊作ろうってー‥‥」 喧々諤々と言い合う男達と胡蝶。 瑞乃は久遠に、何事かと目で問うがただ首を横に振るのみ。 慧介と綾羽も本に読みふけっているしで、流石に瑞乃も、ここまで盛り上がっているのを見ていると気にはなってくる。 「‥‥あたしも読んでみよっかな。珍しい本みたいだけど、何かここに来てる人みーんな持って来てるみたいだし」 「そうですね。あそこまで熱く語れるというのは、やはり素晴らしい物語である証なのかもしれませんし‥‥」 突然、もふらのチャールズによりかかっていたルーティアが跳ね起きる。 「ん!? 何かおいしそうな匂い!」 雑炊の気配を感じ取った模様。 「あ、今あっちで雑炊作ってるから‥‥」 「おおおっ、鴨鍋の煮汁で雑炊っ! うんうん、わかってるなぁ」 嬉しそうにそちらに向けて駆けていった。 久遠は苦笑しつつ、自身も立ち上がる。 「では雑炊をいただきつつ、私達も本を借りるとしましょうか。珍しい本というだけで、充分に読む価値はあると‥‥」 瑞乃が指差す先に視線を向ける久遠。 もふらのチャールズは、主が騒ごうとなんだろうと我関せずと、黙々と自前の『こいうた!』一から七巻を読み続けていた。 久遠が試みに問う。 「あのー、ちゃーるず殿? それはルーティア殿の本でしょうか?」 本に目を落としたまま、チャールズはふるふると首を横に振る。 「‥‥では、もしかしてちゃーるず殿の?」 こくんと頷く。 もう色々考えるのは止め、あるがままを受け入れようと思った久遠と瑞乃であった。 夜が更けていく。 集まった猛者達も、幾人かは夢の世界へと旅立っている。 一息に七巻まで読み終えた紅音は、ゆっくりと本を閉じ感想を述べる。 「‥‥ま、人の趣味はそれぞれなのです」 一緒に全てを読破した土偶ゴーレムの夜叉丸は、感慨深げに呟く。 『ふむ‥‥紅音もこの娘達のようにお金儲け以外のことに積極的になってくれれば‥‥』 「うっさいのですよ」 久遠もまた紅音同様、土偶ゴーレムの大和が覗き込む中、一緒に『こいうた!』を読み進めている所である。 「これ、予想以上に面白いですね‥‥三巻とかちょっと余所見出来ませんでしたよ」 大和は大和で首を傾げっぱなしだ。 『兎が人になったり、語尾にウサがつくという事実に、驚愕を禁じえぬ事であるな』 「ちょ、ちょっと待ちなさい。これはあくまで創作であって‥‥」 『あそこで気持ちよさげに寝ている二匹の猫又も、恩返しとばかりに人になるのであろうか? ううむ、奥が深いっ』 「だから真に受けちゃダメですって!」 その頃、途中で派手な邪魔が入った慧介と綾羽はちょうど三巻を読み終えた所であった。 二人共半分涙目である。 「な、なあ綾羽さん。これものすごく面白いよな‥‥やべっ、俺ちょっと泣きそうかも。あの幼馴染がまさかあんな事になるなんて‥‥」 「ええ、ええっ‥‥こんなに感動するお話とは‥‥本当に、最後二人が無事で良かったです‥‥」 とたとたと瑞乃が二人の下へと駆けてくる。 「ねえねえ六巻読んだ!? まさかあの二人が‥‥」 「先の話はするなあああああああ!」 「先の話はしないでくださああい!」 しょぼーんとしょげてしまう瑞乃。よっぽどこの話がしたかったらしい。 「ごめんウサ‥‥はっ」 ちなみに胡蝶はまだぎゃーぎゃー騒いでいた。 というか何時の間にか人数が相当増えている。 「だからっ! 七巻の展開から考えるに八巻はまだ伏線積み上げる時期でしょう! ここで猫耳の謎を解決しちゃったら未回収の五巻からの伏線、謎の暗殺者組織の話が拾いきれないじゃないっ!」 「そうはいうがな! 俺達読者としてはもう充分待ち続けたんだ! 七巻は言うなればれいにー止めに近いんだしここらで溜まったものを吐き出しても‥‥」 そんな賑やかさを他所に、仄は一人酒を飲み続けている。 「やれやれだ」 雑炊を食べ終わると、またもぐっすりなルーティアに毛布をかけてやる。 枕代わりであった彼女のもふらは、胡蝶達の繰り広げる激論に参加していた。 『まあ、色々と意見があるのはわかるぜ。文章はまだ稚拙な所もあるし展開もベタ極まりない、だがそれがいいと俺は思うわけよ。奇をてらって迷走している感のある作品が増えている昨今、こういった王道を行く作品には長く続いて欲しいモンだぜ』 あのもふら、もう何でもアリらしい。 仄は皆に断って少し列より離れる。 このあたりか、と目星をつけた場所を覗けるような位置に移動すると、果たしてそこに人影が見えた。 さりげない風を装ってその影に近づいていくと、影は気配を察したのか霞のように消えてしまう。 ふん、と鼻を鳴らし列へと戻る。 「‥‥何やらキナ臭くなってきたな」 ようやく日が昇る。 うっすらと地平線の先に、その上の雲と空に、ぼうとした輝きが蘇ってきた頃、それは来た。 明らかにこの場に居る者達とは異質の存在が三人。 刀を既に抜き放ち、肩に無造作に乗せている先頭の男の、眼光の鋭さを見てとった紅音は心底恨めしそうに漏らす。 「‥‥ぁー。楽な仕事に一手間掛けさせる邪魔者がやってきたのですよ‥‥」 どっこいしょと立ち上がる仄。 「やれやれ、楽に終わらせてはくれねえか」 先頭の男は、刀を持ったまま大きく両腕を開いて伸ばす。 「諸君! 徹夜の行列まことにご苦労! だが残念だ! その本とやらは残らず俺達がいただく! 無駄骨折っちまった惨めさを、隅っこの方で震えながら嘆いてな!」 行列を作る者達は、流石に無頼を相手に強くは出られないのか呆然と見送るのみ。 そこに、凛とした声が響き渡る。 真っ白な触れるだけで天へと登りつめられそうなふかふかの毛に覆われ。 ずんぐりとした図体ながら何処か愛嬌のある顔をしたケモノの背にまたがり。 二本の鋭い槍を構えた雄々しき女戦士が三人に立ちはだかったのだ。 「もふらナイト」 当人(当もふら?)真剣なつもりで言葉を発するもふらのチャールズ。 『説明しよう、もふらナイトとはもふらに騎乗する事で究極のもふらパワーを手に入れ完全無欠となった騎士の事である‥‥って待てコラ重い! 降りろおおお!』 「重くない!」 ぺしっともふらの頭を小突いて抗議するルーティア。 なんだこの馬鹿は? と先頭の男に問いかけた男を、式による攻撃、斬撃符が斬り裂く。 これを放った胡蝶は、苛立たしげに声を荒げる。 「こっちは徹夜で気が立ってるんだから、手加減しないわよ」 いきなりの先制攻撃にキレた三人の男達は、怒声を上げながら襲い掛かって来る。 これを開拓者達四人が迎え撃つ。 久遠はこれは囮かもしれぬと店の防御に向かう。 心眼にて探索。居た。 「瑞乃殿! あちらの屋根から店に飛び移る気です! 大和は下から来る奴をお願いします!」 そう言いながら自身も飛び上がって店の屋根のヘリに手をかけ、器用に壁を蹴って屋根の上へと飛び上がる。 綾羽も絆丸に命じて後を追わせる。 慧介は、大地を走って店へと迫る影に向かって刀を振るう。 ギリギリでこれを受け止める影。どうやらシノビであるようだ。 ちんっと音が鳴る。 これは一瞬で刀を再度鞘に納めた音。 そして放つは居合いの極意。 今度はかわしきれず。その上、店へと近づく事も許されず。 シノビはかわしそこねたせいで、背中に傷を負ってしまう。 そこに飛び込むは真っ赤な火の玉、にしか見えない鬼火玉の燎幻。 角を突き刺し、シノビを跳ね飛ばす。 もう一人、地上を駆けるシノビの前の足元には、忍犬瑞月が喰らいついてこれを止める。 土偶ゴーレム大和は、その隙にシノビの前に立ちはだかる。 舌打ちするシノビ。その体が、周囲の空間ごとぐにゃりとひしゃげる。 体を捻り上げられる苦痛に、たまらず飛びのくシノビ。 綾羽の力の歪みである。 瑞乃は敵を捕捉しながらも、弓を引き絞ったまま微動だにせず。 「こっちは寝不足でイラついてんだから! このっ‥‥ちょこまか‥‥すんなーっ!」 右に左に動くシノビを狙うは至難の業。 しかしそれでも、確実に動きが鈍る箇所がある。 そう、店の屋根へと飛び移るその瞬間だ。 屋根瓦を蹴って飛んだその瞬間、狙い済ました瑞乃の強射「朔月」が放たれる。 それでもと中空にて身を捻る技は見事。 しかし、瑞乃の技量は更に上を行き、片足に深々と矢が突き刺さる。 体勢を崩しながら、それでも辛うじて店の屋根に着地するが、すぐに屋根に居る久遠に対応せねばと顔を上げた瞬間、眼前にいた猫又、絆丸による閃光の術をまともに受けてしまう。 無駄に手間はかけぬと、久遠はただの一閃にて勝負を決めにかかる。 赤き燐光をまとった槍「疾風」は、その名のごとき速さでシノビへと迫る。 槍の切っ先は、彼女の技により鎧をすら貫く必殺の一撃と化している。 これを胴にまともに受け、それでもまだ致命傷に至らぬのは下の二人と比べ優れたシノビである証であろう。 シノビは命からがら屋根より飛び降り、任務達成不能と逃げをうった。 ルーティアも、流石に戦闘は真面目にするのかチャールズから降りて戦う。 ちなみにチャールズはのんびり観戦中である。 向こうが何をする間もなく、二本の槍を自在に操り、無数の突きにて動きを封じる。 ぐっすり眠ったおかげか寝不足組程不機嫌でもなく、むしろ絶好調で動き回るルーティアに、敵サムライは十合と打ち合う前に刀を弾かれ捕らえられてしまった。 「ふふん、自分の勝ちだー!」 紅音のグレートソードが文字通り火を噴いた。 並んで戦う夜叉丸もまた頑強な戦士であり、手数の差から徐々に追い詰められ、また後方から飛んで来る胡蝶の式に対抗する術も無いサムライは、戦況の不利を悟り降参するのであった。 「こいうたを持って行きたければ私達を倒すか見逃す代金よこせなのです」 「そんな金あったら、盗みなんてしてねぇよ」 「ならとっ捕まるがいいです」 仄の前に立つサムライは、残る二人と比べて格段に腕が良い。 それでも、仄には及ばず。 木刀とは嘗めるのも大概にしろと息巻いていたサムライは、仄がミケの手を借りるまでもなくこれを撃破する。 「コソ泥風情殺すまでもないだろ」 店の屋根の上から久遠の声が届く。 「そちらにシノビが一人逃げました!」 駆けるシノビが口笛を鳴らすと、何処に隠れていたか龍が一匹飛び込んできて、シノビはこれに飛び乗り逃亡を図る。 一連の動きにまるで淀みが無い事から、かなり龍の扱いに慣れた男と思われる。 仄は慌てず騒がず、暢気に観戦させていたミケの胴体を引っつかむ。 「そらっ、行って来い!」 そして掛け声と共に龍目掛けて放り投げた。 しばし龍の上にて格闘。あっという間にミケは外へ放り投げられた。 流石に身は軽いのか着地は綺麗に決めたみたいだが。 しかしこの僅かな猶予は、胡蝶が駿龍ポチに飛び乗る時間を与えてしまう。 「それは‥‥私のよ!」 あっという間に頭上を取ったポチによる蹴り、そして胡蝶の斬撃符によりシノビは龍から振り落とされ気絶。 その頃には残る二人のシノビも捕らえられており、かくして賊は見事全員捕縛。『こいうた!』は無事販売される事となり開拓者達は任務を達成出来たのだった。 後日、仁生の街に恐ろしい噂が流れる。 何でも『こいうた!』好きな奴は命知らずの猛者の集まりで、志体を持つ賊ですら一網打尽にする程である、だとか。 |