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■オープニング本文 空を翔る龍は、いつの時代でも多くの人間の憧れであった。 同時にこれらの龍を自在に、美しく駆る者達は、美しい龍同様、いやそれ以上に尊敬の念を贈られた。 先の大戦においても龍に乗り大規模空中戦を繰り広げた勇者達の姿は記憶に新しい。 勇壮で、荘厳で、華麗で、典雅で、そんな龍を駆り、今また大空を支配せんとするアヤカシに敢然と立ち向かう勇者達が居た。 開拓者ギルドに依頼が入る。 制空権を完全にアヤカシに奪われた地域、これを人間の手に奪還せよとの依頼だ。 上を抑えられては、如何に地上で勝利を収めたとしても、容易く戦況を覆されかねない。 だからこそ、先に空を抑える必要があるのだ。 無論、軍にも龍は居る。しかし、それではどうしても突破出来ぬ、強力なアヤカシが居たのだ。 疾風のように飛び回り、炎を吐き、砲弾を放ってくる赤いアヤカシを、彼等は疾風丸と呼んだ。 この疾風丸が暴れまわるせいで、どうしても空を突破出来ぬのだ。 軍指揮官は、他の雑魚共は最悪倒せなくてもいいから、何としてでも疾風丸を撃破してくれと頼む。 龍を駆る戦士達には特別の宿舎が用意されている。 軍の戦士達は、指揮官のこの決定に心底、納得がいっていなかった。 「ふざけるな! 同胞の仇は我等の手で取らねばならぬ!」 「そうだ! 開拓者なぞに頼るとは我等龍使いの名折れぞ!」 「先に乗り込み! にっくき疾風丸を退治してくれよう!」 勇躍自らの愛龍に跨り、宿舎を飛び出していく十騎の龍とその乗り手達。 無論彼等も優秀な戦士ではあるのだが、やはり様々な戦いを潜り抜けてきた開拓者達からすると、まだ甘さが残るといわれても仕方が無いかもしれない。 もし彼等と空で合流出来たとして、よほど上手く話をしなければ協力して戦う事は難しいだろう。 まあ、せめてもアヤカシでもない開拓者達に剣を向けるような真似はすまいが。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
橘 琉架(ia2058)
25歳・女・志
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰 |
■リプレイ本文 開拓者達が現地にたどり着いた時には、既に戦闘は開始されていた。 真亡雫(ia0432)は想定していた最悪の事態、既に戦死者が出ている状況を回避しえた事にまず安堵する。 我先にと、雫の脇をすりぬける龍がいる。 瀧鷲漸(ia8176)は険しい表情でまっすぐ戦場を睨みつけている。 「誰も死なせはしない!」 ルーティア(ia8760)もまたすぐに後を追う。 彼女にとって龍とは大切な友人であり、それを付き合わせての彼らの無謀な突撃に腹を立てていたのだ。 紅咬幽矢(ia9197)は弓を構えながら輝夜(ia1150)の側に龍を寄せる。 「みんな血の気が多いねぇ、疾風丸はまだ姿は無し、か」 「自爆霊の群といい、いつぞやの紫の奴を思い出すのう。あの時みたいな不意打ちは、二度と喰らわん」 橘琉架(ia2058)が手綱を緩めると、騎龍紫雲は指示の通りに敵の一騎へと狙いを定める。 自爆霊の下を潜るように操ったつもりであったが、軌道を読み違えたのか刀で狙うには少々下すぎる位置を通り過ぎてしまう。 次こそはと意気込む紫雲を、琉架は優しく窘める。 「紫雲、無理しないように、やっぱり空は、やりづらいわ‥‥慣れて無いのもあるけど」 ならばと援護に回るべく紫雲の騎首を翻す。 的は多い方が攻撃は分散され、一騎当たりの生存率は上がろう。 そんな役割を戦場のあり方から瞬時に見極め、自らに課せる琉架は、自らの武勲以上に全体の勝利を望む、戦においてなくてはならぬ存在なのであろう。 また、その得意分野からそういった役割に殉じる者もいる。 桔梗(ia0439)は先に乗り込んでいた十騎の損傷具合を確認する。 まだ本格的な戦闘に至っていなかったのか、いずれもまだ致命的と思えるような状態ではなかった。 より上空に舞い上がり、俯瞰するように戦場全体を見通せるよう、どの位置にでも移動出来るよう備える。 これに難点があるとすれば、上がれば上がる程寒くて泣けてくる事ぐらいか。 愛龍風音は、空の上でどっしりと構え、悠然と眼下を見下ろしている。 その落ち着きは、平静であらねばならぬ桔梗の巫女という役割を、桔梗以上に熟知しているかのようであった。 そして桔梗と同じく後方にて皆に合わせるべく戦場に向け目を凝らしているのは、宿奈芳純(ia9695)である。 極めて冷静なまま霊魂砲を放つ。 長い射程と術式の高い命中精度は殊の外相性がよろしい。 追い詰められた自爆霊が先に参戦していた一騎に飛びつかんとしていた所に命中し、これを撃破する。 その龍使いは挑むように睨みつけてきたが、特に注意も払わず、次なる敵に、より適切な攻撃をと思考を巡らせる。 それはお世辞にも良い戦い方とは言えないものであった。 競い合うといえば耳障りはよろしいが、とかく連携を欠いた兵士達と開拓者達の動きは精彩を欠いていた。 開拓者達に兵士達と競うつもりは無い。むしろ援護すべしと立ち回るのだが、これを嫌がり帰れと怒鳴りつけながら戦う兵士達と共に戦場にあるのは、覚悟していたとはいえ少々堪えた。 それでも、まだアヤカシとの戦力差がある内は良かった。 こちらの動きが鈍い間にとでも思ったのか、地上より疾風丸が上がって来ると、形勢はとんでもなく厳しいものとなる。 疾風丸の的確な指示により、残り七体となった自爆霊達は、見事な連携技を披露してくる。 そして何より、疾風丸自身の強さはどうだ。 空中では蹴るべき大地もない事から、急制動や急加速は地上と比してより緩やかになりがちだ。 しかし疾風丸の翼をすら使わぬ空中機動は、空にて最も優れた乗り物と言われた龍をして、捉えきれぬ程の機敏さを備えていた。 ここに来て最も追い詰められたのは、為すべき事の多い開拓者達であった。 ルーティアは甲龍フォートレスの装甲を信じ、半ばヤケクソ気味に炎の塊目掛けて突っ込んでいく。 そのせいでか自爆霊より放たれる炎の弾が、これまた間の悪い事にまともに頭部に激突する。 眩暈を起こしてふらつく頭を、しかし強引に振り切って龍を制御する。 炎の弾を受け止めたのは、自爆霊が狙う一人の龍使いにこれを当てさせぬためであった。 「な、何のつもりだ貴様!」 怒鳴る男に負けじとルーティアも全力で怒鳴り返す。 「こんなときに面子なんかにこだわっても仕方ないだろ‥‥お前ら龍使いだろ? そんなのに付き合わされて死ぬ龍の気持ちとか、ちょっとは考えろよ!」 桔梗もまた、何度睨まれようと龍使い達への治癒術を止めようとはしなかった。 「いい加減にしろ! 誰が貴様等に手を貸せと言ったか!」 文句を叫ぶ男の龍と並んで飛びながら、桔梗は思う所を率直に語る。 「仇を討って貰ったら、亡くなった人も喜ぶと思う‥‥けれど、友が傷付いたら、きっと、悲しむ」 その言葉に、明らかに怯んだ男をさておき、桔梗は次なる目標へと龍を飛ばす。 漸は戦闘開始時よりただの一度も崩さぬ険しい表情のままで、龍使いを追い回す自爆霊の一体に、龍当りとでもいうべきか、その字の通り龍ごとぶつかっていった。 跳ねる火の粉、朋友の炎龍、烈灯臥は健気にも苦痛の声すらあげぬまま。 そして遂に累積した損害が一定値を超えたのか、自爆霊は体当たりを狙い動く。 極めて近接した状態であった漸に、これをかわす術などない。 背中を火球が包み込み、漸程の猛者をして堪えきれぬ衝撃に危うく龍より零れ落ちそうになってしまう。 守られた男は呆然と漸を見るも、彼女の鋭い視線は決して変わらず、断固として譲らぬ意志を表すかのように、熱く激しくその瞳が燃え盛る。 「何故‥‥そこまでするか‥‥我等は既に死の覚悟すら‥‥」 「馬鹿野郎! そこで死んだら残された者はどうする! すこしは考えろ!」 「ふざけるな! 家族に後ろ髪引かれ死を恐れる戦士が居てたまるか!」 男は裂帛の気合を漸に叩き付けるも、まるで動じた風もない。 「私は!」 そしてまたも、男を目掛けて突っ込んで来る自爆霊の間に龍を走らせる。 「誰も死なせはしないと言った!」 隊長である男は、龍に乗りながら、戦況を把握しながら、信じられぬ思いで開拓者達を見つめる。 「何故、だ。依頼だとでもいうのか? 馬鹿な、それでここまで出来るはずなぞ‥‥」 皆と同様、庇いに庇い続けたせいで鎧のそこかしこを焦がしながら、雫は隊長騎に迫る。 流石に彼の龍ガイロンは甲龍だけあってこの程度で動じる気配はない。 「先に戦っている分、僕達よりも敵に詳しいのでしょう? 貴方達だって倒すべき相手の実力を感じ取っているのなら、協力の必要性がわかるはずだ!」 不意に二人の視線が龍の一騎に釘付けとなる。 さもありなん。その龍は、ロクに羽ばたきもせず滑空しつつまっすぐに飛んでいるのだ。 あれでは良い的にしかならない。 戦場の最中にあって、まるで素肌を晒すが如き所業を行いながら、凛とした佇まいを崩さず弓を引き放つのは、若年ながら古強者程の戦歴と天儀に冠たる剛腕を誇るサムライ、輝夜である。 並の戦士では引く事すら適わぬ五人張を易々と引き絞り、一直線上を飛ぶ自爆霊へと狙いを定める。 無論、これを見逃すアヤカシどもではない。 輝夜に向けて次々炎の弾を放たんと狙いを定める。 ほんの数秒、輝夜が早かった。 唸りを上げて飛び行く矢は狙い過たず自爆霊を貫き、炎の塊であるソレを爆発したかのように四散させる。 同時に駿龍、輝龍夜桜が空を駆ける。 間一髪、敵は輝夜への攻撃の間を外される。いや、それすら見越して間合いを外した輝夜戦技の妙であろう。 奥の方では、琉架と幽矢の二騎が必死に疾風丸に喰らいつき、その動きを制さんと苦心している。 今度は別所で盛大な爆音が響く。 舞い上がる煙を突き抜けて飛び出してきたのは龍使いの一騎で、彼は辛うじてその直撃を避けたのか煤で黒くなる程度であった。 後方彼方より、芳純の呪縛符が自爆せんとする自爆霊の足を止め、彼は逃げ切れたのであった。 隊長は、懐より取り出した笛を吹き鳴らす。 それは彼等のみにしか意味が通じぬものであったが、龍使い達は皆が同時に散開を始め、疾風丸より距離を取り、遠距離攻撃用の弓を構える。 「‥‥お主らに従おう、開拓者達よ。我等は援護に徹する」 雫に向け、厳かにそう宣言する。 龍使い達は皆が皆復讐に猛り、我が身も厭わぬ覚悟を決めてきていた。 そんな彼等が隊長の判断に、誰一人文句の一言も言わなかったのは、皆が隊長と同じ思いを抱いていたせいだろう。 怒りに燃えているとはいえ彼等とて軍人だ。自分達のせいで優秀な戦士達が無為に傷ついていくなどと、目の前で見せ付けられては抗する術など無い。 気持ちが通じてくれた嬉しさに、胸がいっぱいになる雫。 「ありがとう! 後は任せて下さい!」 死にたいんなら勝手にすればいい、とか思ってはみたものの、皆がよってたかって必死に守りに動く中でそれを無視する気にもならない幽矢は、仕方なく、ホント仕方なくであってむしろ嫌々とかやってらんねーとかそんな類の感情を表に出すようにしつつ、ならばと自分に役割を課す。 自爆霊を倒しきるまでの間、敵の中心、疾風丸の動きを封じる。 激しく揺れる龍の上でも、弓術師として騎射を身につけた自分ならば狙いを外す事もない。 ただ、問題なのは撃つ暇をくれない事だ。 初弾から朔月によりこちらの矢の強さを見せ付けておき、後は数を撃って牽制するつもりだったのだが、運良く、そう後になってこいつの動きを見て本当にそう思ったのだが、命中したにも関わらず疾風丸は矢を必要以上に警戒する事もなく、腹が立つ程冷静にこちらの動きに対処してきている。 同じく疾風丸への牽制に動いてくれた琉架も、囮になる気満々の飛び方をしているが、当然逃げ回るだけでは囮にはならない。 攻撃を仕掛けてこそ、敵はこちらを倒すべきと判断してくれるのだから。 龍に慣れぬと当人は言っていたが、琉架の二刀による鋭い斬撃はそう容易くかわし得るものでもない。 しかしそれすら疾風丸の影を捉えきれぬ事も多い。 そして、疾風丸の放つ炎は術の一種であるのか、吸い寄せられるように二人に這い寄ってきて、確実に、生命の鼓動を削り取っていく。 まともにやっては勝てぬと即断した琉架は、龍を操り疾風丸と軸線を合わせにかかる。 これでは相手の攻撃もかわせない。そして琉架に遠距離攻撃手段が無い以上、一方的に攻撃を喰らう事になってしまう。 疾風丸より放たれる手裏剣のような刃物、琉架は放たれる間を見切り、くるりと横に一回転させる。 駿龍ならではの身軽な挙動であろう。しかし、これだと当然、一瞬であるが琉架の体は真下を向く訳で。 必死に鐙を足で挟みつつ、手綱を深く掴んで振り落とされぬようしがみつく。 二弾目はそれでもかわせず。和服の裾ごと、腕に深い斬り傷を残す。 両腕を空けるため口で手綱をくわえたまま、一回転なんて真似をしたせいかぐらぐらと揺れる視界の中、追いすがりざまにまずは脇差。 木葉隠の術にてこれをかわされるも、今度は本命、刀にて一斬。 捉えたかと思いきや、触れたはずの疾風丸の腕が、ぱっと木の葉となって舞い散るのみ。 速度差からかそのまま一気に追い越してしまい、今度は琉架が追われる番となる。 「良き位置です」 後ろを振り返った琉架は、彼女の真後ろより接近する事で疾風丸よりその身を隠していた幽矢に賛辞を送った。 「疾風丸、お前と速さ比べをするつもりはない。お前がボクらより速いっていうのなら遅くなって貰うまでだ」 琉架の攻撃をかわし反撃に移る動きを見せていた疾風丸の動きは、これを狙う幽矢にとってはまるでデクの棒のごとき的であった。 十二分に近接した状態で、強射「朔月」を叩き込む。 と、同時に琉架同様疾風丸の前方へと飛びぬけ、琉架とは逆側に散開する。 「さあ、これでアイツは本気でこっちを追っかけてくる。頼むぞ麗」 後は愛龍である駿龍麗の逃げ足だけが頼りであった。 空を駆ける琉架と騎龍紫雲。 背後より迫る炎に包まれながら、首を下げて突破の時までひたすらに耐える。 視界が真っ赤に染まり、全身をひりつくような熱気が覆う。 不意に紅が開け、青空が再び眼前に戻ってくるも、それで油断は出来ない。 じんじんと痛む火傷に、高速飛行により風が心地良い。 旋回して再び疾風丸へと向かおうとするが、どうやらその必要は無いかと手綱を引く。 すぐ隣には、見るからにヒドイ有様の幽矢が居た。 「どうにか、乗り切れましたね」 「まあ、な。正直言うと少し泣き入ってた」 どちらも練力なんて残っていない。龍も乗り手も満身創痍である。 お互いの愛龍、麗と紫雲が、互いの健闘称えあうように嘶きあっている。 それを見て、いまだ戦闘中だというのに、思わず二人から笑みが零れた。 桔梗の加護法を受けたルーティアと漸が左右より迫る。 そして間を合わせるように放たれる芳純の呪縛符。 きっちり下準備をしなければこの怪物に命中打を与える事は出来ない。 これはもう、それまでの戦闘でさんざ思い知った。 「こーんどこそぶち当てるぞルーティア!」 「任せろ!」 寸前、漸より猿叫が疾風丸に叩き込まれ、びくっと震えた疾風丸は反応が遅れる。 鐙のみにて体を支え、ルーティアの二槍が閃く。 二筋の閃光に重なるように、これでもかと振りかぶった漸のハルバードが振りぬかれる。 後の事など考えぬ豪槍三つ。 疾風丸に痛打を与えられる機会を最大限利用しようとした二人であったが、疾風丸もまた歴戦のアヤカシ。 攻撃直後、二騎が接近した間合いを見逃さず炎の龍を撃ち放つ。 背後より二人を炎が包むが、真っ赤な炎の中でルーティアは自らの体を不動の岩塊と化す。 直後、手裏剣というより最早砲弾とでもいった方が良さそうな強烈な一撃をもらう。 「っく〜。でも炎の方がキツイ! くそっ、こーいうの苦手なんだよな‥‥フォートレス、大丈夫か!?」 まだまだ、と吠えるフォートレス。 漸は炎龍の烈灯臥に大きな旋回を命じる。流石にこの子も限界が近い。 入れ替わりに突っ込んで行く仲間達と、元気に動き回っているように見える疾風丸。 「フン、気付いてないのか? 私の全力の槍を受けて、動けるはずがないだろう!」 ようやく、漸の一撃による傷が開く。 龍の速度と漸の腕力、得物の重量は、ハルバードの矛先に恐るべき速さを与え、それは傷口が開く事を忘れる程であったのだ。 ようやく、突破口が見えてきた。 こういった好機を、決して見逃さぬのが歴戦の歴戦たる所以であろう。 輝夜はぎりぎりと引き絞った弓を、しかしすぐには放たず僅かに間を外す。 雫が飛び込む距離を測っているのだ。 「手数の少なさは威力で、下がった命中率は創意工夫で補うのじゃ」 崩れた姿勢で、しかしそれがどうしたと疾風丸は雫に向かう。 これを、利用する意味と援護する意味が、この待機にはあった。 操作によらずとも主を意を察し、大人しくまっすぐに滑空する輝龍夜桜を、後で思う存分遊んでやると内心で褒めてやりながら矢を放った。 雫の甲龍、ガイロンは決して速度に優れる龍ではない。 それでも、ありったけを振り絞り隙を見せた疾風丸へと急行する。 間に合わない。 体勢を整え終わりこちらへと向く疾風丸。 ちょうどその時、彼の背後より大気の渦を引き連れた豪矢が突き刺さる。 無視出来ぬ程の威力に、再度ブレる疾風丸。 龍に座ったままでは刀の届く距離は知れている。 ならばと鐙を外し、手綱に片足を巻きつけ、龍の背に立ち上がる。 最後の一撃は兵士達にとも思っていたのだが、そんな余裕取れそうもない。 気を抜いた瞬間跳ね飛ばされそうになる風を、足の力で堪える。 剣撃の反動が来たら一瞬で吹っ飛ぶ。 だからすれ違いざま、僅かな停滞もなく流すように斬りぬかなくては。 決して外せぬ一発勝負。しかし、こんな重圧も緊張感も、開拓者ならば乗り越えられる。 桔梗は皆への回復を行いながら、兵士達の隊長に龍を寄せる。 「芳純に、合わせて」 ただの一言のみであったが、後方にて狙い定める陰陽師を見ればその目的も理解出来る。 「わかった! ‥‥感謝する」 隊長の感謝の言葉にも桔梗は無表情のまま。しかし隊長には、確かにその瞳が微笑んでいるように見えたのだ。 隊長の合図により兵士達は一斉に弓を構える。 芳純は菩提に決して急制動をせぬよう言い含めると、雫の動きに注視する。 彼ならきっと当ててくれる。その隙をつく。 アヤカシにも苦痛があるのだろうか。 それともあの絶叫は怒り故か。 雫の斬撃を、決してかわせぬだろう間合いですら片足一本で済ませるその素早さは驚嘆に値する。 それでも。 「撃て!」 聞こえるかどうかわからないが、ありったけの声を振り絞って叫び、霊魂砲を放つ。 誰もがその間を計っていたのか、陰陽の符に続いて兵士達より十筋の憤怒が放たれた。 開拓者達と龍使い達がただの一人も欠けずに戻った事で、砦中大騒ぎになる程皆喜び飛び回っていた。 特に砦の長は涙を流しながら、開拓者達に感謝の意を述べていた。 そしてなし崩しに大宴会。その際、龍使い達とどちらがより龍の扱いが上手いかという話で盛り上がり、ならば上がって確かめるまでとみんな寄ってたかって空に上がってしまったのだ。 酒が入ってる者も居るのに、元気な事だと芳純は嘆息する。 芳純は、流石に自らの甲龍、菩提に乗り続けるのに疲れていたので、皆のように一緒に空で騒ぐ気にはなれない。 桔梗も同様なのか、隣に腰掛けたまま塩もみした乾燥肉を差し出してくる。 お互い後方頭脳労働系同士、のんびりやろうと笑いかける芳純。 少しクセがあるがなかなかに美味と、もっしゃもっしゃ乾燥肉を食べながら空を見上げる。 数十騎の龍が大空狭しと飛び回り、技術を競い合っている様は、なるほど、確かにこれは良い酒の肴になりそうだと芳純は思うのだった。 |