英雄救出
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/02 02:54



■オープニング本文

 山岳地帯に位置する陰殻の奥地、対アヤカシ最前線であるこの地では、最近になってシノビ以外の傭兵が雇い入れられるようになった。
 つい先日、陰殻にて開拓者が多数参加した大規模な作戦が行われ、その縁で開拓者含む他国の戦力に対する理解が進んだ結果であろう。
 しかし、増えた戦力分有利であるかというとそういう事でもない。
 敵はアヤカシ、それも冥越との国境近くともなれば、並大抵の敵ではないのだから。

「オラァ! どうしたクソッタレアヤカシ共! 次々かかってこいやあああああああ!」
 大柄な男が気焔を吐く。
 ぴくりとも動かなくなった左腕、随所に突き刺さった大きな棘、顔全体を覆うドス黒い汚れは泥なのかそれ以外なのか判別不能である。
 とても戦闘可能とは思えぬ重傷を負っているはずの男は、しかし口の中でへし折れた歯をはき捨てながら笑う。
「何だ何だ、もう終わりかよ根性ねえなぁ。おいっ! 生きてる奴ぁいるか!? そんな怪物居たらこの六角様がじきじきに酒を注いでやるぞ!」
 返事は無い。
 木々に囲まれていて周囲全てを見渡す事は出来ないが、それでも視界に映るそこかしこでは、アヤカシと仲間の遺体が無造作に転がっているのみ。
 動く者の姿はない。
「‥‥そっか‥‥皆、死んだ、か‥‥」
 油だか肉だかわからない塊がこびりつき、鞘に収めるのすら難しくなった太刀を肩にかつぎ、六角は山を歩く。
 まだアヤカシがどこかに残っているかもしれない。今の状態ではもしかしたら負けてしまうかもしれない。
 そんな事を六角は考えていなかった。全身を覆う疲労感も、彼の足を止める事は出来ない。
 何度経験しても慣れる事のない絶望を押し殺し、戦場となった地域の捜索を進める。
「‥‥六角、のアニキ‥‥っすか‥‥」
「おおおっ! その声は藤村か!? やっぱりてめえは生きてやがったかチクショウが!」
 歓喜の声をあげ駆け寄る六角。
 しかし、藤村と呼ばれた六角が認める勇者は、下半身のほとんどを消失させ、信じられぬ体力で辛うじて息のみをしている状態であった。
「へへっ、すげぇな、アニキは。‥‥こんな戦でも平然と生き残っちまう‥‥他の連中は、どうしやした? ‥‥先に、逃がした俺の部下達ぁ‥‥」
「ば、馬鹿野郎! ドジ踏みやがって! ほ、他の奴等ぁ、山を降りるよう命じてある! 後はてめぇだけだ!」
「は、はははっ、まいった、な。俺ぁ‥‥先に逝ってやす。アニキも戦に飽きたら、遊びに、来てくだせぇ‥‥」

 たった一人生き残った六角は歩く。山道をひたすらに。
 ここは既に陰殻の土地であるが、同時にアヤカシに踏み込まれている土地でもある。
 安全域まではまだまだ距離があり、六角程の猛者であっても脱出は絶望的だろう。
 不安も恐怖も心の奥で脈打っている。
 しかし、六角は惑う事なく、冷静に足を進める。
 たった一つ、絶対に生きて帰るという決意の炎のみを頼りに。


 傭兵の代表四人が金を出し合うと決め、伝令を飛ばす。
 傭兵の賃金で開拓者を八人も雇うのは厳しかったが、最前線より先日侵攻した部隊に抜けられては彼等の命を守っている砦の存続すら危ういのだから仕方が無い。
 最悪全滅もありうると思ってはいる。だが、それでも、六角だけは生きて連れ戻してもらわねば。
 あの男が一人居るだけで決して敗北は無い。
 六角は仲間達にそう信じさせられるような男であるのだ。


 この地域のアヤカシ達を率いる中級アヤカシは、勝利を確信して布陣した待ち伏せを完膚無きまでに粉砕され、驚愕と憤怒に塗れていた。
 壊滅した部隊への援護とすぐに増援を送り、自身が彼等を率いる。
 百のアヤカシを十個の部隊に分け、手分けして生存アヤカシの回収、そして敵の捜索と殲滅を行う。
 もし敵に生き残りがいるのなら、決して生かしては返さぬと瞳を憎悪に燃やしながら。
 そんな彼の怒りが招きよせたのか、中級アヤカシ率いる十体の部隊が、どの部隊よりも先に唯一の生存者を発見する。
 中級アヤカシが必殺のつもりで用意した待ち伏せ部隊を全滅させた男は、小憎らしい事に、しっかりとした歩調でずんずんと森を進んでいるのだ。
 振り上げた腕、攻撃開始の合図。
 何より勘に触ったのは、圧倒的なまでに数で劣るはずのあの人間は、攻撃を仕掛けるこちらを見て、にやりと笑いおった事であった。


■参加者一覧
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
タクト・ローランド(ia5373
20歳・男・シ
露羽(ia5413
23歳・男・シ
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
神呪 舞(ia8982
14歳・女・陰
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
エアベルン・アーサー(ia9990
32歳・男・騎
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟


■リプレイ本文

 開拓者の一行は木々に囲まれた道なき道を進む。
 超越聴覚を用いるタクト・ローランド(ia5373)は、視線を鋭くすると皆に注意を促し物陰に隠れる。
 タクトの警告から僅かな後、アヤカシの群が側を通り過ぎていく。
 静かに、息を殺してアヤカシ達を観察する。
 アヤカシ達に戦闘の跡は見られない。
 敵は十体。景倉恭冶(ia6030)が刀を立てながら小声で問う。
「やっちまうか?」
 露羽(ia5413)は首を横に振ってこれを止める。
 ここに至るまで、既に音だけならば二度アヤカシの気配を察知している。
 彼は、アヤカシはかなり組織的にここらを探索してるという見解を示す。
 アヤカシ達が通り過ぎた後、奈良柴ミレイ(ia9601)は小さく嘆息する。
「タクトと露羽の超越聴覚が無ければ、これら全てと戦闘するハメになっていたのか。ぞっとしないな」
 エアベルン・アーサー(ia9990)は真剣な表情を崩さぬままだ。
「ここら一帯に、遭遇したアヤカシの倍は居ると考えるべきか」
 既に幾人かの遺体を発見している。神呪舞(ia8982)がきゅっと口を紡いだままなのは、彼らの無念を思っての事か。
 重苦しい空気の中、シャンテ・ラインハルト(ib0069)がまた新たな血痕を見つける。
 今度こそ生存者かと少し進んだ場所で、血痕の主が倒れていた。
 御凪祥(ia5285)は不安を堪えながら、皆を鼓舞するよう強く言う。
「行こう。まだ半分も回っていないんだ、諦めるのは早い」

 今度は露羽がその気配を察知する。
 超越聴覚により聞こえてくる音は、それまでのものとは違う、激しく動き回る戦闘の音であった。
「戦闘中の音です! 急ぎましょう! 敵布陣は移動しながら説明します!」
 少し開けた場所で戦闘は行われていた。
 中心に居る大男を囲んで、四方よりアヤカシが襲い掛かっている。
 特に大男の正面に居る四本腕のアヤカシは、見るからに危険な気配漂う強敵と思われる。
 前衛軍団は敵集団の側面より突入を開始する。
 祥と恭冶を先頭に取り囲む下級アヤカシを斬り抜け、ミレイとエアベルンで包囲の穴を維持、そしてタクトと露羽の二人が続く。
「誰だお前等!?」
 包囲されていた大男、六角は驚きの声をあげるも、相手をしている暇はないと祥と恭冶が四本腕に斬りかかる。
 その隙に六角へと駆け寄るタクトと露羽。下級アヤカシの壁も、二人の早駆は止められなかった。
「一度引け!」
 タクトが声をかけると、思っていたより簡単に六角はその言に従う。
 露羽は下がるタクトと六角の背を守るように、アヤカシ達の前に立ちはだかる。
「あなた達の相手はこちらですよ。さあ、踊りましょうか?」
 六角が後方に下がると、すぐさま舞が神風恩寵をかける。
 シャンテもそんな舞を援護すべく精霊集積を奏でる。
「この傷でよくここまで‥‥。神風恩寵では完全には癒えませんよ」
 しかし六角は戦場をにらみつけたまま。
「援軍? 他にも来ているのか? にしても砦じゃ見ない顔だが」
 タクトが開拓者が八人のみで救出に来た旨を伝えると、六角は更に表情を険しくする。
「無茶だ。ここまで幸運に恵まれたのかもしれないが、これしきの数では連中を突破なぞ‥‥」
 ふん、と六角に背を向けるタクト。
「いいからお前はそこで見てろよ。こいつら片付けたらすぐに移動だ、その時までに動けるようにしておけ」
 言うなりさっさと戦闘に戻っていく。
 色々と言いたい事のある六角であったが、一番気になる事を先に問う事にした。
「この歌は?」
 すぐ側で、シャンテが勇ましい歌を朗々と歌い上げているのだ。
 歌の邪魔をしてはと舞が代わりに説明する。
「吟遊詩人の歌です。不思議な力を秘めているのですよ」
「‥‥確かに。耳にしているだけなのに心が震える。体の底から力がわきあがってくるようだ」
 こうして暢気に話をしつつ治癒を行っていられるのは、戦士達が敵を押さえ込み、後衛二人と一人の居る場所まで踏み込んで来れない為だ。
 数に勝り、更に強力な中級アヤカシを擁する一隊と、まるで五分に張り合っているようではないか。
 その実力に驚きながら、六角は再び刀を手に立ち上がる。
「あ‥‥」
 何かを言いかける舞を制し、六角は人懐っこい笑顔を見せる。
「おかげで充分回復した。一気に押し返すぞ」
 小さく嘆息した後、舞は六角に釘を刺す。
「無茶をするなとは言いませんが、命に関わらない程度にしてくださいね」
「はははっ、心配すんな。どうやら生還の目処がたったようだし、ここまで来て死ぬような下手は打たねえよ」

 武者姿のアヤカシは構造が人間型なだけに、人の技を用いやすい相手であった。
 ミレイが低く槍を構えると、それだけで優位な位置を確保出来る。
 もちろん簡単なようにみえて、この構えというのが案外難しいのであるが。
 ヤケに目立つ金髪と傾奇羽織の上に、咆哮まで使って敵をひきつけにかかる。
 敵は刀。ならば槍の長さで十分有利を取れる。
 しかし敵の数も数なので、油断無くそして躊躇無く最もかわしずらい胴中央めがけて突き出す。
 踏み込んだ足が大地にめりこみ足型を作る程の勢いを、かわしそこねたアヤカシは脇腹を深く抉られる。
 しかしアヤカシの動きは止まらず。またそれとは別のアヤカシが槍をすりぬけミレイへと迫る。
 両手を返す挙動のみで槍を引き戻し、側面より下手くそな抜き胴を狙うアヤカシの刀を縦に槍を構えて受け止める。
 即座に今度は穂先を振り下ろし、袈裟に斬りかかるアヤカシの刀を払い落とす。
「下手だけど、力だけはあるな。それに‥‥」
 石突で払い崩したアヤカシに一撃。それでもアヤカシは倒れなかった。
「しぶといっ!」
 はたと気付くと、そのアヤカシの背後に露羽の姿が。
 合口で首を半ばまで斬りおとす。
 にこっと笑う露羽であったが、何とアヤカシは首が千切れ落ちそうになりながら振り返り露羽に斬りかからんとする。
 大慌てで胸板に一撃。ようやく倒れてくれた。
 バツが悪そうにしている露羽に、ミレイは容赦が無かった。
「ダメじゃん?」
「ま、まあ倒したのですし、良しとして下さい」

 タクトは敵中をひらりひらりと舞うように走り抜ける。
 そして時折、完全にこちらから注意が逸れているアヤカシを見つけては手裏剣を放ち、或いは後ろより斬りつけては距離を取るを繰り返していた。
「そらそら、背中がお留守だぜ?」
 そんな事をしていてはたと気付く。
「あのおっさん、結局出て来ちまったのかよ」
 しかし動きを見る限り、無理矢理中級アヤカシにつっこむような真似はしておらず、むしろ後衛を守るような位置取りをしているので、ならば良しと口の端を上げる。
「歴戦ってな伊達じゃないってわけね。ならアイツも居るし大丈夫だろ」
 耳ではなく心に伝わるシャンテの勇壮な歌に冷静さを欠かぬよう気をつけながら、タクトは戦場を駆ける。
 六角のすぐ隣には、もう一人の戦士が居た。
「騎士エアベルン、貴公の守護に回らせていただく!」
 刀をアヤカシに叩きつけながら六角はぼやく。
「お守りが必要な年じゃないぜ」
「貴公をお守りするのが我が使命なれば!」
「けっ、体さえ万全ならそんなデカイ口は叩かせねえってのによ!」
 憎まれ口ではあるが、顔は笑っている。
 対するエアベルンは真顔のまま。
 斬りかかるアヤカシに、エアベルンがこれを盾にて力任せに受け止める。
 フンッ、と気合の声と共に弾き返すと、横よりすり抜けてきた六角が頭蓋を砕く勢いで刀を振り下ろす。
 すぐさま横より突きかかる別のアヤカシに、更にエアベルンが飛び込む。
 鎧に突き刺さりかけたこの刀は、しかし表面を覆うオーラの壁に阻まれ弾かれる。
「ふむ、かすり傷ぐらいつくかとも思ったが、なるほど、吟遊詩人の歌とは見事なものであるな」
 流れるようにコレに六角が斬りかかり、ついでに刀撃の勢いで後ろに大きく吹き飛ばす。
「おいおい、俺よかよっぽどアンタの方が無茶してんだろ」
「配慮ご無用! 騎士の覚悟にこの程度の剣撃なぞ通用せぬ!」

 舞は、ここは攻勢に出るべしと神楽舞・攻を舞い始める。
 優雅な足捌きと雅な所作で勇気と意気高揚を舞う舞に、シャンテも歌を合わせる。
 それは数多の戦場を潜り抜けた勇者を称える武勇の歌。
 更に誇り高き騎士の魂を歌い上げると、ただ耳にしただけであるのに、銀色の鎧を纏った騎士が大地を駆ける様がありありと目に映る。
 少し驚いた舞はちらとシャンテと目を合わせた後、拍子を合わせんとしているシャンテの歌に乗り、神風恩寵の穏やかな風と織り交ぜながら舞い続ける。
 その気持ちに感謝しつつシャンテは歌う。
 いつか、大切な人にも想いを伝えられるように、そんな自分であれるようにと一心に。

 最初の内こそ数体の下級アヤカシが色気を出してきたが、少し経つと祥と恭冶の戦闘に奴等がちょっかいを出してくる事はなくなった。
 これで、眼前の中級アヤカシに集中出来る。
 恭冶は二刀を振りかざしながら笑う。
「祥! 巫女と吟遊詩人が並ぶとすげぇな! まるで自分の腕じゃねえみたいだぞこりゃ!」
「まったくだが、無駄口叩いてる余裕はないぞ」
 祥の言葉通り、二人がかりでようやく対等であるこの手強い四本腕の攻撃で、祥と恭冶も既に無視出来ぬ怪我を負ってしまっている。
 しかし、恭冶は笑みを崩さず、祥もまた苦戦してるなぞとその無表情からはまるで読み取れない。
 四本腕よりの斬撃を、祥は槍の穂先で受け返し、跳ねて穂先が後ろに飛ぶ勢いを利用して石突を前へ。
 もう一本の刀を、石突の先端で受け止める。
 体勢の良さは祥の方が上。
 それでも五分に押し合える四本腕の強力にも、ようやく慣れてきた。
 ひゅっ、と息を吐き、槍を回して敵の刀を二本共巻き込み、大きく弾く。
 これまでただの一度も止まっていない。
 川のせせらぎのように穏やかに、濁流のごとく力強い様は、これもまたシャンテの歌に合わせ舞を舞うようであった。
 敵も厳しいのだ。ここで引くわけにはいかない。
 しかし、四本腕は体を半回転させ、逆側の二本の腕にて祥を狙う。
 風車のごとく槍を振り回し一撃を弾くが、鋭く突きこんで来る最後の一撃だけはかわしきれない。
 こめかみをかすめるようにすりぬけた刀に、祥が思った以上の血飛沫が舞い散る。
 仰け反った視界の端に、頼れる戦友の姿を認めた祥は、彼の力を信じ必死に転倒を堪える。
 恭冶は、全身に巻きつけていた鎖を解き、その先端についている刀ごと頭の上でぐるんぐるんと振り回していた。
「行くぜ祥!」
 掛け声と共に刀を放つと、鎖が後に続き、刀を重しにしたコレはぐるりぐるりと四本腕の体に巻きついていくではないか。
 ある程度の長さになった所で、恭冶は一足にて四本腕へと飛び込んでいく。
 まだ四本腕の周りを回っている刀を中空にて掴み、逆腕の刀を合わせ、二刀を四本腕の胸元に突き刺す。
 更に衝撃に震える四本腕の体を、せーので思い切り蹴り飛ばす。
 ぐらりと揺れたその先では、槍の穂先を後ろに大きく引いた祥が居た。
 槍全体より精霊の力が迸る。
 裂帛の気合と共に振るわれる武天の槍「疾風」。
 鎖が巻きつき、体勢を崩されている四本腕の受けはその速度に対応しきれず。
 ぐしゃという嫌な音と共に、四本腕の首が飛んだのだった。



 敵集団を撃破すると、一行はすぐにその場を離れる。
 タクトは戦闘中ずっと超越聴覚にて新たな敵の出現を警戒していたが、幸いそんな事にもならず残る順路を踏破していく。
 二人のシノビの超越聴覚により、敵集団と遭遇しそうになっても、事前に察知しこれを回避する事が出来た。
 その手際の良さに、六角はいたく感心している。
 それだけではなく、道中六角は陽気に口を開き、疲れているだろう様子を見せる事はなかった。
 ふと、ミレイが六角の前に立つ。
 六角が何と問う間もなく、口に梅干を放り込む。
「俺達はあんたの部下じゃない。だから無理なんてしなくていい」
 もごもごと口を動かしながら、六角は以降押し黙ってしまう。
 森を抜け、砦が見えてきた辺りで、六角はぼそっと呟いた。
「‥‥これ、すっぺぇなぁ‥‥すっぺぇよ、ちくしょう‥‥」
 背が高い六角が上を向くと、その表情を伺う事は出来ない。
 それでも、彼が何に想いを馳せているのか、想像する事ぐらいは出来た。

 砦に帰ると、それまでが嘘のように陽気に、豪快に、六角は笑う。
 歓迎の声と開拓者達を称える歓声。
 すっと手の平を差し出した祥。
 それをぱんと叩く恭冶。
 得意げに笑う恭冶を見て、ようやく祥は僅かに口の端を緩めるのだった。
 その夜、治療を終えた六角は早速宴会に出ようとしていたのだが、舞にじろりと睨まれ、早々に引き上げるハメになる。
 露羽が微笑みながら渋る六角をやんわりたしなめる。
「今はゆっくり休んで怪我を治してくださいね。この顕世に生きる人々は、あなたの事を必要としていますから‥‥」
 ようやく引っ込んだ六角を見て、舞は小首を傾げながら露羽に語る。
「ヒドイ怪我ですのに‥‥まったく、私は医者ではないので詳しくは分かりませんが、あの方を見ていると大丈夫な気になりますよ」
 そうですねと、露羽はくすくす笑った。
 一方酒宴の席には、お前誰だとタクトが心の中でつっこんでるとも知らず、任務中とはまるで別人のように陽気に騒ぐエアベルンの姿があった。
 賑やかな喧騒の中、シャンテは請われて歌を披露する。
 つい先ほど出来た、新たな勇者を称える歌であった。