近寄るべからず
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/26 20:52



■オープニング本文

「どうしたいお嬢ちゃん」
 手招きをする少女にそう声をかけた青年は、友人が止めるのも聞かず屋敷の入り口をくぐる。
 仕方のない奴だと友人も後に続く。
 赤い、跡が見えた。
「ん? おい、何処行った?」
 門をくぐると、その先は荒れ放題の中庭になっていた。
 かつて砂利であったらしい小道の先に、深緑色の池がある。
 蓮の葉が大きく三枚、ねばっこそうな池の水に浮かんでいた。
「あれは?」
 生い茂る雑草のせいでか、砂利道を進んでもあの特有の足音は聞こえない。
 池の中に、何かがいるような、そんな気がしたので、歩み寄っているのだ。
 不意に、男は気配を感じて振り返る。
 門の所に、さっきの手招きしていた少女が居た。
 毬を手に持ち、じっと男を見つめている。
「おお、お嬢ちゃん。俺の友人が屋敷に‥‥」
 またも、驚き振り返る男。
 池の滴が跳ねる音がしたのだ。
 男の足元まで跳ねた水は、苔生した緑色ではなく、思ったよりも澄んだ水の色をしていた。
 脛に水がかかってしまい、あーあと足を持ち上げ汚れを確認する。
「あれ? これ‥‥」
 砂利の隙間から生える雑草に埋もれるように、肌色の何かが見えた。
 端が黒ずんでいるのに、そこから先は綺麗な肌色で水が滴りつやつやと輝いて見えた。
「ま、さか‥‥これ‥‥おい、冗談じゃねえよ‥‥」

 首筋にかかる吐息に驚き三度振り返ると、すぐ目の前に、少女の顔が迫っていた。



 呪われた屋敷として名高い町外れの大きな廃屋。
 下らぬ噂話と一笑に付す所であるが、実際にこの家の側で行方不明になった者が出ては調査せぬわけにもいかず。
 最初に挑んだのは二人組みの番所の若衆であった。
 同僚に、薄気味悪いなまったく、とぼやいて出立した二人は、翌日になっても戻って来なかった。
 胡乱な者でも潜んでいるのかと、役人達は十数名にてこの廃屋の家捜しを行う。
 これが、最悪の結果を招く。

「何だよここ! ふざけんなちくしょう!」
 若衆の一人がこけつまろびつ屋敷の廊下を駆ける。
 背後からは女の笑い声が聞こえてくる。
 不意に若衆は勢い良くすっ転ぶ。何故なら、真横から仲間の悲鳴が聞こえてきたからだ。
「た、たすけっ! いやだ、こんなの俺はがべっ!」
 若衆は声が聞こえてきた廊下の壁から、はいずりながら離れる。
 その腕に、ひんやりとした青白い手が触れる。
「うおおおおおあああああああっ!?」
 凄まじい力で引きずられる。必死に抵抗し床や壁に爪を立てるも、爪ごと剥がされ僅かたりとも止められない。
 暴れもがいていると、偶然廊下の角に足が引っかかる。
 これを外されては命が無い、そう確信した若衆は全身全霊を込めて足を曲げ続ける。
 その廊下の角から、ゆっくりと、ゆっくりと、長髪を振り乱した女が、顔を覗かせてきた。



 役人では処理出来ず、かといって何が起こっているのかもわからぬ場所に、軍の出動などという話も出来ない。
 とにかく一度調査しなければ話が始まってくれないが、下手な人間を送り込んでも二の舞にならぬ保証はない。
 そこで、町長は開拓者を頼る事にしたのである。


■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
斑鳩(ia1002
19歳・女・巫
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
鬼限(ia3382
70歳・男・泰
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
荒井一徹(ia4274
21歳・男・サ
アリア・ベル(ia8888
15歳・女・泰
フィーノ・ホークアイ(ia9050
27歳・女・巫


■リプレイ本文

 郊外でなければ建てられないだろう大きさの屋敷を、荒井一徹(ia4274)は感心したように見上げる。
「さ、悪霊退治と洒落込みますか!」
 即座に小伝良虎太郎(ia0375)が全力で抗議する。
「悪霊じゃなくてアヤカシ!」
 じとーっと一徹が虎太郎を見下ろすと、大慌てで言い訳を始める。
「こ、怖くなんかないよ、おいら男だもん!」
「はいはい、わかったわかった」
「ホントだってば!」
 二人の様子に肩をすくめる嵩山薫(ia1747)は、険しい表情をしている斑鳩(ia1002)を見て表情を引き締める。
「何か問題?」
「瘴索結界で屋敷を調べたのですが‥‥」
 フィーノ・ホークアイ(ia9050)も真剣な表情で問い返す。
「アヤカシではないのか?」
「いえ、アヤカシの気配はあります。あるはずなのですが、どうしても位置が特定出来ません」
 同じ巫女であるフィーノにも瘴索結界の効果は良くわかる。これで反応がありながら位置の特定が出来ないなぞありえない。
 皆何やら薄ら寒い気配を覚える中、飄々とした態度を崩さぬ真珠朗(ia3553)は、青い顔をしているアリア・ベル(ia8888)を横目に見ながら努めて軽く言い放つ。
「いずれ、中に入ってみればわかるのでは? 例え何が出てこようと人間以上に怖いモノが、この世にあるのかって話で」
 違いないと笑うフィーノは、難しい顔をしている鬼限(ia3382)の背中をばんばんと叩く。
「ほれ、鬼限のぢい様もそんな顔しとらんと、私の巫女袴を見て何か言う事はないのか? ほれほれ、似合うとるか? 似合うとるか?」
 鬼限より譲り受けた服を見せびらかすよう、その場でくるくると回ってみせるフィーノに、鬼限も顔中にくしゃっと皺を寄せる。
「喜んで下さった様で何より。と言うかわし自身、自分で着る訳にも行かず持て余しておった故のう‥‥」
 元気なフィーノの様に皆も明るさを取り戻し、屋敷の敷地内へと踏み込んでいくのであった。
 
 門を潜り、まずは庭に回るが人の気配は感じられない。
 藻が満ちるせいで緑色の池、雑草が生え放題の砂利道、何時から伸びっぱなしなのかまるでわからぬ木々。
 薫は、ふと気がついて振り返る。
「あの‥‥」
 急なことで飛び上がって驚く斑鳩。
「うひゃいっ!? な、何かありましたか!?」
 薫は少し困った顔である。薫の服の裾をぎゅっと握って離さない斑鳩に、動きにくいからと注意を促そうとしたのだが、こう怖がられては言うに言えない。
 仕方なく別の話題を振る。
「豪勢なお屋敷だこと。肝試しに使うだけでは勿体無いわね」
「そ、そそそそうですねっ。ホント気味が悪いです‥‥あ、でも怖いわけではないですよ? ただ不気味っていうだけですからね!?」
 はぁと嘆息するしかない薫であった。

 外に異常は感じられず、一向は屋敷に中に侵入する。
 一徹はすぐに飽きたのか、ぼやき始める。
「‥‥ったく、無駄にデカイなこの屋敷」
 あまり怖がるようなタチではないので、ただ面倒なだけと感じているようだ。
 昼日中だというのに、締め切られた屋敷の中は薄暗く、フィーノが用意した松明に火をつけている。
 彼女もまたさして恐ろしくもないのか、からからと笑いながら冗談を口にする。
「お約束として、こういう時の灯りは‥‥突然消える」
 びくっと側で動く気配がする。
 そこに居たアリアは、まるでお人形のように無表情を保っているのみ。
 小首を傾げた後、フィーノは陽気に言葉を続ける。
「しかしこういったおどろおどろしい気配もまた、天儀情緒と言う物かのぅ」
 返事は無くアリアはあちらこちらと不審なものが無いか探している。
 更に首をかしげた後、おもむろに床を踏む足音を少し大きくしてみる。
 びくっ。
 反応があった。いやもしかしたら勘違いかもともう一度足音を鳴らす。
 びくびくっ。
 うーむ、やはり確認は三度しなければ。
 びくびくびくっ。
 アリアだけではなく虎太郎や斑鳩も何やら涙目で抗議してきたので、フィーノはごめんなさいと素直に謝った。
「きえいっ!」
 と、不意に列の後方で奇声があがる。
 飛び上がって驚く数人。犯人は鬼限であった。
「鬼限のぢい様‥‥」
「おお、これは己を鼓舞するためでな‥‥あ、いや、その、申し訳ない」
 むーと口をへの字にしながら、虎太郎は予め用意しておいた屋敷の内装図に目を落としている。
 その肩を、真珠朗がとんとんと叩いた。
「ん?」
「いや、あれ」
 真珠朗の指差す先、客間の天井、板の隙間から、何やら垂れているのが見える。
「何あれ?」
「糸? いや、この場合、黒い糸というか、むしろ髪の毛とかそーいうのでしょうかねぇ」

 一徹は廊下の先に白い影を見つける。
 真っ白な着物は、薄暗がりの中ではこの上なく目立つ。
「へっ! やっとお出ましかよ!」
 すらりとグレートソードを抜き放つ。
 それは人型であるのだが、まるで蜘蛛のように肘と膝を立て四つんばいになって這い回る。
 そのまま人が走る以上の速度で一徹へと迫る影に、どんぴしゃの間合いで剣を振り下ろす。
「何!?」
 確実に命中したはずなのに、まるで手ごたえがない。
 白い影、どうやら女でるらしいソイツは、一徹の懐に入り込むと、足を掴み、腰を掴み、這い上がろうとしてくる。
 ふざけんなと剣を突き刺すが、やはり手ごたえはなく、白い女は一徹の顔のすぐ前に、自らの醜く歪んだ顔を晒した。

 足首に違和感を覚えたアリアは、恐る恐る下を見下ろす。
 そこには、不健康なまでに薄白い腕が。
 床をすりぬけてきた手がアリアの足首を掴んでいたのだ。
「っ!?」
 あまりの事に心臓が止まりそうな程驚くが、訓練で積み重ねたものはこういった窮地でこそ活きるものだ。
 咄嗟に伸びてきた腕を足で蹴り付ける。
 その威力は一撃で床を踏み抜く程で、同時に後ろに飛び下がる。
 着地したアリアは、しかし悲鳴をすら上げられぬ程の恐怖に見舞われる。
 今度は、数える事すら出来ぬ程の白い腕が床より生え出してきて、その両足を掴んだのだから。

 裂帛の気合と共に、しなる鬼限の腕が髪で全身を覆った男だか女だか定かでない物体を斬り裂く。
 同時にその姿がかき消える。
「ぬう、面妖な‥‥」
 直後、背筋を氷塊がごろんと転がりまわる。
 鬼限の背後より、白く透き通った腕が、顔の両側より伸ばされてきたのだ。
 優しく、撫でるように両の頬に触れた手を払い、後ろも見ずに後背を蹴り飛ばす。

 虎太郎は鞠をつく少女の姿を見た。
 ゆっくりとこちらに歩み寄る少女の顔は見えない。
 くるんくるんと回っているせいだ。
 少女は、自分の顔を鞠にして、てん、てん、とつきながら歩いているせいだ。
「な、ななななななっ!?」
 強く少女が顔をつくと、一際大きく跳ねた顔は、すっぽりと虎太郎の手に収まる位置に振ってくる。
「わわわわああああああああ!」
 慌てて飛びのく。床に落ちた少女の顔は、どうして受け止めてくれなかったんだと、恨みがましく虎太郎を見上げていた。

 しゃかしゃかと床をはいずりながら凄まじい速度で迫る白衣の女に、真珠朗は手裏剣を放つ。
 ずっ、と命中したこれにも怯む事なく白衣が飛び掛ってくるが、ひらりとこれをかわす。
 ついでに肘打ちを叩き込んでやると、ごろごろと白衣の女は転がって彼我の距離が開く。
「一体、何が起こったっていうんでしょうねぇ」
 突然皆が武器を抜き放ち暴れ始めたのだ。
 何故かこうして襲い掛かってくる白衣には目もくれぬため、真珠朗は巫女達を守る位置を動かぬようにしつつ迎撃する。
 油断無く周囲に目をやると、どうやら敵は白衣だけではないようであった。

 天井より降りかかってきた少女に、薫は転反攻にてきっちり切り替えし、更なる踏み込みを許さない。
「拳足を用いた戦いで泰拳士を出し抜こうなど、アヤカシとて十年早いのよ」
 懲りずに飛びかかってくる少女を迎え撃ちながら、しかし薫の表情は晴れぬまま。
 集中攻撃を仕掛けられるよう皆の挙動に気を配っていたのだが、皆が皆理解出来ぬ動きをしている。
 少女の出現に気付く直前からこうであったのだ。
「まさか呪いという事でもないだろうし‥‥なら‥‥」

 フィーノは皆が混乱する最中にあって、一人冷静に考えをまとめようとしていた。
 巫女達は危険が少ないよう隊列の中ほどに位置しており、すぐに敵を迎え撃たずとも良い状況も幸いした。
 直前に仕掛けられた術の存在が、悪意とアヤカシの存在をフィーノに教えてくれた。

『いえ、アヤカシの気配はあります。あるはずなのですが、どうしても位置が特定出来ません』

 突如天啓のごとき閃きがフィーノの脳裏を駆ける。
 すぐにどうすべきかにまで考え至ったフィーノは大声を上げた。
「皆の者! 一時撤退じゃ! 今すぐ屋敷から抜け出すぞ!」



 あまりに皆が無秩序に動くため、何処にどんな援護をしていいのかわからない斑鳩は、敵の数もわからぬままではと再度瘴索結界を唱える。
 その結果が彼女に真実を教えてくれた。
 同時にフィーノの叫びを聞き、彼女もまた同じ考えに至ったのかと、動きの取れぬ者を引きずりながら、共に屋敷を抜け出す。
 敷地の外に出ると、アヤカシらしき連中はそこまで追って来ようとはしなかった。
 皆が大きく息を吐いていると、フィーノと斑鳩の提案で屋敷に火をかけるべしとなる。
 流石にマズイのではという意見もあったが、それ以外に無い、任せてくれと強く主張する二人の言に従い、一向は屋敷に火をかける。
 斑鳩は、静かに理由を語り始めた。
「瘴索結界で位置がわからない段階で気付くべきでした。結論から言いますとこれらは全てアヤカシの仕業です。みなさんに幻術を仕掛けたモノすらも」
 その意見に異を唱える真珠朗。
「ですがみんなが惑わされ始めたのは、敵が出現する前ですよ? 連中が術を仕掛けてきた気配もありませんでしたし、それだと妙な話になりませんか?」
 フィーノは忌々しそうに言い捨てる。
「居たのじゃよ。最初から我等のすぐ側にアヤカシが」
「側に?」
「あの屋敷自体が、巨大なアヤカシであったのじゃ。ならば瘴索結界で位置が特定出来ぬ道理も理解出来よう」
 そして、とつなげる。
 燃え盛る屋敷から、三体のアヤカシが飛び出して来る。
「外に出てしまえば、屋敷アヤカシからの幻術は届かぬ。ならば後はいつも通りのアヤカシ退治となろうて」
 正体さえ知れてしまえば怖いものなんてないと、ぽきぽき指を鳴らす虎太郎。
 よくもふざけた真似をしてくれたなと怒り心頭の一徹。
 ちょっと目が潤んでしまっているアリアは、恨み晴らさでおくべきかとアヤカシ達を睨みつける。
 鬼限はようやくまともに戦えるとほっと一息。
 巫女々々同様、これに気付いていたのか冷静なままの薫は静かに構える。
 真珠朗は、今度こそ中衛に徹せそうだと手裏剣を用意する。
 フィーノは胸を張りふんぞり返りながら宣言する。
「ふん、純粋な戦闘のみであるのなら、姑息な手段に頼る貴様等が我等に勝てる道理なぞ無いわっ」
 そして斑鳩は、皆の怒りの猛攻撃に、援護の余地無いのではーとか暢気な事を考えていた。

 調査が依頼であったが屋敷もろとも燃やし尽くしてしまった件は、事情を説明するとすぐに納得してもらえた。
 屋敷自体がアヤカシだというのであれば、それこそこうでもしない限り被害は無くならないのだから。
 今回の件、オチが知れてしまえばさして怖くも無い話で、虎太郎なぞはけろっとしていたのが、幾人かは後を引きそうな青い顔をしたままであった。
 幻術に惑わされた者達からどんな幻だったかを聞いた斑鳩は、抵抗力に長けた我が身に心からの感謝を捧げる。
 アリアは頑として幻の内容を口にしようとはしなかったが。
 何だかんだと、アヤカシを木っ端微塵にぶっ飛ばせた一徹は豪快に笑っていた。
 虎太郎も一緒になって笑い出すあたり、もしかしたらこの二人ソリが合うのかもしれない。
 結局、終始冷静なままで依頼を終えた薫であったが、後で屋敷焼失の責任に言及する際、あたふたと慌てふためいていたのがとても皆の印象に残った。
 依頼では実に頼りになるお姉さんであったのだが、人間の印象というものは概ね最新の所業で更新されるものなのである。南無。
 奇妙なこの騒動にフィーノは、流石天儀よとご満悦であったが、何か起こりそうな度に気合の声をあげていた鬼限に、まるで老人のように苦言を呈している。
 鬼限も鬼限で真面目くさった顔でこれを聞いており、はたから見ると妙齢かつ老人言葉の女性が、こちらはそのまんま老人の鬼限を叱っているという、屋敷より余程奇妙な光景が繰り広げられていた。
 途中色々とあったが、真珠朗は無事解決と、さっさと屋内に引きこもろうとする。
 コタツとみかんが待っているそうで。今回、一番マイペースであったのは彼であろうと参加者全員の意見が一致したそうな。