【陰影】賭仕合
マスター名:
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/26 22:50



■オープニング本文

 仕合前夜、仕合を開催する側である慕容王の側近達は、入手したとある情報のせいでか緊張に包まれていた。
 仕合を妨害せんとする勢力がいるという話だ。
 犬神、朧谷双方にとって、仕合が長引くのは不本意なはずである。
 しかしかといってここまで来て代表者を敵方だけ討った所で、その件への関連を証明づけられたらそれまでである。
 むしろ、関連をでっち上げられる可能性に配慮しなければならない程だ。
 仕合は慕容王の決定であり、これが下った瞬間両派は身動きが取れなくなる、はずであった。
 犬神の急進派、そしてアヤカシの暗躍、これらが入り混じった仕合周辺の不穏な空気の中、全くの第三勢力が動きを見せ始めていた。
 両里はこうして未解決の緊張状態を続けているだけでも、少なからぬ経済的損失をこうむっている。
 ましてや両里共に里長を直前に失っているのだから、そういった混乱に乗じて両里の既取権益に触手を伸ばすもの達もいるのだ。
 陰殻らしいといえばとても陰殻らしい思考である。
 慕容王もその点に関しては特に言う事はなかった。ただ粛々とそれらの動きを制するだけだ。
 犬神が直前にそうしたように、慕容王もこれらに対するために開拓者を頼るべしと部下に命じる。
 双方の代表者を預かった後の彼らの身柄と、当日会場で起こる事は慕容王に全ての責任がある。
 そんなわけで、効率的な護衛を実施するために、犬神の代表者と朧谷の代表者は同じ部屋での待機を命じられたのだ。

「ど、どういう事ですの!? なにがどーして私がこんな朧谷のへっぽこぴーと一緒にいなければならないんですか!? 私は自分の部屋に戻らせていただきますわ!」
 これをシノビと呼ぶのに遺伝子レベルでの抵抗感を覚える金髪縦ロール。偉そう気配ふんぷんだけどちょいヘタレ死亡フラグ台詞風味、な女性は雲切という。
 こんなんでも犬神を代表するシノビである。事近接戦闘に関しては右に出る者が居ないと言われる逸材である。
 ぎゃーぎゃーとやかましい雲切と対照的に、いやコレと比べれば大抵のシノビが対照的であろうが、朧谷の代表者である錐(キリ)は部屋の隅に陣取ってあぐらをかいたまま腕を組んでいる。
「‥‥慕容王のご配慮だ、無碍にも出来まい」
 こちらは筋骨隆々とした大男であり、外見だけを比べると戦士としてはどうしても雲切が見劣ってしまう。
「まっぴらですわっ!」
「ならお前が慕容王に直接抗議してこい、俺は御免だ。あの方の前に立つだけではなく、意に沿わぬ事を口にせねばならぬなど想像するだに背筋が凍る」
「うっ‥‥そ、それは‥‥ぐぬぬっ」
 錐の言う通り、慕容王が心底恐ろしい雲切は口をつむぐ。
 陰殻で最も怒らせてはいけない人筆頭である。この人を敵に回したが最後、三日と生きながらえる事は出来まいとまことしやかに噂される人物だ。

 護衛期間はたったの一日。仕合前日の夜から当日昼過ぎの仕合開始まで、朧谷の代表者錐と犬神の代表者雲切を護衛する事。
 前日には街外れに、仕合を行う大きな陣幕が作成され、予定地側にある平屋の建物に前夜より両代表が入り、そこで一泊した後昼過ぎに陣幕入りするといった段取りだ。
 慕容王等の見届け人達が陣幕入りするのは開始直前であり、こうして分ける事によりどちらを狙ったかがはっきりとわかるようにしてある。
 開拓者達に依頼されたのは、この平屋の建物にいる間の護衛である。

 上から下まで黒づくめのサムライは、ぼりぼりと頭を掻く。
「随分と条件厳しいじゃねえか。仕掛ける機会は一度きり、仕掛けられる人数も制限されてて、そんな状況でどうやって慕容王の手配を突破しろってんだよ」
 彼が代表であるのか、他に集まった者達は余計な口は挟まない。
 サムライと交渉しているシンビは、口元を布で覆っているせいか表情が見えない。
「そのために仕掛けられる最大人数の八人全てを志体持ちで手配したのだ。出来ぬとは言わせぬぞ」
「特攻だなまるで。志体を持つ奴が八人も揃って自爆特攻なんざ、開拓者ギルドだって考えねえ手だぜ」
「不満か?」
「いいや、悪くはねえさ。その平屋の建物の下に予め潜んでおいて、標的の二人を叩っ斬った後、あんた等の手配で逃げ出すと。その時平屋に居る奴が誰だろうと、ほとんどぶった斬る事になるが構わねえよな」
「構わん」
「慕容王が居てもか? こっちの裏かきに動いたとしたらありえねえ事態じゃねえぞ」
「好きにしろ」
 話すべき事が終わると、シノビは席を離れた。
 サムライは仲間達と相談していた事を確認する。
 まず一点。依頼主は間違いなくサムライ達を消しにかかるだろう事。これをかわす為に脱出路は自分達で確保しなければならない。
 脱出しきった場合、仕事をこなしてさえいれば代金後払い分の回収は可能だ。それが出来るだけのバックに彼等は心当たりがあった。
 次に、彼等の依頼主の身元確認。おおまかな所までは調べがついた。
 名張系列の一派らしい。今回の騒ぎとは全く関係ない連中だからこそ、こんな思い切った作戦が取れるのだろう。
 現在犬神が抑えている入札権を横取りしようと画策しており、もうしばらく犬神の動きが鈍ってくれれば長年に渡って抑えられてきた利権を結構な額いただく事が出来そうなのだ。
 今回の騒ぎにアヤカシが関わっているだのは、彼等にとってはどうでも良かった。全てにおいて彼らの利益こそが最優先されるのだから。
 サムライはキセルをこんと叩いて灰を落としながら笑う。
「どっちを向いても悪党だらけとは、いやはや救えない話だねぇ」


■参加者一覧
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
露草(ia1350
17歳・女・陰
赤マント(ia3521
14歳・女・泰
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ


■リプレイ本文

 屋敷内を調べ終えた佐久間一(ia0503)は、ようやく緊張から開放され一息つく。
 ふと横を見ると、鬼灯恵那(ia6686)がしつこく床やら天井やらに刀を刺して回っている。
「ネズミが隠れてたりしないかなー♪」
「‥‥それ、ネズミが嫌い的な直接表現ですよね」
 そんな風に一が自分を誤魔化していると、酒々井統真(ia0893)が露草(ia1350)と共に戻って来る。
「こっちにゃ仕掛けは見当たんなかったぜ」
「人魂でも不審な箇所は見当たりませんでした」
 ふと、恵那が刀を納めて福幸喜寿(ia0924)の顔を下より覗き込む。
「ん? 元気無い?」
 慌ててふるふると首を横に振る喜寿。
「な、なんでもないんさね」
 ふーん、と恵那はそれ以上追求しなかった。
 不意に、気配も何も感じさせぬまま野乃原那美(ia5377)も戻ってくる。
「調査完了、ついでに仕掛けしといたよ。そっちは?」
 問われたのは、やはりこれまでまるで気配を感じさせずに、何時の間にかそこに居た詐欺マン(ia6851)である。
「こちらもでおじゃる。まあ仮にも慕容王の手配した建物でおじゃるしな」
「うんうん。いきなり罠があるってことは流石にないとは思うけど念のためだね♪」
 屋敷の周辺を探っていた赤マント(ia3521)も戻ってくる。
「特に問題は無いみたいだよ。だけど‥‥」
 この平屋の立地だと、外から強引に襲撃を仕掛けるのは難しいとの事だ。
 流石に慕容王配下の人間も心得ているようだが、事が事なだけに皆油断する気にはなれない。
 楼港中で注目の的である朧谷と犬神の仕合の重要性を、理解していないものなど居ないのだ。

 その時、開拓者八人全員が、それと察しうる程の凶悪な存在感が現れる。
 まだ屋敷には護衛対象は来ていない。ならばと八人全員が屋敷の外へと駆け出す。
 総勢十人、全員が怪物であると一目で察しうる程の凄腕達。
 一行の長らしき頭巾で顔を覆った男が前に出る。
「流石に、我等の気配を察する程度は出来るようだな」
 冷や汗を垂らしながら、統真が文句を垂れる。
「わざと殺気漏らしてやがったな。人が悪いぜ」
「許せ、自分の目で確認せねば納得出来ぬシノビの性だ」
 そう、彼等は二人の代表者を護衛してきた慕容王配下の者達であった。
 一触即発だったこんな雰囲気をわかってて無視しているのか、恵那は暢気に手を振っている。
「雲ちゃん、久しぶりー」
「え!? ま、まさか‥‥」
 恵那の隣で優しげに微笑みかける一、少し陰に篭った表情でそれでもと笑って迎え入れる喜寿。
 この三人は、犬神代表の雲切が慕容王預かりになるまでの護衛を頼んだ仲であった。
「き、来てくれたのですか‥‥」
 見知らぬ開拓者、しかもにっくき朧谷の代表と一緒という事で警戒しまくっていた雲切だが、思わぬ旧知の存在に驚き駆け寄る。安堵のあまりちょっと涙目である。
 喜寿は苦笑しながら雲切の頬に指を伸ばす。
「くもちゃん、お元気そうでなによりさね‥‥ほら、泣いてたらいかんよ」
「な、ななな泣いてなどおりませんっ! ちょ、ちょっと風に目がゴミのようですわっ!」
 恵那は嬉しそうにいい子いい子と頭を撫でており、一は雲切の腕に巻かれた赤い髪紐を見て相貌を崩す。
 那美は腕を組んだままその様子を眺めている。
「うーん。ねえ赤マント、アレが犬神の代表? ちょっと想像していたのと違うね」
「シノビ同士の争いに金髪縦ロールが出て来るのは流石に予想出来ないと思うよ、誰でも」
 存在感や殺気といった部分以外で、もんの凄く目立っている雲切である。
 夜間であろうと、遙か彼方からあっさりと発見出来る程、お前それ目印の松明かという程に目立つ豪奢な金髪なのである。
 残るもう一人の代表者、朧谷の錐に詐欺マンが声をかける。
「こちらは随分と落ち着いた代表でおじゃるな。よろしく頼むでおじゃる」
「頼むからアレと比べないでくれ。屋敷の中は調べたのか?」
 これには露草が答える。
「一通りは。申し訳ありませんが、今夜の就寝は皆同じ部屋で、男女は敷居で分ける形になりますがよろしいでしょうか?」
「俺は、な」
 含むようにそう言ったのは、あちらで賑やかにしているモノを気にしたのであろう。
 露草も詐欺マンも苦笑いで返す他に術が無かった。

 廊下を挟んである二つの大部屋の襖を取っ払うと、ちょうど真ん中を廊下が通る形の大きな一つの部屋になる。
 簡易な敷居を立て、これならすぐに合流出来ようと男部屋、女部屋にそれぞれ分かれる。
 喜寿、赤マント、那美、露草、恵那、雲切の六人と、一、統真、詐欺マン、錐の四人。
「赤マント式効果的に速度を上げる特訓はね‥‥」
「はい雲ちゃん、喜寿さん。皆もどうぞー」
 赤マントが語る間に恵那がお茶を出し、那美はつつーっと雲切の背中に人差し指を沿わせる。
「うひゃうっ!? な、何事ですの!?」
「んー、反応良いねー。でも思ったより胸無いのがちょっと意外かも」
「むむむむ、むねなんて飾りですわっ! 我が黄金の輝きの前には瑣末な事なのですっ! ぜ、ぜぜぜんぜん気になんてしておりませんわよっ!」
 露草は簡単な食事の用意をしながら、くすくすと笑う。
「そうですね。まだまだこれからですよ‥‥それはいいとして、その、雲切さん胸に抱いてる熊の人形を少し見せていただけないかなと‥‥」
 目をきらきらさせながら露草はコレを受け取る。しばらく離しそうにない。
 喜寿は真剣な表情で、じーっと雲切の腕を見ている。
「なあ、くもちゃん」
「な、なにかしら?」
「腕のその赤い紐、前つけてなかったよね」
「ええ、これはお守りと一緒にもらったもので‥‥」
 きらーんと、喜寿、赤マント、那美、露草、恵那の目が輝く。
「ほっほー。そういうことさね」
「この僕が展開の速さについていけていない!? 流石雲切、代表者になるだけはあるねっ!」
「おおー、なら尚の事服の生地減らして色気で迫った方が良いねっ」
「ま、まあまあ。で、ですが、その、あまりそういった話はおおっぴらに口にするべきでは‥‥」
「‥‥ちょっと意外。雲ちゃんにそういう話あったんだ」
 顔を真っ赤にして立ち上がる雲切。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいっ! そそっ、そういう話ではありませんわっ! これはそもそも‥‥」

 統真はこめかみの辺りを片手で押さえながら錐に詫びる。
「‥‥すまん、ウチの女連中、あれで腕は悪くないんだが‥‥」
 錐も錐で申し訳なさそうな顔をしている。
「いや、誰がどう聞いても、一番やかましいのは犬神の代表だ‥‥しかし、女三人寄れば姦しいと言うが‥‥」
 一はもう苦笑しか返せそうにない。何が楽しいのやら、嬌声と笑い声が隣から絶える事はなかった。
 これが決戦を前にした戦士達の前夜とは、刺客に狙われる者の態度とはとても思えぬわけで。
 詐欺マンは口元に扇子を当てたまま錐に問う。
「かくいう錐殿もあまり緊張しているようには見えぬでおじゃるな」
 畳の上に敷いてある布団で寝るつもりはないのか、錐は壁に寄りかかりながら刀を側に寄せる。
「生きるか死ぬかの瀬戸際は今に始まった事じゃない。それに里の命運を背負っているなんて殊勝な心がけは、生憎持ち合わせていなくてな」
 思わぬ錐の本音に噴出してしまう統真。
「ははっ、里の代表って言うからにはもっと生真面目な奴だと思っていたが」
「仕事はこなす。明日あの女は俺が斬る。だが、そこにそれ以上の感情はない。それだけだ」
 鍛えに鍛えぬいただろう鋼の肉体は、衣服の上からでも見てわかる。
 また立ち居振る舞いから見てとれる体の動きは、統真も一対一で討ち果たせるか正直自信が持てぬ程の手練と思われた。
 雲切の力も伝え聞いてはいた統真だったが、この男も稀有な戦士であり、心構えにおいてはどう見ても錐の方に分があると思えた。
『女連中には悪いが、俺なら錐が勝つ方に賭けるな。こいつは、とんでもなく強ぇぞ』

 夜半過ぎ。
 流石に心得ているのか、代表二人は早々に寝静まり、残る開拓者達はまんじりともせず時を待つ。
 明日は仕合だというのに、すいよすいよと熊のぬいぐるみを抱えて幸せそうに寝息を立てる雲切。
 起きているのか寝ているのか外からは判別つかぬ様子で、刀を抱いたまま目を閉じている錐。
 二人共代表となるだけあって、こんな状況でも平然と寝てしまう程、度胸は良いようだ。
 男性陣はもちろん、バカ騒ぎをしていた女性陣も今は既に危険域であると緊張の糸は切っていない。
 いや、全員が、この屋敷に入ってより油断なぞ欠片もしていなかった。
 皆昨日今日開拓者を始めた新米ではない。熟練と言って差し支えない程の手練達なのだから。

 そして同時に、武器を手に立ち上がる。

 襲撃者は地下に通路を通してあり、最後の一壁のみを残しておいたのだ。
 この地下通路の奥に潜み、頃合良しと壁をぶち破って下から突入。
 後は屋敷内の気配を探り乗り込んできたというわけだ。
 襲撃者が代表者達の顔を知っているかどうか不明であったのだが、雲切のド派手な髪はこの上無い程の目印であるらしく、敵の動きはそれに合わせたものであった。
 雲切、錐、そして回復の要、露草の三人が固まり、それらを守るように統真と喜寿と詐欺マンが。
 先頭を切って突っ込んできたサムライと志士、おそらく力づくで斬りぬける役割の二人には、それぞれ恵那と一が抑えにかかる。
 ほぼ同じ部屋に居たおかげか、陣形は先に整える事が出来た。
 そして那美。
「やっと来たね♪ お待ちかねなのさ♪」
 迫る敵に対し護衛任務であるはずの彼女は、足で畳を蹴り飛ばした。
 ばんっと音を立て跳ね上がる畳。
 一瞬、これで襲撃者から那美の姿がかき消えたかと思うと、次の瞬間には彼女の姿は宙を舞っていた。
 跳ね上がった畳の上端を蹴り、全身を捻りながら天井を蹴って襲撃者達の頭上を越える。
 彼女は防御ではなく、攻撃要員であった。
 後方に居た敵二人の内、左が当たりだと勘で決め、飛び降りざまに二振りの短刀をふりかざす。
 よもや初手より攻めに出られるとは思いも寄らぬ襲撃者は、この奇襲に対し戻るべきか進むべきか判断に迷う。
 一番動きが鈍ったのは、一の前に突っ込んだ志士であった。
 瞬時に狙いを変え、赤マントは一に一瞥を送る。
 紅色の燐光が赤マントを包み、腰より低い位置から志士に駆け寄る。
 そこだけ時間に取り残されたかのように、志士の動きが大きく鈍る。
 鍛えた剣捌きも、熟練の体術も、全ては素早き一閃のため。
 その速さが奪われ、のろのろと素人のように刀を防御に用いるべく身に寄せる。
 いや、遅いのは志士だけではない。
 赤マントを包む世界の全てが、凍りついた時の中で、水中をもがくように重苦しく蠢く。
 これが彼女の最速。
 鍛錬と信念とに支えられた彼女だけの世界だ。
 連撃でありながら、同時に多方より攻撃されたかのように真上へと跳ね上がる志士の体。
 更に紅は終わらない。
 まるで蛍のように中空に紅い尾を引きながら一の刀身が走る。
 それは炎のようで、ぼうと輝く燐のようで、虚ろげでか細い切っ先は、奇妙な、それでいて剣技の術理に基づく歪んだ円を描いて志士へと迫る。
 避けるべく動いたはずの志士の体は、灯火に吸い寄せられる羽虫のように、円の軌道へと急所を晒す。
 幻惑の最中にあった志士は、自らの体に深々と突き刺さった刀に真実の姿を取り戻す。
 あれと思う間もなく倒れる我が身が信じられず、まさかという呟きが彼の辞世の言葉となった。
 後方へと抜けたもう一人の志士は、直衛に入っている三人の内、詐欺マンに狙いを定める。
 詐欺マンは、水遁の術にてこの男の足止めを狙う。
 下は畳であるのに何故か噴出す水流の不思議は、シノビ故の一言で解決し、風魔手裏剣を近接させぬ目的で打つ。
 その特異な風貌と言動に誤魔化されがちであるが、これで詐欺マン結構な手練のシノビなのである。
 手裏剣が突き刺さったまま、志士は立ちはだかる詐欺マンに斬りかかるが、これをひらりひらりとかわしいなす。
 喜寿が敵を警戒していると、シノビが一人瞬く間に踏み込み、壁を蹴り、あらぬ方より凄まじい勢いで飛び込んできた。
 それも、後方の代表者目掛けて。
 錐でも露草でもなく、真っ先に雲切を狙ってきたのは、間違いなく燦然と輝く金髪と縦ロール故であろう。
 うまい事標的を誤魔化せないかとか考えてはいたのだが、こんなウケる程に特徴的な人物を間違えるはずもなかったわけで。
 無理矢理体を割って入れ、雲切とシノビとの間にて盾を構える。
 咄嗟に攻撃対象を喜寿に切り替えたシノビであったが、ぬらりと何かが滴る刀身は盾にて音高く弾かれる。
「守ってるだけじゃないんさねっ! 防盾雪折!」
 刀は盾で弾いたが、シノビの勢いにより喜寿の体は右後方に流される。
 これに逆らわず後ろを回り、着物の裾より短刀を抜きざまシノビへと見舞う。
 防盾術からの同時攻撃は予想していなかったのか、シノビは舌打ちしつつ距離を取る。
 奇襲は最早通じない。後は刃に何かしらをぬりたくっているシノビを、正面よりきっちり抑えるのが喜寿の役目であった。
 同じく直衛についている統真へと向かったシノビと志士の二人組。こちらはどうやら喜寿が何とか抑えたシノビを活かすための陽動であったらしい。
 しかし両者共にかなりの腕利きであり、統真が下手な真似をすれば瞬く間にすり抜け後ろの三人へと襲い掛かるであろう。
 覚悟を決めた統真はひゅうと息を吐き、呼気と吸気の極意にて全身を硬化させる。
 志士の斬撃とシノビの刺突を、かわす素振りすら見せずその身で受け止める。
 そのまま敵の更なる踏み込みの前に、それぞれ拳打二つと蹴打にて強引に下がらせる。
 ここより先は一歩たりとも進ませぬ。
 そんな決意が全身から漲る。
 襲撃者もすぐに統真の覚悟を認め、ならば貴様からだと攻撃を集中させる。
『前で暴れるほうが好きなんだけどな‥‥その俺が守りに入ってんだ、しっかりしろよ?』
 直衛が踏ん張っているのは、攻め手を信じていればこそ。
 恵那は太刀を下段に下ろす。
 その鈍重に見える動きに、敵サムライは抜き胴にて牽制しつつ後方へと突きぬけようと画策する。
「あっちはダメだよっ!」
 逆袈裟にしては無造作にすぎる振り上げ、しかしその速度はそれまでのものとは比べ物にならぬ高速剣。
 左足を深く踏み出し、床を踏み抜く勢いで打ち付けられた足裏の反動で、風切り音すら追い越さん勢いの剛剣。
 辛うじて構えた刀で受けるサムライ。
「さっすが、代表を狙ってくるだけあって強いね♪」
 そう賞賛しつつ、二撃目は受ける事すら許さず斬り下ろし、胴に浅く傷を作る。
 サムライは唾を吐き出すと、上等とばかりに恵那との斬り合いに応じ、サムライ同士の血戦が始まる。
 露草は毒蟲を仕掛ける余裕すら与えられず、ひたすら治癒に忙殺される。
 陰陽師ではあるが、治癒符の扱いは苦手ではない。
 しかしそれにしても皆が怪我を負う速度に追いつけない。
 ならばと更に全体を見極め、より怪我の度合いの大きい者をと戦場に目を凝らす。
 誰もが露草の治癒術を信じ、怪我をも厭わぬ戦いを続けている。
 七人の仲間、そして仕合を控えた二人の命が露草の肩に重くのしかかる。
 ただの一手すら見誤る事は許されぬ。
 彼女もまた、刃を交えずではあるが、必死に戦いを繰り広げていたのだ。

「私もやりますわっ!」
 刀に手をかける雲切に、錐が強い口調でこれを止める。
「よせっ! お前は手を出すな!」
「な、何を言ってるのですか!? こんな狼藉者ごときに恐れをなしたとあっては犬神の名折れですわ!」
「黙れ! いいから俺達はコイツ等の言葉に従っていればいい! 一歩たりとも動くんじゃない! お前はコイツ等の戦いを侮辱するつもりか!?」
「なっ!? 何を‥‥」
「開拓者だろうとシノビだろうと一緒だ! コイツ等が誇りを持って俺達の護衛任務をこなすというのなら、俺達はそれを信じて待てばいい! 一切の手出しは無用だ!」
「どうしてですの!? 皆必死に戦っているというのに‥‥」
「仕合前にお互い手の内を見せ合うわけにもいかんだろう! コイツ等は俺達の命と仕合と、双方を守っているのだ! お前もシノビならそんな皆を信じて命を預けきってみせろ!」

 敵は同数であったが、初手の動きが明暗を分けた。
 赤マントと一の全力集中攻撃により、敵の一人を一瞬にして屠り、また防御の術に欠く敵巫女に開戦直後より那美が隣接しえた事。
 その上で、後方三人を完全に守りきれる陣形を維持出来た事。
 これらは戦闘時間が進むにつれ、彼我の戦況の差となって現れる。
 そして遂に、決定的な一打が決まる。
「んふ♪ あなたがいると厄介だから、ばいばい♪」
 治癒の術が追いつかなくなった巫女が那美の刃に倒れたのだ。
 厚い鎧もなく、斬る度に深く抉り取る感触を味わえご満悦の那美。
 しかも幾ら斬っても苦痛に顔を歪めながら自ら治癒を施し、更なる斬撃に耐える巫女との戦いは、那美の特殊な趣味を心底から満足させるものであったらしい。
 見ると陰陽師も赤マントの手数の多さに抗しきれず、倒れるのは時間の問題と思われた。
 そして後方は、二人の敵を一人で支えていた統真の元に一が向かい、待ってましたと攻勢に出た統真と、一の細やかで丁寧な戦いに敵は防戦一方となる。
 詐欺マンは支援が切れた志士を相手に、危なげなくこれを抑え続け、喜寿もまたようやく敵が短刀にぬっていたであろう毒らしきものが落ちきってくれた。
 露草はもう練力も残り少なくなってきたと危機感を覚えていたのだが、どうにかそれまでに決着がついてくれそうな目処が立ち、しかしと気を張りなおす。
 最後の最後まで、ただの一手すら打ち間違えてなるものかと、真面目な彼女らしい懸命さで事に当たる。
 恵那は、着物を伝う赤い滴を後ろに流しながら、距離を開けたサムライに向かい低く下より斬り上げる。
 同時にサムライも頭上より袈裟に斬り下ろすと、二つの刀が交錯し、触れる事なく恵那のそれは天を突き、サムライのそれは畳に突き立つ。
 ひゅういっ、という風を切るような音が聞こえる。
 これぞ達人の逆袈裟によってのみ生じるという奇跡の現象、虎落笛。
 首筋を斬り上げる事で喉奥の器官より発する呼気が、首の傷口より漏れ出し音を鳴らすのだ。
 恵那にしてからもう一度やれと言われても決して出来ぬと思われた、稀有な逆袈裟である。
 正に会心の一撃であったろうコレに、当の恵那はさして頓着せず、耳元の髪をいじくっていた。
 何故か、顔脇より垂れる髪が、くるりと螺旋を描いている。
「あはは、さすがに雲ちゃんロールを再現するのは無理だったよ」
 どうやら雲切の替え玉に挑んで失敗した事の方が気になっていたらしい。

 慕容王配下のシノビは、開拓者達に仕合場、陣幕の中に設えてある席を用意し、近くで見ていくといいと言ってくれた。
 会場となる広場を囲むように陣幕が張られ、見届け人達とそれぞれの里より特に許された数人が席につく。
 何やら場違いな気がして少々居心地が悪い一行であったが、雲切と錐が登場すると、そんな気もふっとんでこれに見入る。
 何故か雲切はズタ袋のような布で、頭から足の先までをすっぽりと覆っている。
 二人が登場すると、見届け人の代表がそれぞれの名を呼ぶ。
 同時に周囲を覆っていた陣幕がばさっと落ち、二人の姿が外からも良く見えるようになる。
 外より響く大歓声。楼港でそれなりの高さがある建物から、ここはとても見えやすいような場所に位置していたのだ。
 近場の建物は見物に最適と金を取ってまで公開していたりする。
 錐は名を呼ばれると静かに会釈する。
 そして次に雲切。彼女は、紹介されると同時に我が身を覆っていたズタ袋を剥ぎ取る。
 見物人達、見届け人、そして開拓者の一部が目を見張る。
 シノビの代表として紹介された雲切は、豪奢な金髪を惜しげもなく晒し、彼女自慢の顔脇のくるくるがぴんと跳ねる。
 そしてその衣装は、鎧でもかたびらでもない、真っ赤な染料で美しく柄付けされた着物であったのだ。
 一瞬の間の後、大爆笑と大喝采と大怒号がそこかしこから吹き上がる。
 大口を開けたまま硬直している統真は、すぐ隣からも歓声が上がっている事に気づく。
「雲ちゃんかっこいー!」
「赤だよね! やっぱ赤が一番かっこいいよー! 頑張れ雲切ー!」
「あははははは! ほ、本当にやったー! さいっこう! かわいー!」
 どうやら予め知っていたのかバカウケしている女性陣にうんざりしながら、統真はまともな反応が返ってきそうな唯一の女性、露草に助けを求めるように声をかけようとする。
「か、可愛いですくもちゃん‥‥」
 ダメであった。仕方なく男性陣にと一の方を向く。
 ぼーっと見惚れていた。
 詐欺マンはそもそもこういう趣向が大好きであるのか、大絶賛である。
「‥‥まともなのは俺だけかよ」
 一応、こいつらが知ってて許したって事は、恐らくあの着物には帷子でも縫い付けてあるのだろうし、ならもう勝手にしてくれと統真はさじを投げる事にした。

 しょっぱなから凄まじい盛り上がりを見せる仕合は、開始の合図がなされても賑やかなままであった。
 妙な目立ち方をした雲切は、しかしにこりともせず刀を構える。
 錐もバカ騒ぎには一切関せず、抜き放った刀を逆手に持ったまま雲切を睨みつける。
 その姿が忽然と消え失せる。
「速い!?」
 赤マントが思わず声に出してしまうのも無理は無い。
 すぐ近くで見ていたものはもちろん、距離をあけて見ていたものですら、危うく見逃してしまう速度。
 正面から対峙していたならば、全身が丸ごと消えたと錯覚する程の早さで右側面へと回り込んだのだ。
 錐の大柄な体格でこんな動きをしてみせるのに、一体どれ程の修練が必要だというのだろうか。
 雲切は対応しきれぬのか体の向きをすら変えぬまま。踏み込んだ錐が逆手に持ったままの刀を突き出す。
 半歩後ろに下がり、刀を体に沿わせる。それだけでこれをいなす雲切。
 体勢の難しさからか、おそらく押し切られると思われた刺突を、しかし雲切は易々と振り切った。
 そう、刀を突き込んだ錐の体ごと。
 一体どのような技術なのか、錐の体は隣接する屋敷の庇上まで吹っ飛び、しかし空にて体勢を整えた錐は綺麗に着地する。
 ただの一合である。
 それのみで、二人は賑やかな観客達を黙らせてしまった。
 雲切は即座に、懐よりクナイを抜きこれを放つ。
 抜き手すらまともに見えぬ手練の技、しかし錐は木葉隠の術にてかわす。
 並の術士では到底出しえぬ嵐のような木の葉の中から、轟音と共に錐がはじき出されてくる。
 今度は着地しきれず、地面に叩き付けられ転がりまわる。
 直撃は避けたらしいが、かすった衝撃で吹っ飛ばされたのである。
 雲切が放ったクナイは、まるで大砲でも打ち込んだかのように屋敷の壁を打ち砕いてしまっている。
 那美は大きく目を見開いたまま、微笑み見守っている恵那に問う。
「何‥‥あれ。あの子あんなに強かったの?」
「うん。雲ちゃんは五里近く走って、一通り筋力訓練した後でも私達とやりあえるよ」
 彼女の訓練に付き合った事のある一も頷いている。
「錐さんもかなり強いと思いますけど、全力雲切さんの相手を出来る人って、そんなに居ないんじゃないかなと。あの人は、こと物理戦闘に関しては完全に別格です」
 あのイカレた打剣相手に距離をあけるのは自殺行為だと、錐は踏み込み接近戦を挑む。
 速度王赤マントをして驚く程の速さで、撹乱し攻撃を続けている。
 その自分と似通った戦闘形式から、赤マントは錐寄りで仕合を見る。
「いや、錐も相当上手い‥‥あれは速さの活かし方を良く知ってる動きだよ」
 力と速さで拮抗した二人の戦いは、見る者全ての度肝を抜きながら、あちらこちらと飛び回りつつ続けられていく。

 仕合会場より離れた場所で、観戦を断った喜寿はとぼとぼと歩いていた。
 どちらが勝つのも負けるのも、見るに忍びないのである。
 はぁ、と小さくため息をついた後、仕合が行われているだろう方を振り向く。
「あっ」
 足元を見下ろす。赤い下駄の鼻緒が切れていた。

 二人の戦いは、こんな狭い場所のみで収まるようなものではなかった。
 楼港狭しとあちらに飛び、こちらを駆け、時に屋根の上で、時に橋げたの下で、商家の庭先で、役人の番所を突き抜け、場所を変えつつ決着のつかぬまま続けられる。
 錐も厳しい修練を潜り抜けてきた朧谷の代表と呼ばれるに相応しい男である。
 丸一日戦場を駆け回っても体力が尽きぬ自信もあった。
 だが、この怪物を相手に速さのみを頼り戦い続けるのは、考えられぬ程の消耗を錐に強いる。
 錐の速度に対している雲切もまた疲労を溜めていてしかるべきなのだが、彼女は涼しい顔のまま。
 開始時より全く変わらぬ両手で刀を握り、心持ち斜め下段に構えた姿勢である。
 再び見届け人の居る側まで戻って来た錐は、これ以上時をかけては不利になる一方と最後の勝負に出る。
 前後左右から陽動を仕掛け、とっておきの秘術、風魔閃光手裏剣を放つ。
 手裏剣より放たれる眩い閃光に、雲切の目をくらませ背後を取った錐が迫る。
 視界の外よりの斬撃を、雲切は脇の下に刀を通して狙い刺す。
 逆を取ったと確信した瞬間の不意打ち。しかし錐の速度はこれをすら頬の皮一枚でかわしきる。
 それでも、錐の刀は届かない。
 雲切は片腕で刀を操り、残る片腕は後ろも見ずに伸ばし、突き出した錐の刀の先端を掴み取っていたのだ。
 まともな神経で出来る事ではない。しかしその狂気に身をゆだね、常軌を逸した怪力を駆使した雲切は、万力で捉えたかのように、刀を素手にて握り止めていた。
「やっと、捕まえましたわ」
 掴んだ刀を払いつつ、刀を錐の首筋へ。
 万人がこれで決着と認めた瞬間。
 雲切は、錐の首を刎ねずに刀を止めた。
「私の勝ち‥‥」
 誰のともつかぬ絶叫が上がる。

「馬鹿! 止めるなああああああああああ!」

 錐の刀が雲切の腹部に吸い込まれていく。
 防ごうと伸ばした雲切の腕をかすめ、刀は彼女の腹に刺さり、背なまで突き抜ける。
 はらりと、腕に巻いてあった赤い髪紐が落ちる。

 決着は、着いた。
 誰も異論は唱えなかった。
 シノビの仕合に、寸止めなぞあるはずがないのだから。



 統真は人気の無い路地裏で、石壁によりかかったまま口を開く。
「よう、調子はどうだい?」
 見咎められても不自然でない程度に他人のフリをしつつ、錐もまた壁によりかかる。
「悪くは無い。忙しくはあるがな」
「はははっ、仕合の手柄で昇進でもしたか?」
「そんな所だ。俺の年で中忍というのを快く思わん者も多いしな」
 しばし無言。
 先に口を開いたのは統真の方だ。
「‥‥聞きたい事が、あるんだろ?」
「ああ‥‥アイツは、どうなった?」
「はっ、そりゃ‥‥」



「悔しいですわああああああああああああああああああああ!」
 布団に横になりながら全力で喚き散らし、直後傷口の痛みに身悶える。
 鍛えに鍛えぬいた体は伊達ではなかったようで、二晩程死線を彷徨うハメにはなったが、今ではこうして元気に騒ぐ程に回復した雲切である。
 勝てる勝負をお間抜けで落とした雲切に、犬神の里長大激怒であったのだが、犬神若手衆の尽力によりどうにかこうにか処罰だけは免れた。
 その分皆があちらこちらと駆け回る事になり、怪我をした雲切の看病は、護衛を引き受けた開拓者達が善意で行っていた。
 色々と陰謀も交錯していたようだが、仕合を行い決着がついたという事で、犬神は今後朧谷の運営に口出しせず、と相成った。
 当然犬神の里では上を下への大騒ぎで、雲切への風当たりも相当に厳しい事から、こうして屋敷を借りて療養しているのは良き冷却期間となろう。
 ちなみに目が覚めて事の顛末を雲切が聞いた時は、もうわんわん泣いてヒドイものであった。
 開拓者達が総出で交互に慰めて丸一日がかりでようやく収まったのだから、赤子よりタチが悪い。
 恵那は、黒い着物を手に持って広げている。
「雲ちゃんの金には黒が似合うとおもう、おもう」
 さりげに恵那とはお揃いである。
 そしてこれに異を述べる赤マント。
「うーん、赤もいいと思うんだけどなぁ」
 露草は消化に良い物をと粥を作って出してやる。
 椀に愛らしい熊の絵が描かれているのは、雲切、露草両者の趣味である。
 喜寿は依頼中とはうって変わって明るい笑顔を見せるようになった。危険ではあったが、彼女は何とか生き残ってくれたのだから。
 那美はあそこで雲切が斬らなかった理由が、どうしてもわからないらしく頭を捻っている。
 少し離れた所で女性陣のかしましい様を見ながら、一はこれで良かったのかな、と失われずに済んだ命を見てそう思うのだった。



「そうか、元気になったか‥‥」
 安堵の吐息と共にそう呟く錐。
 からかうように統真は笑う。
「倒した敵の心配とはな。もしかしてお前さんも雲切の能天気にアテられたか?」
 てっきり否定の言葉が返ってくると思ったのだが、錐はあっさりとこれを認める。
「かもな」
「それは良き事でおじゃる」
 突然聞こえてきた声に驚く二人。しかし声の主の姿は見えぬまま。
「襲撃者の身元が割れたそうな。聞きたいでおじゃるか?」
 肩をすくめる統真とぷらぷらと手を振る錐。
「いいよ、どうせ慕容王が黙っちゃいないだろ」
「それは俺が考えるべき事じゃないな」
「全くでおじゃる。麿達にとっては、二人が無事で万事めでたしでおじゃろう」
 錐の気配が離れていく。もう話す事も無いという事であろうが、統真は最後に一声だけ、かけてやった。

「お前、シノビに向いてねえよ。中忍なんてつまらねえもん放り出して、開拓者にでもなっちまえ」