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■オープニング本文 又兵衛は若い頃より悪さを繰り返して来た。 悪い仲間と良くつるみ、悪党達の中にあって初めて自分の価値を見出せる、そんな人間であった。 しかしそういった人生は自制とは縁遠い人間性を作り上げ、時に仲間に対してすら非道な行為を平然と行っていた。 上を敬わず、下をこき使い、同輩を鼻で笑い飛ばす。 そんな男がいつまでものさばっていられる程、世の中というものは甘くは出来ていないのだった。 「た、助けてくれえええええええ!」 屈強な男二人に両脇をひっ掴まれ、ヤクザの親分の前に引きずり出される。 「おーう、こいつか。ウチのシマで好き放題やってたクズは」 「た、助けてくだせえ親分さん! あっしはただ、姉ちゃんにコナかけてただけで‥‥」 この期に及んで、自分が悪い事をしたとは欠片も思っていない。 「おいおい、何か話が違わねえか? ウチの若いモンにケンカ売っただとか金ちょろまかしただとか聞いたが」 「ち、違いまさぁ! 誤解なんですそりゃあ! 天地神明に賭けましてあっしは親分の敵に回るような真似は何一つしちゃいやせんぜ!」 平然と、かつ本気で嘘をつく。又兵衛はこの時、本気で親分に敵対するような真似はしてこなかったと思い込んでいるのだ。 ほんの半日程前、田舎ヤクザが何人束になろうと敵じゃねえよ、は? 親分? 連れて来いボケ! と吠えた事なぞ記憶よりすっぱり抜け落ちている。 「ふむふむ、んじゃ俺の頼みを聞くぐらいは当然、してくれるよなぁ」 しかし、この又兵衛にはたった一つだけ他のクズとは違う点があった。 「もちろんでさあ! 親分の為なら例え火の中水の中! さあ何でもお命じくだせえ!」 このクズには、生まれつき志体があったのである。 けったくそ悪そうに道路に転がる石を蹴り飛ばす又兵衛。 二人程若い衆をお目付け役につけられ、おかげで自由に振舞う事も出来ない。 親分の命じるままに、今日は西へ昨日は東とあちらこちらに借金を取り立てに歩くのだ。 性根が腐っていようとも志体持ちである。 決死の覚悟でつっこんでこようと、逆に必死になって逃げを打とうと、又兵衛を出し抜くのは容易ではない。 彼が現れた時点でほぼ勝敗は決してしまっているのだ。 又兵衛はそんな役目をこなしながら、時折吹き出る欲求を、親分に迷惑のかからぬ他所に出向いて大暴れする事で自分を誤魔化し過ごしていた。 親分が急な病に倒れたのは、又兵衛がこの組に厄介になり始めて半年ほどが経ってからであった。 跡継ぎである息子は志体を持つ又兵衛を重用し、そして又兵衛もまたこれに応える事で以前とは比べ物にならぬほど自由に動き回れるようになった。 半年間、我慢してきたと又兵衛は思っている。 実際は気に入らない奴には即座に手を上げ、調子に乗っては無法を働き、やりたい放題やってきたのだが、それでも親分にだけは逆らわなかった点において、我慢してきたという事であろう。 その鬱憤を晴らすかのように、それまで以上に暴れまわる又兵衛。 遂には跡継ぎである息子もその手にかけ、組を丸々一つ、自身のものとしてしまったのだ。 その傍若無人なやり方に嫌気がさした部下は次々と組を抜けるが、それでも、又兵衛が思うがまま遊んで回る程度には戦力が残ってしまった。 犯罪者達には犯罪者達なりの仁義がある。 それを守らぬ又兵衛に、しかし彼等自身が手を下すのも難しい。又兵衛が奪った組は、老舗として各組に対して様々な縁がある組であったのだ。 とある組長は、一人決断を下し、開拓者に依頼を出す。 又兵衛を斬って欲しいと。 今組に残っているのは、皆又兵衛同様仁義の欠片も無い腐った奴等ばかり。 奴等が邪魔だてするなら全て斬って構わない。他の組でも拾う気にならぬ連中であり、むしろ今後の為にも斬ってもらえると嬉しいとまで組長は言う。 更に発生した問題は組長が全て処理をすると約束する。 ギルドは殺し屋の集まりではないと係員はこれを断った。 しかし、蛇の道は蛇。 ギルドとは関係なく、内々にこういった依頼を請け負う人間も居るもので。 親分はこれらを通して開拓者を雇う事に成功したのだ。 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
樹咲 未久(ia5571)
25歳・男・陰
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
アリア・ベル(ia8888)
15歳・女・泰
ベルンスト(ib0001)
36歳・男・魔 |
■リプレイ本文 屋敷の表門前には、深夜にも関わらず歩哨らしき男が二人立っていた。 彼等も自分が他人に狙われる類の人間であると理解しているのだろう。 ふと、一人の浪人らしき風体の男が歩み寄ってくる。 「御免」 間合いに入った直後、浪人風の男、大蔵南洋(ia1246)は、一刀で男一人を背骨ごと真横に、文字通り真っ二つに両断する。 残った一人は荒事に慣れているせいか、踵を返し屋敷の中に逃げ込もうとするが、足元が凍り付いて動けぬ事に気付く。 魔術師ベルンスト(ib0001)の術だ。 男は、首筋の裏にちくっと、何かが刺さった気がした後、急速に力が失われる感覚とともに倒れ伏した。 何時の間にか、詐欺マン(ia6851)が男の背後に回り裏術・鉄血針を仕掛けていた。 闇の最中にありながら、正確に急所を貫くその技はシノビならではのものであろう。 暗闇に溶け込むような漆黒の衣装に身を包んだシュラハトリア・M(ia0352)は、あまりの手際の良さにぱちぱちと拍手していたり。 「すごぉい、殺し屋さんみたぁい」 鷲尾天斗(ia0371)もまた感心したように口笛を吹きながら、槍をかついで表門の奥へと。 誰一人気付く者も無いままに、建物前まで辿りつく。 「さぁ! 楽しい楽しい天誅の時間だ!」 天斗は犬歯をむき出しにしたまま、怒鳴り声と共に表の納戸を蹴破った。 表が俄かに騒がしくなってきた事を受け、裏口より潜入する組も動き出す。 樹咲未久(ia5571)がすっと姿を見せる。 たった一人で裏口の見張りをしていた男は、未久が手をかざしているのを見て何事かと声をかけようと一歩前へ。 未久の手の前に現れた黒き粘菌のような塊は、半月状に変形したかと思うと高速で男へと迫る。 避ける暇もない。大地を跳ねながら飛び来た粘菌は刃となり、男の腰を深く斬り裂く。 その後を追うように、アリア・ベル(ia8888)が踏み込む。 双刀を振るい致命傷を与えるも、闇の中で僅かに手元が狂ったのか、男は意識を絶やさぬまま最後の力を振り絞る。 「それは困るね」 敵襲を告げようとした男の口を、輝血(ia5431)が背後より抑える。 ついでとばかりに首筋に刃を走らせると、ようやく男は沈黙した。 アリアと輝血は並んで倒れた男を見下ろす。 「案外、やりますね」 「暴力に頼って生きてきただけはある、という事かな」 未久は誰にも気付かれていない事を確認すると、屋敷へと足を進める。 「では、行くとしましょうか」 屋敷内という随所で区切られた空間で、数倍する敵を迎えるとどうなるのか。 詐欺マンは襖越しに敵の一人を突き刺すと、うむむと唸る。 「‥‥はぐれたでおじゃる」 その後ろではベルンストが、廊下を駆け寄ってくる敵に向け術を放っている。 「冬も終わる、氷の見納めだ。冥土の土産話ぐらいにはするがいい」 氷結し、凍えたせいで動きが止まった敵に、詐欺マンがトドメを刺す。 出立前に手配していた人相書きを確認する詐欺マン。 「これがあれば見逃す事は無いでおじゃるが‥‥なんとも悪そうな顔つきでおじゃるなあ」 屋敷のそこら中からちゃんちゃんばららと賑やかな音が聞こえてくる。 敵は迎撃の為か、部屋という部屋に灯りを点して回ったらしい。 夜目の利かぬベルンストにはありがたいが、邸内でシノビの奇襲は使えなさそうだ。 「シュラハトリアには南洋がついていったようだし、あちらは問題無いだろう。ならば今は数を減らす事に専念すべきか」 会話をしながら詐欺マンは、片手間でそうするかのように気安く風魔手裏剣を放つ。 ちょうど角を曲がって顔を出してきた男の顔面に命中。トドメとばかりにベルンストの雷が飛ぶ。 男が激痛にもがく様を見て、ベルンストは酷薄に言い放つ。 「ふん、無駄に戦意は余っているようだが‥‥なんにせよ、斬る、潰す、薙ぎ払う。分かりやすくいかせてもらおう」 天斗は舌打ちする。 どうも敵さん、集団での戦闘に慣れているようだ。 屋敷に突入し皆で五人程倒した所で、こちらが分散するよう立ち回って来た。 それぞれに人数を当て、ばらしてから倒すつもりだったのだろう。 後衛二人にそうしようとしていたので、直衛は詐欺マンと南洋に任せ、仕方なくデカイまとまりを引っ張って別所に抜けて来たが、こいつらを斬り倒しきるのに随分手間取ってしまった。 客間らしい大きな部屋で、ふとその気配を見つける。 すぐにでも戻って皆の援護をしてやりたかったのだが、この気配は見過ごすわけにはいかない。 「出て来いよ」 ゆらりと、刀を下げた男が現れる。 こんな奴に時間をかけるつもりはない。 「俺の名は鷲尾天斗。早速だがあの世に逝け」 男は鮫のように大きく口の端を広げる。 「何だ、何処かに急ぐ理由でもあるのか?」 問われた意図をわざと歪めて受け取り、天斗もまた口の端を上げる。 「理由? 目障りだから」 「ほう?」 「不服か? ならお前は害虫駆除に『邪魔』以外の理由があるのか?」 男は両手を広げ、ハハと笑い応える。 「いいや、一切無い! たかが殺し合いだ! それ以上の理由なぞ不要であろう!」 アリア達には裏口より逃げ出んとする者達を倒す役割があった。 しかし、どうやら敵は心底、この手の出入りというものに慣れていたらしい。 逃げる所か裏口よりの攻撃を読み、迎撃に出んと人数を揃えていたのだ。 そもそも彼等のような外道が、いつまでも一つ所に三十人も集まっているというのがおかしいのだ。 彼等はいつでも敵に狙われる立場であり、どんな時でも最高の戦力で迎え撃てるよう備えていたのだ。 率いるは志士。五人の配下を引き連れて、裏口を押さえんと向かって来た彼等と、アリア、未久の二人は相対する。 アリアは未久にだけ聞こえるようにぼそっと呟く。 「押し切ります。覚悟を決めて下さい」 「了解です。ここは出し惜しみ抜きでいかないと厳しいですね」 廊下では二人が並ぶのが精一杯、それも刀を振るうとなればそれ程の動きも出来ず。 しかし、壁を盾にするのも限界がある。 先頭の男が斬りかかってくる。 アリアは双剣を組み合わせつつこれを流す。受けて鍔迫り合いなどしてる余裕は無い。 同時に、側面の襖を蹴り飛ばす。 倒れた襖が奥に居た敵への盾となってくれる。 その隙に今度は左奥からの斧に対する。腰を中心に上半身を回し、髪が床をこする程低く下をくぐって、半歩前へ。 斧を振るった勢いに流される男を蹴り飛ばし、踏み込もうとしていた背後の敵に当てつつ、剣を一本口にくわえて片手で上の欄間を掴み、反動をつけて部屋の中へ。 空中で剣を振るって牽制しつつ、着地した場所にあった枕を足で拾い、前へ出る気配を見せた相手の眼前に蹴り上げ、元の位置へとんと一飛び。 一人で五人を相手にするというのは、こういう事である。 『思った以上にキツイですね、コレ』 アリアが必死に彼らの攻撃を制している間に、未久は斬撃符を飛ばして少しつづ敵を削り落としていく。 「刻みなさい『斬撃』」 未久は敢えてこの場の敵を率いる志士に一切の手を出さず、注意すら払わぬようにしていた。 自分達はこの五人を相手取るので精一杯だと、いや実際そうなのだが、きっちりはっきり伝わるように。 案の定、志士がどーれと偉そうな顔で前に出てくる。 未久はいつでも失われぬ笑みを深くする。 「そこはハズレですよ」 志士の真後ろに、闇より突然現れたのは輝血だ。 そう、彼女は敵と遭遇したその時からずっと、影舞の秘術によって姿を隠していたのだ。 僅かにでも反応出来たのは、志体を持つ者の意地であろうか。 音も無く閃いた二筋の剣光は、志士の足と腕に大きな傷跡を残す。 シノビとはとても思えぬ必殺の斬撃は、名工の手による優れた刃故か、はたまた彼女の技量故か。 「君もこっち側の人間でしょ? なんでこんなことになったか分かってるよね?」 慌てて振り向き体勢を整えるも、志士と輝血の立場の差は、この場における戦力比率の優位性は、覆ってくれそうにもなかった。 シュラハトリアは戦闘中という状況を弁えぬのか、無邪気な笑みを浮かべながら陰陽の術を唱える。 「こんな志体無し程度ぉ、シュラハの式で皆殺しぃ♪」 彼女の前にはその身を守るように南洋が立つ。 一室に篭る形で敵を迎え撃っていた二人に対し、特に気の荒い男が斬りかかる。 そんな男に向け、シュラハトリアは巨大な龍を召還し、これを放った。 こんな大きさの龍を、クソ狭い屋内で前に向けてぶちかませば、当然南洋にも当たるに決まっている。 予想だにせぬこの攻撃に、あまりにも凶悪な龍の様に、飛び込んだ男は驚き後ろに転げ倒れる。 しかるに男に損害はなし。 いや、損害はあった。同じく龍に呑まれたはずの南洋が動きの鈍る男に刀を振るい、銀光二筋にてこれをしとめる。 部屋へ乗り込まんとする者達の機先を制した南洋は、右に、左に刀を振るって深手を負わせ、後退せしめる。 下がった敵へはシュラハトリアが斬撃符にてトドメを刺す。 彼等がこの二人には勝てぬと悟ったのは、最後の一人が斬り殺される、まさにその瞬間の事であった。 南洋はシュラハトリアの安否と体力を確認した後、自らが先導する形で更に邸内を奥へと進む。 より賑やかな方へ、そう動いていた二人だが、不意に南洋がシュラハトリアを突き飛ばす。 「きゃっ」 可愛らしい声で尻餅をついたシュラハトリアは、そのままの姿勢で指を一回転。 指先よりほとばしるは瘴気の塊、これを刃と為し襖の向こう側へと撃ち放つ。 くぐもった悲鳴が聞こえる。その位置へ南洋もまた刀を突き立てると、襖を引き裂きながら一人の男が倒れこんできた。 男が絶命したのを確認すると、シュラハトリアは立ち上がり、心配そうに南洋を見上げる。 「血、出てるよぉ? 大丈夫?」 「大事無い。これが私の役目なれば」 先程突き飛ばしたのは、敵が襖越しに不意打ちを仕掛けてきたのに気付いた為。 そのせいで切っ先はシュラハトリアではなく南洋の肩を貫いていたのだ。 「ふぅん‥‥優しぃんだ」 「‥‥」 ふいっと背を向ける南洋。 シュラハトリアは上機嫌で、やはり凄惨な戦闘の最中とはとても思えぬ軽やかな足取りで南洋の後に続いた。 天斗と志士。二人は互いに全身を血に塗れさせながら、槍と刀で力比べを行っていた。 距離は超近接。 「ハ、ハハハハハッ!」 「クハーッハッハッハ!」 顔を突きつけ合い、豪快に、獰猛に笑う。 同時に、両者の得物が火を噴いた。 刀と槍では有効な攻撃範囲が違う。 ならばと志士は刀の距離を取るべく、力任せに押し返しつつ後ろに下がる。 しかし天斗は動かず。 槍の穂先側を右手で、左手は伸ばして柄の奥を掴み、槍ではなく短刀のようにこれを用いて男の胸に倒れこむようにして突き刺す。 そのまま、後ろに体重を預けつつ反動で槍を前に突き出すと、炎に包まれた槍は男の胸部へめり込んでいき、そのまま心の臓を貫いた。 「あ、あれ? おい、嘘だろこれ‥‥俺、死んじまうの、か‥‥」 「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ糧になる。俺の糧になる事をあの世で後悔してな」 事前に屋敷の見取り図を手に入れていたた詐欺マンは、ベルンストと共にこの辺りだろうとあたりをつけて待ち構える。 ソイツは足音を忍ばせこそこそと移動していたが、シノビである詐欺マンの目を誤魔化せるはずもない。 風魔手裏剣がその男、又兵衛に突き刺さる。 直後放たれるベルンストのフローズ。 体表が凍り、血液の流れが鈍り、感覚が失われる。 動きの鈍くなった又兵衛に、詐欺マンは逃がさぬと近接攻撃を仕掛ける。 「分散させようというのは悪く無い手でおじゃる。しかし、麿達は皆志体を持つ開拓者。屋敷内などという完全な包囲が望めぬ場所でそんな真似をした所で、痛くも痒くも無いでおじゃるよ」 攻撃ではなく、後ろに下がらせる目的で大きく刀を振る又兵衛。 狭い廊下でコレをやられては、流石に前に出る事は出来ない。 その隙に背を向けて逃げ出す又兵衛。 「無駄な事を‥‥汝の人相はもちろん、屋敷の内装も、皆が把握済みでおじゃるのに」 反対側の廊下より現れたのは、未久が一人。 「それなりに好き勝手してこられたようですので、このあたりで打ち止めにして差し上げましょう。絡みなさい『呪縛』」 投網のように広がったねばつく黒き塊が又兵衛を包み込む。 それでも、たかが陰陽師一人ごときと踏み込む又兵衛。 未久が横に避けると、その真後ろに隠れていたアリアが三歩踏み込み、両の剣で十字に斬り裂く。 たまらず、すぐ横の部屋に飛び込む又兵衛。 ちょうど又兵衛がぶちぬいた襖のすぐ隣に、控えていた輝血が即座に襲い掛かる。 長脇差、受ける。本命である名刀「乞食清光」、かわせず腿に深い傷を負う。 雄叫びを上げながら、又兵衛は刀に精霊力を漲らせ輝血に斬りかかる。 その視界より、輝血の姿が消え失せる。 背後に気配を感じ振り返ると、そこに、無造作に二本の刀を下ろしている輝血の姿があった。 同時に噴出す血飛沫。胴を深く斬られた又兵衛は刀を放り捨て腹を押さえながら部屋の反対側へと逃げ走る。 輝血はただ冷徹な目でこれを見送るのみ。 部屋の中に入ったアリアも、後を追うような真似はしなかった。 「逃げても無駄です‥‥」 反対側の襖を開けばそちらも廊下だ。 が、又兵衛が襖を突き破る前に、襖よりぬっと突き出された槍先に腕を貫かれる。 「ん? 外したか?」 槍の衝撃で吹き飛んだ襖の向こうには天斗が居た。 部屋は四方を襖に囲まれている。 輝血もアリアも天斗も居ない襖を開き、逃げ去ろうとする又兵衛。 襖を開いた瞬間理解した。 逃げ場など、とうに失われていたのだと。 奥に居た南洋が肩口より袈裟に切り下ろすと、しぶとくも生きあがいていた又兵衛も遂に力尽きるのだった。 任務完了と屋敷を去る開拓者達。 しかしシュラハトリアは一人、又兵衛の仰向けに倒れた遺体の側にひざまづく。 ゆっくりと、その頭に覆いかぶさるように顔を寄せる。 片手を上げ、垂れる銀髪をかきあげながら、恍惚の表情で口付けを交わすために。 「‥‥うふふぅ‥‥いい感触ぅ‥‥。死の、感触ぅ‥‥♪」 表裏の出入り口より入って、順に斬り倒していく形であったので討ち漏らしは無かった。 親分はその仕事ぶりに満足げに頷き、愉快そうに片頬を歪める。 「何処まで本気なのやら‥‥が、」 既に動く者とてない、死の気配のみが漂う又兵衛の屋敷正門に、でかでかと『天誅』の二字が描かれていた。 「ワシもこの手のイタズラ、嫌いではない。はっはっはっはっは」 |