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■オープニング本文 山の中腹に建てられた小さな祠の中、少女は一人、暗闇の中跪いたまま祈りを捧げる。 古来より村が窮地に陥った時、常にこうして山の神様に救いを求めて来たのだ。 今回もまたその例に倣い、少女は一人時を待つ。 今にもあのアヤカシ達が村に襲い掛かってくるのではないか、そう考えると少女はあまりの恐ろしさに身震いする。 あんなにたくさんのアヤカシが相手では、こうして身を呈してでも山の神様にお願いする他無い。 少女には姉が居た。 綺麗で、優しくて、そして誰よりも強いお姉ちゃん。 村中の男達が皆求婚に二の足を踏む程、姉は頭が良かった。 農具が壊れたと言えば、飛んでいってより使いやすい工夫を加えて直してやる。 堤防が流されたと言えば、村の若い衆を集め、ものの数日で修理してしまう。 もちろんそれが気に入らない男達も居たが、賢い姉はいつだってそんな人達の一歩上をいっていた。 今回だってそうだ。 妹が生贄に選ばれたと知るや、長老の家に怒鳴り込むなんて真似までしてくれたのだ。 少女にとっては、それで充分であった。 それに、姉と違ってさして頭も良くない少女は、姉のようにみんなの為に何かが出来るのが嬉しくて仕方が無かったのだ。 ずしん、ずしんと音がする。 山の神様が姿を現したのだろうか。 覚悟を決めて来たとはいえ、少女は恐怖に身震いする。 ぎいっ、そんな音と共に、祠の扉が開かれた。 「あ‥‥」 闇の奥に二つの宝玉が見える。 爛々と輝くそれに、魅入られるように少女はふらふらと立ち上がり、そして、思いも寄らぬ声を聞いた。 「夕奈! 逃げなさい!」 宝玉が消え、大きな音が祠の外から聞こえてくる。 少女は驚き慌てて祠の外に出ると、月明かりに照らされ宝玉の持ち主の姿が良く見えた。 見上げる程に大きな、真っ黒い熊。巨大なケモノである。 そして、熊の背丈の半分しかない薄白い影。 「お姉ちゃん!」 「早く! 早く逃げなさい! ここはお姉ちゃんが何とかするから!」 切った竹を熊に向かって突き出して、姉は必死に叫ぶ。 少女は今まで姉に逆らった事なんて無い。 だから今回も、言われるままに走り出した。 「仁生の開拓者を頼りなさい! きっとアヤカシも何とかしてくれるから! ‥‥っ! ‥‥」 後ろからそんな声が聞こえてくる。後半は、良く聞こえなかった。 少女は走る。ただひたすらに姉の言葉に従う為。 姉程賢くは無い妹だったが、この行動が何を意味するのか、それなりに理解はしていた。 だから、逃げながら少女は涙を零す。 もうきっと、姉とは会えないとわかっているから。 仁生の開拓者ギルド。 ここに出入りするものは、そのほとんどが開拓者達である。 屈強な肉体、強靭な精神、いずれにしても覇気と闘志に満ち溢れた者ばかり。 だからその少女がギルドのドアを開けた時、中に居た誰もがその気配に気付けなかった。 ほっそりとした体は、そこかしこが擦り切れた衣服に包まれており、ゆらゆらと覚束ない足取りで周囲を見渡す。 最初に気付いたのは受付係であった男だ。 あまりに場違いな少女を見て、夢か幻の類かと目をこすった後、少女の側に行き、しゃがみこんで目線の高さを合わせる。 「どうしたんだい?」 素足のままで居たせいか少女の足裏は黒ずんでおり、流石にこれは尋常ならざると男は表情を堅くする。 「村‥‥、村を、助けて、欲しいの‥‥」 「村? それは開拓者への依頼という事かい?」 「みんなを‥‥助けて、欲しいの。これ、あげる、から‥‥痩せちゃってるけど、みんなが、選んでくれたの。おいしいよ‥‥」 途切れ途切れにそう語り、少女は木の枝を取り出す。 「いや、依頼というからには、きちっとお金が必要で‥‥」 歯切れ悪くそう言う男の前で、少女はぎゅっと木の枝を握り締めた。 「‥‥お願い、ね」 即座に動いたのは、すぐ側で何事かと聞き耳を立てていた開拓者でもある志士であった。 「何をするかっ!」 受付の男もまるで予想外である。 少女は、木の枝を自分の喉に突き刺そうとしていたのだ。 ぎりぎりで志士に止められた少女は、きょとんとした顔で志士を見返す。 「‥‥いけにえ、だから。たべて、いいよ?」 あまりの事に志士の全身が硬直する。 しかし、すぐに少女の言わんとしている事を察すると、受付の男を怒鳴りつける。 「依頼の代金は私が払う! それなら文句はあるまいな!」 受付の男は強く頷き、自分の懐からも財布を取り出す。 「私にも持たせて下さい。これを見過ごすなどと仁生人の名折れです」 少女に食事を取らせ事情を聞いた志士は自分が行くと言い張ったのだが、すぐに出立しなければならぬと仲間に説得され、口惜しげに後を受付の男に任せる。 村に現れたアヤカシ、そしておそらく村の守り神という名のケモノ。 相手はとんでもない田舎村であり、様々な情報から取り残され、開拓者の能力も知らぬ故生贄という昔ながらの手段で、ケモノにアヤカシを退治するよう頼んだのであろう。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
神無月 渚(ia3020)
16歳・女・サ
佳乃(ia3103)
22歳・女・巫
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
莠莉(ia6843)
12歳・男・弓
瑞乃(ia7470)
13歳・女・弓
刹鬼(ia8693)
27歳・男・志 |
■リプレイ本文 からす(ia6525)達は村に辿り着くと、武装した人間が来たと驚き怯える村人達に、事情の説明を行う。 依頼により村の側に来ているアヤカシ退治に来たと伝えると、村長は驚き、しかし人間が敵う相手ではないとからす達一行に、悪い事は言わないから止めておけと止めに入る。 佳乃(ia3103)と瑞乃(ia7470)の二人が口をへの字に曲げているのを見たからすは、苦笑しつつ目で刹鬼(ia8693)に後を頼む。 りょーかい、と同じく目線で応えた刹鬼は、今にも何か言い出しそうな二人の肩をぽんと叩く。 「よしっ、後はからすに任せて俺達は外に出てるとしようや」 有無を言わさず家の外まで連れて出てきてしまう。 佳乃も瑞乃も不快さを隠そうともせず、しかし一緒に来ている夕奈に気を遣ってか口に出すような事はしない。 刹鬼は夕奈を他の連中に任せ、意識してか軽い口調で語る。 「無知が不幸を招くかもしれんが、知ってたからって幸せになれるとも限らねぇ。世の中そんなモンだろ?」 二人が怒っているのは、人を犠牲にして問題を解決しようとしている村人達の態度にあった。 瑞乃は目の端に涙すら浮かべているではないか。 「進退窮まってるとはいえ人の命で解決しようなんてあたし認めないから」 そして佳乃もまた、彼女なりに理由があるのだろうか、静かに、しかしふつふつと激怒している。 「この村の長老や、少女を犠牲にして生きようとした人を‥‥そう、力の歪みで捻り倒したら、いかほどに気が晴れるでしょうか。‥‥ええ、軽い冗談でございます故、お気になさらず」 こりゃ重症だと肩をすくめる刹鬼。 「今回きっちり決めてやれば、連中の見方も変わるだろうよ。その上で村人の命を差し出すのと、俺たちに幾らかの報酬払うのと、どっちが良いかは村で考えればいいさ」 神無月 渚(ia3020)はそんな三人のやりとりを不思議そうに眺める。 「あの子達は何をあんなに怒ってるの?」 酒々井 統真(ia0893)はそれには答えずむすっとした顔で腕を組んでいる。 「まぁ私は斬るモン斬れればそれでいいや」 怪訝そうな顔で統真は渚の表情を伺う。 「ん? どしたの?」 不自然な所は無い。どうやら渚は本気らしい。 「‥‥いや、いい」 統真はツッコむのも不毛と諦めた模様。 どうにか村長達に説明を終え、とにかくアヤカシ退治の腕を見てから判断してくれと伝えるからす。 「彼等には彼等の立場もあろう‥‥しかし、情報は更新され、古き知識だけでは取り返しのつかない事にもなる」 からすの言葉に雪斗(ia5470)が大きく頷く。女性的な風貌を持つ彼であるが、凛とした迷いの無い態度はやはり男性らしい毅然とした風格を漂わせる。 背負った弓を手に取り、弦の調子を確かめる莠莉(ia6843)は、ぽつりと思う所を告げる。 「村を救う為とはいえ生贄など……このような状況を許していては僕らの沽券に関わりますっ」 皆の意思は統一されている。ならばとからすは行動開始を宣言する。 「さあ、仕事をしよう」 村から数里離れた先に、アヤカシの群れはたむろしていた。 群れの中ほどに一際大きな着流しサムライ、っぽい骸骨がいる。 あれが今回の第一目標である。 こちらの存在に気づくと、アヤカシ達は我先にと駆け寄ってくる。 中級アヤカシである着流しが先頭をきっていてくれれば話は早かったのだが、群れの中から飛び出してくるような事も無い。 雪斗は槍をまるで棍のように振り回し、群れのただ中に斬り込んでいく。 「ならば斬り開くまでです」 渚は名工の手によるものであろう刀を抜き放ち、にやりと笑った。 「ああ、こういう方がよっぽどわかりやすいね」 思いつくままに斬りかかる渚のフォローに刹鬼が回る。 「おっかねぇ戦い方しやがって‥‥引き付けるって話はどーなったんだよ一体」 ぼやいたり好き放題暴れたり槍でつついたりしつつも、三人共役割は忘れず、適度に挑発しながら後方へと下がる。 第二陣は瑞乃と佳乃だ。早速前衛が負ってしまった怪我を直す佳乃と弓にて援護を行う瑞乃。 瑞乃には佳乃を守る役割もあるので、当たるを幸い打ち込んで敵の注意を引き付けるのは本意ではなく、そういった形にならぬ敵を狙って矢を放つ。 むしろそれは第三陣、莠莉とからすの役目である。 こちらは遠慮呵責無しに矢の雨を降らせ、敵の注意をこれでもかと引き付ける。 あの矢を放置するのは危険だ、そう考えた下級アヤカシが陣を崩した瞬間、前衛三人が同時に動く。 槍の石突で脇腹を強打して下級アヤカシを退けさせる雪斗。 とんでもない大振りを繰り返し、近寄る事すら出来ぬ空間を作り上げる渚。 後はこの一体、それを見切って丁寧に斬り倒す刹鬼。 三人が作り出した戦場の隙間、これを縫って駆け、敵将目掛けて一直線なのは泰拳士、酒々井統真だ。 「悪いが瞬殺させてもらうぜ!」 着流し中級アヤカシは踏み込んで来た統真に対し、刀を横薙ぎに振るうも彼方より飛来した矢により大きく仰け反る。 鋭い刺すような斬撃であったのだが、瑞乃が絶妙の間により放った強射朔月がアヤカシの体勢を崩した。 統真はこの機に信じられぬ程低く潜る事で見事懐に入り込んだ。 そこからの統真の動きは最早人のソレではなかった。 残像であるのか、光の糸を引いて見える挙動は、流麗でいて力強く、澱みなく絶え間ない奇跡の技の一繋ぎである。 下から蹴り上げ顎を跳ね上げたかと思うと、足の軌道が変化し、そのまま頭部を真横から蹴り飛ばす。 アヤカシの刀が統真を引き剥がすように下より振り上げられるが、これを半身になるだけであっさりとかわし、大地に低く沈んで肘撃ちを同中央正中線に叩き込む。 常人相手ならばこれで充分であったろう。 しかし敵はアヤカシ。それも中級と呼ばれる強力な個体だ。 振り上げた刀を、幾度も無視しえぬ打撃を受けながら尚、力強く振り下ろす。 統真は一歩踏み込む事で打撃を弱めるが、しかし、相手は刀であり斬撃の鋭さは失われず。 見事な技前でアヤカシが刀を引き下げると、統真の肩口から鮮血が迸る。 同時に統真は右正拳を放つ。 アヤカシが引いた刀にぬめり付いた血潮は、統真が両足を開いて大地を踏みつけ、足首から手首の先までの関節を熟練の技で繋いだ一撃必殺の拳の衝撃を受けたせいか、赤い花をぱぁっと宙に咲かせる。 それでも、そんな重い一撃すら耐え切ってアヤカシは刀を振るう。 後ろ足を引いた勢いを用いて刀をまっすぐに突き出す。 これを急所にもらえば如何な開拓者とてただでは済まぬ。 統真はそんな一撃を前に、これぞ好機と笑みで迎える。 全速で体をよじるが、脇の下を抉るように突き抜ける刀。 無視出来ぬ、というより最早引くべき怪我にも関わらず、統真は残った全てを振り絞り動く。 右拳でこめかみを撃ち抜き、左後ろ回し蹴りで再度同じこめかみを蹴り飛ばし、右足の踵を倒れ込んだアヤカシのこめかみに叩き落として、その頭部を完全に粉砕する。 かくして戦の趨勢は確定した。 大将である中級アヤカシを失ったアヤカシの群は、最後の一匹に至るまで開拓者達に狩り尽くされたのだった。 一部始終を遠くから眺めていた村人達は、人間とはとても思えぬ開拓者達の動きに言葉も無い程驚いている。 それは頼みに行った夕奈も一緒で、数に勝るアヤカシ達を圧倒する皆の姿に、とても信じられぬと何度も首を横に振る。 だが、夕奈は村までの旅で一緒だった分、村人達より開拓者達を身近に感じていた。 何処にでも居るような、優しいお兄ちゃん、お姉ちゃん。 その勇猛なる姿を見て、夕奈はふと足元に転がっている木の枝を拾い上げる。 尖った先端を自分の首元に向け、しばし無言。 持ち方を変えると、今度は両手できゅっと握り締める。 「えいっ」 みんながそうするように、枝は風を切ってひゅっと力強く前へと突き出された。 アヤカシ退治が終わると、まだ信じられぬと呆然としている村人を他所に、開拓者達は夕奈を連れ山へと入る。 統真は怪我がヒドイからと村に残るよう勧められたのだが「この程度怪我した内に入るかよ」と佳乃の治療を受け、無理やり同行する。 雪斗と瑞乃の二人は、みなに断って二人で先行する。 夕奈に聞いた社の場所を先に確認するためだ。 状況は伝え聞いているし、楽観出来ぬ、というより悲観的な予想しか立たぬのも理解している。 それでも、信じたかったのだ。 雪斗の心眼は人の気配を伝えてこなかったが、ともかく社までは行こうと二人は歩を進める。 千切れた衣服の切れ端、丈の低い草をうす黒く染める血痕、半ばからへし折れた竹の槍。 その大部分が失われている理由は、考えなくてもわかる。 遺品らしい遺品も残っておらぬが、辛うじて衣服の裾がそれなりに原型をとどめていた。 両目を覆い、その場に跪く瑞乃。 敢えて何も語らず、雪斗はその肩に手を置く。 静かに嗚咽を漏らす瑞乃に、雪斗はしばらくそうしてやり続けるのだった。 みんなが追いつく前に戻ろう。 そう雪斗が口にしたのは、夕奈にこれを見せたくないと思ったからだろう。 瑞乃は袖で眼元をぬぐいながらうなづく。 雪斗は、戻る前に再度確認の為にと心眼を用いる。 ゆっくりと、振り返る雪斗。 流石に、今ここで出てこられては、自制など出来ようはずがない。 同じく気付いた瑞乃も、下がるなんてもっての他とばかりに弓を構える。 ふしゅっ、ふしゅっと息を吐き出す獰猛な気配。 下手な木々よりよほど高い身の丈、分厚い肉と皮で覆われた屈強な肉体。 熊と呼ばれる動物に酷似しているが、これ程巨大な熊なぞ聞いた事もないし、何より、ぎらつくその赤い眼が常の獣と一線を画していた。 見るなり腰を抜かしてもおかしくはない凶暴な姿にも、雪斗と瑞乃、どちらも怯えるどころか心底から湧き上がる怒りに任せコレを睨みつける。 しかし、年上としての立場、役割、為すべき事、それらを辛うじて思い出せた雪斗は、出来ぬ忍耐をそれでもと自らにお仕着せ、瑞乃の手を引く。 その表情が、強く握る手の力が、瑞乃の反論を封じる。 二人は並んでケモノを引き付けたまま、仲間の元へと駆け戻っていった。 仲間達は駆け戻ってくる瑞乃と雪斗を、その表情を見て察する所があったようだ。 ぐだぐだと話をしている暇も無い。 なし崩しに戦闘に、そう思った皆が前衛後衛に分かれ、綺麗に陣を作ったのだが、一人だけ、そこから外れる者が居た。 「あああああああっ!!」 甲高い声で、まるで似あわぬ絶叫を上げ、握りしめた木の枝を姉の仇に叩きつけるべく飛び込んで行ったのは夕奈であった。 あまりに予想外すぎたせいか、誰もが一瞬反応が遅れてしまった。 ケモノは、その反射神経で夕奈が近寄るより先に爪を振り下ろし、一撃の元に肉塊へと変えてしまうだろう。 「わおっ、やるじゃない」 「無茶すんなぁお前‥‥」 渚と刹鬼がぎりぎりで夕奈を追い越し、振り下ろされた爪を二人で受け止める。 即座にからす、莠莉、瑞乃の三人から矢が飛んで、夕奈から注意を他へと引き剥がす。 統真と雪斗も駆け寄り、並んで夕奈の両脇をそれぞれひっつかむと、せーのでぽーんと放り投げる。 着地点は後方安全域である佳乃の元。 綺麗に受け止めた佳乃は、にっこり笑って迎え入れる。 「気持ちはわかりますが、無理はいけませんよ」 開拓者達の見事すぎる連携に言葉も無い夕奈に、佳乃は表情を引き締めて続ける。 「後は、私達に任せて下さいっ」 その後の彼等は凄まじいの一言であった。 雪斗の槍は炎をまとい、巨大にすぎるケモノの皮膚を肉を容赦なく焼き抉る。 ここぞとばかりに連撃を繰り出す渚は「血を吹くだけマシだけど、やっぱり人の方が斬るのは楽しいなぁ‥‥」とかぼやいていたり。 からすの矢はこれが本当に矢の軌道なのかと思える程、不規則な飛び方をするしで、皆情け容赦をかけるつもりはないらしい。 そして中でも莠莉が一番恐ろしかった。 鷲のように鋭く獲物を見据え、強射「朔月」を冷静沈着にこれでもかと叩き込む様は、大抵の相手において畏怖の視線で受け入れられるであろう。 確かにこのケモノ、手強い相手ではある。 だが、人と見るなり襲いかかって来る所といい、その凶暴さといい、どうしてもこのケモノが生贄といった契約を重んじるような生き物には見えなかった。 それを確認する術もすぐに失われる。 斬り伏せられたケモノは、骸を晒して倒れ伏す。 開拓者達皆それぞれ思う所あれど、自身のそれ以上に夕奈の反応が気になっていた。 夕奈は、涙をこぼさなかった。 瑞乃から姉の遺品を受け取った時も。 村に戻り、ケモノとの顛末を全て説明した時も。 刹鬼が、村に居づらいのなら俺と来るか、と声をかけてくれた時も。 村人達は、まだ戸惑いながらではあるが、開拓者の力を認めてくれるようだった。 志体の事もまだ良く理解はしていないようだったが、いずれ時間をかけて学べばいい話だ。 ケモノを倒してしまった事に関して、村の中から反発が無かったわけでは無論無い。 何か事があった時、大切な人を生贄に差し出して来た者達は、最後まで納得する事は無いだろう。 それでも、そんな中であっても、開拓者達は笑顔で村を出立する事が出来た。 最後に、夕奈は小さい体をいっぱいにつかって、体中で手を振りながら皆へと叫んだのだ。 「わたしっ! わたしも強くなるっ! みんなみたいに! お姉ちゃんみたいにっ! いつかきっと! なってみせるからっ!」 |